IDOL MONSTER - step 1
決めた!
オレの名はマニィ、チャンピオンを目指して旅するしがないトレーナーだった。

いや、まぁ今も目指してはいる。いるのだが、このクサイハナの前では一応マネージャーということになっているので、あえて過去形で言わせてもらった。そうしないと、こいつはヘソを曲げ、周囲の鼻を曲げ、オレの人生を曲げられかねない。この前なんて、街中で現チャンピオンの名前を出しただけで13人は倒れた。今日の出来事が流れる電光掲示板には「謎のトレーナーがバイオテロ!?プラズマ団の残党か!?」なんて流されるし、警察は来るわ救急車は来るわで大変な目に会った。もちろんオレはバイオテロなんてする気は無いし、プラズマ団なんか会った事も無い。だから母親に連絡するのだけは勘弁してくださいお巡りさん。

そんな文字通りクサイハナがなぜアイドルになるなどとぬかし始めたのか、きっかけは、とある凄腕のトレーナーが市長を務める『ジョインアベニュー』の福引き屋でとあるアイドルグループのライヴのチケットを当てた事から始まった。

KCB151、カントー地方クチバシティを拠点に活動する、可愛いメスポケモン達で構成されたアイドルグループである。去年の夏ごろから人気に火が着き、今や地方問わず知らない者などいない程にブレイクした。最近は全国40ヶ所を巡るライヴツアーをしているらしく、オレはそのイッシュ地方ライモンシティの公演に当たったのだ。

「おめでとうございま〜す!!特賞で〜す!!」

福引き屋の姉ちゃんは満面の笑みで手に持つハンドベルをガランガラン鳴らしまくっていた。それを聞いた通行人達は足を止め、オレは瞬く間に大勢の人に取り囲まれる事になった。

「いいなぁ!!」「羨ましいわ!!」「譲ってくれ!!金ならいくらでも払う!!」「オレもだ!!オレに譲ってくれ!!」

様々な声が飛び交い、皆一様にオレに羨望の眼差しを向けていた。いい気分だ。どうだ、羨ましいか。だがまぁオレは人間の女性アイドルには興味津々だが、ポケモンのメスアイドルには微塵も興味が無い。だから辞退して、二等のジョウト地方3泊4日の旅と交換してやってもいいし、さっきから物凄い至近距離でオレを見つめるこのおっさんに売ってしまってもいい。ていうかこのおっさん怖い、最早近いとかいう距離じゃない。密着してる。

「い…行く?」

何の気紛れか、オレは(かたわ)らで大勢のギャラリーを眺めるクサイハナに聞いてしまった。普段なら即刻売りさばき、耳鼻科に行って鼻を治し、旨い肉でも食おうかというところなのだが…まぁこのクサイハナも生物学上メスだし、メスポケモンのアイドルになんて興味が無いだろうと思っての事だったが、意外にもクサイハナはこの手のアイドルに興味があったらしく、行く。と短く答えると、何故か恥ずかしそうに下を向き、オレは驚きと共にしまった!と我に返り、ギャラリーは拍手、おっさんは泣いていた。

こうしてオレ達は1ヶ月後にライモンシティで行われるライヴに行くことになり、それまでの時をライモンのポケモンセンターで過ごすことになった。正直売ってしまえばよかったと後悔していたオレだが、まぁどうせ行くならと、KCB151が特集されている雑誌を買ってみたり、曲をラジオで聴いてみたりして過ごしていたわけだが、その頃からどうもクサイハナの様子がおかしい事には気づいていた。ヘンテコな躍りを隠れて練習してみたり、呪詛の言葉か滅びの唄かわからん奇声を発してみたり、他の仲間に「あんたは妹的ポジションね」などと意味不明な話をしてたり…そしてライヴ当日、クサイハナは決意したのだ。

ライヴ自体は思ってた以上に素晴らしいものだった。信じられないくらいの数の人とポケモン達に見つめられながら、ステージ上で元気に踊り歌うポケモン達。オレも予習の成果か、人気のあるポケモンの顔くらいはわかり、歌も何曲か知っていて予想以上に楽しめた。

「みんなありがと〜!!」

最後はリーダーのピカチュウがバッチリまとめ、大盛り上がりのうちにライヴは終了した。オレ達は特有の高揚感に包まれながらポケモンセンターに戻り、オレは椅子に座って、あ、あのメンバーの名前は何だったっけかな?と気になって雑誌を広げたわけだが、ここで事件が起きる。

「決めた!私アイドルになるわ!」

クサイハナがそう言ったのだ。オレは何を言ってるのかさっぱりわからなかったが、このままでは事件に発展しかねないと思い、寛大な心と優しい言葉でさとすように諦めさせつつ、クサイハナを落ち着かせようとしたわけだ。

「寝言は寝て言え」

おっと口が滑った。正直すぎるのも考えものである。

「何よ!あんた旅始めて何年!?もう5年でしょ!?でジムバッチ何個よ!?3個よ3個!!そんなんでチャンピオンになんてなれるとまだ思ってるの!?」

うぐぐ、痛いところを突いてきやがる。確かにオレはチャンピオンを目指して旅を始めたわけだが、最近は旅をするのが旅の目的みたいな、よくわからん状態になっているのは薄々感じていた。だが、こいつがアイドルになるなんてのはオレがチャンピオンになる事以上に、それこそ天文学的確率だ。無理だ。だってこいつはクサイハナだから。

「とにかく決めたから、あんたはマネージャーになりなさい!以後チャンピオンではなくアイドルになるために旅をするわ!!これから先チャンピオンの事を少しでも言ったらただじゃおかないからね!!」

だがまぁいいか、こいつもオレも、他の仲間達も、そろそろモチベーションを保つのが難しくなってきたところだ。他の仲間達が何て言うかはわからんが、一応リーダーはクサイハナなわけだし、こいつがやる気になるのはいいことだ。それにすぐ諦めるだろうし、その時うまいことまたチャンピオンを目指させればいい。

「わかったよ」

オレは雑誌を閉じてそう言った。
それが、こいつとオレの長い旅の新たな始まりだったのだ。



すなかけ ( 2013/07/11(木) 13:02 )