8日前(4)
「あー、んめー」
工藤家のテーブルで、口よりも大きな唐揚げを口いっぱいに頬張って、二宮は恍惚とした表情を浮かべた。悩みに悩んで結局選んだのはシンプルな唐揚げ弁当だった。
テーブルを挟んで向こう側の工藤は買ってきた常温のおにぎりを、二人の隣で同じく握り飯を食べるムム太とガーベラは真正面からテレビを見られる特等席だ。
午前中から続いているニュース番組をつまらなさそうに見ながら食べていると、油味を飲み込んだ二宮が眉を寄せて、箸を持った手を机に並んだ飯にやった。
「こんなおにぎりなんかで足りるのかよ」
「は? コスパ最強だぞ舐めんなよ。あとこれはおにぎりではなく『ぽ』にぎりだ。ポケモンも食える」『ぽ』を強調して言う。
「なんだよぽにぎりって。まざいんごの仲間か」
「なんて?」
「なんでもなァい……」
ネタが微妙に通じていないと知り、二宮は一人ニヤニヤしながら食事に戻る。工藤は腑に落ちないといった様子で首を傾げ、『ぽ』にぎりをかじってテレビを見た。旬なもので、ちょうどタマムシハロウィンが取り上げられていた。
『ハロウィンを楽しむ若者たちを狙う魔の手……』
「スられんだ」
「財布、置いてった方がいいかもな」
「んー」千切りキャベツを含みながら二宮が答える。何が起こるかわからないからこそ、貴重品は常に携帯していたいという気持ちは確かにあった。ただ、踏み切れる人は少ないのだと思う。
テレビは大げさな演出からコマーシャルに切り替わる。車や化粧品の、到底縁のないような宣伝ばかりが嘲笑うかのように流れていく。
が、家族向けのサーカスの宣伝が終わったところで、「あれ」と二宮が呟いて、こちらをチラと見た。
「見た? 今の」
「ん、行きたいのか」
「違う、ミロカロスが霧の中であやしいひかり使ってたじゃんか」
「んん」
「アレ、俺らでもできんじゃね?」
もごもごと動かしていた口が止まる。二人の間に訪れる沈黙。その脇ではガーベラがムム太の口に付いた米粒を取ってあげていた。
工藤が再び咀嚼に戻って、飲み込んでから言う。
「やって、どうするん」
「やり方わかんねーけどあの光ちょっと目っぽく見えたんだよね。タマムシにアレ、出てきたら怖くね?」
「……マジで?」
正気か、と訴えかけるように工藤が顔を前に出してみるが、期待したような反応とは逆に二宮は素早くスマホを取って忙しく指を動かす。お前の検索能力じゃ無理だろ、タブに似たような記事が乱立してたの覚えてるぞ! そう言ってやろうとして、しかし先に声を出したのは二宮の方だった。
「ムム太はあやしいひかり覚えてる、しろいきりはムム太もガーベラも覚えらんねえか……。なんかで代用できないかな」
「それなら……」思い当たる節は、ある。
ただ、ポケモンの技を使用するとなると、トラブルの元になったり、そもそも法に触れていたら一発アウトだ。だいたいサーカスで披露するような技術なんて迫る当日までに完成させられるものか。ぽにぎりの袋をレジ袋へ放り、二宮に倣ってスマホを操作する。「タマムシハロウィン 条例」ポケモンについての記述を見ると、「10月27日から11月1日まで許可なくポケモンによる戦闘を行うことを禁ずる」。……つまり戦闘とみなされなければ
なんて邪な考えが頭を過ぎったが、……。
パフォーマンスの範疇なら、まあ、グレーゾーンという解釈で良いのだろうか。
顔を上げると、期待の眼差しでじっと見つめてくる友人がいた。何故かムム太とガーベラまでこちらに注目している。
まだ何も言っていないのに、ひどく責め立てられたような気分になってしまった。
「……お前ら本気か?」
「馬鹿言うなよ。おふざけ百パーだからやるんだろが!」
「ダァ」
「むぅぅん!」
なんでだよ、なんてツッコミは、決行以外の選択肢を既に排除した彼らにとって、もはや一言語としても通用しない。大に対して小はただ飲まれるのみ。
「空き地……で、やってみる、か」
屈した主人に、ガーベラは満足げに微笑む。
お前、俺のなんなんだよ。