ポケモン不思議のダンジョン 正義と悪のディリュージョン






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第2章 たくさんの『初めて』
第18話 滝の奥には

 適切なコミュニケーションってなんだろう、と時々思う。
 エキュゼ・ライトアーレは他者とのやり取りが苦手だ。特に会話の第一声にはそれを多々感じる。どもってしまったり、音量が小さくなってしまったりと、生まれ持った性なのか、意識的に直そうにも必ずと言っていいほどぎこちなくなる。
 正しいコミュニケーションとはなにか。
 時折頭の中でシミュレートする。仮に  相手が同ランク程度の探検隊だとしよう。朝礼を終えて、見知った顔ぶれたちと掲示板の前で落ち合ったとする。丁寧な言葉遣いなら反感もそう持たれないだろうが、欠伸の出そうな朝、荒事を稼業とするポケモンに礼節を重んじるような口調は却って耳障りになりかねない。ここの場合は軽いジョークも交えた会話にしてやれば目覚まし代わりにもなるだろう。

「アラ、随分と寝ぼすけさんね? 棒みたいに目を細めちゃってカビゴンのつもりかしら」
「へっ。『くいしんぼう』を前にしてもエキュゼは相変わらずブレねえなァ、フア〜ア……」

 EXCELLENT!!!!!

 身内はもちろんのことながら、時に会話は、敵を前にした際にも効力を発揮する。諭せば取引、惑わせば駆け引きの形を成し、それは一つの武器となる。  追い詰められたお尋ね者を相手として、しかし油断しようものならいつでも勝負が決するような、緊迫の場面を浮かべた。この状況、残念なことに言葉が味方するのは悪党の側である。王手寸前で言葉はあらゆる凶刃へと成り得、気の迷いは痛撃を生んでしまう。故に貫徹こそが最強の矛であり、盾となる。どんなハッタリが切っ先を向こうと、動揺の動の字も見せず、ただ流せばよい。

「悩まねえ足取りだ。追い詰めたつもりなんだろうな。ここまでノコノコやってきてくれて助かったぜ」
「そうねえ、鬼ごっこの鬼役もそろそろ飽きてきたから、交代してくれると助かるわ。まだまだ私を楽しませてちょうだい」
「…………チィッ! 狂人が!」

 EXCELLENT!!!!!!!!!!!!!!!




 これらのグッドコミュニケーション集を念頭に置いて思考を現実に戻そう。顔も知らない相手にアベルが言い放った第一声は「おい」である。歩み寄る気概がオレンのヘタほども残っていなかった。エキュゼが想定していた相手だって荒くれやチンピラだったというのに、実際に立ち会っているのはその大ボスのような風格のドンカラスなのだ。最も近くにいた彼女が慌てないはずもなかった。
 そして、続けざまに慌てふためいたのがもう一匹。

「のの、のおわあああ!! ななな何者だお前らぁっ!?」

 ……大ボスの風格、をかつて漂わせていた、ドンカラスその(ポケ)である。白毛と帽子を大きく揺らし、驚きのあまりはためいた翼からは黒い羽毛が暗闇でもわかるくらいに散った。
 こだました絶叫が洞窟内を駆け巡り、大水を打ったように静まり返る場。間を置いて、アベルが訝しげに目を細めた。

「……、いや何してるかって聞いただけだが」
「なな何ってなに……べ、別にそのなんかアレこの奥に財宝が眠ってるとかいう噂を嗅ぎ付けてきたけどどうやって持ち帰ろうか考えてたとかそんなのじゃないぞ!」

 全部言ってる!相手が得体の知れない不審者でなければそう口にしていただろう。エキュゼは顔に出すまでに留めた。
 ダンジョン最奥部に求めていたものとは異なる馬鹿だったが、アベルはネイトに近しい何かをこのドンカラスに覚えていた。弱いというか、多分色々と駄目なヤツなのだろうなと。見た目のギャップも相まって残念度合いでは我らがリーダーを上回っている。早々に『そういう扱い』でも問題ないと心の内で勝手に格を決めつつ、しかし言葉の節には引っかかる部分があった。  「どうやって持ち帰ろうか」?

「な、なんだその呆れた感じの目は。ハッ!? まさかおま……あのっ、ど、同業者の方ですかぁ!?」
「……『プクリンのギルド』から、直々に依頼されて調査に来た探検隊だ」
「アレ? 探検隊?」頓狂な声。
「そうです……」控えめに幼馴染の背から顔を出すエキュゼ。

 再び会話を沈黙が遮る。会話の食い違いなんて些末な問題だった。多分間違っていたのはこの邂逅自体だ。成果とロマンを求めて未踏の地へ足を踏み入れたというのに、その果てがこのドンカラスで、嗚呼、何が悲しくてガッタガタに震えた大人に新人の無害を説かなくてはならないのだろうか。
 だが、アベルたちがその身分を伝えるやいなや  子シキジカのようだった瞳がギロリと。種族相応の威厳が戻った瞬間、無意識に僅か後退った。

「フフフ……そうか、探検隊か。なら丁度良い、教えてやろう」

 折り畳まれ、鳴りを潜めていた翼の片側が悠々と開くと、その体躯は倍以上にまで大きく広がる。相手を見誤ったのだと思った。それは原始的な誇張でありながらも、確かに二匹の本能に警鐘を鳴らしていた。
 漆黒の翼が己を覆い隠すように煽られる。深く息を吸う音がした。湿り気を含んだ向かい風が肌を撫でた。これから発せられるであろう言葉はきっと友好的なものではない。目配せせずとも、アベルらは姿勢を低くして構えた。不味い、不味い予感がする。
 そして一拍置き、「俺様は  」羽先が重い音と共に空を切った。

「世界に名を轟かせるお尋ね者! ……を目指している男、その名も  『セントラル竹田』だッ!! 愚かな探検隊どもよ! 俺様の名をその身に刻むが良い!! ハハハハハ!!」

 …………。
 ……。
 思考が止まる。堂々とした笑いの残響の中、アベルとエキュゼは遅れて顔を合わせた。正面へ向き直ると無駄に長い高笑いが続いていて、二匹はもう一度互いを見合った。

「……」半開きの口のままアベル。
「……」右に同じくエキュゼ。
「……」
「え、ええっ……と……?」
「……」黄緑が静かに顔を逸らす。
「……ど、どうしよう」

 アベルは思案する。必要なのかはわからないが、ひとまずこうでもしなければ冷静を取り戻せないと思った。
 情報の整理からしよう。ヤツの目的はここにあると言われる財宝らしいが、こちらに対する反応からして、少なくとも探検隊である可能性は低い。そして、「世界に名を轟かせるお尋ね者」を目指している。……目指している、ということは未然だろうか。軽いモノなら既に数回程度は働いているのかもしれない。これはぶん殴っても良いのか? そもそもなんだ『セントラル竹田』って。名乗るにしたってなんかもっとこう……なかったのか? エキュゼがぎこちなく首を傾げてくる。「……どう……?」どう、って……どうなんだろう……。
 迷った末に当人の方へ顔を戻すも、翻すような動作で何やら色々とポーズを試しているようだった。あれだけの大翼がおもちゃみたいに振り回され、一時感じた圧は見る影もない。正体も、合理性も、悪意の有無すら判断しかねる状況だが、するべき対応だけはなんとなくわかった。アベルは腕を組んで目先の烏を睨んだ。

「おい」
「む、なんだ! 随分な挨拶だな!」決して言えた義理ではない。
「一つだけハッキリさせろ。お前の罪状は何だ」
「ざ、罪状だと! それはそのぅ、なんというか……」

 ドンカラス改めセントラル竹田(以下セントラル)は羽先を帽子頭に当ててまごついていた。ついさっきまで世界的なお尋ね者を目指すと豪語していたポケモンが、だ。話すに躊躇うような性ではないだろうに、ともすれば答えは簡単である。この男は大きく見積もっても小悪党程度でしかない。

「何者か知らんがお前が馬鹿なのはわかった」
「え、えっと、……ソ、ソレデハコノヘンデ……」
「うぐぐ……お、お前ら……!」

 憐れみの混じった目で横を通り抜けようとするアベルとエキュゼ。コミュニケーションに難のある二匹でも変人の扱いは慣れっこだった。他人の分、どこぞの元人間に比べればまだかわいいもの。
 しかし、「ちょちょちょちょっと待て!」本人がそれを許さなかった。両翼を広げて立ち塞がる。アベルは、邪魔臭いな、くらいにしか思わなかった。

「なんかよくわからないがさてはお前ら俺様のことをコケにしたな!? くそぅ、歳上は敬えって親から教わらなかったのか……あっ、おい! そんな可哀想なヤツを見るような目するな!」
「よくわかってるじゃねえか」
「だ、だってあんな名乗られ方したら敬うもなにも……」
「ええい黙れ! とりあえず大人の言うことは聞け!」

 そういう物言いが如何にも、とため息をついたが、アベルが何か返そうとするよりも先に目の前の大人は矢継ぎ早だった。

「いいか、世の中には絶対に越えられない壁がある。生まれついての種族の差だ! 攻撃力が高かったり防御力が高かったりと、それは努力で覆すことのできない定められたものなのだ」
「なんか……」「なんか始まった」困惑気味の二匹。
「そしてそれは数字という絶対的なもので表すことができる! 頭脳派の俺様が導き出した答えはこうだ! そこのキモリ! 俺様はお前より『すばやさ』が『1』高い!」
「だからなんだよ」
「お前は俺様に勝てない!!」

 ……。またしても静まる空気にアベルは横を向いた。苦笑いの目線をエキュゼが返す。多分、お互い似たようなことを考えている。
 粗暴な論拠を並べ立てているわけではないにしろ、流れ的にはきっとこの男もボロクソに負けるのだろうなと思った。新米相手に大口を叩いて敗北したお尋ね者(死闘ではあったが)の件は記憶に新しい。そもそも『すばやさ』とはなんぞや。数字がたった一つ上回ることで何か変わるのか。そういうのは対局が同程度の実力だった時に影響するものなのでは。

「お前より遅ければ誰だろうと負けるってか」
「うん……それはちょっと違う気がする」
「ち、違うのか」
「違うだろ」
「違うと思う……」
「……」
「……」
「……」
「え、ええい! こうなれば実力行使だ! 俺様が身をもって速さイコール強さを証明してやるっ!!」

 多数派の意見から沈黙の猶予で何を学んだのか。彼の出した結論は自称頭脳派とは思えない暴挙だった。
 しかし相手は腐ってもドンカラス。飛行タイプの打点はアベルにとって見過ごせるものではない。その上でセントラルの言葉を借りるのならば、未進化ポケモンで構成された『ストリーム』に対し、ヤミカラスの進化形という種族差の優位も取られている。構えないわけにはいかなかった。
 一触即発  が、「飛ばねえのかよ」「歩くんだ……」広げた翼をバッサバッサと無駄に忙しく振り、跳ねるような足取りを交互に繰り返して近付いてくる様に思わずそう零した。遅い。言ってることとやってることがとことんちぐはぐだった。
 そうして目の前にまで接近してきたセントラル。二匹が最初に警戒したのは“騙し討ち”だ。あのハチャメチャな歩行が、いやあるいは最初から全てが油断を誘うための演技だったとすればとんだ名役者である。……が、そんなことがあるはずもなく。
 ふう、と一息、足を止めてから  鶏冠の影に隠れた赤眼がぎらりと煌めき、一匹の烏が吼える!

「くらえ必殺! “ナイトヘッド”!!」

 本来なら。本来ならばここまでの隣接を許してしまったことに危機感を覚えるべきだったのだろう。その技名が叫ばれた瞬間、ハッとしたエキュゼは素早く退いて技の範囲外へと脱した。アベルは受け止めるつもりだったのか一歩も動くことはなかった。暗闇の中で薄紫が輝く。セントラルを中心とした(・・・・・・・・・・・)半球状の霊気は一瞬にしてアベルを飲み込んだ。「……!」消えゆく黄緑色の背中に小さく戦慄を覚えるエキュゼ。
 だがその直後、ゴーストタイプのエネルギーが霧散し現れたキモリは変わらぬ姿で立っていた。

「……痛くも痒くもないが?」
「あっ……? ……あっれェ〜〜〜!? なぜ効いてない!?」
「あ……そうだ、確かその技って使用者の強さ(レベル)が反映されるんじゃ……?」
「つまりこの上ない雑魚と」
「れ、レベッ……! しまったあああああ!!」

 両翼を頭にやり、小刻みに震え、セントラルは目と嘴をかっ開いて悲鳴した。己の弱さがこれ以上になく表面化してしまったのだ。なんたって受けた当人からの感想は「痛くも痒くもない」。
 しかしまあ、尊大な口調のキャラや諸々を諦めない根性というか、兎にも角にも低レベルの奇人はこの程度で折れなかった。「なにくそ、まだ終わっとらん! くらえ“ナイトヘッド”! “ナイトヘッド”! “ナイト  」動じる素振りすら見せないアベルに非力な技でひたすら畳み掛ける。(主に相手を)止めに入るべきなのだろうが、大の大人が情けなくも突貫を続ける様子にエキュゼは掛ける言葉を見出せなかった。
 やがて鬱陶しいと感じたのか、アベルは一歩前に踏み出して、なんてことのない、ただのパンチを一発セントラルの頬へ叩きつけた。「ほぎゃ!」過剰なくらいに吹っ飛ぶ。ドンカラスは倒れた。
 短い断末魔を最後に洞窟へ元の静謐が戻る。最終的な解決は暴力、終わってみれば何の時間だったのだろうとエキュゼは思った。
 殴り付けた自身の右拳を一瞥、アベルが振り返って言う。

「やっぱネイトって丈夫だったんだな」

 「丈夫というか……」言いかけて、色々と思い浮かんだが、本人のいないところで詮なきことを並べ立てても仕方がないと、エキュゼは考えることをやめた。そう、元はと言えばそのネイト本人を探しに来たのだ。最下層に来ても姿が見当たらないということは、まだ上の階に取り残されているのだろうか。




 その答えはすぐに明かされることとなる。




 仰向けで呻くセントラルを見ながらアベルは腕を組んだ。さて、コイツはどうするか。ギルドに転送すればみみっちい軽犯罪くらいなら洗い出してくれそうなものだが、この哀れな男を滝の調査の土産に持ち帰るのもどうなのか、かといって変人を野放しにしておくのも癪である。そして極め付けは転送に必要な探検隊バッジを持ったリーダーが行方不明という点。こちらの苦心も知らぬような晴れ顔が浮かんで、つい虚空に向かって忌々しげに舌打ちを漏らした。どうあれ、まずはネイトを探すところから始めなくてはならない。
 元来た道を戻ろうと回れ右、
 と、その時だった。

   アホのアベルへ……。

「あ……?」

 どこからともなく、ぼんやりと響くような声が耳元を掠めた。音質やらなんやらの不可解に第三者によるテレパシーを一瞬疑ったが、「ネイト……?」名指しの割にはエキュゼの耳にも入ってるそうで、そういった類のものではないらしい。なるほど、あの馬鹿の声か。
 神職のお告げのような、妙に優しい声色で茶番は続く。

   新技ができました。ざまーみろ。
   おみやげを持って来い。いいおみやげを持って来い。

   P.S. お風呂上がりに耳掃除とかしたことない……。


「いやまずお前がこっち来いよ」
「い、今までで一番よくわからないタイプのボケが来た……」

 犯罪者予備軍を名乗り上げたドンカラスもまあまあなものだったが、やはり本家は格が違う。何せ喋らせても道理や情緒が何から何までまるで伝わらないのだ。どういうわけか反響しまくっている声の音源は、多分、上だろうか。半ば無意識に見上げた天井は、水気に光沢を帯びた黒がただただ続いているだけだった。

『うひょひょ! ぬっひょひょ!』

 して、静かな語り口調は奇人の笑い声へと何の前触れもなく変貌した。怪文書紛いの読み上げ時点で大体そうだろうなとは確信していたが、これで晴れて本人確認である。あまりに急な狂気の音圧に、伸びきっていたセントラルが飛び起きて辺りを見渡した。

「……んなななな、ここ、今度は誰だあっ! どこっ、どこにいる!?」

 こんなんでも一応危機意識はあるんだな、とアベルは思った。そういえば最初に声をかけた時も驚きまくって下目に出ていた。典型的な小物だから、場所が場所なら従順な配下として活躍できたのかもしれない。ただ、ポジティブなくらいの自信に対して、彼には力量差を見る力が絶望的になかった。

『話は聞いていたずぇセントラル高田! よくも僕の仲間をやってくれたなー!』
「高田じゃない竹田! 俺様の名はセントラル竹田だっ! よく覚えとけ!」
(そもそも私たちやられてないんだけどなあ……)

 反面、ネイトは他者の内面を見抜くことには長けている、ような気がする。知性なんて微塵もないのに、ふとした瞬間に心情を見透かしたように物を言ったりするのは不思議なことだ。……それ以外が壊滅的だが。セントラルが力量差を見誤って負けるのなら、ネイトは力量差で勝っていても最後には負けている。どっちがマシなんだろうな、と考えて、どっちもめんどうくさいな、と思った。アベルはそんな二匹の茶番を傍観することにした。

『しかもお尋ね者なんだって?』
「ちが……いや、そうだ! 俺様はすごいお尋ね者なのだ! お前などケチョンケチョンに……」

 ああ。
 これだけ自身の非力に打ちのめされてもなおプライドを突き通す根性は天晴れと言うべきか。あるいはまだ勝算の可能性を夢見ていたのかもしれない。

 ガコン。

 天井の岩肌が小気味良い音と共に崩れ落ちる。セントラルの真上、岩に紛れて自由落下する翡翠の眼光は陰りの中でも一際輝いていて。

   同じ馬鹿同士でも勝敗を決める要素があるのだとすれば、それはきっと力の差ではなく、理性の有無になってくるのだろう。残ってさえいれば踏みとどまれる。判断、というプロセスを経て物事を決められる。
 だからこそ、迷わず凶行に走ることのできたネイトは強かったのだ。


「 思 い 知 れ !

   湯 呑 み

    マ ッ ス ル

     ア タ ッ ク ! 」



 技と呼ぶにはあまりに粗雑で大きすぎた落石群が叩きつけられるように地面を直撃する。その寸前、死を覚悟した「ア!!!」が短く飛び出たが、ほぼ同時に轟音が残響ごと全てを打ち消した。
 立ち込める砂埃の中、ネイトはぬるりと直立して頭を掻いた。「……あり? 当たってない」運良く空中で分解したのだろうか、真っ二つに割れた岩と岩との間に驚いたままの体勢で固まって倒れたドンカラスの姿があった。

「“湯の……、なんだそのヘンテコリンな名前」近付きながら怪訝そうに言うアベル。
「え? ううん、湯呑みマッスルアタックは掛け声。技の名前は、そうだなあ……“岩石落とし”とか!」
「……ま、まあうん……。元気そうでよかった……よかったのかな……」

 「訳わからん」呆れて小さくため息をついて、アベルは足元のセントラルを見遣る。目を回して気絶のサインを出していたが、一発殴られた頬を除いて奇跡的に無傷で済んでいた。何かと落石には縁があるな、と『海岸の洞窟』での一件を思い出す。あの本物の悪党に比べればこれくらいが妥当だろう。
 ともあれ、一旦の目的であったリーダーの探索も省け、これでようやく満を持して奥地へ進むことができる。そして、セントラルの言葉が正しければ財宝なるものはまだ「ある」。
 「行くぞ」アベルがネイトを手招く。「ん!」と快活な返事で素直な子供のように付いてきた。上層からの崩落に荒れた地面を踏み越え、が、しかし忘れちゃいけない、そこへエキュゼが待ったを掛ける。

「ちょっ……この人置いてけぼりでいいの?」
「そのうち起きるだろ。怪我したわけじゃあるまいし」
「ええ……? でもそれまでこのまんまってのは……せめてギルドに送るとか。ほら、お尋ね者がどうこうって言ってたし」
「それは……」

 正常な倫理観を以ってすれば手心を加えてやるのが道理なのだろう。それはわかる。わかるが、現在に至るまでの流れを汲むとそうはいかない事情がある。お世辞にも友好的ではない邂逅でビビらせまくり、探検隊を名乗れば敵対的に取られ、正当防衛とはいえ尊厳を破壊するようなワンパンによるノックアウト、挙句には乱入者による殺害未遂で失神するほどの恐怖を植え付けた。……客観的視点で見るとどちらに非があるだろうか。保安官へ突き出し、事を好き勝手喋らせようものならこちらが加害者にされかねない。
 アベルは一つ咳払いをした。

「……ともかく、まずは奥に行って宝なり財宝なりあるか確認する必要がある」
「おたからーーー!!」ネイトが両手を上げて喜んだ。
「お宝……うーん、けれど……」

 非情に踏み切れないのはセントラルが根っからの悪人とは思えないからだろうか。エキュゼは昔からアベルのストッパーとして、行き過ぎた怠慢や自棄を阻止し続けてきた過去がある。果たして今回もそれに当たるものなのか、悩んでいるのかもしれない。
 こうなれば口数で押すべきか、アベルが隣人を見ると目が合った。事情は知らずとも彼女が悩んでいることをネイトは既に察していたらしい。その無駄に冴えた勘を別所で活かしてくれよと、アベルは目を細めつつ顎で指図した。こくり、と頷きが返ってきた。

「エキュゼ行かないの?」
「う、うーん」
「お宝、いっぱいあるかもしれないって。行ってみようず!」
「…………」
「宝」
「う゛っ……」

 ネイトの謎の強調に思わず言葉を挟みそうになったが、効果覿面、どうやらエキュゼは痛いところを突かれたようだった。金銀財宝を前にして揺らいでいた心を上手く掴み取る手腕は認めざるを得ない。やはりそこらの馬鹿とは良くも悪くも違うなとアベルは再認識した。
 気絶した大烏を一度だけ申し訳なさそうに見てから、子狐の足は散らばった石片どもをヒョイと飛び越えてゆく。「……この先にあるの?」躊躇していた割に興味津々だった。

 何かしらの秘密が隠されているとされる大滝は、噂ばかりで誰も近寄らず、しかし新米探検隊が偶然見つけた滝裏の洞窟の先で宝物があるという話まで聞いた。
 あまりに出来過ぎた話ではなかろうか。
 未踏の噂を前に調査は継続されず、来訪者といえばあの変人ドンカラスくらいしかいない。そう、逆に言えばあれだけ弱いセントラルが奥地にいて、何故か宝の情報までも握っていた。今進む理由の大半がその情報を頼りにしていることを考えると一気に胡散臭くなる。正直、まともに信じてはいなかった。噂だけが一人歩きしているのも、その真偽を確かめようとする者がいないことも、物事には全て何かしらの理由があるはずなのだ。
 それでも悲しきかな、足が向かってしまうのは好奇心と期待を捨て切れていないからなのだろう。そもそもの命は『調査』なのだから、良いも悪いも不足なく調べる必要がある。ネイトはわからないが、少なくともアベルとエキュゼはその程度の心意気だった。

 だからこそ、最奥部にたどり着いた時、『ストリーム』は唖然とした。


 彼らを待ち受けていたのは、彩り豊かに輝く、絢爛の宝石たちだったのだ。


■筆者メッセージ
エキュゼ「えーっと……これなんのネタ?」
アマヨシ「『聖徳太子の楽しい木造建築』! 俺好きなんだよね〜」
アベル「なんでそんなネタを入れたんだ……」
アマヨシ「いいじゃん別に。あ、ちなみにネイトが最後に使った技、゛岩石落とし゛はアマヨシのクラスメイトのアイデアで作りました! ありがとう……友よ……」

2023 1.25 改稿
今だから言えるけど上記の友人とは絶縁しています。悲しいね
アマヨシ ( 2013/11/04(月) 00:18 )