第二章. toi et moi
Z 焼林檎の憂鬱

森を抜けると広大な草原が広がっていた。
長い髪を撫でるような微風と、甘い草木の香り。
そこに無邪気に笑う少年と、それに手を引かれる少女が一人。
一度強く風が吹けば、少女の被っていた麦藁帽は攫われてしまう。
けれど、それにも気づかないほどに、少女は少年に夢中になっているように見えた。

あの子達にとって私は、微風にすぎない。
この空間にとっては居ても居なくても変わらない存在。
ここは、きっと夢なのだ。

ただ眺めているだけの私の下に攫われた麦藁帽子は逃げてくる。
それをあやすよう両手に抱き締め、再び二人に視線を戻した。
────ふと、少年の面影に既視感を抱く。
少年はサトシであったのだ。
ならば、少女は?
見ている限り、少女はサトシの事など何も知らないのだろう。
ただその存在に憧れた。
ただその“少年”に好意を抱いて居た。

…………あれ。
何故、私に彼女の心が読み取れたのだろう。

何故、この光景を懐かしむ事ができるのだろう。

いや、そんな問いも無意味を為さないだろう。
だってここは夢なんだから。
追い求めても、何も見出せはしない。
────────筈なのだから。



焼林檎の憂鬱



「ん 」
窓枠から温かい光が差し込む。
先日、サトシのピジョットの出現によって、事態は片付いた。
ペンダントは無事レンの元へ返されたのだ。

「ありがとう、サトシ。カノン 」

と、この上ない笑みを浮かべながら言ってくれた。
今、サトシとピジョットは外の風に当たりながら、互いの思い出話やら何やらについて語り合っている。
きっと、夜通しでずっと。
窓の向こうの空を見上げる。
絶好のデート日和だ。
昨日は色々あったけど今日こそは。

「あ、そうだ 」
一応、私はアーティストの卵だ。
こんなにいい素材を前にして、筆を手に取らないのは三流だろう。
「…………………… 」
筆を握るとふと今朝の夢が吹き返す。
「ねぇ、ラティアス。ひとつ聞いてもいい? 」
『クゥ? 』
「幼かった頃の私って、どんな感じだった? 」
私には幼少期の記憶がない。
否、正確に言うと漠然としすぎて思い出せないのだ。
そんな過去(ジブン)を知らない自分が怖くて、絵に自分を記録してきたのかもしれない。
ただ今朝の夢には見覚えがあった。
あの時、手を引かれていたのは私だった筈。
なら私は、サトシと既に出逢っていた?
「私達はずっと一緒に生活してきたでしょう? ラティアスは私の姿、覚えてない? 」
『ウゥゥン 』
「そう、ラティアスも思い出せないのね 」
サトシは覚えているのだろうか。
私の知らない私を。


「カノン、準備できたぞ? 」
「うん、行きましょう 」
『ピッカァ! 』
『クゥゥーウン 』
『イザ、ユカン 』
目的地は未だサトシに伝えてはいない。
ただ私は行きたい場所へと導くだけ。
「そう言えば、ピジョットはどうしたの? 」
「ああ。元々、オニドリルの群れとの争いが原因だったんだけど、和解できたらしい。それに、群れの新しいリーダーもできたみたいなんだ 」
「ていうことは、また一緒に旅をする事ができるの? 」
「ああ。もう一度こいつとともにバトル&ゲットだぜ 」
そのサトシの様子に安心した。
夢の形は未だ見えずとも、サトシはサトシの道を見つけている。
私は。
「ここよ 」
「……パラダイス海中水族館? 」
目の前に構える看板。
やはり外に来たのだから野生のポケモンも見たいし、水の都であるアルトマーレと比較するなら水ポケモンがいい。
「水族館か! よし、行こうぜ 」
「え、ちょっとサトシ君 」
繋ごうとした手は無邪気に離れていく。
水族館という定番のデートスポットを前にしてもサトシはいつものサトシだ。
「ん? どうしたんだ? カノン 」
「…………いいえ、なんでもありません 」
それが少し悔しくて、頬を膨らませながら怒り気味に返してやった。
最近ようやく対応が大人になってきたと思っていたのに、これでは自分だけが期待しているみたいで寂しい。
「何なんだ? 一体 」
『ピィカ? 』
『クゥ 』
『カノン…………オコ? 』


「綺麗………… 」
神秘的。
水ポケモン達がすぐ隣を泳ぐ情景。
ラティアス達の“ゆめうつし”でアルトマーレの水路は散々見てきたけど、それとはまた違う。
泳ぐポケモンも、その表情も。
「見ろよ、カノン! あのヒンバス凄く大きいぜ? 」
『クゥン 』
私とは違う形で、サトシはポケモン達に見惚れていた。
本当に本当に、ポケモンが好きなんだ。
「っ、ねぇサトシ。あれ 」
「ん? 」
視線を向けた先には大勢の人が集まっていた。
よく見ると真ん中に一匹のポケモンがいる。
あれは……。
「オシャマリだ! 」
アローラ地方における御三家の一匹、アシマリの進化系。
彼女は大勢の客を前にして華麗な舞を披露しているのであった。
「──────── 」
あの美は、私の絵には映らないだろう。
私だけではない。
あれはきっと、誰の絵にも映らない。
私がサトシの事を好きなのはそういうことなんだ、と。
サトシの徳は絵になんて納まらない。
そこにサトシがいて、そこでサトシが何かを為して……。
目の前の事実、それなら絵に納まる。
でも、サトシがその場所、人の未来に何を齎し、与えたかなど、絵では語り切ることができない。
不可能がある。
限界がある。
そしてそこに辿り着くためには、私は何ができて何ができないのかを知る必要がある。
「このオシャマリはなんでこんなパフォーマンスをしてるんだ? 」
サトシは全てに疑問を抱いてきた。
触れてきた、全てに。
それこそ私がすべき行動のひとつ。
未知に畏怖を抱かず、食らいついていく。
私は外の世界を知らなかった。
そして彼なら……サトシなら連れて行ってくれる。
私の望む未知の世界へ、と。

それにしても。
「見たか、ピカチュウ。あの動き、次のバトルで使ってみようぜ! 」
『ピーガ 』
サトシはポケモンの事となると本当に夢中だ。
そんなところもまとめて好きなんだけど……やっぱり少し妬いちゃうな。
『……………… 』
「ん? どうしたの? オルディナ 」
華麗に舞うオシャマリを見て、オルディナは少し怪訝な様子だった。
『オシャマリ……マンゾクシテナイ 』
「満足? 」
『ホントハミセタガッテル……モットオオクノヒトニ 』
「…………それで満足してない、か 」
ただ生きるだけなら、ここは申し分のない空間なのだろう。
だがオシャマリにとってこの世界は窮屈なのかもしれない。
私がアルトマーレに束縛されていたように、オシャマリはここに束縛されている。
私には使命があって……責務があったけど、この子にはそれがないんだ。
だからこそ、束縛に少なからず抵抗心を抱いてる。
もっと見せてあげたい、この子に見合った広い世界を。
サトシ君が私にしてくれたように、この子にも。
「でも…… 」
──────どうやって?







「オシャマリ、よろしくね。カノンよ 」
『シャマァ! 』
視線の高さが合うように屈み込み、満面の笑みで挨拶を交わした。
不思議なもので、あの水族館にいた時よりも、オシャマリが元気に見える。
「それにしてもビックリしたよ。急にオシャマリをパートナーにするって言いだすもんだから 」
「サトシ君と旅をする、って決めた時から何匹かのポケモンを捕まえたいとは思ってたの 」
『クゥゥウウーーーン 』
私も見てみたくなった。
絵の中だけじゃない、貴方の見てきた世界を。
だから。
「サトシ君、どんなに怖いことがあっても──── 」
繋ごうとした手は一切の逃亡をしない。
否、私はそれを許さなかった。
ひとりぼっちにしないって約束したじゃない。
だから────────
「私の手を離さないで……私のそばにいて 」
掴んだ手の温もり、優しさ。
それだけで十分な気がして、それ以上は望みすぎな気さえした。
その時、サトシ君がどんな顔をしてたのかなんて、確認する余地もない。
ただ私の頬は真っ赤で……焼いた林檎のようなのだろう。
でも焼いた林檎悪くはないと思う。
だって、焼けば妬くほど……甘くなるじゃない?

だから、私は────────




妬き林檎の憂鬱


■筆者メッセージ
お久しぶりです。
更新が遅れすぎでね……ちょっと収集つかなくなっております。
まぁ、約束のロゼは結構気楽に書いていられるので……といってもやはり更新は遅くなりますが。
Anotherの方も、頑張って更新したいと思いますのでしばしお待ちを
月光雅 ( 2017/01/14(土) 10:50 )