ポケモン不思議のダンジョン 正義と悪のディリュージョン






小説トップ
第3章 復活する王子! 甦る古代の軍勢!
第26話 矛頭の王子! 角盾の王!

 湧泉から突如復活した古代の王により始まったギルド防衛戦。二体の王から放たれた咆哮を皮切りにして、長く続いた戦いは最終段階へ移ろうとしていた。

「……しっかし。どうすっかなー、これ」

 二体の王の内の一体、フォシルは、戦場に蔓延る敵軍を指して言った。
 大将戦による決着をつけるため、フォシルはルドの元へ向かわなければならないのだが、目標までは数百メートル、さらに敵の兵がそれを阻害するように立ちはだかっているため、向かおうにも足が出ない状況。下手に道を開けようとでもすれば、たちまち囲まれて“ふくろだたき”にされてしまうのがオチだろう。

(ハナっから正々堂々やるわけねーよな、そりゃ)

 一対一の決戦を申し出たのは相手であるルド。しかし、実際にはそれを受け入れる態勢が作られていない上、「軍隊をどかせ」と言っても、返答は「自分でなんとかしろ」という旨のもの。矛盾とも見て取れる実状から、もはやルドの一騎打ちへの意志は細いだろうと、フォシルは期待を裏切られたような気分で分析した。
 だが、裏で指示する司令塔ではなく、今はマーストリヒの(かしら)として戦場へ赴いているのは紛れもない事実。フォシルがルドを叩くなら、このチャンスを見逃すわけにはいかなかった。

「お困りのようですなあ、フォシルはん」
「ああ……どうにかしてヤツの元に行きてーんだけど、」
「ウチらが活路を開きまひょか?」

 ナガロの唐突な提案に、フォシルは「出来んの!?」と素早く振り向きながら驚愕の声を上げた。

「そら、あんた一人で突っ込もうとすれば、当たって砕けるのが普通でしょうな」
「何か策が?」

 自信満々に腕を組み、ナガロはコクコクと頷く。フォシル的には、じゃあさっさと教えてくれという心境だったのだが、どうも彼女は勿体ぶらせるのが好きらしい。

「ウチが一瞬、ほんの一瞬だけ道を開きます。そこを全力で走って、あの将軍はんをご開帳、てなわけです」
「……ホントに出来んのか? つーか、道を作れたところでヤツらに  

 不信がるフォシルを「まあまあ」とナガロが宥める。余程上手くやれると考えているのか、ノリでなんとかなるとでも思っているのか、ナガロはへらへらと半笑いをやめなかった。もしこれが後者のパターンであれば、もはや半笑いどころではない。

「とりあえずはウチらに任せなはれ。『背中は預ける』、これ自分の台詞でっしゃろ?」

  『背中は預ける』  
 ナガロの口から出た言葉には、ひょろりとしたオオタチの体躯からは考えられないような頼もしさがにじみ出ていた。

「……ん、わかった! オメーらに任せるぜ!」
「おおきに!」

 フォシルの了承を得て、ずかずかと前線へ進み出るナガロ。準備運動のつもりか、体を左右に捻ってポキポキと鳴らし、群がる軍勢を見据えて口元に笑みを浮かべる。

「……ほな、行きまっせ? しっかり着いてきぃや」

 合図を聞き、フォシルは両手を地につけてクラウチングスタートの態勢。準備は万全とみなし、ナガロも姿勢を低くする。
 チャンスは一瞬。静寂とした防衛戦に、張り詰めた空気が流れる。




 土が蹴られ、弾けるように空を舞った。
    スタート。

「ナッハハハハ!!」

 直後、風を切る音  は、意図不明のナガロの笑い声にかき消され、それにフォシルが一瞬怯んだものの、後を追うように地面を蹴り上げた。

「なんでやねーーーん!!」

 見ている側がなんでやねん、とツッコみたいところだが、このオオタチ、ナガロ・ジャニコロはギルド屈指の漫才好きである。蘇ってから長くないフォシルには、ナガロの好みはおろか、そもそも漫才やツッコミの概念すら知る由もなかった。予備知識があっても異様な光景であることには変わりはないのだが。
 壁のように連なる敵軍へ、躊躇の一つもなくナガロは駆けてゆく。無謀とも思える挑戦に、後をつけるフォシルの顔に不安の汗が垂れた。

 その様子にクレーンも不安を感じたのか、ルーの顔色を伺う。

「親方様……アレは任せても大丈夫ですかね?」
「え? 面白いと思うけど」
「そうじゃなくて……」

 当然こんな状況でわざわざ感想を聞くはずもなく。聞き直すためにクレーンが訂正をかけようとしたが、その答えはルー自身の口から出ることとなった。

「大丈夫。ああ見えても彼女は  

 普段と全く変わらない無邪気な笑顔で、クレーンを驚愕させるのには十分過ぎる一言を放った。




  ダイヤモンドランクの探検隊だからね」




 接敵の寸前で、ナガロの顔から笑みが消える。先頭にいたアーマルドは一匹の鼠を撃退するために“シザークロス”で応戦しようとした。が、ナガロはそんなのお構いなしと言わんばかりに、密集した敵と敵との間に突っ込んでゆく。
 そして宣言通り。交差する鎌を避けた次の瞬間、

「なんでやねんっ!!」

 鋭いツッコミと同時に、前線にいた二匹は姿勢を崩して倒れた。
 続いて四匹、六匹と、ナガロが突撃した先々でポケモンがドミノの如く倒れ、海が割れたかのように道が開かれる。
 揉みくちゃで動きは見えなかったが、足払いでもかけたのだろうか。そんなことを考える暇も与えられず、フォシルは作られた一本道をなんの障害もなく駆けていった。

「なんだコイツは!?」「追い出せー!」「見失った! どこだ!?」「こっちで尻尾見えたぞー」「やられた! いてぇー」「絶対逃がすなー!」「いや逃せー!」

 所々で侵入者を追い出す趣旨の声が駆け巡る。しかし、『何か』が迫ってきていることはわかっていても、肝心な対処はままならない状態だった。
 やがて、軍列の半分辺りまで差し掛かってきたところで、フォシルはナガロの攻撃を目視で確認し、その驚きの攻撃の正体を知ることとなった。

「なんでやねん! なんでやねんッッ!!」

 屈強な軍隊をたった一撃で仕留めていた攻撃、それは『手刀』。

 オオタチという種族は手に限らず足も短く、とても戦闘に向いているとは言い難い特徴を持ち合わせているのだが、彼女はそんなマンチカンですら鼻で嗤うような短い手を、確実に弁慶の泣き所へとヒットさせていたのだ。
 その上、挙動も尋常でなかった。反復横跳びのように左右にはねながら足に強打を浴びせたり、平泳ぎのように両手で払いながら進んだり。極め付けは、敵の密集しているポイントを地面擦れ擦れの錐揉み回転で手刀を連打してこじ開けるという、雑技団も唖然とするようなアクロバティックな動きで突破し続けていたのだ。

 そうこうしている内に、ナガロの視界の先に広い空間が見えてくる。言うまでもなく、そこで待ち構えているのは総大将のルド。
 ナガロは最後尾のアマルルガに手刀を食らわせ、ルドを見るやいなや、直立してから顔面の盾に  これまた短い足で飛び蹴りをかました。

「ぬぅ……!? 貴様、どうやってここまで  ふがっ」
「おっと、真打はウチとちゃいまっせ」

 蹴りの反動で大きく仰け反りながら、しかしその勢いを殺し切らずに着地し、猛ダッシュでもと来た道を引き返してゆく。
 “とんぼがえり”でナガロに代わり、「真打」が特急列車の如く、人身事故を起こす気満々で大楯へと突っ込んだ。

「うぉぉおおらあああぁあ!!」
「“てっぺき”!」

 矛と盾が衝突し、爆轟にも似た音が響き渡る。それは、矛頭の王子(フォシル)角盾の王(ルド)の最終決戦の開始を知らせるゴングのようでもあった。
 しかし、

「くぉ……んのッ……!!」
「ヌワッハハハハ! その程度か王子よ!」

 数々の敵をあっさりと倒してきたフォシルの“とっしん”も、相手が大将ともなればそう一筋縄にいかなかった。それどころか、ルドは赤子の手をひねるかのように、じわじわと確実に、迷いのない歩を進めていた。対するフォシルも負けじと地面を踏み締め、強固な盾に頭を押し付けるも、その圧倒的な力の前では空回りするタイヤも同然だった。

「フン、つまらん。貴様の父親が相手なら、こうして戯れ言を口にする暇も無かったというのに」
「んだとテメ  !!」

 台詞の途中でフォシルの表情が一瞬にして青ざめる。その眼下に見えたのは、美しい白光の収束していく様。“ラスターカノン”の予備動作であることに気付き、足の力の方向を逆に変え、後方に大きく跳躍して距離を取る。
 直後、正面に放たれた“ラスターカノン”はフォシルに直撃することはなかったが、地面を抉りながら爆散し、その衝撃波で空中へ退避したフォシルは態勢を崩し、背中から墜落した。
    もしアレに気付かず、ゼロ距離で食らっていたなら。

「かかれ! 始末しろ!」
「くっ……やっぱそう来るよ、なあッ!」

 素早く起き上がるも、時すでに遅し。ルドの指示を聞いた敵軍がフォシルを囲みに向かってくる。突入前に危惧していた最悪の展開が、現実となって襲いかかってきた。
 このままではルドに成敗を為すどころか、この戦い自体に勝つことすら叶わなくなる可能性がある。飛んで火に入る夏の虫、そんな言葉がフォシルの頭によぎった。
 絶体絶命。

「……畜生!!」

 四方八方から迫る敵に、為すすべなし。


 そして、囲まれた。




 突如湧き出した、エネルギーの柱に。

「んなっ……これは!?」

 力の奔流、“だいちのちから”に進路を阻まれ、敵勢は反発する磁石のように大きく仰け反った。フォシルを守るようにして不意に出てきたそれに対し、守られた本人ですら困惑を覚えていた。
 いったいなにが  。その疑問が口に出る前に、答えは『地面から』出てきた。

「フォシル殿!」
「フォシルさん! 助けに来ました!」
「お、お前ら!」

 現れたのはダグトリオとディグダ  ラウドとモルドだった。思わぬ増援に、フォシルは感極まった声で喜びをあらわにする。

「ナガロさんから『一対一(サシ)でやれるように工作しろ』と言われて来ました!」
「その準備も終わってますぞ!」
「ヘッ……あんにゃろー、やってくれるじゃねーか」

 『背中は預ける』。この言葉の本質を、言った本人であるフォシルがようやく理解出来た気がした。

    まあまあ、とりあえずはウチ『ら』に任せなはれ。『背中は預ける』、これ自分の言葉でっしゃろ?

 最初から無謀な計画などではなかったのだ。ナガロが提案した作戦も全く突拍子なものではなく、入念な考察のもと行われていたということ。

 フォシルは甘く見ていた。自分に味方する者たちの力を。

「ぬぅ、邪魔が入ったか。……じゃが! 一度凌いだくらいで防ぎ切れたつもりか!? かかれえ!」
「「「「「「うおおーーー!!」」」」」」

 尻餅をついていた兵士たちも立ち上がり、再びフォシルの元へ強襲を仕掛けるが、すんでのところで異変が起きる。

「「「「「「うああーーー!!」」」」」」

 どこかで見たような一変のしよう。そのまさか、彼らは落とし穴に落ちていたのだ。ラウドの言う『準備』が的確に作動した瞬間だった。
 しかし、特筆すべきはその形。ぽっかりと一つの穴が空いたわけではなく、『穴』とは形容し難い、いわば『谷』のような輪状の落とし穴(?)が形成されており、その輪の内側にいるフォシルとルドの両名に干渉出来ないような状態となった。穴を作ったというより、二匹の空間を切り抜いたとも言えよう。
 しかし、『デンタル・バッテリー作戦』開始前で敵数を大きく減らした谷といい、このサークルといい、たった二匹でどのようにすればこんな天災のような光景を作ることが出来るのだろうか。いくら『もぐらポケモン』とはいえ、流石に種族の域を突破しているのではないかと思わされてしまう。

おおおおおおお! おお、おう……

 次々と落とし穴へ消えてゆく敵を見てフォシルが歓喜と驚愕の声を上げるも、その規模の大きさが見えてくる内に引き気味な小声になっていったのはきっと気のせいではないはず。
 一方でルドも、予想外の展開に苦虫を噛みつぶしたような表情をしていた。無理もないはず。ルド一番の武器は『数による暴力』だったのだから。確実に勝てるはずだった勝負に、負ける可能性が浮上してきたのだから。

 ルドもまた、彼らを甘く見ていたのだ。百に満たないポケモンたちの結束力を。

「き、貴様らぁ……!!」

 技の“きんぞくおん”にも似た中々の音量でルドは歯ぎしりをした。破綻した計画が、プライドが、熱を帯びたような憤怒を生み出し、目に見える程の覇気を放ち始める。

「おっと、将軍さんがお怒りみてーだな」
「フォシルさん! あとは任せました!」
「フォシル殿! 帰ったらご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも ワ タ シ ?」
「ちょっくら黙ってくんねーかな」

 余計なボケをこの状況で口に出す辺り、なおのこと二匹の底が知れないなと思うフォシル。なんというか、パワーバランスとかキャラのイメージが滅茶苦茶である。
 相手にするフォシルの心境を想ってか、あるいはルドの怒りに圧倒されたのか。真相は定かではないが、ラウドとモルドは二人の王と、出来上がったバトルフィールドを残して地中へと消えていった。

「さーて、将軍さんよー。テメーの望み通り、大将戦の準備は整えてもらったぜ」
「うぐううう減らず口をォオオオ!!」

 当初とやり方は大幅に変わったものの、お互いに沸く殺意はまるで変わらず。ギルドの支配を求む者、それを拒む者、反発する者同士の一騎打ちが始まる。

「さっさとおっぱじめっぞー! 覚悟ァ! 出来てんだろーなぁーーー!!」
「たわけがあああぁぁああああ!!」

 全く別の思想を持った二者の咆哮は、隅から隅まで戦場に響き渡ったという。




「“げんしのちから”!」
「ぐるぉお! 効くかぁあああ!」

 フォシルが直接攻撃の当たらないギリギリの範囲から“げんしのちから”で先制攻撃を仕掛けるが、先ほどの怒りで我を忘れた勢いもあってか、ルドは初手から″げきりん″で向かってくる岩石すべてを弾き飛ばした。
 予測不能、本能で目の前の敵を破壊しようとするルドに「やべっ」と危機感を抱きながらも、フォシルは自慢の跳躍力を生かして“ふみつけ”ることでルドの背面へと回り、なんとか危難を脱した。
 トリデプスという種族上、正面から打ち負かすことは難しいが、裏手からの攻撃となれば話は別。今がチャンスと言わんばかりにフォシルは右足を高く上げ、父親直伝の“アームハンマー”を繰り出そうとした。が、

「……甘いわ! “じしん”!」
「!!」

 流石にそこは将軍の肩書きを持つだけあって、自身の弱点は熟知しているらしく、背後を取った敵への対策も一瞬だった。ルドは地面を砕くほどの勢いで前足を振り下ろし、360度どこから来ても対応出来る広範囲技、“じしん”でフォシルを蹴散らそうとする。
 しかしフォシルは丁度“アームハンマー”の予備動作中。ただ攻撃の最中であるならまだしも、現在は片足を上げている状態である。ジャンプしようにも間に合わない状況  

「っづぅおらああああああ!!」

 “じしん”は地面に強い衝撃を与え、岩盤を隆起させて相手にダメージを食らわせる技。本来なら地上にいるポケモンは為すすべもないはずなのだが、この男は格が違った。

 振り上げたままの足を  そのまま地面に向かって振り下ろした。渾身のかかと落としは隆起した岩盤を見事叩き割り、衝撃をパワーで相殺した。

「ハァッ、へへっ……なかなか、やんじゃねーか、ハァ」
「……フン、やはり奴の息子か。バケモンが」

 ルドは振り返り、フォシルの顔を見て言う。意図的に起こしたとはいえ、天災を力で押し返すとは。その小さな身体に、一体どれほどのパワーが備わっているのだろうか。ルドの中にフォシルに対する畏敬の念のような感情が芽生えた。
 しかし、当のフォシルもあまりにも無茶な手を打ったため、足の芯を走るようなダメージを堪えなければならないこととなった。フォシルは右足を震わせながら、無理のある余裕の笑みを浮かべる。
 その間、わずか十九秒。

「ククク……じゃが、足にかかった負担は余程のものじゃろう。もう一本奪えば  

 闘牛の如く足元の地面を掻き、自身の盾を鋼鉄に変化させ、“アイアンヘッド”の構えを取る。先のフォシルが“げきりん”をいなした時と同じ展開に持ち込もうとするつもりだろうか。ルドは後ろ足で土を蹴り飛ばし、フォシルを打倒すべく全力の突進を繰り出す。

  貴様の負けじゃあッ! 王子ィ!!」

 “ふみつけ”は“じしん”のデジャヴを見ることになるので論外、“アイアンヘッド”も威力で負けている分使えない。……様々な思考がフォシルの脳内を駆け巡る。
 まさかこれほどの短時間で消耗してしまうとは、正直フォシル自身も思ってもみなかったことだ。元々長期戦に向いている種族ではないとはいえ、たったの二十秒で窮地に追い込まれるとは。
 迫り来る殺意の孕んだ鉄壁の壁。勝てるビジョンが、希望が、かき消されてゆく。

「……いや、違げーな」

 目の前の絶望を打ち消すように、フォシルは否定した。切羽詰まる状況だというのに、その言い方には冷静さが含まれていた。
 左腕に巻いた緑色のスカーフを振りほどき、左手に持ち替えてから大楯に対して右側へ跳ね、突進が掠るギリギリのところで回避。そして、

「負けるのはテメーだぁ! ルドォ!!」

 ルドの突進の最中、横面からスカーフの先端を飛ばし、それは完璧にルドの足に絡みつく。すれ違うようにルドの横を通り過ぎていき、再び背後に回ったフォシルは  スカーフを思い切り引っ張った。
 直後、ルドは勝利を確信した表情で右前足で“じしん”を放とうとするも、重心の乗った左前足がスカーフによって崩れ、右前足の一撃は虚空を空振った。
 ルドは派手に横転した。

「!? クソォ! クソがあああああああ!!」
「『潰れろ』ッ! “アームハンマー”!!」

 トリデプスの短所は脇の装甲が薄いこと。ズガイドスの長所は攻撃力の高さ。
 この状況が意味するもの  それは決着。

 跳躍したフォシルが勢いをつけて繰り出す、全力の左足の『力』。それは無慈悲にルドの横腹に突き刺さった。
 ルドの口から声にならない声と、粘ついた唾液が漏れる。

「……っしゃあ! どうだ!?」

 かかと落としが直撃したあと、フォシルはめっきり動かなくなったルドから離れ、様子を伺う。相性は四倍、しかも急所。本来なら死んでいてもおかしくないレベルなのだが  




「……クク、ク……あの時をッ、まるで、再現しているようだな……王子よ」
「じょ……冗談、だろ……!?」

 倒れたままで、王は言葉を紡ぐ。さらに“アームハンマー”のヒットした脇腹からは、白く輝く結晶のようなものが、宵闇の中でひらひらと浮かび上がっていた。

(この野郎、意識すら失ってねーのかよ!?)

 そうは思ったものの、フォシルが実際に目をつけていたのは白銀の結晶の方。


  オレは、この光の正体を知っている。

「その様子じゃあ……『コイツ』の正体を覚えているようじゃな……ガハハ……いいぞ」

  かつて、親父の命を一瞬で刈り取った技  


 ポケモンの技には大きく分けて、物理、特殊、変化の三つだが、中には分類を逸脱するような特別な技が存在する。
 その一つが今まさにルドが発動している、“メタルバースト”。分類上は物理に入るのだが、その効果は『技により受けたダメージを五割増しにして返す』というもの。
 だが、フォシルが危惧しているのは反撃ではなく、自分の父親と同じ末路を辿ろうとしていることだった。

(どうする? どうする、どうすればいい  。親父だったら? 親父ならどうしてた?)

 回避もせず、そのまま死んでいった。
 なぜだ? フォシルはこの状況下で、自分が避けることより、父親がなぜ避けなかったのかを必死に模索していた。
 一秒にも満たない短時間で考えついた一つの答えは、

「“アームハンマー”の反動……か?」

 ふとフォシルは足を軽く上げてみる。確かに以前より重い。これなら避けるのにも苦労するだろう。
 しかもフォシルの場合は両足。鉄球でも付いているのではないかと思うほどの重さ。今まで体感したことのない異常に、汗が頬を伝う。

「ハ……ハハハ! 光栄に思えェ、父親が殺された時と同じ攻撃で、同じ場所に行けるんじゃからな!」

 フラつく足取りながらも、ゆっくりとルドは立ち上がる。6550万年前と同じ光景が、今度は父親の目線で再生されている。
 白色の煌めき、微動だにせぬ父、貫通した穴の先に見える光景、倒れる肉塊、衝撃波……フラッシュバックのように、嫌でも記憶が視界に映る。

  あの時、親父は避けなかったんじゃない。避けられなかったんだ。

 肯定するように右足が痛みを訴える。フォシルの父、ケント・クレテイシャスも同じ痛みを感じながら死んでいったのだろうか。


    いや、まだオレは死んでねえ。ここに『いる』。まだ『立っている』。


「……まだ、負けたわけじゃねー」
「ほざけ! そんな足で何が出来る!? 無駄じゃ、去ね!!」

 ルドの口から唾混じりの怒号が飛ぶ。おそらく、これが最終宣告だ。
 皮肉にも、フォシルは“メタルバースト”が発射されるタイミングを、父親の死のおかげで知っていた。一瞬だけ結晶の輝きが増し、直後には対象目掛けて風を切ってゆく。
 その光を見た時こそが、唯一無二のチャンス。生死を分け、勝敗を決める最後の攻撃。

 フォシルの手は既に決まっている。微かな動きも見逃さないつもりでルドの目を睨みつける。張り詰めた緊張の糸に、思わずゴクリと喉を鳴らす。


 月下に照らされ、二匹の姿が鮮明に映し出される  
 『お天道様は見ている』とは言うが、太陽の光を反射している以上、月の下にいる者たちも見られているのだろうか。
 否、関係ない。見えなければ、『見せれば』いいのだ。星の裏側からでも見えるような、飛び切りの輝きを。あわよくば、これが天国の父にも届くと信じて。フォシルの覚悟は固い。


 チロリと光る、舌なめずり。

「今だあッ!!」

 掛け声とともに、あろうことかフォシルは真正面の地面へ飛び込んだ。避けるつもりは毛頭ないというのか。その上ルドの元までは距離が足りず、案の定、顔面から地面に激突する形となった。
 この一連の奇行を見ていたルドは「殺す前にあざ笑ってやろう」とニヤついたのだが、直後にはその考え共々一瞬で崩れ去ることとなった。

 頭部を地につけたままフォシルは倒れることなく、一点倒立の態勢を取る。そして、


 首の力のみで、フォシルは高く跳躍した。


「バカな  !?」


 ルドの驚愕も当然だ。手足を使わずの跳躍など、常識はずれにも程がある。
 しかし、それが『ずつきポケモン』であれば話は別。日常にも組み込まれる行動が頭突きであれば、頭部を支える首の筋肉もそれ相応には発達していてもおかしくはない。それも戦闘経験のあるフォシルならなおのこと。
 フォシルが打つ最後の手は、首の力を生かした反発力を利用し、棒高跳びの要領で跳ぶというもの。


 だが、フォシルの目論見は全てが上手くいっているというわけではなかった。肝心の“メタルバースト”を避ける目的は、避けるどころか未だ発射されていない状態だった。今や空中にいるフォシルは恰好の的でしかない。
 確実に″メタルバースト″を当てるため、ルドは標的のいる上空の方を見やる。その姿は  


   月光に隠れて、視認出来なかった。


 完全に想定外の事態。フォシルがここまで計算して攻撃を仕掛けたのかは知る由もない。しかし、ここで打たねば敗北は確実である。これだけの威力を跳ね返すのだから、無数にある内の一発でも直撃させられれば致命傷は免れないだろう。コンマ数秒で、ルドは“メタルバースト”を拡散させて放つことに変更した。
 対するフォシルは跳躍ののち、くるりと前転宙返りを決め、その勢いを保ったまま高所からの頭突きを仕掛ける。光を味方につけたその姿は、どことなく美しくもあった。

「うおおおお!! “フルムーンサルト”ッ!!」
「“メタルバースト”ッ!!」

 先に放たれたのは、ルドの“メタルバースト”。いずれもフォシル目掛けて飛んでゆき、擦りはしたものの直撃には至らず。結果としてフォシルは止めることは失敗に終わる。
 そして、フォシルの制裁はルドの脳天に見事命中し  




 月光に照らされ、くり抜かれたような円形の大地に二匹のポケモンがいた。
 一匹は白目を剥き、額からは微量の血が流れていた。地を踏みしめる四つ足はすっかり崩れ、もはや戦う意思は見られない。
 もう一匹は、

「大将、討ち取ったりぃーーーーー!!」

 文句のつけようもない笑顔とともに、勝利を宣言したのだった。


■筆者メッセージ
 もうね、残り四千文字くらいは勢いですよ勢い。感情というか、流れに任せてというか。自分でも何書いてるかわかんなくなるくらい感情的になってキーボード打ってました。マヂ。
 次の更新もこれぐらいのペースでやってみます……ハイ。
アマヨシ ( 2018/02/26(月) 01:39 )