第18話 遺跡への招待状
「zzz……んあ?」
気が付けば、ネイトは灰色の殺風景な空間に来ていた。
だが、雰囲気を察してか、ここが夢の中であることは容易に理解できた。
前、横、後ろ。上、下のない世界。
『お……やっと起きたか』
「んあい? あ……その声は……」
寝ぼけていた(夢の中だから当然なのだが)ネイトはボケーっとした声を出したが、その声が誰のものなのかを思い出し、意識がはっとする。
しかし、声の主がどこにも見当たらなかった。それに、声がどこから聞こえてきてるかもはっきりしない。
『ったくよぉ、昨日は散々俺のことをこき使ってくれたな。クソが、なんも変わっちゃいねぇ』
「な、なんか知らないけどゴメン……」
『声』は『知らねぇだぁ?』とネイトを馬鹿にするような口調で答えてきたが、『フン』と鼻を鳴らすと、会話は終わってしまった。
『声』に対し、ネイトは昨日一番気にかかっていたことを聞く。
「あ、あのさあ……」
『ぁあ?』
いかにも不機嫌そうに、ネイトに対して反応する。
「その、昨日の事件のことなんだけど……君が犯人、なんてことはないだろうね? 僕の体を使って変なことをしたりとか……」
『しねぇよ! する意味もねぇよ! つーか、俺のことなんだと思ってやがる……』
相変わらず荒々しい口調で答えてきたが、その答えにネイトは安心した。自分は犯人ではない、自分は何もやってないんだ、そう思った。
「ほ……そっか。あ〜よかった」
『なーにが、よかった、だ。ボケェ。長い付き合いだしよ、冗談でもこんなこと考えねぇっつーの』
「ふーん………?」
ネイトには『長い付き合い』の意味がわからなかった。話しができるようになってからはさほど時間が経ってないはず。
ネイトは『声』に尋ねてみた。
「あのさあ……」
『ん?』
「ところで君は……誰?」
『………あ?』
『声』は少し間をあけ、頓狂な声で反応した。
「起きろぉーーーー! ぉおおぉおオオぉおおーーー♪ あーーさーーだーーぞーー!」
「なぜ地味に歌ってたし」
朝。ストリームの部屋にギガの歌ご……大声が響く。この声を聞いてエキュゼが目覚める。
が、珍しくネイトが起きなかった。
「ネイト……? もう朝……ふわぁ〜」
「朝だよ」と声をかけようとしたエキュゼだったが、ネイトがすやすやと寝ているのを見てか、起こす前に欠伸が出てしまった。
「起こす側がそれじゃ、説得力無いだろう」
「ご、ゴメン……」
「ふぅ……おいネイト、起きろ」
アベルはネイトを強く揺さぶってみる。が、
「zzz……
んゴォーーーッ」
「「……………。」」
出たのは寝息、ついでにいびきだけだった。これに若干腹を立てたアベルは、
「………エキュゼ、゛火の粉゛。あ、大文字でも構わない」
「大文字は駄目でしょ……ふうーーーっ!」
エキュゼは未だ眠っているネイトの顔に゛火の粉゛を吹き始めた。火力が強ければ゛火炎放射゛になりそうだ。
ネイトの頭(骨)が、音を立てて燃え始める。
「zzz………
んあ?」
最初は眠っていたものの、さすがに異常事態に気付き、少し寝ぼけ気味の声を出す。
そして、
「あっちゃーーーーっ!!」
「モーニングコールだ。エキュゼに感謝しろ」
「さすがにこれはひどい気が……いや、やったのは私なんだけれど……」
一応、ネイトを目覚めさせるという目的は叶ったものの、ネイトは未だ燃える頭を抱えながら暴れまくり、壁にぶつかったりしてる。
が、ここで傍観してる二匹があることに気付く。
「あ……そういえば、水は?」
「ああ、
俺も今考えていたところだ」
「え………?」
エキュゼの不安は的中。このチームの中で水を使えるポケモンはいない。つまり、消火活動ができない。
ネイトは未だ燃え続けていたが、かすれた声でこう言った。
「完☆全☆燃☆焼☆」
バタッ……
結局、焦げた匂いを嗅ぎつけたトードが、毒を吐きだして消火した……らしい。
プクリンのギルド 地下二階
「えー……今日は特に連絡事項は無し。それじゃあみんな、今日も頑張るよ♪」
「「「「「「「「おおーーーーーーーーっ!!」」」」」」」」
広場では、昨日あったことが嘘だったかのように普段通り朝礼が進められていた。クレーンの掛け声に対し、大きな声で返事をした弟子達は、いつものように持ち場へ移動する。
「あー、オマエ達、ちょっとこっちへ来なさい」
いつも通り、クレーンに呼ばれることがわかっていたストリームは「待ってました」と、言わんばかりの勢いでクレーンのもとへ向かった。
「えーっと、今日はー……ん?」
クレーンは今日のことについて話そうとしたが、ネイトの顔を見ていったん中断した。
ネイトの頭が酷いことになっていたからだ。
頭にかぶっているヘルメットには茶色い焦げ跡と、黒いヘドロがついていた。
若干涙目になっているネイトについて、クレーンが尋ねる。
「ネイト……なんだこれは」
「生ゴミ」
「いや、違うでしょ!?」
アベルが嫌々答えたが、エキュゼにツッコミを入れられてしまい、「チッ」と舌打ちする。
とりあえず、クレーンはネイト本人に尋ねてみる。
「おい、ネイト。何があった?」
「炎と毒で……しくしく」
「燃えるゴミ」
「ちょ……アベルは黙ってて!」
アベルが別の意味の毒を吐いていくが、それを必死にエキュゼが制止しようとする。
だが、クレーンは大体のことを察し、「大したことないだろう」という結論に至り、やっと本題について話し始める。
「あー……今日は、ここから東の方にある遺跡へ行ってもらう」
「ほう、何でまた」
アベルが理由を聞こうとすると、クレーンは「う」と、小さく声を漏らす。
絶対に何かあると判断したアベルはさらに問い詰める。
「なぜなんだ? おい、答えろ」
「アベルが不良にしか見えない件について」
いつの間にか、立ち直っていたネイトがアベルを「不良」と言った。が、当の本人は聞いていない。
問い詰められたクレーンは、
「わ、わかった! オマエ達の部屋で話そう!」
そう言って、クレーンはストリームの部屋へ速足で向かっていった。
「うーん……なんか、嫌な予感が」
エキュゼが影でぼやいた。
ストリームの部屋
「で、理由はなんだ」
「ああ……これなんだよ」
そう言って、クレーンが渡してきたものは小さなチケットと何か書いてある紙だった。
エキュゼがチケットを取り、アベルは紙を取って読み始めた。
「なになに……『おめでとうございます。あなたは゛古代遺跡!? ツアー券が当たるキャンペーン゛で当選しました! 是非、古代のロマンを感じつつ、何よりこのツアーを楽しんでください!』……はぁ? なんだこれ」
「うう……興味本意で応募したら当たってしまって……」
クレーンが小さい声で言った。よくよく見ると、翼には雑誌らしきものが挟まっていた。
「へー。おもしろそうだけど……クレーンが行けばいいだけの話じゃない? ルーから休暇を頂いてさ」
ネイトの意見はもっともだった。クレーンが自分の意思で応募し、それがたまたま当たったのだから、自分で行けばいいだけの話。
だが、クレーンは三匹に対し、とんでもない告白をした。
「そ、それが……応募するのに……ギルドのお金を使ってしまって……」
「「「え!?」」」
「当たらなかったらともかく、当たってしまったら……ああ」
話によれば、夜な夜な旅行雑誌を読んでいたときに、このキャンペーンについて書いてあるページを見つけてしまい、なんとなーくギルドの数百ポケと便箋を送ってしまったらしい。
「なるほどね……つまり、見つかる前に私たちに処分させよう、ということでいいの?」
「なら丁度いい。あえて行かず、弱みとして保管してやろう」
「そ、それだけはやめてくれ! そんなことしたらワタシの立場が………!」
クレーンは必死に頭を下げ、なんとしても遺跡に行ってもらおうとひたすら土下座した。ああ、無様だな、とネイトは心の中で呟いた。
土下座し続けること二分。アベルがクレーンに言い放った一言は、
「頭が高い」 しかし、ネイトが「おもしろそうだからいいよ」とかるーく許可したので、アベルとエキュゼも行かざるを得ない状態になってしまった。
交差点
「あはは〜楽しみ〜」
「「……………。」」
ネイトだけが遺跡に行くことを楽しみにしている。そう、ネイト『だけ』、だ。
二匹はというと……黙り込んでいた。というか、何も言えないのだ。
ネイト達が交差点を出ようとしたそのとき、
「お! あいつは……」
「ば、バカ! 何声かけてるんだ! 気付かれるぞ……」「ん?」
不意に後ろから声をかけられ、ネイト達は咄嗟に後ろを向いた。
そこには、オオタチとトロピウスが。
オオタチはこちらを見るなり、
「アンタ……昨日の
凶悪犯やろ?」
「
う……え、えーっと……どちら様?」
初対面で突然、見覚えのないオオタチが話しかけてきたので、とりあえずネイトは相手が誰なのかを聞く。が、オオタチは「凶悪犯に、んなこと教えられん」と返してきた。
そこにエキュゼがフォローに入る。
「ネイトは凶悪犯なんかじゃないよ! 昨日あの場にいたならわかることでしょ?」
「んー、そう言われてもなぁ……ウチら信用できん」
オオタチの言うことは正論ではあった。十七年間ポケモンを殺し続けた凶悪犯が目の前にいるかもしれないのだ。警戒するのは当然のことである。
オオタチの後ろでずっと隠れ続けてるトロピウスが「もう行くぞ」と言ったが、
「じゃあー……ネイト! 一つ聞くで!」
「ん?」
不意にオオタチがネイトに質問する。その内容は…
「アンタ、お笑いは好きか?」
「好き……だけど?」
「おっし、そんなら許す!」
「「「はぁ!?」」」
一同、唖然。
質問の内容は、何の変哲もない、「お笑いが好きか」というネイトには全く関係のない質問だった。
さらに驚いたことは、こんな大したことのない質問で誤解があっさりと解けてしまったこと。オオタチ曰く、その理由が、
「お笑い好きに悪いヤツはおらん」
「えーっと、そんな単純な理由でいいの?」
「ええのええの。あ、さっきは疑って悪かったわ。ゴメンな」
オオタチの豹変ぶりにストリームはポカーンとする。オオタチの後ろにいるトロピウスは「訳が分からない」といった様子で首を左右に振っていた。
「あ、自己紹介忘れとったわ! ウチはナガロ・ジャニコロ! で、こっちにいるのが……」
「………セバスチャン・アーセンだ。セバスとでも呼んでくれ」
オオタチはナガロ、トロピウスの方はセバスというらしい。ナガロは先ほどと同じく元気に自己紹介したが、セバスは「やれやれ」と言った感じだった。どことなく、アベルに似たようなオーラが出てる。
「僕はネイト・アクセラ! 改めてよろしく」
「アベル・ラージェンだ。以上」
「エキュゼ・ライトアーレ。とりあえずはよろしく……ね?」
ストリームの紹介が終わると、ナガロは「フムフム」といった様子で頷く。そして、
「よし! せっかくだし、『アレ』聞いてみるかぁ!」
「? 何それ?」
謎の発言にネイトは首を傾げた。セバスの方は「もう勝手にしろ」とでも言いたげな様子でため息をついた。
ナガロが『アレ』について話す。
「えーっとな? ウチらチーム組んでから丸々一年経つんやけど……未だにチーム名が決まってないんや」
「決まってないで一年間探検隊やってたの!?」
「というか、そこまでしてチーム名にこだわる理由が俺には理解できない」
エキュゼとアベルの意見に対し、ナガロは「ネーミングセンスないでんねん」と頭を掻きながら言った。
ナガロは話を続ける。
「そこで、な? なんべんも色んな探検隊に意見聞いとるんやけど……しっくりできへんものばかりでな……自分、お笑い好きなんやろ? なんかええ名前ないか?」
「え…ええ〜……僕が考えるの?」
うーん、そう唸りながら、ネイトはナガロ達のチーム名を考える。
一分経過。さすがに思いつかないのでは、と思ったナガロは「思いつかんかったら別にええで」とネイトに言ったが、ネイトは未だに唸っている。
「うーん……あ、今までナガロ達はチーム名なしで探検隊やってきたんだよね?」
「せや」
「うーん、だったらさ、『
ナナシ』っていうのはどう?」
ああ、駄目だな。アベルはそう思っていたが、ナガロの反応は、
「ナッハッハッハッハッハ!!」 突然、大声で変な笑いをし始め、腹を抱えて地面を転がり始めた。
たまたま交差点を通りかかったポケモンが「なんだコイツ」と呟いていたが、今のナガロにそんな言葉は聞こえない。
笑いが収まってきたころ、ナガロはネイトの肩を叩きながらこう言った。
「ナハッ、気にいったわ! 自分、中々センスあるで…ナハハハハ! あー笑い死にしそう」
これを見たネイト達は、ナガロは笑いの沸点が低いことを知ってしまった。後ろでは、半ば呆れたセバスが恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「ナハハ……よし、セバスちゃん! チーム名登録しに行くで!」
「だーれがセバスちゃ…イテテテテ! アゴ引っ張るな!
アーーーゴーーー!!」
ナガロはセバスの台詞通り、顎の果実を引っ張ってギルドへと走って行った。
「……………。」
「……………。」
「……………。」
まるで見てはいけないものを見てしまったかのように固まるストリーム。無論、見てはいけないというわけではなかったのだが、なんか色々ありすぎて感想が一言も出てこない。
結局、彼らは本当に『ナナシ』という名前で登録しにいったのだろうか。そもそも、本当に彼らは探検隊なのだろうか。色々な疑問が頭に残っていたが、
「……行こ? 遺跡行かなきゃいけないじゃん」
ネイトの一言で、ストリームは東へと向かっていった……。
遺跡への道
「……地味に遠い。まだか、ネイト」
「うーん……ここから半径27キロぐらいの範囲にはあると思う」
「もう少し縮めてよ……」
クレーンに教えてもらった場所は、「リンゴの森」……の、近くにある山。この山の麓で遺跡が発見、否、発掘されたらしい。
そもそも、「リンゴの森」自体、ストリームは行ったことがないので、目印になるようなものが何なのかわからない。正直に言ってしまえば、今、どこを歩いてるのか詳しくはわからない。
わかることと言えば、あまり周りに草木が生えてないことぐらいだろうか。
「焦らない、焦らない」
「黙れ」
アベルの言葉を無視し、ネイトは持っていた地図を乱暴に骨の中に……ではなく、珍しくバッグの中に入れようとした。
が、そこに何かが入ってるのを見つけた。
「ん? 何これ」
そう言ってネイトが取りだしたものは、CDのようなものだった。それも、輝きのない、黒い色をしたものだ。
「あ……そういえばネイトにはまだ言ってなかったね」
「昨日、お前がいない間、少し買い物をさせてもらった」
「へー……僕がいない間、本当にいろんな事するね、君達。で、これは何?」
それに対し、アベルは「そんなことも知らないのかググれカス」と早口で言ったが、ネイトはずっとCDのようなものを観察していて先に進めないので、アベルは渋々、といった様子で『技マシン』の説明をし始めた。
「これは『技マシン』。詳しくはググれカス。以上」
「厳しすぎるご教授ありがとうございました。全然わかりません」
それに対し、アベルは「めんどうくさい」と言って、説明しなくなった。
が、代わりにエキュゼが技マシンについて簡単に説明をした。
「………へー。まあ、要は技を覚えさせる装置みたいなもの、でいいのかな」
「そんなところ……かな? 一度使うと使えなくなるの。この黒い技マシンは使えなくなっちゃった、いわゆる『残骸』みたいなものね」
「残骸? じゃあ、使う前は?」
「『影分身』と『大文字』……あと、『エナジーボール』に『アイアンテール』……だったかな?」
エキュゼは技マシンの名前を大量に出していくが、ネイトはさっぱりといった様子で首を傾げた。
一通り技マシンの説明が終わったところで、ネイトがあることに気付く。
「あれ? それらはもう、使い終わったやつなんだよね?」
「その通りだ。俺が全て使わせてもらった」
「アベル!?」
焦りまくるネイトのツッコミに対し、アベルは「冗談だ」と言ってネイトを安心させる。これら全てがアベルのために買われ、アベルのために使われてしまったらエキュゼがかわいそうだ。
「俺は『影分身』と『エナジーボール』」
「私は『大文字』と『アイアンテール』。あ、大文字はレベルアップでも覚えるみたいだけど……いいよね?」
「いいよね」という言葉に対する返答よりも先に、ネイトは自分が一番聞きたかったことを聞いた。それは……
「ぼ、僕の分は?」
「「ない」」 ネイトは遺跡に着くまで、終始無言だったとか。
名前不明の遺跡
「こ、ここが……」
「というか、ポケモン多すぎるだろ、ここ。どれだけ当選したんだ」
「こ、古代のロマンを感じるぅっ!」
ネイトが無言になってから七分後、チーム・ストリームはようやく遺跡に到着した。
皆がイメージしていたものとはやや違い、入口が半端でなくデカかった。地上から八メートルから九メートルぐらいのところに天井がある。幅は五から六メートルぐらい。
さらに驚いたことは、ポケモンの数が尋常でないということ。入口をざっと見ただけでも八十匹はいた。うるさくてまともに会話するのが難しいくらいだ。
それを見たネイト達は、やはり驚いているようだった。
「あ! あの人が案内人の人かな? 早く行こー!」
「チッ……まためんどうなものが……」
これを見て興奮が抑えきれないネイト。受付と思われるドンカラスにチケットを渡しに行く。
それを見たアベルも舌打ちしながらも着いていく。エキュゼは静かに笑いながらアベルに着いていく。まるで保護者のようだ。
「おじさーん! チケット!」
「本日はこの遺跡にお越しいただき、まことにありがとうございます。チケットを御拝け……
あーーーーー!! お前は!」
受付のドンカラスは、ネイトの顔を見るなり、突然叫んだ。
ネイトの方もドンカラスの方を見て、
「
あーーーーー!! あの時のジャパネット!」
「ジャパネットじゃない! セントラルだ!」
そう、このドンカラスはネイト達が滝壺の洞窟へ調査に行った際、一番奥で会った極弱ドンカラス、セントラル竹田だった。
が、今はバイト中……らしい。
「ほう……? 『世界に名を轟かせるお尋ね者』が何をやってるんだ?」
「こ、ここで言うなぁっ! ばれたら俺様お世辞抜きで逮捕されちゃうっ」
アベルの強烈な毒舌より、自分がお尋ね者になることをばらされる方が嫌だったらしい。が、まだ彼は俺様口調だ。
「あれ? これ……」
エキュゼがセントラルの首にぶら下がっているネームプレートを指差して言った。そこには、
゛トキツカゼ・タケダ゛「あ………?」
ばっちり、名前が書いてあった。しかもフルネームで。
「トキツカゼ……時津風! セントラルよりこっちの方がかっこいいじゃん!」
「だだっ、黙れ! お尋ね者やるからにはなんか別の名前がいるだろ!」
「いずれにせよ、すぐ逮捕されそうだし関係なさそうだがな」
これに対しては、セントラルは反論しなかった。おそらく、八割ぐらいは認めてしまったということだろう。
「と、とにかくっ、お前ら客だろ! さっさと見ていらっしゃいなぁぁぁああ!!」
目尻に涙を浮かべ、自分のプライドをズタボロにされた悔しさをぶつけるように翼をバタバタさせる。それがあまりにも滑稽だったので、ネイト達はクスッ、と笑った。
「さっさと……行きやがってくださいなあああぁぁぁあああっっ!!」
名前不明の遺跡 最深部
「うはww 熱気パネェwww」
「黙れネイト」
ネイトの言うとおり、最深部は熱気でいっぱいいっぱいだった。無論、その原因はここに集まっている観光客達である。
「あれは……何かしら?」
「光」
「いや、間違ってはない……と思うけどさぁ……」
最深部の真ん中からは光が出ていて、それが天井に映し出され、ユラユラと揺れている。神秘的だった。
エキュゼはこの光に興味を持ったらしい。が、その光を囲むように観光客が集まっている。見るにも見れない。
どうしようか、そう考えていたときだった。
「あ! あなた達、お久しぶりです〜」
「あ……貴方は……」
「不遇すぎるだろ、俺達」
そこに現れたのはリュックを背負ったミネズミ。独特な話し方や敬語を使っている部分、「お久しぶり」の台詞を聞いて、アベルとエキュゼは、彼が誰なのか瞬時に理解できた。
「え、えーっとぉ……久しぶり。グレイさん……」
「名前も呼びたくない」
「あ〜〜! そんなこと言ったらギルドに通報……「悪かった。俺が悪かったです」
以前とまったく様子が変わってない。ネイトを除く二匹は、早くも苛立ちを見せていた。
唯一彼のことを知らないネイトは、不思議そうに尋ねてみる。
「んと、このポケモン誰?」
「あ、申し遅れました〜。僕、ミネズミのグレイといいます。初めまして〜」
「ふーん……? 誰なの?」
「えーっと、ネイトが見張り番をやってたときに会ったの」
「本当に僕がいない間色々しますね君達は」
この説明でグレイのことをなんとなーくだが理解したネイト。だが、アベルとエキュゼが彼に対して好印象を持っていないことには気づいていないらしい。
「あなたがネイトさんですか? リーダーやってるみたいじゃないですか〜。すごいですね〜〜」
「本当? エヘヘ……」
「本当です! 探検行くのにリーダー不在だなんて、リーダー失格にもほどがありますから〜〜」
「僕、コイツ嫌い!」「………で? 結局何しに俺達のところに来たんだ? 用が済んだならすぐ失せろ」
「そんなこと言っちゃうと〜ギ「すみませんでした俺が悪かったです許してください」
相変わらず、アベルVSグレイの攻防戦が続く。なんだこれは。
やがて、グレイは本題を話しだす。
「いや〜あなた達、ここを見たいんですよね? だったら、観光客が少なくなるまで、ちょっとここについての雑談を、と思いまして〜」
「あ……私、ちょっと興味あるかも……」
「僕も! なんか聞きたーい!」
「……二人が同意するなら、俺もすざるを得ない」
アベルのみ嫌々だったが、観光客が減り、あの発光体が見えるまでここで時間を潰すのも悪くないか。そう思い、グレイの話を聞くことにした。
「みんな聞くんですね〜。わかりました〜。
まず、この遺跡についてですが、正式な名称はまだわかってないとのことです〜。ま、そのうちわかるでしょうけどね〜。
この遺跡は大体、約六千万年前ぐらいにできたそうです。風化しすぎて、遺跡かどうかも実は定かではないんですよ〜。
それで、この部屋の真ん中にある泉なんですが、これがまた、興味を引くようなものでありましてですね〜。本当におもしろいんですよ?
この光り輝く泉に、この遺跡の第一発見者が『石ころ』を投げたそうなんです。ここまでは普通ですよね? 普通です。で、次からがおもしろいんですよ〜。
石ころを投げた直後に、なんと! 宝石が泉から飛び出してきたみたいなんですよ〜! すごくないですか? けれど、次がまた不思議でしてー。
それを聞いた他のポケモン達がどうやら、たくさん石を投げたっぽいんですよ〜。しかし、出てきたのは石ころばかりで、なにも出てこなかったって人もいたみたいなんです。おもしろくないですか!?
結局、得体の知れない泉のため、ロープで囲んで、観光客が誤って入らないようにしてるみたいですが、物を投げ込むのはOKらしいです。これまた滑稽な話ですよね〜。あ、ちなみに僕も石ころを二つほど投げ込みました! けれど、宝石はおろか、石さえも帰ってこなかったです……。ポケモンの種類とか、投げ方の問題ではなさそうです。う〜ん。
まあ、そんなところです。よかったらあなた方も……
って、なんで寝てるんですか〜」
「長い」
「子守唄みたい……をを、眠気が……」
「ふーん……」
結局、このクソ長い話を最後までまともに聞いていたのはエキュゼのみ。そのエキュゼでさえ、あまり理解できていないような反応をしている。
そんなこんなで時間を潰し、やがて観光客も少なくなってきた。その間、まさに一時間三十六分。
グレイは腕時計をちらりと見る。見るからに高級そうなその時計は、どういうわけかグレイによく似合っていた。
「あ、もうこんな時間になっていたんですね。それじゃあ……少し残念ですが、僕はそろそろ帰るんで〜」
「むしろ帰ってく「ギルドにつ「悪かった。すみませんでした」
相変わらずこの二匹は、どうにも仲が悪いようだ。
そんなやり取りを二回ほど繰り返し、グレイは遺跡を出ていった。
……その後、陰でアベルが「……死ね」と言ったのは内緒である。
「うわあ……すごい神秘的……!」
観光客もほとんどいなくなり、ストリームは光る泉を超近距離で見にいく。
水は透き通っているものの、まったく底が見えない。深いのだろうか。
エキュゼはその光景に釘づけで、背中を押せば泉に落ちてしまいそうなほどロープに寄りかかっている。
「くだらない」とでも言いたげに肘をロープにつけているアベルは、
「……早く帰らせてくれ。めんどうだ」
「んー、もうちょっと」
「エキュゼに反対www されてるwwww」
「ちょうどいい。エキュゼ、こいつを新技練習用の的にしよう」
「んー、好きにして……」
「えええ!? ちょ」
周りの様子などどうでもいいといった様子で、エキュゼは未だ泉を見続けている。
アベルは「解した」と一言、そして、手に緑色のエネルギーを溜め、球状になった『それ』をネイトに撃った。゛エナジーボール゛である。
エナジーボールがネイトの腹部に直撃。ネイトは、「ほげほげほげー!」と叫びながら吹き飛ぶ。効果は抜群だ。
アベルの「いい感じだ」という発言は、二匹の耳には入ってなかった。つまらないとでも思ったのか、アベルはエキュゼの近くに行き、話しかけた。
「そんなに楽しいか? それ」
「うん……なんか……魅入られる何かを感じる……気がする」
泉を見続けている理由は以外にも曖昧だった。
確かに水はきれいなのだが、言ってしまえば、それ以外は特徴らしい特徴はなかった。
見続けている理由が曖昧だということがわかったアベルはため息をつき、
「……わかった。ここに石を投げ、何も出なかったら帰ろう。さっきあの鼠が言ってただろう」
「あ、宝石が出てきた……だっけ」
「そうだ。さて、石は……ん?」
アベルは手ごろな石を探そうとしたのに、ネイトの方に目がいった。なぜなら……
化石を、持っていたから。
「ちょうどいい。ネイト、それをよこせ」
「え〜……これさあ、一応お礼の品なんでしょ? 話聞いてたけれど、これを投げるのは……」
と、ネイト。アベルは
「だから丁度いいんだ。これはグレイがよこしたお礼だからな」
「それってつまり……?」
「贅沢な憂さ晴らしだ」 と言って、アベルはネイトから強引に化石を奪った。
「ああー! 投げちゃ……」
ドポン! ブクブクブク……
「あ、ああ〜……」
ネイトの注意も空しく、化石はアベルによって泉に投げ込まれてしまった。突然の出来事にエキュゼは目を点にしていたが。
「何も出てこないな。よし、帰ろう」
「えー……。うん……わかった」
結局、宝石はおろか、石さえも出てこなかった。約束は約束なので、さすがにエキュゼも帰ろうとした。
二匹は残念そうに下を向いている。それぞれ落胆の理由(わけ)は違うのだが、
原因を作ったのはアベルである。 が、
ブクブク……
ゴポッ 泉からは、あまり聞きなれないような音が出ていた。
この音に反応し、ネイトが後ろを振り向く。
その瞬間、
「のわあああああああああ!!」「「「!?!?」」」
突然の悲鳴とも叫びとも区別のつかないような声とともに、何かが勢いよく泉から飛び出してきた。
さすがの異常事態にアベルとエキュゼも気づき、後ろを振り向く。
飛び出してきた何かは、
ゴッ
鈍い音とともに、地面に勢いよくめり込んだ。