Z 不安と勇気
「おーい、ティア! あまりはしゃぎすぎるなよ!! 」
ティア、もといラティアスは、とてもはしゃいでいる。
それもそのはず。私の性格と事情からして、こんな所には来ることはない。
でも今日は特別。ラティアスを独りにするのはかわいそうだし、そんな事を言っていたらサトシ君が黙っているわけがないから。
名前はティア。私と瓜二つの双子ということにしている。
ただ、しゃべれないのが問題点。サトシ君は「それは……なんとかする!! 」と言い張っていたけれど、本当に大丈夫なのかしら。
「おーい、聞いてるか? カノン 」
「えっ? 」
「ティアのやつ、楽しそうでよかったなって…… 」
とてもサトシ君らしい。いつもポケモンの事を一番に思っいる。そんな所に魅かれるが、逆に嫉妬もしてしまう。
「う、うん 」
「どうした? 」
考えながら、曖昧な返事をしてしまう。
「いや……でもちょっと心配だなって 」
「ああ。でもさすがに、はしゃぎすぎて転けたりはしないだろ 」
その事じゃないっ!! というか、サトシ君は個人の感覚でそれを言ってるような……。あの格好意外と歩きにくいんだよ?
「ていうかそっちじゃなくて 」
「? 」
「何かの拍子で変身が解けたりしないかなって 」
「うーん………あっ 」
その「あっ 」と言ったサトシ君の視線の先を見る。
あっ……ティアが、早速転けてる!!
「ティア!! 」
サトシ君と私は慌てて彼女のもとへ向かった。
正体がバレては祭りどころではないからだ。
「あなた、大丈夫? ってカノン? 」
ラティアスに優しく手を差し伸べる女性……あれは!?
「カスミ!! 」
「カスミさん!! 」「サトシ、カノン? 」
***
「へぇー、ふたりがデートねぇ 」
少し人混みから外れた静かなところで、サトシ君ははカスミさんに今までの事を告げる。
「あははは…… 」
私は照れ隠しに微笑することしかできない。
「そういえば、カスミはどうしてアルトマーレに? 」
サトシ君が問う。
「ん? いや、ちょっと気分転換。ここの水ポケモンたちを見てると癒されるから 」
「そういやここ、水の都だもんな 」
「で、この祭りが終わったら、ふたりはどうするの? 」
「アーシア島に行くよ。ルギアなら何か知ってそうだし……そういうカスミはどうするんだよ? 」
そうサトシ君が問うと、カスミさんは少し考えて答える。
「うーん。もう少しここにいよかな 」
その曖昧な返事に、私は少し引っかかった。
「もしかしてカスミさん……なにか大きな悩み事が 」
「いや、大した事ないよ……ただ 」
「ただ? 」
「なにか……悪いことが起こりそうな気がするの 」
「悪いことが…… 」
「たぶん日頃のストレスのせいだと思うの……だから、大したことはないよ 」
カスミさんが言う悪いこと……確かに普通なら気にすることじゃないけど、私も、もしかしたら本当にそうなるんじゃないかと思ってしまう。
「カスミが大したことないってんなら問題はないな! 」
一方、サトシは呑気に言う。
『クゥゥゥウウウン 』
「あ、こらラティアス 」
ラティアスはサトシに甘えてのしかかった。
「っ────!!! 」
その時私には……サトシ君の影が、ラティオスのようにに見えたのだ。
そしてなぜだか、透き通った雫が私の頬を滑り落ちた。
「行くぞカノン!! 」
その声で我に返る。雫も消えた。
ふたたび3人で、ラティアスとピカチュウも含めて5人で、人混みへと戻る。
***
幸せに満ちていた私の心に、ひとつの不安が芽生えた。なにか本当に悪いことが起こりそうな気がして……
でも、いつまでも怖がってはいられない。だから────
「サトシ君!! 」
花火を楽しげに見る彼に────
「? どうした? カノン 」
最後の確認を────
「どんなに怖いことがあっても、ずっと私のそばにいてくれる? 」
「あたりまえだろ。ひとりぼっちにしないって、約束したじゃないか 」
分かりきっていた答え。でもそれが、私に勇気を与えてくれた。