11日前(1)
「……は?」
片手に握ったスマホ越しの一言に、作業着のスボンを下ろした直後という不恰好でありながらも固まってしまった。
『いやほら、『最』も『恐』いって書いてさ』
「ああそっちか……」
強張った表情を安堵するように崩して、工藤は屈んで薄水色のズボンを片足ずつ脱いでいく。身内の訃報でも受けたかのような剣幕だった、更衣室内とはいえ一人きりで良かったと思う。
業務を終えて、昼頃にかかってきていたらしい不在着信の要件を訊いているところだった。知能指数を下げたエレキギターみたいな声をした通話相手は、ギザギザボイスの割に「ポケモンバトル」の正しい発音すら怪しいくらいには荒事に無縁の人間のはずだ。そんなのが唐突に「サイキョウのムウマ作ろうぜ!!」などと言い出すものだから、若気の至りで道を踏み外したのかと考えてしまったのだった。
『な、タマムシのパリピどもに一泡吹かせてやろうぜ!』
「ムム太じゃ泡吹かないだろ」
『ムム太は泡吹かねえよ』
「勝手にムム太に泡吹かすなよ」
『うっせーな! ともかくヤツらをビビらせようって話だよ』
その血の気の多さでよくやれてるよな、なんてことを感心と呆れの五分五分で思いながらロッカーを開けて、肩と耳に端末を挟んだまま「そうかよ」とだけ返した。床に脱ぎ捨てた作業着の頭をハンガーに通す。
唐突、とは言ったが、彼がこの無茶な提案をするに至った経緯にはなんとなく覚えがあった。