第二章. toi et moi
X 繋ぐ手、二人の距離(前編
「サトシ君、行くわよ! 」
威勢の良い声と共に、カノンは外へと飛び出た。
離れないように手を繋ぐ。
最初はカノンも恥ずかしがっていたが、歩いている内に、それは吹き飛んだ。
「で、カノンはまず何をしたいんだ? 」
「時間はあるから、いろんな店を廻りたいかな 」
「いろんな店、か…… 」
『クゥゥウウーーーーン 』
それを聞いて、ラティアスが指差したのは、クレープ屋だった。
「クレープっ! 」
カノンの顔色が変わる。
嗚呼。
アルトマーレでも、クレープ屋のお兄さんとやや親しげだった事から大体分かっていたけど、カノンの好物はクレープなんだ。
『クレープ? 』
オルディナが不思議そうに問う。
といっても、俺はセレナから教えてもらった“クレープはカロス地方が発祥の料理”ってことだけしか知らないしなぁ。
「食べればわかるさ! 」
そう言うしかなかった。
「あの、すみません 」
店員に呼びかける。
店員は、はい、と応えて注文を尋ねる。
「クリームクレープを2つと…… 」
「……チョコクレープ2つ、それとケチャップ単品で 」
「かしこまりました。クリームクレープ2つとチョコクレープ2つ、ケチャップ単品…………ケチャップ単品ですか? 」
「ケチャップ単品 」
『ピィカァ 』
「か、かしこまりました。少しお待ちください 」
店員は少しばかり困惑している。
まあ、想定内の反応と言うべきか。
ケチャップ単品なんて、一体誰が頼もう。
「ピカチュウはケチャップ大好きなのね 」
『チャァアー! 』
テーブル席に座り、そうこう話しているうちに、店員がやってきた。
「お待たせしました 」
渡されたクレープを受け取るや、否や、カノンはその獲物にかぶりついた。
それを確認した後、俺もクレープを食べ始めるわけだが。
ふと、顔を上げて前を見ると。
「あ、カノン 」
「……? 」
「クリーム、ついてるぞ 」
「ん──── 」
そう指摘され、カノンは拭き取る紙を探す。
それでも、彼女はクレープを口から離さない。
そんなにもクレープが好きなのか。
ところで。
「あ 」
生憎、探している紙は俺の方にある。
俺はそれを手にとって、カノンに問うた。
「拭いてやろうか? 」
「────!! 」
赤面しながら、首を大きく横に振る。
て、さらにクリームがついちゃったじゃないか!
拭くか。拭かないか。
この際、選択などいらない。
「動くなよ、カノン 」
「んん────!!!! 」
声では抵抗しつつも、全くカノンは動かない。
クレープを口元から離せば動いてもいいのだが。
「…………ほら、取れたぞ 」
「──────── 」
拭き終わると、カノンは食べるのを再開する。
黙々と。
恐ろしいほどに睨まれてる。
「ん 」
そして、クレープを食べ切ったカノンは一言言い放った。
「死のう……死ぬしかない 」
「いや駄目だよ!! 」
なんて極端なんだろう。
でも、こういうカノンを見るのは、初めてかもしれない。
今までは、自分自身も恥ずかしかったが、今は少しばかりか余裕がある。
「どうだ? オルディナ。初めて食べるクレープは 」
『……ウ、ウン。……オイシイヨ 』
戸惑いながら答えるオルディナ。
無理もない。だって隣では。
「三途の河が……お花畑が見える 」
いつまでやってんだか。
カノンの精神力は、外へ出た事が無いためか、本当にやわい。
「おいカノン、戻ってこーい 」
「うぅ、だってぇ 」
「だってぇ、じゃないだろ? 」
今度は涙目で訴えてくるカノン。
それにしても、訴えられたところで、俺はどう応えればいいんだ。
「ほら、行くぞカノン! 」
『クゥゥウウーーーーン! 』
『ピィカァ! 』
「うぅ……うん 」



「カノン、眼鏡屋って言ったって、俺目なんて悪くないぞ? 」
続いて、俺たちは眼鏡屋さんに来ていた。
綺麗に並ぶモノの中から、カノンはひとつを選び取るり
「これは度がある奴じゃなくて、ファッションよ! ほら 」
そうして渡された眼鏡を、俺は無機質にかけてみた。
それを見るカノンの感想は。
「うーん、微妙 」
「ぐっ……なら、カノンがかけてみろよ! 」
「え 」
突き出した眼鏡を、カノンは躊躇いながらも手に取り、かける。



「──────── 」
「どう……かな? 」
「あ……え、と 」
正直なところ、見惚れていた。
眼鏡がファッションになるという意味が分かったかもしれない。
カノンの魅力が見事に引き立てられている。
要するに。
「可愛い 」
「ふぇあ!? 」
柔らかな奇声を上げながら、カノンの頬は紅く染まっていく。
自分自身、その言葉を言い放った事に恥じらいを抱くが、その評価には自信があった。
「似合ってるぞ、カノン 」
「むぅぅ。サトシ君……今日はやや押しが強いよぅ 」
自分でもそんな気がする。
が。
アルトマーレの服屋の店長なら、十中八九、まだまだ足りない、と言ってみせるだろう。
「ど、どうしようかな、これ。買った方がいいかな? 」
「カノンの好きなようにしろよ 」
尤も、あのようなカノンの姿を見て、俺が精神的に耐えられるかが心配だ。
「なら、買っちゃおうかなぁ 」
ああ。駄目だ。終わった。
堪えるように頭を抑えながら、カノンに問う。
「はぁ……次はどこへ行く? 」
「そうね……次は──── 」



月光雅 ( 2016/05/07(土) 21:12 )