第6話 不可抗力の洗礼
『プクリンのギルド』前、高台。門への侵入を拒むように、いかにも「罠ですよ」と言わんばかりに存在を誇張する異質な大穴があった。もっとも、道の端に左右対称に置かれたポケモンをかたどったトーテムポール、門にはギルドの親方であるプクリンの上半身を模した何か(材質不明)がテーマパークばりに顕示されていたりと、異質なものは穴だけに限らないのだが。
それはさておき、この大穴は『見張り番』と呼ばれるもので、下で待機しているポケモンが、格子に乗ったポケモンの足型を見て種族を判別し、不審なポケモンでなければ出入りの許可が下りるという、その風体とは裏腹にしっかりとした管理システムである。
よほど悪事を働いたりしていなければ、ギルド関係者でなくても大半のポケモンは出入りが自由なのだが
。
「ねねねね、ね? まっま、ま、まずは深呼吸からっ……」
「そう言っといて結局前も行かなかっただろうが」
「そんな覚悟で大丈夫?」
どう見たって大丈夫じゃない、問題だ。
このロコン、エキュゼ・ライトアーレが今までギルドへの入門を果たせなかったのには理由がある。一つは、弟子入りするための勇気があと一歩のところで足りなかったこと。この問題はネイトが参入することで解決された。
問題はもう一つの方。今まさにエキュゼがパニックを起こしている原因である、この物騒な大穴。上記のように、蓋を開ければ別段おっかない仕掛けでもないのだが、どうにも下で監視しているポケモンの声に対して過敏に驚いてしまうらしい。
とりあえず深呼吸から入ろうというエキュゼの小さな努力は見えるが、アベル曰く、以前も同じことをしてやはり失敗した模様。
このままでは埒が明かない。そう考えたアベルは、ネイトとともに強行手段へ移す。
「わわかっ、わかったからぁ! ひとりでいくから、ねね、ちょっ
」
「ネイト、抑えろ」
「あいっさー!」
身を捩って必死の抵抗を試みるも、アベルに首を、ネイトに両後ろ足を掴まれ、肢体が地上から離される。
その間にもあーだのわーだのわめき散らしていたが、哀しきかな、どうあがいても
男二匹の力には到底敵うことはなく、エキュゼは格子の上へ雑に降ろされた。
『ポケモン発見! ポ「
ああああああああなになになになになにこわいこわいこわい!!」
当然ピタリと大人しくなるはずもなく、それどころかさらに抵抗力が強まるばかり。しかも今度は耳と精神にくる絶叫のおまけ付きときたので、首元を押さえつけていたアベルは反射的に顔をしかめた。
「この……ッ! 暴れんな!」
「
んがぁ……!? 前があああ」
悪化していく状況に普段は最低限の声量で毒を吐くアベルも今回ばかりは声を荒らげるほかなかった。ネイトに至ってはヘルメットの鼻先を蹴られ、ずれたことで視界不良になる始末。三匹のポケモンが見張り番でもみ合う光景は、本人たちが気づかぬ間に特別異様なものとなっていた。
エキュゼに振り回される二匹もだが、何より不憫なのは下で見張りをしているポケモンの方だ。仕事上とはいえこんな騒がしい連中を相手にしなければならないのだから。
『足型は……足型はロコン! 足型はロコン! ……ですけど、大丈夫ですか? 何やら騒いでますけど……』
「え? ああ、大丈夫だ。驚かせてすまない。気にしないでくれ」
『え? でもこわいとかなんとか……』
「え、あ、ちょっ……
黙れ! 本当になんでもないから!」
アベルの言う通り、本当にやましいことは無いのだが、どうもいい感じにセリフが誤解を生みかねない調子になってしまっているせいで、見張り番の不信感は見えずとも肥大化してきているのがわかる。
さらに不味いことに、気がつけば階段付近に少数の
人だかりが。エキュゼの悲鳴にかき消されてほとんど耳に入ってこなかったが、野次馬たちが何やらヒソヒソと三匹を見て話していたのだ。
二匹の間に何か嫌な予感がよぎる。
「うーん、もしや僕たちって不審者?」
「賢いな」
「えへへぇ〜〜」
「何照れてんだ」
そう、不審者。この数分間のいざこざ(正確には見張り番突入前のやりとりからの可能性あり)で、本人たちの意図とは別に付けられてしまった不名誉なタグ。もっとも、実際に不審だったが故にこのような事態へ陥ってしまったわけなのだが。
しかもこの見張り番は『不審者』を通さないためにあるわけであって。
『ロコンか……よし、入っていいぞ!』
「いいんだ!?」「嘘だろ」 なんの滞りもなく門が真っ直ぐ開く。あれだけ暴れたのにも関わらずすんなりと入場許可が出てしまったことに対し、二匹は信じられねえといった様子で声を合わせて驚く。
無論、何もないに越したことはないが、かといって食いつきの一つもないのはいかがなものなのだろうか。今度はこちらが不信感を持つ番だった。
「疲れてるのかな?」
「おいここやべえぞ」
と反応は散々だが、よく考えてみれば足型だけで不審か否かを判別するというシステム自体が穴だらけであることに、彼らはこの時気付かされたのである。
そもそも探検家や依頼を持ち込むポケモンといった多種多様な相手を、その全てを管理しきれるわけがなかったのだ。おそらく開き直って『来るもの拒まず、去る者追わず』の精神で適当に済ましているのだろう。
「う、あ、あれ……? もう終わった……?」
「ああ、おかげさまでな」
ようやく静かになったエキュゼに、アベルがとっっっっっても皮肉のこもった一言を投げかけるが、本人には通じていないようだった。タイミングが良いのか悪いのか、こそこそと喋っていた野次馬たちもいつの間にか姿を消していた。アベルの口からため息が漏れる。
『おーい! まだそこに二人残ってンなーーー!? 早く乗れーーー!!』
「チッ……うっせえな」
一連の流れで既に機嫌を悪くしているアベルは、見張り番らしきポケモンの心無い言葉になおイライラしたらしく、軽く舌打ちをし、門を睨みつけながら格子の上に踏みつけるように乗った。
『ポケモン発見! ポケモン発見!』
「うぜぇ」
『誰の足型? 誰の足型?』
「見りゃわかんだろ」
『足型はキモリ! 足型はキモリ!』
「うぜぇ」
『よし、入れ!』
「うるせえ」
一言一言律儀に返している辺りから、余程腹が立っていたことは容易に想像できる。アベルは蹴り飛ばすように格子から足を退け、振り返ってからネイトの目を見て小さく顎を向けた。彼なりの「次はお前だ早くしろ」という指図なのだろうか。
「ネイト発進! うっひょひょ〜♪」
エキュゼと違って状況を全て把握しているはずなのに、何が面白くてこんなテンションでいられるのだろうか。ただでさえ面倒で苛立っているアベルは、頭を震わせながら傾け、首をコキッ、と鳴らす。
僅かに助走をつけてから無意味に走り、「とうっ!」という掛け声とともに格子へジャンプし
「
むがっ」
左足が、格子の隙間にはまった。
当然ながら格子は助走をつきのジャンプをして乗る馬鹿を前提に作られていないため、ギイィと軋み
壊れるとまではいかなかったが、微妙な曲線を描いて歪んだ。むしろ落ちなかっただけマシというか、不測の事態にも足場としての役割を保つことができる分優秀な格子と言えるだろう。だからなんだという話だが。
そんな格子事情など気にも留めず、ネイトは落ちかけの左足を見てから二匹に助けを求めた。
「あー……ごめん、ちょっと手を
あいだだだだ!! 痛でで!! ちょ、蹴るのやめ
ででで!!」
ついに堪忍袋の緒がキレたのか、アベルがこれでもか、というほどに無防備なネイトをゲシゲシと踏みつけ始める。見張り番の下に突き落とそうとしているのか、はたまた単に痛め付けようとしているのか。なんにせよ、あまり健全ではないこの様子を見兼ねたエキュゼが止めに入る。
「え、な、何してるの!? やめなよ!」
「止めないでくれ! 今の俺にはコイツを叩かなくてはならない理由があるッ!!」
文字列だけ見ればなんとも熱い展開を彷彿とさせられるが、実際に起きているのは青少年たちに視聴を推奨したくないような醜いリンチが行われているだけだった。事実は小説よりも奇なり(創作だけど)。
ひとしきり暴力を働いて落ち着いたのか、アベルは長い息を吐いた後、フンと鼻を鳴らして一人先にギルドへと入っていった。
「だ、大丈夫? じゃないよね……」
「たぶん無理……部分的に無理……ガクッ」
『部分的に』が具体的にどこを指しているのかは不明だが、効果音を自らの口から言えるくらいの余裕はあるらしい。
とはいえ、あれだけ派手に暴行を受けたのならば「無理」と言うのもおかしくはない。エキュゼは文字通りガクッとしたネイトの体を起こさせるために手を貸そうとした。が、
『足型はぁ〜……
えーっと? よく見えない……』
「あっ、すみませーん。今立ちマース」
見張り番が困っていることを察した瞬間、ネイトは先ほどの弱り切った様子が嘘だったかのようにすっくと起き上がり、機敏な動きで格子にはまった足を引き抜いた。この豹変ぶりにはエキュゼも「ええ……?」とドン引きに近い声を漏らし、差し出そうとした前足を引き戻した。
「あれ……? 大丈夫、なの?」
「大丈夫だ、問題ない」
「それダメなやつじゃない……」
説得力ゼロのオーケーサイン。足の動きも若干おぼつかないが、それでもこのセキュリティゲートを抜けるために格子の上に踏みとどまった。
『足型は……エーット』
「んあい? まだ見えないのかな?」
『エーット……足型はぁ……』
中々出ない答えに疑問符を浮かべながら、ネイトは足の位置を少しずらし、なんとか見張り番が判別しやすくなるように努力をするも、一向に自身の種族名は帰ってこない。
『足型はー……多分カラカラ!』
『ぬわにぃーーー!? 多分カラカラだァーーー!?』 驚愕の声が振動を通じてネイトの立つ格子まで響いてくる。大声による情報伝達の仕事をするにしては明らかにオーバースペックな声量だ。
『だってぇ、この辺じゃあまり見かけないんですもん』
『むぅう……だが怪しい者ではなさそうだな。よし、入れ!』
「嘘でしょ!?」 エキュゼはあんぐりと口を開き、アベルやネイトと同様に、信じられない、という声を発した。どう考えたって先ほどの行動を見返せば不審であることなど一目瞭然のだが、少し疲れているのだろうか、ネイトは怪しいポケモンではないため通行できるらしい。
「さっきアベルが『ここやべえぞ』って言ってた」
「うん……そうかも……」
エキュゼにとっては期待と緊張の高まる弟子入り
のはずが、この見張り番の一件で
不安と悪寒の労働者デビューへと早変わりしてしまったのは想像に難くない。
ネイトが歩を進める。
「ぬっひょひょ! 行こう! 僕たちの冒険はまだ始まったばかりだ!」
「え? う、うん、そうだね……」
「いやあ〜、ワクワクするねぇ」
「そう……かな?」
エキュゼ念願の入門は最悪のスタートを切った。
ギルド内部に通じる梯子を前に、突然ネイトは自身の胸を押さえ、首を傾げた。
「ん、んん? やっぱりまだ痛むかな」
「あー……アベルの?」
「や、少しだけね? ダイジョブ」
「……自業自得、だよ」
「あい……すんません……」
ネイトにとってもあまりいいスタートではないらしい。
トレジャータウン周辺で活動する探検家が根城とする『プクリンのギルド』。門を抜け、梯子に足を掛ける二匹のポケモンを最初に迎えたのは強い湿気。本能的に不安が強まるが、一歩降りる度に光とざわめき声が強まってゆき、やがて地面が見えてくる。
梯子を降り、振り向いた先に待っていたのは、門の外観からは想像もつかないほどの大部屋だった。ネイトは思わず感嘆の声を漏らす。
上手と下手にはそれぞれ巨大な掲示板があり、上手側ではビッパとキマワリがなにやら相談事をしていた。
他にもポッポにタネボー、オオスバメとケムッソ、トロピウスやボーマンダなどといった大型ポケモンまでもがこの一つの空間に集結していた。
「すごい! これがギルド……!」
後ろから遅れてやってきたエキュゼが、ネイトと同じく目を輝かせて辺りを見渡す。立派な内観に圧倒されながらも、その様子はまるで期待に胸を膨らませる少年そのものだ。入門前に抱えていた不信感は感じられない。
そんなエキュゼを尻目に、ネイトはふと気付いた。そういえば先ほどからアベルの姿が見当たらない。ネイトのおふざけに呆れて先にギルド内部へ入っていったはずなのだが、どこへ消えたのだろうか。
「あれ? そういえばアベルは……」
「あーね、それ僕も思った」
偶然にも考えが一致……といっても、現状がそうであるからその考えに至ったわけで、別段不思議なことはない。
早速アベルを探すために足を進めるが、直後に「あっ」とエキュゼが早くも何かを見つけたようで、前足を突き出した。
指した先にあったのは看板、の裏。ではなく、その下にある隙間から見える二本の足、つまるところ看板の表側にアベルがいるのではないか、ということである。ああややこしい。
「うぐぅ……僕としたことが死角を取られていただなんて……不覚!」
「どうりで見つからないわけね……」
「なんの話だ」
エキュゼのファインプレーのおかげで、二匹が駆けつけた先で無事アベルを発見することができた。しかし、当の本人は捜索されていたことなど何処吹く風。腕を組み、看板に書かれている文章を読んでいた。
「えっと、それは何? あっちの掲示板とは少し違うみたいだけど……」
「ああ、『ポケモン探検隊連盟Q&A』だとよ。クソみたいなことしか書いてねえ」
「……? 何が書いてあるの?」
「丁度いい。クソ親切にそこのところの回答もある。読んでやろう」
ネイトが疑問に思ったのは内容の方ではなく、この世界で使われている字についてだったのだが、この時のアベルがそれに気付くことはなかった。
喉の調整のつもりか、アベルは一つ咳払いをしてから看板の字に目を走らせた。
「『
Q2:ここには何が書いてあるの?
A2:ここにはとても役に立つことが書いてあるのだ。……終わり。』」
確かに『クソ』呼ばわりも納得の域だが、それ以前に公式の回答がアバウトすぎるのはいかがなものなのだろうか。もしかすると、芸術的な意味合いで「答えは自分で探し出せ!」ということを表記しているつもりなのかもしれない。あくまで希望的観測だが。
「ざけてんのか」
「こ、これ……連盟直々の文だよね?」
「うーん、哲学的」
一匹妙に納得しているのはさておき、大半は思わしくない反応が帰ってきて当然である。もはや不信感は『プクリンのギルド』に留まらず、探検隊そのものにまで侵食した。
一時期は忘れられかけていた不安が、彼らの中で再び着座する。
「さっき入ってきたのはオマエたちかい?」
「なんだお前」
ネイトたちが利用した梯子とは別のもう一つの梯子
一つ下のフロアからやってきたと思われるポケモン、ペラップが唐突に彼らの元へ歩いてくる。見張り番の一件のせいか、どうも歓迎されていないらしく、声のトーンはやや低め。
対するアベルも
負けじと初対面の相手を「お前」呼ばわり。決して張り合う場面ではないはずだが、おそらくこれが彼にとっての平常運行なのだろう。
「フン、礼儀がなってないね。私の名前はクレーン・ビルド、ここらでは一番の情報通であり、親方一の子分だよ! 勧誘やアンケートならお断りだよ。さあ帰った帰った!」
ペラップ改めクレーンは、このギルドで一番の子分らしい。ナンバー1が親方のプクリンであるとすれば、それに次ぐナンバー2に当たるポケモンであると推測できる。つまりは偉いポケモン。
エキュゼは焦った。一つはアベルが喧嘩を売った相手がかなりの立場を持っていたこと。もう一つはそんな立場のポケモンから門前払いを勧められていること。こちらは「探検隊になりたい」とお願いする側なのだが、この様子では見込みは絶望的だった。
とはいえ、このまま何もせずに帰ってしまえば今までの努力が全て水の泡と化してしまう。恐る恐る、しかし当たって砕けろの精神で、エキュゼは聞いてみた。
「あ、あの! すみません、わた、私たち、探検隊が、やりたくて、その……」
「えっ!? 探検隊!?」
『探検隊』という単語を聞いて、さっきまでのクレーンの無愛想な表情が一変、驚愕してパッと目を見開いた。(既に色々不味いのは置いといて)何か不味いことでも言ってしまったのだろうか、とエキュゼ自身も反応に驚く。
するとクレーンは突如後ろを向き、何か考え出すように両翼で音符型の頭を抑え、ブツブツと呟き始めた。
「今時珍しいコだよ。まさか、このギルドに弟子入りしたいだなんて……」
呟く、といっても三匹にはまる聞こえの声量である。聞かれたくないから後ろを向いたはずなのだが、声の方には配慮がいかなかったのだろうか。まさしく鳥頭である。
「数あるギルドの中でもここは修行がダントツに厳しいせいで、最近じゃ脱走者も少なくないというのに……」
「えっ!? ここってそんなに厳しいんですか……?」
エキュゼの不意の問いかけに、ハッと我に返るクレーン。素早く振り返り、両翼を揉み合わせながらニッコリ笑顔で首を振る。あまりの豹変ぶりにエキュゼは一歩後ろに下がった。
「い、イヤイヤイヤイヤ! そそ、そんなことはないよ!? ギルドの修行はとォ〜〜〜ッても楽チン!」
(((絶対嘘だ)))
隠しきれない汗に、不信感を煽る崩れた言葉遣い。そもそも修行なのに楽とはどういう意味なのだろうか。ツッコミどころは色々あるが、その必死さ故に指摘も酷だと感じたのか、誰一人として異論を口に出すことはなかった。
「フフフフフ♪ そうだったのかー♪ もー、探検隊になりたいなら早く言ってくれなきゃ♪」
「だって、会って一言目が『帰れ』だったぢゃん……」
「うっさいなー♪ ほら、チームを登録しにいくよ。着いてきなさい♪」
ネイトの苦言も即却下。探検隊の登録を急ぐ辺り、何かやべー店の詐欺を彷彿とさせるものがあるが、むしろあのファーストコンタクトからここまで話が進んだのは奇跡的である。もはや着いていく他の選択肢はない。
「……絶対なんかあるよな、アレ」
「一瞬であんな顔変わるんだもんね。ドゥーする? エキュゼ」
「え、うん……
ドゥー、しよう……?」
ドゥーしようもない。
案内されたのは地下二階。あの広い空間の下にさらに部屋があること自体エキュゼは驚きだったが、さらに驚くべきは、その素晴らしく広々とした空間。軽く見ただけでも地下一階の二倍近くの面積がありそうだった。
「見ての通り、ここがギルドの地下二階。主に弟子たちが働いているところだ」
「おお! 百人乗っても大丈夫!」
「収容施設か」
「ちょ……アベルは黙って!」
何も危なっかしいこともない、ただ説明を聞くだけの時間のはずが、アベルが介入することでこうも
地雷原へと早変わりしてしまうのは、もはや運命なのだろうか。さしずめ、ツッコミ役のエキュゼはマインスイーパといったところか。
しかしネイトの言う通り、百匹収まるかどうかは別として、多くのポケモンが集まっても問題のないだけのスペースはある。働く場所とは言っていたが、一体ここで何をするのだろうか。
「さ、チームの登録はこっちだよ」
梯子を降りてから左、進んで左側には楕円を半分に切ったようなドアが。ここまでドア付きの部屋を見てこなかっただけに、なんだか妙な緊張感が漂う。
が、重要なのはそちらではなく、真っ直ぐ進んだ先にあった窓ガラスである。地下なのに窓があるということに、ネイトとエキュゼは大変興味を持ったらしく、クレーンの説明もそっちのけで一直線に向かっていった。
「うっひょひょー! 地下なのに海が見える! うーーーみーーー!!」
「すごい……! なんだか不思議……」
二匹して窓台に両手で乗り上げ、外に写る景色を見下ろす。
そこに見えたのは、まだあどけない風貌の少年と少女の姿。そして、少しだけ傾いた太陽の光、それに照らされて弾けるように煌めく大海原
。まるで、これから先に起こりうるであろう明るい未来を暗示しているようだった。少なくとも、彼らにはそう見えたのだ。
「コラコラ、そんなことでいちいちはしゃぐんじゃないよ!」
二匹は永遠とも取れる時間から、クレーンの注意によって現実へ引き戻された。隣ではアベルも「何やってんだ」という目線で二匹を睨みつけた。
「このギルドは崖の上に立っている。だから海も見えるのさ」
「そんな立地条件の悪いところにしか建てようがなかったのか」
「まさに崖っぷちギルド! なんちて」
「ちょっ……ネイトも黙って!」
遂にクレーンからも「お黙り!」とお叱りを受けたところで、ようやく本来の目的である探検隊チームの登録、それを行うための部屋の前までやってきたネイト御一行。
入室前に、最後の警告と言わんばかりに注意が入る。
「いいかい、ここが親方様の部屋だ。くれぐれも……くれぐれも! 粗相がないようにな!」
クレーンは翼の甲(?)で扉をノックし、「親方様。クレーンです。入ります」と一言声をかけ、返事は無かったものの、いわゆる無言の了承というものだろうか、クレーンが三匹に向けて頷き、オーケーサインを出す。さながら突入寸前の軍隊の図だが、緊張感はそれ並には感じられる。
扉をゆっくり開き、クレーンに続く形でぞろぞろと親方の部屋へ入ってゆく。
「失礼しまぁ〜す」
「失礼します……」
「…………」
「粗相がないように」の言い付けに忠実に従うよう意識し、ネイトとエキュゼは余計なことを口走らぬように意識した。アベルに関しては無言ではあったものの、これは『無礼』ではなく、口を開くこと自体が不味いという考えの元実行した、彼なりの『礼儀』だった。エキュゼは心の中で「いいね!」ボタンを押した。
「親方様。こちらが今度新しく弟子入りを希望している者たちです」
親方、というからには、大きな椅子に座ってどっしり構えているようなイメージが浮かぶが、その親方は座るどころか、そもそも部屋に椅子がなかったのだ。さらには面と向かうこともなく、どういうわけか背中を向けて微動だにもしない。
奇妙な光景だ。
「あの……親方様?」
クレーンが呼びかけるも、桃色の後ろ姿は不動の意思を貫き通すつもりなのか、プクリンは全く動く気配がない。ぴょこんと対に生えた可愛らしい耳も今では置物のように静止したまま。
「…………親方様?」
「やあっ!!」
二度目の呼びかけでスイッチが入ったのか、最初からフルスロットルかよとツッコみたくなるような速度で振り返り、油断も隙もない元気なご挨拶。スリラー映画顔負けの演出に、三匹は例外なくビクリと体を震わす。
「ボクの名前はルー・フレッド! ここのギルドの親方だよ! 探検隊になりたいんだって? じゃ、一緒に頑張ろうね!」
親方のプクリン
ルー・フレッドは、無反応だった時間の遅れを取り戻すが如く、迅速に話を進める。聞いている当の本人たちは、行動の一つ一つが不可解過ぎるせいで、もはや話に着いていけない様子だった。会話に付け入るスペースもないため、「ああ」やら「おお」と適当な相槌で誤魔化していた。
「さて、とりあえずは探検隊のチーム名を登録しないとね!」
「だってさ、アベル」
「らしいな。エキュゼ」
「え、ああ……! 全然考えてなかった……」
優しい譲り合いという名のたらいまわし。不幸にもその最後に回ってきてしまったエキュゼがチーム名の登録を任されたわけだか、残念なことにノーアイデアとのこと。
さて、急にピンチへ追い込まれてしまったエキュゼだが、一つ悩んだ後、「バトンタッチ……」と小声でネイトの手の甲にタッチし、エヘヘと笑う。
僕ぅーーー!?
タッチされたからには、ネイトがそのバトンを責任持って受け取らねばならない。全然「エヘヘ」な展開ではない件。
いやはや、と参ってしまい、頭(骨)をポリポリかくネイト。ここまでの彼のボケ具合から忘れている人も多からずいるだろうが、ネイトには記憶がないのである。そんな状態から単語らしき文字列を連想しろという方が無理だ。
無茶な注文ではあったものの、「むしろここで思いついたらすごくね?」とネイトは心を天邪鬼にし、文句の一つも言わずに意見を出してみる。
「……ポケモンの集まりだから、『ポケモンズ』」
「そのくくりだと、俺たち『生物ズ』でも問題ないな」
「やかましー!」とアベルに反論するも、『生物ズ』になることはどうしても避けたいところである。止むを得ず別の候補を模索する。
「ん、わかった! じゃあ『グギグギグ』で!」
「ぐぎ……何? 言いづらいよ……」
「お前のそのセンスはなんなんだ」
いざ考えてみればこのザマ。何も考えていないヤツにナンセンスと指摘される筋合いはないと思うのだが、確かに発音が面倒なのは事実である。
『○○の集まりシリーズ』は他の共通点がわからない以上却下。『なんとなく響きでシリーズ』もセンスの無さで同じく却下。
(……流れで適当にできちゃったチームの名前、かあ)
計画的とは言えない成り立ちを反芻するも、こみ上げてくるのはあまりよくないイメージばかり。そもそも探検隊に対してなんら思い入れを持ち合わせていないのだから、こう、ビシッと決まるような名前が決まらないのも必然なのだ。
いや待てよ、流れ? 突然の閃きに、ネイトの口が意図せず動く。
「ストリーム」
「中二乙」
「ストリーム? ……なにそれ!? なんかカッコいい!」
文字通り『流れ』で出した意見ではあったものの、意外にも感触はいい感じだった。約一匹否定派がいるが、アベルのことだからどうせ何言ってもケチをつけるのだろう……ということで、今度は逆にネイトが異議を取り下げ、無理やり満場一致の決定を遂行した。
「んじゃ、チーム名は『ストリーム』で!」
「了解だよ♪ 次はリーダーを決めてくれるかな?」
チームリーダー。つまるところ、指揮及び責任者は誰がとり行うかを決めろということだろう。恐らくチーム登録の過程で一番やっかいな関門に当たる部分と思われる。
ここで少し話が変わる。学校やサークル等で仲の良い人同士が集まり、自然発生的に形成される『グループ』というものには、話の中心になって周囲を盛り上げる人、指揮をとって多人数をまとめ上げる人が、たいていは存在する。
話を戻そう。結論から言えば、このチームには『まとめ役』が存在しない。各々が極端で、性格に優劣をつけられにくいのだ。
やる気なし筆頭、アベル・ラージェン。
自信なし筆頭、エキュゼ・ライトアーレ。
頭足らず筆頭、ネイト・アクセラ。
極端、という表現にはやや語弊がある。ハッキリと言ってしまえば、責任能力を持ったポケモンがいないということだ。
「俺はパス。だるい」
「うーん……私も」
「えー? じゃあ僕、が?」
「駄目だ」 折角自ら立候補したというのにこの扱い。理不尽極まりない。
だが、今スポットを当てているのは、心持ちの問題とかではなく、リーダーとしての仕事が実行可能か不可能か。この一点に限っていた。
しかし、その適正を持ったポケモンはいなかったわけで。
「でも、このままじゃ誰もリーダーにならないし……『やってもいい』っていうなら、任せてもいいんじゃない、かな」
「よくない」
「おぅけい! 僕はやるぜ僕はやるぜ!」
随分と自己主張の激しい自薦だが、別に名指しがあったわけではないということはわかっているのだろうか。ちゃっかりアベルも後ろ向きである。
「チーム名は『ストリーム』で、リーダーは
」
「あい! 僕、ネイトで!」
「やめてくれ」
親方の部屋に入ってから一度も名前が出ていないのを察してか、ネイトは自己紹介も兼ねて挙手する。相変わらずアベルは否定の姿勢だが、ルーですら「決まりだね♪」と無視する始末。
「登録♪ 登録♪ みんな登録♪」
「イェイイェイ♪ ぬっひょひょ♪」
チームの登録には謎の儀式的なものが必要なのか、ルーは突然踊り出す。すると、突飛な出来事だったにも関わらず、ネイトも合いの手を挟んで共に踊っていた。ネイトの適応力の高さゆえか、あるいは二匹に何か通ずるものがあったのか。しかし、合いの手が「ぬっひょひょ」というのはどうなのだろうか。
呆れながらその様子を傍観していた二匹だったが、ふとアベルはクレーンが両翼を目の後ろに当てていることに気付く。どういうわけか目も伏し目がちである。
(エキュゼ、耳、塞げ)
(え、ど、どうしたの?)
直後、エキュゼはこの言葉の意味を嫌でも理解することになる。
「とうろくとうろく……
たぁーーーーー!!」
「んぎ!?」
部屋じゅうに走る凄まじい衝撃波。ルーの真正面に立っていたネイトは吹き飛び、扉に叩きつけられる。これがルーの口から発せられた『″ハイパーボイス″』であることをエキュゼが理解したのは、この大嵐が止んだ後だった。
「ぅぅぅ……い、今のは……攻撃?」
「クッ……大声なんてレベルじゃねえぞ」
ネイトと違い、あらかじめ耳を塞いでいた二匹も、そしてこうなることを予想していたであろうクレーンですらその迫力に膝を着く。ゼロ距離、無抵抗で音波を受けたネイトの被害は計り知れない。
「おめでとう! これで今日から君たちも探検隊だよ!」
どのツラ下げて言ってんだ、とアベルがキレそうになるが、エキュゼが腕を掴んで制止する。
クレーンは目を回して『千鳥足』、ネイトは白目を向いて仰向けに倒れている。確かにこの状況にはおめでたい光景など微塵もない。アベルの怒りも納得である。
が、そんな心情は知らずといった様子で、ルーはどこから取り出したのか、オタチの二匹くらいは入りそうな長方形の黄色い箱を三匹に向けて差し出す。
「記念にこれをあげるよ♪」
「あ……あのっ!! 貰えるのは嬉しいんですけど、その、ネイトが……」
話の合間に割り入ることを申し訳なく思いながらも、これだけは伝えねばならないという覚悟を持って、エキュゼはルーに物申した。
「
気絶、してるんですっ!」
リーダー不在、もっとメタなことを言えば主人公不在の状態。無論、エキュゼはネイトの身を案じた上で発言したのだが、考えようによっては展開的な回避にも思えてくるのが悲しい。
「……あり?」
ルーの頓狂な声に、二匹はなんとなくネイトに近しい匂いを感じたのであった。