ポケットモンスターANOTHER








小説トップ
― 金色の悪魔
記録48. 神の世界

ロビーで話していると足に違和感を覚えた。
一匹のポケモンがその頬をヒビキの足に擦りつけてきたのだ。
灰色に茶や黄色の模様と、黄色に染まった頬と丸い耳。
そして何とも特徴的だったのは、僕がかなり痛いと思えるほどの硬く鋭い毛だった。
それは僕の知らないポケモンだった。
「……なんだ? 」
この当たりでは生息していないポケモンだ。一体、誰のポケモンなのか?
そう考えながら身体を撫でてあげると、そいつは更に甘えるように頭を押し付けてきた。
「あら不思議、トゲデマルが他人に懐くなんて。そう……貴方が金色響ね 」
背後から来る声に、ヒビキとノイズは“トゲデマル”を見下げていた視線を背後へとやった。
そこに立っていたのは、見た目からヒビキ達と同年齢ぐらいであろう少女だった。
が、否、少女と呼んでいいものなのか。
彼女を見て察した事は2つ。
1つは、彼女は少なくともただの人間ではないという事。
2つは、彼女はヒビキについて何か知っているという事。
見た目という観点から捉えるには“少女”という定義に当てはまるかもしれないが、この“女”から伝わる第六感は、明らかに彼女がヒビキ達よりも長い人生経験を持つことを訴えていた。
「もしかして、不老不死の魔女? 」
ノイズがそう聞いた。
確かに、彼女と共通する部分は多い。
が、果たして本当に彼女が不老不死の魔女なのだろうか。
不老不死なら外見と経験の差は説明できるが、それなら“不老”だけでいい。
彼女からは不死、つまりは、死を無理やり生へと置き換えているようには思えなかった。
カトレアのように不死の力を得た者でも未だ純粋な生を謳歌している者はいるだろうが、やはり彼女を飾るに“不死”という言葉は違和感がありすぎた。
そのような事を頭で低徊させながら、ヒビキの中では彼女がただ“不老”だということはほぼ確信の事項となっていた。
「それは違うな 」
突然。
もう1つの声が彼女の背後から現れる。
無論、この“それは違う”は、ヒビキの確信に対するものではなく、彼女が不老不死の魔女であるという端的な推測に対するものだ。
しかし、そんな考えが過る前。
思考はとある事実に釘付けになっていた。
そこに立っていたのが、あまりにもヒビキたちにとっては意外な人物だったのだ。
「久しぶりね、知史(トモフミ)
「ポケモンじいさん!? どうしてここに? 」
ノイズは知らないかもしれないが、ヒビキは確かに知っていた。
元々、コトネが助手としてついていた研究者であり、謎多き男。
しかしそんな肩書きも、この女の前では無意味であった。
知史。それが彼の名前らしい。
「まあ、色々あるのだよ。そして白銀轟、お前の問いに答えるなら答えはノーだ。確かに不老ではあるが、彼女はイリス。アース・ナルフォードではない 」
ポケモンじいさん、こと知史は彼女の名をイリスと言った。
その言葉はどこか力強く、それが嘘でも偽りでもない事を主張した。
そして同時に、不老不死の魔女がアース・ナルフォードである、という事まで言い放った。
後者の方だけ何故かフルネームで、少しだけだが人間味を感じた。
「それにしても、やはり金色響、お前が第三継承者だったか 」
「第三継承者? 何の話だ? 」
やはりの後の話題は、やはり謎だった。
知史という男は、意外な事にも話の切り出し方が下手くそらしい。
そう思っていたのだが、ヒビキの疑問にはイリスが答えた。
「“金色創”という英雄の魂は、その意思を受け継いだ者に憑依してきたのよ。知史の親友であった金色 雄大(カナイロ ユウダイ)や貴方がそうだったように 」
「っ、金色雄大って 」
イリスの口から飛び出したのは、ヒビキの祖父の名前だった。
金色雄大はヒビキが生まれる直前に他界した。
祖母もそれを追うように逝ってしまったが、母は祖母から雄大の遺したヒビキ宛の何本もの手紙を、ジョウト地方に引っ越す際に見せてくれた。
だから、彼の顔も、声もわからないが、彼の性格はよく知っているほうだった。
「ポケモンじいさんと、僕のおじいちゃんは友達だったんですか 」
「ああ、実にいい友だった 」
そうか。
それであの時、ポケモンじいさんは笑っていたのか。
“感謝する、金色 響。君のおかげで私の悩みがまたひとつ解決しそうだ ”
悩み……。
つまり、金色雄大が死んだ時、誰に憑依したか気になっていた、ってことか。
でも、僕に金色創が憑依したのって…………。

────貴方には、世界を救う使命がアル。それは貴方が金色創から生まれ変わったがための運命。変えることなどもう出来はシナイ ────

いや、その時には既に憑依していた。
メガリングは、ただそれを引き起こさせるためのトリガーだったんだ。
「ヒビキさん!ノイズさん! 」
「あ、カトレアさん! 」
「ユメカも一緒か 」
「うん。二人ともお疲れ様だね 」
さらに二人、この場に集う。
話は巻き戻り個々の紹介からだと思っていたのだが。
「カトレア・レヴソメイユ。こうして会うのは久しぶりね」
「そうですね 」
と、何の突っ掛かりもない会話を突っ掛かりある筈の場面でしてみせたのである。
「え、二人も知り合いなのか!? 」
「ちょっと、こんがらがってきた 」
知史とイリス。金色 雄代に関すること。
これ以上を一度に理解しようとしても流石に限界がある。
よく理解できて次が最後だろう。
それを過ぎれば頭が破裂しかねない。
「ヒビキさん、ノイズさん。私がジョウトに来たのにはもう1つ別の理由があったのです。お二人はその真実を知る必要があります。その為に、イリスさん、あの話はされたのですか? 」
「ああ、そういえばしてなかったわね 」



神の世界(アナザー)……!? 」
ヒビキとノイズは互いに寸分違わない様で驚いた。
「そう。この世界を含む無数の平行世界を繋ぐ中枢世界だ。イリスはその世の民だったのだ 」
「その世の民って、中枢世界ともあろう所にも人間が住んでるのかよ 」
「いいや、あそこはポケモンの楽園よ。もともと、ポケモンは神の使い魔のようなモノだった。人間を監視し導くこと、それが私たちの目指す理想卿だった 」
ポケモンは使い魔である事。
そしてイリスたちの目指した理想郷。
この2つの一致から確信は無いがイリスがポケモンである事がわかる。
「神が示した通り、人間とポケモンは互いを認め合い、共に暮らすようになった。しかし人間はポケモンの力を戦争に利用するようになってしまったのだ 」
「金色響、そしてカトレア、カロスやイッシュ生まれの貴方なら知っているでしょう? 3000年前、カロスで起こった大紛争を 」
カロスの大紛争。
そういえばよく母に聞かせてもらった記憶がある。
当時のカロスの王は、自分のポケモンが戦争へ行き、死骸として帰ってきた事に絶望し、そして────。
「ああ。知っているさ 」
「私もです 」
「あの紛争の後、神の世界でも対立が始まってしまったのよ。人間と共存する派と人間を滅ぼす派にね 」
「私とイリス、そしてアースは人間を滅ぼす派を静めるために、いや、奴らの奇襲から人間を護るために、力ある者を探し求めた 」
「カトレアは私達の計画に賛同してくれた。そして彼女は金色響をここまで導いてくれた 」
確かにカトレアがいなければ、ヒビキはここにいないかもしれない。
尤も、いたとしても右腕は無いだろう。
それがカトレアがこの地方に来た理由。
彼女はヒビキを導く為にジョウトに来た事になる。
「ついでに白銀轟もね 」
「俺は“ついで”かよ 」
ユメカはあのように言っているがノイズも元から選ばれた者だったのだろう。
でなければジョーカーのようなイレギュラーがこの世界に来る筈がない。
「……ここまで来たからには、貴方達には協力してもらいたいの。この世界、いや、全世界の全人類を救う為にね 」
最初に臨んだのは遥かな高嶺だった。
それは僕にとって絶大なもので尊いものだった。
でも今は、それすらも儚く見えてしまう。
平行世界だとか、神の世界だとか。
自分の世界はどれだけ狭かったのだろうと思ってしまう。
でも、僕の真髄は変わらなかった。
世界の見え方とか、愛すべき者とか。
変わったものはたくさんある筈なのに
……その夢だけは変わる事がなかった。
ハジメという人格が埋め込まれる前から僕は

────“正義の味方”になりたかったんだ。

「今までずっとそうだったけど、みんなにそんな危機が迫ってるのに、僕は何もしないなんてできないよ 」
「ふっ──── 」
ノイズが鼻で笑う。
それは僕に対する嘲笑なのだろうか。
否、それは嘲笑とは程遠く、まるでその心に見惚れて呆れ返るようなもの。
ノイズは一番僕を理解してくれている。
「そうだな。アポロ兄さんも父さんも、そんな危なっかしい世界は望まないだろう」

────だから……。

「僕たちは協力するよ 」
口から出た言葉には少しの迷いもない。
もともと彼らの人生において、その頼みを断る事などありはしないのだ。
「ありがとう。ではリーグが閉幕したら、シロガネ山の最深部に来て欲しいの。貴方達に会わせたい人がいるから 」
それだけを言い残すとイリスはポケモンじいさんを連れてその場を去った。



ロビーに残った四人。
まず話を切り出したのはヒビキだった。
「あの、カトレアさんって、どうやってイリスと知り合ったんですか? 」
その問いに彼女は振り向く。
靡く髪はそのひとつひとつが光を浴びて輝いていた。
その様こそ正に女王。
その純粋な瞳が見つめるのは狂いなく僕である。
「イリスではありませんでした。私が出会ったのは、リーグ後に貴方達が会うであろう人です 」
「僕たちが? 」「俺たちが? 」
「その人が偶然、イッシュで行われたPWTに来ていた時にお話をさせていただきました 」
ポケモンワールドトーナメント、通称・PWT。
そこは選ばれたトレーナー達が集う場所だ。
シロガネ山にいることから分かってはいたが、カトレアのいう人は僕たちの目指す高嶺など優に超えた存在である。
「イッシュ四天王エスパータイプ使い、カトレア・レヴソメイユというのは貴女か 」
四人並べてあった椅子に腰をかけると、カトレアの向かいの空席にひとりまた腰をかける男がいた。
そして彼の姿を見た途端、カトレアの目つきが変わったのだ。
「良くご存知の様子で、私も光栄です。ジョウト四天王エスパータイプ使い、夜雲 一騎(ヤグモ イツキ)さん 」
「イツキさん!? 」
「四天王っ! て、そう言えばヒビキは闘ったのか 」
「おやおや。金色響、君は本当に誰とでも知り合っているんだねぇ 」
「あはは…… 」
イツキは綺麗に生え揃った白い歯を見せてニタリと笑っているが、おそらくヒビキがカトレアと話していたのは知っているだろう。
それとも、ヒビキやノイズ、ユメカなどすでに眼中に無かったのだろうか。
突然現れた奇術師は、目の前の女王(エモノ)だけを狙っていた。
否、かの女王ももはやソレでは無くなってしまったが。
「で、カトレアさん。予選が終了してちょうど暇を持て余していたところなのですが、ここはエスパー使い同士、お手合わせお願いできませんか? 」
「いいでしょう。私もちょうどバトルがしたい気分でしたので 」



リーグ会場を少し離れたところにあるバトルフィールド。
対峙する二人は奇しくもエスパーの超越者(スペシャリスト)
ただならぬ気配が天と地を満たしていた。
「勝負は一対一でいいですよね? 」
「ええ 」
最後の確認。
それを言ったが最後。
何処に隠していたというのか、二人はその獰猛たる殺気を躊躇いなく露わにした。
ボールを振りかぶる構えに是非はなく、ほぼ同時に解き放つ。
「いけっ! ヤドラン!! 」
「エレガントに登場なさい! フーディン!! 」
舞い降りただけで大地が揺らぐ。
繰り出された二体はともに、底知れぬ力強さと存在感を放つ。
思わずこちらが息を呑んでしまうほど。
それは既に“暇潰しの野試合”という域を超えていた。
「イツキさんはやどかりポケモン・ヤドラン…… 」
「カトレアさんはねんりきポケモン・フーディンか 」

イツキ<ジョウト四天王>VSカトレア<イッシュ四天王>

「ヤドラン〈れいとうビーム〉!! 」
「フーディン〈チャージビーム〉!! 」
疾風怒濤。
開始早々に二人は一挙に畳み掛ける。
二者の攻撃は並大抵のポケモンなどとは比になるわけがなかった。
戦場のど真ん中で交わるそれは、爆発の音とともに相殺される。
「っあの二体、強さが桁違いだぞ! 」
ノイズが吐いた言葉は御尤もだ。
御尤もなのだが。
それでさえ飾れることができぬほどにその強さは僕たちを魅了している。
まるで天使の羽根の如く散りゆく光は美しい。
それど示される両者の力の圧倒的強さ。
女王と奇術師。
バトルにおいてもこの2つは華麗さとその権威を兼ね備えていた。
「今度はこちらからいかせてもらいます。フーディン〈サイコキネシス〉!! 」
指示を出すカトレアの指に踊らされるようにヤドランの躰は宙に浮く。
それはおそらく回避など到底出来ぬものだろう。
念というものの概念など僕にはわからない。
概念が不明なモノを断ち切るなどという芸当が出来たのなら、それは極めて尊敬に値する。
可能なのは“対処”だけ。
操られたヤドランの躰は勢いよく振り翳された後、地面へと投げつけられる。
「〈ねっとう〉だ! 」
それを放つ標的はフーディンではなく地面。
強く放った力の反作用によって投げつけられたヤドランの速度は落ちていく。
「水圧のクッションっ!? 」
旅だったばかりの僕たちなら、こんなこと思いつかなかったのだろうか。
実際ユメカは驚いている。
しかしそのような想像力は、この旅のなかで培ってきた。
だが何故だ。
何故こんなにもソレに劣等感を覚えるのだろうか。
ひとつひとつの動きが計算しつくされている。
だが、そしてそこに美しさをも取り入れている。
勝つためだけではなく魅せるバトル。
彼らが頂点で築きあげてきたのはそういう闘い方なんだ。
「なかなかやりますね。それでは〈シャドーボール〉!! 」
ふわふわと浮くスプーンが重なり、創り出された邪弾は神速で宙を奔る。
疾い。
イツキが指示を出す頃には、攻撃はヤドランの前にまで迫っていた。
「くっ、防御だ! 」
そして────衝突する。
防御に呈したヤドランは無論呆気なく飛ばされてしまう。
「大丈夫なのか!? エスパータイプにゴーストタイプの技は効果抜群だぞ! 」
「いや──────── 」
相手が効果抜群の攻撃を仕掛けてくることぐらい、勝負を持ちかけた段階でわかりきっていただろう。
つまり、そこまで計算しての防御。
減った分の埋め合わせぐらいしてくれる筈だ。
「ヤドラン〈なまける〉 」
「回復技ですか。これは長期戦になりそうですね 」
「そうですかねぇ。僕はいつの間にか決着がついてそうな気がしますが。と、こんな話をしているのも勿体無い。ヤドラン〈サイコキネシス〉!! 」
今度はヤドランがフーディンを操る。
しかし、やはりカトレアも慌てた様子はない。
「私のフーディンを嘗めない方がいいですよ。フーディン〈きあいだま〉!! 」
操り人形の様に宙を踊らされながら、フーディンは巨大な球体を構える。
極度までに力を溜め込んだ球体は、やがて旋風とともにヤドランへと食らい付く。
躱そうが躱すまいが永遠と標的を追い続ける球体。
────故に必中。
ヤドランにはなす術などなく、ただ受け入れることしかできなかった。
球体にズルズルと押され突き飛ばされるヤドラン。
フーディンは自身が操られていた(ねん)から解き放たれた。
『ヤ、ヤド……ン 』
『フー………ディン 』
肩を大きく上下させるほどに二匹の呼吸は乱れていた。
が、それを落ち着かせる間も刹那。
「これで互いの持ち技は全て出し切ったことになりますね 」
「そういう事だな。つまり──── 」
二匹の呼吸が整った途端。
戦場はさらなる殺気へと包み込まれていく。
そう。
互いの持てる全てを出し切ってこそのバトル。
彼らにとって“ここまでは”遊戯にすぎない。
そして、ここからは。
“ここからが”────。
「「ここからが本番ということです!! 」」
一瞬、念で時間が静止したのではないかと疑ってしまう。
念が制しているのは時間ではなく空間。
それは、殺気だけに満たされた空間だった。
「「我が心に応えよ!! キーストーン!! 」」
二人は唱える。
その詠唱の後、僕たちの視界が光に奪われた。
解放されたのは数秒後のこと。
そこにはメガシンカを遂げた二体が対峙していた。
が、僕たちの視線はそれとはまた別の一点へと集中していた。
「カ、カカカカ、カトレア様!? 」
僕たちが目を惹かれたのはカトレアの髪だった。
それは重力の断りを軽々と無視し、まるで彼女の殺気を纏うかの如く、その矛先を標的へと向ける。
「……っ、久々なので制御は難しいですね 」
嗚呼。
ようやく気付くことができた。
いつも僕たちの闘いを見守ってきた彼女は女王などではなく……支配者(クイーン)だったのだ。
彼女は僕たちを導いてきた。
まるでチェスの駒を動かすように。
カトレア・レヴソメイユには全て見えていたのだ。
世界という相手が動かす駒が。
僕たちを成長させる為にバトルをしてこなかったんだ。
「鉄壁を纏い、あらゆる攻撃を無力化せよ! メガヤドラン!! 」
アルカナを制する奇術師。
「白きバラを舞い上がらせ、エクセレントに降臨しなさいな! メガフーディン!! 」
チェスを制する支配者。
なんとも歪んだ闘いだ。
目に見えるものではなく相手の仮面の裏を見抜く駆け引き。
捨て駒を瞬時に判断する自分との駆け引き。
側から見てようやく気付いたのだ。
僕とノイズが辿り着いた闘い方はここなのだと。
無論、見ず知らずの相手にはそのような闘いはできない。
だがもし相手がノイズなら──僕の知り尽くすノイズなら──僕を知り尽くすノイズなら、僕はこの闘い方をするだろう。
なら、僕は奇術師か、支配者か。
きっと僕は────────。
「ヤドラン〈サイコキネシス〉!! 」
「ヤドラン自身に念を!? 」
僕の思考が巡っている頃、二体の衝突は既に始まっていた。
「フーディン〈シャドーボール〉!! 」
邪弾が奔る。
それは先程のものなど比にならない。
夥しい脅威。
が、同じく宙を駆けるヤドランはそれを難なく弾き飛ばしてしまった。
「そんなっ!? 」
思わずユメカが残念そうに声を上げる。
だが僕たちには大体の目星はついていた。
「ヤドランの特性〈シェルアーマー〉の影響ですね 」
メガシンカをすれば大抵のポケモンはその特性が変わる。
ヤドランの特性は〈マイペース〉か〈どんかん〉だが、メガヤドランになることで〈シェルアーマー〉になったのか。
「いけ、ヤドラン!! 」
自身の念力でフーディンに突進していくヤドラン。
いくらエスパータイプのポケモンでもあれに対抗する術はないだろうと思っていた。
しかし。
『フーディ!! 』
その予測は決定的な事項を見逃していたのだ。
ヤドランの猛攻はスプーン三本によって呆気なく止められてしまう。
見逃していた事項────メガシンカしたフーディンの特性。
「どうやらフーディンの特性も〈シェルアーマー〉だったようですね 」
標的の鼻の先で停止させられていたヤドランは、やがてその強力な念の力で弾き返された。
くるりと身体を回しスプーンの鉄壁から離れようとするヤドラン。
その後ろではイツキがチィ、と舌打ちをしているのがわかる。
「そうか、特性〈トレース〉か! 」
「トレース…… 」
ノイズの発言を復唱する。
トレースは相手の特性を我が物とする特異的な特性だ。
「それでメガフーディンの特性が〈シェルアーマー〉になったのね! 」
先程よりも遥かに明るい声で笑みを浮かべながらユメカは納得する。
が、納得して間も無く、理解できない事が起きていた。
『ヤド…… 』
全く鉄壁から離れないヤドラン。
否────離れられない、のか?
接着剤で引っ付いたかのようにスプーンはヤドランを離さなかった。
「逃げようとしても無駄ですよ。フーディンはスプーンに自身の念力を分け与えることができる。その念力が集中している今、そこから抜け出すことは不可能です 」
「くっ──────── 」
「フーディン〈シャドーボール〉!! 」
支配者はその絶好の獲物を逃さない。
何一つ動けないヤドランに邪弾は容赦なく襲いかかる。
フーディンからすればヤドランは飛んで火に入る夏の虫だったというわけだ。
「もう一度!! 」
一方的な攻防を見て、誰が未だ彼女は女王だと言えるだろうか。
その姿は美しき姫とは程遠く。
その背後には悪魔さえ見えてしまう。
「駄目だ……こうなったらイツキさんに勝ち目なんて 」
「待て、ヒビキ。スプーンをよく見ろ 」
スプーン?
そんな疑問を抱きながら眼を凝らす。
見えてきたのはスプーンの銀色でもなく、はたまたヤドランの殻の色でもなく、透明色。
スプーンとヤドランを繋ぐ接着剤のようにそこにある透明の固体は、つまるところ氷だった。
「っ、スプーンが凍りついている!? 」
「フーディンのスプーンは存在する物体ではない。ただ超能力で創り出された模造品。つまり、フーディンとの繋がりを氷によって断ってしまえば、念力の供給がなくなりスプーンはその存在を維持できなくなる。
故に────ヤドランは念の呪縛から解放される! 」
「────────! 」
戦場を殺気が飛び交う。
それぞれが相殺し場が落ち着いた頃には、二体はまたまた対峙していた。
「ヤドラン〈れいとうビーム〉!! 」
「フーディン〈きあいだま〉!! 」
烈火怒涛。
二人は一挙に畳み掛ける。
戦場のど真ん中で交わるそれは、怪獣の吠えるが如く猛烈な爆発の音とともに互いに相殺する。
「次で決める! ヤドラン〈サイコキネシス〉だ!! 」
「フィナーレです。フーディン〈シャドーボール〉!! 」
嗚呼。
見てるだけで背中が凍りつく。
二人の殺気はおそらく最大。
次で最後だという宣言にも嘘偽りはないだろう。
次が最後。
不思議な夜はこれで幕を閉じる。
唯一それを妨げられるとすれば……
「────カトレアお嬢様 」
……それは新たな第三者の存在だった。
「コクランっ! 」
突如現れた男の名を呼ぶや否や。
カトレアは子供のようにその方へと走っていった。
「お久しぶりね 」
「ええ。お嬢様も大分と変わられた。あの超能力を制御できなかった頃とは大違いでございます 」
かなり丁寧な言葉遣い。
カトレアへの敬い方はおそらくユメカ以上。
聞いているこちらが少し申し訳なくなるくらいにその男はカトレアに従じていた。
「でも、今回のフロンティアは私単独のはず……どうしてこのジョウトに? 」
「お嬢様がイッシュに戻られて数年。私めも自身の心に磨きをかけようと旅をしていたのです。まさかお嬢様も旅をしていらしたとは 」
突然、ユメカははっ、とした様子でその男に近づいていった。
それに気づいたカトレアはユメカを話の輪に誘い入れる。
「紹介するわ。今の私の側近、ユメカよ 」
「初めましてコクラン様。 カトレア様からお話は聞いていました 」
深く礼をしたユメカ。
それよりもさらに深くコクランは頭を下げた。
無論、この時僕たちは話の輪から外れているわけだが。
ひとつ思い出したようにコクランがこう言った。
「それはどうも。それにしてもお嬢様、ユメカ様はフロンティアの名簿には登録されておられないのですか? 」
「言ったでしょう? 今回は私単独で務めさせていただきます。その為に、ユメカのお相手も見つけたのですから 」
「えっ…… 」
「ほう 」
彼女の顔が頭の先まで赤く染まる。
こちらから確認できたのはその事と、
「へくしゅんっ! 」
ノイズが嚔をしたことくらいだ。
「風邪か? 」
「多分違うと思うんだが 」
心配しながら問うてみるも、ノイズは淡々とそう答える。
「僕の超能力で治してみるかい? 」
「いや、遠慮しときます」
やや食い込み気味の即答。
遠慮というより拒絶だということは誰でもわかる。
「ゼルネアスの方はお元気で? 」
「え…… 」
思わず冷たい声が漏れた。
三ヶ月前、ゼルネアスはトア・ウル・リヒトという男に強奪されてしまった。
何の前触れもなく、説明もなく。
カトレアが事実を話すと、コクランはどこか寂しげに頷いた。
「そうでしたか。しかし、きっと彼女なら大丈夫でしょう。ただそれを祈るばかりです 」
「そうで……す 」
「カトレア様!! 」「お嬢様!! 」
徐々に傾いていく体を二人は慌てて抱える。
「眠たい……ユメカ、すみませんが部屋まで 」
「わかりました 」
後ろから心配していた僕たちの視線に目もくれず、ユメカたちはその場を後にした。



「契約の後遺症は、まだ残っているんですね 」
「ええ。コクラン様、生の契約は、コクラン様がカトレア様に結ばせたのですか? 」
「そう言う事になりますね。お嬢様の命の危機でしたので 」
「この契約にとって、カトレア様は自分は適合者でないと言っていました。それって、どういう事なんですか? 」
そうユメカが問うとコクランは暫時黙り込んだ。
怪訝な様でそれを覗くユメカを見て、諦めたかの如くため息をひとつ。
彼は説明を始めた。
「本来、契約というのはゼルネアスが人間を見定めてやるものなんだ。でもお嬢様の場合は、ただ私めの意思で契約をさせました。故に、ゼルネアスの選んだ人間では無かったのです 」
「もし適合者なら、この後遺症はなくなるんですか? 」
「いや、適合者と後遺症は全く関係ないです。治癒の能力にも差はでません。ただ、“契約の六宝”が使えなくなります 」
「契約の……六宝? 」
初耳だ。
カトレアからそのような言葉が出たことは一度もない。
いや、カトレア自身が知らないのかもしれない。
どちらにせよ。
「ええ。これについては私めも全く存じ上げていません。それより、早くカトレアお嬢様をお部屋へ連れて行きましょう 」
「はい 」



バトルフィールドには依然、僕とノイズとイツキが残っていた。
ノイズは冷静ながらも、かなりユメカを心配している様子だった。
と、突然彼は立ち上がり。
「俺もそろそろ戻る。ヒビキは? 」
「いや、僕はもう少し残るよ 」
「それじゃ、お先に 」
どうやら我慢の限界を超えたらしい。
俺もそろそろ戻らなければコトネに心配をかけてしまうだろう。
が、どうもそのような気になれない。
このまま明日の本戦を迎えていいものかと……ずっと自問自答を繰り返していた。
「金色響、何に悩む必要がある 」
イツキはそんな僕の心をズバリ的中させていた。
「イツキさんたちのバトルを見ていると、何だか自分が小さく見えてきて 」
「そんな事はないよ。君は十分強い。だからこそ僕に、四天王四人に勝てたんじゃないか 」
「そうですが…… 」
確かにそうだ。そうなんだが。
自分より強い奴がいると知っておきながら、それを越えようとしないのはどうも歯痒い。
いくらトレーナーと四天王だからといって、超えたいものは超えたい。
「ゲッコウガを出してみてくれ 」
「え 」
思考が低徊する中、イツキはそんな提案を持ち出した。
こちらがモンスターボールからしのびポケモン・ゲッコウガを解き放つと、彼もまたモンスターボールを構える。
「いけ、ドータクン 」
どうたくポケモン・ドータクン
見るからに硬そうな装甲。
イツキは僕の方へ向き直し、ふっと笑ってから言った。
「気がすむまで特訓するといいさ。ゲッコウガみたいなトリッキーなポケモン限定だけどね 」

それから数時間、イツキとの未知なる特訓が続いた。
それは完全に僕たちだけの世界で、時間の経過など気にかける必要もなかった。
特訓を終えてイツキとも別れ、自分の部屋へと続く廊下を歩いているとコトネの姿が見えた。
「遅い…… 」
「ごめん、心配かけさせて 」
誤魔化しの笑顔は彼女には見破れていたはずだ。
だが、彼女はそんな僕を見て納得した様でいた。
「その様子なら負けても後悔はなさそうね 」
「縁起でもないこと言わないでよ 」
今度は笑い飛ばしてみせる。
彼女はなお僕に優しい笑みを向けたまま話してくれた。
何の味もない会話。
ただその中で僕は実感していた。
僕の“居場所”はここしかないということを。

────翌日

「さあ、始まりましたポケモンリーグジョウト大会本戦! 数々の試練を乗り越えたポケモントレーナー8人が今、ここセキエイ高原に集結しました。己が勝利を勝ち取るのは誰なのか!? ジョウト地方最大の闘いがその幕を開けんとしています!! 」
盛り上がるリーグ会場。
席に収まりきらないほど数多な観客。
されど僕に歓声は聞こえず。
聞こえるのは自分を奮い立たす鼓動の音のみ。
「──────── 」
「やあ、ヒビキ君! 」
と、そこに優しい声をかける者がいた。
その主の方へ視線を向ける。
やはり。
彼を見てまず最初に思った事がそれだった。
「ツルギさん……! やはり勝ち上がってきたんですね 」
「勿論だよ。君と闘うと約束したからね 」
何故だろう。
何故この人といると温かくなれるのだろう。
ここは戦場、そして互いに敵同士。
温もりを与える優しさは愚か、自分を支える余裕さえなかった僕に対し、彼は戦場でもなお優しい人であり続けた。
「俺の名はワタル。このジョウト地方のポケモンリーグチャンピオンだ。ここに集う8人の決闘者たちに一言だけ。全力で、全霊を尽くして、この高嶺まで登って来い! 」
あ。
こちらを見下ろすワタルと目が合う。
その目が確かに“お前が来い ”と語っていた。
「やはり、チャンピオンの言葉は格が違うね 」
「あの高嶺に……僕たちは 」
疼く興奮とともにますます緊張が高まる。
ついにここまで来たのだ。
今更引き退ることはできない。
だから僕は己の全力を皆にぶつけていくだけだ。
「それではトーナメントの組み合わせを発表します! 」
大きな電子掲示板にトーナメント表が提示される。
目を見開いてしまったのは言うまでもなく。
それが意味していたのは。
「あれって……! 」
「どうやら、そのようだね 」
僕は一回戦第一試合。
ツルギは一回戦第四試合。
簡単に言うと表の左端と右端だ。
この二人がこのトーナメントで戦うためには、両者が決勝戦まで勝ち上がらなくてはならない。
「それでは一回戦第一試合を始めます。該当しないトレーナーの方は控え室、もしくは応援席へお戻りください 」
トーナメントの結果に釘付けになっていた僕の肩をツルギは軽く叩き。
「必ずやまた会おう、ヒビキ君。その時は、僕も全力を尽くして君と戦うよ 」
「はい! 」
その誓い、その返事が意味していたのは“決勝で戦う”という決して簡単でない約束だ。
いや、もしかしたら祈りに似たものかもしれない。
それでも僕の夢にとって決勝戦は通過点にしか過ぎない。
決勝にすら辿り着けないならば、意味はない。
「一回戦第一試合は、ヒビキ選手とサリナ選手です! 」
え、あれ。サリナ?
何処かで聞いたことのある名前だ。
サリナ……サリナ。
そして、金色 響の思考は一時停止した後爆発したのだ。
「っ────────サリナ! ?」
奇声を上げながらね。


月光雅 ( 2016/07/01(金) 20:16 )