ポケモン不思議のダンジョン 正義と悪のディリュージョン






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第3章 復活する王子! 甦る古代の軍勢!
番外編その2 スーパーやんちゃ王子・フォシルのはなし

 注意・本文は二万字の長編となっています。


 これは、『デンタル・バッテリー作戦』の撤収が終わった翌日の話。ルーの計らいで弟子たちには静養のための臨時休暇が与えられ、それぞれが自由な時間を過ごしていた。
 ある者は陽光がほどよく当たる草原で昼寝を、またある者は生活用品や贅沢品を買いに  。一部の仕事熱心な者は、休日であるにも関わらず依頼をこなしていた。

 無論、それは『ストリーム』も例外ではなく。




「ん゛ん゛ーーーっ……よく寝たぁ……」
「もう昼だぞ」

 「嘘っ!?」エキュゼは飛び起き、部屋の北側にはめ込まれた窓から太陽の位置を確認する。視界が眩むほどの光を反射する海面に目を細めながら、空を見上げた。

  光源は右側の……大体90°いかないくらい。つまり  

「11時くらいか」
「うん、それぐらいだよね。……って、わかってたの?」

 片肘を着いた手で頭を支えながら寝転がる  いわゆる『オヤジ寝』をしているキモリ、アベルは視線も合わせず、「ああ」とぶっきらぼうに答えた。
 エキュゼは部屋を見渡した。目覚めたら必ずいる存在が、二匹ほど足りない。彼らの所在を聞くために、魂でも抜かれたかのようにボーッと虚無を眺め続けるアベルに話しかけた。

「あれ……? 二人はどうしたの?」
「知らん。どっか行った」

 場所は知らず、ただしどこかに出かけたとのこと。情報量が寝覚めのエキュゼと対して変わらないのは頂けないが、それでもアベルは「寝てたお前が悪い」と言わんばかりの知らん顔をして誤魔化した。
 さて、貴重な一日の半分を惰眠に費やしてしまったとはいえ、日が沈むまでにはかなりの時間が余っている。跳ねた体毛を指先に格納した爪で繕いながら、エキュゼは午後のプランを立てるため、頭の中でペンを持つ。

 日帰りの遠出はこの時間からでは無理、お買い物なら大丈夫かな、前みたいに日向ぼっこもありかも   クルクルとペン回しのように思考を巡らせていく。

「……ねえアベル、今日空いてる?」
「買い物なら断る」

 流石に長年の付き合いともなれば先読みは容易といったところか。消極的な態度にエキュゼはほっぺたを膨らませた。

 一つ注釈  昔も今も、アベルは超が付くほどの面倒臭がりだ。いかなる時でも、「やれ」もしくは「やらなくてはいけない」を除けば常にグータラしている。他にやりたいことがあるわけではなく、ただただ怠けているのだ。
 彼に「why?」は愚問だ。なぜなら返ってくるのは決まってこの台詞、

「めんどうくさい」

 そう言わせてしまえば、たとえ明日世界が滅びようと彼は動かない(はず)。性格なのだ。性根なのだ。一度怠けると決めれば、おそらく国を相手にしても起き上がらないだろう。アベルはそういったポケモンだ。
   解説終了。

 強張った表情から力が抜ける。体で動かぬ意志を宣言したアベルに対しては、もはやどうこうなる話ではない。エキュゼは多少肩を落としたものの、さっぱり諦め四肢を立たせた。

「……もしかしてさ、今日一日そうやって潰すつもり?」
「ああ」
「ね、やっぱり行こうよ」
「ヤだ」

 城塞の如し強固な志。異見は認めん、とでも言うようにアベルは目を閉じてしまった。それだけ強い決意があるのならば、もっとこう、人のために役立てる努力をしてはくれないのだろうか。特に今目の前で困っているロコンを助けたりとか。助けたりとか。
 しかし、今のアベルの風姿は涅槃仏、つまり神様なのだ。考えることをやめ、無我の境地に至る  などと崇高な悟りは開いていないだろうが、無理やり起こしたところで何があるかはわからない。
 触らぬ神に祟りなし。教えに従い、エキュゼは黙ってトレジャーバッグを探す。

 が、ない。
 誰かが持ち去ってしまったのだろうか。でも、その「誰か」とは? 候補者は今ここにいない二匹と見て間違いないだろう。

 その二者は  ネイトかフォシル、もしくはその双方。
 つまり、彼らはバッグの必要な場所、おそらくはダンジョンに出掛けている可能性が高い、ということだ。

(……それがわかったところで、どうしようもないんだけど)

 僅かな情報から不在メンバーの所在をある程度割り切るも、残念ながら現在の状況では意味を為さず。空虚にから回った名推理はその勢いのまま空中分解された。
 準備のプロセスが思わぬ形で吹っ飛び、エキュゼは仕方なしに手ぶらで外に出るほかなかった。一瞬だけ『アベルと一緒に昼寝』という案が浮かんだものだが、生憎一日を無意味に終わらせるなんてもったいないことは出来ない。雑念を払うように、エキュゼは『ストリームの仏様』に背き、部屋を後にした。




 ギルド内のみの休日とはいえ、トレジャータウンはいつもに増して大勢のポケモンで溢れかえっていた。普段から施設を愛用している住人に、どこかで見た顔の探検隊たち。そんな彼らにぶつからないように、エキュゼは身を細めて雑踏をすり抜けていく。
 交差点から入り、向かうはトレジャータウンの先端、『サメハダ岩』方面。何かアテがあるわけではないのだが、ひとまず散歩がてら、賑わう広場の様子を見ておきたかったのだ。

 浅瀬の川に跨がる小橋を渡り、最も多くのポケモンに利用されているであろう『カクレオンのお店』に差し掛かる。客観的な説明になってしまったが、当の『ストリーム』もダンジョンの突入前には必ず寄る利用者の一組だ。
 だが、そういった目線になってしまうのも無理はない。今のエキュゼはびた一文持たないただの通行人。商業施設に着目する理由も、声をかける意味も全くないのだ。所詮は商売関係でしかない  。エキュゼは世捨て人のような感想を抱きながら、接客中のカクレオン兄弟の前を去っていった。

 一本道の通りも残りあと少し  の、ところで、『ガルーラの倉庫』で見覚えのあるズガイドスがバッグを持って、何やらガルーラとやりとりをしている姿が目に入った。

「フォシル!」
「……ん? おおエキュゼか!」
「あら。噂をすれば」

 これだけ多くのポケモンがいる中で自分の声が届くか心配だったが、反応からして無問題のよう。エキュゼは駆け足気味で彼らの元に行き、「こんにちは」とガルーラに挨拶を交わした。

 エキュゼは、ガルーラとは弟子入り前から顔見知りの関係で、用事の有無に限らず世間話に花を咲かせられるくらいには親しくある。一年足らずの仲で、彼女の本名は未だに知らないが、本人が言うに通称は「おばちゃん」で良いらしい。あまり深く考える必要はなさそうだ。

 さて、話を戻そう。ガルーラの台詞からして、何かエキュゼについて話されていたらしい。愚痴など叩かれていなければいいが  少なくとも彼らは『そういう』タイプではないだろうし、心配することはないだろう。ただ内容は気になり、エキュゼは微妙に困った表情で二匹に尋ねた。

「な、何の話してたの?」
「いやー、少し前にアベルが頭に皿挟んでたじゃん?」
「う、うん……挟んでたというか、その」

 数日前、フォシルが復活してすぐのこと。
 フォシルを除いた三匹で、復活の謎を調べるために遺跡へ赴いた時の話。「古いものを泉に投げ込めば、元の状態で帰ってくる」という仮説を立て、検証するために使用した道具が、現地で見つけた古代のお皿だったのだ。結果として実験は成功したものの、戻ってきた皿は山なりに飛び、失神しているアベルの頭部に見事挟まってしまったのである。事故であり、決して彼が好き好んで挟んだわけではないと追記しておこう。
 しかし、なぜその話が今になって掘り返されているのだろうか。泉以外の有益な情報は、思い出しうる限り特になかったはずでは。そもそも、同行していないフォシルが話題に出来るほど広い話ではなかった気が  

「でさー。『現代のポケモンってあーゆー趣味を持つもんなのか?』って聞いたらよー、『そんな馬鹿なことしない』って言うし、しかもアベルとエキュゼのこと知ってるみたいでさー。そっから二人のことやらなんやらで話が盛り上がっちまってー」
「もー、フォシル君ったらホントおしゃべり上手でねぇ。あんまり大真面目に話すもんだから、おばちゃん、お腹抱えて笑っちゃったわ。ほほほ」
「そ……そうなんだ……」

 ああ、流石は王子。超純粋。
 実際にフォシルが喋り上手かどうかはわからない。わからないが、ふざけた話を真剣に語られたら、余程表情筋が硬くないと笑わずにはいられないだろう。
 それよりも問題はアベルの方だ。エキュゼと顔見知りということもあって、長付き合いのアベルのことは既に認知済み。当然彼も倉庫を利用するため、いつガルーラと会ってもおかしくはない。その際にこんな話をフォシルがしていたと知られたなら  
 記憶が正しければ、アベルとフォシルの関係は良好ではなかったはず。侵食の進んだ亀裂に枝分かれが入る様子が目に浮かぶよう。
 暗雲が立ち込める先行きに不安を抱えるも、当のフォシルは何食わぬ顔。トレジャーバッグを背負い、「あっ」と思い出したように動きを止めた。

「そういやこれ勝手に借りさせてもらったぜ。わりーわりー」
「え? や、大丈夫だよ。どこか行ってたの?」
「ああ、ちょっとな。村の方に」

 村  古代軍が襲撃し、一時拠点として支配されていた場所。復興の約束を条件に軍の駐在を許可してもらったとのことだが、やはりマメな管理等が必要となってくるのだろうか。王子とはいえ、若年の彼には荷の重い話だ。
 中身を倉庫に預けられ軽くなったバッグをエキュゼに渡すと、フォシルはガルーラの方に向き直って言った。

「んじゃ、サンキューなおばちゃん! そろそろ戻るぜ!」
「はーい、お疲れ様! あ、エキュゼちゃん、ちょっとこっちに……」
「は、はい…………?」

 手で煽って「耳を貸せ」の合図。言いたいことは直球で口にしてしまうイメージのガルーラが、こうして内密の話を持ちかけるとは珍しい。何か重要なメッセージの予感がする。
 ……が、僅かに上がった口角から、あまり真剣な内容ではないことが予想できる。どこか不審がりながら、エキュゼはガルーラの口元に耳を近づけた。

「気付いてるかもしれないけど……ありゃいい男だよ。他のコに取れれる前に捕まえちゃいな」
「はぁ…………」

 まさか本当にどうでもいい話だったとは。一瞬でも期待してしまったエキュゼの負けだが、わざわざ呼び戻すくらいなのだから、もう少し面白いことを言ってくれても良かったのでは。
 確かにフォシルは第三者から見ても、容姿端麗、真面目、屈強と、三拍子揃って魅力的なポケモンではある。だが、生憎エキュゼはそういった目線で彼を見たことはなかった。元より興味がないというか。

    こういうところが、まさにおばちゃんって感じだよね。

 勝手な、と呆れながらエキュゼは適当に頷き、婦人の笑顔に見送られながらその場を後にした。先まで歩いていたフォシルに早足で追いつき、並行して交差点方面へと向かう。早速「何の話だ」と聞かれるも、冗談話と大差ないことを、しかも本人のこととなれば、逆に話す理由が欲しいくらいだ。エキュゼは首を左右に振り、「なんでもない」と答えた。

「にしてもあのおばちゃん、中々いい仕事するよなー。地域住民との関わりっつーの? あーゆーの出来るのは素直に尊敬するぜ」
「そう……かな? 私とアベルがこっちに来た時からずっとあんな感じだから、もう慣れちゃった」

 「ありゃ誇れるぜー!」と惜しげも無く賞賛するフォシルの目には一切の曇りもなく。肩書きだけの『王子』ではないのだと痛感させられる。
 さて。フォシルとトレジャーバッグの行方はわかったことだし、他に何かやることはあっただろうか  ここまで考え、エキュゼはハッとした。行方不明のポケモンがもう一匹いることに。

「そういえば……ネイトってどこに行ったかわかる?」
「んー、わかんね  いや待て、さっき帰りに見かけた気がすんな。なんか、ちっこい奴らと遊んでたような」
「……子供? 何のポケモンだった?」
「遠目に見たからわかんねーけど、水色のが二人くらい」

 我らがリーダー、ネイトは一文字で表せば『変』だ。その上、メンバー全員から文句なしの『馬鹿』の称号を与えられるほど頭が残念だ。
 そんな『変』な彼が小児と接触をしている  。なんて文面だけでも既に怪しい、由々しき事態を彷彿とさせられるが、その件については不思議と心配に思わなかった。
 どうやらフォシルも同じように考えていたようで、半笑いで追言した。

「……けどまあ、楽しんでるように見えたし。なんつーか、こう……対等? って感じだったなー」
「ああうん……言いたいことはわかる

 もしこの場にアベルが立っていれば、喜んで自身の専門分野を余すところなく発揮していただろう。この時ばかりは自室待機を決め込んだ彼に感謝をしたいと二匹は思った。
 そんな雑談を挟みながら足を進めていき、気がつけば交差点の中心に到着していた。

「さーて……オレはもう予定ないから戻るつもりだけど。エキュゼは?」
「私は……うん、私も  

 私も戻る  そう言いかけたのだろう。しかしエキュゼの言葉は、海岸方面から聞こえた複数の無邪気な笑い声によって動きを止めた。

「ぬひょひょひょ! さあ勇者よ、僕てぃんを倒してみせよ! さもなくば、全世界の水という水を野菜ジュースに変えてしまうぞぉ!」
「いやだーーーーーー!!」
「魔王めーーー! おれがせいはいしてやるーーーーー!!」

 近年の少年漫画でも中々見ないような脅し文句を引っさげて、階段から跳ねるようにしてカラカラ  ネイトが姿を見せた。続いて、フォシルが見たという「水色の」改め、ワニノコとアリゲイツがきゃあきゃあとはしゃぎながらネイトを追う。
 台詞から察するに、彼らは勇者ごっこでもしているのだろう。それにしては魔王の野望がしょぼいというか微妙というか。何故野菜ジュースなのだろうか。
 しかし、どんな状況であろうと手を抜かないのが子供。正義の味方になりきり、魔王ネイトの野望を食い止めるため全力で攻撃を仕掛けた。

「くらえーーー! “みずでっぽう”ーーー!」
「うひょひょ! 効かぬ!」

 ワニノコの先制攻撃。弱点の冷水を腹に受け、ネイトの背筋が一瞬ピン、となる。が、所詮は子供の全力。地面タイプのネイトにとっても“みずあそび”程度の反応と変わらなかった。
 続いてアリゲイツがネイトの前に立ちはだかる。

「いくぜ! “ハイドロポンプ”ぅーーーーー!!」
「きっ゛……効かぬぅ゛う゛う゛……!!」

 水タイプの大技、“ハイドロポンプ”。実際に繰り出されていたのはやや強めの“みずでっぽう”だったのだが、格好つけたいお年頃なのだろう。横文字を乗せた水流は馬鹿にならない威力を生み出し、ネイトの顔面目掛けて容赦無く襲いかかった。

 『効果は抜群』。魔王は遂に、その膝を地につけた。

 悪意に満ちた野望は打ち砕かれ、勇者たちの悲願は達成された。黒雲に脅かされた世界は平和の輝きを取り戻したのだ  


   と大げさな話になってしまったが、これはあくまで『ごっこ遊び』である。フルパワーキッズによる過剰演出を体で受け止め、ネイトはそのまま前のめりに倒れてしまった。哀れなり。

「ネイトにーちゃんよわーい!」
「なーなー、探検隊のリーダーやってるなんてうそだろ?」

 しかも不満まで言われる始末。子供の目線より下で倒れるネイトに、年長者としての面目は残っておらず。
 状況が状況なため、心配したフォシルが一歩踏み出して介入を試みようとする。が、

「…………むがあああああ!! ガキんちょおおおおおッ!!」
「わあああああ!?」
「に、逃げろぉーーーーー!!」

 二度に渡る水技で濡れた体に、倒れた際に付着した土砂が泥となり、なんとも化け物じみた形相で起き上がったネイトに、二匹の子供から恐怖の悲鳴が浴びせられた。
 宣言通り、トレジャータウンへ逃げ出した彼らの姿が彼方に消えるのを確認し、ネイトはよたよたとエキュゼとフォシルの方へと振り向き、おもむろにきょとんとした。

「……あり? 二人ともいたんだ」
「お、おう。なんか楽しそーだったな。知り合いか?」
「ん、さっき会ったばっか!」

 かなり親密な様子に見えたが、まさか初対面だったとは。フォシルも思わず「マジか」と声を漏らす。子供付き合いには得意不得意の差が激しいものだが、どうやら彼には思いの外才能があるらしい。
 呼び鈴付近の水場で体中にこびりついた泥々を落としながら、ネイトは独り言のように呟いた。

「うーん……最後の“みずでっぽう”を耐えてたらワンチャンあったかなあ……」
「勝つ気だったの!?」

 構築されつつあった微笑ましいイメージは、ポツリと出た大人気ない一言によって崩れ去った。




「……で、やることもなく戻ってきたと」
「ないというか、もう終わってたというか」

 フォシルは軍の視察、ネイトは近所の子供との付き合い。エキュゼが彼らと鉢合わせする頃にはいずれも済んでおり、目的を失った三匹は流れるように『ストリーム』の部屋に帰ってきたのであった。

「余計なものまで連れて帰ってきたと」
「余計って……仲間なんだから当然でしょ?」

 苔の生す岩の如く動かぬアベルは、どうも一人静かにだらけていたかったらしく、彼らの帰りを快く歓迎しなかった。エキュゼはそんなアベルの反応に、負けじとムッと頬を膨らます。
 とはいえ、チームの拠点である以上拒否権が存在するはずもなく。それからはアベルも何も言わず、諦めるようにして目蓋を閉じた。

  しっかし、帰ってきたはいいが……なんもやることねーなー」
「んん? フォシルはやることないから帰ってきたんぢゃなくて?」
「帰ってきたけど、やることねーなって話」
「…………ん、んんん?」

 ネイトの疑問はもっともだが、フォシル側ももっといい言い方があるかと問われれば難しいところ。混乱するネイトの頭からは、どこかオーバーヒートの煙を噴き出しているように見えた。
 流石に申し訳ないと思ったのか、フォシルは別に大した話ではない、と釈明した。「わかった!」と返事は即答。単細胞生物か何かだろうか。
 少し間を空け、単細胞が口を開く。

「そういえばフォシルって王子だったんだっけ?」
「んー……まーな。今は『元』だけど」
「はい、聞きたいデス! フォシル王子の優雅な休日!」
「んあ? オレの話か?」

 「いえーす!」と単細胞。しかし、彼にしてはよく出来た話題提供だろう。『休日』というありふれたポイントからの連想は、中々頭がやわらかいというか。

「ただな……結論から言っちまうと、休日らしい休日は無かったんだよなー」
「嘘っ!? 王子ってそんなに大変なの?」
「大変っつーよりかは、面倒クセーって感じ。毎日毎日勉強しろってうっせーんだ」

 王子といえば、ギャロップの引く屋根付きの車に乗って登場したり、優しい環境音のみが支配する庭を眺めながらアフターヌーンティーを嗜んだり  優美な日々を送っていたものだとエキュゼは夢見ていたが、役職の重大さ故か、現実はそう甘くなかったらしい。

「……てことは、フォシルってまさかの引きこもりング勢!?」
「んなわけねーよ。隙見て何度も脱走してた」
「だ、脱走……? なんか意外……」

 基本的に真面目な振る舞いを見せるフォシルからは考えられないような驚きの事実に、ネイトとエキュゼは思わず口を開き、感嘆の声を漏らす。
 いかにも興味津々な二匹の表情に、フォシルは「あー……」と困り顔を見せた。

「ただのサボり話だけど、そこら辺も話した方がいいか?」
「気になる!」
「うん。だって王子様のお話なんて滅多に聞けないし」

 王子のサボり話。堂々と武勇伝のように語れる内容ではないのだが、立場やスケールが違うところから、一般の第三者からすれば魅力的な話なのだろう。本人からすれば懺悔でしかないのだが。
 腹をくくるように深呼吸し、フォシルは言った。

「うーし……ならそれっぽく語ってみっか!」
「いよぉーっ! 待ってましたあ!」

 鼓舞するようなネイトの声に、フォシルも無意識のうちに笑みを浮かべていた。そんな二匹の様子をエキュゼは小さく微笑んで見守る。アベルは雰囲気が盛り上がろうと関係なしに寝込みを決めていた。

 一つ咳払い。

  オレの冒険は、常に脱走から始まってた!」









 前日の強風により、クレテイシャス城下町の石造りの歩道には砂漠から運ばれてきた黄砂が散りばめられていた。
 あまりの悪天候に畑仕事さえままならない民がいたぐらいだったが、本日の空模様は打って変わって晴天。風も暖かく、穏やかな流れを作り出していた。
 そんな陽気に誘われるようにして、背景には追いかけっこを楽しむチゴラスの子供や、大ぶりの木製バスケットを牙で挟み、木の実を取りに出かけるマンムーの姿が見受けられた。
 そして  砂を舞い上がらせながら、通りを駆け抜ける二つの影。

「王子ぃいいい! 止まりなさあああああい!」
「止まれと言われて止まるヤツがいるかあああああ!!」

 先頭のズガイドスは、後方から薄羽を震わせながら『加速』するポケモン、メガヤンマを時折一瞥しながら町内を風のように駆け走る。
 この「王子」と呼ばれたズガイドス、何故彼はメガヤンマに追われる身となってしまったのだろうか。怒りの刺激、暗殺者の追っ手  考えられる要因は様々だが、心配は無用である。
 偶然通りかかったアーケオスの女性が、ズガイドスに並走しながら話しかける。

「アラ、フォシル王子。また脱走?」
「おうよっ! けどっ、今日は一段としつこいぜ……ッ!!」
「もお〜……チェルノさんもたまには見逃してやったらどうです?」
「これも仕事なのでっ! 婦人、お構いなくっ!!」

 そう、脱走。
 ズガイドス改めフォシルはクレテイシャス国の王子であり、王である父から勉強を申し付けられることを嫌い、警備兵の隙を突いて城から脱走したのだった。
 一方で追う側のメガヤンマ、チェルノは王直属の世話係で、部屋に王子がいないと見るやいなや全速力で城外へ飛び出し、つい先ほどその姿を確認した模様。
 また、アーケオスの言葉から察するに脱走は常習的に行われているとのことで、この町では一種の恒例行事と化していた。
 その証拠と言わんばかりに、遊んでいた子供たちが振り返って声を掛けた。

「あ! フォシルのアニキだ! 今日遊ぼーーー!」
「わり! 今日はキツいかもしんねー!」

 王子という立場であるにも関わらず、なんとも近い距離感を思わせられる会話。先ほどの婦人もそうだが、フォシルは『肩書きで態度を変える』といった行為をしないため、老若男女、多くの平民から好感を持たれていた。世話役はかなり手を焼いているようだが。
 やがて、フォシルの視界に開きっぱなしの半楕円形の門が映る。町の出口に当たる箇所だ。しかし、門前にはフォシルの脱走を予期していたと思われる二匹のガチゴラスの門番が、どっしりとフォシルの瞳を見据えて構えていた。

「さあ王子っ! 観念して下さい!」
「やなこった! 二日ぶりの娑婆だぞ!」
「二日くらい我慢してくださいよぉおおおお」
「そう言っといてオメー、四日我慢した時も同じこと言ってたじゃねーか!」
「王子は基本的に外出禁止ですってば!」

 赤子が泣くことを仕事としているように、王子も役職上、普段は在城していなければならない、というのがチェルノの言い分らしい。ごもっともである。
 だが、フォシルも若い男だ。前日の砂嵐で外出できなかった分をこの一日で取り戻したいと考えているらしい。じっとしていられない性分はもはや天命。彼が座学を拒み、己が道を突き進もうとするのも、またもっともな話なのだ。
 そしてその道は  今まさに目の前に立ちはだかる兵によって砕かれようとしている。

 前門の門番、後門の蜻蛉。

  それがッ、どうしたぁーーー!!」

 両足を揃えて軽くジャンプ、踏みとどまった足には歩道にひびが入るほどの力を込め、そして  


 フォシルは跳躍し、飛び越えた。





 門番ではなく、そびえ立つ門自体を。


「ええっ!? 嘘だ!?」

 あろうことか、5メートル近くはある屋根付きの門を、フォシルはひとっ飛びで難なく突破してしまったのだ。その脅威的な脚力に、門番のガチゴラスも指をくわえて見てるしかなかった。
 驚愕の様子を見せるチェルノを尻目に、フォシルは綺麗に三点着地を決め、何事もなかったかのように再び走り出す。その切り返しの早さに、追う側には唖然とする暇すら与えられなかった。
 門を抜けた先  町の外には、ほとんどポケモンの手が加えられていない雄大な荒野が広がっていた。白紙の上を歩く蟻のように、フォシルはまっさらな大地を駆けていく。

「に゛ぃいいがぁすかあ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「げっ、まだ着いてくるか」

 地獄の底から這い出るような声に、思わずフォシルは一瞬振り向く。そこに見たものは、これでもかというほど顎をかっ開き、大音量で四枚の羽をさざめかせるメガヤンマの姿だった。その剣幕に世話焼きとしての面影は残っていない。つまるところやべー状態。
 さらに、直線上のスピードでは特性の『加速』が働きやすいため、チェルノに追いつかれてしまうのも時間の問題だった。そもそも種族差でフォシルが不利だったので、今まで互角に渡り合えた方がだいぶイレギュラーだったわけなのだが。

(……この香りは)

 ふと、フォシルの鼻を潮風が横切る。揺れる視界で目を凝らし、地平線にピントを合わせる。

    海だ。

 水色の空に引かれた一本線の先に、深い藍色を携えた大海原が見えた。言うまでもなく、鼻を掠めた風の匂いはここから来ているものだ。
 だが、今重要なことは潮風がどうこうという話ではない。フォシルの見出した道の先を海が遮っている、つまり、このまま真っ直ぐ走れば行き止まりに差し掛かるということだった。
 では曲がるなりして迂回すれば良いのでは、と問われるとそうでもない。障害物のない荒野で方向転換などすれば、追う側は最短距離で相手を詰めることが出来てしまうのだ。フォシルは、以前脱走した際に子供たちと『鬼ごっこ』をして学んだ知識を、対チェルノ戦で度々活かしていた。


 文字通りの『詰み』  万事休すか。


   否。王子の口元には勝算の笑みが浮かんでいた。


「お、王子! それ以上は危険ですっ、お止まり下さい!!」

 恐怖の絶壁まで100メートルを切ったところでチェルノが警鐘を鳴らすも、フォシルは潮風と共に聞き流し、その足を止めることはなかった。
 そして  崖の淵まであと僅か。海辺から強まる風、王子の早まる足にチェルノは危機感を抱き始めた。仮にこの大海へ身投げでもしようなんてことがあれば、岩タイプのフォシルがどうなってしまうかなど想像もしたくない。
 しかし、嫌な予感にはフラグが付きまとうもので。フォシルは振り向きもせず、嬉々として宣言した。

「わりーチェルノ! 親父は適当に言いくるめといてくれ!」
「お、王子ぃーーーーー!!」

 直後、フォシルは崖の角を蹴り、弾けるようにして蒼海へ飛び込んだ。

「っしゃあーーー! 冒険の始まりだぁーーーーー!!」

 飛び散る白い泡沫に、吹きすさぶ潮風。それでもなお眼下で平泳ぎを続ける王子に対し、チェルノはすっかり追う気をなくし、諦めるように背を向けたのだった。









  んでまあ、その日は海に逃げ込んでなー。日が暮れるまで泳ぎ続けた!」

 気高いイメージの王子からは圧倒的に遠ざかった事実に、エキュゼはポカンと口を開けた。無論、感嘆はしているのだが、賞賛するべきポイントの方向性が予想の斜め上を一人走りしすぎていて。ネイトの方は、絵本の読み聞かせでも聞いているかのように、目に星を浮かべて喜んでいた。

「高位の義務から目を逸らしたわけだ」
「うお、オメー起きてたのか」
「最初から聞いてたぞ」

 寝ていたかと思えば、このように油断も隙も無い。横になった態勢は変えないまま、アベルは相変わらずの辛辣コメントを当然のように吐いた。
 頭を掻きながらフォシルが答える。

「そりゃ事実だがよー、黙って言うこと聞き続けろってのも酷だぜ。オレは生まれてから死ぬまで鳥籠の中の鳥でいたいとは思わねー」

 何より彼は生まれ持っての王子。責任を拒みたいという意思が、権利が存在してもおかしくはないはずなのだ。
 感情を持った生物が、様々なものを見て、感じて、その上で己に焼き付けられた宿命を全うしようと、果たして何割がそう思えるのだろうか。少なくとも彼を見れば100%でないことは明白だ。
 アベルは何も答えずにそっぽを向いた。何にでも棘を飛ばす彼だが、引き際はしっかりしている。

「でも……そんなことしたら怒られちゃうでしょ?」
「んまぁー、毎度こっぴどく叱られてたな。特にこの日なんかは」

 どことなくオドオドとした様子で質問するエキュゼに、懐かしむような口調でフォシルは言う。現代からすれば数千万年前の話だが、彼にとっては数日前の記憶なのだろう。
 納得したアピールでもしたかったのか、ネイトがうんうんと頷きながら話す。

「そりゃあね、誰だって脱走の果てに入水したら怒るよね」
「展開が限定的すぎるだろ」
「ハハハ、そりゃまあ…………んや待て、それだけじゃねーな。まだ続きがあるんだ」

 ネイトのボケじみた正論はともかく、先ほどの昔話にはまだ続きがあるようで、アベルを除く二匹が期待に目を輝かせる。

「確か……『日が暮れるまで泳いだ』までは話したっけか?」
「いえーす!」
「おう、で、丁度帰ろうとしたところでな、潮の流れが変わっちまったみたいでー」

 と、ここまで言って、フォシルは照れ臭そうに笑う。思い出すだけで笑みがこぼれるような、何か面白い話題なのだろうか。つられるように、ネイトも笑みを浮かべる。
 だが、次に放たれた言葉は到底笑い事ではなく、漂うほんわかムードを一瞬で逆転させた。

「なんかな、よくわかんねーとこを一晩中漂流してたんだよな」
「「漂流!?」」

 語り部フォシル、笑顔。無関心アベル、無反応。他二名、驚愕。
 そんな彼らのリアクションにもお構いなしに、語り部は続ける。

「そんで気が付いたら知らねー小島に流れ着いててよー、そっから二日間泳いでようやく帰城したんだ。ハハハ」
「二日!?」
「児島って誰!?」
「馬鹿か」

 各々の意見は違うものの、いずれも驚いていることには間違いないようだった。ちなみに、「小島」は「小さな島」の意であり、決してネイトの言った「児島」とは全く無関係であると補足。
 聴衆たちの表情を見るなり、フォシルは「やっちまった」という顔で頭を掻いた。アベルに痛いところを突かれた際にも同じをしていた辺り、頭を掻くのは彼の癖か何かなのだろうか。

「あー……やっぱ三日間も家空けたら怒るもんか」
「みっ……いやそこじゃないと思う! 泳いで帰宅って何!?」
「だって泳ぐしかねーじゃん」

 彼らが驚いたポイントは、決して『帰宅時のお叱り』なんて生ぬるいことではない。全力のチェイスシーン、帰宅途中の漂流記と、王子であることを差し引いてもいささかやんちゃ過ぎではないか、というところ。あまりの活発さにエキュゼも声を荒らげてツッコむほど。
 ネイトは再び納得するように頷いた。

「てことは、フォシルの強さって脱走の賜物?」
「お前は戦ってるところ見てないだろ」

 と、かく言うアベルも実戦は見たことがないわけだが。フォシルは唸って少し考える。

「んー。それもそうだけど、一番は探検……あ!」

 石頭の上に電球マークが立つ。考えた道筋の先に何か見えたらしく、余程の閃きだったのか、フォシルは立ち上がって手を横に広げる。

「なあ、ギルド創立の成り立ち、聞きたくねーか!?」

 流れる静寂。




「「ええええええええ!?」」

 嵐の前の静けさと言わんばかりに、静まった空間に母音のみで構成された大声が響く。一人静かにしていたい心境のアベルは、いかにも嫌そうな顔を露骨に浮かべた。
 ギルドの創立  その要所となる点が、遥か古の時代に存在していたというのか。にわかに信じがたい事実に、エキュゼが言葉を挟む。

「でも待って、確かギルドって結構最近に出来たはずじゃ……」
「あれ? そうなのか?」
「災害でダンジョンが出現し始めたのが数十年前、少なくともその後に設立されたのは間違いない。若ボケか?」
「う、うむぅー……けど、オレたちの時代にもダンジョンがあったのは間違いないんだ。こっちじゃ事情が違うみてーだけど」

 「そうなの!?」とエキュゼ。アベルの話の通り、ここではないどこかの大陸で急激に天災が増え、それにより出現し始めた『不思議のダンジョン』による被害が相次ぎ、その後、依頼を取り仕切る『救助隊連盟』が発足された  というのがギルドの始まりであるはずなのだが、どうにもフォシル側も譲れない様子。

「最初はな? ガキんちょたちと近所の手伝いとか、ちょっとした困りごとを解決してたんだけどよ」
「えー? そんな僕でも出来ることから始まったの?」
「お前は出来ないだろ」

 抜け目のない毒舌が条件反射の如く滑り込む。「出来ない」と断定するのは一種の信頼からか。
 しかし、『ストリーム』では日常風景であるせいか、あたかも空気と同化した暴言は見事にスルーされた。

「なんでか知らねーけどそこらじゃ結構有名になって、どんどん評判が広がっちまって……で、離れからも依頼が来たりしてな。あんまり多くなるもんだから、逆にこっちから働き手を募集しなきゃなんない事態になったわけよ」
「タダなら誰だって押し付けるだろ」
「そういう言い方はよそうよ……」

 フォシル曰く、ちょっとしたお手伝いのつもりが、いつの間にか遠方からポケモンが来るほどの良評判となってしまった、とのこと。
 話しづらそうに頭を傾けて掻き、フォシルは目を合わせずに話を続けた。

「そんで募集はかけてみたけどよ……まあ、無償の仕事となりゃ誰も来ねーわな。ガキのいる手前でこんなことやりたくはなかったんだけど、仕方なく  
「……金、か?」

 観念するように「ああ」と返した。

「か、金って?」
「つまりどういうことだってばよ……?」

 アベルは「やはり」と納得しているようだが、エキュゼとネイトは疑問符を浮かべており、まだ理解がいっていない様子。
 その答え合わせも兼ね、アベルは二匹にもわかるように噛み砕いて問いた。

「……早い話が、ボランティア活動に金が絡み始めたってことだろ?」
「まあ……そーゆーこった。依頼に報酬を付ければ、手伝ってくれるヤツは増えると思ってな。実際に上手くいったわけだが」

 初めは遊び半分で取り組んでいたことが、評判故にスケールが大きくなってしまい、最終的にはビジネスとなってしまった。成功したポケモンの体験談のようにも聞こえるが、フォシルの表情にはどことなく影が滲んでいた。

「笑えねー話だろ? 最初はただの人助けだったのによ、気付けば『商売』にまで成り上がってさ。『なんで人を助けるのに見返りが必要なんだ』って、ずっと自問自答してた」

 フォシルの心境は、当時の金目当てで来た者たちに対してだけではなく、現代の企業姿勢に対しても何かを訴えかけるものがあった。
 本来の目標を忘れ、美味い話ばかりで頭を回すことを良しとしないのはもっともだ。しかし、フォシル自身もそれらを深く理解しているから報酬金のシステムを取り入れた  

「で、でも! おかげでその……今のギルドがあるわけでしょ?」
「多分、な。…………いやわかんねー、どうだろ。時代が時代なモンだし、ルールなんかも特別なかったしな。もしかしたら今のギルドとは全く無関係かもしれねー」

 暗くなる空気を嫌い、エキュゼがフォローの言葉をかけるも虚しく。完全に落ち込んだフォシルからは、ただただ空笑いをすることでしか返すことが出来なかった。
 そんな彼を見て、ネイトがハッと気付く。

    ああ、フォシルは。フォシルは自分を責めているんだ。

 彼は優し過ぎた。故に、義務でもないのに人助けを続けたのだ。逃げることだって叶うはずだったのに。
 そして、彼自身も気付いている。解決を諦めない気持ちが元凶となり、人の困りごとを金で承る組織を作ってしまったこと。

  『なんで人を助けるのに見返りが必要なんだ』って、ずっと自問自答してた  

 フォシルが望んだものは正答ではない。何より自責の念に駆られ、衝動的に自身を呵責しようとしたのだ。上手く事の運ばない現実と、金銭にすがりついた者どものせいにはせず、闇を見る原因は自分にあったと。

   と、ネイトは普段とは見違えるような奥深い推察を心内で組み立てていたのだが、本人は口外することもなく、何食わぬ顔で二匹の会話を聞いていたのだった。
 アベルもまた重苦しい空気を嫌ったのか、いつもの心無い口調で話した。

「……で、要はなんだ、その胸糞悪いエピソードの上にこのギルドが成り立ってると?」
「ん? ああいや、そーゆー話じゃねーんだ。まだ続きがある」
「じゃあさっさと話せよ」
「ヘッ……悪りーな、サンキュー」
「黙れ」

 毒舌がチームに馴染み過ぎていて気付くのに時間を要したが、どうも今の会話はアベルなりの配慮だったらしい。一瞬で返事を出せたフォシルは天才なんだな、とエキュゼは変なところで感心していた。
 切り換えの深呼吸を一息、フォシルは普段通りの声色で元気よく話し始めた。

「そんでー……客も数十人くるようになった頃か。依頼受付の小屋っつーか、ちょっとした休憩所みたいなのをガキたちと一緒に作ったわけよ」









 太陽も沈み始め、しっかりと濃いオレンジ色の光を放ち始めた頃。生暖かい風に吹かれて依頼用紙がペラリとめくれる。
 四本の木材を立て、三面の壁を茅葺のような素材で作り、屋根には薄い木の板を。中には対応係が不在の受付用の長机と椅子、夕陽を受けて貼られた依頼の字がよく見えない掲示板の二つ。現代でいう田舎のバス停のような風貌は、あまりにお粗末で、建物と呼ぶには貧弱過ぎる見た目だった。

「ん。日も落ちてきたし、もう来ねーかな」
「でしょうね。そろそろ戻りましょう王子。お父様がうるさいですよ」

 机の上に座るフォシルと、同じく隣にとまっていたのは  なんと、世話係のチェルノだった。
 いつぞやの逃走劇を思い返せばなんとも異様な光景だが、彼らは至って正常だ。一体彼らの関係に何があったのだろうか。

「別に親父のことは心配いらねーよ。『今の今まで王子を追いかけてました』って言えば」
「しかし、連日ともなれば怪しまれるでしょう」
「けど面白かったろ? なら別にいいだろ、たまにはサボって遊んで見るのもさ」

 「ええ、まあ」とチェルノは眉をひそめながらも、その表情はどこか楽しげだった。

 ここ数日、フォシルは毎日のように子供たちと近所の手伝いをするために王城を脱出し、追い回すチェルノも毎度逃げられるようでは埒が明かないと判断して諦め、それから逆に彼らから「仕事を手伝ってほしい」とお願いされたため、その場の流れで彼も参加することとなったのだった。
 無論、王直属のポケモンということもあり、ダンジョンへ探検しに行く際の実力はお墨付き。一躍子供たちの人気者となってしまい、離れるにも抵抗が生まれるというオチ。
 そんなこんなで、王子を連れ戻さねばならないという使命を捨て、何故だかビジネスにまで発展してしまった依頼仕事の設備等の支度を進めることとなり、つい先日には「無いよりかはマシ」の、この建築物らしきものを完成させるまでに至ってしまった。
 手に顎を乗せ、内装を見渡しながらフォシルが言う。

「やーしっかし……思ったより出来は悪くないよな。うん。なんつーかこう……質素でいいというか」
「風通しいいですよね」

 精一杯自らの手で作ったボロ屋を褒めようとするも、口から出るのは寂しい現状のみ。その一言一言に彼らは自身の心を痛めた。言わなきゃいいのに。
 「さて」とフォシルが机から腰を下ろし、配下らしくチェルノも続いて飛び立った。

「明日は昼飯食ったら……いや、朝方に脱走すっかな!」
「私の前で言わないでもらえますか」
「でも来てくれるんだろ? その、ここ……なんだ?」
「あー……そういえばまだ正式名称が決まってないんですよね、ここ」

 依頼掲示板のあるこの場所。出来立てホヤホヤであることも相まって、システムやルールは勿論のこと、なんと名前すら決まっていない様。とりあえずは「ここ」や「そこ」などの曖昧な代名詞で呼ばれているのだが、れっきとした仕事となった以上、そうあやふやにしておくわけにもいかない。
 大事なのはシステム。名前は適当でいいか  フォシルは即興でそれらしいアイデアを閃く。

「悪りいチェルノ、お前の本名ってなんだっけか」
「え、私ですか? ……ハッ、では改めまして。私の名前は『ギルダー・チェルノボーグ』。あなたのお世話係でございます」
「お、おう。そこまで言わなくてもいいけど」

 普段から呼びやすい『チェルノ』で通していたため、フォシルはうっかり本名をど忘れしていた模様。ああ、確かそんな名前だったような。薄れかけていた初対面の記憶を掻き出し、懐かしむように空を仰いだ。

 初めてチェルノと会ったのはフォシルがまだ5歳の時。当時からやんちゃ気質は変わらなかったらしいが、今よりはちゃんと言い付けを守る子供だったとか。
 チェルノの背中に乗りたいとせがみ、流血沙汰になったとか。
 戦いごっこのつもりが、いつの間にかガチなバトルにまで発展してしまったりとか。

 思い返せば、随分と災難な目に遭わせてしまったと申し訳ないが、それでも彼は今の今まで片時も離れることなく世話を焼いてくれた。

    何かのカタチで、彼の名前を残したい。

 それは感謝の気持ちとしては伝わらないかもしれないし、結果としてただのエゴにしかなり得ないのかもしれない。
 それでもいい。表向きでは「適当に付けた名前」なのだから。
 フォシルは小さく唸り、口を開いた。

「んー……じゃあ決めた、ここの名前は『ギルド』にする!」
「おお! いいんじゃ  ってえええええ!? 待って、私の名前を聞いた理由ってまさか」
「おう! 言うまでもねー、『ギルダー』から取った!」

 満面の笑みで答えるフォシル。チェルノからすればこの上ない迷惑でしかないのだが、なんとなく気恥ずかしいというか。何の躊躇いもなく言い出した分、真っ向からの否定もそれはそれでやりづらいというか。
 しかしながら、最低限困惑の意思だけは伝えたい。多少申し訳なさそうにチェルノは抗議した。

「ちょちょちょちょちょ、その、そんな名前にしてしまえばっ、王に知れ渡った時に言い逃れ出来ませんよ!」
「なーに気にすんなって! ここまで来りゃオレたち運命共同体だろーよ! 一緒に怒られてやるって!」
「悪いのはアンタでしょおがあああああああ!!」

 空も大方宵闇に包まれてきた頃。
 沈みかけの夕陽に照らされて現れた二つの影は、いつまでも変わりなく楽しそうに揺らめいていた。
 永い時を越えても、その絆が色褪せることはない。









「「ええええええええええ!?」」


 歴史にも残らなかったような衝撃のカミングアウトに、ネイトとエキュゼが運命共同体の如く同時に声を上げる。ノーリアクションを貫いていたアベルもこの事実には目を丸くした。

ええええ!? いや、待っ……『ギルド』って名付けたのフォシルだったの!?」
「んま、当時はな。偶然名前が同じになっただけかもしんねーし、今のとは関係ないっつー可能性も」
「てことはあの目覚ましシステムも……」
「それは違げーよ」

 エキュゼの驚きはごもっともである。なにせ彼の話が本当ならば、探検隊の歴史のページが一気に変わることとなるからだ。滅びた文明に隠された新たな事実が公表されれば、世界中が湧き上がるに違いない。ネイトは相変わらずボケをかましていたが。

「え! ちょい待ち、てことは……」
「フォシルってギルドの……」


「「創設者!?」」

 ネイトとエキュゼが声を合わせて詰め寄る。やれまいった、と言わんばかりにフォシルは頭を掻いて目を逸らした。
 ギルドの創設者  。地下一階に立つ『ポケモン探検隊連盟Q&A』にもその名前らしきものは載っていなかったはずだが、本部にはそれを知る者が存在するのだろうか。
 仮にフォシルが作った『ギルド』が現在のギルドの礎になっているとしたら、フォシル自身も犠牲者となったあの大量絶滅を免れた者が、何かしらの方法で現代に至るまで伝承した  ということになるのだろうか。
 にわかに信じ難い話は、発端のフォシルが真っ二つにした。

「いやいや……んな大げさな話は流石にねーよ。多分。大体、知ってるヤツらは隕石で皆死んでるだろーよ」
「死んだヤツが言うと説得力あるな」

 いくら遠くから客が来るような評判であっても、基本的には小規模にひっそりとやっていた仕事だったのだ。それこそ国王にバレない程度に。さして有名でもない話がどこかで語り継がれ、それが数千万年も息を潜めて続いていたなんてこと。そして、『不思議のダンジョン』の出現を皮切りに再始動したなどと、まずありえないだろう。

 慌ただしい雰囲気が落ち着いてきたところで、幕割りの言葉が投げ掛けられた。

「……ま、オレの昔話はこんなもんでいいかな。ちょいと長くなっちまったけど」
「う、ううん! 思い描いてたのとはだいぶ違ったけど……面白かった!」
「パチパチパチ! とても面白かった!」
「お前の頭じゃ理解出来てないだろ」

 「出来てるわーい!」とネイト。いつも通りの光景なのに、話し終えた達成感からか、フォシルの目には何故かそれが面白おかしく映って。思わず笑みがこぼれる。

  なんだ、安心したんだ。オレ。

 奥底に眠っていた不安を口に出せたからか、あるいは仲間に自身の過去を打ち明けることが出来たからか。本人ですらその感情に説明がつかなかったが、今は何も考えずに楽しむ時なのだろうと。そう直感した。

「あ……もうこんな時間」

 エキュゼがボソリと呟く。彼女の視線を追った先には、変色したかのようにオレンジ色を映す窓が。
 ふとアベルはネイトと出会った日のことを思い出す。確かあの日もこれぐらいの時間帯に、無理やりエキュゼが砂浜に誘ったんだったか  全く関連性のない話題のはずなのに、何か運命的な繋がりがあるように思えた。
 と、なんの偶然か。エキュゼは思い出したように突然こんなことを言い出した。

「そうだ! ねえフォシル、海岸に行こうよ! 私の一番お気に入りの場所なんだ」
「海岸? っつーとあそこか。今の時間だと……おお! 丁度いいんじゃねーの!」

 上々な空気に便乗してか、エキュゼにしては思い切りな提案をする。普段から引っ込み思案な彼女だが、アベル以外のポケモンと夕陽を拝みに行くのは珍しいどころか、初めてのことだった。
 断る理由もないため、フォシルも乗り気。……が、自慢の頭脳を活かした風景の先読みをするのはいかがなものなのだろうか。賢いというのも考えものだ。

「あ、僕も行くー!」
「めんどい。断る」

 精密部品の如く一切ブレないアベルはこの際無視しておき。
 新たな人生を歩み始めたやんちゃ王子は、仲間として打ち解けた少年少女を先導するように駆けていく。


 それはかつて、従者と共に街を駆け抜けた時と、まるで変わらぬ姿で。


 今は亡き友と同じように。




 彼らが走る先には何があるのだろうか。希望に満ち溢れた未来か、絶望に塗られた谷底か。
 少なくとも、待ち受けるものが数奇な運命であることは間違いないだろう。


 なにしろ、彼はあまりにもやんちゃなのだから。


■筆者メッセージ
フォシル「なー。なんでタイトルはオレの話なのに、前半はエキュゼ目線の出来事になってんだ?」
アマヨシ「に、日常パートが書きたかったから……」
アベル「無駄に長いんだよ馬鹿が」


 ※お声があれば二話分割するつもりです。
アマヨシ ( 2018/03/28(水) 09:17 )