第一話 緊急出動! シャリレンジャー!
ここはオージャの湖。
パルデア地方の北西に位置する、地方最大の面積を誇る広大な湖である。
急斜面の崖に囲まれていることから水陸、また水域ごとに生態系が大きく分かれており、複雑かつ豊かでありながらも、偏向なく調和のとれた貴重な生命の楽園とされている。
その生命群
ポケモンたちは各々の営みに準じていた。小島で尻尾を湖面に垂らしてヤドンが釣りをし、遊泳するクレベースの背中ではうたた寝するカチコール、うねうねと舞うように泳ぐミニリュウに、それをしつこいくらいに追いかけるミガルーサ。
メブキジカの群れが野を駆け巡り、負けじと不慣れに飛び回ったヘラクロスが木に激突し、ゴトンとフォレトスが落下した。衝撃に驚いたノノクラゲが細脚で全力疾走。
ムクホークが風を切ると水面がせせらいだ。マリルリが顔を出して見上げる。ドラメシヤたちを率いるドロンチがちょっかいをかけて笑うように消え、それに激怒したカジリガメが四方八方に飛びつき回った。その後ろをしつこいくらいに追いかけるミガルーサ。
形は個の数だけあれ、彼らは平和に過ごしていた。誰かが願わずとも、この平和は未来永劫続くものだと、そう疑わずにいた。
今日も変わらぬ昼下がり。
が、
突如として、黄葉の林道が爆散した!!
「ソ〜ゲソゲソゲソゲ! なんかよくわからんが封印がぶっ壊れたので思う存分暴れられるソゲ〜! 愚昧な有象無象ども! このディンルーに慄き、恐怖をソソゲー!」
百平方メートルくらい消し飛んだ木々の跡地には、縦二つに割れた器のような形状の角をもった鹿のような生き物がいた!
奴の名前はディンルー! 数千年前にパルデア中に災いを振りまいたヤバめのポケモンである! 魔術を施した杭を各地に刺すことで封印されていたが、何らかの原因で解き放たれてしまったのだ!!
「ソゲー! まずは我を封じたクソ人類とその使い魔を根こそぎぶっ飛ばしまくってやるソゲー! ソゲソゲソゲェ!!」
ズドン! と凄まじい震動を初めとして木やポケモンが次々へと投げ出されていく!「くあぁああああぁん!!」「負ーけたー!」ゾロアークやワナイダーが悲鳴を上げて吹き飛ぶ! 暴虐の限りを尽くした結果、崖は崩れて無くなりなんやかんやあって平地となった!!
圧倒的過ぎる力に強い憎悪……このままではオージャの湖に明日はない。理不尽な脅威に為す術なく屈するしかないのだろうか……。
そう思われたその時、
悪に立ち向かう者たちは現れた!!
『そこまでだ!』
「……ソゲ? 何やら湖の方から声が……」
空を青を映した湖から、飛沫を上げて三つの影が勢いよく飛び出した! 彼らは空中で一回転したのち華麗に着地する!
「オージャの湖はみんなの湖。それをめちゃくちゃにするなど許されない! 回転ズシの如く、救いを求める者たちのために現れる……シャリタツマグロ見参!」
「オレスシー!」
「オレモスシー!」
「違あああああう!!」最初に名乗りを上げた赤色のポケモンが叫んだ。何か事前に打ち合わせしていた挙動とは違ったらしい。
「だってどう転がったって僕らスシだろ、タレ太」
「本名で呼ぶなシャリタツエビ! 今の俺たちはスシではなくヒーローだ! ちゃんと戦隊名で名乗れ!」
「ソッ太も言ってるんだし別にどうだっていいじゃあん……オイラそーゆーのめんどくさいよ……」
「お前はやり合う前から伸びるなシャリタツタマゴ!」
赤色が向き直ってこほん……と一つ咳払いをする。
「……そこまでだ!」
「え待って、我を前にしてそのくだりやり直すソゲか」
「オージャの湖はみんなの湖。それを……、……えー、……まあいいや、以下省略!」
「やり直せてないソゲ……」悪逆無道の敵も半ば呆れたように呟いたが、そんなこと口上には関係ない。やり通した者こそが真のヒーローなのだ!
「シャリタツマグロ見参!」
「シャリタツエビ推参!」
「シャリタツタマゴ列参!」
「三人合わせて……」
「「「偽竜戦隊シャリレンジャー!!」」」
「オージャの湖ならば十五分以内に即参上!」
バシィイッ!! 三匹のポーズが決まると、何故か背景の小島が爆発した!
彼らはシャリタツ! ヒレで跳ねたり喉袋でスシに擬態したりする魚っぽいポケモンである! 様々なカラーリングの個体が存在しており、ちなみにシャリタツマグロはピンクがかった赤色、シャリタツエビはオレンジ色、シャリタツタマゴは黄色の個体だ!
「十五分以内は即ってほどでもなくなあい……?」
「ご当地キャラの活動範囲じゃん」
「ええい、そんなことは重要じゃない!」発端の赤が言い切った。「ともかく、よくも俺たちの世界を荒らしてくれたな! 『
四災』ディンルー、お前はここで倒す!」
色々な意味で思わぬ登場に面食らったディンルーだが、とりあえず自らの邪魔をしようとしている存在であることだけは断片的に理解したらしく、クワァ! と血濡れた赤の眼光を飛ばした!
「な、なんだかわからんが……抵抗するならまずは貴様らから始末するソゲ! 死ねぇーーー!」
「エビ! タマゴ! 俺に続け! 偽竜殺法・回転撃!」
喉袋を膨らませたシャリタツマグロに並んで二匹も“こうそくスピン”で突撃する! 計三貫の『回転スシ』と化した偽竜戦隊は火花を散らしながらディンルーの器を削りに行った!
しかし破壊を尽くしたパワーは伊達ではない! 軽く力を込めて頭を振るえば、計二十四キロのシャリタツたちは容易く弾き返されてしまう!
「くっ! なんて力だ……! エビ、タマゴ、大丈夫か!?」
「そりゃ不一致40だし」
「め、目ぇ回るう……」
「ソゲー! ぬるいわぁー! ごちゃごちゃ言ってたが所詮は貴様らも有象無象! 他の雑魚どもと同様に泣き叫び、この器に恐怖をソソゲー!!」
ディンルーの巨体が質量を武器にした体当たりを繰り出す! 狙いを付けられたシャリタツエビは自慢の跳力で“はね”て往なしたものの、激突した壁は木っ端微塵に砕け散り、その恐ろしい攻撃力を間近で知ることとなった……!
「……っ! みんな諦めるな! 偽竜殺法・
跳鯊火箭!」
一瞬怯んだものの、シャリタツマグロの号令で高速の“とっしん”を放つ偽竜戦隊! ペチン……と当たっては跳ね返り、また飛び出してはペチン……と弾かれ、しかしながら三匹が織りなすコンビネーションは確かにディンルーを翻弄していた!
が、「ええい、鬱陶しい!」持ち上げた前足を踏み下ろすと、“じならし”による衝撃波が宙にいる彼らに襲いかかる! ドゴォン!! 派手にぶっ飛び、ペチン……と壁に叩きつけられ力なく落ちた。
「うぐぐ……! こうなったら偽竜奥義を使うしかない! みんな! 力を合わせるんだ!」
「最初からやるべきだったろ」
「どうせ苦戦してる方がヒーローっぽいからとかでしょお……? はあ……」
それでも負けじと立ち上がるシャリタツたち! 三匹がヒレをかざし、それが一点に重なると、ゴゴゴ……と重低音が響き出す……!
ふと、真昼間の大地が陰った。
雨でも降り出すのか、とディンルーが振り返った、その先にあったのは。
崖よりも高くそびえる、濁った色の大波だった。
「ソ、ソゲぇーーーーーッ!?!?!?」
気が付けばその波の上に偽竜戦隊が乗っており、今にも不浄を押し流さんとばかりにディンルーを見下ろしていた! 有象無象と侮った、小さき者たちの逆襲が始まる!
「行くぞ! これが俺たちの本気……偽竜奥義・激流葬!!」
三匹分の“だくりゅう”が包み込むようにゆっくりと動き出す! ディンルーは情けない声を上げながら重厚な脚を回しに回したが、そんなことをしたところでもう遅い!
ザッパアアアアアン!! 叩きつけるような大水が陸地から湖に向かって流れていく!「ソゲソゲそげあああああ」訳のわからない叫びのまま湖の中央にある浮島まで転がされてぶっ倒れた!!
「やったか!?」
「この状況でフラグ立てれるお前マジ?」
「もうそろ帰りてえよオイラあ……」
災いを冠するポケモンが自然災害の恐ろしさを知らぬはずもない。人智の及ばぬ力に撃沈し、このまま有終の美を飾るかと思われた。
しかし……ディンルーはそれ以上に強い悪運の持ち主だったのだ!
「ウゴゴ……こ、このまま終わってたまるか……ムシャムシャ」
「な、なんか食ってないアイツぅ……?」
「あれはまさか……秘伝のスパイス!?」
流された先、孤島には、ポケモンを活性化させる『ひでんスパイス』なるものが隠されており、なんということだろう、ディンルーは偶然にもその在り処にたどり着いてしまったのだ!
「う゛っ!?」スパイスを完食した災神の全身が赤く輝き出す……! すると元より巨躯を誇っていた身体がさらにみるみる巨大化していく! やがて島を越える高さの、化け物としか言いようのない巨体へと変貌したのだ!
「な、なんじゃあこりゃああああああああああ!? 身体がでっかくなっちまったソゲェェェェェェェ!?」
本人も予想外だっただけに大層驚き、その大声だけで木々がざわめいた!「あっ足着くってか冷た! 足超冷た! 末端冷え性になるソゲ!」どうやら湖を縦断できるほどの大きさになってしまったらしい!
このままではオージャの湖、ひいてはパルデア中が危機に陥ってしまう……!
「よし仕方ない! エビ! タマゴ! 司令合体だ!」
「ウキウキが隠しきれてないぞタレ太」
「噂をすればもう来てたよお、ヘイラッシャ」
湖面を覗けば、自分たちの数十倍の大きさはありそうな青いナマズが今か今かと待ちわびていた! シャリタツマグロは決心したように頷いてみせる……!
「ヘイラッシャ、このままでは世界が大変なことになってしまう。力を貸してくれ!」
小さな身体に宿った正義に応えるよう、どうぞ、と浮上した青ナマズは口を開いた! 戦隊も顔を合わせて頷く!
「行くぞ!
司令起動!」
『
頭、着座!』
シャリタツたちは大口の中へと乗り込んでいく……! やがて彼ら全員が飲み込まれると、鈍間そうに開口していた青ナマズは、なんと、人が変わったかのようにキビキビと方向転換をし、ミガルーサも分離してしまうほどの速度で泳ぎ始めたのだ!
『そこまでだ! もはやこれ以上看過することはできん!』
「な、なんだ!? まだ我と戦うつもりソゲ……だ、誰だそのナマズ!」
『よく聞いてくれた! これは俺たちの最終兵器……司令合体ヘイラッシャだ!!』
説明しよう!
この青いナマズはヘイラッシャ! 鈍間で頭も悪いが、図体通り非常に力が強く、総じて戦闘能力の高いポケモンなのだ!
弱点である知能を補うために、狩りの司令を出してくれるシャリタツを口の中に入れて共生するという、一見捕食としか思えない独自の生態を持っており、こうして二人三脚の体制となったヘイラッシャは全てのポケモンを凌駕する能力を得るという!
「多少デカいのを引き連れたところで関係あるか! このまま全力の“じしん”を起こして……諸共に災いを降らせるソゲー!」
そう言うと、ディンルーは首を段々と持ち上げていく……! ギギギ、と軋むような音、あまりの重量に自身でも制御が付いてないのだろう。
ヘイラッシャの舌
コックピットで、シャリタツエビの目元が険しくなる。
「アイツ、あのデカ頭振り下ろすつもりじゃね」
「はぁあ〜? そんなことしたら……いや……マジで……ヤバい?」
「不味いッ……! なんとしてでも食い止めなければ!」
シャリタツマグロは一度悩むと、直後にヘイラッシャを急旋回させる! 全速力で走らせ、回り道をするような軌道でディンルーの流れ着いた島を目指していく!
「あの島の斜面をジャンプ台にして突っ込むぞ……!」
「ああ、『アレ』やるのね」
「『アレ』、了ォ解」
かつてない速度で突貫するヘイラッシャ! 口内は大きく揺れ視界も気泡まみれで荒れるが、それでも島の浅瀬へ向かう尾ビレの勢いを緩ませることはない!
ディンルーの動きが止まった、それと同時にヘイラッシャは陸地に乗り上げ空中へと飛び出した! 津波の如し“ウェーブタックル”が器の側面に直撃する! 大きく揺らぐ鹿の横顔! 決定打にはならずとも
しかし、本命は弾みで口から跳ねたシャリタツ
!
「エビ! タマゴ! タイミングを合わせろ!」
「言われずもがな」
「あいよお……!」
平行に並び、慣性のまま一直線に向かう偽竜戦隊! 三匹は喉袋を膨らませ、スシの体勢を空中でとると、その喉下にエネルギーを集中させる! 黄金に輝き、形を成したそれは、『下駄』!
「「「偽竜最終奥義・寿司三昧!!」」」
丁寧に乗せられたスシが三貫、下駄ごと落下する! その姿は鏑矢か流星か、芸術品とすら見紛う流麗の一撃は、傷一つ付かなかった器目掛けて飛び、そして貫いた!
「オ、ガ……!」バランスを崩して倒れゆく巨体。悪神の最期を背景に、シャリタツたちは華麗に着水する!
「これにて
」
「「「“いっちょうあがり”!!」」」
ドカーーーーーン!! ディンルーは間も無く木っ端微塵に、バッキバキのメッタメタに、べらぼうに、ド派手に爆散した!
「お……おのれ偽竜戦隊……せっかく数千年ぶりに目覚めたというのに、この我ををを……」
爆心の跡地、浮島の際で黒焦げになった元のサイズのディンルーが恨めしそうに絞り出した。あんな流れだったものの名前は覚えていたらしい。
「これに懲りたらもう悪いことはするんじゃないぞ!」
「いや特級呪物だろこれ。永久凍結に一票」
「なあ、まだ帰っちゃ駄目かあ……? もういいだろよお別にぃ」
勝者には敗者の処遇を決める権利がある。生殺与奪、全てをままにできる。正義のヒーローであろうと握られたものは同じだが、彼らが何を以ってしてヒーローなのかを思えば、答えは簡単な話だった。シャリタツマグロはヒレを差し出した。
「ククク……甘っちょろいヤツらソゲ……。だが我は所詮四災の一角に過ぎぬ。この身で為せぬとも、第二第三の災いがいずれこの世界を
」
途端、ディンルーの身体は光に包まれた。
「え?」シャリタツタマゴが思わず声を出した。光は細長く伸び、やがて一点に収束されてゆく。
黒地に黄色の「H」のようなラインの入った球体に。
「あー、やっと捕まえたー。まったく……封印を解いたと思ったら祠は既にもぬけの殻だし。にしたって、なんでこんなところに」
学生服を着た人間の少年がずかずかと歩いてきてボールを拾い上げた。あまりの突飛に固まるシャリタツたち。
「まあいいや。これで災いのポケモンも四匹目……っと。あ〜やっと図鑑埋まったあ! 結構な苦行だったなあこれ……ん?」
無垢な瞳がこちらを向く。
少年の視界には、喉元を膨らませて、分類通り『ぎたい』したシャリタツが三匹並んでいた。
人間は首を傾げたが、「なあんだ、スシが落ちてるだけか……」上手くやり過ごすことができたらしい。「ジニア先生からひかるおまもり貰いに行こっと」紫色で無機質なボディのポケモンらしき物体に乗ると、その耳元からグライダーのようなものを射出してどこかへ飛び去っていった。
残されたシャリタツたちは、体勢はそのままで何度か見合った後、ようやく擬態を解いて、一思いに心境を吐露した。
「やっぱりなんだかんだ言ってニンゲンが一番ヤバいな……」
「あのデカブツ、ニンゲンだけ滅ぼしてからぶっ倒れてくれればよかったのになあ」
「同感」
真の悪はいずこに。それは存外身近な欲望だったりするのかもしれない。
こうしてシャリレンジャーの一日は終わったが……
この世に悪が蔓延る限り、彼らの戦いは終わらない!
頑張れシャリレンジャー!
負けるなシャリレンジャー!
オージャの湖の未来は君たちの手にかかっている!
偽竜戦隊・シャリレンジャー!
〜 終劇 〜