ポケモン不思議のダンジョン 正義と悪のディリュージョン






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第3章 復活する王子! 甦る古代の軍勢!
第27話 戦火を越えて

 深夜帯にかけて行われた攻防戦は、マーストリヒ軍の大将、ルド・マーストリヒが打ち破られたことで幕を下ろそうとしていた。
 実質的な勝者であるフォシルは戦場全体に届く声で勝利を宣言し、頭領が倒れた今、軍隊は戦う理由を失い、フォシルの指示で壊滅した村で一時待機することとなった。


 数千を超える兵士が引き返していく中、フォシルの勝利宣言を聞いたルーを初めとするギルド構成員が彼の元へ集う。どうやら他の三方にもこの知らせは届いたらしく、北側のディメロ、西側のセバスチャンも続々と集まってきた。
 合流のため、巨大な谷を埋め立ててからの再会となったのはまた別の話。

「一時はどうなるかと思ったけど……よく頑張ったね♪」
「ハハハ……いや悪りーな、色々迷惑かけちまったみてーで」

 へたり込んで座るフォシルからは、口にしなくてもわかるほどの疲労が目に見えて伝わった。弱々しい声からは肉体的に限らず精神的にも参ってしまっているように思える。視線もどこか虚ろだ。
 そんな彼を元気づけるように、キマワリとドゴーム  フラとギガが労いの声をかける。

「そんなことないですわ。仲間のピンチには皆で協力する、当たり前のことですわー!」
「まあ、突然あれこれ言われた時にゃ驚いたがな……とりあえずはギルドが無事で何よりだな」

 続くように、他のポケモンからも声が飛び交う。フォシルが聞き取れない量の多種多様な意見が流れるが、大半はフラたちと同じ、労いの趣旨の言葉だった。
 無論、これらの慰労はフォシルに対するものだけではなかった。お互いに褒め称え合う者、肩を抱き合う者、いずれも共通してこの戦いの勝利を喜んでいる様子を見せていた。

「オマエはよく頑張ったと思うよ。なんというか、成長を感じるよ♪」

 クレーンの言葉にへへ、とフォシルは力なく笑う。出会ってからそう長くない相手が成長うんぬんを語るというのは若干違和感を感じるが、ジジくさい観点からすれば別段深い意味はないのだろう。あるいは教育係的な視点か。
 すると、この晴れ晴れしい空気に便乗してか、ナガロが余計なことを口走る。

「アレやな。この戦いのMVPは、フォシルはんを戦場まで送り届けたウチに   

 ドヤ顏で自信満々に語るも、彼女に注がれるのは冷たい目線。たまたま通りかかったセバスチャンが事の重大さを察し、強制的にナガロを引きずりながら回収していった。
 温和なムードがしばらく場を支配していたが、中にはあまり思わしくないと感じた者もいたそうで。

「……全く、酷い目に逢った。ふざけやがって」
「アベル! 無事だったか!」

 チームメンバーの一人がやってきたことで、フォシルは閉じかけの目をパッと開く。問いかけに対し、アベルは非常にご機嫌斜めな様子で舌打ちをした。

「無事じゃねえ、最悪だ」
「……んだよ、わざわざそれ言いに来たのか」
「ああ」

 これだけ人当たりが悪ければ流石のフォシルも苛立たないはずがなかった。「なんだよ」と繰り返すように呟くと、本当に文句だけを言いに来たつもりだったのか、アベルは「じゃあな」と一言かけてから背中を向けて去っていった。
 そしてもう一匹  それは竜の背に乗って、空からやってきた。

「ううううう……き゛も゛ち゛わ゛る゛い゛ぃ゛い゛」
「お、おう……これまた大変なことになってんなー……」
「すまない。どうもエキュゼは空中で酔う体質らしくてな……この有様だ」

 乗られる側の竜、バルが頭を下げて事情を話す。当のエキュゼはうつぶせでうーうー唸っており、はたから見ても完全にダウンしていることがわかる。
 ……そうなった原因の大半はバルにあるのだが、どうも彼女は都合の悪いことは極力避けたいらしく、「運ぶ過程で酔わせてしまった」と至って大真面目に嘘をついた。

「彼女は私がギルドに送ろう。責任は私にある」
「んなこたねーよ。悪りーな、頼んだぜ」

 頷いてからギルド方面へ向き直り、一度大翼を羽ばたかせたのちに離陸し、エキュゼを背に乗せたままバルは夜空へと溶けるように消えていった。
 さらにはこの男も。

「ううぐ、ぎぎぎぎぎ……!」
「……よー。もう起きたか」

 瀕死の状態で脳天に痛い一撃を食らい、しばらくは動けないはずであろうルドが意識を取り戻したのだ。突然の再起動にギルドの顔ぶれが驚きの表情を見せる。
 流石に戦意は残っていない、というか、そもそも戦うだけの体力があるはずもないので、ただただ勝者の顔を睨みつけるだけにとどまった。

「き、貴様如きに、ワシが……」
「なんだよ、不満か?」
不満じゃあ! ……っぐううう」

 頭部の傷口が開いたのか、ハンドソープのワンプッシュくらいの血しぶきがルドの額から飛ぶ。『キレる若者』ならぬ、『キレる中高年』と言ったところだろうか。痛みに悶えるルドを見て、フォシルは一つため息をついた。

「無理すんなよ、ルド。テメーはもう歳だ」
「ぐうう、ち、畜生め……」

 悪役の最後のセリフらしい一言を残し、再びルドは気絶した。

「……その根性だけは敵ながら天晴れ、っつーとこだな。ちょっとおっかねーけど」
「それはオマエもだよ」
「え?」

 クレーンのツッコミに本人はきょとんとしていたものの、直後には周囲一変が笑いの渦に包まれた。









 一方、交差点にて。

「うっひょひょ〜! みんなお待た……あり?」
「何してんだアホ」

 防衛戦の西側から偵察に来たネイトが大幅に遅れて交差点に到着した。偶然すれ違ったアベルが声をかけると、ネイトは自分の進行方向とは真逆へ歩いていくアベルを見るなり、不審そうに首をかしげた。
 そして、神妙な表情で、

「……逃げてきたの?」
「もう終わってんだよ」

 全くブレないボケをかましてきたのだった。




 やがて夜は明け  




「みんなーーー! 今日は『デンタル・バッテリー作戦』の撤収を始めるよーーー!」
「「「「「「「おー……」」」」」」」
「たああああああああああ!!」

 『プクリンのギルド』の朝礼、揃いも揃ってコンディションは最悪。
 無理もない。昨夜(正確に言えば今日)に行われた大規模な作戦にて、とても一晩とは思えないほどの派手な戦闘があったのだから。緊張の残り香もあって、一睡も出来ていない者も少なくはないだろう。
 しかし、散らかったものは片付けなければならない。それが作戦にしたって常識は常識である。さらに言えば、小学生の校外学習で「帰るまでが遠足ですよ〜」と言われているように、この『デンタル・バッテリー作戦』も終わったわけではない。あくまで撤収までが作戦なのだ。

 とはいえ、体は嘘をつけないのであって。

「ヘイヘイ……親方様。おいら、今日はちょっと厳しいよ」
「わたしも……」
「あ、あっしも……」

 ヘイガニのリッパが極度の疲労を訴える。それに続いてチリーンとビッパ   ジングルとアレスが便乗するように挙手した。
 無論、疲労に関して言えばこの三匹にはとどまらない。弟子たちの中から次々と抗議の手が上がる。
 ルーは心底困った様子で口元に手をつける。なんとしてでも撤収を終わらせたい、そんな心意気なのだろう。

 一瞬だけルーが俯いたその時  クレーンは己の特性、″するどいめ″で見てしまったのだ。

 プリン族が極稀に見せる、独特のゲス顔を。

「うーん……それは困ったなぁ。もしみんなで手伝ってくれるって言うなら   

 甘く包まれてしまうような、子供の声。

  次の遠征は全員で行こうかなぁ、って思ってたんだけど」
「「「「「「「!!」」」」」」」

 確信犯だ。しかも声に“あまえる”を乗せるという徹底ぶり。まさに甘い″ゆうわく″。
 ここまでくれば、逆に断る理由がないほど。手のひらを返すように、弟子たちから活気がみなぎる。

「あ……なんかオイラ、働きたい気分になってきた!」
「きゃあ〜おやかたさまぁ〜」
「え、遠征行きたいでゲスぅ〜〜〜!」

 当然ながら、弟子たちの反応は清々しいほど上々。付け足すように「明日の仕事はお休みね!」と言い、しっかり休暇も与える辺り、ルーの経営者としての高いポテンシャルも垣間見られる。
 アメとムチで完璧に弟子たちを手なずける姿に、フォシルですら畏怖を覚えた。

「よーし、それじゃ遠征に向けての撤収を始めるよーーー!」
「「「「「「「おおーーーっ!!」」」」」」」

 当初と目的が変わっていないか、と疑問に思うのは野暮である。それこそが彼ら、これこそが『プクリンのギルド』なのだから。
 先ほどの疲れはどこに行ったのやら。この日のギルドのメンバーたちの目には、史上に見ないほどのやる気を灯していたのだとか。

 体は嘘をつけない。









「んじゃ、行ってくるぜー」
「うん! 行ってらっしゃい!」

 場所は変わって交差点。小荷物も入ったリュックを背負い、フォシルは見送りに来たルーに軽く会釈してから東側へ歩いて行った。

「あの野郎、一人逃げやがったな」
「それは……どうなんだろう」
「ねえルー、フォシルは何しに行ったの?」

 後を追うようにして、『ストリーム』の三匹がギルドから現れる。アベルとエキュゼはフォシルの行く先についてぶつぶつと話していたが、ネイトは先走るようにルーの元へ直接聞きに行った。彼にしては珍しい、リーダーらしい行動だ。

「んーとね、昨日の『彼ら』に話をつけに行ったよ」

 別段言い難い雰囲気でもなく、ルーは極めて淡々と話した。
 昨日の『彼ら』。それは言うまでもなく、マーストリヒ軍のことだろう。しかし、「話をつける」ということが、具体的にどのような行動を示しているのか、ネイトの頭では理解に至らなかった。

「うーん……? よくわかんないけど、僕たちは行かなくていいの?」
「うん。そこは心配いらないと思う。彼は優秀だしね」

 彼の戦闘を目と鼻の先で見ていたポケモンなら、ましてや、親方のルーがそう言うのなら、ネイトたちが手を貸す必要などないのだろう。むしろ件の戦いなどもあって、今では借りる側だ。

「……ということは、」
「うん! 君たちにも撤収のお手伝いをしてもらいたいな♪」

 悪意ゼロの素敵な笑顔。しかし、要求されている仕事量は尋常ではないもの。えげつない温度差に「あっちゃー」と頭を掻くネイト。
 あまり芳しい反応が返ってこないとわかっていながらも、仕方なく二匹に仕事をするように催促をする。

「ん。とまあ、かくかくしかじかありまして」
「説明不要。聞いてた」
「やっぱりそうなるよね……ハァ」

 超が付く程の面倒臭がりのアベルが早くも理解を示していたのは良い意味で予想外だったが、残念ながら目は死んでいた。ネイトは悪い意味で安心した。弱冠十七歳、ここにきて立ち往生。
 エキュゼの方はため息もついて、いわゆる『普通』の反応を見せた。昨晩の酔いもあってか、微妙に足元がフラついている。彼女は本作戦においてもかなり上位に組み込まれるくらいの被害者だろう。主に味方からの。

 満場一致で嫌々オーラが出ていたものの、そんな本心とは真逆に体は作業現場へ向かうのだった。









 リンゴの森を少し南に行ったところにある、ほとんどポケモンの手が加えられていない荒野。ただ一人、フォシルはその一本道を歩いていた。
 無論、目的もなく、なんてことはない。彼が向かっているのは、マーストリヒ軍が壊滅させたという小さな集落。フォシルは戦闘に勝利したあと、ひとまずはその集落に引き返すように彼らに指示したのだが、一夜明けた今、どのような状態になっているのか。それが心配で仕方がなかった。

「……あっちーな」

 荒野も荒野。遮蔽物どころか、影を作る物体の一つも立っていなかった。あちらへこちらへ、どこへ行こうと背中を焼くような直射日光と、足裏に付きまとうヒリヒリとした痛みを避けることは出来なかった。フォシルの頬から垂れた汗の一滴が、腹の足しにもならない程度に大地を潤す。

 それから数分歩いた頃だろうか。不用意に外敵を侵入させないための木の柵と、家らしき物体が見えてくる。あれが村だろうか、と考える前に、群衆らしきざわめきが聞こえてきた。

(あれか)

 目に見えたそれが目的地であると確信を抱いたところで、フォシルは足を止めた。その場で辺りを見渡し、休憩に使えそうな岩を見つけると、裏手に回り、隠れるように座り込んだ。リュックから竹筒を取り出し、中に貯蓄された水分に口をつけ、ため息混じりの長いブレスを吐き出す。

 軍の視察以外にも、フォシルには目的があった。

「ヤツらの今後の処遇、か」

 フォシルを含め、古代から復活してしまったポケモンたちには、住む家も、仕事も、身寄りも、そして、法律もない。
 また、今回の件でいくらかの無関係なポケモンの犠牲者も出てしまっている。このことが事態をより一層複雑化、悪化させてしまっているのだ。
 現代には、『保安官』という治安維持のために法のレッドラインに触れた者を裁く機関がある。フォシルたちの生きた時代にはこんな機関は存在せず、せいぜい私刑で悪人に処罰を下す、ぐらいのものだった。

 では、過去から来たポケモンには、どちらのルールが適用されるのだろうか。

 結論から言ってしまえば、時代には関係なくその地の法律が適用される。つまり、村を襲撃した彼らには『保安官』によって裁かれる。
 ……はずだったのだが、遺跡の陥落に加え、当人たちは意図せず復活してしまったこともあり、この事故的な状況を見兼ねたルーが、なんと裏で手を回し、『彼らの処遇は代表者に委ねる』と決めてしまったらしい。実のところは、あまりの頭数に保安官側も匙を投げた、というのが有力らしいが。

 そしてその代表者が、何を隠そう  このフォシル・クレテイシャスである。

 長々と説明が過ぎてしまったが、もう一つのフォシルの目的、それはマーストリヒ軍の今後を決めるということだった。

「荷が重すぎるぜ……いくらなんでもよー。……けど  

 むしろチャンスか、フォシルはこの事態を出来るだけ前向きに捉えた。
 本来なら、彼らの未来にはほぼほぼ希望が持てなくなる状況。しかし、今ならフォシルの判断次第で彼らを生かすことが出来る。
 生かすも殺すも、彼の手中。


 痛みの残る右足に力を込め、フォシルはゆっくりと立ち上がった。リュックを背負い、岩陰から姿を現す。
 大きく深呼吸。

「……行くか」

 言葉とは裏腹に、フォシルの足取りは重かった。




 数時間前までは作戦に必要不可欠だった、大量の砂が詰まった袋。陰の功労者である砂袋だが、今では蓄積した疲労に追い討ちをかけ、体に悲鳴を上げさせる悪魔のような存在へと変貌していた。

「今日だけ死にたい」
「はあ……ふう、アベル、少し休もっか……?」
「しにたい」
「あ……これダメなやつだ……」

 エキュゼがアベルに休憩を提案するが、時既に遅し。生気を失った瞳を正面の石に向けながら、ヨロヨロと運搬を続ける。過去に「ダメなやつ」を見たことがあるのか、声が届いてない時点でエキュゼは諦めた様子だった。
 場所は事前準備と同じく、北側防衛線。アベルたちに限らず、他所でもさながらブラック企業の如く、生ける屍のようなおぼつかない足取りで作業を進めていた。
 一人を除いて、の話だが。

「マ〜イムマ〜イムマ〜イムマ〜イム、マーイームーえっさっさー」
「ね、ネイト……なに、してるの?」
「え? オクラホマミキサー」

 違う。何もかも違う。
 エキュゼが聞きたかったのは、ネイトが抱えている岩のサイズ。目測でも直径2m近くはありそうなそれを、歌いながら両腕で持ち上げていたのだ。
 想像してほしい。ネイトの身長は、本来のカラカラより少し大きめの0.5m。優に体長を四倍も上回る岩石を頭上に持ち上げているということになる。

「あり? この岩ってこっちだっけ? それともあっち?」
「ちょちょちょちょ……!! あっち! あっち行って!!」

 しかし、今驚く部分はネイトの怪力ではなく、そんな兵器じみた大岩を振り回しているところにある。間違って下敷きにでもなってしまえば、虫ポケモンの数匹くらいなら絶命させられるであろう、大岩を。
 それもネイトが持ち上げているというのだからまー危なっかしいことこの上ない。馬鹿が爆弾を持っているのとなんら変わらない。
 生命の危機を感じたエキュゼが適当な指示を出すことでなんとか難を切り抜けることが出来たが、ネイトが向かった先はよりにもよってトレジャータウン。
 嫌な予感しかしない。だが、いかなる状況でも責任を免れる方法が一つだけある。

「……知ーらない」
「俺は見てたぞ」

 知らんぷりを決め込もうとしたエキュゼに、運悪く正気に戻ってしまったアベルが「そうはさせまい」と制止を仕掛けた。

 傾き始めた太陽は、中々沈む気配を見せてくれない。


 砂袋を肩に乗せながら、横目でアベルは言う。

「……まあ、アイツを遠ざけたのはナイスだったな。正直」
「……でしょ?」

 直後、トレジャータウン方面から聞こえた悲鳴らしき声に、アベルまでもが知らんぷりを決めたのだった。




 その後は『アメ』の力で奮発したギルドの弟子たちが作業を加速させ、なんと、夕日が欠ける前には全防衛線の撤収作業が終了していた。ただ、その分反動も相当に大きかったらしく、ルーからの労いの言葉も聞かずに各自部屋に戻ってしまったのだとか。

「…………」
「…………」
「やー終わった! 楽しかったなあ」

 普段の調子であれば、ネイトに対して何か一言二言飛び交うはずなのだが、エキュゼとアベルは過密な肉体労働に心を失い、二匹同時にネイトへ振り向くという反応を見せたものの、向けた表情はいずれもチベットスナギツネの形相に瓜二つだった。一度でも見てしまえばトラウマものの光景だが、運良くネイトは正面を見てスキップしていたため、この豹変ぶりを見ることはなかった。

「やあネイト、お疲れ様!」
「お疲れぬっひょひょ〜♪」

 交差点に差し掛かった辺りで、今朝と全く同じ場所に立っているルーの姿が見えた。トレジャータウンから歩いてきた『ストリーム』に気付くと、いたわりの言葉と手振りを投げかけた。ネイトもそれに応じて上機嫌で手を振り返す。

「二人もおつか……げっ
「? どしたの?」

 穏和で常にニコニコしているルーが、この時ばかりは頬を引きつらせた。いつもと違う様子にネイトが疑問を持つが、笑顔を取り繕って「なんでもないよ♪」と返した。
 ルーの表情が崩れた原因は、ネイトの後ろで希望を失った瞳を見せる二匹にあるのだが、当然、見てもいないネイトには知る由もなく。
 エキュゼとアベルは、過酷な労働を持ちかけたルーに一矢報いたとでも思ったのか、無言でギルド前の階段を登っていき、その場を後にした。

「んん? 二人ともどうしたんだろ」
「つ、疲れたんじゃないかな!」
「そうかなあ」

 知らない方が幸せなこともある、というルーの気遣いなのだろうか。捉えようによっては自分の所業を隠蔽しようとする動きにも思えてしまう。鈍いネイトがどこまで考えを伸ばしているのかは不明だが。
 しかしルーの願いが通じたのか、ネイトは特に詮索もせず、別の話題を提起した。

「あ、そういえばフォシルは? まだ帰ってきてないの?」
「うん。でもそろそろ帰ってくる頃だと思うよ。……ほら。噂をすれば」

 噂をすればなんとやら。ルーが指した先には、正面から夕日を浴びながらこちらへ歩いてくるフォシルの姿が見えた。
 ルーの時と同じように、ネイトは目一杯フォシルに向かって手を振った。

「おかえリンダリンダ〜!」
「おう! ただい……ってなんだその語尾」
「フォシル、こっちの撤収は終わったよ!」
「おー! よくやった!」

 多少疲れている様子ではあったものの、どこかスッキリした感じでそれぞれの言葉に返事をする。ネイトのボケにしっかりとツッコミを入れる辺り、エキュゼと近しいセンスを感じられる。
 フォシルは背負ったリュックを下ろし、「さんきゅー」と一言かけてからルーに渡した。よく見ると傷や土汚れの付着したかなりの年季モノで、ルーの所有物なのだろうか、とネイトは人知れず予想していた。
 リュックを受け取ったルーは声調を変え、真剣な面持ちで問いかけた。

「それで……どうなったの?」
「ん? ああ、大丈夫だ」

 それとは正反対に、フォシルは至って平然と言った。心配は無用、そういった意図を含んでいるのだろうか。表面上では『軍の視察』という目的で通されているため、ネイトはこの裏事情を知らず、未だフォシルの帰還を喜んでいた。
 フォシルが選び取った、彼らの運命はいかに。

「……アイツらは  オレの部下にした」
うそーん!? 何があったのさ!?」

 何がなんだかさっぱりなネイトだが、それはさておき。
 大きな決断であったことは間違いないはずだが、ルーはあえて「そっか」と返し、深くは聞こうとしなかった。フォシルも空気を察してか、軽い目礼をしてからギルドへ足を進めた。

「ちょいちょーい! 無視しないでえーーー!!」
「うぉおい!? 引っ付くな! 後で教えっから!」
「無視した罰じゃーーー!!」
「離せぇーーーーー!!」

 フォシルの戦いはまだ続くようだ。




 遡ること、約三時間。
 村に到着したフォシルは、頭部にガーゼを貼ったルドを呼び出し、早速今後についての話を持ちかけた。壊滅まで追いやった村のこと、軍の一匹が村長らを殺害したこと、この時代には『法』が存在すること、それによって裁きが下されるところを、今回は特別に不問にしてもらえること。そして  代わりに処遇はフォシルが決めるということも。
 ルドは、『全てフォシルが取り決める』ことに大変憤慨した様子を見せたものの、自身の将来がかかっている旨を話すと、思い出したように大人しくなった。
 その後、複数匹の村民も話に加わることとなり、まずフォシルが取った行動は謝罪だった。犠牲を出したこと、村を襲撃したこと、勝手に駐在させてしまったこと。これらを詫びた上で、フォシルは彼らに本心からの申し立てをしたのだ。

「この村に、オレたちで償いをしたい」

 村民たちは突然すぎる提案に困ったものの、復活した彼らの身の上事情等を考慮してか、フォシルたちの行いを赦し、「村の復興を約束する」という条件の元、軍隊の滞在を許可した。
 ところが、ルドに限っては王という立場のこともあってか、中々納得を得られずに苦戦を強いられた。年上、王、総大将、これらのプライドが従属の身になることを全力で拒んだのだろう。
 ……が、肝心な軍隊サイドでは異議は出ず、全員賛成という体制を見せた。これを見たルドは、ショックでしばらく言葉が出ない様子だったが、老人のようなか細い声で渋々、仕方なく承諾した。


 こうして彼らは、フォシル管理下の元、配下として村の復興に向けて働くこととなったのだ。




 これはフォシルが現地へ赴き、初めて知ることになったのだが  


 昨日の早朝に命からがらギルドへ飛んできた村長のピジョットは、古代の軍勢が村を襲撃する前に、村民全体に避難指示を出していたらしく、人的被害は最小限に減らせたのだとか。
 彼は決して一人で逃げたわけではなく、村人を待避させてから緊急事態をギルドに知らせに来たのだ。
 結果として、彼は無残に殺害された。




 『ストリーム』の部屋に戻ったフォシルは、クレーンから借りた『楽しい歴史 小学六年生』を読みながら話を続ける。

「……んで思ったんだよな。本物の偉人とか英雄って、歴史に名を残さないヤツらのことなんじゃねーか、って」
「フォシルの名前は残ってなかったよね」
「そーゆー意味じゃねーよ……」

 要は、大衆には知られていないようなポケモンでも、その裏に隠れた努力や出来事は人々が褒め称えるのには十分過ぎるということ。必ずしも名前が残っていなければ偉人ではない、なんてことはないのだ。
 折角フォシルがいい話をしたというのに、エキュゼとアベルは死んだように寝ており、オーディエンスはネイトのみだった。案の定、話は理解出来ていない模様。

「なんか、偉い人って悪そうなイメージある」
「んまあ、あながち間違っちゃない…………あ?

 ネイトとしてはただ単に自身のイメージを口に出したつもりだったのだが、フォシルはそれを肯定した後で『自分に対して言われた雑言』と捉えてしまい、ピタリと口の動きが止まる。なんたって王子
 何やら会話の流れが悪いと感づいたネイトが、「うぇ?」と疑問符を浮かべるも、残念ながら既に手遅れ。寝転がっていたフォシルは素早く起き上がり、中身のない骨頭野郎に食ってかかる。

「こんにゃろーーー! 人が真面目な話してる時にぃいいいいい」
「むぎゃああああ、悪い人だああああああ!」
「なんだとテメっ……わ、悪い人になってやんぞーーー!

 丸一日肉体労働をこなした後だというのに、この徒労。大体ネイトが悪いのだが、開き直るフォシルもいかがなものだろうか。うつ伏せに転がる死体二匹組は、当然止めに行く気配すらない。




 約6550万年前。クレテイシャス国内で、マーストリヒ国の襲撃から始まった大規模な戦争があった。
 戦火は無力な民や子供にまで拡大し、多くの尊い命が失われた。

 永き時を越え、再会した因縁の二間の戦いは、クレテイシャスの王子が制す形で幕を下ろした。


 そしてそれは  新たなる冒険の幕開けでもあった。


「今度さあ、遠征メンバーの選抜があるみたいなんだよね」
「マジ!? オレら頑張んねーとじゃん」
「そうなんだけど、頑張り過ぎるとそこの二人みたいになっちゃうから」
「お、おう……程々にやろーぜ」

 フォシルの戦いはまだまだ続く。


■筆者メッセージ
 作者の執筆にストッパーをかけた第三章、四年半の歳月を経て遂に完結ッ!! 残念な頭でオリストなんか書こうとするんじゃなかった……。予定では今後もあるんですけどネ。
 次回から本編に戻ります。
アマヨシ ( 2018/02/28(水) 13:03 )