ポケットモンスターANOTHER








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STAGE1. GOLDEN MIND
記録15. 霧の中のレプリカ

エンジュへ帰る道の途中、ヒビキは何気なく空の月を見上げた。
「三日月……綺麗だな 」ノイズはヒビキと同じように見上げて言う。
「……うん 」
その後、しばらく沈黙が続いた。風が吹くわけでもない。ただ静かな夜を二人で歩く。
「……俺はさ、ヒビキ 」
ノイズは話し出した。
「お前に出会えて、良かったと思う。お前がいなかったら、俺はあそこで、トリガーを引いていた 」
ノイズは、自分の兄弟的存在に憎しみを覚えている。だから殺したい。そう思っていた。でも──
「震えたんだよ。いざ殺すとなると。もし、お前ならどうしてるかなって、思ってさ 」
「……… 」ヒビキは何も言わない。
「過ちを犯した俺を、お前は正しい道へ導いてくれた。だから俺も、それを信じてみたかったんだ。……存在を無にすることは簡単だ。でも、それで罪を無にすることはできない── 」
「──ヒビキ! ノイズ! 」
声の方では、コトネたちが手を降っていた。
「居場所があると、人って安心するし、視野も広くなる。帰る場所の大切さを、みんなにわかってもらいたいんだ 」ヒビキはノイズにそう言って、コトネたちの方へと走り出した。
「……帰る場所。か 」

──翌日


「これは……! 」
「霧で道が見えないじゃない! 」
ヒビキたちは今、エンジュのジムにいる。しかし、そのバトルフィールドの前には、一つの難関があった。
「これは“あらゆるモノを無にする間”。マツバさんがトレーナーを試すためのものっス! この一直線の道を渡る事が出来るトレーナーとだけ、マツバさんは戦うんっス! 」ガイドーさんの説明の後、カトレアは、はっと気づいた。
「……私は分かりました。ガイドー様、裏口から連れていって下され 」
「かしこまりっス 」
「ああ! 待ってくださいカトレア様! 」
「ちょっ、ユメカ待って! 」
カトレアたち3人は、裏口から観客席へと向かった。残されたヒビキとノイズは、霧の中を真っ直ぐに歩いてみた。が、
「っ! 戻ってきた!? 」
「どうなってるんだ 」
──これは“あらゆるモノを無にする間”。──
「あらゆるモノを……無に 」
その言葉を発すると、ヒビキは深く呼吸をし、霧の中を歩いていった。
足音は霧に響く。やがて光が見えた。ヒビキは胸を張ってそこに立つ。
「ふっ、待ちくたびれたよ。チャレンジャー 」
そこはバトルフィールド。戦場だった。
「今の心境は? 」
「……不思議な感じ。さっきまで無心でしたから 」
その答えに、ジムリーダーマツバは再び微笑し、興奮しながら言う。
「そうさ! そのありのままの君を、僕にぶつけろ! 」



「それでは、チャレンジャーヒビキとジムリーダーマツバのジム戦を始めます。手持ちは3体。先に相手を全滅させた方が勝ちです。……それでは── 」
ヒビキとマツバはモンスターボールを構えた。
「始めっ!!! 」

「ゆけっ! マグマラシ 」
「ムウマ! 」
掛け声で二人はポケモンを繰り出した。マグマラシにまとう炎は天井まで駆け上る!
「ふぅっ、やる気だねぇ! 」
「勿論です! 【かえんぐるま】! 」
指示とともに、マグマラシは全身に緋い炎の鎧をまとい、ムウマに突っ込む。その身体と心は炎に溶け込み、もはや炎そのものとなっていた。
「よけろ! 」
ムウマは緋い獣をよける。そう、ただよけるだけなのだ。だが、ヒビキはどこかに寒気を感じた。
「(このムウマ──できる! ) 」
「【のろい】!」
ムウマの眼は怪しく光る。
「なっ!! 」
マグマラシの動きはピタリと止まった。
「ヒビキ、のろいは体力を半分消費する。今がチャンスだ! 」
観客席からノイズのアドバイスが聞こえる。だが──
「どうしたんだマグマラシ! なぜ動かない! 」
ヒビキの声に、マグマラシは少しも動じてくれない。
「……死んでいる 」
「え……? 」
観客席でカトレアは言った。
「のろいは、相手の体力を少しずつ削ってしまう技です。しかし、あのムウマののろいは格が違う。マグマラシの精神そのものまで削っています 」
「……ヒビキ 」
マグマラシは少しずつ震えはじめた。心の底からくる恐怖に飲み込まれているのだろう。
「マグマラシ…… 」
「【シャドーボール】! 』
邪悪な球体が、ストレートにマグマラシへと駆ける。
「マグッ! 」
マグマラシは飛ばされる。だが、それでもまだ立ち上がろうとする。
──ヒビ……キ──
「っ────! 」
「続けて【いたみわけ】! 」
ムウマはマグマラシへと突進する。
「……………… 」ヒビキは何も指示を出さない。マグマラシは必死に踏ん張っている。
「少年よ。これがゴーストの恐ろしさだ! 」
ムウマはマグマラシの物理的攻撃の可能な間合へと入った。
「……──っ【かえんぐるま】! 」
「っ!!!! 」
ムウマの懐にマグマラシは急突進した。ムウマはそのまま壁まで飛ばされ、戦闘不能になった。
「な、何が起こったんだ 」
「さすがは、ヒビキさん。やりますね 」カトレアは観客席で微笑する。ノイズ達は、驚きのあまり口が空いたままだ。
「マグマラシ、いけるか? 」
「マグッ! 」
「少年。今なにを 」マツバは疑問を抱いた。あの状況、あのタイミングでマグマラシが目を覚ます確率は極めて低い、もし目が覚めていたとしても、それをヒビキに気づかせるような素振りもしていない。
「……ポケモンバトルは、まずポケモンと一体化するところから始まる。声が聞こえたんですよ。マグマラシの 」
「あの震えは、恐怖に飲み込まれてではなくて、恐怖に耐えようとしての震えだったというのか 」
ヒビキとマグマラシはゆっくり頷いた。
「……それだけではありません。マグマラシは、すぐに【かえんぐるま】で突進できるように、脚で強く踏ん張っていました。ヒビキさんはそれをわかって指示を出したと思われます。本当に良きパートナー達です 」
カトレアがまたヒビキを賞賛する。ノイズは「パートナー…… 」と復唱し、その言葉の重たさを噛み締めた。
「面白いのが当たったな。こちらも本気を出さねば! ゆけっ【ミカルゲ】! 」
マツバの二体目は「ミカルゲ」だった。
「【あくのはどう】! 」
「よけろ! そして一気に距離を取るんだ! 」
マグマラシは後方に跳びながら攻撃をかわした。
「無駄だ【かげうち】! 」
着地したマグマラシの影からミカルゲが現れた。ミカルゲはマグマラシに突進する。
「マグマラシっ!! 」
「もう一度【あくのはどう】 」
「【ひのこ】! 」
二つは激しくぶつかり合い、綺麗な粉を巻きながら散る。
「……流石にこれ以上はマグマラシに負担がかかるな 」
「いい判断だ。今のマグマラシには、こちらを上回る戦法が備わっていない。このジムのルール上、チャレンジャーはポケモンの交代は自由だ。どうする? 」
──さて、本当にどうしようか。ミカルゲに、予想の斜め上をいく不意打ちを出来れば、勝機はあるが……──今のマグマラシの技は、ひのこ、かえんぐるま、でんこうせっか、スピードスター──そんな技はない。ゴーストタイプに当たらないノーマル技を持ったマグマラシを出したのは間違いだったか。ヒビキは悩んだ。
「………ん 」
待てよ。……予想の斜め上をいく不意打ち……ノーマル技……間違い……──
「──そうか! 」
「どうするんだい? 」
ヒビキの自信ありげな笑みに、マツバは問う。
「このまま続けます! 」
「ほう、愚かな 」
ヒビキがそれから最初に出した指示。それは──
「マグマラシ【でんこうせっか】! 」
「え!? 」「どうして! 」
観客席でコトネたちが驚く。
「愚かすぎる。受け止めるまでもない 」
マグマラシはミカルゲをすり抜けた。
「今だ! 【かえんぐるま】! 」
「っ!! そうか! 」
相手は完全に油断していた。攻撃が外れることなどあるはずはなかった。ミカルゲは遠くへと飛ばされる。
「畳み掛けろ! 【ひのこ】 」
「【おにび】だ! 」
蒼く光る火の玉が、こちらの攻撃を跳ね返す。
「ひのこをかわすためにおにびを!! 」
「【かげうち】だ! 」
マグマラシの背後に影が現れる。
「掴まれ! マグマラシ! 」
「なんだと!? 」
マグマラシはミカルゲの身体を掴む。
「そのまま【かえんぐるま】だ! 」
マグマラシとミカルゲは共に燃え上がる。
「ミカルゲっ! く、なんて策だ 」
ミカルゲとマグマラシはほぼ同時に燃え尽きた。
「ふっ……面白い。君なら可能かもしれない 」
「なんの話ですか? 」
「今は教えない。それよりバトルを続けよう。ゆけっ! 【ゲンガー】! 」
「【ゲコガシラ】 」
両者ともポケモンをフィールドへと出した。

「【どくづき】! 」
先手はゲンガーが仕掛けた。
「【みずのちかい】 」
ゲコガシラは高速で印を結び地面を叩く。すると地面には水の結界が貼られた。ゲンガーがその結界に踏み入れた時、大地から水の柱が吹き出した!
「続けて【つばめがえし】! 」
打ち上げられたゲンガーに、ゲコガシラは追い打ちをかける。
「ゲンガー【シャドーボール】だ! 」
ゲンガーは体勢を立て直す。そして影の弾丸をゲコガシラに撃ち込んだ。弾丸はゲコガシラに命中する。壮大な音を立てて爆発した。煙の中に蒼い者が見えた。それはゆっくりと地面へ堕ちてゆく。
「【ナイトヘッド】! 」
何もない空間が歪んだ。その歪みに揉まれ、飛ばされて、ゲコガシラは壁にまでめり込んだ。
「なんだ今のは!? 」
ノイズが驚き立ち上がる。
「さあ、クライマックスといこうか 」
壁から堕ちたゲコガシラはよろめく。されどしっかりと構えを取ろうとする。しかし、その目の前に広がっていたのは、暗黒だった。
「……【くろいきり】か!? 」
ヒビキにも焦りが出てきた。今のフィールドは状況把握がしにくい。対して、おそらくゲンガーはこの霧を透かして見える能力を備えている。
「【シャドーボール】! 」
「っ!! 視覚を信じるな。直感を求めろ! 」
その指示に従った。眼を閉じて、黒一色に溶け込んだかすかな殺気を探った。
「ッ────! 」
見つけ出した殺気を殺すように、後方へと【つばめがえし】を決めた。【シャドーボール】は消滅した。しかし、その隙をついたもう一つの殺気に、ゲコガシラは気づけなかった。
「残念ながら、そっちはレプリカだ 」
「ゲコガシラ!! 」
ゲコガシラの背後で爆発が起こった。蒼い忍は、その身体を地面に密着させた。
一方、ゲンガーは微笑した。
ゲコガシラ戦闘不能
「お疲れ様……ゲコガシラ 」
モンスターボールを握り変えた。
「ん? 」
ヒビキは微笑んだ。
「いくよノイズ!」
ヒビキは相手を睨みながらも、観客席に言った。ノイズはその声に答える。
「ああ、思いっきり行ってこい! 」
ヒビキが振りかぶる。そしてノイズが声を出す。
「ゆけっ! 【ゲンガー】 」
モンスターボールから邪悪な色の光を放って、そいつは姿を露わにした。
「ほう、君たちもゲンガーを持っていたとはね 」
「さあ、ここからが本番ですよ 」
「ああ、クライマックスだ 」
ゲンガー達は間合いを取った。
「「「ゲンガー【シャドー……── 」」」
「 ──ボール】!! 」
「「 ──パンチ】!! 」」
邪悪な弾丸をヒビキたちのゲンガーは左腕で受け流し、余った右拳で相手のゲンガーを殴った。
「ゲンガーァァアッ!! 」
攻撃の衝撃で霧は綺麗に晴れた。相手は体勢を立て直す。
「なかなかの一撃だ。これが君たちの力か。それに…… 」
ゲンガーは殴られた腹を抱えた。
「やられた。まさかここまで読んでいたとは 」
マツバは会心の笑みを浮かべた。
「やられた? 」
ユメカは疑問に思った。対して答えたのはカトレアだった。
「ヒビキさんのゲコガシラ。最後の瞬間に【みずのはどう】をくらわせていたの。ゲンガーの腹部にね 」
「なら、あの時のゲンガーの意味あり気な笑みは! 」
「ゲコガシラを賞賛していたのね 」
ユメカがフィールドを再び見る頃には、バトルは終わりを迎えようとしていた。
「「決めろ【シャドーパンチ】!! 」」
ゲンガーの拳が、相手を倒した瞬間だった。

「……ふっ、おめでとう。君の勝ちだ 」
モンスターボールにゲンガーを戻すと、マツバはバッチをヒビキに差し出した。
「ありがとうございます 」
「……──── 」
その後、マツバは黙り込んだ。そのまま、ゆっくりと観客席に寄り、そして──
「で、あんだはいつまで観客でいるつもりなんだ……




カトレア!! 」


月光雅 ( 2015/07/18(土) 21:23 )