記録14. 憎き記憶と震える銃口
光に包まれて目が覚めた。
「ん…… 」
胸元の痛みは、全く残っていない。心配そうな顔をしていたコトネとユメカは、涙を流しながら笑った。
「ヒビキ……まったく、お前って奴は 」ユメカは言った。
「心配したんだぞ。弾は胸元から少しずれていたけど、全然目が覚めないから 」
「何だかメガリングが光出したと思ったら傷治っていくしね 」とコトネはユメカと笑う。
「ノイズは? 」
「何とか飛行船に乗り込んでったよ。大砲も壊してるから…… 」
「そうか…… 」
「ヒビキっ 」立ち上がろうとしたヒビキを、コトネは一瞬必死になって止めようとした。しかし、ユメカはその力の入った腕を掴んで「止めても無駄 」と言うかのように横に首を振った。
「ヒビキ……行って来い。そして帰って来い! 私とコトネさんが待っているから 」
「……心配すんな。お前たちをかばわなければ、もうこんな事にはならないよ 」冗談半分で言ったが、半分本気だった。もう心配させたくないという想いが、心を埋め尽くす。
「カトレア、ノイズ……今いくからな! 」
*
「楽しいバトルでしたよ。ラムダお兄さん 」
ノイズは銃口をその憎い額へと押し付けた。
「その喋り方……まさか! 何故だ! 何故お前が生きている お前は── 」
「死んだはず、ですか 」ノイズは冷静に答えたが、心の中は真逆だった。
「過去は……弱さは捨てた。貴方の知っている俺は、もはや俺ではない! 」
銃口をさらに強く押し付ける。手の震えも増す。そしてラムダもだんだん恐怖を感じてくる。
「憎いのか……あの人が 」
「ああ。確かに感謝もしている。だが同時に憎い! 」
「俺たちはあの人のお陰で 」
「そうだ。だから、奴は俺に使命を与えた。自分の過ちを償わせようと。俺に── 」
『あの方は、そのような事をする方ではありません 』
そこにあったモニターに、もう一人の憎い相手の顔が映し出された。銃口を強く握っていた腕は、下にだらんと垂れる。
「アポロ……兄さん 」その名を口にするだけでいらだつ。強く睨んでも、余裕の笑顔を見せる奴の性格は、憎い。
『お久しぶりです。確か……ノイズ、でしたか。どうです? 私のあげたプレゼントは 』アポロは、ノイズの隣にいたアリゲイツを見て言った。ノイズは笑って言い返す。
「プレゼント……ふっ、人の研究所から盗んだ物で偉そうに 」
『しかし、貴方はそれを必死に育てている。罪から逃れる事は出来ませんよ 』
「逃れる気など最初からない。俺は俺なりのけじめをつけてから散るつもりだ 」
『そのけじめがこれですか? 』
「………… 」
間をおいて、ノイズは少し笑った。
「俺は楽しかった。あいつの知り合いの子どもだという事でよく遊びにきたお前や、ラムダ兄さんと過ごせたひびかのに 」
『裏切られた、そう言いたいのですね 』
「………… 」アポロのペースに、ノイズのペースは乱されていく。
『しかし、それは貴方の勝手な被害妄想だ。あの方は決して、悪に手を染めてないとは言っていない 』
「染めているとも言っていない── 」
『──それを屁理屈と 』
「言わせない!
言わせてたまるかっ……! 」ノイズは前髪で眼が隠れるくらいに下を向いて怒鳴った。
『……なぁノイズ、俺のもとに来い 』
「……なんだと? 」
『世界を変えてみたいだろう? 』
「…………違う 」ノイズは小さな声で否定した。
『なに? 』
「世界は、俺たちひとりひとりのために動いてなんかくれない。ましてや、動かそうとすれば、どれだけの人が苦しむんだ! 」
今度は顔をあげて、再び奴を睨みながら言った。
「……お前 」話を聞いていたラムダは少しノイズに感心を覚えた。
『私たちを苦しめた奴らの世界だ! 』
「違う!! 俺もそう思っていたさ。……あいつに、ヒビキに会うまでは! 俺はあいつと、あいつのポケモンたちの歩み方にかけてみたい! 」
『世界は、綺麗事だけでは動かない 』
「動かすんじゃない! 護るんだ……お前らロケット団から! 」
激しい口論、ノイズの最後の一言から少し沈黙が続いた。
「よく言い切った、ノイズ 」その中を、ノイズの背中を押すように歩いてきた奴がいた。
「……ヒビキ 」ノイズは笑って報いる。
『それがお前の答えか……なら 』
モニターの映像は絶たれた。数秒も経たないうちに、団員がラムダに連絡を入れた。ラムダはヒビキ達に許可を貰った後、即応答した。
「どうした!? 」
『大変です! システムが制御され、さらにロックが掛かってしまいました! このままだと、アサギの街へ墜落してしまいます! 』
「「「っ────! 」」」
その声はヒビキやノイズにも聞こえた。
「連絡……ご苦労だった 」
ラムダはゆっくりと通信を絶った。
(くそ、俺にポケモンさえあれば! )ラムダは心の中で叫び、悩んだ。
「頼んだノイズ 」
「任せとけ、あっ 」ノイズは駆け足でラムダの前に行った。
「なんだ? 」ラムダは、果汁の搾り取られた果実のように、気迫のない声で問うた。
「カードキーだよ。倉庫の 」
「駄目だ。システムが制御されてるのは聞いただろ 」
「奴は、アポロは主にコックピットのプログラムを複雑にしているはずだ。確実に俺らを殺すため 」
ノイズは小さなノートパソコンを胸元から取り出した。コードを倉庫の扉の横にあるカードキー差し口に繋ぎ、ハッキングを行う。
「ふっ、おい。金色の悪魔 」
ラムダはヒビキにカードキーを投げ渡した。
「礼を言う 」
「よし、これでカードキーを通せば開くはずだ 」
「……上手いんだな? 」ラムダは問うた。
「少なくとも、ラムダお兄さんよりかは 」
「……その呼び方、過去を捨てきれてないみたいだな。本当の家族でもないのに 」
「でも……俺にとっては、家族以上の家族、兄弟だったから── 」
ノイズは再び銃口を向けた。
「──だから……殺すんだ 」
そのノイズの眼を見て、ラムダは決心した。
「……撃て。ノイズ。それでお前が楽になるのなら 」その眼は、決して嘘ではないとわかった。だからノイズは銃口を下げて言う。
「……貴方は優しすぎる。その優しさは、あなたの長所であり、短所だ。貴方は利用されてるだけです。やり直せる……ヒビキ、カトレアさんを 」
「ふっ、はいはい。『はい』は一回! 」
「撃つぞ? 」
ノイズは表情一つ変えずに言った。
「悪い、一度言ってみたくて 」
「とりあえず早く行け! 」
「はいはい。『はい』は一回 」
【パァーン】
「はいすみません 」
銃声に対してヒビキは「億かない…… 」と思った。
扉が開き、倉庫内に光が呼び戻る。中に入ってすぐ隣に人影があった。カトレアだ。
「カトレア! 無事だったか? 」
「…………── 」ヒビキの問いにカトレアは答えなかった。
「カトレア? なぁどうしたカトレア 」
「………ん? ヒビキさん 」
ふっと気がついたように眼を開けてこちらをみるカトレア。
「どうしたの? 僕の声が聞こえてなかったみたいだけど 」
「いやぁ、エスパータイプの力を借りて、扉のロックをハッキングしてたんですよ 」
「(助ける意味あったのかなこの人 )」
「で、何でしょう 」カトレアはヒビキに問うた。
「この中に捕らわれているポケモン達と地上へ逃げてください 」
「貴方は? 」
「この飛行船をアサギの海へ不時着させます。この倉庫室くらいなら、あなたに出来るでしょう? エスパーの四天王 」ヒビキは眼つきを変えて言った。
「……分かりました。貴方方のご無事を祈っています 」
「助かります。ここで止められたりすると、困りますんで 」
「それでも行くでしょう? 貴方なら。例えコトネさんを悲しませる結果になるとしても 」
倉庫室を出るヒビキの背中にカトレアは言った。ヒビキはそのまま背中で答えた。
「僕の犠牲で多数の人が救えるのなら、僕は構いません 」
──いいノカ? そっちは地獄ダゾ ──
「みんなの天国だから 」
「……行きなさい。英雄の魂を継ぐ騎士よ 」
「……騎士になどではありません。僕は未来のポケモンマスターです 」
倉庫室と飛行船は切り離された。カトレアは、ヒビキの背中を見えなくなるまで見つめていた。
「さあ、行くぞノイズ、ラムダ 」
「ふっ、お前も変わったな 」壁に寄りかかってノイズは言う。
「……そうだな 」
*
「ラムダお兄さん、援護を頼めますか? 」
「すでにやっている 」
コックピットに入り、ノイズとラムダはハッキングでロックを解こうとしているが──
「(おかしい、やけに簡単なプログラミング)……なっ 」
コックピットのロックは全て解除された。だが──
「時限爆弾が……作動している!? 」
「っ、残り何分だ! 」
ヒビキは慌ててノイズの方を覗き込む。
「16、いや15分 」
「しかも、難しい方のプログラムで、目的をアサギに指定してある。要するに 」
「誰かが運転しないとこの飛行船は──! 」
その後、沈黙が続いた。頭を冷やしてノイズは口を開いた。
「ラムダお兄さん、あんたは逃げろ! 」
ラムダはとても驚いた。人なら誰もがそうだろう。
「馬鹿、お前らだけでこの場を── 」
ノイズはラムダの腹を殴った。気絶させる程度に。
「(ラムダ、お前にはやり直す時間がいる)やって見せるさ、俺たち二人で 」
「……くっ、馬鹿……が 」
ラムダは倒れてしまった。ノイズはラムダのモンスターボールから【マタドガス】を出した。
「マタドガス、兄さんを頼んだ 」
ラムダは地上へと降りていく。ヒビキとノイズは急いで席へついた。
「ヒビキ、アサギの海までどのくらいだ 」
ヒビキはポケギアを展開する。
「10キロくらいかな 」
「この飛行船の飛行速度は 」
今度はメーターを確認。
「時速60キロ……一分あたり1キロ 」
時限爆弾は残り11分26秒と表示されていた。
「くっ、ギリギリか 」
「僕たちが逃げたす時間は約1分、厳しいな 」
「ああ 」
その時ヒビキの見たノイズの顔には、透き通った滴があった。
「……ノイズ、なんで泣いてるの? 」
「ふっ、前までの俺じゃ。こんな事してなかったからな 」
ノイズは笑いながら、泣いている。
「……捨てたんだよ。過去は、弱さは 」
「……──過去って、弱さなのかな 」ヒビキはノイズに言った。
「? 」
「過去から学ぶ事もある。弱い過去は進化の証だ。でも、進化しても、変わらないものはある 」ヒビキは続ける。
「ポケモンがその一つだと思う。進化して、弱い過去を捨てて強くなって、でもトレーナーとの愛の形は変わらないよ 」
「進化の証……か 」
「そう。過去は弱くない、過去があるから今強いんだ。ゆえに過去は強いんだ 」
ノイズは我に返り、前方をみる。
「見えてきた、アサギとアサギの海だ 」
残り2分50秒。
「……間に合いそうにないな 」
「それでも、アサギの人たちは救わないと 」
「ああ、俺たちの犠牲で多数の人が救えるのなら 」
【ドカーーーーーーン】
*
光に包まれて目が覚めた。
「ん…… 」
辺り一面に広がる花々。
「天国か? 」
「いや、まだこの世みたい 」
その周りを囲む森の木々。全然天国していない。
「この世ってどの世だよ……って普通に俺たち生きてる! 」
ノイズは自分の手をグーパーし、実感する。
「ノイズ! あれ! 」
ヒビキの指差した方向には、二つの影があった。
「エンテイ……そしてライコウ! 」
「君たちが俺たちを助けてくれたの? 」
ヒビキが問うと、エンテイとライコウは遠くへと去っていった。
「行っちゃったな 」
「……うん 」
──人は大きく三つに分ケラレル。正義を行うモノ。邪悪を行うモノ。そして、偽善を行うモノ。人とは、絶望に生きる生き物ダ。その定を覆すモノなどイナイ。だが、その絶望につまづいても、立ち上がれる騎士。
金色 響、貴方がそうなるノヨ──