IDOL MONSTER - step 1
飾りたい
クサイハナと一緒に旅を続け今年で5年目になるオレだが、こいつがここまで本気になったのは見たことが無いように思う。そもそも、家の草むしりをしてる時に誤って引っこ抜いたのがナゾノクサ時代のこいつだったという感動もへったくれも無い出会いをしてしまっているせいか、オレはこいつのことをわかりきって無かったらしい。
アイドルになると言ってから早くも1ヶ月が経とうとしているのに、こいつは全く諦める様子が無い。これがホントの雑草根性というヤツだろうか。まぁ相変わらずダンスも歌も酷い、酷すぎてわけがわからん。わけわからなすぎて寧ろ凄いことをしているのではないかと、現代アートなのでは無いかとすら思わせる。あ、違うわ下手くそなだけだこれ。
だが気分は一丁前にアイドルになりきっており、この間バトルでようかいえきを指示したら「アイドルっぽくない」との理由で無視しやがった。ふざけやがって。
だが、悪いことばかりでも無い。というのも、オレが言った「アイドルは基本的にいい臭いを発する生き物だ、お前のように馬糞か人糞かわからん臭いを発する生き物では決して無い」という言葉に納得したのか、それから常にあまいかおりを発するようになり、人に睨まれることが無くなった。できればアイドルの道を諦めた後もそのままであってほしいものだ。

そんな新人アイドルクサイハナだが、この度初の犠牲者…じゃない仲間が出来た。まぁ新しい仲間といってもアイドル仲間ってだけで、付き合い自体はクサイハナと同じくらい長い。
紹介しようユキメノコだ。街の防災訓練の時、防災頭巾を忘れたオレは道に落ちてたユキワラシを防災頭巾と勘違いして被ろうとした事がきっかけで仲間になった。洒落のつもりで「めざめよ!」とか言いながら石をぶつけたら進化した。どうやらそれを根に持たれているらしく、イシツブテを見つけては事故に見せかけてオレにぶつけようとしてくる陰湿なヤツだ。

今回はこいつにスポットを当てようかと思う。

さっきも言ったがこいつは陰湿だ。オレの荷物が無くなったら大抵こいつの仕業とみて間違いない。この前はオレの荷物すべてをオレが寝ている隙に川に流された。こいつは笑ってた。オレは泣いた。こいつは陰湿なドSなのだ。だが案外他の仲間達とは馬が合うようで、クサイハナの勧誘を案外素直に受け入れ、今やクサイハナより踊りが上手くなってる。が、そんなのは見せかけだ。オレは知ってるのだ。こいつがアイドルになる本当の目的を。

こんな事があった。旅に出て2年が過ぎた頃、突然ユキメノコが1匹のミミロルを連れてきたのだ。

「この子、親がいなくなった。仲間にしたらいい」

ユキメノコは泣きじゃくるミミロルを撫でながらオレにそう言った。オレはちょっと、いやかなり感心した。陰湿でドSで鬼畜なこいつも案外優しいところがあるんだなと。オレは感動し、嫌がるユキメノコをわしゃわしゃと撫で、腹に鉄拳をもらい、悶絶し、その優しい提案を全面的に受け入れることにした。

「う…うぐぅ…そ、そうか、よしよしミミロル、辛かったな。オレで良ければお前の新しいパパになるよ」

そう言ってミミロルを撫でようとしたその時

バッチコーーン!!

慈悲の欠片も無いユキメノコの張り手でオレの右手は弾かれた。

「イダッ!えっ!?ちょっ!?何すんの!?」

バッチコーーン!!

「いでっ!!ちょっ…」

バッチコーーン!!

「痛いって!!ねえ!!」

バッチコーーン!!バッチコーーン!!

「ちょっ!!ほんとに意味がわからな…ヒィッ!!」

オレは恐怖で竦み上がった。その時のユキメノコの顔は、まるで親の仇を見つけたかのような、鬼のような、まさに修羅の表情。オレは動揺した。正直泣いてた。そして、ユキメノコはゆっくりと

「…ブタが…!!」

吐き捨てるように言ったのだ。

「…私の物に勝手に触るな…!!」

正直叩かれた右手は尋常じゃないほど痛かったが、それよりもオレはパニックを起こしていた。嫌な予感がする。物?こいつ今物と言ったか?この泣きじゃくるミミロルを?このとても可哀想なミミロルを?親がいなくなったんだぞ!?…親が…いやちょっと待て、よくよく考えるとその台詞もおかしくないか?親がいなくなった?いなくなったってどういうこと?普通親が「いない」じゃないの?消えたの?親が?こいつの目の前で?んなアホな…いや待て、まさか消したのか?まさか、こいつ…

「お…お前、ま…まさかこの子の親を…こ…ころ…!!」

オレの言葉を理解したのか、ユキメノコは少しため息をつくと静かに俯き、そして

「…フフッ」

笑った。

「ぴぎゃあぁあ!!!ママァアァァ!!」

泣き叫ぶミミロル、笑うユキメノコ、オレは汗だか涙だかわからない液体を身体中から吹き出していた。心臓がトップギアに入る。吐き気なのか頭痛なのか神経痛なのかわからん、何だかグワングワンする。どうしてこうなった、こいつは何がしたいんだ、何のためにミミロルの親を…そんな、いくら何でもそんなことありえ…………る!!ありえる!!こいつならやりかねない!!オレの鞄にビリリダマを仕込んだことがあるこいつだ!!何をしてもおかしくない!!死にかけたんだ!!オレはあの時!!…いやでも何故、何のために…いくら考えても答えは出ず、最早爆笑しているユキメノコを前に、オレは生まれて始めて膝から崩れ落ちるアレをリアルでやった。たぶんオレが初めてだと思う。そんなオレを見て、さらに爆笑するユキメノコだったが、笑い疲れたのか、それとも飽きたのか、フッと真顔に戻ると、オレの髪を掴みこう言ったのだ。

「アホ、殺すわけないだろ」

「…はぇ??」

人生で一番情けない声を出したオレを、まるでゴミを見るような目で見つめながらユキメノコは語り出す。

「こいつはな、バトルの景品だ、さっき人間のガキが生意気に私を捕まえようとした、だから返り討ちにしてやった、お前達人間は勝負に負けたら金を払うだろ?だが私はポケモンだ、金などいらない、だから代わりにこいつを貰ったんだ」

そう言うとユキメノコはミミロルをチラリと見て

「可愛いだろ?」

ニヤリと笑った。

う……うわぁあああああぁぁぁぁ!!!!………

……後で知ったことだが、どうやらこのユキメノコは可愛い物に目が無く、そして手に入れると決めた物はどんな手段を使ってでも手に入れる。いつか自分のお気に入りを陳列した城を建てるのが夢で、オレの知らない可愛らしいリボンなどのグッツをこいつが隠し持っていたのも後で知った。もちろんミミロルはオレが3日徹夜してユキメノコの目を逃れつつ元のトレーナーを探し、無事返すことが出来た。相手は幼稚園児だった。予想はしていたが。オレは大勢の園児と保育士に見られながら土下座した。たぶんこれもオレが始めてだと思う。ユキメノコには「あいつは死んだ」とだけ言っておいた。疑ってたが、まぁまた手に入れればいいと、恐ろしいことを言い残し、この事件は終わった。
それからしばらくはユキメノコのお気に召す物が見つからなかったのか、知らないグッツがいつの間にか増えていること以外は目立つ奇行も無く、あの凄惨な事件も、時の流れとともに風化していった。だが、1ヶ月前のKCB151のライヴ中、こいつがボソッと言った台詞をオレは聞き逃さなかった。

「…飾りたい」

聞き逃せばよかった。マジかよくそが、油断してた、てか忘れてた、こいつの可愛いもの好きな性質を。不覚、あまりにも不覚、最悪だ。
つまりこいつはKCB151の誰か、もしくは全員を、こいつが思い描く城に飾るつもりらしい。そのためにはKCB151と、もっと近い位置に行かなければならない。こいつはKCB151に接触できるなら、同じアイドルグループだろうが、マネージャーだろうが何でもいいのだ。そんなときに都合よくクサイハナの勧誘があったに過ぎない。こいつにとって自分がアイドルになることはKCB151に接近する架け橋のような物でしかなく、それが実現不可能とわかればすぐに辞め、強引な手段を取りかねない。欲しい物はどんな手段を使ってでも手に入れるこいつのことだ、誘拐して拉致監禁か、それとももっと考えつかないような手段に出るのか…そんな事になればこいつのトレーナーであるオレは当然この世界からさよならバイバイするしかなくなる。社会的にも立派な犯罪者だし、ファンに刺されてもおかしくない。考えただけでも恐ろしい。

「決めた!オレ、ユキメノコが参加するなら本気でお前らをマネージメントするよ!必ずお前らをスターにしてみせる!!」

こう言ったのが昨日のこと、クサイハナはとても喜び、ユキメノコも、まぁ喜びはしなかったが、こいつにとっても人間の助けは何かと役に立つだろう。己の野望のために。

今は願うしかない。こいつがKCB151から興味を失うことを、ただただ願うしかないのだ。





すなかけ ( 2013/07/12(金) 02:00 )