ポケモン不思議のダンジョン 正義と悪のディリュージョン






小説トップ
第4章 侵撃のドクローズ
第39話 デスボイスに労いを

 翌朝。寝坊、遅刻なし、しっかり全員集合で朝礼を迎えた『ストリーム』(そうでない方がおかしいのだが)。その朝礼も連絡らしい連絡はなく、いつものように普通に解散した。
 そんな、平凡な日常のスタートを切った一日。

  でもボッコボコの状態でギルドに送っても大丈夫だと思うけどなあ。みんな血とか見慣れてるでしょ」
「んや、探検隊ならともかくよー、依頼人とか、外部から来たポケモンに見られたら不味いんじゃねーかって……」

 からの早速不穏な会話である。ボッコボコだの、見られたら不味いだの、犯罪臭の香り立つワードがぼろぼろ口から出ている。本人たちの表情は至って真面目だが。……それはそれで危険な気もする。

 ネイトとフォシルが話していたのは昨日の件について。『ドクローズ』の妨害によって不名誉を被った『ストリーム』は、その汚名を返上するために、「一人体制で依頼の消化効率を上げる」という作戦に出たのだった。ダンジョン攻略は意外にも円滑に進み、しかし依頼関係でトラブルが起きてしまい、エキュゼ以外は、あのフォシルでさえも依頼人を酷く驚かせてしまったせいで報酬を受け取り損ねるというミスを犯してしまい、結果として作戦は失敗に終わった。あらすじとしてはこんなところか。

 本題。フォシルが救助依頼人に恐怖を与えてしまった原因は、前の階層で捕まえてきたお尋ね者二匹を転送せず、あろうことかダンジョン中を引きずり回しながら他の依頼を達成しようとしていた点にある。そんなえげつない姿でお出迎えなどされようものなら、王子スマイルを以ってしても、一般ポケモンは無論、探検隊ですら戦慄し逃げ出してしまうだろう。だが、それについてはフォシルなりに持論があるようで。
 梯子に向かいながら話は続く。

「つーか、仮に転送してから暴れられたりしたら余計に不味くねーか? その場にいる探検隊の実力によっちゃあ鎮圧出来るかもだが、やっぱ捕まえた本人も一緒じゃねーと危ない気がする」
「だからって流石に引きずるのは……。うーん……」
「倫理取るか危機管理取るかって話だろ」

 薄暗い螺旋状を登りながら、エキュゼとアベルも各々の見解を述べる。
 たしかに、フォシルの意見はもっともだ。もしギルドに凶悪犯なんかが送られてきたら、騒ぎになるどころか、最悪死傷者が出たり、脱走という結末を迎えてしまうリスクだってある。ギルドへやってきた一般客を驚かせてしまう不安も、なんならフォシル自身の手で既に実証済みである。
 かといって、他が間違っているかといえばそうでもない。確保したお尋ね者は活動拠点に送り届けるのが定石で、その理由も、やはり力ある者たちが集っているため再確保が安定するからなのだという。
 ただし、お尋ね者の状態云々については特に言及されておらず、強いて言うなら「死んでなければいい」くらいの認識らしい。なんせ、他フロアにまで引きずり回して連れて行くなど前例がないのだから。

「とにかく、バッジ使う分には問題ないわけだし」真面目な口調で問題児のネイトが言った。
「んー、そうかなあ……。まー民間人に危害が及ばねーならいいんだけど」と、良くなさげにフォシル。

 地下一階に着くと、若干の熱気とともに多くの探検隊たちが視界にお出迎えする。見慣れた光景だった。最後尾のアベルが到着したことを確認すると、ネイトはリーダーらしく「さてと!」意気込んで一日の計画を始めようとした。
 その時だった。部屋の中心に、突如として光の球体が宙から現れる。何事か、と一瞬驚いて振り返るネイトたちだったが、少し考えて冷静に納得した。探検隊バッジの転送機能だ。第三者目線から見るのは全員初めてだったらしく、妙に慌ててしまったが、やはりこれだけ目立つ光景だと注目はそちらへ向くらしい。それぞれ何らかの作業を行なっていたポケモンたちも皆視線をやっていた。
 独特なエネルギー音を徐々に上げながら光が形を成してゆく。そして、

 誰が帰ってきたのか、それを認識するより先に、早朝のギルド内に狂騒の喜声が響き渡った。

「おっしぇええええい、チーム『カマイタチ』のお戻りだぜーーー!! ヒャッホーウ!」

 『カマイタチ』  トレジャータウンを根城に活動する、ザングース、ストライク、サンドパンの三匹構成のチームである。ネイトたちとは直接関わりのない相手だが、依頼を選んでいる際に談笑していたり、タウンで見かけたりと、その存在は認知しているようだった。
 いずれも戦闘に向いてそうな鋭い爪を携えている点、ルックスも中々良しと、多少なりは着飾っていそうな雰囲気はあれど、これほどハイテンションで騒ぐ印象はなかったような。蓋を開けると意外に、というのはわりかしこの業界においては定番なのだろうか。

 ……それはそうと、本人たちのテンションとは裏腹に周囲は興味ナシ、の無反応を貫いていて、その対比が見ているだけで辛く、エキュゼはやめてほしいと切に思った。
 しかし彼ら自身は気付いていないのか、狂乱は止まることを知らなかった。登場と同時に右鎌を突き上げて叫んだストライクに続いて、お尋ね者と思わしきブラッキーを踏んづけたままのサンドパンが嬉しそうに目を細めて高らかに言う。

「いやー深夜帯に張り込んどいた甲斐があったわー。ハッハッハ」
「ったく手こずらせやがってよお、今日は一眠りしてからパーっと飲むぞー!」
「「オウェーーーイ!!」」

 リーダー格のザングースが号令を出したことで、地下一階は大きく湧き上がる。……チームの二匹分の熱量だけで。統率する側が勝利の美酒で酔いどれなのだから、そりゃ止まるはずもない。
 だが逆張りは冷静だった。ああ、と納得するように小さく俯くアベル。「寝不足か」。なんとなくこの高揚には身に覚えがあったらしい。相手が夜型のポケモンなのもあって、恐らく眠気と格闘しながら夜通しで捕縛にかかったのだろう。その苦労と軸のブレた思考回路を兼ねているのなら、こんな気狂いも心中お察しな気がした。
 そんなお祭りムードの中で、二本爪に押さえつけられた黒毛の獣が苦々しい表情で呟いた。

「クソッ、もう抵抗しねえからその足どけろっつってんだろ……」
「あんだああああ? なんか文句あんのかオイイイイ?」
「聞こえないな〜? ハハハ」
「散々手間かけさせやがってこの野郎!」

 祝杯の雰囲気に水をさそうとした不埒者に、三匹から踏んだり蹴ったりの暴行が加わる。たとえ相手が無抵抗で横たわっていてもお構いなしである。爪を使っていないところを見ると最低限の加減はしてあるそうで。
 それにしたって、お尋ね者に対するこの扱いはあんまりではないか、なんて考えが一瞬頭を過ぎったが、周囲は慣れているのか別段反応があるわけではなかった。というか、そもそも『ストリーム』ではよく見る光景だったことを思い出して、被害者ネイトを除いたメンバーが却って目を伏せることになった。

「ね、こんなもんでしょ?」
「いや、なんかその……オレもあんな感じだったのかなって……」
「て、転送するだけなら大丈夫だから!」
「俺らには正当な理由がある」

 若干会話が噛み合ってないような気もするが、そんなこんなでひとまずフォシルの疑問については、「暴力はよくない」という、至極真っ当で幼児でも出せるようなありふれた結論で終わったのだった。




「おーーーーーい! お前らーーーーーーー!!」
「あ、ギガだ」
「なんかさっきの人たちより静かに感じる……」 

 依頼選びを終え、道具を揃えるためにギルドを出ようとしていたところに、下の階からドゴーム特有の遠慮のない大声によるお呼びがかかった。朝の呼び出し、となると、なんとなく内容は予想できる。
 せっせと格子を登ってくるギガ。

「……ふう。ワシの方から呼んだんだから普通はお前らが降りてくるべきだろうが全く……」
「そっちこそ、『お前ら』呼ばわりじゃ誰のこと言ってるかわかんないと思うんだけど」
「ム」

 過剰に開いていた口が、ネイトの言葉を受けて真正面からぶたれたような「ム」の字に変形する。反撃が予想外だったこともあってか実にわかりやすい動揺だった。

「……まあいい。お前らには見張り番の仕事をやってもらう!」

 えー、と今度はこちらが不満な表情を見せる番。ターン制の応酬というか、こればかりは本日分の依頼を受注した直後だからこその不満だった。

「また腰痛かあのダグトリオ」
「いや、モルドのヤツが捻挫したらしくてな……」

「「「「捻挫……?」」」」

 驚愕と呆れが入り混じったような、感嘆符付きにしては低調な反応がどんよりと広がる。腰痛に続き捻挫。ディグダ族の謎が深まるばかりか、それを平然と、あたかも常識の範疇であるかの如く伝えてくるギガもどこか認識がズレているというか。改めてこのギルドに対して疑念を抱かざるを得なかった。
 そんな一同の半分開いた口も意に介することなく話し続けるギガ。

「さっさと復帰するためにラウドさんも付きっ切りで面倒見る、ってことで、加えて掲示板の更新の方もお前らに任せたい」
「お……おお! そーゆーことなら仕方ねーよな!」
「え、わ、私は別に構わないけど、構わないけど……」

 あくまで合わせるつもりのフォシルとエキュゼだが、いまいち平静を装いきれていない。いや、ツッコミ係がどう順応しろと。必死な二匹を、心の中でアベルが笑った。間を置かずにポカッ、と軽い拳がこめかみに当たった。「何故わかった」「悪い顔してた」得意げな目つきでネイトが言う。

「よし! やり方はわかるな? じゃあ後は頼んだぞ!」

 と、口早に言い残してギガはそそくさと立ち去ってしまった。なんだか押し付けられるような形になってしまったが、間近に迫った遠征のため、彼にもまだやるべきことがあるのだろう。
 兎にも角にも始めよう、と行きたいところで、今全員の頭を支配しているであろう疑問がその足を止めてしまった。ディグダの捻挫とはどういった現象を指すのか、ダグトリオの腰とは何処に存在するのか。もしやこれら一連の謎はギルドぐるみで隠蔽されているのでは。うっすい根拠から生まれた陰謀論ですら妙に説得力があるような気がして、結局彼らが仕事の振り分けに移ったのは、目線を含めた言葉少なな議論を十五分ほど無駄に広げた後だった。




 薄暗くジメジメとした小ぶりな洞窟。足裏に触れる土もやや湿り気を帯びていて、よほど慣れていない限りは気持ち悪くて長時間の仕事なんかやってられそうになかった。救いがあるとすれば、板と壁土の間から差し込む明色の光と、その線間を律儀に浮遊する塵が、自分たちが陽の元で生活していることを最低限保証してくれていることだろうか。……もっとも、誰しもがここまで鬱屈を強く意識するわけでもないのだが。

「このカゴに入ってるクソ紙をそこのボードに貼り付けるだけだ。お前でも簡単にできるだろ」
「いやー、それは甘く見過ぎだよアベル。僕なら普通にミスするから」
「正気か」

 湿気にはなんら関心を示さなかったアベルだが、さも当たり前のように胸を張るネイトを見ていよいよ絶望が目に浮かび始めているようだった。
 配置決めは前回に比べるとかなりスムーズに済んだ。というのも、昨日の成果で大きく自信をつけたエキュゼが「見張り番もやってみたい」と真っ先に手を上げてくれたからである。ネイトは前のやらかしから掲示板更新役へ更迭。次いでアベルが掲示板に立候補、残ったフォシルは見張り番に  と思いきや、なんとこのタイミングで不在を言い渡されることとなった。

「……んで、結局フォシルってなにしに行ったの? なんか込み入った感じだったけど」
「『メソ村』に遠征行くかもしんねえってことを言いに行くんだと。別に込み入っても何でもねえし何故今やろうとしたのか意味不明というかそもそも落とされるの確定だから無駄なことしてくんなカスゴミ」
「『めそむら』?」
「前のデカい戦闘で被害出た所」
「ああ、あの……気まずいトコ」
「それアイツの前で言うなよ」

 情報の半分以上がアベルの私怨で構成されているのはいかがかと思うが、そんな中でもネイトはお得意の図太さで必要な情報のみを取った。遠征でしばらく顔を出せなくなるという旨と、今までフォシルが『村』と口にしていた場所の正式名称は『メソ村』と呼ぶらしいこと。
 「エキュゼは大丈夫かなあ」、籠から数枚の依頼用紙を手元に引き出しながらネイトが呟いた。あまり彼女のことを把握出来ていなくても、普段の感じからなんとなく困り眉なイメージはある。「あの様子なら問題ないだろ」アベルが答えた。そして、「フォシルも早めに帰ってくるらしいからな」と付け加えた。

 ネイトの不器用な手つきで一枚目の依頼が貼り付けられる。端とも中心とも言えない正直邪魔臭い位置で、なおかつ用紙自体も絶妙に傾いた角度を決めていた。これはある種の才能なのか。
 しかしそれでも一応は仕事をしている。何か言うならまずは自分が手を動かすべきではないか。彼に倣って、というのも嫌で仕方がないが、不本意ながらアベルも作業を始めようと依頼を手に取った。
 ふと、内容が目に入った。『小さな原っぱ』でオレンの実を探してほしい、というもの。はっきり言ってこんなところにわざわざ頼みに出すような依願ではなかった。手数料も考えれば、明らかに買うか貰うかした方が安く済むだろうに。


 くだらねえ。
 くだらねえ、と思った。

 なにもこの依頼が決め手となって一遍の感情が頭に反響したわけではない。最初から貫いていた意志が少し薄まったところで再び想起させられた、ただそうさせただけの、燃料でしかなかった。

   そうだ、別にコイツと一緒に仕事をするためにここを選んだわけじゃねえ。

  話すか。

  話そう。


 一時緩んでいた目付きに、普段通りの刺すような眼光が戻る。何も知らないネイトは背中を向けて、ああでもないこうでもないと、綺麗な貼り付け方を模索していた。

「ネイト」

 誰かに言われたわけでもないのに、作業の手が止まった。雰囲気で理解したのだろうか。遅れて、「なに?」と壁に押さえつけた依頼用紙を見たまま返事をする。何故だか、アベルの言いたいことを察しているように見えた。
 動揺を誤魔化すように一瞬目を泳がせてから、アベルは本題を口にした。

「あのクソ野郎どもを、潰しに行かないか?」

 翡翠色の真っ直ぐな視線が、こちらを捉えた。




 白金色の太陽と、キャンバスに描いたような鮮やかな水色。塗り忘れの細々とした雲。
 丘陵を登った先に、可愛さに定評のあるプクリンを摸した気色悪い出入り口と、その門前に、来客を貶めるかのような配置にある木製の格子がそこはかとなく静かに佇んでいる。
 晴天から光を受けた木造の黄色い素肌はより明るく、しかし格子の下に構える円筒形の穴先は暗く、日差しと網目の影が歪んだ塔のようなシルエットを土壁に映し出していた。
 そんなやや原始的な天窓の真下で、木漏れ日を受けた落ち葉のような色の何かがもぞもぞと動く。

「えーっと、来客リスト、ランプに……あれ、足型早見表なんてあるんだ。これ見てもネイトはわからなかったのかな……」

 正体は見張り番を任されたロコン、エキュゼ。ギガから渡された「見張り番用」と書かれたバスケットの内容を確認している最中だった。が、

「双眼鏡、目薬、鏡、トランプ……と、トランプ?」

 一つ一つ取り出していくと、段々中身が怪しくなってきていることに気付く。はて、トランプのカードに何か特別な用途などあっただろうか。厚さからして枚数もちゃんと揃っている。相手さえいれば、今すぐにでも遊べるだろう。
 意味ありげに敷かれた、というか仕切りになっているであろう布を取っ払ってエキュゼの肉球はさらに深層へ。

「コイン、クラッカー、シンバル、サイコロ、スケッチブック、顕微鏡……顕微鏡!?」

 横文字のパーティーグッズらしきものがヒョイヒョイ出てくる中で突然の顕微鏡。エキュゼの反応はネイトへのツッコミと同等の声量で行われた。ああ、何故これほどまでにも接点のないものが突然顔を出したのだろうか。持ち場に着いてまだ何も始まっていないというのに、表情には既に疲労の色が滲み出していた。
 もういいや、そう思って早々に切り替えようとした時、スッと急に辺りの光が失せた。一瞬目を丸くしたエキュゼだったが、すぐに上を見て原因が何であるかを理解した。二つの足型の影。どうやらお客様らしい。慌てながら早見表を引っ張り出した。

「え、あ、足型は! えっと……あ、クリムガン! 足型はクリムガン!!」

 随分と焦りが乗った声になってしまったが、なんとか見張り番としての責務は果たせたはず。ギガからの返事も待たず、大きく安堵の一息を吐き出した。

 そして、沈黙のまま数十秒が経過した。

「……え?」「あ?」

 エキュゼは困惑を口にした。同じく地上からも疑問符が聞こえた。
 おかしい。門を開ける係を担っているギガの反応がない。やり方を間違えたか、いやいやそんなことはない。自問自答で自身に非がないか確認するも、迷いなく無問題の解に至った。自分を散々苦しめてきた関所なのだ、嫌でも一通りの流れは体に染み付いている。
 「足型はクリムガン!」もう一度、先よりも音量を上げての挑戦。しかし、やはりというかあの喧しい大声は返ってこない。いよいよ不味い予感がした。
 そんな不安を後押しするように、凶暴な怒号が降りかかる。

「おいクソがァ!! いつまで待たせてんだ!!」
「ぃっ……す、すみません!!」

 たじろぎ萎縮するエキュゼ。聞き覚えのある声、しかも不運なことに相手は、明らかにヤバそうなクリムガン、ディメロ・トーミーだった。クリムガンの時点でなんとなく察しはついていたが、まさかこんなタイミングでトラブルが起こるとは。
 こうなれば直接ギガに言いに行くしかない。日の元から暗闇に飛び込み、上下左右に湿気を頬で切りながら洞穴を抜け出す。灯りに眩んだ目もすぐ立ち直って辺りを見渡す。脳内にマークしていた紫色のポケモンの姿はない。……ない!?

 猪突猛進の健脚が不測の事態に怯み止まった。なんらかの急用で別の部屋へ行かざるを得なかったのかもしれない。しかし道は複数、すぐ左の食堂、壁を伝って弟子達の部屋、右を向いて直進『ストリーム』の小部屋、あるいは前方にそびえる梯子の先か。

(同じ階にいて聞こえない……なんてことはない!)

 コンマ秒を攻める勢いでエキュゼが導いた結論は「声の届かないフロアにいる」。クレーンやトードの怪訝そうな視線も全く無視して少女は奔走する。ギィ、と危険信号を出した螺旋階段を容赦なく蹴りつけ、飛び上がるようにして地下一階の足場へ華麗に着地した。少しバランスが崩れた。
 荒い息を整えるより先に彼の名を絞り出した。

「ギッ…………」

 が、必死の助けは視覚情報の介入によって途切れた。

 いるはずの相手が、いるべき相手が、いてほしい相手が。
 なんということか、がらんどう。


 思わず咳ではない何かで咽せた。




「おっっっせェんだよボケ!! 門ブッ壊すとこだったぞマジでよォ!」

 晴天下に、憤慨の罵言が響く。
 本来は五秒ほどで済む検問を、倍の十秒か、あるいはそれ以上待たされた。ただそれだけのことでしかなかったのだが、それは即ち「怪しい者かどうかを調べるのに時間がかかった」ということで、常連のお得意様であるディメロからして気分が悪いのは想像に難くない。だからといって、事件の一つでも起きそうなほどの激情は度が過ぎているようなそうでないような。
 怒りで顔を真っ赤に煮やしたクリムガンの視線の先では、追い立てられたかのようにせっせと梯子を登ってきた小狐が、薄暗い天井を左右に見渡して何かを探していた。目元は薄暗いせいで見えないが、恐らく相当焦っているのだろう、口を開いて肩で息をする様は必死を通り越してもはや哀れ、しかし責め立てる当人は怒り心頭に発していたため同情には至らず。互いに気を回すことが出来ないという心苦しい空間が形成されているのだった。
 そして、ようやくというべきか。エキュゼの目先が一点に落ち着く。二本足で立ち上がり、前足が何かを掴んだ。これでなんとか事が動くだろうか。ディメロも少し熱が冷めたのか、悪意の代わりに吐き捨てるような舌打ち一つで済まし、成り行きを見守ることにするようだった。
 ギギ、と軋む音。の、後、

「う゛う゛う゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 異変は起きた。見かけからは想像のつかない、喉が腐っているのではないかと疑ってしまうような嗄れたド低音ボイスが、ズズズと持ち上がる門と共に姿を現したのだ。

「おッ…………」

 これには流石のディメロも引き気味に困惑の表情を浮かべた。念のため状況を整理してみる。下で門番をしていたのがあのロコンで、今目の前で地獄から這い出たような声を出しているのもやはりソイツで。音圧やら諸々のショックもあって、結局理解が及ばなかった。
 ギルドを塞いでいたシャッター式が上がり切ると、輪状のロープをぐっと踏みつけたロコンの姿が露わになる。ああつまり、あの綱一本で引っ張って門を開けたと。ディメロは何が起きたのかを少しだけ飲み込めた気がした。あんなちんちくりんじゃあ、体重を掛けても厳しいだろうに。

「ゼェ……ハァ……! ど、どう、ぞ……」

 凶暴な来客は「おう」とだけ返した。見張り穴、地下一階、二階を息継ぎなしで経由したエキュゼの勢いに負けたのだ。なんとなく釈然としない顔付きでディメロが横切ったあと、ガクッと足を折って鼻先から地面に突っ伏した。
 砂の香りを直に鼻腔で感じながら、平常に戻りつつある思考回路で、何故こんな苦労を被ることになったのかを考えた。だが、浮かび上がってくる答えは一つで、それも無我夢中で駆けていた時と全く同じものだった。

  ギガがいない  !!




「……潰すって、『ドクローズ』のこと?」

 ネイトは横を向いて少し考えたのち、いつもより控えめなトーンで答えた。

「そうだ。前にも言ったが俺たちが遠征に行けないのはほぼ確定なわけで、だったらせめてヤツらに一発食らわせてやろうという提案なんだが」
「ふーん」

 怒りと不安の滲んだ早口でアベルが問う。チームの方針から大きく背いた提案に、対するリーダーの反応は可もなく不可もなくといった感じだった。普通の探検隊なら確実に咎められて終わりだが、やはりそこはネイト、一応聞く姿勢はあるらしい。
 しかし、話の是非については、チームがどうこうと言うより、いちポケモンとしての道徳観が絡む問題だった。当然、ギルドのルールに従えば暴行が容認されるはずもないし、オーケーサインを出した側だって責任を問われることは必定である。
 だが、それと天秤にかけてもなお、『ストリーム』が彼らから受けた仕打ちは理不尽極まりないものだった。しかも誰もが待ち望んだ遠征に行けるのは、地道な努力で坂道を登り続けたネイトたちではなく、悪行で他者を貶めてきた、即ち  『悪』、なのだ。これは完全な主観ではなく、世間的に見たって到底許されない行いであるはず。そんな輩に、相応の痛い目を見せてやったって。

 だからこそ、常識に疑念を持った。
 『正義』の私刑があってもいいのではないか。法に准ずる看過こそ『悪』になりうるのではないか。
 わからない。

 アベルは暫定的に答えを出した。それが制裁だった。けれども、彼が本当に求めていたのは協調ではなく、あるはずもない正答だったのかもしれない。この迷宮を彷徨う苦しみを緩和してくれる、何かが。
 ネイトの答えは既に決まっていた。

「いいよ」

 思わず拍子抜けしてしまうほどのあっさりした承諾に、驚いて返す言葉もなかった。

「二人にはもう言ってあるの?」
「……言えねえから、わざわざこうしてこっち来たんだろうが」
「あ、そっか。てっきり手伝いに来てくれたのかと」
「んな馬鹿な」

 アベルの案を肯定したことに関しては、まるであまり深く考えていないようだった。そうであることが当たり前であるかのように。普段と変わりない調子に、却ってアベルの方が内心では狼狽していた。
 ……いや、そうではないだろう。ネイトを前にしているからか、詰まった空気をため息らしく吐いて落ち着きを取り戻す。
 まず、昨日まで遠征に対して前向きな姿勢を見せていたネイトがこうも呆気なく真逆を支持しようとした動機は何か。理解が周回遅れしている原因の大部分は恐らくそこにある。
 だが、当の本人は相手の疑問符が全く見えていなかったせいか、一瞬目を離した隙に振り返って貼り付けの作業を再開しているのだから聞こうにもやりづらいというか。もっとも仕事なんぞアベルからすればもうどうでもよく、正直さほど抵抗はなかった。
 自然体のネイトからはどこか触れがたい空気も醸し出されてはいたものの、アベルは一歩踏み出してなるべく平然と声を掛けた。

「よくOK出したな」
「え? あー……うん」

 顔を上げて手を止めるネイト。曖昧な返答には、やはりというか答えづらそうな含みがあった。多分表情には(元々骨ヘルメットで見えないが)ばつの悪さが出ているのだろう。淡々と進んだ交渉の裏に何らかの思惑を隠しているようだった。
 片手で頭を掻きながら、斜め下を向いたまま首だけで振り返った。

「だってさあ、エキュゼは、まあ……わからないけど。フォシルは絶対反対すると思うんだ。で僕まで断っちゃったらキャラ的にアベルの立場ないじゃん
「いやそういう心配かよ」
「これがきっかけでそこそこ引きずっちゃって、仲直りのチャンスとか色々気遣ってもらえるんだけど結局プライドの高さが原因で馴染めなくて、しばらく気まずい感じで続けるけどそのうち黙っていなくなっちゃうやつ」
「めっちゃ具体的だな」

 ここに来てボケか、朝見たザングースの模様よりジグザグな会話のテンションだった。あまりの高カロリーさに目元を覆ってフラつくアベル。いくら真面目そうな口調であっても、コイツだけは油断出来ない事を再認識した。ネイトはいつだってそういうヤツなのだ。
 「いやあのな、」流石に何か言い返さないと精神衛生上よくないものが溜まりそうだったので、細目を開いてボケ野郎の顔に文句を投げつけてやろうとした。しかしヤツはまたしても掲示板へ向き直っていたのだ。ああクソ、真面目なのか不真面目なのか、もう、何がなんだか。
 アベルは口角をがっくし下げ、わざとらしい乱暴な足取りで掲示板に近づいた。

「もういい……そこどけ」
「うい? なにすんの?」
「外の空気吸ってくる」
「えー」

 知能指数低めの反対を無視してコルクボードとアホの二間へ強引に割って入る。この空間で一日仕事をやってのけるほどアベルは図太く作られていなかった。これがエキュゼやフォシルだったら……否、例外なく同じような思いになるだろう。
 手慣れた動作で掲示板を軽く蹴ったのち、グッと腕に力を込めてゆっくりと暖色を取り入れてゆく。眩しさにしかめっ面になりながらも表の様子を慎重に覗いてみた。誰もいない。そっと足を外に出してみた。

「ううう゛、お゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 反射的に足を引っ込めた。何者の、いや、何の音かと驚いて心臓が跳ね上がった。直後、赤茶色が高速で通過する様が隙間から見えて、五秒ほどの現実逃避を経てあれが幼馴染によるものだと認めざるを得なくなった。ネイトへ振り返る。同じく唖然として言葉を失っていた。
 アベルはそっと戸を閉めた。それから間も無くして、板越しにメスとは考えたくない掠れた呼吸音が通った。少なくとも業務中に日の元を気ままに歩くことは到底出来そうになかった。
 ネイト、と、弱気な声が、薄暗い洞窟に小さく落ちた。

「掲示板、手伝っていいか」
「だよね」

 その一日、掲示板更新係はかつてなく真剣に職務を全うしたのだとか。




 背中から斜めに流れた影が、激しく脈動しながら地を滑っていた。
 太陽はほぼ真上、時は昼日中。多くのポケモンたちに踏み締め続けられて出来た乾いた一本道を蒼頭が走る。彼の進む先には、明らかに(ポケ)工物の小ぶりな風車と、大衆の活発な動きが見られるざわめき、そしてそれらを見下ろすようにどんと大きくプクリンの不気味な横顔がそびえ立っていた。
 復興の視察も兼ねた遠征の通達のため、村  もとい、『メソ村』へ向かったフォシルは、想定していたよりずっと早く話がついたため、午後一とも言おう時間には帰路も終わりに差し掛かっていたのだった。

(よし、なんとか手伝えそうだな……)

 前のめりの姿勢を正し、足のペースを落とす。風車も視界のピントに収まるまでに近づいていた。身体に纏わり付いた汗と熱気に吹きかかる涼風が心地よい。余裕のある帰還は精神的にも安心感を得られた。
 やがて交差点に到着し、呼吸を整えながら階段を登っていく。エキュゼは上手く見張り番をこなせているだろうか、失敗して落ち込んだりはしてないか、一人きりで仕事を任せてしまったことへの不安を、流れる視界の中で考えていた。
 しかしそれを打ち消すように浮かんだのは、早朝に積極性を見せたエキュゼの姿だった。昨日の活躍はもちろんのこと、何よりフォシルがメソ村に行くことを承諾したのも彼女自身である。やってみる、と頷いてくれた時の成長ぶりときたら頼もしいなんてものじゃない。黒いモヤは心の隅へ、むしろ期待感を持って階段を登り切る。

 台地のてっぺんに着いて早々に目撃したのは、どうすればそうなるんだという斜めっぷりで大きく隙間を開けた門だった。

 ……。
 ……。

 スーッ……と、口の隙間から空気が抜けていくような気がした。
 フォシルの記憶が正しければ、あれはシャッター式の門のはず。上と、下。この二方向のみが木格子に許された可動域なのだ。では、あの様は。
 落ち着けオレ、何か事故っただけだろうハハハ……。自分でも笑ってしまうような愉快な思考で、ワーワー叫んでいる己のツッコミ心を暴圧する。穏健な王子だのに、さながら気分は理不尽なデモ鎮圧部隊の指導者だった。
 とにかく、今はただこの棒立ちの状況をなんとかせねばならなかった。出来れば見たくない、という心境と矛盾したストレスが歩行を阻んでいる事実は良識フィルターによってブロックされたので、足を進める以外の選択肢は都合よく除外される。従って、呆気なく見張り番の柵に立った。踏み出した足先の感覚がなかった。

  へぇ゛……ハァ…………ア゛ア゛…………!!

 ゴン、ゴトッ、ガタッ、続けざまに下から慌ただしい物音が響くとともに、飢えた魔獣のようなうめき声混じりの苦しげな呼吸音が徐々に大きくなってゆく。引き返す道ならいくらでもあるのに、心情としては完全に追い詰められた獲物も同然だった。
 やがて、見下ろせば姿が露わになるのでは、というほぼ真下辺りにまで土を擦る足音が近づいてきたと思うと、今度はシン、と静まり返った。  のもつかの間。再び恐怖のドタバタが、ところが遠ざかっていった。

「……ん?」

 フォシルは困惑した。一連の流れで頭から吹き飛びかけたが、ここは見張り番である。客人がそこに立ったということは、然るべき処理が行われるのが常のはずなのだが。
 少し屈んで格子の隙間を覗いてみる。声はおろか物音の一つも返ってこない。先ほどの不可解な現象から静寂には一切の平和も感じられなかった。ふとお気の毒な角度になってしまった門に目をやる。影が揺れていた。すぐに視線を戻す。


  ……影が、揺れた?


 青白いイメージが背筋を走ったと同時に、目を丸くしてバッと顔を上げた。
 立っていた。斜線の奥、屋根下の低明度で、焦げ茶色が亡霊のように佇んでいた。

「……え、エキュゼ?」

 地下から聞こえた不審な音が彼女のものだとして、普通そこから数秒の間に門前まで移動できるものなのか。疑問はあったが、ひとまずそうとしてエキュゼの名を呼んでみる。フォシルにしては小声だった。
 すると、こちらの反応を見てか否か、妙にゆっくりとした歩調で入口の脇へ向くと、僅かに前足を浮かせて吊り下がっている綱を咥えた。ギ、ギ、と木柵が悲鳴を上げる。無茶な左右ちぐはぐに対し、ピンク色の凶悪な歯茎が見えるほどに力が加えられているようだった。
 しかし正方形で縦にスライド出来るよう作られたものをあんな状態に、ましてや機能させようとなどと願っても物理法則が許さない話なのであって。力による強硬手段の行き着く先は想像に難くない。
 それを察したフォシルが止めに入ろうとした、ちょうど次の瞬間、


 バキッ。


「あ」


 “いやなおと”よりずっと耳にしたくなかった断末魔が、心音すらも凍りつかせた。
 一拍分の沈黙。スバメのさえずりと草木の囁く声がやけに鮮明に映る。


 ……ああ、ああ。やっちまったのか。トレジャータウンに戻ってから目に入ってきた異変は、嘘か冗談の類ではないか、一方的な誤解なのではないかとどこか願っていた部分もあったのだが、この衝撃でハッと現実を痛感することになってしまった。
 と、頭を押さえるチーム唯一の良心となってしまったフォシルを尻目に、当人、エキュゼは、縦スライド門の梁をへし折ったままの体勢で固まっていた。やらかしが流石に堪えたか、と思いきや何事もなかったかのように縄を離し、変わらずゆっくりの動きで後退る。焦りはまるで感じられなかった。
 何と声をかけてやればいいものか  とフォシルが顔を上げた矢先にまたしても事件の香りが!

「待っ……」

 後退り、なんて落ち着いたもんじゃなかった。
 助走だ。
 眼前の設備には一片の慈悲もくれてやらなかったくせに、距離にして一メートルにも満たない助走は惜しまず取った。小さな体躯が全力で飛び跳ねる。突進のターゲットは無論、弱り切った前門。
 支えを失いハリボテ同然と化した牢は、突きつけられた可愛らしい前足の一打で、グシャア! と勢いよく地に倒れ伏した。
 なんてこった、などと絶望する暇すら与えられない。檻から放たれた凶獣は脱したままの速度でフォシルへと猛進を仕掛けてきたのだった。何故仕事を放棄したのか。破壊に至った経路は。そして、その延長線上として自分に向かってきた動機は。かつてやんちゃとか天才だとか呼ばれてきたフォシルの頭脳をフルに回しても、ありとあらゆることが理解できなかった。だが、ただひとつ、たったひとつわかることがあるとすれば  

「ワアアァァァァァァァァァァァアアアアアア!!」
「んなあああああああああああああ!?」

 泣きっ面で飛び込んできた仲間と、一緒に叫ぶことのみ。




「ばかああああああっ!」

 落日が橙から藍のグラデーションを夕空に描き出す頃、ギルドへ戻ったギガを真っ先に襲ったのは豪速の肉球だった。

「イタタタタ……遠征行けるか正直不安だったからよォ……すまん……」

 鼻先を両手で押さえながら謝意を見せるギガに対し、ぷい、と顔を背けて自室へと歩いていってしまったエキュゼ。去り際に「もう!」と一声追加で残したあと、プライバシーの欠片もないような中身筒抜けの部屋の藁ベッドで、ドサッとうつ伏せに倒れた。
 朝に「じゃあ後は頼んだぞ!」と言ったきり姿を見せなくなったギガは、どうやら精鋭入りのためにギルドへの貢献度を上げようとしていたらしく、今日一日ダンジョンに籠って活動していたらしい。なんだってそんな無責任な、という疑問については、問いただす前にエキュゼが顔面パンチを食らわせてしまったため未解決になってしまったが、恐らくはフォシルの快諾を受けて任せっきりにしてもなんとかなると判断したのだろう。現在そのフォシルはというと、何故か壊した本人に代わって正門の修理をする羽目になってしまっているが。

「……相当溜まってたらしいな」
「うん、初めて見た」
「俺は昔喧嘩したときに一度見た」

 グレッグルを模った岩が目印の無骨な『トレード店』の隅からエキュゼの狂乱っぷりを覗いていた掲示板裏の二匹組が珍しい物を見るように呟いた。付き合いの長いアベルが言うには実際貴重らしい。

「その時もこんなんだったの?」
「まあ、今ほど暴力的ではないが」
「わかんねえよナァ。乙女心ってのはよぉ」
「全くだ。本当に同じ生物なのか疑う」


「あっ、いたんだ」

 店主不在、と思いきや、二匹と顔を並べてカウンターに肘を着きながらグレッグル  トードも一緒になって一連の暴挙を見物していたようで、ネイトに続いてアベルも左を向いた。だよな、と便乗するように目をやってくる。関わりもほとんどなく素性が見えない相手だったが、案外気さくな印象を受けた。

「グヘヘ。ああいう溜め込みやすいタイプはいざ爆発すっと止まらねぇんだ」
「わかる」
「闇だよね」

 さりげなく漏れたネイトの一言で、殴られた後をさすっている紫色に集中していたピントが外れた。お前みたいな馬鹿がそういうことを口にする方が、とアベルがツッコミを入れそうになるも、幻視したネタと事案の境界線に気付かされて踏みとどまる。いや、ひょっとしたら彼自身はそういったニュアンスで、なんて可能性は、隣で鼻をほじっているアホを見るに大丈夫そうだ。しかも骨ヘルメットに阻まれて親指が届いていない。
 「ま、気を付けろよ」誰に対して言ったのかわからないセリフだけを置いて、トードは横腹をかきながら商売道具である壺へと向き直った。

 だが、振り返る直前。彼がチラと視線を指した相手は  

「ネイト、昼の話は覚えているな」
「ん」

 微かに浮上した嫌な説を断ち切るように、アベルは口早に確認する。いくらネイトでも忘れるはずがない。愚問と頭では理解していても、話の流れから突然湧きだした藪蛇の如し悪い予感が平心を求めて口をこじ開けたのだった。
 さほど重く捉えていないのか、目の色に緊張感は見られない。そんな協力者に押し付けるように強く言った。

「明日、決行する。準備は全て俺がやるから、お前は指示に従ってろ」

 ネイトは、こくんとだけ頷いた。


■筆者メッセージ
 ポケダン小説をポンポン更新できる人はマジですごいと思う。そうだよなあ、元々セリフ量えげつないし、更新ペース上げないと完結しないからなあ……。私もガンバリマス。
 4章は残り二話(番外編は除く)を予定しています。なんとか今年中に仕上げたいところです。
アマヨシ ( 2019/11/06(水) 23:56 )