第4話 奪還
しょっぱなから事
件だらけの地下一階だったが、その後はネイトとアベルが前線で戦うことで、初探検にしてはスムーズに二階、三階層と進むことが出来た。
道中にはきのみや様々な効果(主に害)をもたらすタネが落ちていたが、中でもエキュゼが喜んだのはポケ
そう、この世界のお金である。
「ね、ねえねえアベル! これ持っていってもいいのかな?」
「ああ、多分な」
「ねえアベル、見て! 空気だよ!」
「黙れ」 ネイトに対する態度は辛辣だったものの、戦闘時には協力して乗り切っていたため、アベルの中でも僅かながら信頼感が生まれてきていた。
地下四階を抜けると、迷宮に入り口であった通路の見当たらない、水に囲まれた小島のような広場に出た。左右には水に濡れた岸壁がこの広場を囲むように立ちはだかっており、奥では天井から漏れた海水が音を立てて流れ落ちている。その姿はまさしく『海岸の洞窟』だった。
初探検の果てに見ることが出来たその光景にエキュゼは感動を覚えたが、奥にいる二匹のポケモンを見て本来の目的を思い出す。
「さっきの二人……! こんなところに……」
エキュゼが見た二匹とは、自分の宝物を奪った張本人、ドガースとズバットだった。
しかし彼らはこちらに気付いていないらしく、向かい合って何かを話していた。
「あれ? ここ行き止まりじゃん。なんでこんなとこに逃げてんだろ」
「お前がそこに気付くとはな……アイツらネイト以下か」
「全くだ!」とネイトが同意するが、引き合いに出されてるのは自分であり、その内の半分は自身に対する罵倒であるということには気付くことはなかった。
「ど、どうしよう……? まだ見られてないみたいだけど……」
「グェッヘッヘッヘ、やっちまいましょうぜ、アニキぃ」
「まあ待て、まずは石の確保が重要だ。どこにある?」
ネイトのボケはスルーの方針。エキュゼは前足で石のある方向を示した。それはズバットの足元の地面に置かれていた。当然といえば当然なのだが、アベルにとっては都合が悪かった。
「……なるほど。回収するだけしてトンズラ、というわけにはいかないか」
「んん? 普通に殴り込みに行くのはアウト? 三対二だけど」
「俺は相性不利、エキュゼは単に不安。お前をカウントして、ようやくイーブンってところだ」
「ええっ!? うう……」
エキュゼは自分を不安要素として扱われたことにショックを受けたが、今までのダンジョン内での動きではこう言われても仕方がなかった。反論の余地もない。
しかし、初陣にしては大きく戦鬪に貢献したアベルまでが自信のない発言をしたのは二匹とも予想外だった。
「普通にやりあえば勝機は薄い……が、拾ったコレが役に立つわけだ」
どこに隠していたのか、アベルが懐から取り出したのは一つのタネ。タネといっても植木鉢に植えられるようなものより一回り以上大きく、重量もずっしりとしていた。
「なにそれ? 食べたら爆発するの?」
「割と合ってる」
ネイトとしてはボケのつもりだったのだが、偶然にも効能はそれに近かったらしい。そんな危険物を持ち歩いて問題ないのだろうか、と単純な疑問がネイトの脳内を掠めたが、アベルはそれに構わず話を続けた。
「敵は強力かもしれないが、ある程度計画を立てればなんとかなる。作戦会議といこうか」
「うん……そうだね! 私も頑張る!」
「そうと決まればすぐ行こうか!」
と、一人既に話を聞いていない裏切り者が存在することには流石に不安を隠せなかったが、そのときはそのとき、という一種の諦めで、アベルは作戦の内容を話し始めた。
海岸の洞窟・最奥部にて。砂地の広場の中心でドガースとズバットは、奪われたものを取り返しに来るであろうロコンとキモリを待ち構えていた。
しかし、ここで待ち始めてから数十分は経った。彼らは諦めて帰ったのだろうか、はたまたダンジョンの道中で力尽きたのか。いずれにせよ待ち続けることに疲れ、痺れを切らしたズバット、ロスが吐き捨てるように言った。
「おい、クライ。奴ら来ねえぞ。きっと逃げたんだ」
「チッ……あーあ、つまんねえ。帰るぞ」
クライと呼ばれたドガースは、よほどロコンとキモリを返り討ちにしたかったのか、不満そうに舌打ちした。ズバットの方も「あー」と気怠そうに声を出し、石ころを咥えて帰る準備をする。
クライが振り返った瞬間、そんな彼らの期待に応えるように、あるいは絶望を与えるように、『奴ら』はやってきた。
PHASE1 : 不意打ち「んなっ……!? お前ら、」
ネイトとアベルの渾身の体当たりがぶち当たり、奇襲に気付いたものの、対応が間に合わなかったクライはセリフの途中で突き飛ばされ、ロスに至っては何がなんだかわからない状態で吹き飛び、咥えた石は音もなく地面に落ちた。
「うひょひょ! 正義の味方、正々堂々と参上!」
「うぐ……正々堂々ってお前……どう見たって卑怯だろうが!」
ネイトをボケを聞いたポケモンはつっこみたくなる衝動に駆られるのだろうか。ここまでくると、逆に状況や相手に関係なくボケをかませられるネイトを賞賛したくもなる。
皮肉にも、最初にクライとロスがエキュゼたちを突き飛ばした時と全く同じ状況になっていた。今は逆の立場だが。
PHASE2 : 回収「今だエキュゼ!」
「わ、わかった!」
突然の奇襲に二匹が怯んだ隙を見て、エキュゼが一直線に走り、六本の尻尾を器用に使って石を回収した。取り敢えずはこれで当面の目的である「宝物を奪い返す」は達成されたが、怯みから立ち直ったクライとロスは、逃すまいといった様子でエキュゼたちに向かってきた。
「おいおいお前ら、不意打ちとはいい度胸じゃねえか。ぁあ?」
「話が違うんだよなあ。それ渡さねえと手加減しねえぞ?」
「い……イヤだ! これは私の宝物なの! 絶対に渡さないから!!」
明らかにイラついている二匹を前に、エキュゼは一歩も引かずに抗議した。内心は恐ろしくて仕方がなかったが、それを表に出さないように、勇気を振り絞って強気な態度で臨んだ。
その姿に、臆病者の面影は既になかった。
PHASE3 : 岩盤を落とす「ネイト!」
「あいさー!」
アベルは手に持ったタネを軽くパスし、ネイトに渡す。無事にタネを受け取ったネイトは、正拳突きを放った時と同じくらいのパワーでタネを斜め上へと投げつける。
アベル曰く、このタネは『爆裂のタネ』と呼ばれるもので、衝撃を与えるなどするとその名の通り爆発する、取扱注意の危険物だという。一部の場所では爆薬としても扱われているとか。
その小さな体では予想出来ない勢いで投げられた爆裂のタネは、回転を伴いながら、真っ直ぐには飛ばなかったが、丁度タネの先端が天井に刺さった。カラカラという種族上、道具の扱いは長けているのだろうか。
「うひょっ!?」
直後、爆竹のような大音量の音が洞窟内に響き渡り、爆破された天井にはミシミシと亀裂が入る。これがヤバい状況だとクライたちが気付いたのは、天井から切り離された岩盤が重力に従って落ち始めてからだった。
「「うあああああああ……!!」」
降り注ぐ岩石から逃げるネイトたちの背中を見ながら、クライとロスの意識は岩盤と共に沈んでいった。
数十秒前まで清々しいほどに何も無かった『海岸の洞窟』最奥部の広場の中心。安地へ逃げたネイトたちが振り返って見た光景は、リフォームの匠ですら白目をむいて「なんということでしょう」と言いたくなるようなビフォーアフターっぷりだった。
砂地で出来た広場には、天井から落ちた岩々が地面に突き刺さるように立ち並び、崩れた天井からはおぼろな夜の光が差し込んでいた。深い意味はないが、さながら一種の墓標のようだった。
「これ……死ん、じゃった……? そんなこと、ない、よね」
「絶対零度の冷気に晒されようが、ギロチンにかけられたって死なない生物だ。いいところで瀕死だろ」
「アイス棒でも刺しとく?」
「カブトムシの墓か」 淡々と語るアベルからはイマイチ説得力を感じられなかったが、俗に言う『一撃必殺』を受けても瀕死で済むケースは、実際にも多いようだった。
「まあなんにせよ、しばらくは滅多なこと出来ないよね」
「エキュゼ、ここは喜ぶべきポイントだぞ」
「えっ……? う、うん……そう、かな?」
迷うエキュゼに応えるように、尻尾から石がころん、と落ちる。不思議な模様はぼんやりと白く、ほのかに笑った気がして。
初めての探検も、初めてのバトルも。
思えばここまで、あなたが導いてくれたのよね。
お返しのつもりで、エキュゼも『宝物』に微笑み返した。
「……何ニヤついてんだ」
「ウフフ……別に? なんでもないよ♪」
「キモい」「…………」
「エキュゼにしては珍しい」の比喩のつもりだったのだろうが、久々に聞くアベルからの罵倒は胸に刺さるものがあった。ダンジョンを出るまでエキュゼは終始無言だった。
MISSION COMPLETED !! 海岸に出ると、夕日を見にきた時とは一変、外は真っ暗だった。光源の月もかなり高いところまで昇ってきており、それを見た瞬間、一同にどっと疲れが押し寄せた。
石を奪還したあとの帰り道については特に問題もなく、最奥部の天井の陥落で危険を読み取ったからか、ポケモンが出てきて戦うこと自体がなかった。
「クソネミ……」
肉体的にも精神的にも疲労していたのか、ネイトは背中から倒れ、砂浜に大の字の形で寝転がった。
無理もないだろう。目が覚めたらポケモンになって、記憶まで失うという特典付き。慣れない体で初探検、初戦闘。考えることが多すぎて、平然としていられる方がおかしかったのだ。
ふう、とアベルは安堵のため息をつき、ネイトの方を見ずに言った。
「認めたくはないがな、お前にはだいぶ助けられた」
「んん〜……?」
「あの、今日は本当にありがとう! 二人の協力がなかったら私……」
「んふぅ〜、三人いたから勝てたんだよ。多分」
あくまで謙虚に返すネイトに、二匹はどこか困惑しながらも彼の内側にある優しさを感じていた。腹立たしいほどのボケも、自分たちを勇気付けるための行動だったと考えると、どこか辻褄が合っているような気がした。実際はそんなことないが。
「しかし損なことばかりだったな。帰るぞ」
「うん……え!? 待って、ネイトは!?」
「めんどうくさい」
流石にこればかりはエキュゼも全力で止めにかかる。面倒なことになると関わりを避けるのはアベルの癖だったが、幾ら何でも無責任にも程がある。偶然にもネイトの『にゃんにゃん♪』事件と状況が酷似していたが、今回はネイト側に非があるわけではなかった。
「ね、ねえ! せめて寝床は提供してあげようよ! そうしたら、」
「こんな得体の知れないポケモンと一夜過ごせる覚悟はない。俺は帰る」
「そんな……」
非情、である。宝物を取り返すのに協力してくれた彼は、曲がりなりにも恩人のはず。
だが改めて考えるとおかしい部分はたくさんあった。記憶は無いはずなのに、戦闘になると体が動く。その上、炎まで扱えるが、カラカラの武器である骨は持っていなかった。
石の模様を見て、どういうわけか名前を思い出した彼。
そもそも、どうして海岸で倒れていたのか。
なぜ、彼は自身を「人間」と名乗ったのか。
募る不信感。
「ううん、それは違うよ」
疑問に呑まれそうになった自分を否定するように、きっぱりとエキュゼは言った。
「確かにネイトは普通じゃないって思ったよ……けど、それとこれとは別でしょ?」
アベルの目が大きく開かれる。あのエキュゼが初対面の相手をここまで擁護するのは珍しいどころか、初めてのことだった。
構わずエキュゼは続ける。
「融通は利かないし……というか、結構おバカだったけれども! それでも私を……私『たち』を助けてくれたのは事実でしょ!?」
「…………」
強まる語気と必死に訴える強気な姿勢。アベルは何一つと反論出来なかった。エキュゼの瞳と表情からは微かに自分への憤りを感じ、アベルは目をそらした。
何がそこまで、お前を真剣にさせるんだ。
「……わかった。あまり長居はさせるなよ」
目を瞑り、ため息をついてから、渋々、という感じでアベルは承諾した。これ以上話しても時間を食うだけだと察した上での判断だった。
その了承に対しエキュゼは喜びもせず、「ふん」と顔を背けた。アベルの態度が気に食わなかったのだろうが、思いのほか反抗的な反応にアベルは苦い表情を浮かべた。
エキュゼは振り返り、寝床提供の旨をネイトに話そうとした。
「ごめんねネイト。よければ私たちの…………あれ?」
ネイトは依然と寝転がったままだった。そういえばさっきからやけに静かだったような。まさかと思い、エキュゼは彼の元に歩み寄る。幸せそうな寝息が聞こえた。
嘘でしょ?
あなたのことを思って、交渉したのに?
この砂浜で?
バカなの?
結局のところ、エキュゼはネイトを置いていった。清々しいほどに後悔は無かった。
これを機に、彼らはネイトに気を使うことをやめた。