第25話 デンタル・バッテリー作戦! (4)
マーストリヒ軍本拠地・壊滅した村
「『合唱団』がやられた?」
「ええ、落ちていくのをこの目で確認しました。……撃ち落とされた、のでしょうか」
「また王子……なのか? まったく、いつになく邪魔しよって」
自分の作戦を邪魔され、さらにそれを邪魔したのが敵国の王子であるフォシルだったことが気に食わないらしく、ルドの機嫌はさらに悪く悪くなっていった。
先ほどまでルドを馬鹿にしていた警護兵もさすがに気まずくなってしまい、いつものように愚痴を吐くこともなかった。
そして何よりも彼らは不安であった。これだけの軍をもってしてもうまく迎撃され、いかなる作戦も通用しない。次第に、勝たなければ、勝たなければと、焦燥感が強くなっていった。
だが、いつまでも絶望しているわけにもいかないため、アーマルドが話を切り出した。
「……ルド様、次の作戦はどうします? 先ほど撤退したフロントラインの軍の大半は治療を終えているらしいですが」
「むう……」
それについては、先ほど沈黙していたときにも恐らく考えていたはずなので愚問のようなものだったのだが、沈黙を破るのには十分だった。
「うむ、わかった。これぐらいしか突破口はなさそうじゃな」
ギルド防衛線 南側
敵軍が陸上の戦闘はあまり有利ではないと判断したのか、浜での戦闘はなくなり、水中に身を潜め、海面から攻撃してくるという比較的被弾の少ない作戦を選んできた。
いや、正確には被弾自体はするのだが、水中で攻撃を受けることで衝撃を和らげ、普通に直撃するよりもダメージ量を減らす、というものである。
相手の攻撃の隙を突いて攻撃しようとすると水中に逃げられ、再び攻撃を仕掛けられる。これの繰り返しなので、結局相手にダメージを与えるには水中にいるときのみに限られてしまう。
要は不利だった。だが、
「エキュゼ!」
「ふぁ、ふぁい! ゙デルタショッグ!」
「うおおおおおッ!! ゙竜の波動゙!」
バルに向かって飛んできだ冷凍ビーム゙をエキュゼが炎技で溶かし、水中の敵にひたすらバルが遠距離攻撃を続ける。こちらはこちらで敵に負けじと攻守完璧な陣形で対策をとっていた。
「フッ、中々面白い技を使うじゃないか。サーカス団にでも転職するつもりか?」
「
これ失敗作なんですぅ!! ……ってわわっ!? ゙デルタショッグ!」
「まだ来るか……いいだろう、私が全部潰してくれるッ!」
今までの文では理解する由もないのだが、この陣形、なんと
バルの頭の上にエキュゼが乗っているという状態であり、はたから見ればとても戦闘態勢には見えないのである。
「ばばっ、ばばばバルさん! あまり首振り回さないでください!!」
「ええい、ちょこまかと!」
バルの言う「ちょこまかと」動く敵に合わせてバルの首も右へ左へとあまりに移動するため、頭上のエキュゼは立つどころか掴まっているのさえも精一杯な状態にある。
「やあああぁぁぁぁ……」
落ちそうになりながらも必死に炎を吐いて相手の氷技を溶かしていく様はなんというか職人芸のようなものを感じさせる。無論、本人が楽しんでやっているわけではないだろうが。
お互いがお互いをカバーし合い、彼女らは攻守万全の無敵城塞になっていた。
「ば……バルさん、止めっ……」
「
そこかッ! ゙竜の波動゙!!」
……もっとも、半ば無理やり感が半端じゃないので、相性がいいのかはよくわからないところである。
「「!!」」
ここで突如飛んできだロックブラスド。岩タイプの技は二体に対して効果抜群な上、エキュゼの炎技では相性が悪くて相殺しきれない。じゃあどうするかというと―――
「くっ、しっかり掴まってろ!」
「えっ、ちょっ……」
エキュゼの制止も聞かず、バルが取った行動。それは、
文字通りの゙空を飛ぶ゙だった。
「
ひいえあああああ!? 落ちる落ちる―――」
「頭の上で騒ぐな。耳が痛くなる」
「ええええ……? でもこんなところから落ちたら……!」
「大丈夫だ。私がお前を守る」
厳しさと共に包容力のある、何より安心させる一言。エキュゼはそれにどこか懐かしささえ感じた。
……のもつかの間のうち。夜中とはいえ、あれだけ勢いよく空を飛べばさすがに目立つ。敵のターゲットは一気にバルとエキュゼのもとへ移った。
「「「「「゙冷凍ビーム゙!!」」」」」
そして無慈悲に空へ撃たれる何本もの゙冷凍ビーム゙。一発でもまずいものを数発も受ければ致命傷どころか最悪死に至る可能性がある。
「全部は避けれない……エキュゼ!」
「こっ、この位置だとうまく当てられないです……」
ただでさえ羽ばたいていて安定しないバルの頭上から、炎技を全で冷凍ビーム゙にヒットさせる。無理難題に対するエキュゼの反応は無理のないものだった。
「仕方ない。ならば……」
何を考えたのかと思いきや、バルは突然空中で前転を勢いよく決め、
強引に頭上のエキュゼを振り落した。
「ええええぇぇえええええええぇぇぇぇえええええ!?!?」「行けッ! お前の炎で突破口を作れッ!!」
頭上よりも空中の方がエキュゼの攻撃を命中させやすいとバルは判断したのだが、かつて体験したことのないような内臓が浮き上がるような感覚と、重力に従って落ちていく恐怖でもはや迎撃どころではなかった。エキュゼからすれば
この上なくいい迷惑である。
「………! ……!!」
恐怖やパニックなどで声は出なかったものの、エキュゼはなんとか火の粉をばらまくことで゙冷凍ビーム゙を一本、二本、三本と徐々に白い蒸気へと変えていった。
だがしかし、さすがにエキュゼも色々と限界だったからか、少しずつ火の粉の勢いが弱まっていく。
さらに運の悪いことに、ちょうど火の粉が弱まったタイミングでもう一本の゙冷凍ビーム゙がエキュゼに向かって飛んでくる。もうダメかと思い、背中で゙冷凍ビーム゙を受けようとする。
だがその瞬間、エキュゼは見てしまった。
「……!!」 バルが普通に゙火炎放射゙で゙冷凍ビーム゙を相殺しているところを……。
「ふう……危なかったが、なんとか間に合ってよかった……」
「………」
結局あの後、バルが落ちていくエキュゼを尻尾で巻きつけて、ギリギリのところで救出し、なんとか事なきことを得た……はず。
エキュゼに至ってはかなり気分が悪そうだが、それでも地面に直撃して血溜まりを作るよりかはずっとマシだっただろう。
「……ば、バルさん……」
「どうした、どこか怪我でもしたのか」
弱弱しい声で自分の名前を呼ばれたバルは、声が聞こえるように顔をエキュゼに近づける。
エキュゼは目を瞑って地べたに横たわっていて、まるで病人か死ぬ直前のポケモンに見えるため、さすがにバルも心配になってくる。
「あの……さっき……」
「さっき?」
「゙火炎放射゙……使えるんだったらどうして……どうしてさっきわざわざ私を空中に放り出したんですか……」
「?」
「使えるんだったら……私を使わなくても普通にバルさんの゙火炎放射゙で突破すればよかったんじゃないかなって………」
「………」
返答がない。「え、まさか」とは薄々思っていたエキュゼだったが、不安なので一応聞いてみた。
「まさかとは思いますけど……忘れてた「
さて、そろそろ戦闘に向かおうか」
「えっ………」
「言わせまい」と言わんばかりの強行態勢でバルが言葉を遮る。バルらしからぬ行動に当然のことエキュゼは驚いた。
「え、あ……えっと……」
「お前は疲れているだろうからここで休んでるといい。私は行く」
気遣いなのか、はたまたただの逃げるための捨て台詞的なアレか。おそらく後者の方が濃厚だと思うが、今はそれよりも思うことがあった。
「あ……ははは……。バルさんってあんな逃げ方するんだー……あはは」
『戦場へ向かった』バルの後ろ姿を見ながら、エキュゼは感情のこもってない笑い方をした。
ギルド防衛線 西側
セバスチャンは戦闘を忘れ、海とその水面に映る月をただじっと見つめていた。
この美しい光景が文化の存在しない時代から続いてきたのだと考えると星の神秘のようなものを考えた。昔のポケモン達が見たこの光景を今自分が見ている。そして、来世、そのまた先に至っても永遠に同じ光が続き、様々なポケモン達が色々な思いを抱えるのだろう。そう考えると、自然というものは時すらも超越、凌駕するのではないだろうか。
そんなことを考えている最中、彼はふと今起きている戦闘を思い出した。本当はずっと海を方を向きながら物思いにふけっていたかったのだが、彼は先ほどまで考えていたことと今回の戦闘に共通するような、何か関連するものがあると考えた。
そしてついにそれがわかった。きっとそれは生き様だろう。
自然は時の流れに乗って繁栄と衰退を繰り返していく。それが自然なので、当然ながら『自然の調和は保たれている』ことになる。
だがポケモンのような文化や欲望のある生物は人為的にそれらの調和を破壊していく。愚かしく醜い欲望のために争い、血を流す。一度は衰退するものの、ポケモン達は過ちに気付き、反省し、再び繁栄をスタートさせる。だがそれも束の間の話で、彼らは過ちを繰り返す。どこかの文献によれば『ニンゲン』という生物も同じだという。
どちらも起きてる事象のみを見れば同じように見えるが、その過程を見ればどちらが優秀かは一目瞭然だろう。美しくも調和を維持し続けた自然、醜いながらも絶滅を避け続けた文化。
ああ、どうしてこうもポケモン達は自然のように美しくなれないのだろうか。セバスチャンは失望した。争いや文化の発展の先には闇しか生まれないというのに。
たとえ自分のこの考えを沢山のポケモンと共有しようが、同じ思想を持ったポケモンが現れようが、ポケモンの本質が変わらない限りはどうしようもない。否、ポケモンとして生まれた以上、こればかりは仕方ないとしか言いようがない。
だが、セバスチャンはそれを認めたくなかった。本当にどうしようもないことなのだが、彼の心がそれを拒んだのだ。
少しでも、少しでも美しく生きるために自分たちが貢献出来ることが何かあるだろうか。セバスチャンは記憶を辿り、どんなに微力でもヒントがあるか探した。そしてその中から一筋の光を見つけた。
一年前のある日、探検隊の仕事が休みなのをいいことに、暇つぶしにやや大きめの書店に行った。何か具体的にほしいものがあったわけではないのだが、まあたまにはこういった場所でゆっくり過ごすのも良いかと思ったからである。
青年向けの漫画のコーナーでお試し冊子を読んでいると、一冊の目を引くようなお試し冊子があった。それを手に取って読んでみると、とてつもなく斬新な戦争漫画で、そのテーマの内容は、
『女性の胸が世界を救う』といったものだった。一体何が何だかわからなかったが、次々にページをめくるとその根拠があった。それは
「武器を持ったり、技を放ったりする手を胸を揉む手にすれば、戦争は終結する」という根拠で、当時は馬鹿馬鹿しくて読んでいるのも恥ずかしかったが、今なら一理ある根拠だと考えられる。
ある国には盗難を起こすと手首を切り落とすという法律のある国が存在するらしい。手がなければ犯罪を起こすのは容易ではない。しかし、それでも世界中には裏で大きな陰謀が渦巻いており、どこかで必ずポケモンの欲望が犯罪を作っているのだ。
だが、この漫画の場合はそれらの煩悩を逆手に取った平和論であり、ポケモンが欲望のままに動けば世界が平和へと進んでいくというもの。これほど画期的で称賛されるべき方法を考えた作者は、
世間的にも社会的にも批判され、生涯軽蔑され続けるような救いようのない程の稀代の変態なのだろう。
希望の光がどんな形であれ、彼はこの方法がこの穢れきった文化を救済する唯一の手段だと考えた。
そう、形なんてどうだっていいんだ。元から汚れきったこの世界なら多少の批判なんて痛くも怖くもない。
これが俺達に出来る『美しい世界』のための―――希望なんだ―――
はっ、と自分の世界から抜け出したセバスチャン。一向に来ない敵をずっと待っているのが退屈だったからか、つい脳内で平和論を考えてしまっていた。
だが、彼はこの時間を無駄にしたくなかった。この決意を揺るぎないものにするために、彼は決意を口に出した。
「揉みたい……」 唐突に彼の口から出た言葉に周りはドン引きせざるを得なかった。
ギルド防衛線 北側
北側は相も変わらず乱戦中だった。先ほど囲まれてしまった際に陣形が大きく崩されてしまったからである。
さらに、乱戦をいいことにあらぬ方向から攻撃が飛んでくることもしばしばあった。これはお互いに同じ状況なのだが、『デンタル・バッテリー作戦』が実行できない今、数で負けている防衛側の方が圧倒的に敗色が濃かった。
「゙原始の力゙!」
「チッ……゙エナジーボール゙!」
陣が乱れるまでは裏でずっと休んでいたアベルも、今はオムスターと絶賛交戦中である。相性的には化石ポケモン全般に勝っているため、貴重な戦力になっている。
「゙マッドショッド!」
「んなもん……エナジ…うおッ!?」
だが、そんなアベルもやはりあらぬ方向からの奇襲には弱かった。弱いというか、対応が困難だからだろう。
背後から飛んできだ水の波動゙により視界がぐらつき、さらに追撃の゙マッドショッドをモロに受けてしまい、アベルは膝をついた。
「ふざけ……やがっ……!」
立ち上がろうとするアベルに容赦なぐジャイロボール゙が頭部に直撃する。思い切り倒され、頭を勢いよく地面にぶつけた。
(もう面倒だ。とりあえずここで死んだふりでもしてればなにがどうあれ何もせずに済むだろう)
身体的なダメージが大きいのが一番の理由なのだろうが、そもそもがめんどくさがりなアベルに戦闘を継続する気力などあるはずもなかった。
もう動こうだなんて思わなかった。自分さえよければ他がどんなに努力しようと、たとえ自分の分まで頑張ろうと関係なかった。
ふと目を開けるとそこには苦戦を強いられながらも諦めずに立ち上がり、攻撃を続ける者、二対一でも二つの技を相殺しようとしてる者。
改めて戦況を見てみると、やはり自分以外のポケモン達が頑張っていた。そして「ああ、俺はクズなんだな」と心の中で自身を嘲笑った。だが、どこかでそのままでもいいや、とも思っていた。
アベルはやや遠くで戦っているディメロを見た。来るものを全て力で叩きのめすディメロを見ていると、あの無尽蔵の体力はどこから来てるのかと思った。怒りや本能が原動力と考えると少し滑稽に思えた。
ディメロは突撃してきたプテラを゙雷パンヂで撃ち落とすと、どういうわけか倒れているアベルの方を見て、
「!!」 笑った。それも馬鹿にするように。
―――なぜ? どうしてあんな馬鹿に笑われる必要がある? どうして―――――
俺が戦ってないから? 死んだふりをしているから? ああ、なぜなぜなぜ―――
疑問と同時に苛立ちや怒りがこみあげてくる。そしてアベルは自然と起き上がり、無意識のうちに両腕に゙リーフブレード゙を構えていた。
そして一言。
「めんどくせぇえええええ!!」 アベルは自分の本心を叫び、先ほど自分を攻撃してきたオムスターにかかっていく。
ディメロのことを心の中で馬鹿にしたアベルが取るべき行動とは思えない。よく考えれば、これこそディメロより馬鹿らしいものだが、今のアベルにはそう冷静に考えられるほど余裕などなかった。
ディメロの原動力が怒りならば、アベルの原動力は屈辱感だろう。
考えなしに飛びかかったアベルの行動はやはり軽率だった。視界外から飛んできだ冷凍ビーム゙に気付かず、アベルの右腕に直撃、凍り付いた。
が、アベルは右腕に思い切り力を込め、かろうじて右ひじの凍り付いた部分のみを強引に砕くことができた。
奇襲を破り、一時優勢に見えたが、前方のオムスターの口からはハイドロポンプが発射され、これまた安心できる状況ではなくなった。
「だるい! めんどい!」
ただただ面倒くさいからなのかは不明だが、激流に対し怯む様子も見せず、さらには避ける様子もなく、真っ直ぐ゙ハイドロポンプ゙に向かって走っていくアベル。いくら水タイプの技とはいえ、高火力として名高い激流の水流を受ければただでは済まないはず。ただ、今のアベルにそれがわかっているのかはわからない。
「……ッ!!」
アベルは凍ってない左腕の゙リーフブレード゙を顔の前に掲げ、激流を真っ二つに断っていく。だが、さすがの威力に走る速度が遅くなり、押し返されそうになる。
しかし、ブレードが突然巨大化し、アベルの押し返す力も大きくなる。体力が少なくなったため、キモリの特性である『新緑』が発動したのだ。
「くっ……
うおおぉおおらあああああ!!」
「!」
ついに水流を全て断ち切り、無防備なオムスターの前にアベルが立ちはだかる。驚いたオムスターは咄嗟に口元に゙冷凍ビーム゙を溜め込み発射しようとするが、それより速くアベルが先ほどの゙冷凍ビーム゙で凍り付いた右腕の゙リーフブレード゙をトンファーの如くオムスターの頭部に叩き付け、見事に気絶させた。
「つ ぎ は お ま え だ」「!?!?」
アベルが凄まじい目つきでゆっくりと後ろを振り返った先には、アベルの右腕を凍らせた本人、オムナイトが今度は表情を凍らせて震えていた。
だが逃げられないとわかった以上、覚悟を決めでジャイロボール゙でジャンプしながらアベルに向かって突撃する。
「゙ウマカガミ゙」
オムナイトの゙ジャイロボール゙が直撃する寸前で、アベルは一瞬で屈んで避けた。
「アベルに攻撃が当たらなかった」、まではまだよかったのだが、次に当たった相手が問題だった。
「ってーな………
ぁあ?」
そこには怒りの形相でこちらを睨み付けるクリムガン、ディメロが偶然にも待ち伏せていたのだ。
そして背景には積み重なった骸の山が……
ギルド防衛線 東側
敵軍の『合唱団』ことオンバーン達に、目には目を歯には歯をといった具合で、音波に対して大声で返すという荒業で対抗した東側。だが、先ほど一時退いた敵軍が再びかかってきたため、東側は依然として激しい戦闘を繰り広げていた。ハゲだけに。
「だあぁぁぁぁぁあああーーーーーーー!! いつまでくんだコンチクショー! いぃーーーかげんしつけーぞーーーーー!!」
そのハゲ、フォシルも流石に疲れてきたのか、前ほど好戦的な様子は見られない。それでも敵軍を一匹一匹確実に処理出来るところはお見事としか言いようがない。
戦闘の継続が可能とはいえ、疲労して体力が残り少なくなっているのも事実。おそらく東側で最強の戦力を誇るフォシルには一度休んでもらうのが得策だと思われるが、
「このハゲ王子……コイツの体力は底な……ぐぼぉふ!」
「ハゲって言うなテメー! 元々こういう種族なんだよ!」
敵の余計な一言が火に油を注ぐこととなり、体力と反比例するかのようにどんどんと怒りのボルテージが上がっていった。
「そうだぞ! あんまり若ハゲを指摘されると割と傷付くんだぞ!」
「おい、フォローになってねーんだけど」 先輩の経験談からの擁護のつもりだったのかもしれないが、いずれにせよクレーンの言葉はフォシルにとって迷惑以外のなにものでもなかった。疲弊している今ならなおのこと。
(チッ……いくら作戦が通っても、消耗戦じゃこっちが不利ってことか……)
いくら倒しても終わりの見えないこの戦いにフォシルは肉体的にも精神的にも参っていた。敵数が多くてもこの作戦なら理論上可能ではあったが、その数があまりにも多すぎた。フォシルは「無謀だったか」と後悔すらもしていた。
それでもフォシルは息を切らしながらも戦い続けた。作戦の立案者である以上、責務は負わなければならないというのもあったが、それ以上にかつての自国と同じ運命になってほしくないという強い想いと決意があったからだ。
「フォシル! オマエは一旦退け!」
「うっ……せぇえええ! オレはまだ戦えるっ……つーの!」
背負ったものの重さが、嫌でもフォシルの身体に鞭を入れる。はあ、はあ、と徐々に荒くなっていく呼吸とは逆に、負けられない気持ちがどんどんと昂ぶってゆく。クレーンの制止もまるで効かない状況。
「フォシル」
包容力のある優しい声でフォシルを呼んだのは、会話にはあまり参加していなかった親方、ルーだった。戦闘中のため、「ぁあ!?」という返事は肩越しの形となった。
「クレーンの言う通りだよ。あとはボクたちがなんとかするから!」
「ッ駄目だ! オレがやんねーと……オレがやらなきゃ、またあの時みたいに……」
ダメージを受けた時とは別の、苦痛で滲み出た声でフォシルは助けを拒んだ。
フォシルの脳裏に浮かぶのは六千五百万年前の光景。突然の襲撃に対応が遅れ、何も出来ぬまま、民が、家が、兵が、城が、父が、そして
国が。
あの時、オレが早く動けば変えられたのかもしれない。
だから、もう二度と同じ後悔はしたくなかった。死後数千万年を経てしても、その決意だけは何も変わらなかった。
頭を大きく振り上げ、足は一歩下げる。赤い瞳は標的を捉え、渾身の打撃を振り下ろした。
「あん時みてーに、なってたまるかぁーーー!!」 ターゲットにされたアバゴーラは、間一髪で″アクアジェット″を使って直撃を免れることに成功する。が、フォシルの一撃がここで終わるわけもなかった。
自身の頭さえ砕いてしまうのではないか、と思わせるほどの強い頭突きは、地面を直撃し、一瞬の振動の直後
岩石の槍として地面から突き出し、周囲の敵を一斉に吹き飛ばした。
「ハアッ、まだ、やれるぞ……来やがれ!」
「……フォシルっ!!」 親方・ルーの声。しかし、その声には先ほどのような包容力は含まれていなかった。強い口調にフォシルは思わず振り返る。
「無理して独りで戦う必要はないんだよ! ボクたち……みんながいるんだから!」
「無理なんかしてねーよ! それにオレ一人でやって
」
「一人でやってるわけじゃない」と言いかけて、言葉を詰まらせた。今に至るまでの自身の行いを思い返す。
会敵前、親方の部屋で作戦の会議。即興で考えた作戦を採用。
ギルド地下二階、戦力の収集及び作戦『デンタル・バッテリー』の説明。工作の指示。
作戦開始時、作らせた谷で半数の敵を撃退。事前説明は……無し。
一人だ。
協力を前提として組み立てられた作戦だが、指示も、戦闘も、この作戦自体も。自分を中心に周りを動かしているだけ。
いや、壁作りやオンバーンの撃退、現に行われている戦闘だって
否、それは協力ではなく、自分の手足として彼らに指示をしただけだ。
だからなんだってんだ。
今必要なのは友情とか、そういうものじゃない。かつてのクレテイシャス国と同じ結末を歩ませないこと、これだけが一番重要な
。
「ワタシからも言わせてもらうと……あー、フォシル、オマエは抱え込み過ぎだ」
「何か裏事情があるみたいだけど……でもホラ、周りを見て!」
「周り……」
言われるがままに、後ろで待機しているポケモンたちを見やる。あるポケモンは「なんだ」といった様子で目線を向け、また別ではこちらに気付き、手を振る者。「ウチもおるでー!」と自己主張をしてくるポケモンも。
ふと、急にフォシルの視界が色付く。元々目に異常があるわけでもないのに、どうしてかこの瞬間だけは一匹一匹の輪郭がハッキリと写っているように見えたのだ。
「キミは独りじゃないんだよ。仲間が、友達が、キミをきっと助けてくれる」
ああ、そうか。この親方は全部『おみとおし』だったわけだ。
オレが抱え込んでることも、周りが見えていないことも。
「無理すんなよーーー!」
「ワタシたちも戦えますわーーー!」
「そう簡単にやられやしねえよォ。グヘヘ」
自分の耳に届いた暖かい声援はどこか懐かしくて。
フォシルはほんの少しの間だけ目を閉じて軽く深呼吸をした後、キッと瞼を開き、無邪気に笑みを作った。
「……へっ、悪りーな! おかげで目も覚めたし、安心して背中もオメーらに預けられる」
「だが!」とフォシルは続けて話す。その否定に先ほどまでの苛立ちは残っていない。
「体力的にはまだ問題ねー! やばくなったら退くから心配すんな!」
決意を新たに戦線へ戻ったフォシルは、″ストーンエッジ″の隙間を掻い潜ってきたアノプスに、出会い頭の″アイアンヘッド″をぶちかます。
その直後、遠方から重低音が響きわたる。まるで災禍の到来を伝えるような、不安を呼ぶ低音。東側防衛線のポケモンたちは表情を強張らせた。
「な……なんだ? この音は……」
「法螺貝の音……っつーことは、まさか!?」
彼方先に見えるは、音源と思われる、兜型の法螺貝を装着したアマルルガが。その裏で、堂々たる風格を醸しだす大柄なトリデプスがさらに多くの兵を連れて、今まさに侵攻を開始しようと乗り出していた。
「王ぉぉぉぉ子よ! 貴様の快進撃もこれまでじゃ! 大将戦じゃあ、出ろお!!」 マーストリヒ国王・ルド。
法螺貝など不要かと思わせられる程の大声。まさしく王の貫禄と言ったところか。
敵軍の長が直々に出撃してきたと聞き、フォシルの後ろが騒然とする。しかし、そんなこと知ったこっちゃないという様子で、フォシルはルドに呼びかける。
「じゃーまずコイツらどかせーーー!」「断る! 自力で向かえ!」 前方に群がる軍をどけるように言うも、きっぱりと言語道断される。聞く耳持たず。
フォシルは、「あーやっぱりな」と頭をかきながら呟いた。流れが理解出来ていない様子のクレーンは、ルドの思惑を知るためにフォシルへ尋ねる。
「フォシル、これはどういうことだ?」
「そーだな……多分ヤツはここから離したいんだろーな、オレを」
つまり、フォシルの予想としてはこうだ。
初めは数で圧倒的に上回っている以上敗北はありえないと踏み、スタンダードな囲み作戦でギルドを攻めたのだが、最も多く兵を出した東側のみがある障壁によって大打撃を受ける羽目になった。その障壁こそが、このフォシル・クレテイシャス。
大将戦を名目にフォシルを防衛線から遠ざけ、最高戦力が消えたところを一気に叩く。あわよくばフォシルもルド自身の手で討ち取る。だいたいこんなところだろうか。
もっとも作戦とは別に、「王子だけは自分の手で討ちたい」というプライドがルドにあったことは、フォシルたちは最後まで知る由もなかった訳だが。
しかし、この作戦にはいくつかの欠陥が存在していた。フォシルがルドの要求に答えず、陣形を保ったままで戦闘を続行した場合。そうなってしまえば、そもそも作戦自体が発動しない。
そしてもう一つ。大将戦にて、ルド自身が敗北すること。マーストリヒ軍は国王のルドを中心に動く軍隊。したがって、その中核が討たれたとなれば、戦闘を継続する理由も失うのだ。戦意喪失は敗退を意味する。
それらの要因を踏まえた上でフォシルが出す決断は
。
「……決めた。決着をつけに行く」
「それはワタシたちに背中を預ける……って解釈で間違ってないね?」
「たりめーだ!」
もはや考える暇も必要もなかったのだろうか。速攻で決めた答えに、迷いは見えなかった。
「やいルド! テメーの誘いに乗ってやらー! 覚悟しとけッ!!」「虚勢もそこまでじゃあ! 親子共々、冥土に送ってやろう!」 不意の襲撃により始まった戦は、真っ向からの決着により幕を閉じようとしていた。