T 夏の日、友の誓い
空は快晴。強い日射しとは裏腹に、涼しげな微風は季節の感覚を麻痺させる。されど、海風は頬に心地よく、キャモメたちの声が寂しさを緩和する。
旅立ち────。
アルトマーレの港に佇む大客船。波に合わせて揺れ動く機内は、赤ん坊をあやす母のようだった。
「────────!! 」
港でカスミとボンゴレがサトシ達に手を振る。何か叫んでいるようだが、波にもみ消されて何も聞こえやしない。
「うーん……全然聞こえないね 」
「でも、手を振ってるんだから“いってらっしゃい”とかだろ。こっちも手を振り返してやろうぜ! 」
『ピィカ! 』
『クゥウウウウウン!! 』
サトシは無邪気な笑顔で手を振り返す。つられたカノンも、少し小さめな弧を描いて手を振った。
***
船は無事出港した。目指すはアーシア島。カントー地方・オレンジ諸島の海の果てに浮かぶ島である。と言っても、この船が直接その島へ行くわけではないが……。
「カノン? 」
少女の視界に彼が顔を覗かせた。カノンは慌てて飛び退いて。
「な、なに? 」
「あ、いやぁ。ボンゴレさんが買ってきた
お土産食べるかな? って 」
「え? 人も食べれるの? 」
「ああ、全然いけるぜ! 」
*一応食べれますが、ポケモンのタイプや性格、好物に合わして作られているので、皆さんも食べる時はよく注意しましょう*
「例えば……これとか 」
サトシはひとつポフレを手に取り、一口食べてみた。
だが。
「────────っ!!! 」
サトシの体は凍結したようにピクリとも動かなくなった。
「……ど、どうしたの? サトシ君 」
「………
は、はりゃい 」
そう。サトシの食べたポフレはほのおタイプ用で、マトマの実のような に鮮やかな緋色をした超激辛のポフレである。
「え、ど、どうしよ! 水、持ってきたほうがいい? 」
「
ひょっほはっふぇ。ほへひはんはふぇはふぁふ 」
そう言って、サトシはモンスターボールからワニノコを繰り出した。
『ワニャ? 』
「
はひほほ、へぃほぅひぃーーふ!! 」
────刹那。その瞬間、サトシの“時”は凍りついた。
身体を取り巻く氷は肌を剃り、その極度の冷たさは“熱さ”をも感じさせた。
その熱に、少年の身体は溶けていく。冷気は頭から爪先まで沁み通り────。
「冷たぁーーーーい!!! 」
少年を解き放った。
「だ、大丈夫? 」
『ピィイカ? 』
『ワニャニャ! 』
『クゥゥゥゥゥウウ?』
カノンとポケモン達はサトシに駆け寄る。
「ああ、大丈夫大丈夫! 」
と、サトシ達が会話を繰り広げていた頃、何やら船内が騒ついてきた。
「なんだ? 」
「メインフロアの方だわ。行ってみましょう 」
部屋を出て、廊下を走り急ぐ。やがて見えてきたメインフロアには、大きなバトルフィールドが出現していた。
「今からこのバトルフィールドを解放します。バトルをしたいトレーナーは是非ご利用ください 」
「はい! 俺、バトルします! 」
サトシは誰よりも大きな声で威勢良く申し出る。そして、それに振り返った皆が驚いた。
『おい、あれってチャンピオンシップで優勝したって言う…… 』『嘘!? サトシさん!? 』『各リーグチャンピオンをも出し抜いたチャンピオン中のチャンピオンがどうしてここに!? 』
客は更に騒つきを増す。だが、サトシはそんな声など全く気にしてなどいなかった。
「さあ、誰か俺とバトルしてくれないか!? 」
そう少年が大勢の人々に問うた途端、声は止んだ。その状況をカノンは理解する。確かに、“チャンピオンサトシ”への憧れを抱く者はこの中にもたくさんいるだろう。しかし、いざ彼と戦って良いバトルが出来ず、恥をかくのが嫌なのだ。
でも、たった一人、人混みの中真っ直ぐに挙手した人がいた。
「僕がお相手いたします。サトシさん 」
「────っ、ケイト!? 」
そこに居たのは、服屋の店員だった筈の少年・ケイトだった。
「サトシさんを真似ただけのバトルですが、ある程度のご期待には応えられると思います 」
「……よし、それじゃあバトルしようぜ!! 」
サトシ<トレーナー>VSケイト<トレーナー>「ピカチュウ! 君に決めた! 」
『ピッカァ!! 』
サトシが繰り出したのはピカチュウ。彼のベストパートナーである。
「ピカっち! お願いします! 」
『ピィチュゥ! 』
対してケイトが繰り出したのは、同じくピカチュウ。しかし、二匹の間には大きな違いがある。
「青い………ピカチュウ!? 」
カノンは目を見開いた。普通のピカチュウなら黄色。珍しい色違いでも赤みを帯びた黄色だと聞いていた。だから余計に驚く、目の前の異常な光景に。
対峙する二匹のピカチュウ。
今か今かと闘いを待つ睨み合いという目の闘いが、フィールド内の大気を凍らせている。
────そして。
「バトル────開始!! 」
「先手必勝! ピカチュウ〈10まんボルト〉!! 」
「ピカっち! こちらも〈10まんボルト〉!! 」
黄色い雷と青い雷は互いを高め合い、殺し合っている。
その奇妙な光景に、観客は立ち尽くしてなにも言わなかった。
だが、断ち切られた沈黙は何処へ消えたのか。観客の声援の代わりに、激しく鮮やかな火花が宙に散る。
「〈でんこうせっか〉!! 」
疾走する電獣。黄色い影が地を駆ける。
時の流れに歯向かうように速く、間合いは迫る。
────彼の指示はそれを断ち切る。
「ピカっち、回転しながら〈10まんボルト〉!! 」
『ピッ!? 』
その指示に、黄色い影が慌てて跳び退く。
青い雷はまだ何もしていない。だが少年とピカチュウには見える。このまま攻撃していった雷の末路が────。
「今ケイトさんのピカチュウがやろうとした事って 」
観客側からカノンは推測する。
「今の指示……カウンターシールド、か 」
サトシの手に汗が湧く。
彼は気づいてしまったのだ、先程の激突の意味を。
「ケイトさん、案外策士……でも、だとすると──── 」
『クゥウウウウウン? 』
カノンの思考が脳裏を駆け巡る。
────あの〈10まんボルト〉の激突。
2つの火力が等しかったとは思えない。偏見ではあるが、明らかにサトシのピカチュウが優っている。
では、なぜケイトの青いピカチュウのものがそれと互角に撃ち合えたのか。
それは、ケイトが己を知り尽くしていたからだ。
自分のピカチュウはどのような攻撃に弱いのか。強いのか。
また、ピカチュウの攻撃はどのような場合に威力を増し、減するのか。
その己の弱点を、彼はサトシのピカチュウに重ねたのだ。
つまりケイトは、サトシのピカチュウの攻撃の全てを捌く術を持ち合わせている。
これは両者にとって、“自分”との闘いである。
自分に憧れて、真似てきた“自分”。
自分が憧れて、真似てきた“自分”。
この闘いを制するには、
自分の取り得る行動全てを予測すること
自分の攻撃をいかに上手く捌くかということ
相手に予測できない“自分”を創り出すこと、が必要だ。
それを彼は、ケイトは持ち合わせている。
要するに、この勝負は────
「サトシ君が……負ける!? 」
「本来なら……こんな闘い方は意味ないんですけど。相手がサトシさんなら話は別です 」
「…………ケイト、お前本当すげぇな! 」
サトシは心からケイトを讃えた。そんな余裕などどこにもない筈なのに。
しかし────その刹那。
サトシとケイトはバトルを邪魔する第三者の影に気づいた。
「────ッピカチュウ〈アイアンテール〉! 」
「────ッピカっち〈アイアンテール〉!! 」
飛び舞う二匹の電獣。
斬り裂かれた小さな機械が、無機質にバトルフィールドに堕ちる。
「誰だっ!? 」
「“誰だっ!? ”と聞かれたら 」
「答えてあげるが世の情け 」
『以下省略にゃ! 』
名乗り台詞に上を見上げると、上階に同じみの顔があった。
「っロケット団!! 」
「…………ロケット団 」
「人のポケモンを奪う、悪い奴らなんだ 」
「悪い奴ら、純粋悪か。僕の一番嫌いなタイプだ 」
ケイトの目付きが変わる。相手を威嚇し、睨みつける瞳。ロケット団3人に対する怒りの現れである。
「サトシさんを援護します。パターンは大体予測できますので 」
「ありがと。それじゃあいくぞ! ピカチュウ〈10まんボルト〉!! 」
電流が宙を駆ける。放たれた雷は一筋の槍のように、標的へ一直線に軌道を描く。
「ソーナンス、お願い 」
『ソーーナンッス!! 』
跳び出たソーナンスは七色に輝く壁を創り出した。壁は槍を吸収し、倍の光を放ち、こちらを一閃しようとする。
「ピカっち〈アイアンテール〉で吸収!! 」
青い雷は舞い、鋼の輝きを纏った尾を撫でるように光に翳した。
跳ね返された電流は、青いピカチュウの身体を駆け巡り、頬袋に蓄積する。
「うっそぉおーー!? 」
「今だピカチュウ〈でんこうせっか〉!! 」
────刹那の隙。
疾走した電獣がソーナンスに突進する。
突き飛ばされた獣。ロケット団は追い込まれた。
「〈10まんボルト〉!! 」
「ピカっち〈10まんボルト〉!! 」
ロケット団を撃退し、船内の騒つきも治まってきた頃。
「サトシさん 」
少し考え事をしていたサトシに、ケイトが後ろから話しかけた。
「ん? なんだ? 」
「カノンさんから、これから旅をすると聞きました。その旅に僕も同行させてほしいんですが 」
その言葉に、少年ははっ、としたように目を見開き
「本当か!? それならこっちも助かるぜ 」
歓喜を口にした。
「それにしても、ケイトって本当に凄いな。旅の経験は浅いんだろ? 」
「はい。でも、僕は生まれた時から、なぜか真似ることは得意だったんです。だからいつも、サトシさんを真似ていました 」
「……そっか 」
サトシは全てを理解したように頷き、ケイトにそっと手を差し伸べた。
「え──────── 」
「一緒に旅をするんだから、友達って事でいいだろ? 」
少年は一度ためらいながらも、しっかりとその手を握り返した。
「よろしくお願いします。サトシさん 」