第二章. toi et moi
W 夢幻

午後3時、フルーラさんの舟は、俺たちを乗せて出航した。
時間からして、あっちについても今日はそれほど遊べそうにない。
そんな事を考えていると、カノンが口を開いた。
「サトシ君はさ 」
ん? と聞き返すように振り返ると。
「サトシ君はどうしてポケモンマスターになりたがったの? 」
当然のようにカノンは聞いてくる。
が、それは
「ん──────── 」
俺にとって、簡単に答えられるものではなかった。
「……サトシ君? 」
「え、いや──────── 」
理由なんて、根拠なんて考えたことはないんじゃないだろうか。
“サトシ”にとってポケモンマスターは、ある夢の通過点にしか過ぎなかった。
その夢が遠いから、必死にしがみついてきた。
でも
「どうして……黙るの? 」
先程までとは一転、カノンは真剣な眼差しで俺を睨む。
「………… 」
……まいった。
そんな顔されちゃ、答えない訳にはいかない。
「────そうだな。俺にとってポケモンマスターは、夢というよりも目標に近かったのかもしれない。こう考え始めたのも、チャンピオンシップで勝ち抜いた後だけどさ。最初はただ好奇心で……テレビとかでポケモンバトルを見て、トレーナーになりたいと……そして、ポケモンマスターになりたいと思ってた 」
「──────── 」
「でも途中で、本当の夢を見つけたんだ。それは俺からしたら遥か遠くで、そのためにはせめてポケモンマスターにならなきゃ、って更に強く願い始めたさ。それは叶った。でも────
本当の夢を……忘れてしまったんだ 」
「本当の……夢 」
「こうやってマサラの外に出られたのもカノンのおかげかもしれない。それまで俺、ずっと悩んでたから 」
「っ──────── 」

***

「ユカリア……? 」
『新種のポケモンニャ? 』
「それなら早速ボスに──── 」
連絡しよう。
普通なら、そう考えるべきなのだろう。
でもどうしてか、俺の手はそれを阻んでんいた。
このユカリアと名乗るポケモンの純粋な笑顔を見て、俺は。
「────待ってくれ! 」
「どうしたのよ、急に大声で 」
「こいつを、ユカリアの面倒を……少しの間でもいい、俺に見さしてくれないか? 」
『────────! 』
『どうしてニャ!? 』
「さあ、なんでだろうな。ただ……こいつを見てると無性に、チリーンの事を思い出してしまうんだ。あいつは、独りで頑張って笑ってたんだ。でも、その事に俺は気付いてやれなかった。俺は……同じ過ちを繰り返したくない 」
『コジロウ……アリガトウ 』
そう言って、ユカリアは俺の懐に勢いよく飛び込んでくる。
答えを促すようにムサシたちを見ると、呆れた顔でこっちをみていた。
そうなるのも道理だ。
こんなの、つい先程まで泥棒を働いていた者の台詞ではない。
そうと分かってて、非道理的だと知っていて。
それでもなお俺は折れないし、そのつもりもない。
「……まったく、どうなっても知らないわよ 」
『ニャーたちも協力するニャ 』
「っありがとう、ムサシ! ニャース! 」

***

「痛っ────────カノン痛い、手っ、手が! 」
舟はパラディ島の港に着いた。
すると、カノンは急いだ様で俺の手首を掴み、港のど真ん中まで引っ張ってきた。
「折角のデートなんだから、いっぱい楽しまなきゃ損でしょ 」
『クウゥゥウーーーン 』
「ほら、サトシ君、こっちに構わず、楽しんできなさい 」
フルーラはそう言って、肩を軽く叩くと、舟に乗って帰っていった。
振り返ると、カノンとラティアスがはしゃいでいる。
正直、あんなに楽しそうなカノンの姿を見るの初めてだった。
いつも絵ばかり描いている彼女は、外の世界を見る事など殆どないと言っていた。
そんな彼女に笑顔を与えられるのは────。
「ほら、のんびりしないの。時間は限られてるんだから 」
あの様、きっと呼び止めても止まりはしないだろう。
カノン達は待ったなしで、こっちに落ち着く余裕もくれないようだ。
「よしっ! こうなったら瀕死状態になるまで付き合ってやる! いくぞ、ピカチュウ、オルディナ! 」
『ピッカ! 』
『ウ、ウン 』
三人で走り出す。
人混みの賑わう中、カノンは振り返らない。
その背中をただ追いかけた。

「────って、ポケモンセンターのチェックインはいいのか!? カノン!!」
叫んでも当然止まりはしない。
進む方向はポケモンセンターとは正反対。
走って止めるにも、人が多過ぎて進めなさそうだ。
そしてなにより。
ああ────視界が曲がる。
久々の人混みに目が酔ってしまったのかもしれない。
これが、公の場でのポケモンマスターを名乗っている者の姿というのだから、笑っても笑いきれない。
おそらく、この躰は永遠と旅をし続けなければ駄目なのだろう。
「て、そうじゃなくて 」
今は、いち早くカノンを止めなければ。
この島のポケモンセンターの数は知れている。
早くしないと、部屋が残ってない可能性だってあり得る。
『ウゥン? クウゥゥウーーーン 』
「ん? サトシ君? 」
ようやく、カノンはサトシ達が追いついていない、いや、あえて止まっていることに気付く。
「──────────── 」
遠目だが、カノンの顔が一瞬青ざめた後、恥ずかしさから赤く染まっていったのがわかった。

***

「私はなんて失態を。あ、ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない──── 」
結局、寝どころを確保することは出来そうなものの、この島に着いたのが遅かったのもあり、日は完全に暮れてしまい、その日のデートはなくなった。
「ほら、元気出せよカノン。今日の分は明日楽しめばいいんだからさ 」
『ピッカチュウ! 』
『……ウン』
『クウゥゥウーーーン! 』
「……そ、そうよね。明日から頑張ればいいんだもん! 」
案外、カノンは単純だ。
「────────っ 」
突然。
大きな眠気が襲ってきた。
おそらく、身体が疲れているのだろう。
「ごめんカノン。先に晩ごはんを食べておいてくれ。少し、休んでくる 」
うん、と頷くカノン。
悪いな、と手を上げて、鍵だけ受け取り受付を後にした。

気がつくと部屋にいた。
受付から立ち去ろうとした瞬間、俺は部屋に倒れていた。
明らかに異様だ。
疲れ果てた俺の身体は、俺の意思とは無関係に、眠ることを促している。
「………………………… 」
実は、俺は眠たくないのかもしれない。
ただ、寝なければならないだけ。
何も、俺自身に異常はない。
────そう気を緩めた途端、視界は閉じた。

そして見たのは、不思議な夢だった。
それは……そう、既視感(デジャヴ)のようなものだ。
記憶の奥底から、カケラを拾ってきたような。
『この出来事は誰も知らない方が良いのかもしれない。忘れた方が、良いのかもしれない 』
ミュウツー……なのか?
いや、ミュウツーだったとしても、ここは何処なんだ?
ピュアズロックではない。
こんな場所、俺は覚えていない。
だが……知っている。
『ミュウ…… 』
ミュウツーの隣に、もう一体のポケモンがいた。
その名はミュウ。
確かに、俺はミュウに会ったことがある。
だけど、その時ミュウツーはいなかった。
ズレた世界。
でもそれは確かに夢ではなく記憶なんだ。

俺は……何を忘れてしまったんだろう。



■筆者メッセージ
前半部分は残念ながら夢オチではありません
月光雅 ( 2016/04/02(土) 17:38 )