第二章. toi et moi
V 尾行者

曇天。アーシア島の空は雲に覆われていく。まるで不吉さを装うかのように、光が呑み込まれていく。
「ルギアに……会いに来ました 」
サトシがそう言うと、フルーラは表情を一変させる。ただ空気を淀ませるように。恐怖という負の理念が直感を襲う。
「ルギアは、今は駄目 」
「どういうことですか? 」
「この前、ルギアを狙う謎の男が現れたの 」
その時、脳裏にある一つの名が浮かび上がった。ジラルダン。彼は過去、伝説の鳥ポケモンたち、そしてルギアを狙っていた。
だが、そんなサトシの思考を察したのか、フルーラは首を横に振る。
「彼は自らを“トア・ル・リヒト”と名乗っていたわ 」
「トア・ル・リヒト…… 」
「彼との闘いで、ルギアは深い傷を負って、それを癒すために、今は海の底に眠っているの 」
「そう……だったんですか 」
「多分、あと一週間くらいすれば、完治すると思うの 」
話を聞き、ケイトはサトシに問いかける。
「どうしますか? サトシさん 」
「うーん 」
ルギアが完治するまでどうするか、考え込むサトシ。
しかし、既に彼も気付いているのだろう。
もう一つの存在に。
「ねぇサトシ君 」
私は声色を変え、少し溜めた直後に言う。
「私たちの気のせいなのかな 」
『クゥン 』
「っ────────! 」
途端。彼は全てを悟っただろう。アルトマーレの港を出る時からずっと気になっていた歪な気配。気のせいだと、そう思っていたが、3人の証言が揃ったのなら確信が持てる。
「カノンもラティアスも気がついていたのか? 」
「うん 」
「3人とも何の話? 」
「僕たち、ついていけてないのですが 」
繰り広げられる声の無い会話。フルーラとケイトは説明を請う。
「いるんだ……ここにもう一匹 」
「私たちについてきてるの 」
「ポケモン……ですか? 一体どこに 」
咄嗟にケイトは辺りを見渡すが、広がるのは途方の海のみ。
「おーい。隠れてないで出てこいよ 」

『ウ……ウ、ワカッタ 』

風の強い日だ。
雲が流れ、僅かな時間だけ太陽が出ていた。
アーシア島に差し込む日光が、現れたポケモンの躰を照らしあげる。
数秒。声が出なかった。
もとよりこちらが呼び出したのだ、驚いたわけではない。
その姿に見惚れていた、とでも言えば良いのだろうか。
ただただ言葉を失っていた。
はっ、と我に返ったのは、既に太陽が雲に隠れた後だ。
「このポケモンは……? 」
見た事のないポケモン。サトシは慌てて図鑑を翳してみるものの、画面には『ERORR』と表示されるだけ。
「もしかして……新種のポケモン、ですか 」
「お前……名前なんていうんだ? 」
そう問い掛けると、そいつは邪気の込もった目で彼を睨む。それは恐怖からくる自衛の殺気。
怯えながら、戸惑いながら、そのポケモンは声を振り絞り質問に答える。
『オ、オル……ディナ 』
「“オルディナ”っていうのか 」
「どうして私たちの後をついてきてたの? 」
今度は私が問い掛けてみる。
『……カエリタイ、カラ 』
「帰りたい? 」
『ワタシノセカイ二……カエリタイ。キミハ……セカイヲツナグ 』
「俺が世界を繋ぐ? って、どういう意味だよ、オルディナ 」
『ウ……… 』
直後、オルディナと名乗るそのポケモンは姿を消した。といっても、隠れただけだろう。
「あらら 」
「臆病な奴なんだなぁ、あいつ 」
「質問責めしすぎたのかもね 」
「それにしても……なんでサトシさんやカノンさん、ラティアスにはあの子がいる事がわかったのですか? 」
「…………なんでだ? 」

***

「はあ、嫌な感じー 」
俺、ムサシ、ニャースの3人は、空の果てまで飛ばされた後、とある島へと流れ着いていた。
「何なのよあのジャリクラークは! 」
『あいつのピカチュウなんだか顔色悪かったニャ 』
“あいつのピカチュウ”とは、ケイトの使っていた青いピカチュウの事だ。
今回のロケット団の敗因は彼にあった、と言っても過言ではない。
「もしかして、特別なピカチュウとか?! 」
「なんですって!? 」
『それなら大ニュースだニャ! 』


『フフフ………… 』
「「『────────っ!? 』」」
途端。思わず3人で顔を合わす。
今、洞窟の方から笑い声が聞こえなかったか……?
「ムサシ、今の 」
「子供の声だったわよね…… 」
即座に立ち上がって駆け出す。
「ちょ、コジロウ 」
『どうするのニャ!? 』
「洞窟に子供ひとり……放っておけるわけないだろ! 」
「ひとりってわからないし……あんたが迷ったら 」
知ったことか。大人ひとりより、子供ひとりの方が危険に決まっている。
そもそも子供本人は自分の危機に気付いてないようだったのだから、なおさら危険だ。

***

結局のところ、なぜ私たちにだけその気配が感じ取れたのか、その答えは出ないまま、話は本題へと戻る。
「取り敢えず、一週間をどう潰すか、だよな 」
「それなら、アーシア島の西にあるパラディ島に行く事をお勧めするわ 」
「パラディ島? 」
「現在では結構有名な観光スポットでね。楽園とも呼ばれているところよ 」
「へぇ、面白そうじゃん! 」
「早速みんなで行きましょうよ 」
私とサトシはその場に立ち上がる。が、フルーラやケイトは何故か立ち上がらない。
足が痺れた、なんて冗談ではなく。
それよりも遥かに酷い冗談だった。
「私とケイト君は行かないわ 」
「「へっ? 」」
「なるほど。フルーラさん、それはいいアイデアですね 」
「2人で楽しんできなよ 」
この時、私はフルーラの本質にようやく気付くことができた。
この人の思考回路……服屋の店長と同じだ!
「え、でも──── 」
「────2人て楽しんできなよ 」
にっこり、と笑うフルーラ。
「はいっ! 異論はありません 」
……怖かった。
なんだか、ビリっと悪寒が走って思わず身を引いてしまった。
この人に逆らったら、どんな事態になるかわからない。
「────そうだ。オルディナ! お前もついてくるか? 」
一方、サトシはオルディナに対し能天気に問う。
『ワタシ?…………ウ、ウン 』

「小舟は私が出すわ。一週間後、またあっちの港に迎えに行くから 」
「あ、ありがとうございます 」
『クゥウウン! 』

***

「もう……どこまで続くのよ? この洞窟 」
『さっきから声もしないのニャ 』
「つべこべ言わず、とっとと歩くぞ 」

『君達……ダレ? 』
再び聞こえた謎の声。その声に、思わず躰が反応して────
「“君達……ダレ? ”と聞かれたら 」
「答えてあげるが世の情け 」
「世界の破壊を防ぐため 」
「世界の平和を守るため 」
「愛と真実の悪を貫く 」
「ラブリー・チャーミーな敵役 」
「ムサシ! 」
「コジロウ! 」
「銀河を駆けるロケット団の2人には 」
「ホワイトホール。白い明日が待ってるぜ 」
『ニャーんてニャ 』
と。一通りの名乗りをしてしまった。
しかし、声の主はそれについては何も言わぬまま。
『…………ダレ? 』
「「『え? 』」」
幼い声が空間に響く。
歌のようなそれは、紛れもなく少女のものだろう。
────そう思って上を見上げた。
『ダレ? 』
少女、ではない。視線の点る場所には一匹のポケモンがいた。
それも、今までに一度も見たことのない姿をしている。
「あ、えぇっと。俺が“コジロウ” 」
「私は“ムサシ” 」
『ニャーは見ての通り、“ニャース”ニャ 』
慌てて名乗る。いつものような名乗り方は、おそらく通じないだろう、との判断だ。
一方、それを聞くと、ポケモンは復唱しようとする。
『“コジロウ”ト“ムサシ”ト……喋ル猫 』
『“ニャース”ニャ! 』
『……“コジロウ”ト“ムサシ”ト“ニャース” 』
「「『そうそう 』」」
激しく頷く。もはや、悪の組織という肩書きは何処へ消えたのか、その視線は愛くるしいそのポケモンに釘ずけになっていた。
『……友達 』
「え? 」
『……友達ニナッテクレル? 』
そう言いながら、ポケモンは微笑んでみせる。
背筋に寒気が走った。
いや、背筋どころではない。躰全体が凍りつく。
視線さえ吸い込まれる可愛さが、まるで一夜の悪夢のようで。

『ソウイエバ自己紹介シテナイ……私ハ、“ユカリア” 』



■筆者メッセージ
プーさん、らんどるさん、前回の拍手有難うございました。
そして申し訳ありません。頑張ってサトカノにしようとしたのですが、残念ながらそれは次回になります。
そこで、次回からのパラディ島編において、やって欲しいシュチュエーションなどがありましたら、御構い無しに言ってください。
ちなみに、今回登場したオルディナ・ユカリアは、ご存知の方も多いと思いますが本家のポケモンではありません。ポケモンアルタイル・ベガからパクr、参考にさせてもらいました。
月光雅 ( 2016/02/20(土) 11:09 )