第二章. toi et moi
Y 繋ぐ手、二人の距離(後編
「カノン、なんでまた服屋なんだ? この服まだ新しいぞ? 」
「それは夏服でしょ? 旅をするなら、防寒服も必要よ 」
次にカノン達が向かったのは服屋だった。
サトシと会話しながらも、カノンは真剣な表情で服を見つめている。
本人はもう既に忘れているかもしれないが、先程買った眼鏡を彼女はずっと掛けている。
「そういうものかなぁ 」
「そういうものよ 」
カノンは服を手に取った。
普通は鏡の前で、自分に合うかどうかを確かめる。
でも、カノンの場合は違った。
ティアが、ラティアスがいる。
彼女らは双子以上に瓜二つ。鏡など必要なかった。
サトシはそれを側から伺っていたが、当然彼にセンスなどない。
ただ、似合っているという事だけは、彼にも分かった。
「違うなぁ 」
『? 』
「え 」
ラティアスもサトシもその判断には驚いた。
その服は彼女に合っていると思えるのに、彼女は“違う”と言った。
だが、理解できないわけでもなかった。
カノンは今まで外の世界に出ることなんて殆どなかったろうし、立場上、自分の好きな服を買ったりする機会もあまりなかったのだと思う。
根気を入れて服選びをするのは仕方がない。
「これ……とか 」
カノンは時折、そのような事を小声で言いながら、服を取っては戻し、取っては戻しを繰り返していた。
因みに、ピカチュウとオルディナは完全に無関心である。
もしかしたら、この服選びが長期戦になることを予期していたのかもしれない。
「これよ! 」
そう、カノンが声を上げたのは数十分後のことである。
結局のところ、サトシにはさっきの服と優劣など付けられないし、似合ってるならそれで良いという考えに留まっていた。
「次はサトシ君のね 」
どうやらまだ後半戦が残っているようだ。
正直、自分の服とはいえ、長々と待たされると、バトルしたくて体が疼き出してしまう。
「はい、これ試着してみて 」
「お、おう 」
渡された服を持って試着室に入る。
いつまで続くんだろうか、これは。



「ごめんね。待たせて 」
『ビィカ…… 』
『オルディナ、マッタ 』
「でも良かったよ。カノンが楽しんでたみたいだし。この服も動きやすくてバトルしやすそうだ! 」
この際、バトルするのはポケモンの方だということは気にしない。
『クゥゥーーん? 』
服屋を出ると1人の少年が目に入った。
まだ幼い、7歳ほどの男の子だ。
何故その子に目が行ったかというと、今にもその子が泣き出しそうなのだ。
緩んだ涙腺を抑えながら視線を迷わせている。
「君、何してるの? 」
呑気な調子でサトシが問う。
それがいい方向に出たのか少年の視界は迷いを捨てていた。
「失くしたんだ…… 」
だがその声は依然心細く目には雫も残っている。
「失くしたって何を? 」
「お兄ちゃんの形見…… 」
その途端、その場の雰囲気が滞った。
オルディナに関しては理由は分からないが、その他全員は兄を失うことを、兄を失った者がいることを知っている。
「その形見って……どんなの? 」
「ロ、ロケットペンダント……メガストーン付きの 」
ロケットペンダント?
生憎、サトシにはその単語は分からない。
ロケットと言われると、ロケット団しか浮かんでこないのだ。
大切なものだというのは十二分に理解できるんだが。
「と、取り敢えず一緒に探そう。この島で失くしたのは確かなんだよな? 」
「うん。ボクこの島に住んでて、出たことなんてないから 」
「そうか……名前は? 」
「レン…… 」
「よし! いくぞ、レン! ロケットを探しに! 」
『ビッカァ! 』
「う……うん! 」



おおよそ2年前。僕が5歳だった頃。
僕の兄は病気で倒れた。
後天性の重病で治療法もまだ見つかってないんだとか。
ともかく兄に未来はなかったのだ。
それまで死という言葉に無縁だった僕には年齢の事もありまだソレを理解できなかった。
もちろん、兄の死がなければ今でも理解できていないと思う。
兄には夢があった。
相棒のピジョットとともにポケモンマスターになりたいという夢だ。
でもその夢は儚く散ってしまった。
後悔の念だけが兄の目に浮かんでたのをよく覚えている。
兄がポケモンマスターを目指すのにも理由があった。
探検家である父だ。
兄と同じく子供の頃ポケモンマスターに憧れていたのだが、大人になるにつれてその夢も消えてしまったのだと。
そんな父の夢を兄は継いだ。
しかしそれは朽ちた。
だから僕は父と兄の夢を継ごうと、その時決意したんだ。
僕は臆病で不安ばかり抱えていたけど、兄の相棒のピジョットとならやっていけると思っていたんだ。
でも兄の死からピジョットは姿を消した。
ピジョットも僕と同じく理解できなかったんだと思った。
結局僕の決意はそこで折れてしまった。
兄もピジョットも失い、頼るものがなくなってしまったんだろう。
そんな時に母がロケットペンダントをくれた。
僕と兄とピジョットの写真が入っていて音楽まで鳴る。
もともと兄に渡そうとして買ったものだったらしい。
何故だか僕はそこに兄とピジョットを感じるようになっていた。
失った決意が込み上げてきたんだ。
父は洞窟の探検の途中に見つけたメガストーンをロケットに付けてくれた。
ピジョットナイトだ。
僕にとってあのペンダントは家族の想いの結晶なんだ。
あれが無いと、今度こそ僕は……。



「なかった、な 」
『ビィ…… 』
『ナカッタ…… 』
『………… 』
「ごめん、サトシ。こんな事に付き合わせて……僕は 」
「いいのよ。レン君 」
今にも泣きそうなレンに優しい声で囁いたカノンだった。
「私もティアも失ったことがある。兄のような存在を 」
カノンとラティアスが失ったもの。
ラティオス。
否、失ってなどいない。
ただ存在はそれに近いほど薄く。
そこにいるとわかっても温もりは感じれない。
ラティオスは近くても遠くにいる。
差し出しても繋がらないその手の温もり。
ふたつの手の距離は、遠い。
「泣いていいのよ。泣いて泣いて。そこに答えがきっとある。前向きにそこへ歩き出せる。それが正しいなんて今でも断言できないけど。少なくとも後悔はしないと思う 」
ラティオスを復活させようとカノンは前を向いた。
たとえそれが叶わなくてもこの旅自体にきっと意味があるんだとそう言ってくれた。
なら俺も後悔しなくていい。
あの時、カノンとラティアスを救う事がきっとラティオスの願いだった筈だから。
「ありがとう……カノン、サトシ 」
涙に濡れるレンの顔。
その口元は笑みを露わにしていた。
もともとペンダントはきっかけにすぎなかったんだ。
レンはちゃんと分かってる。
自分の中にみんなから継いだ想いがある事を。
『サトシ、アレ──── 』
突然、オルディナが指し示した。
その先にあったのは。
「レン、あれって 」
「はい! 僕のペンダントです! 」
レンのペンダントはポッポの群れに囲われていた。
近づこうとしても、ポッポたちが警戒してくるだけだろうし。
ポケモンによる攻撃や波導を使って追い払うというのも嫌だ。
「ポッポ、それはこの子のなんだ! 返してくれないか? 」
と大声で交渉を持ちかける。
しかしそれをほぼ無視してポッポたちはペンダントを群がりを増やしていく。
そうだよな。
ポッポ達にとっては自分たちが見つけたものを横取りにされる気分だろう。
落としたこちらにも責任はあるのだから交渉も厳しい。
それにしても、いくら落ちていたものとはいえ、なんでそこまであのペンダントにこだわるんだろう。
あそこまで群がりが出来る理由がさっぱり分からない。
「なんで返してくれないんだろう 」
「──────────── 」
「ん、どうした? カノン 」
少し様子が変だ。
ずっとポッポを無機質に見つめたまま立ち尽くしているだけ。
「────っ、今のは 」
「大丈夫……か? 」
明らかにだいじょばない感じなのだが。
そんなサトシの問いなど関係なく、カノンははっとした様子でポッポを見つめ続ける。
「メガストーンじゃないかな 」
「え? 」
「ほら、ペンダントにはピジョットナイトが付いてるんでしょう? ポッポ達はそれと共鳴してるんじゃないかなぁ 」
なるほど。
バトル脳のサトシでも分かりやすい原理だ。
自身の群れのボスを強化させる力を持つ石があれば持ち帰りたくなるのも分かる。
「でも…… 」
「うん。その理由だとますます返してもらえなさそうよね 」
悩む。
悩む。
悩み続ける。
相手に危害も損もなくペンダントを返してもらう方法。
こりゃまた難問だ。
「やっぱりいいよ 」
突如、レンはそう言う。
こちらが驚きを隠す間もなくレンは続けた。
「もともと僕が縋ってた一面もあった。ペンダント無しでも強くなりたい。そう思ったんだ。そりゃ、返してくれるなら返して欲しいけど 」
レンがそう言った途端。
『ピジョゥッ 』
群れのボスが舞い降りた。
舞い降りたのはいいのだが……。
「ピジョットっ!? 」
『ビィィカ!? 』
群れのボスというのはかつてサトシとともにカントーを旅し別れたピジョットだった。
『ピジョッ!? 』
あれから三年、互いに逞しくなった。
遠かった二人の距離は、
──────極限にまで近くなる。

月光雅 ( 2016/07/27(水) 14:51 )