記録01. 覚醒の眼
───────────トクン────“見つけた……貴方の器 ”
──トクン────────トクン──“さあ、今こそ祝福を──── ”
────トクン────トクン────ポケモンANOTHER
STAGE1. GOLDEN MIND────覚醒暦503年、ジョウト地方

ここ、ジョウト地方のワカバタウンには、ウツギという世界的に有名な博士がいる。彼は主に、ポケモンの進化について研究を進めているそうだ。そして、新米トレーナーに、最初のパートナーとなるポケモンを渡す。新たなる可能性を秘めたトレーナー達が旅立つ、芽生える町ということから、ワカバタウンと言われるようになったらしい。そんなこの町のとある家で、その日を楽しみにしている少年がいた。
「ヒビキ? 」
階下から、少年の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
「何? ママ 」
「ウツギ博士が、研究所に来て欲しいって 」
「博士が? 」
ウツギ博士が彼、ヒビキを呼ぶ理由は1つしかない。少年はすぐに部屋のクローゼットの前までかけより、中にある自分の服を取り出し、着替えた。
「いってくる 」
少年はそう言い、家を出ていった。
ヒビキはとても無口である。そして最大の特徴はその目だ。棒線1本で表せるほど細い。彼は基本その目を開く事はない。
「……やっとだ 」
とある日の記憶を思い出す。
──2ヶ月前、カロス地方
「引っ越す? 」
突如、母がそう言いだしたのだ。
自分には、そこにやり残したことややりたい事はなかった。ポケモントレーナーなんてどこの地方でもなれる。でも、なにか……大切な何かを忘れている気がしてならなかった。
「ええ、パパがどうしてもこの地方に行かないといけないらしいの 」
ママはそう言いながら、ヒビキに地方の案内を見せた。
「……ジョウト地方? 」
「きっと楽しい場所よ 」
──現在
「──────── 」
ヒビキはただ走った。腰にはモンスターボール。中には引っ越す直前にプラターヌ博士からいただいた
あわがえるポケモン・ケロマツと
はつでんポケモン・エリキテルが入っている。
「ハァ────ハァ、着いた…… 」
研究所の前に立つ。息が荒い。
少年1度深呼吸して呼吸を整える。
そして、そのドアを開けた。
「やあ! ヒビキ君 」
ウツギ博士はヒビキに声を掛ける。大量の資料。大量の薬品。大量のモンスターボールが並んである。
「──────── 」
それでもヒビキがまず目にしたのは、研究所にいた同年齢くらいの女の子だった。彼女もこちらを見ている。
「今日君に来てもらった理由は分かるよね 」
ウツギ博士はヒビキに問う。
「僕を……正式にトレーナーとして認定するため 」
「ああ、そうだ! 」
そう、この日を楽しみにしていたのだ。喜び、ドキドキとワクワクで手に思わず力が入る。
この世界では、10歳以上になると、博士からトレーナーとして認定してもらう事ができる。
「そして──── 」
ウツギ博士によってボールケースが開かれる。
その内側に並ぶモンスターボール。ヒビキにはそれが眩しく見えた。
「君はこの中の3匹から好きなポケモンを選ぶ事ができる! 」
ボールから飛び出す3匹のポケモン。
『チィコ!! 』
はっぱポケモン・チコリータ『ヒノ…… 』
ひねずみポケモン・ヒノアラシ『ワニャ!! 』
おおあごポケモン・ワニノコトレーナーがまず足を踏み込む選択────自分がパートナーとするポケモンを選ぶ事。だが、ヒビキは迷いなくそいつを選んだ。
「僕……ヒノアラシにします 」
その丸みを帯びた体を抱く。かすかな温もりがヒビキには伝わった。
「コトネ、君も選びたまえ 」
「え? いいんですか? 」
「これから地方を回ってもらうからね 」
「でも、私はカロスでポケモンを…… 」
「いいから、さ! 」
コトネ。カロス。ヒビキはその言葉を聞き逃さなかった。
自分は彼女に会ったことがある。
──ありがとう──
その記憶が少年の脳裏を過ぎった。
「ん……。なら、この子! 」
コトネはチコリータを抱いて言った。
「いいか? なら早速2人にお願いがあるんだ 」
「お願い? 」
「ワカバタウンの北東にあるポケモンじいさんの家を訪ねてきてくれないか? 」
*29番道路*
「ねぇ、ヒビキ 」
話し出したのはコトネの方だった。
「あなた……カロスの港で会ったよね? 」
「……やっぱりあの女の子は 」
「うん 」
やはりヒビキはカロスでコトネと出会っていたのだ。
「あの時はありがとね 」
あの時────それはヒビキがカロスを出発した日の記憶。
強い風の吹く日だった。少年と同じ飛行機に乗るだろう少女は、その風に、被っていた帽子を奪われてしまった。それを少年がキャッチした。ただそれだけの記憶。だが、ふたりともそれを覚えていたのだ。
「……礼には及ばない 」
「で、ほら。もう飛ばないような帽子にしてるんだ 」
「……
被らなければいいじゃん 」
「あっ────────」
その時、マンモスが凍え死んで以来の寒気がヒビキとコトネを包み込んだ。
***
そう言っていると、ヨシノシティについた。この街から北に行けばポケモンじいさんの家だ。
「ごめんって。謝るから 」
「いいの。確かに被らないという手もあったわ 」
コトネはまだ、先ほどのことを引きずっていた。
そこに、聞き覚えのない声が届く。
「お前、ワカバのトレーナーだな! 」
コトネと話していると背後から近寄ってきた少年がいた。背丈からして同年齢。腰にモンスターボールを着けている事から、トレーナーということは察しがつく。なにより印象的なのはその赤髪だ。
「え? うん。僕、ヒビキ。金色 響 」
ヒビキはそっけなく答えた。すると彼は自らを「ノイズ 」と名乗る。
「ヒビキといったか? 俺と勝負しろ! 」
「え……? 」
「早くこいつを試したいんだ 」
ノイズは1つのモンスターボールを見つめて言った。
「っ────いいよ 」
ヒビキ<トレーナー>VSノイズ<トレーナー>「ヒノアラシっ──── 」
ヒビキはヒノアラシを繰り出した。一方ノイズは、ワニノコを繰り出す。
「ワニノコって…… 」
ワニノコは研究所にいた最後の1匹である。
こいつも新人トレーナーなのか……。
「いくぞ! ワニノコ 」
対峙する炎と水。2体の獣は既に、互いの隙を計っている。そう、すでに勝負の幕は開かれている。二体は個々のトレーナーの指示を待っているのだ。
ヒノアラシ、ここでお前の実力……見せてもらう。
『ヒノァッ 』
少年の心の声に応えるように炎獣は頷く。そして────沈黙が斬られた。
「ヒノアラシ〈たいあたり〉 」
言葉とともに疾走する炎獣。赤い弾丸が風を斬る。
2体の間合いは7・8メートル、獣が走れば刹那もかからない。
その一瞬に、赤髪の少年と水獣の口元が微かにつり上がる。
「躱せ! 」
舞い上がる施風。
────間一髪、水獣は突進してくるソレから飛び退いた。
だが次の瞬間には、水獣が攻撃を仕掛けてきていた。
「〈みずてっぽう〉!! 」
『ヒノァア!! 』
放たれた水の弾丸がヒノアラシを殴る。
「ヒノアラシっ 」
コトネはその光景を唖然と見ている。
────正直、見惚れていた。これがポケモンの戦い。映像や資料で見るものなどとは違う。こんなに小さなポケモンでも、その一撃のひとつひとつが重たく見えた。ポケモンバトル。私が見ていた世界は、どんなに小さいものだったのだろう。
炎獣はすぐさま立ち上がり、体勢を整えようとする。だが、畳み掛けるワニノコがそれを許さない。
「ワニノコ〈かみつく〉だ! 」
先程の攻防で間合いは離れてる。
相手が接近戦に持ち込むまでの一瞬に、それを妨げる一手が撃てる。
ヒノアラシは炎獣。もとは炎の使い手だ。
この状況、その真髄を貫くに他はない。
「ヒノアラシ〈ひのこ〉 」
烈火怒涛────灼熱の紅蓮が地を這う。
しかし水獣は攻撃を受け流し、炎獣の間合いへと踏み込んだ。
『ワニャッ!! 』
────ワニノコのかみつくが炸裂する。
「ヒノアラシっ!! 」
少年がヒノアラシに駆け寄る。
水獣の刃で切り裂かれた体は動こうとしない。
「チッ、なんだこの程度か 」
失笑。ノイズは呆れた口調でそう言う。ヒビキのヒノアラシだけではない。まるで全てを足笑うように。
「勝負ありだ。レベル差がありすぎる 」
赤髪の少年とワニノコは後ろを振り返り、その場から立ち去ろうとした。
“力が欲しいか? ”
「えっ──────── 」
──────トクン──────その時、なにかが少年の中に
覚醒めた。それは────そう、闘志に宿る炎のような……。体力などもうとっくに尽きている。ただ────!!
──────トクン──────想い……彼に勝ちたいという想いが、勝たなければならないという宿命が、ヒノアラシと僕に戦う力を与える。ヒノアラシはまだ戦える。
────トクン────トクン────いや────俺たちは!!
「まだだ…… 」
「っ────────!? 」
少年は立ち上がった。意識が戻った途端、炎獣の手足は言うことを聞いてくれた。勢いよく起き上がった体はまだ動く。さっきまであんな状態であったのに、勇み立って立ち上がれるのは不思議だが、今はそんなのどうでもいい。立ち上がれたのなら、あいつに勝たなきゃならない理由がある筈だ。
なら俺たちはただ────勝つだけだ!
「……ワニノコの〈かみつく〉を急所にくらっていた筈だが? 存外にしぶとい奴だな 」
「なんだよ……ならバトルはもう終わりってことか? 」
「いや、今のお前なら楽しませてもらえそうだ。
────ワニノコ〈みずてっぽう〉!! 」
『ワァアニャア!!!! 』
「ヒノアラシ〈ひのこ〉!! 」
『ヒィイイノァアア!!!! 』
コトネの視界が光に染まる。
ぶつかり合う炎と水。爆発と爆風が二体を襲う。
「嘘っ…… 」
ほのおタイプはみずタイプに弱い。
本来、このふたつがぶつかり合った場合、水の弾丸が炎獣を貫いていた。
なのに────互角?
ヒノアラシの馬鹿でかい火力。何処からそのような力が湧いてくると言うのだろうか。
「互角。ヒノアラシの特性〈もうか〉か……いや違う。それ以上のなにかが──── 」
そして、ノイズとコトネはそれを見た、その光景を。
「ヒノアラシ〈たいあたり〉っ!! 」
少年の腕から感覚が消えた。
腕の外ではなく内から、神経をぶちぶちとちぎる痛み。感覚がない筈なのに、ただそれだけは感じる。
閉ざされていた何かを無理やり解き放ったように────
────開かれた眼は金色だった。
少年の指示に従い、炎獣は疾風の如く突進する。
舞い踊る風がさらに鋭い音を奏でた。
「っ躱せ────!! 」
水獣は咄嗟に後退する。
だが先程のようにはいかない。攻撃を躱された炎獣はさらに水獣へと間合いを詰める。
己の体を弾丸と成すように、その身すべてをワニノコにぶつけにかかった。
────水獣は火の弾丸から逃げる。
しかし、水獣が疾風だと言うのなら炎獣は神風。敵に勝る速度でその身を投げつけた────!
『ワニャッ!!!! 』
攻撃を受けたワニノコの飛距離はノイズの想像を絶する。勢いで体が地面に叩きつけられていた。
「くっ、ワニノコ〈みずてっぽうだ〉!! 」
即座に再び放たれる弾丸。炎獣も攻撃を避けきれない。
それでもなお立ち上がる闘気。獣はまだ立っていた。
「馬鹿な…… 」
「〈ひのこ〉だ!!!! 」
烈火怒涛。それは炎というより、“熱い”という感覚に近かっただろう。“熱い”────。そう気づいた時には、既にワニノコは燃え滾る炎に包まれていたのである。
「ワニノコっ!! 」
叫ぶ声もあの燃える炎の先には届かない。
聴覚は燃え滾る炎の音。触覚は熱。嗅覚は燃え尽きた灰の匂いに支配された。この場で味覚を除き使えるのは視覚。だがそれも、炎によって緋く染まっている。ただ唯一、その緋をも貫ける色彩。
────それは、奴の瞳が放つ金色の輝きであった。
「金色 響……貴様は一体!? 」
ノイズの体を包むように、光の風が駆ける。その時感じた温かさ、少年にはその正体が理解できない。ただ、それがいつか自分の喪ったものだと、風は高らかに詠っているのだ。
視界が緋色から解かれる。
見えたのは戦闘不能になったワニノコだった。ノイズは慌ててモンスターボールに戻す。
「────────ふっ 」
それは微笑だったのか。ノイズはその場を立ち去った。何も言わず、その背中を見せながら────。
「ヒノアラシ、おつ……かっ──── 」
視界は傾く。まるで地に叩きつけられるかのように。
「ヒビキ!! 」
意識が遠退いていく。解き放った力の副作用。目の前はやがて真っ暗になった。
***
今ポケモンセンターで一服した後、再びポケモンじいさんの家を目指す。あれから、一度も言葉を交わさなかった。
「うっ──────── 」
右腕が痛む。
ぐらぐら、と視界が歪む。
ただ歩くことさえ、ままならないというのか、気づけばヒビキの歩幅は縮み、少女とかなり離れていた。
「……ヒビキ? 」
それに気づき、コトネは遅れた少年へと振り返る。
「気にしない。このくらい………… 」
彼女の視線を払って歩き出す。だが、その痛みは増してヒビキに食らいついてくる。
「っ────── 」
情けない、言っているそばから腕が引きちぎれそうだ、なんて。
「ヒビキ……やっぱり休んだほうがいいよ 」
コトネは急に真剣になって見据える。でも────。
「僕は大丈夫。それに、この壁は超えなきゃいけない…………気がするから 」
「壁……? 」
神に押し付けられるような、乗り越えなけねばならないという使命感。ただ────それが恐ろしい。
「……行こう 」
***
「本当に…………ここが 」
その屋敷はとんでもない豪勢さだった。高台のほとんどを敷地にしているのか、直前の坂を登りきった途端、その雄大な広がりが出迎えてくれる。その奥に建てられた屋敷は、敷地に対してそう大きくはないものの、なにか来客への威圧を感じた。
「お邪魔しまーす!! 」
ギシギシ、と音を立てながら扉を押し開け屋敷に入る。まず目に飛び込んでくるのは大量に並んだ本棚。一見、研究所となんら変わりないようにも思えるが。
なるほど、ウツギ邸が研究所というならば、ここは図書館といったところだろう。
研究所が新たなものを発見するのに対し、ここは既に発見されたものを引き出す“倉庫”なのだ。
「ヒビキ、こっちよ 」
「っ…………コトネ、ここの人と知り合い? 」
「うん。私、1年前まではここで助手をしてたの。その後、カロスのプラターヌ博士の所へ行って“進化”に興味を持たんだ。それでその後ウツギ博士の助手になったのよ 」
かつん、かつん、と足音を立ててヒビキの前を歩くコトネ。
「……その人の名前は? さっき、“ポケモンじいさん”って言われてたけど 」
「……それが、私も知らないの。あのじいさん、本当に謎が多くて。できればあんな変人の助手にはなりたくなかったなぁ 」
「────同感だ。私も自分を“変人”呼ばわりする助手など持ちたくはなかった 」
かつん、という足音。
ヒビキ達が来た事に気が付いていたのか、その人物は並んだ本棚の奥からゆっくりと現れた。
「直接会うのは1年振りか。成長したな、コトネ 」
「……………… 」
なんだろうか。2人の間に見えない火花が飛び散っているように見える。一体過去に何があったというのだろう。
「それより、君の名は? 」
ポケモンじいさんは、ゆっくりとこちらに視線を向ける。
「……ヒビキ。金色 響 」
「金色────響 」
「え──── 」
じいさんは静かに、なにか喜ばしいものに出会ったように笑った。
その笑みは、例えようもなく────
「感謝する、金色 響。君のおかげで私の悩みがまたひとつ解決しそうだ 」
コトネは退屈そうな顔つきでヒビキの隣まで下がっていた。
「それにしても、今日はいつもより出迎えが遅かったのね 」
「どういう事? 」
「いつもなら、私達が敷地に入った段階で気付いて、扉を開けた頃には出迎えてるはずなの 」
なにそれ!? 謎のレベルが一段違う!!
「いやぁ、先客がいたものでね。話にのめり込んで気付かなかったのだよ 」
「先客……? 」
「やあ、諸君 」
その先客は屋敷の奥の私室から現れた。ヒビキとコトネは自分の目を疑う。なぜなら、そこにいたのは────
「「オ、オーキド博士!? 」」
知らず、ヒビキは足を退いていた。
────何が恐いわけでもない。
────彼から敵意を感じるわけでもない。
だといいのに、肩にかかる空気が重くなるような威圧を、彼は持っていた。それは感動の現れ。このオーキド博士という人物に会えたという事実の受け止めだ。この世界に、彼を知らぬ者はいない。
大城戸 幸成。ポケモン博士の代名詞とまで呼ばれ、尊敬している人も数多くいる。
「……わしの見たところ、君たちはとても優秀なトレーナーになるじゃろう 」
その瞬間、ヒビキにかかっていた何かがスッと軽くなった。
「あ、ありがとうございます 」
「そこでそんな君たちはにこれを託したい 」
博士が差し出したのは、ポケモンのタマゴだった。
「これって…… 」
博士は頷き、言った。
「君たちを信じておる 」
ヒビキは、この人の暖かで真っ直ぐな瞳が好きだ。自信と勇気が、どこからともなく湧いてくる。
「ほほう、本当はウツギ君に渡す予定だったが、ユキナリが言うなら彼も文句は言わぬだろう 」
その時、ポケモンじいさんのパソコンに一通のメールが届いた。メールにはこう書いてある。
ヒビキ君とコトネちゃんを極力早くこちらへ帰してください。
残りの一匹が盗まれました。
記録01. 覚醒の眼次回. 仮面の怪盗 ブレットの影