番外編その1 見張り番ネイト
前回(15話)のあらすじ!
なんやかんやあってバッグを取りに行くことになった僕、ネイト! でもその途中でギガにみはりばん?ってやつを頼まれちゃったの。アベルとエキュゼは二人で依頼に行くみたいだけど、僕は一人だからモー大変! 今日一日僕だけで大丈夫? お仕事の内容は? 明日のご飯は? 労働基準法に則った休憩時間は? 果たしてこの星の運命は? 天地を揺るがす世紀の戦いが、いま始まる!!
「いや、なに無駄に話デカくしてンだ……」
「今の気持ちをあらすじっぽくしてみますた!」
朝礼を終えてからそう間もない時間帯。他の弟子たちが探検や業務の支度を進めている中、新米チーム『ストリーム』のリーダーを務めるカラカラのネイトは、ダンジョンへ向かった仲間と別れ、ドゴームのギガからの呼び出しに応じていたのであった。
「まあいい……改めて言うが、今日お前にやってもらう仕事は『見張り番』だ!」
「みはりばん!」ドゴームの音量に負けじと声を張るネイト。
「ウム。クレーンから説明は受けてるか?」
「うけてない!」
「お、おお……。マ、そりゃそうだよな……」
あれだけ「待ってました」と言わんばかりに自信満々なのだから、裏付けるだけの知識か何かあるのかと思いきや全くそんなことはないというオチ。調子狂うなァ、虫眼鏡のような形に伸びた耳を掻いて、ギガは咳払いする。
「とりあえずやり方はやりながら説明するとしてだ、どういう仕事かってのはわかるよな? ホラ、お前が初めてここ来た時にも『足形は〜』って言ってたヤツいただろ」
「アレかあ! たしか、僕が落ちたやつ」
「アレ落ちるって相当だな! 何があったんだよ」
ふへへ、と照れるネイト。そんな奇天烈な事故の原因は彼がおふざけで飛び乗ったからにほかならない。知らない方が幸せな事実である。
「……ンまあ、ともかく! いつも見張り番をやってるモルドがどうも突き指したらしくてな、そこで新人のお前に声をかけたってワケだ! ちょうど仕事を覚える機会にもなるしな」
「ありゃりゃ」
「だいたいそんなところだ。ヨシ! 喋っててもしょうがねえ、とっとと始めるぞ!」
「エイサッサー!」
わからないことだらけの新人は両腕を掲げて応を返す。片腕で良いところを何故、変に思う部分はあれど、ギガは彼なりのやる気表明なのだろうと好意的に受け取った。
そう、この時はまだ、ネイトは『気合十分な後輩』として見てもらえていたのだ。それが後にギルド中を騒がす大事故の元凶になろうとは
周りはおろか、無論当人も理解していなかったのである。
見張り穴はギルドの門前にある。足形を鑑定する声は下から聞こえたのだから、当然ながら見張り番の仕事場所は地下になると、ここまではネイトの頭でも容易に想像がついた。しかし昨日アレスから受けた案内でそれらしき場所は聞いておらず、パッと見どこかの通路に繋がっているのかもわからない。ネイトは珍しく困り顔でギガを向いた。「そこのツルを使って下りるんだぞ!」すぐ後ろ、指された方を覗くと、地面にぽっかり開けられた穴から緑色の植物が顔を出していた。そこかあ! 部屋の隅っこに静かに佇んでいたもので、てっきり植木か何かだと思っていた。
土壁を這う謎の植物は、カラカラという小柄な種族の目線を抜きにしても非常に長大で骨太、葉に至っては足場に利用しても折れない頑丈さだった。暗い地下へと降り進みながらネイトは考える。突き指かあ、僕も気をつけて仕事をしよう。確かモルドって言ったっけ、あの
アレ? けどモルドってディグダじゃなかったけ、え、待って突き指、
「オオーーーイ新入りーーーーー!! 奥には着いたかーーーーー!?」
ぐわあん。禁忌には触れさせんとばかりに大声が思考を叩き割った。「ああぅぇまだっ、」咄嗟に耳を押さえて答えたが、拍子に足を滑らせ尻から落っこちる。わ、と短く悲鳴を発せられたのは地面に背中を打ってからだった。
イチチ、腰をさすりながら立ち上がると、またしても大声が洞穴中に響いた。
「あーーー言い忘れていた! 奥へはその先にあるツタを登れば行けッからーーー!」
「えーーー? ……暗くて見えなーーーい!」
「じゃー壁伝いに歩けーーー!」
「ぬにぃ〜?」相変わらずのふざけた調子ではあったが、若干の不満が含まれているようにも見えなくはない。渋々暗闇に足を踏み入れるネイト。湿気に濡れた土壁はあまり心地よい感覚ではなかった。
所々でこぼこに盛り上がった道を進み、時折方向を見失いながらも、ネイトはようやく天井から差す光明とそれに照らされた植物を見つけられた。うんしょ、と茎を掴み、葉を踏み、ひょっこり顔を出すと、
「……。エヘヘ」
「エヘヘじゃねーーー!! さっさと戻れェーーーーーッ!!」
初めての仕事は逆走からのスタート。
後ろのカウンターで頬杖をついたグレッグルが、グヘヘとその様子を笑った。
アリアドスの巣みたいに複雑に絡んだツタを越えた先には、舞台のスポットライトのように白い光が差し込む空間があった。心躍る光景に、ネイトは何も考えず白円の中心に立って変なポーズを取った。満足げに微笑んでから周囲を見る。観客はなかったが、代わりに何かの道具と、土一色には不釣り合いなバスケットが雑に置かれていた。どちらかというと秘密基地っぽい? 明るみで宙を泳ぐ埃たちに不思議な高揚感を覚えつつ、ネイトはその場にペタンと座り込んだ。
暖かな陽光に包まれるひととき。
「よし! 今度こそ着いたみたいだな!」
「え? うおあびっくりした」
耳元で話しかけられたかのような声に思わず跳ね上がるネイト。ほとんど身震いで辺りを見渡したあと、ハッと気付いて天井を見上げた。影絵みたいな白と黒に混じって、紫色のシルエットが映し出されている。
「それじゃあ仕事の説明をしていくぞ! まずポケモンが来たらワシが合図する!」
「そして僕が足形を見て答える!」
「お、わかってるじゃないか!」
「怪しいポケモンだったらその場でたおす!」
「う、ウム……倒さなくてもいいんじゃないかな」
ギガは首を傾げると、「だがまあ、」納得したように頷いた。
「やることはなんとなく理解しているみたいだし大丈夫そうだな。よっしゃ任せたぞ新入り! なんかわかんないことあったら聞きに来てくれ!」
「任されたぜい!」
ビシッ、と斜め四十五度に決めた敬礼は、しかしギガの目には真面目で熱心な後輩の像に見えたのだろう。何の疑ぐりもなく、逆光からでもわかる笑みを浮かべてから戻っていった。
もう一度言おう。これは大事故のプロローグである。
もし、この悲劇に確たる『敗因』なるものがあるとするなら、それはネイトでもギガでもなく、元凶をギルドに残したアベルとエキュゼであろう。もっとも彼らは彼らで凄惨な人災に見舞われていたわけだが。
それでも二匹が不在だったのは、恐らく幸福と言っていい。
「持ち場、確認ヨシ!」
これから先の出来事も、そして多分この世界のありとあらゆるを何も知らないネイトは、変わらずの調子で奇妙なポーズを無観客で披露していた。
立ち上がったまま、喉元を伸ばして天を見上げる。首の背が痛い。座って上を向いてみるも、これもなんか違うなあと、小首をくてんと横に折った。大の字になって寝転ぶと楽だった。これだ! 見張り番に適したベストポジションを見つけ出して自慢げなネイトに、よく響く声がかかった。
「おーーーい新入りーーー!! 早速ポケモンが来たぞーーー! 足形を見て答えるんだ!」
「あいあ〜〜〜」
初仕事だというのに、なんと緊張感のない返事であることか。だがネイトの瞳孔はきっちり見張り穴を捉えていて、足が乗る瞬間を狙撃手のごとく待ち構えていた。……仰向けで。
そして、格子が軋む音がし、
「……い?」
ネイトは困惑した。
体勢が悪かったかな、焦り気味に起き上がって目を細める。心なしかマシにはなったように思えたが、それでもまだ表情は晴れ切らない。
滲んだ黒線に、メタモンのような不定形。狭まった光源は妙に眩しくて。
つまるところ、見張り番をこなすには、ネイトの視力は若干足りていなかったのである。
「…………。おい、どうした!? 早く答えろーーー!」
「おちょ、ちょっと待ってーーー!」
急かされ慌ててあたふたふた。何かあるだろうかと部屋の隅に居座る籠を頼ろうとしたが、具体的なアテもないのにと、中途半端に踵を返してはもう一度振り返り、未練タラタラ戻っては結局諦めた。だんだん訳がわからなくなってきて、いよいよネイトは天を仰ぎながら見張り穴の中心で垂直にぴょんぴょん跳ね始めた。グギィッ!!「アアアーーーッ!!」足首を派手に捻る!
倒れ悶絶するネイト。しかし痛みと引き換えに得た情報は大きかった。ずっしりとした円柱型に三本の爪。影の中にはうっすらと緑色らしきものまで見えた。
加えて格子を踏んだ時の感触
あの軋み方は大柄なポケモンでないとそうそう起こらないだろう。ならば! 上体を上げて、ネイトは力一杯答えた。
「足形は、カビゴン!」
ああ。
たった一人で推理し、答えを導き出す。あの馬鹿の代名詞になりつつあるネイトの、なんと目覚ましい躍進であることか。もしこの努力がギガやクレーンに伝わっていたのならば後の勘当も軽くなっただろうに。
だがネイトに降りかかってきたのは賞賛ではなく、棘のついた黄色い声だった。
「ちょっと、誰がカビゴンよ! 失礼ね!」
「ありゃ?」
足影の前からぬっと覗かせたのは、アベルみたいな金色の瞳。そのちょこっと上から生えた対の触覚らしきものが不機嫌そうに揺れた。
「いい? 私はメ・ガ・ニ・ウ・ム! 四足と二足の違いくらいわかるようにしなさい!」
プイッ。そんな効果音でもついているかのように、メガニウムは顔を背けた。言われてみれば、確かに太陽光越しにうっすらピンクのベールが見えるようなそうでないような。
そうは言われてもなあ、ネイトもネイトで不満そうに眉を寄せる。目を擦ってからもう一度見上げると、やはり二つの足型しか映らなかった。
「だって、足片方しか乗せてないじゃん」
「は、はあ!? だから何よ、わかるでしょ! 大きさとか乗った時の感じとか! なに、私が悪いっていうの?」ちょっと無茶な言い分である。
「大きさはわかんないけど、ギシギシ言ってたからすごく重そうだなって」
「オモッ……!」
矢継ぎ早に放たれていた文句がピタリと止まる。少年の何気ない一言が、年頃の雌性の地雷を大きく踏み抜いたのだ。ん、とネイトは僅かに顔を上げる。足形は心なしか震えているように見えた。
……あ、そうか! 自らの失言に気付いたが時すでに遅し。言語の形状の崩れかけた金切り声が、つららの如く次々に鋭く落ちてきた。
「〜〜〜! 乙女に向かってなんてデリカシーのない#$%&!! このバカ! ¥*+◎♭△!!」
「うわあ許してちょんまげ!」
「※□×?☆√●〆〜〜〜ッ!!」
ズシンドシン! “逆鱗”と“地ならし”の合わせ技のような狂乱ぶりは地面、即ち見張り穴の天井を大きく揺らした。はらはらと土埃が降ってくる。まいったなあ、とでも言いたげにネイトは骨頭を掻いた。今にも落ちるんじゃないかという土壁と、『海岸の洞窟』で落盤を起こした記憶が重なってもなお、このアホはあまりに鈍かった。
しかし異変は起きた。頭上なぞお構いなしにゆったりと漂う埃、地面へ急降下する砂たちに混じって、何やらけばけばしい色の塵が光の柱を下りてきたのである。「なにこれ」それに気付いて手のひらを伸ばすと、だが着地するより先に凶暴な『答え合わせ』はネイトの身体を襲った。喉に何かが張り付いたような感覚に一度、気管を防がれた時の息苦しさで二度咳き込むと、たちまち全身に気怠さが纏わりつく。「う゛」堪らずその場に倒れ込んだ。
「バカ! バカ! おたんこなす!! もう知らない!」
「ぐふっ……!」
それが毒的なサムシングだと身を以って理解した瞬間にはもう色々とアウトで。絞り出すような悪口を捨て台詞にメガニウムの足音は遠ざかり、ネイトの意識も低い断末魔と共にふわりと抜けていった。
「…………ん? どうしたそこのカビゴン! 早く入ってこい!」
その後門を開こうと梯子を上ってきたギガのセリフに他意はなかったのだろう。門番としては本末転倒だが、既に来客が去っていたのは幸運だった。
そして、「ああ? なんだよいねえじゃねェか! ったく、どこぞの誰かさんみたいにビビって帰っちまったか」真実を何も知らないギガは、その足下で瀕死になりかけている後輩の存在に気付くこともなかったのであった。
何かと戦ったわけでもない、全くの予想外から毒素を吹っかけられたネイトだったが、やはり彼はお笑いの世界からやってきた存在なのだろう、地に伏してから三分も経たずにムクリと起き上がった。
なんとなしに目を細めながら腰をボリボリと掻く。そういえば、と思った。もしかするとダウンしていた間に誰か来ていたのではないか。……。じんわりと不安が胸中に滲み、手の動きが鈍っていく。反比例するように目と首はキョロキョロと忙しなかった。
それから間も無くして、「おーーーい!」変わらぬ調子の声が反響した。
「新入りーーー! ポケモンが来たぞーーー!」
「いまなんひきめーーー?」
「あーーーーー? ……これで二人目だがーーー!?」
「あーーーオッケーーー! ばっちぐーーー!」靄は払拭された。
ふう、とネイトの肩から力が抜ける。気持ちを切り替えるように背筋を伸ばして、早速足形を覗いた。先のメガニウムと張り合えそうなキングサイズに、三方へ伸びた指と爪らしき影。これも怪獣系か、目を凝らさずとも断定までそう掛からなかった。
……かいじゅう?
逞しい体つきに爪牙、当てはまるポケモンの数々が「オールスター参上!」と言わんばかりに、ネイトの頭にぶわぁと横並びで出現した。あれもこれも、みんな怪獣! 立ち眩みのような感覚に倒れそうになる。
そう、ある程度絞り込むという発想は良かったのだが、不運にもその絞り込み先が悪かった。このポケットモンスターの世界に、『怪獣』と分類されるポケモンはどれほどいるだろうか。行き着いた答えの理不尽さにネイトも「ポケモンなんてみんな怪獣みたいなもんぢゃん!!」とひとり憤慨する始末。なんならかく言う当人も『怪獣』に分類される一匹である。
と、なると。
「……んあもう、足形はリザードン! たぶんリザードン!」結局投げやりな直感に頼るほかなかった。
「なにィ多分だと? まあいい、入れ! ……」
「あ、いいんだ」ギガの適当なセキュリティに思わず真顔になるネイト。地下二階で待機しているにも関わらず地上からの来訪がわかるくらいだから、あるいは相手になんとなく予想がついていて、その上で通せそうなポケモンと判断したのか。存外勘というのもバカにならないのかも、ネイトはそんなことすら思った。
「……、なんだ! 全然違うじゃないか!」
「全然違うかあ……」
内心当たらずとも遠からず、とは思っていただけに、これにはたんぽぽメンタルもやや肩を落とした様子。
「足形はカイリューだぞ! しっかりしろ、こらッ!!」
「あーカイ……かいりゅう?」
細目で口を結んでいたが、ポケモンの名前を復唱して、その姿をポンと浮かべ。少しだけ固まったのち、むうと眉を寄せた。
「似たようなもんじゃない。ドラゴンっぽくて、翼があって、ガオー!って感じで……」
「馬鹿モン! 足の形はまるで違う!」
「でも全然違うってことはなくない? 見た目はそこそこ近」「やかましーーー!! お前は赤くてトゲトゲしてればマトマもノワキも一緒だっつゥのかーーー!!」ごもっともな正論である。
ネイトは頬骨を掻いて誤魔化すようにそっぽを向く。「ノワキってなんだろう……」実のところ深刻な知識不足が説得力を落としていた背景があったのだが、それでもギガの勢いに気圧されたのだろう、二の句を継ぐことはなかった。
「そこにもう一人いるな! お前も乗れ!」
(いるんだ)見張り番の意義が危うくなる探知能力。
色々な疑問が渋滞を起こし始めるが、仕事はネイトを待ってくれない。フッ、と部屋が暗くなった。顎を持ち上げて目を凝らす。
あれ? これって。
縦長めの足に三本の爪
しかし分析より先に感づいたのは、全くの無意識下で息を潜めていた本能だった。
この足形、『知っている』?
「……足形は、オーダイル?」
「なァーーーんだ自信なさげだな! とりあえず入れ!」
いや、そうであるはずなんだ、という確信はあった。だけど、それがどこから降って湧いてきたものなのか、閃きの正体にあたりがつかないところに妙な気味の悪さを感じて。
「馬鹿モーーーン!! 足形はコジョンドだーーーっ!! まるで違うぞオイ!」
……と、思ったのは気のせいだったのかな、糸目でくてんと首を折る。
しかし怪獣どころか武術ポケモンとは。見当違いにしたって、あんな意味ありげな直感を用いたのだから擦りくらいはしてもいいものを。
「まるで違うかあ」
「そうだ! まるで違う!」
「どれくらい違う?」
「リーシャンとチェリンボくらい違う!」
「…………あんま変わんなくない?」
「……」
「……」
「違う!!」 違うらしい。ごねたところで後から答えが変わるはずもなかった。本日何度目になるかという頭かき。「どこで見たんだっけなあ……」形を見て紐づけられたかのように浮かんだのだから無為ではないと思う。それでも他の記憶と同様に過去が見えてくることはなかった。
太陽が真上に浮かび上がるまでのしばらく、新たな来客が訪れることはなかった。日溜まりの落ちた地下で、こくんこくんと首を揺らす。初めての仕事に緊張感も何もあったものじゃないが、昼寝には絶好の場所だったと思う。だから自分がこうしているのも無理はない、という免罪符が無意識を加速させつつある頃。
「おおーーーい馬鹿モーン! ポケモンが来たぞーーー!」
「……んはっ」
むくり、と半開きの瞼。己の役割を思い出してピンと背筋が伸びた。寝ぼけ眼を擦りながら上を向く。「あーっ……」見慣れた怪獣の形状……。さっきと同じ流れだなあと思った。勘に頼っては撃沈し、きっとまた馬鹿だとかなんとか大声で罵られるのだ。どうせオチが変わらないのなら適当こいてもいいじゃないか。
「足形はーーー、なんかアレ、グラードンぽいやつーーー」
「……おおいなんだそれは!? マジメにやれーーーーーッ!!」
「だって、よく見えないんだもん……」
「見えないだァーーー?」大声の割に呟くような愚痴も聞き逃さない地獄耳だった。新人の不真面目な態度に憤慨するのは当然である。けれども、見えなくてはどうしようもないというのもまた事実で。
「見えねえ、ってんなら、アー…………ンンン心の眼で見ろっ! そうだ考えるな感じろ!」
「そうかな……そうかも……」
そうではないな、とネイトは思った。
「……ったくう世話焼けるなあオイ! ちょっと待ってろ顕微鏡持ってきてやるから……」ギガの語末が遠ざかってゆく。
「けんびきょう」一瞬にして処理が追い付かなくなるだけの疑問が浮かび上がって、口からもその末端が漏れ出た。「あーーー、そこにいるヤツ、入っていいぞーーー!」草踏みの音、去り際に放った上階へ向けた声もよくわからなかった。「いいんだ……」ただ唯一、不可解を相手に渋い顔をするエキュゼとアベルの気持ちだけは少しわかったような気がした。
それから間も無くして。
「ほい持ってきたぞ! 双眼実体顕微鏡とプレパラートだ」
「うわああすごく準備がいい」
驚き通り越して若干の引き気味で重量感のあるそれを受け取るネイト。わざわざ地下に降りてまで送り届けてくれたものは、布を被せられた精密機器らしきものと小さな半透明のケースだった。顕微鏡の底に付いていたいやに分厚い台は、引き剥がせば説明書らしき冊子と何らかの図鑑だった。
「ソイツは微生物とか土を拡大して見れる優れものでな! 誰かが来るのをただ待ってるだけじゃアレだろうし、まあ適当に遊んどけ」
「なるほど! そういうこと」
「あっ、くれぐれも壊すなよ! それギルドで管理してるやつだからな! 修理費も馬鹿にならないらしいぞ」
汲めない流れも蓋を開けてみれば暇つぶしの道具。ギガなりの新人への気遣いだろうか、覆い布を外して、暗闇で鈍く煌めく光沢には胸の高鳴りすら覚えて。劇場を夢見た見張り番が一気に研究室の空気を帯びてゆくのを感じた。器具を地面に広げればまさに学者の気分。無限が広がるミクロの海に目を飛ばして未知を追求する様は宝探しのロマンと似ていた。ああ、そうだ。きっと分岐点を一つ違えれば今頃二人と一緒にこんな仕事を……。
「…………。それで、足形はどうしよう?」
「気合でなんとかしろ!」
うーん。
「おーーーいポケモンが来たぞーーー! 足形を答えろーーー!」
「よくよく考えたら僕字読めないし図鑑渡されてもなにがなんだかわからないよね。なんとなく見てて面白い感じだからいいけど」
「馬鹿モーーーーーン! ポケモーーーーーン!!」
おわあ、十数メートル越しでも届く声圧に屈みから退く。そのままこてんと仰向けに倒れて格子を覗いた。網目に重なるくらいの小さくてちょこんとした丸型。怪獣系ではないことにひとまず安堵したものの、こちらはこちらで候補が多い。毛色でも見えれば、と思うが、頼みの綱は「考えるな感じろ」である。嗚呼、なんて心許ない。
「足形はぁーーー……ヒノアラシぃ、足形は、ヒノアラシ!」
もはや時が過ぎ去るのを待つしかない。こうなりゃヤケだ、大の字に転がりながら地質調査の現実逃避に思いを馳せつつ、それらしい勘を投げつけた、つもりだった。
「ぬわにぃ〜〜〜? ヒノアラ……おっ!? 正解だぞ!!」
「うそん!」
あまりの予想外に言った本人が飛び起きる。「大マジだ! よかったじゃねえか、まァたまたまだろうけど」事実なので反論できないが、ちょっとした奇跡を前にするとどうしても嬉しくなる。
「お、もう一人来てるぞ! 次も頼んだ!」
「あいさっさー!」
「……」
「……」
「……、おいどうした? もう来てるぞ!」
「……はひ?」
恐らく、何かの間違いでなければ視力云々の問題ではなかったのだろう。足形そのものが、『無い』。何度か目を擦ったり絞ったりもしてみたが、影らしきものすら映りそうにない。
「……ん、んんん?」
「早くしろ馬鹿モン!」
「えええ……? ああ、あ、足形はダンバル? ダンバルかな?」
変化球じみた難題はネイトを混乱させるには十分すぎた。「聞くな! よし入れ!」直後、無駄に大きい落胆のどよめきが耳に入ってくる。そりゃあ引き出しからすぐ手についたものを咄嗟に放ったのだから、二度目の偶然はないだろうに。
「足形はロトムだ! 全然違うぞコラッ!」
「違うかなあ。両方足ないし同じようなもんだと思うけど」
「あ? ダンバルには足形あるぞ?」
「なぬ」
あるらしい。一見円柱型の浮遊体だが、曰く臀部(?)の先端に付いた三本のトゲが『ツメ』であるらしく、これがそのまま足形になるとのこと。
……とはいえ、足形が無ければ無いでそういったポケモンも多く存在し、判別の方法もノーヒントな分、どのみち今回のケースは本当にどうしようもなかった気もするが。
「ギガもアゴから足生えてるもんね」
「おい、ポケモン単位で
他人を馬鹿にするのはよくないだろ。普通に傷つくぞ」
「あっごめん。足形の話だったから」
「傷つくぞ」
「すごいごめん」
どうしようもない。
「ポケモンが来たぞォーーー! さっさと見て答えろやこのボケッ」
「う、うん……」
明らかに不機嫌の乗った大声が地下に響く。はらはらと、振動で砂埃が落ちた。理不尽だなあ、とでも思えれば幾分か気は楽だったが、一端は自身にもある。眉下に若干の申し訳なさを浮かべつつ、しかし身体は飄々とよくわからないリズムを刻んでいた。
「えーっと……」逆光を手で遮り、「あ!」閃く。決め台詞の如く指差しまで加えて「足形はフシギダネ! 足形はフシギダネ!」。運良く映った全身像のシルエットから導き出せた。
期待の眼差しで結果を待つネイト。
「…………違う! 足形は」「わぁーーーいやった……ゑ?」「馬鹿モン! 足形はフシギソウだ!」
「え」今度は不服を込めて言った。フシギソウ? 足形だけじゃなくて姿まで一緒じゃないか。何度言われたか数えてすらいない罵声が、今回ばかりは少しムッときた。両手を腰に付けて天井を見上げる。
「ねえそこの、ちょっと、フシギソウくん」
「……ん? 今オレ呼ばれたか?」
「フシギダネに退化してからまた来れたりしない?」
「は、はぁ……?」
「おーーーいなにやってんだーーー! さっさと入れーーー!」
四つ足の影が去って差し込むは白熱の太陽光。はあ、と骨頭は深くため息をつく。肩を落とすだけの勝算があったかは謎である。
さらに不運は続く。
「もう一人いるなーーー! お前もそこに乗れーーー!」
「……、……足形はガバイト! 足形はガバイト!」
「足形はフカマルだしっかりしろコラッ!」
「むっきゃーーーーーッ!!」
彼を知る者なら感動すら覚えるほどの学習能力だったろうに、進化先を一つずらして答えれば向こうも一緒に一つ動いた。もはや知識や問答を超えてある種の心理戦だが、とにかく、涙ぐましい努力を無下にされたネイトは叫んだ。
「そこのフカマルぅ゛う゛う゛」
「う、うわっ。なんだべ、オラのことか……?」
「んんんん゛どうして進化してから来てくれなかったのぉおおおををををかげさまで僕は僕は僕はあああ
」
「ひいぇ〜!? ば、バケモンだぁーーー!!」
怨嗟の募った呻きが暗黒から立ち上ると、当てつけられた小竜の少年は悲鳴を上げて逃げ帰っていった。「おーーーい! なァにモタモタして……なんだよいねえじゃねえか!」門を開けにきたギガの声が代わりばんこで入る。「おいおいこれで二回目だぞォ、まさかお前なんかやらかしたんじゃないだろうな……」ぎくり。地下にいてもポケモンが来たことを知らせられるほどの勘の持ち主なのだから流石に鋭いか。「まあどうせ外してるし入れねえ方が安全っちゃ安全だけど」気のせいだった。梯子の方へ消えていく声に安堵する。怪しい道徳と不出来による最低の賜物だった。
が、「まったくよォ、何回外せば気が済むんだお前は!」戻ったギガによる直々の説教である。
「気は済んでるけど、気持ちがスン……ってなってる」
「そりゃあ外してるからだろうよ! いい加減マジメにやってくれよォ」
「マジメにやってるつもりではあるんだけど、なんでかミジメなことになっちゃってて……うっうっ」
「るせーーー! くだらねーシャレに頭使ってるからだろうがーーー!!」
ごもっとも。
空の青と白に差し込む暖色が暮れの予感を告げている。暇つぶしの合間に、ネイトは一つ欠伸を挟んだ。胸を張れる成果は無けれど、帰路に着き始めた頃であろう仲間の姿を待ち遠しく思う。
「来客だぞーーー! 今度こそマジメに答えろよーーー!」
「……あっ、動いた! すごいなあ、こんなに小さくても生きてるなんて。うんうん、やっぱり大事なのは一生懸命がんばることだよね。なんでもそうだと思う。僕もがんばって生きていかなきゃ。明日どころかまず目の前がどっちだかわかんないけど」
「いいーーーからさっさと答えろこのクソッタレアホンダラメガ馬鹿野郎ーーー!!」
「めがばかやろう……」レンズから目を離す馬鹿野郎。本職へ戻れば、影の中に三つの点のようなものが見えた。どうやら怪獣のようながっしりとした足の内側にツメが生えているらしい。うーん、首を傾げる。形状だけなら未だしも足裏の構造までは想像し難い。
「お手上げかなあ」
『知らねェもん考えたってしょうがねェだろ』
「それはまあそう」
『カイロスなんて見たの一度きり……いや待て、今俺の声が聞こえ』
「カイロス? ……うーん? どうだろ、あんま想像がつかないけど」
独り言に紛れた固有名詞に再び唸る。だがふわふわとした思考の中で他に頼れるものもなく。漠然とした出どころの、その名前を口にした。
「えー……足形は、カイ、ロス?」
「カイロスだとォー? まあいい入れ!」
不信感たっぷりな復唱に早くも諦めムードのネイト。自身で考え発した訳でなければその答えに納得すら微妙にできてない。またしてもお説教かと、嫌な未来がどうしても浮かび上がってくる。
「おいっ、新入り!」
「はい」反省の声色。
「……よくカイロスってわかったな? 少しだけ見直したぞ」
「……あえ? 正解? マヂ?」
「いやァ大正解だ! やるじゃねえか、ワシでもちょっと自信持って答えられるかわからねえ」
おお、と遅れて感嘆を漏らす。実感は薄いが、どうやらそれなりにいい仕事はできたらしい。ともあれ、よかった。
と、
「ん……?」
……ちょっと待てよ、と思った。何かがおかしい。正答を導き出したのは誰だ? ネイトは間違いなく『会話』をしていたはずだった。その相手は、誰だ?
今更になってキョロキョロと見渡しても、見張り番にいるのはずっと変わらずカラカラ一匹のみ。えも言われぬ不気味さが悪寒と音声となって背をなぞる。エコーがかった声が脳裏で蘇った。けれども、あれ、聞き覚えがある。思春期くらいの少年の、頭に響くような低音。シチュエーションから思い起こされたのは、砂浜を枕に海岸で見たいつかの夢の、その終わり際だった。
「あの時の声……」
得体が知れない、という事実だけはあの時から一つも変わっていない。ただ、何か悪意のようなものはあるというわけではなく、どころか今回に関しては明確に助けられているまである。敵ではない、と思う。
言葉にならない、懐かしさに似た感情が胸の内を過ぎてゆく。
ネイトは握り拳でヘルメットを軽く叩いた。コッ、と石灰質が短く鳴いただけで、それ以上の返事はなかった。そういえば、最後の方は声が途切れてた気がする。向こうにも色々と事情があるのかもしれない。
「新入りーーー! 時間的に多分次が最後だーーー! どうせならスッキリと終わらせてくれよーーー! ……新入りーーー!?」
「……えっ、あっ、うん! だいじょびーーー!」
しっかりしてくれよォ、謎の存在の考察に容量を費やしていたネイトに期待と不安の混じった声で言った。
ともあれ、長く辛苦を味わったりそうでもなさげだったりしていた時間とはようやくおさらばである。「がんばるぞい!」両腕で小さくガッツポーズを決めて気合いだけはバッチリの新入り。
そろそろ遊ぼうかな、と薬品ビンの蓋に手を付け出した頃、ふと、その気配に気付いた。
「新入りーーー!」
「わかってるーーー!」
見上げる直前、
日向が一気に黒へ染まるのを感じた。天窓はやはり大きく陰っていた。足形というより、何か物が覆い被さっているだけのようにも思える。ただでさえ不明瞭なベタ塗りに、か細い日光はあまりに頼りない。
……これは、なに? ネイトは足形が無いときよりも一層困惑した。
さっきよりも強く骨頭をつつく。ねえ今なんだよ、お前の助けが必要なのは! 必死さを増したところで都合よくヒントなぞ出やしない。八方塞がりにもう一匹の見張り番の名を叫ぼうとして、しかし我に返る。自分は役を任されてここにいるのだ、そもそも助けなど呼べる立場にないと。
だから、孤立した、と思った。手も足も止まって、どうしようもなかった。結局は当てにならない勘を投げるしか、……いや、あるいは。
闇の中で、しかも何らかが滴るような水音まで聞こえ始め、それでも怯まず手探りで引っ張り出す。科学と技術と、ギルドで共用した絆の結晶。
「
双眼実体顕微鏡っ!」
半日弄った手先は伊達じゃない。ノールックで粗動ねじを弛緩、本来の役割を捨てるようにだらんとぶら下がるステージ、本命のレンズは天を仰ぐ。「足形はっ、」両の目で覗き込む。
「足形は、ナエトル!!」
「よし、入れ!」
空の大半を隠していた影がのそりと動く。夕陽が、差し込んだ。格子からどろりと垂れる謎の液体は気にも留めず、がくりと腰を落とした。やり切った、その一心で深く息をついた。ああ、働くって大変なんだなあ……。エキュゼが心配そうに訊いてきた理由を今になってやっと実感できた気がする。だからこそ、帰ってきたらこの成果を報告したい。一人でも出来たと知ったら、彼らは喜ん
「おわぁあああああああああああああ!! ばっ、バッキャロオオオオオオオオオオオオ」「んえ」
男の悲鳴。
怒声以外で絶叫を聞くのは初めてだった。次いで、ガタッ、ガタン、と何かが倒れるような慌ただしい音が響く。寝起きみたいな惚けた顔を、気持ち上に向けた。
「ちっ、チックショーくせえ! これのどこがナエトルだ馬鹿! うおぷ、ひいいいこれ以上になくベトベトンだボケエエェェァァあああああ!! うほぉーーーーーっホッホッホッホッホ!! ィィィィィ〜〜〜………」「ありゃ」
どうやら反応から察するに、不正解から飛んで、入れてはいけないポケモンを通してしまった様子である。流れ的には合っててもよかったけどなあ、と思いつつ、頼れる先輩が許容の限界を超えて
言語能力から破壊されてゆく姿には申し訳なさを覚えた。「ごめーん」事に比べてなんとも安い謝罪である。
騒ぎが広がりつつある上階を尻目にポリポリと頭を掻くネイト。低視力で、しかも初めての仕事を一人でここまで乗り切ったのだ。上出来とまでは言えなくとも少しくらいは褒めてもらえるのでは
そもそも松明ひとつない環境でやれという方がおかしくないか、とも思う。せめて何か手近に明かりでもあれば、と、自身の唯一にして十八番の能力を思い出す。そうだ、火ならあるじゃないか! やれ、最初から気付いていれば苦労しなくてよかったのに、と、
何も考えずに、手のひら大に熱を送る。
寸前、視界の隅に映ったのが、有機ガスを発するヘドロの塊だなんて知る由もなく、
着火、
暮れどきの街道。日に赤らむ雑踏は店閉めの気配を感じ取ってか静やかで。
ずどん、と。重低音がトレジャータウンを揺らしたのは、あまりに急のことだった。
「なんか爆発したぞーーー!」「か、火事です〜!」「な、なんだってえ〜〜〜!? ひ、火元っ……たたた探検隊はすぐに消火活動にあたれっ!」「く、クレーン! そこになんかベトベトで臭いふ、不審者がいるでゲス〜!」「なに〜〜〜!? 即刻取り押さえ……ってなんだいギガじゃないかそんなところでぼさっとしてないで早く消火に行きなさい」「ワシじゃねえよおお新入りがあああうえっへえええ」
阿鼻叫喚、とはまさにこのことを言うのだろうか。遠目から見ても黒煙が伸びていたギルドの内部は、煙たさが充満する中で弟子たちがあちこちを奔走する事態となっていた。特に地下二階は見張り番に通じるツタやら天井を這う植物に火の手が上がっており、あわや芝生にまで引火するところだった。
見張り番にして火元のネイトは真っ先に膨張した炎の贄となった、と言えば笑い事ではない悲劇だが、実際に全身くまなく真っ黒焦げに焼かれ、けほ、と炭の咳をひとつして、しかしそれで終わりだった。むしろ本人は変色した土壁や散り散りになって明滅する火種の方に事の重大さを覚えたらしい。また怒られるのかなあ……懲りもせずヘルメットを掻いた。
「……エート、まずはどこから話そうか?」
地下二階、親方部屋前。
汚泥まみれで目を潤わせ、片や丸焦げで胸を張る二匹を前にして、クレーンは既に目眩を起こしそうだった。
最も酷かった見張り穴付近の鎮火は随分前にすんでおり、騒動も済んだ今はジングルとトード(何気に見ない組み合わせである)が掃除用具の片付けをしている程度。上階は
来客の
足跡処理のため一部立ち入り禁止中となった。
「まあ、そうだね……火事の件は埃とか、労働環境の面もあっただろうしね、とにかく怪我人が出なくて……出、……うむう」
歯切れの悪くなった語末のその先にネイトの墨色を認める。ちょこちょこと小さく跳ねて近付き、羽先で肌をなぞった。黒い粉末状の隙間から、生まれたてのような褐色肌が顔を覗かせた。「なんでかわからないけど、オマエは大丈夫そうなのよね」言われた本人も「なんかね」、と首を横に倒した。
数歩後ろに跳ねて、定位置に戻るクレーン。
「とりあえず、ウン、この件についてはいいかな……大元もこっちだし。……見張り番の結果、聞くかいギガ? 先輩として耳塞いであげててもいいと思うけど」
「いんや……」鼻を啜る。「コイツの所業、全部並べ立ててやってくれよ」
「はあ、本当はワタシが言いたくなかったんだが……じゃ、言うよ」
ひら、と筒状に丸めた紙を両翼で広げる。片付け組がチラと説教を見やる。ジングルはそそくさと食堂の方へ、トードはグヘヘと頬を膨らませて自身の施設のカウンターに肘をついた。見物のつもりらしい。ギガはもう一度鼻を鳴らした。元凶がパリパリに焼けた肌を突いていると「ポロポロ落ちるから外でやりな」と咎められた。
「えー……なんと、十人中、八人不正解。内二人が帰って……正解は二人。……ははっ、こりゃすごいねえ」
「それほどでもある〜」
「ざけんな褒めてねえッ!」「流石に反省しな」
二匹の剣幕を受けて、天邪鬼の照れ顔は苦笑いに変わる。一応、怒られているという自覚はあるのだろう、圧を感じた視界は思わず逸らしていた。その逃げ先でニヤつく傍観者と目が合うと、悪びれずに笑みを返した。……反省の文字列があるかはかなり怪しい。
「にしても、ここまで酷いのは初めてだよ。だいたいなんだ帰るって、あの腰抜けロコンはウチで面倒みることになったばかりだろう? ギガも来たばっかの頃は随分だったけど、まさかアレを超えるとはねえ……」
「……ってことは僕が一番!?」
「おいクレェェェンこの野郎なんもわかってねえよもおおお」
「はあ……もう怒る気力もないよ。あー……ともかく、オマエは今後この仕事やらなくてよし。あとギガ、上の掃除やったらネイト連れて身体洗いに行きな。終わるまで帰ってくるんじゃないよ。……臭いから」
泣きっ面に辛辣。手羽でしっしと払う動作をすると、クレーンは親方の部屋に消えていった。啜る鼻が心なしか水っぽくなる。「……ってことは僕は卒業!?」そこにとどめのボケが、ギガの感情を決壊寸前までに追い込んだ。
「ォォお前なァ……!! うう……なんでワシが……」
「でも、初めての仕事で『来なくていい』って言われるよりマシじゃない?」
「ああん!? 何がマシ……、…………」
「僕の場合やり直すことすらできないんだもん」
ベタベタに毒化粧された目元が曲がり道を描く。
少し考えて、
「元はと言えば全部お前のせいだろがァァーーーーーーー!!」 こうして僕の初仕事を巡る戦いは、なんかもうすごくボロボロでダメダメな感じで終わった。
がんばれネイト!
負けるなネイト!
明日はちょっとだけよくなると信じて、僕は毎日を精一杯生きていくのだった!
めでたしめでたし。
「なァに一人でブツブツ言ってんだ……」
「いや、なんかちょっといい感じの終わりにしようかなって」
「めでたしめでたしじゃねーーーーー!!」
めでたしめでたし。