第1話 ユリーカ、夢を見る!
サトシ達との旅からもう三年が経った。
それぞれがそれぞれの道を歩んでゆく中、私はただ、その日を待ち望んでいた。
「ユリーカ! 」
と、お兄ちゃんが、この日の朝、妹である私の部屋の前に立ち構えては、大声で叫ぶものであった。
いつもより慌ただしい様子だ。が、それも納得できる。
今日は、私がプラターヌ博士からポケモンを貰い、旅に出るというのだから。
「はーい 」
夢心地は目を擦っただけで覚めてしまった。
身体を起こして、まず窓枠の中に空を見つける。
私の瞳と同じ綺麗な蒼色、快晴だ。
「朝ご飯もう作ってるから、早くしてくださいよ 」
「ふふっ、わかってる 」
小部屋の中で私は笑った。
「……髪、伸びたなぁ 」
鏡の前で髪を撫でる。
最後に髪を切ったのは、結構前のことで、最近は長い髪に憧れて切ってはいない。
「よし! 」
軽い身支度を終える。
「いこっ、デデンネ! 」
『デネネッ! 』
扉を開ける。
それは毎朝、何気なくやっている動作だ。
それでも今日は違う。
一つ一つの動きが、事柄が、とても異様に思えた。
サトシも、最初はそうだったのだろうか。
そんな事を考えながら、私は朝ご飯を食べ、気付けば玄関に立っていた。
「行ってくるよ! お兄ちゃん 」
◇
流れていくのは、見慣れたミアレの街並みだけ。
それ以外に視界に入ってくるものはない。
弾むような足の感覚と、程よい緊張感。
それを確かに感じならがら、私はプラターヌ博士の研究所に着いた。
「ユリーカ君、待っていたよ。こっちにおいで 」
エレベーターを出てすぐ、博士はそう言って、私をフロアの奥へと招き入れた。
改まった様で咳払いを一回。
そして。
「ユリーカ君には、特別に託したいポケモンがいるんだ 」
「特別に託したい? 」
カロス地方には、ハリマロン、フォッコ、ケロマツの3匹、新人トレーナーに渡される用のポケモンがいる。
特別ということは、それに該当しないポケモンという事だが。
「ああ、他地方から入手したこの3匹。僕としては新人トレーナーに託して、情報を得たいんだけど、一般の新人トレーナーに情報のないポケモンを最初のパートナーとして渡すわけにはいかない 」
「──────── 」
「しかし、ユリーカ君にはデデンネがいる。君になら、この3匹を託しても大丈夫な筈だ。受け取ってくれるかい? 」
「……うん 」
考えて。考えて。考え抜いて。
それでなお即座に出した答えがそれだった。
正直、博士の期待に応えられるようなトレーナーになる自信とか、そういったものは一切ない。
でも、サトシなら、駄目だとしても当たって砕けるに違いない。
それが自分にとって、有意義なのか、無意味なのか、そんな選択はいらない。
それが有意義な選択だったと、そう誇れるようになる。
ただ、それを誓うだけ。
「本当に……似ているよ 」
「え? 」
「あれから三年、とても女の子らしく成長したと思っていたが。好奇心だけじゃない、向上心も担うその眼差しは、サトシ君にそっくりだよ。本当にマーベラスだ 」
照れくささから、視線を下に逸らす。
博士は、そんな私の前に3つのモンスターボールを差し出した。
「君になら、渡しても後悔はないさ。受け取ってくれ。モクロー、ニャビー、そしてアシマリだ! 」
『モフウ!』
『ニャブ…… 』
『アシャマ? 』
飛び出した3匹は、その愛くるしい目で私を見つめてくる。
だから、それに応えるように笑顔で言った。
「私、ユリーカ! こっちはデデンネ!宜敷ね! 」
『デネネッ! 』
これから私の、私達の冒険が始まる!
────筈だった。
「……疲れた。ユリーカ疲れた〜 」
森の中で一人叫ぶ。
共に旅をする仲間がいないというのは、少し寂しく、暇なものだ。
「む〜。こうなったら、皆でお昼寝! 」
という訳で、日の当たりが程よい場所を探す。
それは難なく見つかった。
が、その中にある切り株の上に、日光を浴びるプニちゃんの姿を思い浮かべる自分が、何処かにいた。
デデンネは真っ先にその場で眠り始める。
きっと、私と同じ気持ちなのだろう。
それに誘われるように、私と3匹は切り株に寄り添い、互いの肌を触れさせながら眠りに落ちた。
────そう、堕ちてしまったのだ。
『ユリーカ、ユリーカ! 』
夢を見た。
そこで私を呼んでいたのは、あの懐かしい声だ。
「……プニちゃん? 」
問いかけても、声の主は答えてはくれなかった。
ふわふわとした夢心地の中、私は再び目を閉じた。
「────み! …………君っ! 」
眼を覆う暗闇。
暗黙の中に迷い込んでくるのは男の子の声だった。
「んん…………むにゃ? 」
「ようやく目が覚めたみたいだね 」
瞼を開いてみると、目前に声の主であろう少年の顔が現れる。
私の様子に安心したのか。少年は自分の胸板を撫でて一息つく。
「………あれ? デデンネ!? モクローとニャビー、アシマリまで 」
「大丈夫だよ。君の側にいた4匹はあっちでご飯を食べてるから 」
上体を起こし、彼の指差す方向を見てみると確かに4匹の姿があった。
今度は私が安心して胸を撫でた。
が、それよりももっと疑問に思っていることがある。
この少年は誰なのだろうか。
そう訴えるような眼差しで彼を見ていると彼もそれに気が付いたのか。
「ああ……そう言えば自己紹介がまだですね。僕はクロス・カリヴァ・クレリスと言います。長いのでクロスとお呼び下さい 」
「クロス……あ! 私、ユリーカ! よろしくね 」
そこまでの会話には何の怪異もない。
あるのはこの少年から感じる底知れぬ優しさだけ。
今までのは“現実世界”でも当たり前のようなdemonstrationだろう。
問題はそこではない。
「ここは……どこなの? 」
見上げても青い空など“存在しなかった”。
存在していたのは虚無。
空白に描かれた必要最低限の舞台に私たちは立っているだけ。
その他の何もここには存在していない。
「ここ……ね 」
純粋な質問にクロスは困惑した様子だった。
当然のことだ。
この様なワケのわからない光景を文字の羅列だけで説明しろと言う方がおかしい。
「そうだね。僕もあまり理解していないんだけど……どうやら夢の世界らしい 」
「夢の世界? 」
「うん。僕たちが誰かの夢の中に介入してるんだよ 」
「──────── 」
彼の言い分からして嘘ではないのだろう。
だが到底信じられる話ではない。
無論、そういったファンタジックな話は経験してきた。
だがここは、夢にしては現実味があって現実にしては不安定な場所。
他人の夢だからか人工的な感覚がある。
鏡の世界のようにある程度の理を守っててくれればいいんだけど。
「まあ、僕の説明じゃ分かりにくいよね……ついてきてくれるかな? 」
「え、どこに 」
「僕よりこの世界に詳しい人のところだよ 」
彼よりこの世界に詳しい。
それはその人が長い年月この世界に閉じ込められていたと考えればいいのだろうか?
少なくとも彼やこれから会うその人もこの世界から抜け出す方法を知らない筈だ。
知っているなら大体のことを説明して脱出方法を述べる筈だし……。
「新人を連れてきました。カトレアさん 」
「そう……またひとり増えたのですね 」
背中が凍りつく。
現れたのは木蘭の長髪に紺色の瞳の美しい女性。
カトレア。
それはイッシュ地方四天王の名前だった。
「私はカトレア・レヴソメイユ。お見知り置きを 」