記録02. 白き鎧の男 X
「ワニノコが……盗まれた 」
ポケモンじいさんのパソコンへと送られてきたメッセージ。ヒビキたちは慌ててウツギ研究所に戻った。
「ああ、君達が出ていった直後だったよ。おまけに、ポケモン転送装置を使われた形跡も残っているんだ 」
「誰かが研究所に忍び込み、盗んだワニノコを仲間のところに転送したっていう事ですか? 」
「そういう事になる。2人とも心当たりはないかい? 」
心当たり。瞼を閉じて、その瞳の裏側にまず浮かんでくるのは、赤髪の少年、ノイズだった。ワニノコを盗んだ可能性があるのは、彼しかいない。なにせ彼はその盗まれた一匹を所持していたのだから。でも────
「……僕はない 」
「え──── 」
少年は事実を拒絶した。まだ彼だと確定できる根拠は出揃っていないし、なにより彼だと信じたくなかった。
『────────ふっ 』
あの微笑の裏に真実があるのだと、いや、そうであってほしいと心の奥底で思う。
「コトネ君は? 」
その少年の姿を見たコトネもまた、答えた。
「私も……ないです 」
***
土砂降り、という言葉が見事に当てはまってしまうほどの雨だった。
今日から旅を始めるばかりヒビキ達は、雨で狭まる視界の中、慌ててキキョウのポケモンセンターに飛び込んだ。これほどまでびしょ濡れなのだから、少しは何か言われるのを覚悟していたが、ここのジョーイさんはとても優しく、愚痴を漏らすどころか、嫌な顔1つ見せずにおもてなしてくれた。
「で、何でついてくるの? 」
ヒビキはコトネに冷淡と問いかけた。
「……ヒビキはどうして嘘をついたの? 」
「────────っ 」
ワニノコが盗まれたという事件の翌日。ポケモンじいさんから貰ったタマゴはヒビキが預かることになった。あの日からあの少年についてずっと考えている。
「ずっと〈転送装置の使われた痕跡〉が引っ掛かってた 」
「……転送を使ったって事は犯人は複数いる、か 」
「それに、ノイズはわざわざ僕たち〈ワカバのトレーナー〉に勝負を挑んだこと…… 」
実行犯なら、むしろワカバのトレーナーは避ける筈だ。彼の行動と今回の事件には、理にかなわぬところが多い。
「雨……止んでるね 」
コトネが窓枠から外を覗く。雫は降らなくなったものの、低い空は依然曇ったまま。その曇天がヒビキの不安を駆り立てる。
「少し歩こう…… 」
それだけ言って、少年は立ち上がる。
「行く宛は? 」
「ない……でも 」
「…………わかった。私も同行するわ 」
「……で、なんでついてくるの? 」
再びヒビキは冷淡と問いかけた。
「ついていったら駄目なのかしら? 」
コトネは満面の笑みで問い返す。
その言葉が、威圧が、何よりも恐ろしく。
「う…………………………いいえ 」
ヒビキ達は雲の覆う街をぶらぶらと歩いた。でも、それでも心の突っ掛かりは取れぬまま────そこへ辿り着いた。
マダツボミの塔。多くの新米トレーナーがここで修行を重ねていくと聞く。
「ここなら…… 」
なにか自分を押してくれるモノがある、と。そう信じてその境内へ踏み込む。だが。
「っ────────? 」
何処からか迫り来る気配に、少年は足を止めた。
そしてその気配の方向、上を見上げる。
「っコトネ──────危ない!! 」
咄嗟にコトネに飛びつく。刹那、0.1秒でも遅かったらぶつかっていた、その謎の男に。
「ふっ、よく避けた少年。私も……まさか下に人がいるとは思ってなくてね 」
上から降ってきたのは白い仮面を被り、白い鎧を身につけた男。
不審者以外の何者でもないそいつは、マダツボミの石像を持っていた。
少年は立ち上がり、鎧の男に問う。
「…………誰? 」
その問いに、男は微笑した後────
「私は怪盗X、常世全ての財宝を手にする者だ 」
歌うように、その男は口にした。
「っ────────────!? 」
ヒビキが疑うのも無理はない。なぜならその男からは悪意が感じられないのだ。いや、むしろ優しさを感じてしまうほどだ。
この男が────本当に、他人のモノを盗むような悪人なのか、と。
月下の沈黙を斬るような凛々しさで奴はそこにいる。そして自らを悪人だとなのっている。
これほど異常なことはあるだろうか。
「お前──────── 」
表情を隠す仮面の裏側。少年はモンスターボールを深く構えた。
「っ、私に勝負を挑むのか? 」
「僕の夢は強くなる事……強いトレーナーなら、運命の答えはバトルで見つける…… 」
それを聞き、怪盗Xと名乗る男は再び微笑する。
「面白い。貴様が勝ったら、これはくれてやる! 」
「──────────っ! 」
ヒビキは身を構えた。
「さあ、祭りの始まりだ! 」
ヒビキ<トレーナー>VSエックス<盗人>「ケロマツ…… 」
ヒビキはケロマツを繰り出す。
「いけ、オンバーン! 」
エックスは
おんぱポケモン・オンバーンを繰り出した。
「オンバーン…… 」
「やるからには本気だ。掠り傷もつけさせない 」
「……掠り傷すら 」
「ああ。貴様のケロマツはオンバーンに触れる事すらできないだろう。それこそ、傷を負わせられたのなら、貴様に勝ちをくれてやっても構わない 」
白い仮面が応える。
少年はそうか、と笑い。
「なら一撃。それが無理なら……石像はお預け 」
突風のように、ケロマツは
黒い影へと疾走した。
蒼い影が走る。
いつの間に握られていたのか、ケロマツの両手には光の刀剣があった。
「〈いあいぎり〉 」
「────────っ! 」
反撃など許さない。
オンバーンが片翼を奮うより早くケロマツは間合いを詰め、
────ッッッッッ!!!!!────その双剣で、オンバーンを両断していた。
「…………………… 」
はらり、と宙を散る黒羽。
ヒビキとケロマツは依然として立ち尽くしたまま。
「……残念だな金色 響。今の一瞬で仕留められなかったのは貴様の未熟だ 」
「づっ…………!! 」
ケロマツが跳ねる。
天空から飛来した光弾はケロマツを貫こうとし、ケロマツは朽ちかけの光剣で弾き落とす。
空を見る。
太陽は無く、昼空には黒々とした雲海が流れる。
その真中、まるで空を統べるように、黒い吸血鬼が君臨していた。
「────掠り傷すら負わない。……本当みたいだね 」
上空の黒い影を見つめながら、ヒビキとケロマツは体勢を立て直す。
「少し見くびってたよ……次があるなら気を利かせてほしいかな 」
「────まさか。失敗したものに次を与えるなど、私はそこまで甘くはない 」
『ッ────!! 』
ケロマツの体が流れる。
オンバーンの視界から逃れようと疾走する。
「私が逃すと思うか……! 」
オンバーンの翼が動く。
その邪眼がケロマツに狙いを定めた後。
何か、悪い冗談のような光景が、目の前で繰り広げられていた。
「な──── 」

オンバーンの攻撃は際限のない雨だった。
降り注ぐ光弾〈りゅうのはどう〉は爆弾と何が違うと言うのだろう。
その一撃一撃が必殺の威力を持つ魔弾を、オンバーンは矢継ぎ早に、それこそ雨のように繰り出してくる。
「ケロマツ、もう一度〈いあいぎり〉」
もはや避けきれぬと判断し、ヒビキが指示を出した。
ケロマツは双剣で弾きながら疾走する。
「〈みずのはどう〉 」
隙を突き、こちらの反撃を放つ。
しかし、弾丸は光弾と相殺し、戦間に爆発と暴風を引き起こした。
「くっ──────── 」
向かいくる風と煙に、腕を構えながら状況を確認する。
ケロマツはピタリと立ち止まっていた。
降り注ぐ光弾も止んでいる。
あるのは身を震わせる冷たさと静けさだけ。
「まさか!? 」
それでようやく気がついた。
ケロマツの周囲が凍結したように固まっている……。
『ケ、ケロゥ……! 』
「ケロマツ! 」
蒼い影がブレる。
────完全に凍りついているわけではなく、怯んでいるのか。
「────〈エアスラッシュ〉、空をも斬り裂く疾風の刃。そいつをケロマツの両手両足に斬り込んだ。どうだ……その状況から反撃できるか? 金色 響 」
勝ち誇ったエックスの声。
ケロマツは動くことは愚か、膝をつき、立ち上がる事さえままならなくなった。
「うん。今のケロマツは攻撃できない。
────でも、攻撃はすでに当たっているよ 」
「っ!? ────オンバーン!! 」
慌てて見上げる仮面。
その見上げた左右に。
弧を描きながらオンバーンを狙う双光の弾丸があった。
────ッッッッッ!!!!!────ッッッッッ!!!!!────『────────!!!!! 』
閃光はオンバーンの翼を穿つ。
左右より襲いかかったソレは、言うまでもなくケロマツの〈みずのはどう〉である。
────あの瞬間。
〈りゅうのはどう〉を相殺し、オンバーンの〈エアスラッシュ〉に撃たれる直前、ケロマツは弾丸を左右に放っていたのだ。
放たれた閃光は這うように地面を飛び、時間をおいて空中にいるオンバーンへと襲いかかった────
「っ、ケロマツは何処に──────………っ!? 」
エックスは今度こそ絶句した。
それは側から見ていたコトネも同じだろう。
飛び退いた青い忍びは、すでに詰めに入っていた。
地面に膝を立てて、銃を構えるかのごとく腕を突き出している。
狙いはオンバーン。
「ケロマツ〈みずのはどう〉 」
「………〈りゅうのはどう〉!! 」
ケロマツの手から弾丸が撃たれる。
放たれたソレは大気を根こそぎ狂い曲げ、その跡を悠々と見せつけていた。
『オ────ヴァ…………! 』
上空ではオンバーンの声がこぼれていた。
水を取り巻く弾丸は、オンバーンの光弾を容易に貫通したのだ。
「────オンバーン!! 」
「何が起こったの!? 」
「っ…………さっきの攻撃、オンバーンが防いだのは
偽弾か。ふたつの弾丸を同じ軌道に乗せると、標的は、自分から見えている限りの弾丸、つまりひとつ目の弾丸を防ぐ事で満足するから、ふたつ目、必殺の弾丸に気づかず射抜かれてしまう 」
「でも……今ので決まらなかった。……僕の負け 」
「ポケモンバトルとしてはな。だが、貴様はオンバーンに2度も傷を負わせた。この石像は返すとしよう 」
そう言い、男は何のためらいもなく石像を少年へと渡す。そこに悔いはなく。仮面の裏は笑っている気がした。
「エックス、お前一体──── 」
「金色 響、貴様の求める答えはいずれ解る時が来る。だから今は……答えより先を行け。オンバーン 」
『オンヴァァァア 』
男はオンバーンに乗り浮上する。
「じゃあな……英雄 」
そう言い捨てて、黒い影は曇天へ消えていく。彼が少年に伝えたかったもの、その正体はまだ分からない。
ただ────
「じゃあな……エックス」
記録02. 白き鎧の男 X次回. 漆黒の蠍