ポケモン不思議のダンジョン 正義と悪のディリュージョン






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第4章 侵撃のドクローズ
第36話 作戦会議 〜汚名返上編〜

 諦めムードを払拭してくれたアレス、フラ、ジングルと解散したのち、思い出したくもない会話と共に備え付けられた『今日も依頼の仕事を受けてこい』の命を遂行するため、ネイトたちは地下一階の掲示板前に集まっていた。

「……で、やるなら簡単なの選ぼーぜ。昨日みたいに失敗するわけにゃいかねーし」
「昨日……いや、昨日のは普通に上手くいってたよ……アイツらさえいなければ」
「僕としてはルーが一番の敗因な気がするけど」

 下向きの会話からはまだ若干陰気を引きずっているように見えるが、クレーンとのやりとりに比べれば表情は幾分かマシになっていた。やはり弟子三匹の励ましが少なからず影響しているのだろう。
 散々な目に遭ってきた『ストリーム』もこうして立ち上がり、再び遠征メンバー入りを目指す日常へ回帰  するはずが、約一名、それを快く思わない者もいたそうで。

「待てお前ら、結局クソ真面目に仕事する気か」
「やっぱ今からじゃ間に合わないかな?」
「余程デカいことしない限りは無理だろ」

 相も変わらず否定的な姿勢を保つのは、例に漏れずアベル。そういえば自室でアレスたちと喋っていた際にも、コイツだけは一切顔色を変えずに睨んでいたような。恐ろしいまでの歪みなさに、フォシルは思わず苦笑を浮かべた。
 ここまでは普段と大差ない。驚いたのは、ネイトまでもがこの意見に対してやや便乗気味であったこと。頭足らずな彼のことだから、てっきり楽観を貫くものかと周りは思っていたのだが、存外先行きを不安視していたらしい。
 ああして先輩から希望を与えてもらった後なのだから、もう少しだけ明るい未来を想像してもいいとは思う。
 ただ、同時にアベルの言うことが一理あるのもまた事実だった。たった一度で信頼をどん底まで落とすほどのミスだ、そう簡単にリカバリーが効くはずはない。ともなれば、それらの汚名を返上できる相応の仕事をしなければ  確かに、あまり現実的なプランは立てられそうにない。それを理解してか、フォシルも今回ばかりはアベルの発言を咎めようとしなかった。

「『静かな川』、『トゲトゲ山』……。特にこれといったのはなさそう……」

 掲示板を見上げていたエキュゼがため息をつく。隅から隅まで所狭しと貼られた依頼の中には、この世界で十七年間過ごしてきた彼女でも見聞きしたことのないダンジョン名の調査依頼やら、一時期(ちまた)で話題になった凶悪犯の確保など、かなり高額な報酬のものも紛れていたが、到底可能なもんじゃない。
 エキュゼと一緒に並んで上を向くネイトが、適当に呟いた。

「ここの依頼の報酬が全部もらえたらなぁ」
「もうコイツ売って金にすればいいだろ」
「そ、それはダメ! 色々な意味でダメ!」

 なんともどうでもいいところでチームの闇が垣間見えたが、仮に金銭面の危機が彼らに訪れたとしたら(ポケ)身売買も視野内である、ということだろうか。なんて罪深い。
 と、茶番はさておき。「この掲示板の依頼の報酬が全部もらえたら」。多分ボケであろうネイトの戯言を、フォシルはなんとなく反芻してみる。

    んな都合のいい夢見てる場合じゃねーのにな。

 一応だが、達成する方法は一つだけある。実に簡単な方法だ。
 ここにある依頼を全て解決する、以上。

 要するに『不可能』ということ。『無理』ではなく、不可能だ。お尋ね者の討伐や救助といった形式の違いだけなら未だしも、ダンジョン丸ごと別となればそう一日に何度も行き来はできない。
 さて、どうしたものか。と、新案を考えつつ、フォシルはふと、掲示板に目をやった。


 依頼内容を軽く一瞥し、視線を戻す。





「……ん?」

 一拍置いてから、もう一度掲示板に顔を向けた。
 先の一瞬で何かに気付いた。ネイト、エキュゼと共に用紙を凝視し、直感的な閃きの正体を探る。片っ端から内容を読み返し、それらを脳内にまとめた。

 『トゲトゲ山』、アノプスの救助依頼。

 『滝壺の洞窟』、青いグミの探索依頼。

 同じく『滝壺の洞窟』、穴抜けの玉の送達依頼。

 『トゲトゲ山』、アメモースの救助依頼。

 『海岸の洞窟』、大きなリンゴの送達依頼  


「……フォシル? どしたの?」

 一匹、頭の中のシミュレーションに浸っていた軍師は、聞き慣れた厄介者カラカラの声で、ハッ、と意識を現実に引き戻された。
 左を見れば腕を組みながら壁に背をもたれるアベルが、右にはじぃーっと細目で掲示板と睨めっこを続けるエキュゼが、そしてその奥には不思議そうに首を傾げてこちらを見るネイトの顔があった。

 考えついてしまった。ネイトの馬鹿げた願いを叶える方法を。

「んや……意外となんとかなるかもしんねー。ここの依頼、全部達成するって話」
「「ええっ!?」」
「……?」

 ネイトとエキュゼの揃って驚く姿に、「ああ、これはもう引き返せないな」、とフォシルは小さな後悔を覚えたが、理論上は可能な作戦であるはず。怪訝そうな表情で薄目を開くアベルに対しても、自信満々の笑みで大きく頷く。元王子は戦前の士気の管理も怠らない。
 「少し無茶する羽目になるが  」実際厳しい仕事になることが予想されるので、あらかじめ諸注意は入れておく。三匹の期待の視線を痛いほど浴びながら、なるべく平坦を意識して話し始めた。
 実のところ、一番動揺していたのはフォシル本人だったのかもしれない。




「ひ、一人体制ぇ〜〜〜!?」

 オーバー、と呼ぶには、まあまあ妥当なリアクションで応えるネイト。
 無理もない。フォシルの提案する秘策とは、裏道もクソもない、各個で分担して依頼を消化する『一人体制』だったからだ。

「それって……みんな別々のダンジョンに行くってこと!?」
「おうよ! そうすりゃ単純計算で効率四倍だ。全部っつーのはちょいと大げさだったが、ここの依頼の大半を消化することだって夢じゃない」
「よ、四倍ぃ〜〜〜!?」

 フォシルの答えに、不安そうに俯くエキュゼ。
 複数のダンジョンに一匹ずつ、四つ分のダンジョンの依頼を四匹でこなす作戦。ありそうでなかったアイデアに「おほー!」とネイトが歓喜の声を上げる。例によって、本当に理解しているのだろうかと不安になる。
 だがそれは、ほとんどの探検をフルメンバーで出撃している『ストリーム』にとっては初の試みであり、希望を見出せる可能性であると同時に、新たな課題が生まれてしまったのも事実。
 当然のこと、そんな穴をアベルが見逃すはずがなく。

「効率四倍だとか抜かしてるが騙されるなよネイト。探検隊ド素人の俺たちが今までダンジョンを攻略できたのは完全に数の利だ。それを一人で行くなんて真似したら、もはや依頼どころじゃねえ。生きて帰れるかどうかも怪しい」
「あ、怪しいぃいい〜〜〜!?」
「まーそうだな……そこらはちょっと無理しなくちゃなんねー」
「ネイトはさっきからなにを叫んでるの……」

 初見では見てる側も清々しく感じるほどの惜しみない驚愕も、二回、三回とやられれば流石に鬱陶しい。付き合うだけ時間の無駄だと察しているのか、フォシルは賢くスルーを決め込む方針で続けるつもりらしい。
 「今までダンジョンを攻略できたのは完全に数の利」  。勝因を決めつけられるほど数の利が活躍した経験はあまり記憶にない(むしろ『デンタル・バッテリー作戦』においては絶望的なまでの少数で勝利した)が、『リンゴの森』での戦闘で活躍した炎技を得意とするネイトとエキュゼや、咄嗟の判断で如何なる危急にも対応できるフォシル、悪知恵のアベルと、それぞれが個性、得意分野を持って役割分担をしてきたように思える。
 故に問題は、頭数の減少による単純な戦力の分散というよりかは、完全にバックアップのない環境により、自ずと行動に制限がかけられてしまう点にあった。

「……ともかく、無茶苦茶な話なのはオレ自身も承知だ。ただな、お前も言った通り、『余程デカいこと』でもしねーと巻き返すのは厳しいと思う。だったらやるしかねーだろ?」
「……チッ……!」

 耳障りな返しに、アベルは勢いよく顔を背ける。
 何を隠そう、大仕事をするべきと提案したのはアベル自身だ。根性論なぞ反吐が出るほど嫌いな彼でも、言い出した本人である以上、強くは言い返せない。フォシルがそこまで計算した上で口にしたのかは不明だが、なんにせよ、元より最悪だった心象がより一層険悪になったことは間違いない。
 しかし正論、他二匹から異議は出ず。

「うーん、もう展開的にはやんなきゃいけない感じだよね」
「普通に『賛成』って言えばいいのに……」

 そんな曖昧な物言いを『肯定』と捉えるにはあまりに不安が過ぎる気もするが、わざわざツッコむのも面倒なのでさておき。
 ある程度固まった進路に、フォシルは、にやり、と口の端を上げた。

「……うし、決まったな! それなら準備といこーぜ。まずは依頼の収集だぁ!」

 ぶっつけ本番の個人探索、ハイリスクハイリターン。見込み薄めで計画性もお察し、成果のみを極限まで追求した最悪な作戦の火蓋が、今、まさに切られようとしていた。




 所変わり、同階層の『ポケモン探検隊連盟Q&A』看板前。流石に依頼掲示板前で地面に用紙をばら撒きながら談合するわけにもいかなかったので、『ストリーム』はなるべく人出の少なさそうな場所へ身を移したのだった。
 しかしこの看板、迷える探検隊のために設置されたものであるはずなのに、今日に至るまで読まれるどころか誰かが立っていたような覚えもない。実際のところ、目を通したのは入門初日のアベルくらいなのではなかろうか。そう疑いたくなるほどに、ここだけ妙に(ポケ)っ気がなかった。
 ダントツで厳しいと評判であるギルド故に、基本的なことなど随一チェックせずともわかりきっているからか、あるいは単にこの看板が目立たない位置にあるからか  なんてことはどうでもいい。看板事情にのめり込んでボーッとしていたネイトは、真下から聞こえた「バサッ」、と軽いような重いような音に気付き、おもむろに顔を向けた。

「ん、大体こんなもんか」

 無造作に散らばった大量の紙を見下ろしながらフォシルが言った。
 とても数えきれそうにない量、とまではいかないが、普段一日あたりにこなす依頼の数が一件二件であることを考えると、十倍近くの受注になりそうだった。能天気なネイトにも、骨下の額に一滴の汗が伝う。
 そんな今回の難題を中心に座り込むエキュゼとアベルも、また不安な様子だった。エキュゼなんかは「顔に『無理』って書いてある」と指摘しても冗談ではないくらいに表情が死んでいるし、アベルは掻いた胡座(あぐら)が拒絶反応でも起こしたかのような貧乏ゆすりを止めないしで、いずれも素人が見てわかるくらいに不調だった。
 作戦会議前から既に絶望的なムードである中、フォシルのみは顔色の一つも変えずに、依頼を小分けの束に淡々とまとめていた。説明なしに黙々と進めるのは集中している証拠か。もしそうであれば、何をしているかを聞こうにも、この状況では横槍になってしまう。
 あらかた片付いたところで、フォシルの手が止まった。

「さーて、始めっぞ。まずはダンジョン決めから!」
「ダンジョン決め?」
「おう! 誰がどのダンジョン行くかってことだ。それぞれの相性とかを考慮しながらな」

 なるほど、流石に考えの一つもなしに特攻するわけではないと。もっとも、軍師の案でそんな愚策など鼻から出るはずもなかったが。
 二つの視線が正面を向いた。まだどことなく虚ろげではあったが、ここまで話が進んでは退路など無いに等しく、腹を括って作戦会議に臨む姿勢を決めているようだった。
 フォシルはやや強めに右端の書類を手で叩き、パンッ、と乾いた音を出した。

「一人一ダンジョンってことで、比較的依頼の多かった四つを選んできた! 『トゲトゲ山』、『海岸の洞窟』、『滝壺の洞窟』、それと『静かな川』」

 ダンジョン名を読み上げたのち、顔を上げる。

「ただ生憎、オレが行ったことあるのは『海岸の洞窟』だけだ。だからわりー、簡単でいいから他のダンジョンの特徴とか出てくるポケモンたちの傾向なんかを教えてくれ。そっから話を進めよう」
「……『トゲトゲ山』は飛行やら毒やらバラけてた。他のところは水。だいたい水だ」

 フォシルの語末から僅か二秒、真っ先に答えたのはアベルだった。チーム内での頭脳役としての立ち位置はすっかりフォシルに取られてしまったものの、なんだかんだ彼の思考速度は中々のものらしい。少し遅れて、エキュゼがこくこくと頷いて便乗した。
 ふむ、と鼻息混じりに言うフォシル。

「水……ああ、水か。水……水?」

 一瞬納得したような素振りを見せたが、連呼する「水」という単語の語尾に、徐々にうっすらと疑問符の影が伸び始める。フォシルらしさの欠けた釈然としない態度に、周りにも不安の黒雲が立ち込める様子が目に見えてわかるようだった。
 本当は依頼選びの時点で、いや、作戦を確立した時点で考慮するべきはずだった。チーム内のタイプ相性、主に弱点の傾向。
 今になってフォシルが気付いた本日最大の失敗。それは、

(水技、めっちゃ一貫してんじゃねーか!!)

 草タイプであるアベルを除き、地面タイプのネイト、炎タイプのエキュゼ、岩タイプのフォシルと、いずれも被ダメージの大きい属性に『水タイプ』が含まれていたのだ。しかも炎タイプの技を主力としているネイトとエキュゼは攻撃方面でも真っ当なダメージを与えづらい。
 仮に三つある水系ダンジョンのうち一つをアベルが担当するにしても、残り二つは相性の悪い誰か二匹が攻略しなければならない。即ち、最善の分担を仕切ろうが、確実にメンバーの誰かが苦戦を強いられることとなってしまうのだ。
 致命的な『やらかし』に頭脳明晰ズガイドスが二の句を継げないでいると、いよいよアベルも彼が黙り込んだ理由を「あっ」と察してしまったようで、嘲笑半分、棄却半分の乾いた笑いを一つしたのちに(こうべ)を垂らして動かなくなった。

「え、え!? どうしちゃったの……?」
「生活習慣病?」

 残された二名は何が何だかといった様子で、明らかに消沈しているフォシルとアベルに問いかけるも返事は無し。原因となる要素が話の流れにあるのだから決して生活習慣病ではないはずなのだが、無言のうちに話が先へ先へ進んでしまえば着いていけなくなるのも無理もない。だからといってネイトのボケが正当化されるわけもないが。
 しかしこのボケ野郎、時に的を射る発言もするわけで。

「……んん? そういえば水タイプのポケモンってアベル以外  だああああああああ!!

 年長者としてのプライドが絶叫という形を持ってネイトの言葉を遮る。大々的に『馬鹿』の肩書きが広まっている彼に正論で指摘されるのは流石のフォシルもたまらんと思ったらしく、面目を保ちたいがゆえの暴挙を一刹那で選び取った。同階で依頼掲示板を眺めていた探検隊たちの迷惑そうな目線が痛いが、まだマシ。誤差の範囲。
 焦りは流れる汗に、大声の反動は切れ気味の息遣いに。出まくったボロにも関わらず、それでもなお、フォシルは取り繕った不敵な笑みを三匹に向ける。

「そ、そそそその辺も引っくるめてアレコレすっから! な? な?」
「オイオイオイオイオイ」
「なんかデジャブ感じる」
「あっ……ああそっか、水タイプだと……」

 不満げに苦言を口にするオス二匹と、少し遅れて作戦の穴に気付いたエキュゼ。もう色々と駄目な雰囲気だが、特にフォシルに関しては、ネイトと同じ「アレコレする」なんて表現を使ってしまっている始末。窮地に弱い体質なのか、例の大作戦に比べると酷い空回りっぷりだった。
 しかし、これだけ哀れな失態を晒しても、フォシルは「諦める」の選択肢へ手を伸ばそうとすることはなかった。仲間のために粘り強く戦おうとする姿勢は、かつて民の象徴として前線に立ち続けた王子の姿そのもの。性分からして、辞退などまずありえないのだ。
 汗を腕で拭い、一つ深呼吸をした。




 無理強いを前提とした作戦とは聞いていたが、話を進めてみると、まだ他にも問題や難点がちらほらとあることがわかった。
 箇条書きでまとめると、

・転送機能を持つ『探検隊バッジ』は誰が持つのか。

・同様に、バッグは誰が持つか。

・『滝壺の洞窟』にて、依頼達成後の帰還方法は。

・ネイトは一人でダンジョンを攻略できるのか。


「え? 僕も問題なの?」
「ちょっとだけ……いや、うん。かなり不安かな」
「生きて帰れると思うな」

 何やらアベルが殺意めいた注告を不適切な用法で使っているが、それはさておき。
 同行すれば必ずと言っていいほどの頻度でトラブルを起こす彼を、なんの思慮もなしに野放しにしてしまう。よくよく考えれば深刻な問題である。対策自体は可能だが、右と言えば左を向くヤツに説法を吹き込んだところで期待は出来ない。
 「……まあそれは置いといて」諦めたらしい。不屈のフォシルでさえ、この問題にはお手上げするしかなかった。

「まず、誰がバッジを持つかだが  実はもう決めてある。『トゲトゲ山』を担当するヤツに頼もうと思ってる」
「なんで?」
「……救助依頼とお尋ね者確保の依頼があるから、か?」
「そのとーり! 本当は他のダンジョンのも貼られてたんだが、依頼が一番集中してる『トゲトゲ山』に絞っといたんだ」
「あ、本当だ。気付かなかった……。確かに他は道具関係ばかりね」

 探検隊バッジは、探検隊を象徴するだけのアクセサリではなく、周囲にいるポケモンをダンジョン外へ転送する脱出機能を持った優れ物なのだ。性能故にポケモンの救助、お尋ね者の回収には欠かせないものとなっている。
 この便利アイテム、探検隊チームを登録した際に他の必需品一式と共に貰えるのだが、その数は一チームにつき一個である。もっとも、メンバーが個々で使用することなど想定されていないため当然と言えば当然なのだが。

「てか、なんでフォシルがバッジのこと知ってるの? 説明したっけ?」
「ん? あー、『デンタル・バッテリー作戦』の撤収後にルーから聞いたんだ。地図とか、トレジャーバッグのこととか諸々な」

 チームに加入してから約一日遅れての説明、とのことだが、遥か(いにしえ)の時代から蘇ったポケモンと聞けば特別扱いも妥当である。ルーも最初は様子見のつもりで説明を省いたのだろう。そして、作戦終了後には粗方の事が済んだと見て、「正式」にフォシルをギルドへ迎え入れた。そんなところか。

「お前のことはどうでもいい。バッグは誰が持つ」
「あ? んだよ、一々癪に障る言い方……まーいい。現時点じゃ未定だ。一応、どうしてもダンジョンの攻略が厳しい、ってヤツに渡そうかと考えてる」
「じゃあ、僕?」
「渡すか」「渡してたまるか」
「えーっと……それじゃあ私、ってことになる、のかな……?」

 むー、と不満げなネイトを差し置き、アベルとフォシルが頷いた。
 ダンジョン内において、『どうぐ』はたった一つで戦況を覆してしまうこともある重要な要素。使わないメリットはほとんどなく、持っていくに越したことはない。
 ……が、裏を返せば、道具の有無でダンジョンの攻略難度は大きく変化するものであり、手ぶらとなるとかなりのハンデになってしまう。特に経験の浅い彼らからすれば、道具が探検成功の可否を握っていると言っても過言ではない。
 して、そんな大事なものを、ポケモン初心者の元人間  というよりは、文明初心者であるネイトに任せてしまえばどうなるか。色々な意味で想像がつかないが、何かしらマイナスの形で返ってくるのは想像に容易い。満場一致で却下が出るのも必然だった。

「さーて、そろそろ本題に入るか。……つっても、多分ダンジョン構成なんかはオメーらの方が詳しいだろうし、行けそうなところとか、そっちで決めてもらうかな。……あー、つくづくダメだ、オレ」
「……『滝壺の洞窟』。俺なら無害で突入出来る」

 本日のメインテーマ、ダンジョン決め。いよいよこれから時間がかかるか、誰もがそう思った矢先に上がった立候補の声は、なんと、アベルのものだった。

「無害?」
「うーんとね、滝にバシャーン! って飛び込まないと入れないトコ!」

 「なるほど?」ネイトの説明だからか、フォシルはなんとなく曖昧な首肯で返した。
 『滝壺の洞窟』は、パッと見何の変哲も無い滝の裏にあるダンジョンで、いわば秘境である。滝裏に隠れて存在している以上、激流を突き抜けなければお目にかかることは出来ない。しかし前述した通り、『ストリーム』は水を弱点としているポケモンが多く、どうしても進入する際の痛手は避けて通れないのだ。
 だが、草タイプであるキモリ  アベルは、チーム内で唯一水への耐性を持っている。攻撃側の相性も良し。文句なしの適任だった。
 けれども、エキュゼの顔には「不安」の二文字が。

「でも、でもあそこって確か……帰り道、どうするの?」
「そうだな……穴抜けの玉とか使うなりで、まあ、なんとかなるだろ。最悪前みたいに流されればいい」
「うおい、そんな危険な場所だったのか? 『滝壺の洞窟』っつーのは」
「そもそもなんであそこから依頼が来てるんだろ」

 『滝壺の洞窟』の最奥部には、押すと大量の水が押し寄せるカラクリ  というよりは、罠と呼んだ方が適切な、そんな厄介なシステムがある。作動させてしまったが最後、その水流に為す術なく呑まれ、上下左右訳のわからないまま長距離を流されてしまう。その後温泉付近の小穴から吐き出され、結果として脱出は叶うのだが、もっとこう、まともで安全な方法があってもいい気がする。当時の光景が思わずフラッシュバックしたようで、フォシルを除く三匹が苦々しい表情を浮かべた。

「……ともかく、帰りはなんとかする。さっさと次決めろ」
「そんじゃオレ、『トゲトゲ山』いいか?」

 アベルが発した棘付きの指図に、文句の一つもなく挙手したのはフォシル。まるで初めからそうすると決めていたかのような反応速度だった。

「いいと思う!」
「ネイト……絶対テキトーに言ってるでしょ……」

 作戦を会議する場で考えなしに同意する馬鹿。もっとも、ネイトが思案したところで生まれる策などありやしないだろうし、これでは黙って傍聴していた方がマシまである。かといって出し抜くわけにもいかないが。
 「だってさあ、」打って変わって真面目な声調のネイト。

「『トゲトゲ山』の依頼ってお尋ね者とか危険なやつなんでしょ? だったらフォシルが一番いいじゃん」
「え、あ、」
「エキュゼを困らせるなカス野郎」
「んや、まあ、確かにそのつもりで依頼は選んだけどよー……なんか調子狂うな」
「ほめてよ」

 ボケをかませば強く反発され、珍しく正論を口にすれば困惑され、もはやネイトは発言すら立場を失いつつあった。曲がりなりにもリーダーなのだから、もう少し丁重に扱うべきだろうに。
 ともあれ、正論は正論。救助依頼、お尋ね者確保が複数件。それも道具を持ち込めないと来たら、並々の探検家は敬遠の意思を見せるだろう。が、このズガイドスとなれば話は別。
 我らが最高戦力、フォシルは、チームランクに見合わないレベルの圧倒的戦闘技術、経験、知識を兼ね備えたイレギュラーである。現実的に考えて無理のある難題だが、本人が「やれる」と思って選んだというのだから、一応彼の脳内には勝利のビジョンが見えているのだろう。この決定に対して誰かが物申すことはなかった。

「うし、あと残ってんのはネイトとエキュゼだな。『海岸の洞窟』か『静かな川』……予想はしてたが、だいぶきっちぃ選択になっちまったなー」
「元はと言えばお前の軍配ミスだろ」
「……うん、決めた。私『静かな川』やるよ」

 相変わらずガミガミと険悪な雰囲気の二匹がやり取りをしている中で、エキュゼの声がダンジョン名の通り『静か』に、力強く自己主張をした。

「僕はどっちでもいいんだけど、エキュゼはそれでオウケイ? なの?」
「お前はどっちも駄目だろ」
「しょ、正直自信はないけど……けど、ネイトはあそこに行ったことないし、だったら行ったことのある私がやった方が……うん」
「うひょひょ〜! エキュゼかっくいい〜♪」
「お前はキモいけどな」

 間髪を容れずに毒を飛ばすアベルはスルーの方針。排斥する側であった彼も、心なしかネイト同様の扱いに近付いてきているような気が。まあ、この際はさておき。
 エキュゼが『静かな川』を選択したことで、ネイトが担当するダンジョンも自ずと決定した。いくらか傷つけあったりしたものの、何とか作戦会議は完了である。少女の勇気ある一歩が、長く続いたダンジョン決めを終結へと導いたのだ。

「んじゃ、ネイトは『海岸の洞窟』で。……ふー、どうにか終わっ……いや始まんのか」
「う、そっか。まだこれから色々準備しないと……」

 そう、彼らが走っていたのはスタート地点のその前。行動に移れるのはこれからであり、未だに達成度はゼロのままである。ようやく一息つけると思っていたエキュゼは、うう、と小さく肩を落とした。
 すると、すかさずリーダー、

「まあまあ、何も決まってない状態からここまで持ってこれたんだからいいんじゃないの?」
「おーよ! ネイトの言う通りだ! 一番重要なトコ決められたし、後はもう、なるよーになれだ!」

 説得力の低さはフォシルが後追いでカバー。ポジティブ二匹組の毅然とした明るさが対極の二匹を日元へと誘導しようとする。その様は、釈迦が蜘蛛の糸を垂らす慈悲であるかの如く、またあるいは先達が進軍の勇旗を掲げるかの如し。踏み出す一歩を得られない彼らにとって、今まさしく必要な存在がそこにいるようだった。
 エキュゼは少し悩んだが、意を決したのか、顔を上げてネイトを真っ直ぐに見た。

「そう、だね。……うん! 私、死ぬ気で頑張るよ!」
「気負い過ぎだ」

 アベルは小難しい表情こそ依然として晴れぬまま、しかし声色はどことなく前より落ち着いた感じで、それが彼なりの密かな肯定であることは口に出さずとも既に周知であったようで。

 斜面でグラつく大計画に、腐りかけのロープで結ばれた絆。リーダーの肩書きを押し付けられた馬鹿は、それでもなお、能天気に微笑む。そんな彼に呆れを抱いた者たちが、不思議と轍を踏みたくなる。  誰もが意図せぬうちに、そのチーム(ストリーム)はネイトを中心に出来上がっていたのだ。
 一段落が、そこそこ締まる形で終わりを迎えた。


■筆者メッセージ
 前回更新からめっさ時間空いてしまいました。しかしこれでもチマチマと書き続けてはいます。つまりスランプです。
 いやー、それにしても話のペースがバカ遅いですね。次回こそ戦闘シーン的なのを入れたいところですが、残念ながら次も退屈な会話のみです。期待せずお待ちを。
アマヨシ ( 2018/11/19(月) 18:02 )