ユリーカ*ネクロマンシー
第2話 魔法少女ユリーカ爆誕!夢の中に潜む者!!

「私はカトレア・レヴソメイユ。お見知り置きを 」
背中が凍りつく。
現れたのは木蘭の長髪に紺色の瞳の美しい女性。
カトレア。
それはイッシュ地方四天王の名前だった。
「……ユリーカです 」
その上品さに圧倒される。
彼女は私からすれば全てにおいて格が違う。
いやステージが違う。
「……このような所で話すのもなんですね。場所を変えましょう 」



「んん………… 」
クロスの淹れた紅茶を飲み干すと、彼女は怪訝そうな目で私を見てきた。
「飲まないのですか? 」
「あ、いやぁ……その 」
「カトレアさん、初めて四天王を前にしたら誰でも緊張しますよ 」
クロスが上手くフォローを入れてくれた。
彼は繊細だ。
些細なことでも直ぐに気付き、より相手にとって利益のある方を選ぶ。
私生活面で大雑把な私や兄とは違う。
「そうでしたね。しかしながらお気になさらず。この世界に身分も何もありませんから 」
そう言いながらもう一口、カトレアは気品な様で紅茶を飲む。
「ところで……“この”場所は? 」
場所を変えると言って移動したのは街中の家だった。
正直、あんな空虚なところからこんな場所があるなんて思いもしなかった故、驚きを隠せない。
「その説明ですが、この世界は第三者の夢の中なのです 」
「夢? 」
「そう。だからこの世界はその夢の主を中心に形成されているんです。逆にいえば端へと向かうほどに曖昧になってしまう 」
第三者の夢の中、か。
なるほどこの怪異な状態も納得させれずとも納得いく。
現実の理を当てはめるのは、きっと無意味だ。
「案外……驚かないんですね 」
不思議そうな目を向けられた。
確かに普通の人なら理解しきれない世界なのかもしれない。
「な、慣れてる……からかな 」
だがそういうのは見てきた。
サトシたちとの旅の中でいつしか慣れてしまっていたのだ。
「……ここから出る方法は? 」
「ないでしょうね。この夢が覚めない限りは 」
暗くなっていくカトレアの声に目を逸らした。
窓枠の向こうにはそれが夢であることを疑うほど綺麗な青空が広がっている。
吸い込まれるように窓辺へ歩み寄ると、視界の中に謎の城が浮上してきた。
「あれ、は……? 」
「プリズムキャッスルです 」そう答えたのはクロスだった。「夢の主(マスター)はあの中に住んでいると言われていますが、詳細は不明です。何にせよあの城に近づこうとする者がいれば、シャドーと呼ばれる魔物が邪魔して来るのです 」
プリズムキャッスル、か。
初めて聞く言葉の筈なのに、どこか聞き慣れている気がした。
いや、それはほぼ毎日私の生活に溶け込んでいたものだ。
そうして初めて分かった。
この街がミアレシティを模していることに。
「そういえば、どうしてカトレアさんとクロスは私を迎え入れたの? 」
「シャドーはこの世界の端側にも発生します。誰かが来たのを放置すると、何も分からないままシャドーに襲われてしまうでしょう 」
「それに、誰かが来るとこの世界全体に鐘が響き渡るんです。だから僕たちは新しい来客の相手を────────! 」
その時、ちょうど鐘が鳴った。
それが合図。カトレアとクロスは表情を豹変させる。
「南西の方角ですね 」
「ユリーカさん、ここで一旦お別れです。この街の中は安全ですので、困惑もするでしょうが頑張ってくださいな 」
何のためらいもなく二人は家を出ていく。
私は少し立ち止まって、理由を模索した。
ここに来たばかりの私に彼らについていく理由は見当たらない。
いや理由はいらない、か。
誰かが危機にさらされているのなら助けるのは当たり前だ。
それでいい。
そう思って家を出ると、クロスが大きなポケモンとともに待っていた。
ひのうまポケモン・ギャロップだ。
「……乗りますか? 」
少年はそれしか聞いてこなかった。
なんだか見透かされたように思えて恥ずかしかったが、照れている暇もない。
私は無邪気さに本気を交えて「うん 」と答えるのだ。
ギャロップに跨りクロスに掴まる。
サイホーンの時とはまた全然違う感覚だ。
「行きますよ。しっかり掴まってくださいね 」
ギャロップは走り出した。
軽快な足の運びで体は上下するものの、それすら心地よい。
「カトレアさんは先に行ってます。シャドーと交戦になっている時のために覚悟はしておいてください 」
クロスはそう背中で語る。
流れていくのは、紛れもなく見慣れたミアレの街並みだ。
「クロスはさ、いくつなの? 」
「11歳ですが? 」
お兄ちゃん達より歳下か。少し驚きだ。
私と一歳しか変わらないというのだからもっと驚きだ。
「どうかしましたか? ユリーカ 」
「いや……私の年齢は聞かないんだなぁ、って 」
「レディにそういう質問は、失礼だと思いましたが 」
紳士だ、この人。
「そんな気を使うような歳でもないと思うけどなぁ。クロスの一個下だよ 」
「年下でしたか。まぁ勘付いてはいましたが 」
それこそ失礼な気がするのは、私だけだろうか。
「クロスって、なんでそんなに礼儀正しいの? 言葉もカトレアさん並みに丁寧だし 」
そう問いかけると、クロスは少し黙り込んだ。
もしかして嫌なことを聞いたのだろうか。
気を利かせて、やっぱりいい、なんて言おうとしたら答えてくれた。
「僕の家は名家でね。俗にいう貴族なんです 」質問の答えならそれで十分だ。だがクロスは続けて言った。「嫌なんですよ、貴族の肩書き。なんだかお高く止まってる気がしてしまって 」
「……………… 」
予想外、といえば嘘となる。
クロスが箱入りなのはまぁ分かっていた。
だがそれに対するクロスの考えは私からはかけ離れていて「真面目、なんだね…… 」と言うことしか出来なかった。
「………………ふっ 」
そんな私を彼は美しく笑った。
「え、なんで笑うの!? 」
「いやなんだか今のユリーカが妹に似ていたので 」
「妹がいるの? 」と私は聞いた。
「ええ、三つ下のね 」
「奇遇、私にも三つ上のお兄ちゃんがいるの 」私は余計に付け加えて「まぁでも、クロスみたいに頼もしくはないかも 」と言う。
でも誰にでも誇れる立派な兄だ。
頼もしくないのはいつもの話、いざという時はカッコいいのだ。
…………私は何を威張ってるのだろう。
「頼もしい、か 」
「ん? 」
「いや、ありがとう 」
そう答えたものの、掴まっている背中からは暗い感情が浮かび上がっていた。



「カトレアさん! 」
「クロスさん、それにユリーカさんも来たのですね 」
この世界の端側は相変わらず空虚だった。
そこに一人立ち竦んでいるカトレアを見つけて、私達は走り寄った。
「新しく来た人は…… 」
気になったのは彼女以外に何もいなかったことだ。
「もしかして見つかりませんでしたか? 」
「いえ、確かに見つけました。そしてここに 」
カトレアが腕を広げると、何か緑のが零れ落ちた。
否、一応降り立ったというべきなのだろうか。
『久しぶりだな、ユリーカ 』
「プニちゃんっ! 」
旧友、プニちゃん。
その正体はカロス地方の監視者、ジガルデ。
「どうしてプニちゃんが此処に!? 」
『ふむ、実は今カロス地方全域でとある事例が────────、 』
その後を言おうとしたプニちゃんをただならぬ気配が妨げた。
得体の知れない寒気に心臓は大きく跳ね上がり、思わず後退りしてしまう。
そうして表れたのは黒い泥の塊のようなものだった。
「な、なにあれ…… 」
受け入れられずに驚きの声を出すのも精一杯だ。そいつが一気に何体も湧いてくるのだからより一層だ。
「これがシャドーです 」
そう言いながらもクロスは警戒態勢を取る。
じりじりと距離を詰めてくるこの泥こそがシャドー。
こいつに襲われたが最後……あれ?
────襲われたら、どうなるんだっけ?
『なるほど此奴が“元凶”か 』
私がひとつの疑問を抱いているすきに、プニちゃんは何かの答えを見出していた。
『気をつけよ、ユリーカ。此奴に喰われたが最後、事実上の死を迎えることになる 』
「え…… 」
『現在カロス地方で数名の行方不明かつ意識不明者が発見されている。おそらくこの夢に入り込んだのちこの泥に呑まれてしまったものだろう 』甲高い声はさらに続ける。『この夢が終わりを迎えれば何とかなるかもしれない、が現状其奴らは再起不可能だとの見込みだ 』
「やはり、そうでしたか…… 」
プニちゃんの言葉をカトレアはそっくりそのまま納得していた。
正直常識外れな話だけど、この世界はもとよりそういうものだったのだ。
だけどどうしよう。
察するにこの状況を打破するには戦闘以外の策はない。
あるならカトレアとクロスが逃げない理由がないのだ。
だからこそ私はどうするべきか。
手持ちにはデデンネとモクロー、ニャビー、アシマリ。
到底未知の相手に対して戦えるポケモンじゃない。
『ギガカク、ゴガゾ 』
気がつけば泥はより数を増して私たちを包囲していた。
もう逃げ場などない。
「どう、しよう…… 」
『ユリーカ! 』
下方から声がする。プニちゃんだ。
見下げるとプニちゃんは私にこう持ちかけたのだ。
『我はずっとサトシのゲッコウガを見てきた。その中で“絆現象”にひとつの見解を見出した 』
「絆現象の……見解? 」
『人とポケモンの絆は心身の限界を超える。絆現象はその力が及ぼした変化なのだ。そして我は絆現象にさらにその先がある事を知ったのだ 』
途端、プニちゃんが視界から消える。
するとどういうわけかプニちゃんのいた位置に可愛らしい杖が転がり落ちたのだった。
「え、これってどういう 」
『“オーバーリミット”……人とポケモンの完全なる一体化。我なりに試行錯誤した結果、半強制的にそれを実現する方法を見出した。実践はまだだが、これはきっとユリーカにしかできない事だ 』
「私にしか……私とプニちゃんでしかできない事 」
『さぁユリーカ、我を使うのだ!! 』
その言葉に押されて杖を拾い上げる。
ずっと憧れていた、サトシゲッコウガのあの背中に。
サトシみたいに強いポケモントレーナーになる為にはきっと必ず通らなければならない通過点だろう。
躊躇う理由はない。
「私やるよ、プニちゃん! 」
杖を掲げると、光を放つ。
白い光に包まれて、私は言った。
「オーバーリミットっ!! 」



私は────ジガルデだ。

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月光雅 ( 2017/06/29(木) 23:20 )