1日後
翌日。
突如としてタマムシシティを襲った怪奇現象は、早速インターネット上で話題を集めた。あれはロケット団に殺されたポケモンたちの怨念だとか、野生のゴースが集まって暖を取っていたのだとか、様々な憶測が飛び交っている。中には、白い霧の中にトレーナーがいた、なんて鋭い意見もあった。
しかし一夜明ければ、何事もなかったかのようにタマムシシティは元の営みを取り戻していた。日曜日らしく着飾った女性に、馬鹿話で盛り上がる大学生の集団。先週も、そのまた先週も見た光景だ。
作業着を着た青年は、地面に散らばった空きビンの欠片を拾い集めて、連れのダストダスの口に投げた。バリ、パキ、とゴミが断末魔を上げる反面、その表情は嬉しそうに目を細めている。
あれだけ人々が逃げ惑ったハロウィンで、ゴミが増えないはずがなかった。置き去りのレジ袋や食べかけのコンビニ弁当、そして、バッグや衣装らしきものまで。拾得物を届けにいく度にあの仏頂面の巡査部長と顔を合わせることとなり、当然職場も知られた。事の直後より、日を跨いで受けるダメージの方が大きいことを知る。
はあ、と脇目に交番を映しながら、曲げっぱなしだった腰を伸ばす。ついでに腕も上げて全身で伸びをしようとした時、ズボンに入れた携帯が振動した。責任者さんからの呼び出しかと思い、ささっと画面を見る。
着信
二宮。
青年は何も言わずに赤い「拒否」のボタンをタッチした。ホーム画面に戻ったことを確認して、ため息をつきながらポケットに手を突っ込んだ。仕事中だとわかってるだろうに。
と、思った瞬間、またしても右手が振動する。
面倒な、マスク越しに口を尖らせて迷わず拒否。しかし今度は、目を離す前に画面が切り替わった。赤を連打、連打! 即座に設定画面からマナーモードを選択し、片手で伸ばしたポケットにわざわざ放り込んでやった。やり切った気分で両手を腰につけて、一息つく。
「真面目だなあ工藤クン」
「……」
ふんわりとした茶髪に、ショートコートとチノパン。肩には先日の事件の犯人を浮かべ。
迷惑電話の主が、片手にスマホを持って、青年の名を呼んだ。
「……勤務中だ」
「みてえだな。安心したわ」
「なにが」
「いやその、俺のせいで昨日捕まっちまったし。そういや明日仕事だったよな、って思って」
「心配して来たのか」
「そうそう。でも邪魔だったみてえだな。わりィ、ごめんな」
「むぅ!」
それだけ言うと、二宮は「じゃあな!」と手を振って背を向ける。
「待て!」
工藤が叫ぶ。ただでさえ作業着で目立っていたのに、その一声でさらに注目が集まってしまう。だけど、そんなものは些末ごとだった。
首を回した二宮に、工藤は纏まらない言葉で伝えた。
「反省会まだだろ、やっから、今日、帰ってから」
「ダァ」
らしくもないこちらからの頼みに二宮は普段通り笑い、「連絡よこせよー!」と言って、ヤマブキシティ方面へと立ち去っていった。
振り返ると、机で書類と向き合っていた巡査部長がこちらを睨みつけていた。
それくらいはいいだろ、と工藤は思った。
一引き二宮三学問:
『きいてくれよ』
一引き二宮三学問:
『専門の後輩がさ』
一引き二宮三学問:
『バイトさきの先輩に彼女寝取られたんだって』
9D:
『そんなもん聞かせるなよ』
一引き二宮三学問:
『クリスマスにたぶん言え連れこむから』
一引き二宮三学問:
『クリアスモッぐ流して萎えさせようぜ』
9D:
『しね』
ーーー 完 ーーー