V 土砂降り、夕暮れの約束
「んぅ? ……俺、寝てたのか……カノンは? 」
起きてすぐに、カノンの姿を探した。この部屋にはいない。
「どこいったんだろう。まだ熱もそこまで下がってないはずなのに 」
ふと、ベランダの扉が空いているのに気づいた。もしやと思いそこに出る。予想通りカノンは、絵を描いていた。
「あ、サトシ君起きたの? 」
カノンはサトシの気配に気づいて振り返る。
「ああ。それにしてもカノン熱は? 」
サトシは問うた。
「サトシ君のお陰でだいぶマシになったわ 」
カノンが答えた。
サトシの視線は彼女の前にあるスケッチブックへと移る。
「……好きなんだな──絵を描くの 」
「もちろんよ。絵は奥深いからね。どんどん追求したくなるの 」
「よかったら、他の絵も見ていいか? 」
サトシはいくつも重なっているスケッチブックの山から一つ選んで表紙をめくった。
「うん──ってそれは駄目/// 」
カノンがそれを止めようとするが、当然間に合いなどしない。
「ん? これって 」
そこに描いてあったのは、チャンピオンシップで優勝した時のサトシの姿だった。
「///戦ってるサトシ君を見てると、つい描きたくなっちゃって/// 」
カノンは頬を赤く染めて言うが、彼女は熱もあるため、鈍感なサトシが気づくはずもなかった。
「それにしてもカノンは凄いぜ! 実物も見ずにこんなの描けるんだもん」
スケッチブックを天にかざすように持ち上げた。
「これだけ鈍感なサトシ君も凄いよ 」
サトシに聞こえぬよう、虫の羽音のように微かな声でカノンは言った。
「そうだ! 何か食べたくなったか? 」
「え? サトシ君作れるの? 」
カスミやタケシからは、そこまで上手ではない。むしろ下手に分類される方だと聞いていたのだが。
「ああ。旅仲間に作ってもらってばっかじゃなんか悪くてな。作り方を教えてもらったんだ 」
*サトシの回想
「今こそ科学が未来を切り開く時ぃ!! シトロニックギア──オン!! 名付けて“お料理教えるクン”です! 」
「うおぉ! 科学の力ってすげぇ! 」
「次こそ科学が未来を切り開く時ぃ!! シトロニックギア──オン!! 名付けて“お料理教えるクン弐式”です! 」
「うおぉ! 科学の力ってすげぇ!
「今度こそ、科学が未来を切り開く時ぃ!! シトロニックギア──オン!! 名付けて“コックメイカー”です! 」
「うおぉ! 科学の力ってすげぇ! 」
*
「で、ある程度は作れるよ 」
カノンは「(科学の力ってすごいのね )」と思う。だが一つ問題点があった。
「でも今日買い物いってないから材料がないよ 」
本当は今頃に買いに行く予定だったのだが。
「ええ! ……なら買いに行くか。カノンも調子良くなってきたんだったらついて来いよ 」
「ぇ……うん/// 」
今度はサトシからの誘いだった。それはデートでもなんでもないただの買い物だ。が、神というものはそんなカノンの願いを見逃さなかったらしい。
「ねえサトシ君 」
「ん? 」
スーパーの中を材料を探しながら、また、サトシと話をしながら歩く。
「サトシ君にとって、大切なものって何? 」
「うーん。ポケモンと友達、家族かな。カノンは? 」
「私もポケモンと友達、家族……でも、友達っていう友達は全然いなくて 」
一つの悩みだった。サトシなら受け入れてくれるとカノンは思っていた。
「そうなのか!? カノンって優しい奴だから、もっといると思ってたんだけど 」
「ううん。他人とあまり親しくなりすぎると、今度は秘密の庭を護る使命が果たせなくなってしまうの 」
「庭の正体を知られてしまうから? 」
「うん。だから、何かに頼りたくなったら、サトシ君ならどう答えてくれるかなって絵に聞いてたの。自然とその時の絵は上手くいくの 」
「……でも、それじゃキツい時だってあるだろ? 友達は必要だって 」
「……だからね。ずっとそばにいて欲しいの。私にはサトシ君がそばに必要なの。全てを受け入れてくれるサトシ君の存在が 」
「……わかったよ。約束するぜ! 絶対そばにいてやる。これからお前はひとりぼっちじゃない 」
「ありがと……サトシ君/// 」
その時にサトシが差し出してくれた小指を、カノンは喜んで交えた。
「よし、全部買ったな 」
買い物は終わった。でもデートは終わらなかった。
「サトシ君、あそこ! 」
カノンが指差す方へと目線を送る。どうやら福引が1回できるらしい。
「ん? 福引? よし、やっていくか! 」
「大当たり!! 」
カランカランと鐘がなる。
「やったぁー! 」
サトシははしゃいで飛び跳ねた。
「はい、これチケット。また来てねぇ 」
「どうだった? サトシ君 」
カノンは駆け寄ってくる。
「カロスリゾート一泊二日無料券……一人分だって 」
「うーん。じゃあ、私たちじゃ行けないね 」
少しがっかりしたが、サトシには一ついい案が浮かぶ。
「そうだ。ボンゴレさんにあげよう! 二日くらい休ませてあげてもいいだろ? 」
「そうね! そうしましょう 」
反対などなかった。ボンゴレさんは最近疲れてるだろうし。
「早速帰って夕食の支度だ! 」
「うん! 」
「くしゅん! 」
迂闊だった。天気予報で夕立ちに気をつけろと言われていたのに、傘を忘れていた。土砂降りのなか、サトシとカノンは二人、シャッターの閉まっている店の前の屋根で雨宿りをする。だいぶ濡れた。
「大丈夫か?カノン、まだ熱あるのに…… 」
「みゃ、まえのねつはしゃ、さがったから、だいじょぅ──くしゅん! 」
カノンの服は下着が透けて見えるほど濡れている。
「だいじょばないだろ? あっ! あっこの服屋にいってとりあえず服を買おう。このままじゃ風邪引くぞ 」
2人は急いでその店へ駆け込む。
「すみませーん! 」
「あらびしょ濡れじゃない! ケイト君タオル2人分持ってきてあげて 」
「わかりました店長! 」
その店の対応はとても早かった。客への気遣いがとてもいいように思える。
「すみません 」
「いいのよ。困った時はお互い様っていうでしょう? 」
それはサトシも好きな言葉だ。
「店長、持ってきました 」
「ありがと、渡してあげて 」
「どうぞ! 」
サトシとカノンはそれぞれタオルを受け取る。
「ありがとうございます 」
「ありがとうございましゅ 」
一息つくとサトシは言った。
「とりあえず、新しい服を買いたいんですけど 」
「わかったわ。あなたたちカップルお似合いだから、ちょっとだけ、安くしてあげるわ 」
「かっぷる……? 」
「っ/// 」
鈍感なサトシはすぐには理解できなかったが、カノンは今までにないくらいに赤面した。
「ほら、女の子はこっちに来なさい。試着室あるから。ケイト君は男の子の服を頼んだわよ 」
「はい! 」
そう言うと、カノンは店長に連れていかれた。
「わざわざありがとうございます 」
「良いってことよ。サトシさん! 」
「え? なんで名前を 」
自己紹介などしたはずはない。ならなぜ自分の名前を知っているのだろうか。店員のケイトは答えた。
「僕はポケモンバトルを観るのが大好きでね。前のチャンピオンシップの決勝トーナメントを観させてもらったよ。いいバトルだった 」
そういう事かとサトシは理解した。
「っありがとうございます! 」
「そうだなぁ。やっぱりバトルするとなると動きやすい方がいいよねぇ? 」
やはりこの店の客への気遣いはいい。こちらから頼りたくなる。
「はい。そうしてもらえると助かります 」
「ふんじゃぁ、これだな……うん似合うじゃん! サトシさんはどう思う? 」
「はい! これにします! 」
そう言ってると試着室から店長とカノンが出てきた。
「ケイト君終わった? 」
「はい! 店長! 」
「あら似合ってるじゃない 」
店長はサトシを見て言った。
「ありがとうございます 」
すると、店長の後ろに隠れていたカノンが照れながら横に出た。
「……………/// 」
「……………/// 」
はっきり言って、サトシはカノンの姿に見惚れていた。いつも同じような服しか着ていないカノンに、その服はとても似合っていた。
「こら彼氏! 彼女が折角着替えたんだからなんか言って上げるのが普通でしょう? 」
「か、彼女/// 」
「彼氏………っ! いやそんなんじゃ…………… 」
サトシの鈍感もやっと追いついた。否定しようとしたが、自分にはできなかった。カノンがショックを受ける可能性だってあったし、何より自分の気持ちに嘘をついている気がしたからだ。
「はいはい、否定しない! 彼氏じゃなくても男ならバシッと言ってあげなさい! 」
背中を押された。でも、サトシにはその店長の手が、嫌だったわけでもなく、寧ろ有難いと思えた。
「か、カノン…… 」
「な、なに? 」
「……その、似合ってるぞ 」
照れ隠しに目をそらしながら言う。
「そんなことないよ。サトシ君の方がかっこいいって/// 」
カノンもサトシを褒める。
「いやいや、カノンの方が可愛いって 」
「そんなことないって 」
「あるよ 」
「はいストップ!! 」
2人の終わらない褒め合いの中に、店長が仕切りを入れた。
「「っ!? 」」
「あんたたち人のお店でよくそこまでイチャつけるねぇ? 」
「「あっ//////// 」」
2人もそこでやっと気づいた。
「はい、約束どうり安くしといたから、あと前の服はクリーニングしとくから、また来てね。そしてイチャつくのは帰ってからにしなさい 」
「「……………/// 」」
もはや、否定する根拠などない。
「ったく、二人とも気づいてなかったのが不思議すぎるくらいのコンビね。じゃあ、頑張りなよ! 」
「は、はい/// 」
カノンが返事した。
「……っありがとうございました 」
続いてサトシは礼を言う。それも色々な意味がこもっていただろう。
「サトシさん、これ傘です。服取りにくる時に返してください 」
ケイトは傘を一本だけ差し出した。
「あ、ありがとう 」
一本だけ? と言いかけたが、店長とケイトのにやけ顏からして無駄だとわかった。
「ではさようなら 」
「またのご利用を 」
ケイトと店長に笑って見送られたが、振り返ってさよならを言う勇気は2人にはなかった。
「ふぅ、あの二人は将来とんでもない偉人になるわよ」
2人が去ると、店長は言う。
「もうすでに才能は光かけてますからね 」
「あら、ケイト君も見る目が良くなったねぇ 」
「店長には劣りますよ 」
店からだいぶ離れた。
「「(ああ、恥ずかしかったぁ/// )」」
「(サトシ君、今日ので意識してくれるようになったかなぁ/// )」
「(カノンは俺のことどう思ってんだろ )」
一度意識すると、サトシの鈍感も終わってしまった。
「「(やばい…………気まずすぎて死にそう/// )」」
それでも、いやだからこそサトシは一歩踏み出す勇気を出した。
「あの、カノンはさぁ……(この際遠回しに言っても意味ないよなぁ )」
「な、何かしら? (サトシ君、とんでもない鈍感イレギュラーは覚悟さしてるよ )」
サトシとカノンは立ち止まる。
ひとつの傘の下での出来事だった。
「俺のこと……好き? 」
「ふぇ!!!??? (直球すぎるよ! ストレートだけどある意味イレギュラーだったよぅ )」
「…………? 」
無言のカノンに、サトシは少し首を傾げる。雨と一本の傘のせいか、彼女の顔が見えずらい。
「……やっと振り返ってくれた 」
カノンは真っ赤な頬をサトシの顔に向けた。
「? 」
土砂降りの雨の中。2つの影は口元で繋がった。2人の意識はそこに集まった。地面に落ちる傘と急ぎ降る雨の音が、聞こえなくなるほどに。