ポケットモンスターANOTHER








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STAGE2. OVER LIMIT
記憶01. 始まりの眼

────遥か遠く、昔の話。
この世界には英雄と呼ばれた少年がいたそうだ。
彼は仲間であるポケモンとともに迫り来る邪悪を退けた。
だがそれも二度は叶わなかった。
邪悪はその脅威を増し、いよいよ彼の手では抑えきれなくなった。
絶望の淵に立たされた彼は、今一度世界を救う為に自分の命を差し出したという。
邪悪は消え、世界には再び平和が訪れた。
その英雄に救えないものなどなかった、とさえある人は言ったそうだ。
だが結局のところは、彼は他人を救おうとするあまりに自分を救うことを放棄したのだ。
それはきっと救えなかったのと同義であり、それこそが──最期に一人自分を救えなかった事こそが、彼の末路なのだ。
そして、救えなかった者は彼一人に止まらなかった。
彼にはかけがえのない相棒がいた。
そのポケモンの名は“ミュウツー”。
人間によって産み出され、人間をこの上なく恨んでいた彼は、その英雄によって心を開かれた。
そんな彼が、英雄の死をどう思ったか。
きっとそれは当人以外に語れるものではないだろう。
ただ英雄の死後、ミュウツーは血の海に成り果てた戦場から2人の幼児を見つけた。
この2人を──かつて英雄がミュウツーに施したように──愛してあげようと、彼は決断したそうだ。
こうして救われた2人の幼児は

────“ライト”、“ダーク”と名付けられた。





STAGE.2 OVER LIMIT

記憶01. 始まりの眼


随分と遠くまで逃げて来た。
尤も、その“遠く”がどこからなのかすら俺は憶えていない。
逃げた理由も自分では分からない。
ただ逃げなければならないのだと大森林を我武者羅に駆けていた。
「はぁ、はぁ…………ぅ 」
息を切らせて足を止める。
一歩と止まらず走り続け、俺の肺は破裂しそうになっていた。
大きく息を吸い、酸素を肺へ送る。
ゆっくりと息を吐いて呼吸はようやく落ち着いた。
だが幾ら心身を落ち着かせようとも、現状を把握するには情報が少なすぎだ。
そもそもここは何処なのだろうか。
ビデオテープでも巻き戻すように、慎重に記憶の断片を辿っていく。
だがそれでも、肝腎なところで逆再生は中断されてしまう。
この、記憶テープは途中で千切れているのだ。
そんなガラクタで再生を強行したせいか、俺の脳天は悲鳴を上げていた。
「痛、ぃ…………くそ、俺は一体 」
誰なのか、と。
記憶喪失。
この森で目覚める以前の出来事を、自分のことさえも思い出せない。
この身体も今ようやく自分のものだと認識できた次第。
最初は動くことすらままならなかったのだ。
「────ライト、それがお前の名前だ 」
気付けば、その少年は恰も当然のように俺の目前に立っていた。
……その時は息ができなかった。
つい先ほど乱れた呼吸を整えていたというのに、肺は一瞬にして凍結したようだ。
────嗚呼、と。
咄嗟に自分の死を確信した。
そう、死だ。
俺が逃げようとしたのは、この少年から滲み出るおびただしい殺気が何よりも怖かったからだ。
追いつかれれば死ぬ、という実感があったからだ。
だというのにどうしたものか。
不思議な事に、今の彼にはまるで殺気がなかったのだ。
それどころか冷徹な目で俺を見ては「本当に何も憶えていないのだな 」とため息でも付くように言い捨ててみせた。
「……………………ぁ 」
その声が、その言い方が無性に懐かしく思えた。
きっと彼が俺を知っているように、俺も彼をよく知っていたのだろう。
依然彼の事は思い出せない。
だが、それが呼吸を再開する合図となった。
「俺の事を、知ってるんだな 」
「ああ、よく知っている…… 」
無意識に俺の身体は前のめりになっていた。
そんな俺の様子をどう思ったのか。
少年は一瞬ニタリと笑った、ように見えた。
そして。
「知りたいか? 自分の事を 」
と確認してきたのだ。
それはかつての自分への糸口だ。
それを否定する理由などどこにもなかった。
だから俺はゆっくりとその顎を下げて頷いた。
「そうか。ならば私とバトルしろ 」
「バトル……? 」
「そう、ポケモンバトルだ。まさかそれも忘れたか 」
ポケモン……バトル、か。
それもどこか懐かしい響きだ。
だがやはり、千切れてしまったテープをさらに巻き戻すことは不可能だった。
「その様子だとポケモンの事すらも思い出せないみたいだな 」
やれやれといった様子で少年は紅白色の球体を取り出した。
どうやって内包されていたのか、球体が開くと無数に光が溢れ出し、“火の魔獣”が召喚される。
「ポケットモンスター、縮めてポケモン。私はこの“ヒトカゲ”というポケモンを使おう。ライト、お前はどうする? 」
そういって奴は俺の方を指差した。
指し示したのはおそらく俺の背負っていたバッグだろう。
その中には確かに奴の持っているような紅白の球も3つ入っていた。
だがそれ以上に気になったのは、一緒に入っていた端末機器だった。
「ほう、“ポケモン図鑑”まで持たされていたか。あの博士も抜かりがないな 」
少年曰く、それはポケモン図鑑というらしい。
なるほどその名の通り、きっとあの不思議な魔獣達に関する情報を有しているのだろう。
試しにヒトカゲにかざして見れば、端末は内包された情報を電子音声で読み上げてみせた。
ヒトカゲ・とかげポケモン、ほのおタイプ……か 」
タイプというのはおそらく属性の事だ。
図鑑によれば、ほのおタイプはみず、じめん、いわタイプに弱い。
そこまで読んで、今度は3つの球に視線を移す。
中に入ったポケモンはそれぞれ異なる。
くさタイプ、もりトカゲポケモン・キモリ
みずタイプ、ぬまうおポケモン・ミズゴロウ
そしてほのおタイプ、ひよこポケモン・アチャモ
タイプの相性に鑑みるならばミズゴロウを選ぶのが妥当だった筈だ。
──────だというのに。
「アチャモ、俺はお前にするよ 」
俺の手は無意識にこいつを選んでいた。
今の俺にとって、無意識とは過去の自分への糸口にすらなりうる。
だからそれを敢えて拒む理由はなかった。
「同じほのおタイプか。本当にそれでいいんだな? 」
「うん。俺はこいつと一緒に闘うよ 」
少年と同様に球の中から召喚する。
溢れる光とともにその内より出で、アチャモは俺と対峙した。
向けられた瞳はあどけなく大変可愛らしいものであったが、その奥には確かな闘志が感じられる。
ただこの時、アチャモは俺の声を待っていたのだ。
「いくよ、アチャモ! 」
『チャモっ! 』
そう威勢良く答えると、アチャモは俺に背を向けてヒトカゲと向かい合った。
「そうか、では軽く手慣らしといこう。ヒトカゲ〈りゅうのいかり〉! 」
その時彼の吐いた台詞(ことば)は、全くもって嘘だった。
ヒトカゲの口から飛び出してきたのは紛れもない龍。
炎のような未知のエネルギー体が龍を模して俺たちを喰らいに来ているのだ。
その脅威が果たして手慣らしと言えたものか。
だがアチャモは龍を見据えた上で、微動だにしなかった。
否、あれはきっと。
「ポケモンは基本トレーナーの指示に忠実だ。お前の言葉で命令してみろ 」
「くっ、躱してアチャモ 」
間一髪。
あと少し遅ければ喰われていた。
だが指示から動きまでの早さから察するに、アチャモはずっと俺の言葉を待っていたのだろう。
これはポケモンだけの戦いではない。
そして人間だけの戦いでもない。
ポケモンと人間、いやトレーナーが一体となってようやく成り立つ戦い、それがポケモンバトルなのだ。
勝つためには、俺はただのうのうとしているだけじゃ駄目だ。
状況を見極め、アチャモに指示を出さなければならない。
──────だが。
「何だったんだ、あの龍は 」
「ポケモンには“わざ”というスキルがある。今のはその一つ〈りゅうのいかり〉だ 」
なるほど。ポケモンバトルではその“わざ”を駆使して攻防を繰り広げるわけか。
「なら俺たちも……アチャモ〈りゅうのいかり〉! 」
力強く、そう指示をした。
だがアチャモは困った様子でこちらを振り返り、一向に〈りゅうのいかり〉を使う素振りを見せない。
当惑してる俺たちを見て、少年は再び助言を吐き捨てた。
「ポケモンによって覚えられるわざは異なる。同じ種のポケモンであっても、実際に覚えて使うことのできるわざは4つまでだ 」
つまり、アチャモは〈りゅうのいかり〉を覚えられない、もしくは覚えていなかったから使えず困惑していたわけだ。
だがそうなると使えるわざを知る必要がある。
「そうだ、ポケモン図鑑になら 」
直感は見事に的中した。
ようやく俺がわざを知り終えたことを見たアチャモは、再び敵に対峙する。
「よし、仕切り直し! アチャモ〈つつく〉攻撃だ! 」
雛鳥が駆ける。
敵の懐へ入り込むのに刹那とかからない。
指示を出して一秒、アチャモはヒトカゲに槍の如く鋭い一撃を喰らわせていた。
『カ、げェッ! 』
「反撃だヒトカゲ、〈ひっかく〉 」
倒れそうな身体を踏ん張り、即座に攻勢へ切り替える。
「躱すんだ、アチャモ 」
地を蹴り、後方へと飛び退く。
ヒトカゲの左手はその空中を斬り裂いた。
そのまま攻撃の間合いから離脱する────つもりが、既に準備されていたであろうヒトカゲの右手がそれを許してはくれなかった。
『チャモァっ! 』
二度目の斬撃は確かに命中した。
斬られた勢いでアチャモの小さな体は飛ばされていく。
それでも既に間合いから離脱しかけていたためか、斬り込みは然程深くないようだ。
「初めてにしては、指示を出す判断力と瞬発力はいいな 」
「そりゃどうも。次だ……アチャモ〈ひのこ〉! 」
「こちらも〈ひのこ〉で向かい撃て! 」
それは決して炎の弾丸などではなく燃やせという呪いだろう。
されどその口火は銃弾の如く大気を駆け抜け敵を討つ。
交えた火種は鬩ぎ合い一方が他方を焦がすまで燃やし続ける。
舞い散る灰はおびただしく、両方の威力が互角であると語る。
故に結果は相殺であり、その果てには何も残らない。
否、唯一残るであろうものは沈黙だ。
「もう一度〈つつく〉だ、アチャモ! 」
そうして俺たちはその沈黙をこそ斬り裂く。
ヒトカゲに勝るアチャモの能力は素早さだ。
最速で奴の懐に入り込み、最速で奴の間合いから離脱する。
「二度は喰らわぬ、ヒトカゲ〈りゅうのいかり〉 」
入り込んだ奴の懐────そこには門番が居座っていた。
こちらが最速で攻め入ると分かっているのならば、敵は当然それに合わせて攻撃を打つことができる。
最大威力を、至近距離で。
「アチャモッ!! 」
躱せる、筈がなかった。
固より攻勢であの位置に辿り着いたのだ。
防御などする余地もない。
『チャモ────っ 』
嗚呼。
か弱い体が宙を舞う。
その様はまるで子供に投げ捨てられた玩具のようで情けない。
気付けば俺はその落下点に先回りし、落ちてきた玩具を抱き抱えていた。
「大丈夫か、アチャモ! まだやれるか……? 」
『……チャモ! 』
間違いなく大ダメージを被った筈だ。
だがアチャモは全然平気だといった感じで元気よく答えて戦場へ戻った。
「そういえば言い忘れていた。ポケモンには瀕死という状態がある。バトルは片方がその瀕死状態、いわば戦闘不能になれば決着だ 」
「……要するにどちらかが倒れるまで戦い続けろってことだよな 」
「そういう事だ。ヒトカゲ〈ひっかく〉 」
「飛べ、アチャモ! 」
小柄な体が空中へ舞い出でる。
華麗にヒトカゲの攻撃を躱したアチャモはその背面を取った。
「今だ! 〈ひっかく〉! 」
足裏に隠した鉤爪を使って蹴るように斬り裂く。
体勢を崩したヒトカゲにもう一撃浴びせようと、さらに攻め入る。
「ヒトカげ──────── 」
「────アチャモ、〈つつく〉だぁ! 」
振り返るヒトカゲの視界にアチャモはない。
何故なら奴の鋭い槍は、既に的としたその懐を突いていたのだから。
『か、ガゥ! 』
「くっ、ヒトカゲ! 」
「畳み掛けろ! アチャモ〈ひっかく〉! 」
突き飛ばされ、地面にみっともなく転がりながらもようやく立ち上がったヒトカゲ。
その上方から容赦なく斬撃を叩きつける。
「これで、さっきの御返しは済んだな 」
俊敏さを駆使してヒトカゲに大ダメージを与えた。
これでおあいこだと満足していた。
だというのに、少年はこの状況下で不敵に笑っていた。
「見事な攻撃だ。まるで初めてのバトルとは思えない 」
その言葉にはっ、とした。
バトルの中では俺は自分が記憶喪失であることなんて忘れていた。
無意識に湧いてくる興奮を前面に押し出し、熱く燃え上がっていた。
そう、これは俺のものではない。
この感情はきっと過去の俺に由来するもの。
バトルの中で俺の無意識が拾い上げた、もう一人の俺への糸口なのだ。
────────だが、と少年は俺の思考を断ち切った。
そして再び不敵に笑えば、「これでチェックだ 」と言い放った。
『チャモっ!? 』
「な、なんだあれは!? 」
ヒトカゲの尻尾に灯っていた炎が爆発的に燃え上がり、ヒトカゲ自身の体を覆っていた。
「ヒトカゲの特性〈もうか〉だ。さあ、私は十分に楽しませてもらったぞ、ライト 」
視界が歪む。
恐怖で何も口にはできなかった。
アレを止める術は俺とアチャモにはない。
アレが放つ攻撃を俺とアチャモは防げない。
それは確信などではなく、あの怪物に突き付けられた真実なのだ。
あの覚醒したヒトカゲと対峙した時点で、俺達は敗北したのだ。
「為す術なし、といったところか。ならばチェックメイトだ 」
それは決して炎の弾丸などではなく、また燃やせという程度の易い呪いでもない。
あれを見た者は爆ぜる、そんな理不尽な呪いだった。
躱せ、なんて命令はもはや意味を為さず。
尤も俺には三文字の言葉を吐くことすらできなかった。
アチャモが爆炎に呑み込まれていく。
俺はただ皮膚が溶けてしまいそうな熱量を感じながら、その様子を茫然と見ているしかなかった。

「────戦闘不能。初心者にしては異常なまでに健闘したぞ、お前は 」
アチャモは奴のいった瀕死状態とやらになった。
とは言えども戦闘不能という言葉の通り、呼吸が乱れてるわけでもなしに、アチャモは今ぐっすり眠っている。
時間が経てば、体力は回復しないかもしれないが元気に目覚めることだろう。
「約束通り、お前に情報は教えない。ただまたバトルする機会があれば、その時お前が勝ったのなら……お前の過去に関することを全て話そう 」
「つまり、強くなれってことだな……お前以上に 」
向けられた少年の雄大な背中が、そういう事なのだと語っている。
ただその雄大さだけを残して、少年は立ち去ろうとした。
それを見て、このまま彼を見送るのが惜しく思えてきたのだ。
「なぁ、せめてお前の名前を聞いてもいいかな? 」
「ダーク……私の名前は、ダークだ 」
「……ダーク、か────ぅヅ! 」
突然、脳天に痛みが登った。
彼の名前に影響されて、脳が記憶を遡ろうとしているのか。
「記憶を消失した反動がまだ残っているのか。だが案ずることはないだろう。きっと数日経てば脳も身体も馴染んでくるはずだ 」
俺にはダークのその言葉が、まるで俺に記憶を取り戻して欲しくないかのように聞こえた。
「なんだよ、それ……ダークは俺に 」
「──────それは、教えない約束だ 」
ダークは切り捨てるようにそう言った。
だがその後に、ただ、と続けて
「お前が失った記憶を求むのなら、きっとまたどこかで会うだろう。事実を知りたいのならば、その時俺を負かすほどに強くなっていろ 」
それだけ言い残してダークは再び歩き去っていく。
脳がいよいよ限界を迎えた俺はただその背中を眺めながら、深い眠りについたのだ。



記憶01.始まりの眼


■筆者メッセージ
お久しぶりです。
かなり長い間お待たせしてしまった方、申し訳ありません。
遅くなった上、何故二章を更新し始めたのか。
それについては、あまりにも更新が遅くなってしまったため、モチベーションが少々低下しているのが理由です。
僕としてはできるだけいい文章を書けるように努めたいのですが、今の状態では書けていたものも書けない!ということで
心機一転ということで当分一章のラストはお預けとさしてもらいます。
僕のわがままに付き合わせてしまい本当に申し訳ありません。
月光雅 ( 2017/12/10(日) 12:09 )