[ 迷える子羊の乱舞
「いやぁさっきの店すごく美味しかったな 」
お腹を撫でながらサトシはそういった。
全く彼の胃袋はどうなっているのか。
まさかあんな量を一人で平らげてしまうとは。
店主も拍子抜けた様子だった。
『ピ......ピーカ 』
一方、ピカチュウはやや不満げだった。
おそらくケチャップが足りなかったのだろう。
いくらケチャップ増量といっても、店の人としては自分たちが作った味を楽しんでもらいたいだろうし
......こればかりは仕方が無い気もするが。
「オルディナはどうだった? ......ってあれ? 」
あたりを見渡してもオルディナの姿はどこにもなかった。
普段は透明になっていても、呼びかければ応じてくれるはずなのだが......
「もしかしてはぐれちゃったの? 」
「......みたいだな 」
予想外の事態にサトシも少し焦っていた。
上空からピジョットに探してもらおうにも、オルディナが透明化していたら見つけられない。
いや、地上を歩き回っても同じだろう。
こちらからは見つけようがない。
オルディナが私たちを見つけてくれない限りは。
「と、とりあえず探し回ろう? もしかしたら透明になってないかもだし 」
『クウゥン 』
まぁ、オルディナの性格上あり得ないだろうけど。
*
『ココハ......ドコ? 』
私は誰? とはいかない。
大丈夫、別に記憶喪失なわけじゃない。
ボクはオルディナ。
人混みに揉まれるのが怖くて一瞬サトシ達と距離を置いたらその隙に見失っちゃったって次第。
こちらから探しに行くのも少し怖いし......。
はてさて、どうしましょうか。
煮るも焼くも完全にボクの自由なのですが。
それにしても、一部の(主に霊感のあるといわれている)ポケモンには透明なボクも見えるそうです。
一応、オバケじゃないんですが......。
『サトシ......ミツケテクレルカナ 』
いや、きっと大丈夫です。
だって初めて逢った時もボクを見つけてくれたじゃないですか。
*
「なぁ、ユカリア 」
『何? コジロー 』
俺たちロケット団は、街外れの森林の中で昼休憩をとっているところだ。
「ユカリアには家族とか、友達とか......仲間はいないのか? 」
『友達...... 』
その時のユカリアの表情に、胸が苦しくなった。
無垢で可愛らしい様子だったのが一転。
きっと、俺がユカリアを助けたくなったのは、そういう部分を感じ取ったからなんだろう。
「ちょっと、落ち込んじゃったじゃない 」
「す、すまない! 嫌なこと聞いちゃったな 」
慌てて謝る。
でも、するとユカリアは満面の笑みに切り替えて。
『ウウン、大丈夫。今ハコジロー達ガ仲間ダカラ 』
そう答えてもらえて、少し救われた。
でもきっとこれは一時的なもので......いつか知らなければいけないのだろう。
「よし、そんじゃ街に戻るか 」
『もう休憩はいいのニャ? 』
「ああ。ユカリア、悪いがまた袋に入っててくれ 」
ユカリアは未発見のポケモンだ。
容易く他人には見せられない。
*
「ピカチュウ、見つけたか? 」
『ビーカ...... 』
確認するも、ピカチュウは首を横に振って答えた。
「そうか。カノンと二手に分かれてみたはいいものの...... 」
そう簡単に見つかるものでもないよな。
やっぱりここは裏技を使うしかないか。
「............ 」
目蓋を閉じて、瞑想する。
イメージするのは、ソレが体中を巡っている様子。
「波導は......我にあり 」
『ピカ、ピカチュウ 』
途端。
視界は真っ青に塗りつぶされる。
でもこれで、オルディナが透明化していても見えるはずだ。
「ん? あれは何だ? 」
ポケモンが袋の中に入れられてるのか。
いや、なんか聞こえが悪いが、俺もモクローの時似たようなことしてたな。
でも、なんかあのポケモンのトレーナ、どこか見覚えが。
「って、ロケット団!? 」
思わず大きな声を出してしまった。
当然ながら、あいつらも気づいて振り向く、と。
「な......ジャリボーイ 」
予期せぬ再会だ。
あいつらならあの袋の意味合いも変わってくるだろう。
「お前らまた他人のポケモンを盗んだのか! 」
「ち、ちがっ―――― 」
『今回ばかりは違うのニャ! 』
いつもとは違い強く否定してくるロケット団。
とはいっても、泥棒の台詞をどう信用しろと......。
「......わかった。証明しよう 」
「え、コジロウそれは 」
「ジャリボーイの性格は、ある意味俺たちはよく理解している。毎度疑いを掛けられるのも癪だ 」
なんだか今日はかなり違った様子だな。
こういう時のロケット団は基本的に人格者なんだけども。
証拠もなしに信用するのもな......。
見せてもらえるのなら、そうしよう。
「ほら、出てきていいぞ 」
コジロウがそういうと、袋の中にいたポケモンがひょこっと顔を出した。
「......このポケモンは 」
見たことのないポケモンだ。
図鑑も全く反応しないし、オルディナと同じ未発見のポケモンか。
なるほど。
袋の中に入れていたのはそういうわけか。
『............ 』
そのポケモンは俺と目が合うと、怯えながら強くコジロウの服をつかんだ。
かなりあいつらに懐いているみたいだな。
「わかったよ。お前たちの言葉を信じる 」
尤も今はロケット団の相手をしてる時間すら惜しいのだ。
「じゃあ、俺はこれで...... 」
「待てよ、ジャリボーイ! 」
だというのに、走り去ろうとしたのを呼び止められてしまった。
「なんだよ...... 」
「このポケモンは盗んだポケモンではないが、これからポケモンを盗まないとは言っていない 」
「......何が言いたいんだ? 」
「バトルしようぜ? 正々堂々と 」
「え――――? 」
奴は、コジロウはらしくもないことを言ってのけた。
唐突な宣戦布告。
売られた勝負は買うのが礼儀だが、これは......
「ピカチュウを賭けろというなら、断るぞ 」
「いや、あくまで判断材料だ。賭けるものは要らない 」
『コジロウ! 何がしたいのニャ!? 』
ますますらしくない。
だけど......。
「俺は今急いでるんだ。一対一で手短に終わらせるぞ 」
*
「オルディナ、見つからないなぁ...... 」
街中を探し回る事、約20分。
これだけ捜索すれば向こうからのアプローチがあってもいいと思うのだけれど。
『クゥン...... 』
「どうかしたの? ティア 」
人混みの中、ラティアスは小さな声で私を呼び止めた。
すると、無言のまま暗い路地裏の方を指さしたのである。
「............ 」
よく見ると、何匹かのポケモンがいた。
さらに目を凝らすと、その何匹かに襲われているポケモンがいることがわかった。
「オルディナ! 」
襲われていたのは私たちが探していたオルディナだった。
といっても、まだ威嚇されてるだけみたい。
『カノン! 』
「待って、今助けるから 」
声を出したおかげで、ポケモンの群れの敵意は私へと変わった。
「いくよ、オシャマリ! 」
『シャマッ!! 』
ポケモンバトル......慣れてないけど、戦わないといけないんだから。
サトシ君、よく分からないけど、あなたも今どこかで戦ってる気がするの......。
あなたの勇気をこのひと時だけでも、私に分けて......!
『あたりまえだろ。ひとりぼっちにしないって約束したじゃないか 』
あの背中は程遠い......でも、私はあの背中に確かに支えられてる。
だから、絶対に大丈夫!
*
「ピカチュウ〈10まんボルト〉!! 」
電撃が奔った。
それはいつも通りのものの筈だった。
だが決定的に違って見えたのは、俺の心が揺らいでるせいか。
「コソクムシ......! 」
結果は完敗。
情けなく転がってきたコソクムシは戦闘不能だった。
お疲れ、と告げてモンスターボールに戻すと、ジャリボーイはこちらに歩み寄ってきた。
「............ 」
俺になんと伝えればいいのか分からないような具合で、なんだかくすぐったい気がする。
それでも俺が立ち上がってみると、俺のほうを真っすぐに見ているのである。
嗚呼、この瞳で世界を見てきたのだな、と。
「......答えは見出した。いや、それはまだか 」
ただ確かに見えたのだ。
このジャリボーイの、少年の瞳の向こうにあったものを感じたのだ。
「でも、お前も今は曇ってるんだな...... 」
バトル直後ならまだしも、日常に戻った途端少年は何かを閉ざしている。
「晴らせよ、ジャリボーイ。俺も頑張ってやる 」
「コジロウ......お前 」
どこで間違えたのか。
俺はコイツになれたのかもしない。
*
「オシャマリ〈アクアジェット〉!! 」
『シャアァァマアァァ!! 』
華麗な乱舞で翻弄しても、ポケモンたちは全然倒れなかった。
ポケモンバトルってこんなに難しいの?
駄目、勇気づけた筈の脚がまた震えてる。
「う......... 」
『カノン......ボ、ボクガ! 』
突然、オルディナの体が光りだした。
なんと言い表せばいいのか。
それはとにかく神秘的で、悲しい光だった。
「オルディ......ナ? 」
『クゥン? 』
『〈ソウルブレイク〉! 』
踊り狂った。
とにかく、踊り狂って、その場のモノを蹴散らしていた。
帰路。
今度はサトシ達を探す。
「ねぇ、オルディナ。さっきの技は何だったの? 」
私もポケモンリーグはよく見ていたから、ある程度の技は見たことがある。
と思う。
『............ 』
だけど答えはだんまりだった。
同時に、これ以上問うてはいけないと悟った。
よく分からないけど、きっと今はまだ知るべき時じゃない。
「あ、じゃあ別の質問 」
ずっと気になっていたことがひとつある。
「どうしてサトシ君と私に接近したの? 」
『......ニテイタカラ、サトシガ 』
サトシ君が似ていた?
「それって、サトシ君がオルディナの元々のトレーナーと似てたってこと? 」
『ウウン......ボクトニテルノ、サトシハ 』
私はきっと目を丸くした。
サトシ君とオルディナの共通点なんて見つからなかったのだ。
性格も似ているとはとても言えないし......
そもそも、それだけの理由でついてきたいうのか、と。
「――――――!? 」
途端、東に見えていた水平線が破裂した。
あの方角にあるのはアーシア島だ。
いったい何が......