13.明鏡止水
スタジアムに、はち切れんばかりの歓声が上がった。
公式戦に比べれば客席の空きは多い。売店やサポーターも歩き回らない会場に、それを埋め合わせるほどの熱気が溢れている。
『おおーーーっとここで! 怒涛の快進撃を見せてきたっ、エースバーンがダウン!! 青コーナーのジニア、一気に窮地へと追い込まれたぁあ!!』
吹き荒れる砂嵐が止むと、フィールドには仰向けで目を回す白兎と、予想外の冷気を二本牙に纏った偶蹄
砂河馬が、空襲への迎撃を高らかに誇示するよう大口を開けて咆哮した。
「もどれッ」顔の輪郭を伝う汗、しかし少年の口端は尽きぬ闘志を体現するよう吊り上がっていた。「ビバリー、ナイスファイト」
腰のボールベルトに戻された後もその活躍ぶりを他の手持ちポケモンたちから労われる。……一匹を除いて。
『アイテテテ……くっそー、まさかあそこにきてあんな隠し芸見せられるとは……。気を付けろよ! アイツ、“こおりのキバ”使ってくる』
『わざわざ俺に氷技を使ってくる道理はあるのか』
『あー、まあ…………とにかくガンバレ!』
心許ないアドバイスに、やれ、と嘆息したが、気落ちに構わず出番は巡り来る。そして、実況の言う「窮地」の意味も理解していた。
若さから放たれた勢いある投球。薄桃色が宙を舞う。
『ジニアが最後に繰り出したのはラァイボルトォ! これはホウソン追い詰めたかぁーーーーーッ!?』
地に足を着いて、水色のマズルが僅かに歪んだ。ヒートアップする会場、耳をつんざくような歓声、コートを照らす青白いライトも、ありとあらゆるが重圧となって慣れ切らない本能を刺激していた。
故に、真正面の相手に気付くのには時間を要した。
「戦場に立つのは初めてか、ボウヤ」
「いや」顔を上げて、「慣れたところで喧しいもんは喧しい」
「ふん、威勢が良いだけに残念だなぁ、相手がよりにもよってワシとは」
「全くだ。主はやる気らしい」
黄土色は勝ち誇ったかのように笑った。背中から体色そっくりの砂を吹き出し、柱のような前足で周囲に撒き散らす。
フィールド中心ラインの端、審判が台を登って両者を見遣る。バトル再会の合図が始まろうとしていた。
「どうだ、今からでも降参すれば間に合おう」
「逆の立場だったら、どうする」
「……なに?」大きな赤目が鋭く睨みつけた。審判の、拡声器のない試合前の口上が戦場一杯に響く。
「従者の役割はただ一つ、忠義を尽くす。そこに相性や戦況などは関係ない。わからないというのなら今一度問おう、老兵」
ふと、嘘みたいな静寂が空気を張り詰めさせ、両トレーナーが構える。カバルドンの巨足も一歩後退る。ライボルトは前足を開いた。
その足首に、かつてのものとよく似た色のスカーフを靡かせて。
「お前に、『守りきる覚悟』はあるか?」
ホイッスルと同時に指示が飛び交い、眩い光の中を駆け出した。