第一章. 誰の絵にも映らない
Z 不安と勇気

「おーい、ティア! あまりはしゃぎすぎるなよ!! 」

ティア、もといラティアスは、とてもはしゃいでいる。
それもそのはず。私の性格と事情からして、こんな所には来ることはない。
でも今日は特別。ラティアスを独りにするのはかわいそうだし、そんな事を言っていたらサトシ君が黙っているわけがないから。
名前はティア。私と瓜二つの双子ということにしている。
ただ、しゃべれないのが問題点。サトシ君は「それは……なんとかする!! 」と言い張っていたけれど、本当に大丈夫なのかしら。

「おーい、聞いてるか? カノン 」

「えっ? 」

「ティアのやつ、楽しそうでよかったなって…… 」

とてもサトシ君らしい。いつもポケモンの事を一番に思っいる。そんな所に魅かれるが、逆に嫉妬もしてしまう。

「う、うん 」

「どうした? 」

考えながら、曖昧な返事をしてしまう。

「いや……でもちょっと心配だなって 」

「ああ。でもさすがに、はしゃぎすぎて転けたりはしないだろ 」

その事じゃないっ!! というか、サトシ君は個人の感覚でそれを言ってるような……。あの格好意外と歩きにくいんだよ?

「ていうかそっちじゃなくて 」

「? 」

「何かの拍子で変身が解けたりしないかなって 」

「うーん………あっ 」

その「あっ 」と言ったサトシ君の視線の先を見る。
あっ……ティアが、早速転けてる!!

「ティア!! 」

サトシ君と私は慌てて彼女のもとへ向かった。
正体がバレては祭りどころではないからだ。

「あなた、大丈夫? ってカノン? 」

ラティアスに優しく手を差し伸べる女性……あれは!?

「カスミ!! 」
「カスミさん!! 」


「サトシ、カノン? 」

***

「へぇー、ふたりがデートねぇ 」

少し人混みから外れた静かなところで、サトシ君ははカスミさんに今までの事を告げる。

「あははは…… 」

私は照れ隠しに微笑することしかできない。

「そういえば、カスミはどうしてアルトマーレに? 」

サトシ君が問う。

「ん? いや、ちょっと気分転換。ここの水ポケモンたちを見てると癒されるから 」

「そういやここ、水の都だもんな 」

「で、この祭りが終わったら、ふたりはどうするの? 」

「アーシア島に行くよ。ルギアなら何か知ってそうだし……そういうカスミはどうするんだよ? 」

そうサトシ君が問うと、カスミさんは少し考えて答える。

「うーん。もう少しここにいよかな 」

その曖昧な返事に、私は少し引っかかった。

「もしかしてカスミさん……なにか大きな悩み事が 」

「いや、大した事ないよ……ただ 」

「ただ? 」

「なにか……悪いことが起こりそうな気がするの 」

「悪いことが…… 」

「たぶん日頃のストレスのせいだと思うの……だから、大したことはないよ 」

カスミさんが言う悪いこと……確かに普通なら気にすることじゃないけど、私も、もしかしたら本当にそうなるんじゃないかと思ってしまう。

「カスミが大したことないってんなら問題はないな! 」

一方、サトシは呑気に言う。

『クゥゥゥウウウン 』

「あ、こらラティアス 」

ラティアスはサトシに甘えてのしかかった。

「っ────!!! 」

その時私には……サトシ君の影が、ラティオスのようにに見えたのだ。
そしてなぜだか、透き通った雫が私の頬を滑り落ちた。

「行くぞカノン!! 」

その声で我に返る。雫も消えた。
ふたたび3人で、ラティアスとピカチュウも含めて5人で、人混みへと戻る。

***


幸せに満ちていた私の心に、ひとつの不安が芽生えた。なにか本当に悪いことが起こりそうな気がして……
でも、いつまでも怖がってはいられない。だから────

「サトシ君!! 」

花火を楽しげに見る彼に────

「? どうした? カノン 」

最後の確認を────

「どんなに怖いことがあっても、ずっと私のそばにいてくれる? 」

「あたりまえだろ。ひとりぼっちにしないって、約束したじゃないか 」

分かりきっていた答え。でもそれが、私に勇気を与えてくれた。


月光雅 ( 2015/10/24(土) 22:26 )