記録52. 覚醒
「……………… 」
蹴散らした。
────灰になるまで燃やしつくした。
これといった動機はなかった。
否、その感情に確証などなかったというのに、それを動機にしてしまった。
ムカついたのだ。
ポケモンを傷つける人間らが。
「エリキテル………僕は 」
駄目だ。
何も抱いてはならない。
金色 響は金色 響であってはいけない。
僕が望めば誰かが不幸になってしまう。
『エリィ…… 』
そこに立ち尽くしていた。
覚えていたのは油の匂いと血飛沫の緋。
きっとそれは僕ではなかったのだろうが、他ならぬ僕であったのだ。
そして、
「僕は──────── 」
悪魔だ。
「────マンムー!? 」
「マンムー、戦闘不能! 」
審判が下る。
横たわった巨獣はモンスターボールに戻っていく。
果てしない競合いの果てにマンムーは敗れた。
ドサイドンは未だ要塞の如くそこに居座っている。
その姿のなんと勇ましいことか。
そこで、あの力強さは奴の信念を体現しているのだと悟った。
そいつを砕く信念が俺にはあるだろうか。
「ふっ、ないな 」
考えてもそんなものは思い浮かばなかった。
嘲笑って誤魔化しても、その場しのぎでしかない。
なら敗けるか?
それは嫌だ。それだけは。
敗けるのは構わない、ただ敗けるか?と問われて敗けようと答えるのは絶対に嫌だ。
闘うからには勝つ。
絶対に負けない。
そうしないと、立っていられないだろう。
だからそれだけで十分だ。
このポケモンで奴の信念を砕いてみせる。
「来い、ヘラクロス! 」
弾かれたようにボールから飛び出したのは、1ぽんヅノポケモン・ヘラクロス。
自慢の一角を天へ掲げて、なお対峙する相手を見据えていた。
「いくぞ、ノイズ! 俺たちの闘いを魅せてやる! 」
『ヘラァアアアア!!!! 』
胸が高鳴る、心踊る。
森羅万象において、ここまで楽しいものはあるだろうか。
「ヘラクロス〈グロウパンチ〉!! 」
俺たちは進化してきた。
ポケモンと共に、出会いと別れを繰り返しながら、幾千もの戦いを掻い潜ってきた。
その全てが収束しているのであれば、この戦いはまさに今この時しか出来ないものだ。
俺たちにしか出来ないものだ。
だから奏でよう、響かせよう。
その剣戟を。
「〈ロックブラスト〉!! 」
「躱せっ──────── 」
上空へと飛躍する。
追尾してくる弾丸を交わしながら、ドサイドンへと接近していく。
『へ、ヌァ! 』
横腹を鋭い岩が削り取る。
だがそれも何ということはない。
急降下するヘラクロスは気にせず拳を構えた。
「ぐ、ドサイドン〈アームハンマー〉で向かい討て! 」
拳が衝突した。
ふたつの攻撃は見事なまでに相殺した。
だがこれで終わらせない。
「もう一度〈グロウパンチ〉だ!! 」
体勢を瞬時に低くさせて、下からのアッパーをかます。
躱すも、相殺するも不可能。
確実な一打だった、だが。
「効かないな……ドサイドン! 」
『ドゥザァア!! 』
不意を突かれた。
決定打を与えたはずなのに、奴は諸共していない。
それどころか、その自慢の手腕でヘラクロスを締め付けているではないか。
「投げ飛ばせ────!! 」
ヘラクロスの躰が壁を殴る。
ボロボロと崩れる石片に紛れて落ちるのも情けない。
「あ、 」
カチン、ときた。
後頭部にあるスイッチでも押されたのか。
俺の中で何かが切り替わった。
蹴散らしたい。
これといった動機はない。
ただ奴を叩きのめしたくなった。
「俺の番だ……いくぞ、ヘラクロス 」
『ヘリャ! 』
「〈インファイト〉!! 」
指示した途端、ヘラクロスは駆け出した。
その時少し後悔した。
指示はご尤もで満足だったのだ。
なのに、その指示を出した自分が自分でなかったような……。
違う、それは俺の言葉じゃない。
「ドサイドン〈がんせきほう〉!! 」
勢いよく射出される岩の弾丸。
だが、それを難なく避けてヘラクロスは疾走する。
『ヘラ、ヘラァ!! 』
到達した拳はドサイドンの躰を力強く打った。
何度も、何度も。
「潰…………せ 」
無意識に、口がそう動いた。
潰せ、と。
その言葉通りヘラクロスはドサイドンを殴り続ける。
一打。
二打。
三打……!
『ドォ、ザ………… 』
巨体は投げ飛ばされるように横へ倒れる。
奴は力尽きたのだ。
「ドサイドン、戦闘不能 」
「くっ、お疲れ様だ……ドサイドン 」
誰だ。
誰かがいる。
俺の中に、誰かが。
金色 創とはまた別の、何かが。
「──────── 」
困惑する俺をノイズがちら、と見た気がした。
だが、何事もなかったように奴はボールを構える。
「いけっ、カイロス 」
ノイズの五体目は、くわがたポケモン・カイロス。
丁度、ヘラクロスと対を為すポケモンだろう。
「最初から本気でいかせてもらうぞ……カイロス! 」
右腕を翳す。
キーストーンが瞬く間に光を放ち、やがて二人を包み込んだ。
「限界突破だ! メガシンカ!! 」
昆虫の姿は豹変した。
メガカイロス、背中から翅を生やし自由に飛翔する事が可能になったのか。
自慢のハサミも随分と鋭くなったみたいだ。
「さぁ、ヒビキ。お前も早くメガシンカしろよ 」
「えっ………… 」
そう言われた途端、咄嗟に右手首を隠した。
当然ながらそこにはメガリングが装着してある。
使う条件も満たされている、だけど。
『ヘラ…… 』
嫌なんだ。
これ以上、闘いたくない。
これ以上、傷つけるのは嫌なんだ。
「おい……真剣にやれよ 」
「──────── 」
怒っていた。
言うまでもなく、激怒していた。
道理ではある。
俺たちはこの時のために戦ってきたと言っていい。
だがそれでも。
「ノイズには話した事があるよね。俺は昔は無邪気で活発な性格だった、って 」
右手を隠したまま、雄弁に語り始める。
尤もそれで心が動くのは奴ではなく、俺の方だったのだろうが。
「嘘だよ。そんなレベルじゃない、それこそ狂気に満ちた悪魔だった 」
「……なんだと? 」
「悪を倒す為なら何でもやった。それこそ、悪を為してでも…… 」
過度な正義感。
今思えば、それこそが俺の本質だった。
俺を突き動かしていたものはそれだ。
「嫌なんだよ。闘ってたら、そんな過去の自分に戻ってしまう気がして 」
隠していた右手を今度は前に出して眺める。
かつて、この手が悪魔のものとすり替わった時。
俺は自分が終わった気すらした。
それでもアポロを止めたかったから。
この正義はただ猪突猛進なだけだ。
いずれ誰かを傷つけてしまう。
それが分かっててなお戦うことなんて、できっこないだろ。
「────過去こそ強さの糧……そう言ったのはお前だろ? ヒビキ 」
ノイズは優しい声色でそう言った。
そうだ。
エンジュで生死を彷徨う直前にそんな話をしたっけ。
あの時点で俺はもう繕ってた。
「今のお前が“お前”である所以は、その過去があったからだ。お前もそれを理解しているから問答を繰り返しているのだろう、だがな 」
だからこそ、金色創という人間で自分を塗りたぐってたんだ。
なのに。
「お前は過去を糧になんか出来てない、過去に縛られ続けてるんだよ!! 」
図星だった。
結局、表面を塗りたぐったせいか、根本的な中身は全く変えられなかったのだ。
そして、それを否定してきた。
怯えていたから、怖かったから。
ハジメって力に頼ってでも消し去りたかった。
「お前の過去がどんなものだったのか、詳しくはわからない。だが、自分で肯定できないものなんて自分じゃない 」
「肯定、できない? 」
「かつての俺がそうだった。過去に縛られて、自分を偽り否定していた 」
ノイズの本名は白銀轟。
ロケット団の創立者、白銀榊の実の息子だ。
ノイズは自分の父の願いを叶えるために人情を捨てた。
それを暗示するように、自らの名も捨てた。
「でもお前と出会ったあの時から俺は変わった。“ノイズ”としての自分を肯定し始めた 」
そういうからには、きっと奴は自分のことを肯定できずにいたんだろう。
機械を気取った人間のことを……。
「俺は“ノイズ”だ! 例え偽りの名だろうと、偽りの人格だろうと、お前とこの決闘を誓い、闘い抜いてきたのはノイズという俺なんだよ!! 」
「────────────!! 」
それが、“彼”が肯定したかった自分か。
過去の縛りを解き、なおその束縛の面影も忘れずに……。
奴はそこまでの見解を見出していたのか。
「お前が肯定したい自分は何だ? この闘いを本当に待ち望んでいたのは俺だけか!? 」
「それは────── 」
再びの問答。
言葉が詰まるのは俺の中では道理だった。
「目が覚めないんだったら俺が覚まさせてやる! カイロス〈ハサミギロチン〉!! 」
鋭く噛み付いてくる二本の刃。
カタカタと音を立てながら、ヘラクロスの胴を締め付ける。
噛み殺されるのも時間の問題だろう。
「俺は………… 」
いや。
“俺”なんてのはハジメの言葉だ。
これは金色響とノイズの語り合い。
英雄の言葉で繕ったって意味がない。
「僕は………… 」
瞳を閉じて問答する。
己が肯定したいもの。
信じたい自分。
この場において、僕が本当に感じていたいものとは。
そこに、ノイズに匹敵するほどの信念と理念があれば。
「ここでノイズと闘えて嬉しい。だから、半端な気持ちは捨てるよ……ヘラクロス!! 」
開眼し、金色響は顕現する。
他の誰でもない、己というただ唯一の存在。
自分でも肯定しきれなかったものも、コトネやノイズみたいに自分を肯定してくれる人がいるのだから、僕はここにいる。
それでいい。
『ヘィラァァアアア!! 』
呼びかけに応えるようにヘラクロスは嘶く。
途端、カイロスの〈ハサミギロチン〉の束縛から離脱し、再度戦闘体勢に入った。
「え 」
不意に、何かに気付いたようにコトネは声を漏らした。
「どうかしましたか? コトネさん 」
「ヒビキの眼……蒼くなってる 」
観客席からでもはっきりわかる。
あれが彼の本来の眼。
英雄の恩恵すら剥いだ姿。
ヘラクロスの体力は〈ハサミギロチン〉で消耗されてるだろう。
早めに勝負を付けないと、確実に負けてしまう。
「〈グロウパンチ〉だ!! 」
疾風の如く跳びかかる。
その飛躍力は尋常ではなく、すぐに視界から消えてしまうほどだ。
「進化を超えろ! メガシンカ!! 」
空中で武装する。
鉄兜を纏った昆虫はそのまま急降下していく。
「ふっ、過去の束縛を自我だけで振り払ったか 」
ノイズは悟ったように目を閉じた。
そして、
「俺もいつまでもアインに頼ってらんないな、カイロス〈シザークロス〉! 」
真っ赤な瞳を開眼し、ノイズは顕現した。
ヘラクロスの拳にカイロスはその刃を交える。
空を切る爆音とともに後退する二体。
「飛べ、カイロス!! 」
「追え、ヘラクロス〈ミサイルばり〉──── 」
飛翔する鍬形を鉄兜が追う。
ミサイルばりを装填するには後二秒、一秒。
「────射出!! 」
五月雨の如く放つ無数の弾丸。
それらは螺旋を描きながらカイロスと舞う。
機敏な動きで躱すも、弾丸が切れることはなかった。
「くっ、〈ハサミギロチン〉だ! 」
痺れを切らしたか、ノイズは強行突破を仕掛けた。
カイロスの自慢の刃は悉く弾丸を蹴散らしていく。
「ならば〈メガホーン〉だ!! 」
全てを相殺し、こちらへ墜ちる刃に一本角で向かい打つ。
双方の力はおおよそ互角の筈、しかし。
『ク、ルァァアッ! 』
一発目の〈ハサミギロチン〉の後遺症か。
ヘラクロスは押し負け、地面へと叩きつけられてしまった。
「くそ、いけるか? ヘラクロス 」
と、聞く間もなくヘラクロスは立ち上がってみせる。
ノイズは来いと言わんばかりにこちらを見据えている。
その誘い受け、乗った。
「「〈インファイト〉ッ────!! 」」
その指示を合図に、地を蹴った。
戸惑う事もなく一直線、標的へと迫る。
敵も同様、ヘラクロスを穿たんと迫り来ている。
構えはこちらが僅かに早い。
しっかりとその懐を見据えて、カイロスに躱すことのできぬだろう一突きを見舞わせてやった。
『、ラァア!? 』
躰が水平に飛んでいく。
一撃を受けたのはカイロスではなくヘラクロスの方だった。
死角からの横蹴り。
不意とはいえ、こちらが気付く事のできない速度の攻撃。
「くっ、……!? 」
するとカイロスの姿がなかった。
否ヘラクロスの行く先、畳み掛けるように次の二打を構えるその姿があった。
ヘラクロス! と叫ぶも遅い。
大振りの拳が、鉄兜を地面へ叩き伏せる。
『ヘィ、ラァ! 』
『ロスァ────────!? 』
続く三撃目を間一髪で躱し、今度はカイロスの横腹に蹴りを見舞わした。
『ィルァ 』
だが依然そいつは冷静だった。
飛ばされながら体勢を変え、二本の刃で大地を削りながら勢いを殺す。
「カ、ィ────ロぁ!! 」
止まったと思えば、また姿を消した。
ふとすれば間合いに入りこちらへ殴りかかってきている。
だが今度はしっかりと左腕で防御してみせた。
「ふっ、掛かったな 」
「な、────────ッ! 」
死角からの不意打ち。
一撃目と全く同じ形でカイロスは横蹴りを噛ます。
何メートル突き飛ばされただろうか。
ヘラクロスはそのまま躰を引きずらせ転んだ。
「ヘラクロスッ!! 」
倒れ込んだその躰は起きなかった。
瀕死ではない。
ただもう全身が言うことを聞いてくれないのだろう。
『ヘィ…… 』
這い蹲ってなお、ヘラクロスは起き上がろうとしていた。
「……決めるぞ、カイロス 」
────敵が迫る。
ゆっくりと、二体の闘いに終止符を打たんと近づいてくる。
それを見てまだくたばれないと感じたのか。
鉄兜は無理矢理に躰を起こした。
「ヘラクロス…… 」
敵が歩み寄ってくる。
これ以上闘えないのはきっと奴も同じ。
ヘラクロスもカイロスもいつ倒れたっておかしくはない。
ならいっその事、諦めてもいいんじゃないか。
ここで倒れてもまだ相対的な闘いは終わらない。
────否だ。
それは相対的なものに過ぎない。
次があるのはトレーナーだけであって、ポケモンにとってはこれが最後の……。
「〈きあいパンチ〉!! 」
拳が奔る。
このままでは終われない。
ただ殴り合っただけじゃ、もうヘラクロスに勝ち目がないのは分かっている。
それでも終われない。
言われたんだ。
倒れたものの分まで闘え、と。
誓ったんだ。
全力で闘うと、最後まで。
このまま終わっては、ゲンガーに見せる顔がない。
「そうだろ? ヘラクロスっ────〈グロウパンチ〉!! 」
僕たちの全力、全身全霊。
非力な拳でも……そこに貫きたい信念があるならば。
『ヘラァアアアア、ァア!! 』
それが本当の“力”だ。
実力値や経験値だけじゃ説明のつかないもの。
ヘラクロスの意志。
シジマさんが教えてくれた強力な力に振り回されない為の力。
……こんなにも、簡単な事だったんだ。
「なっ、 」
非力な拳は交わる。
決着はついた。
「クロス、カウンター………… 」
二体はほぼ同時に、その図体を倒した。
「ヘラクロス、カイロス、ともに戦闘不能!! 」
やりきったんだ、最後まで。
両者戦闘不能。
これで残りポケモンは一体ずつ。
「来たぜ、ノイズ。この時が…… 」
「ふっ、まさかこんなにもキッチリとした形で勝負をつける事になるとはな 」
倒れた二体をボールへ戻し、それぞれの相棒を繰り出す。
「バクフーン、いくよ 」
「舞台は整った、オーダイル 」
再び対峙する炎と水。
何時ぞやと同じ光景で二体は立っている。
沈黙。
ポケモンを見据えたまま、トレーナーですら何らかの合図を待っている。
見上げると、空が青かった。
──ヒビキ、この世界の俺を頼む。ああ見えて不器用な奴だから────安心しろって、俺はお前の……
親友だろ──
そうだな……まぁ、不器用だったのは僕の方だったんだけど。
それもエックスにはお見通しだったんだよな。
ともあれ、“お前”に救われた。
ありがとう────────さて。
「それじゃあ、始めますか 」
意識をフィールドの上へと戻す。
唯一無二の親友はこちらを見て笑っていた。
きっと僕と同じ気持ちなんだろう。
でも、終わらせないと。
ツルギさんとの約束もあるし、いつまでもこの楽しい時間に浸ってるわけにもいかない。
「バクフーン〈ふんか〉!! 」
旋風が渦巻く。
獣を中心に生じた風はやがて嵐の如き強風へと化けた。
それは封印を解く感覚。
バクフーンにとって真髄と呼ぶに相応しい技。
「終わらせにかかるぞ、ノイズ──── 」
何かが打ち上がる。
天を仰ぐと灼熱の炎が君臨していた。
それは瞬く間に光を増し、視界を奪った途端。
「────僕たちの戦いを! 」
オーダイル目掛けて急降下し始めた。
舞い降りてくる緋色の閃光。
光の矢はまるで己が意思を持っているかのように奔る。
それを前に、オーダイルは動かない。
────炎は迫る。
炎がオーダイルを赤く照らしあげたと思った次の瞬間、地響きとともに爆発が起こっていた。
「────────な 」
不意に声が漏れた。
渾身の一撃を確かにオーダイルに見舞わした筈なのに、奴は依然無傷であった。
「……オーダイル“逆鱗モード” 」
奴は龍を羽織っていたのだ。
ワタルやイブキの一族が使っていた“逆鱗モード”。
真似事だろうと、まさか出来たとは。
「聞いてないぞ、そんな奥の手 」
「言うわけないだろ、奥の手なんだから。さて、〈れいとうパンチ〉だ! 」
オーダイルの躰が沈む。
そして力強く地を蹴り、目前の標的へと駆け出した。
その右拳は雷のように白い光が握られている。
「〈かえんほうしゃ〉で向かい打て!! 」
ただでは間に合わない。
最大火力には程遠いが、それでも炎をオーダイルに見舞わした。
だが、
「効くと思ったか?! 」
やはりオーダイルは諸共せず飛びかかってくる。
しかし、そこまでは計算通りだ。
突き出された右腕を捕まえた。
拳に触れれば凍ってしまうが、ここならば大丈夫。
「こっちの台詞だァ! 投げ飛ばせ、バクフーン!! 」
殴り掛かってきた勢いのまま、その方向へと投げつけた。
だが奴は自らの重みと脚力であっという間に体勢を持ち直してしまう。
「くっ、オーダイル〈ハイドロポンプ〉! 」
それはレーザー光線と何が違おう。
射出と着弾に全くもって時間差がない。
防御、は間に合わない……!
「躱せ──────ッ! 」
間一髪で避ける。
後方から依然、水の光線が追いかけてきはするがそれからも逃げ切った。
「続けて〈ばかぢから〉だ!! 」
だがそれでもオーダイルは畳み掛けてくる。
鋼鉄でできたような強度と重さをもつ拳。
迫りくるそれをどう捌こうか。
回答は一択だった。
「〈きあいパンチ〉で向かい討て!! 」
拳を拳で制止する。
交えた威力は相殺し、衝撃波の後に沈黙だけが残った。
「ヒビキ、初めてお前と戦った時……俺は心底嬉しかった。俺と同じような気がしたから。自分の思うままに暴れてみたい、って心の片隅で思ってる気がしたから 」
拳を衝突させたまま、赤髪の少年は雄弁に語り始めた。
「そうだな。実際、ハジメが目覚めてくれたおかげで僕は暴れられた 」
あの時僕が欲した力は……ノイズを倒すものじゃなくて、自分を圧し殺すものだったんだ。
だから僕は、思う存分闘うことができた。
例え悪魔として暴走しても、ハジメが止めてくれる筈だから。
「その姿に俺は心打たれた。憧れたんだよ。出会って間もなかったとはいえ、自分の束縛をぶち破っていたお前の姿に 」
「でもハジメに頼るあまり……僕は僕が分からなくなっていった 」
「──────── 」
その時だけ、ノイズは決して頷かなかった。
そう、彼は頷くわけにはいかない。
偽物の自分を肯定してきた彼に、本当の自分を否定してきた僕の事が知れるわけがないのだ。
「だけど今は言い切れる。僕はここにいるよ。僕には居場所があって、帰る場所がある。僕を認めてくれる人がいて……愛してくれる人がいて 」
それが金色響なのだと。
例えそれが僕にとって偽物であったとしても、本物の金色響なのだと。
そうありたい、と。
すると、ノイズは力強く頷いた。
「俺もだ……以前の俺には手に入れようのない大切な存在を見つけた 」
彼にとって大切な存在。
きっと、彼女の事だろう。
もちろん僕たちも含めた居場所を指してもいるだろう。
どちらにせよ、過程は何であれ辿り着いた答えはほぼ一致していたのだ。
「だから僕は──────── 」
「だから俺は──────── 」
「「──────負けられないッ!! 」」
押し合っていた拳同士が弾けた。
それを合図に炎獣と水獣は瞬時に距離をとり、バトルを再開する。
「マグマラシ〈かえんぐるま〉だ!! 」
体を弾き飛ばす。
炎で赤く染まる視界の中、ただひとつ青い敵に向かって走った。
熱い。
体感だけじゃない、心の中までも燃えていく。
「────アリゲイツ〈やつあたり〉! 」
鋭い爪が火を裁く。
ツバメの如く一文字に薙ぎ払い、炎の鎧は剥がれた。
「〈こおりのキバ〉!! 」
そこに畳み掛けるような一閃。
そうはさせるものか…………!
「躱せ、〈でんこうせっか〉だ 」
跳び退く体。
相手の噛み付きを紙一重で躱し、炎獣はさらに後退していく。
だが、ふとした時には視界の中に敵の姿がなかった。
フィールドを見渡してもどこにも見当たらない。
ということは。
「、上だ──────〈スピードスター〉!! 」
仰いだ天に即座、星を飾った。
同時に、上空から僕らを見下ろすソイツはゆっくりと降下し始める。
「アリゲイツ、そのままいけっ! 」
もとより追尾の特性をもつ〈スピードスター〉だ。
空中で躱すなんて芸当は、極めて難しいものだろう。
ならばこそといった様子で、ノイズは構わず攻撃させた。
懐を星が幾ら穿とうとも、重力が奴を突き落とす。
「マグマラシ〈ほのおのちかい〉!! 」
大地を叩く。
それに応えるよう、炎の柱が地中より這い上がってくる。
だがその一瞬に、赤髪の少年の口元が微かにつり上がるのを見た。
「今だッ! 〈みずのちかい〉!! 」
時が止まった。
比喩にならないほど、背中が凍っていくのがわかる。
微動だにしない光景の中で、唯一炎の柱だけが巻き戻したように土へと還っていく。
そして再び時が動き出した。
だが、地面から這い上がってきたのは炎の柱ではなく、水の柱だった。
『マグァッ!? 』
「────マグマラシ!! 」
「アリゲイツ〈かみつく〉だ!! 」
水の柱に殴られ、無防備な体勢になったところに食いついてくる。
飛び掛かる奴の眼が走らせる怖気。
あの凶暴な顎で噛み殺して、躰ごと飲み込んでしまう気さえさせる。
『ゲァルツァ!! 』
肩口を喰べる。
そこに徐々に奪われる自由を惜しんで、咄嗟に指示を出した。
「くっ、振り払え────! 」
大振りで獣を突き放した。
すると着地した奴の足下で、ぴしゃと音がしたのだ。
「ん…………? 」
水だ。
〈みずのちかい〉の残骸だろう。
だがそれに気が付いた僕をみてノイズが天を指差す。
「あ、 」
思わず出た声。
上空に虹が架かっていたのだ。
綺麗な……虹。
「ふっ、案外ノイズの方がピエロなんじゃないのか? 」
「こんなのはただの飾りだ。本当のトレーナーなら、バトルの中で語り、魅せるべきだ 」
再びノイズは構える。
それは戦闘再開の合図にさえなり得た。
だが僕はその姿を前にして、口元を緩めた。
「……なぁ、ノイズ。お前の夢って何? 」
ふっ、としたようにノイズは闘気を抑える。
しかしどれだけ考えても一向に答えが見つからない、といった様子だった。
「夢…………お前にはあるのか? ヒビキ 」
僕の夢。
“貴方の夢について、教えてもらえますか? ”
“僕の夢はポケモンマスターになること ”
“その理由は? ”
いつかそうカトレアに聞かれた時、僕は答えることができなかった。
でも今は違う。
使命でもなんでもなく、金色響が抱く憧れの感情。
それは。
「僕はポケモンマスターになる。なって、アポロがかつて望んだ理想郷を実現する 」
「お前が象徴になる、ってのか 」
「ああ。この虹のように……あの太陽のように 」
アポロは支配によって世界を収めようとした。
でもそれは本当に平和な世界だとは思えない。
僕は世界を支配するんじゃなくて、正しく導く。
「そうか。お前が太陽に……なら、俺は月かな 」
ノイズはふっと笑い、続けた。
「見届けてやるよ、その世界を。だがそれは、お前がここで俺に勝てたらの話だ! オーダイル〈ハイドロポンプ〉!! 」
青い鰐が走る。
オーダイルは突風と成り果て疾駆する。
〈ハイドロポンプ〉に詰めるべき間合いなどない。
青い影が沈んだ。
途端、オーダイルは地面に水を放つ。
膨大な水圧で奴は飛躍の如く大きく跳躍をした。
「〈れいとうパンチ〉だぁ! 」
「望むところぜノイズ! バクフーン〈きあいパンチ〉だ!! 」
堕ちてくる流星に向かって、こちらも跳躍をする。
構えるのは渾身の一打。
だが、この拳では敵わない。
それは見るまでもなく歴然だった。
故に。
「今だバクフーン〈ふんか〉!! 」
火山をブースターと為す。
跳躍ではなく、飛躍。
翼はない。
だが闘志の焔がそれを可能にする。
『バグァア!! 』
殴りかかる一撃。
上下左右を対に駆ける拳は空中にて交わった。
そしてバクフーンの拳は悉く、
当然のように敵のソレを押し返した。
「やってくれたな。それじゃあ、仕返し〈おんがえし〉だ!! 」
天翔ける。
突き飛ばされたオーダイルは体勢を持ち直し、その全身を投げつけた。
狙うはバクフーン。
優しく、白い光がオーダイルに収束する。
そう。
あの光はノイズがポケモン達に与えた愛情そのもの。
『ダァァアアイィ!! 』
“貴方からはポケモンへの愛情が感じられません ”
あの言葉を受けてから、彼は向き合ってきたのだ。
自分と、自分のポケモンに。
これはその先に彼が見出すことのできたもの。
ノイズ達の得た確固たる“力”だ。
「〈ギガインパクト〉!! 」
あの技に対抗する術は、僕たちの全力だ。
だけど。
『バ──────クっ 』
あそこでは、あの空中では不十分だった。
踏ん張ることも何もできない。
それで全力を担えるわけがないのだ。
「バクフーンっ! 」
見事に叩きつけられた。
それこそ〈ギガインパクト〉無しの生身で受けていたら即瀕死だっただろう。
どちらにせよ今のは効いた。
────満身創痍。
オーダイルもそうだろうが、既にボロボロだ。
それなのに。
「ふっ 」
笑みが漏れた。
既にこの戦いも終幕を迎えようとしている。
さっきまで惜しんでいた時間が、今は“楽しい”という言葉に染まっていた。
惜しむことすら、勿体無いくらいに。
「……不思議なものだな 」
どうやらそれはノイズも同じだったようで。
同じように不器用な笑みを浮かべていたのだった。
「過去に縛られ、自分さえ偽って生きてきた俺たちが……こんなにも楽しんでるんだ。しかも、夢なんてものまで掲げて 」
敷かれたレールというのは、ある意味簡単なものだった。
何も考えずにそれに従っていればいいから。
でもそのレールを歩くと決めたのも、実際に歩いてきたのも……僕たちの意思なんだ。
あの日ノイズと出会えたのも、僕たちの意思がそうさせた。
「確かに……懐かしいな、あの日のバトルから本当に色々とあった 」
勿論、それ以前に魔女にも出会っていた。
それは運命というべきものなのだろうけど。
僕たちが今こうしていられるのはそういう事例があってこそじゃないんだ。
「あれが俺たちの原点だったのかもしれないな 」
あの初バトルが、お互いに相棒となるポケモンを手に取り、その道を行こうと勇んでいたあの日のバトルが。
「原点、か 」
二人のトレーナーは対峙し、想起する。
あの日の自分が見ていたものは、例えその自分が今と違っていても、本当であった筈だ。
原点。
そして僕たちは。
「今なら、今の俺たちなら……過去の縛りさえ振り払い、ポケモン達と向き合う事ができる俺たちなら、限界の向こう側さえ超えていける気がする 」
「限界の……向こう側 」
そして僕たちはその先を目指す。
「探し出すぞ、ヒビキ。答えはきっとこのバトルの中にある! 〈かみつく〉だ! ワニノコ! 」
「バトルの中に……ね 」
“僕の夢は強くなる事……強いトレーナーなら、運命の答えはバトルで見つける……
”
どこかで聞いた、いや僕がかつて言った言葉だった。
そう、答えは必ずこのバトルにある筈だ。
「ふっ、ヒノアラシ〈ひのこ〉!! 」
烈火怒涛。それは炎というより、“熱い”という感覚に近かっただろう。
“熱い”────。
そう気づいた時には、既にフィールドは燃え滾る炎に包まれていたのである。
互いに叫ぶ声もあの燃える炎の先には届かない。
聴覚は燃え滾る炎の音。
触覚は熱。
嗅覚は燃え尽きた灰の匂いに支配された。
この場で味覚を除き使えるのは視覚。
だがそれも炎の緋色によく染まっている。
「続けて〈たいあたり〉! 」
言葉とともに疾走する炎獣。赤い弾丸が風を斬る。
2体の間合いは2・30メートル、獣が走れば刹那もかからない。
なるほど、そう来たか。
その一瞬に、ノイズと水獣の口元が微かにつり上がる。
「躱せ! 」
舞い上がる施風。
────間一髪、水獣は突進してくるソレから飛び退いた。
だが次の瞬間には、水獣が攻撃を仕掛けてきていた。
「ワニノコ〈みずてっぽう〉!! 」
放たれた水の弾丸がヒノアラシを殴る。
「〈ひのこ〉だ!! 」
────灼熱の紅蓮が地を這う。
先程の攻防で間合いは離れている。
ヒノアラシは炎獣。
もとより炎の使い手だ。
これはその真髄。
「〈かみつく〉!! 」
しかし水獣は攻撃を難なく受け流し、炎獣の間合いへと踏み込んだ。
「ヒノアラシッ!? 」
「Critical、だ 」
────強烈な一撃が炸裂した。
だが、この攻防ももう慣れた。
「いけるか? ヒノアラシ 」
『ヒノァ! 』
炎獣は立ち上がった。
勢いよく起き上がった体は依然よく動く。
「流石にしぶといな。〈ハイドロポンプ〉!! 」
『オォダァアアアイ!!!! 』
「〈かえんほうしゃ〉だぁああ!! 」
『バッグァァアアア!!!! 』
視界が光に染まる。
ぶつかり合う炎と水。
爆発と爆風が二体を襲った。
赤と青の光はなお鬩ぎ合っている。
頭の痛くなるような色彩の対に、意識は溶けた。
僕らの目の前は、やがて真っ暗になった。
*
「ん、………………? 」
「ここは、どこだ? 」
────“待ちわびたぞ。金色 響 ”
それは。
いつかに聞いた、懐かしい声だった。
だがどうしても視界は真っ暗で、その姿を拝むことはできない。
“以前に増して逞しくなったな。白銀 轟 ”
二体が僕たちの名前を呼ぶ。
と、
徐々に視界が回復してきたのがわかった。
目にしたのは金と銀。
ともに戦った伝説のポケモンの姿だった。
「ホウオウ! それにルギアも 」
その名前を呼ぶ。
戦後、二体は僕たちの前から姿を消した。
もともとそういう契約だ。
奴らを地上に束縛する理由もない。
「久方ぶりだな。で、どうしてこの空間に俺たちを呼び出したんだ? 」
だからこそ、この再会には意味がある。
意味もなくただ逢いたいからという理由で逢えるほど、神様も暇ではないだろう。
“我々の役目は今この時終わったのだ。それを告げる為だ ”
「役目……? 」
“私たちは君たちを導くべく召喚された ”
“貴様達が正しい力を手にするように、とな ”
正しい力。
ロケット団の件もそうだろうが、イリスの言っていた今後世界に起こる危機への対抗策のことだろう。
そして僕たちは既にそれを手に入れている。
「オーバーリミットのことか 」
ポケモン達との絆。
それこそ僕たちの力に他ならない。
“そうだ。だが君たちのオーバーリミットは些か不完全だったのだ ”
「不完全……やはりそうだったのか 」
そう反応したのはノイズだった。
「ノイズ、気づいてたのか? 」
「薄々な。オーバーリミットの条件にあるポケモンと人との絆、いや一体化。あれに突っかかってた 」
ノイズがわざわざ一体化と言い直したのはきっと、そこに間違いがあるからだろう。
だが僕とバクフーンも、ノイズとオーダイルも完全な以心伝心を為しているはず。
本質的にも二人が似ているから。
似ているから…………あ。
「そりゃもう、バクフーンとお前、オーダイルと俺は本質的に一致した個体だ。だがな、その本質を、俺とヒビキは抹消していただろう? 」
そう。
この戦いでようやく気づいたことだった。
僕は僕自身を受け入れていなかった。
“そう、貴様たちの同調率は僅かに不十分だ ”
“だが君たちはもう悟ったのだろう? 自分というものを ”
自分を受け入れることが、最終条件というわけか。
“同調率100%、完全同調。今の君たちならできるはずだ ”
「完全、同調…… 」
初耳だ。
なのにどこか懐かしい響きだった。
なるほどこれはハジメの記憶か。
彼らもきっと、ホウオウ達に導かれたのだろう。
“さぁ、操り人よ。戦場へ戻れ。そして刮目させてみよ ”
扉が開く。
真っ暗だった世界に、白い光が射す。
白光はホウオウとルギアの躰を溶かしていく。
だが、奴らが姿を消す前に聞いておきたい。
「お前たちは……ルギアやホウオウはどうするんだ? 」
契約は終わった。
ならば、今度こそ地上にいる意味もない。
“役目は終えた。また監視者へと戻るだけだ ”
“ひとまずはお別れといったところだろうが、我々はお前たちを見ている。つくづく飽きさせるな ”
もう二度と会えないかもしれない神からの頼みだ。
引き受けない理由もない。
だから、二人揃ってニタリと笑い返事してみせた。
“忘れるな……金色 響、白銀 轟。私達が導き、君たちが辿り着いた。これまではただそれだけの物語なんだ ”
振り返る。
白い世界がすぐそこにまで来ていた。
語りかけてくるモノは背中に。
きっとこれからは自分たちだけで歩いていけ、ということなのだろう。
それでいい。
その解釈で僕らは満足だ。
少なくとも、僕たちが僕たちの意思で戦うには十分な動機になってくれる。
*
世界が戻る。
五感を取り戻すのに数秒。
その後は何の支障もない。
さて、今の僕たちになら出来るはずだ。
辿り着けるはずなんだ、その境地に。
「いくぞバクフーン!ハートゴールド!! 」
「俺たちもだ、オーダイル! ソウルシルバー!! 」
“波導孔、解放”。
メガエネルギーは人の心、ならばこそ僕の魂を変換させることすら可能。
想像しろ。
全身から魂を収束させる感覚。
流動する血潮に乗せて、僕の躰を循環する波導を。
“憑依、解除”。
これは僕たちの力だ。
英雄ハジメの助力は、逆にこの工程の失敗を招くだろう。
僕とバクフーンの魂だけで完遂させる。
“波導線、射出”。
収束させた力を、今度はバクフーンに向けて放出する。
その様はメガ進化と近似していた。
飛び出した無数の糸が空中を駆けていくのが見える。
“接続、完了”。
ここまでは以前と同じ、問題は────。
「凄い……なんだよ、これ。前とは全然違う。心がバクフーンに溶けていく感覚 」
「いいや、心だけじゃない。神経も……肉体も……俺の全てが、オーダイルと
────ひとつになる!! 」
“君は今、ポケモンリーグへの第一歩を踏み出した。これからも頑張ってくれ ”
“負けた……ふっ、この手に残る感覚。きっと忘れないよ ”
“……いいバトルやったわ! また、お相手をお願いできる? ”
“そのありのままの君を、僕にぶつけろ! ”
“さあ、継承の儀式を始めましょう ”
“ヒビキ、見たところお主はメガシンカに頼りすぎだ。そのため力に振り回されていた ”
“話をするよりも、バトルの方が熱く語り合えることでしょう。さぁ始めましょう ”
“さっきのバトルを見てもまだ戦うの? ”
“四天王の本当の怖さを確かめるがいい! ”
“貴様とポケモンの絆、確と見せてもらった。自信を持って、次のバトルへ挑むがいい ”
“少年よ……倒れたものの分まで存分に闘え! ”
“強いポケモン、弱いポケモン。そんなの人の勝手。本当に強いトレーナーなら好きなポケモンで勝てるように頑張るべき。あなたはそれを理解しているわ ”
“私よりあなたの方が地方を率いる器じゃないかしら? それに……見届けたくなったのよ。あなたと白銀 轟の闘いを ”
“君と決勝リーグで戦えることを……楽しみにしているよ ”
“金色 響、貴様の求める答えはいずれ解る時が来る。だから今は…………答えより先を行け ”
────今までの冒険、僕たちの闘い。
その果てに得たもの。
これがその答えだ────────ッ!!
「「
“オーバーリミット”ッ!!!! 」」
風が吹く。
神速をも凌駕する風。
否、もはや風ではなかったのかもしれない。
ただこの躰を殴る……
……いや、これが風かなんてのはどうでもいいのだ。
答えを出したところで、何が変わるわけでもない。
ただそれは追い風ではなく向かい風で。
まるで僕を拒んでいるかのようだった。
僕が出さなければならないのは、この風が吹いた理由だった。
一体、何に対しての向かい風なのか。
その答えも僕は知っていた。
ここからは、“本当に僕だけ”しか進んではいけない。
ハジメの力に頼っていた頃の僕には、逆らえない風だ。
だが今は違うのだ。
僕は金色 響であり、唯一無二のバクフーンの相棒だ。
だから────────。
全身全霊を以って身を乗り出した。
視界は燃え、肉体は崩れていく。
けれど確かにあるこの意思は、決して変わることをしなかった。
逆にいえばそれ以外は崩壊した。
消失した、の方が正しいのかもしれない。
ただ言えることは。
「消えた? いや、ポケモン達と一体化したの? 」
僕がバクフーンだってことだ。
「あれが、本当のオーバーリミット……辿り着いたのですね 」
観客席のカトレア達は優しい目でその光景を見守っていた。
『これが僕たちの境地、か 』
“バクァ! ”
自分の掌を眺めて実感する。
五感の全て、肉体も全て一体化した。
人とポケモンの壁を僕たちは超えたのだった。
『まさに一心同体、だな 』
“オゥダァ ”
対峙する炎と水。
2体の人獣は既に、互いの隙を計っている。
それはあの日と全く同じ光景だ。
だけどあの日と全く違う心情だ。
『いくぜ、ノイズ。僕たちの全てを受けてみろ! 〈ギガインパクト〉!! 』
重い足で大地を蹴り飛ばす。
腰は低く、敵の胸元だけを目掛けて一直線に駆け出した。
『来い、ヒビキ。俺たちの全力でお前達の全てを叩き伏せてやる! 〈ばかぢから〉!! 』
ただ構えるだけの青い塊。
そこに迫り、強烈な一撃を見舞わせてやる……!
“バグァアッ………………あ ”
だが一撃を見舞わされたのは僕の方で、無防備になった懐にさらにもう一撃を受けてしまった。
すると、殴られたところから体が凍りついていく。
みるみるうちに手足は動かなくなってしまった。
だが。
『〈れいとうパンチ〉……これで動けないだろ──────── 』
『────せぃやぁっ!! 』
不意の衝撃。
頭部に響く痛みに、オーダイルは蹌踉めきながら後退していく。
なんだ、と言わんばかりに目を見開きこちらを見る。
だから僕は自慢げに答えてやった。
『へっ、どうだ! ウバメの森で習得した“頭突き”だ!! 』
『ぐ、それはポケモンの技だ。なんでお前が習得してるんだよ! 』
呆れたといった具合にノイズは訴える。
この技のおかげで、僕はヘラクロスと出会うことができたんだ。
『色々あって────な! 』
火炎を飛ばす。
〈かえんほうしゃ〉は地を這い、オーダイルを目指す。
『くっ、〈ハイドロポンプ〉!! 』
それも相殺。
あの敵の放った水によって、炎は虚しく煙を残しながら消されていく。
だが、その煙に紛れて僕は彼の間合いへと入り込んでいた。
そして渾身の一撃をその腹へと突き出した。
『〈きあいパンチ〉ィ!! 』
────躱せない。
奴が気づくのは明らかに遅かった。
そして、両腕を以っても防御は間に合わないだろう。
故にこの拳は確実に当たる。
筈だった。
『な──── 』
躱されたわけでも、奴の両腕に止められたわけでもなかった。
考慮していなかった第三の腕が、拳を受け止めていた。
────“逆鱗モード”。
形状変化させて腕と為す。
聞いてないぞ、そんな……芸当。
『ぶっ飛べ〈ばかぢから〉!! 』
腕を捉えられ、無防備になった躰に一打。
強烈な拳が穿つ。
“バ、グァア……ァア!! ”
『ぐ、まだまだだ……〈ギガインパクト〉!! 』
『全然ひるまねぇのな。喧嘩殺法かよ!! 』
倒れればまた立ち上がる。
そして、闇雲にも敵へと一直線に突っ込んでいくのだ。
『っ、躱された 』
無論、そんな攻撃に当たりようなど端からない。
『オーダイルを甘く見るなぁッ!! 』
火を吐くような龍拳の叩き落とし。
意識さえ吹き飛ばす威力で、それは迫る。
“ガァ………ァァアアア ”
一体何秒無意識だったのか。
我に返った頃には、這い蹲ったバクフーンの躰にオーダイルが乗りかかっている。
『ここなら頭突きの間合いじゃないな。〈ハイドロポん──── 』
『くっ、〈ふんか〉だぁぁァア!! 』
奇声。
自分を抑えつける巨体に、ありったけの炎をぶち撒ける。
“オ────、ドァ────!? ”
追撃。
途絶えかけた意識を掻き集めて、ひたすら殴った。
殴り、殴り、殴り、殴って、殴り飛ばす。
『チィっ、未だにそんな威力が出せるか。どこまでもしぶとい奴め 』
これでもかと言うくらいに殴ったというのに、それでも効かない。
この攻撃は致命傷にすらなり得なかったのだ。
『生憎、負けず嫌いなんでね 』
“バグァッ! ”
『ふっ、その痩せ我慢がどこまで続くかな。〈ばかぢから〉!! 』
────敵が迫る。
ただの反撃も、ただの防御も、回避も。
全て見透かされている。
僕が奴に勝つということは、奴との読み合いに勝つという事。
『そこダァッ!! 』
隙をついた。
敵の懐に〈きあいパンチ〉を突く。
『ふっ 』
不敵に笑う。
ああ、なんでこうも攻撃をとうしてもらえないものか。
警戒が強すぎる。
隙はあるようにみえてない。
奴のそれは罠でしかないのだ。
『くっ、頭に来たぞ。〈ギガインパクト〉!! 』
再び────重たい足で地を蹴る。
腰を沈め、敵の胸元だけを目掛けて一直線に駆け出した。
『意外と単純なんだよな……お前 』
突き出した拳がノイズの目前で停止する。
敵の〈れいとうパンチ〉の方がはるかに先。
躰中が再び凍りついていく。
『く、そりゃぁ!! 』
まだ凍ってない部位を思い切り反り返し、全力で頭部をぶつける。
渾身の頭突き。
それもまた、何らかの力によって停止させられたのだ。
『……二度も食わねぇっての!! 』
オーダイルの三本目の腕はこちらの頭部すら抑え、〈ハイドロポンプ〉を放つ……!
“フ、グァ────グァァア! “
何メートル突き飛ばされたのか。
胴が千切れてもおかしくないほどの衝撃。
奴の攻撃の全てがその威力というのだから、話にもならない。
『ぐぁ…………はぁ 』
だけどどうという事はない。
痛いことに変わりはなけれど、僕は実際に腕が千切れる痛みも知っている。
それにくらべれば比喩程度の痛みは。
……ゆっくりと敵が迫る。
嗚呼、読める。
こいつの行動が、隙があるのなら今しかない。
『そろそろ限界か? 〈れいとうパンチ────ぐはぁ!? 』
突き出された拳の外側。
ひと回り大きく拳を振るう。
ノーガードの奴の顔面に、ようやく一撃を浴びせることができた。
『パターンが読めるのはノイズも同じだよね 』
『くっ、だぁ……ここでクロスカウンターかよ 』
頭突きは警戒できても、これは想定外だったようだ。
よし、一手を取った。
だがこれで終わりじゃない。
思考と防御は今ので少なからず崩したはず。
ならば、一気に畳み掛ける……!
『へへ、ぶっ飛ばすッ!! 』
〈かえんほうしゃ〉を撃つ。
今度は“焼く”のではなく、“飛ばす”イメージ。
幾ら“逆鱗モード”で熱を凌いだって、突き飛ばされれば元も子もないだろう。
地面に突き刺すように踏ん張った脚も保たない。
オーダイルの図体は一挙に壁まで飛ばされた。
“ダ、ァ………… ”
声を漏らす。
体が上手く動かなかったのか、オーダイルは数秒地面に這いつくばっていた。
そして深呼吸を一回挟んで、僕の方を見つめたのだ。
『──────── 』
それが合図だった。
体勢を整え再び静かに対峙すると、何も語らぬままノイズは拳を構えた。
『〈れいとうパンチ〉…… 』
電撃のような光。
それを宿した拳は、僕を凍結させんとしているのだ。
だが構えど、攻撃を仕掛けてはこなかった。
もはや僕たちの中ではそれが普通なようだ。
これが最後になるかもしれない……。
だとすれば、あちらの全力をこちらの全力で凌駕しなければならない。
それこそがこの約束の真意のはずだ。
だから────────。
『……〈きあいパンチ〉! 』
闘魂を収束させる。
アレに太刀打ちするための一打。
生半可な気合いではきっと足りない。
僕たちの全身全霊を、そこに。
『〈ばかぢから〉!! 』
脚を踏ん張るオーダイルの残像。
既に奴は地上におらず、 龍の如く天に君臨していた。
それで終わりかと思えば、翼を生やしさらに飛躍していくのだ。
あれは、あれも“逆鱗モード”か。
見下ろされた。
凛としてなお睨むように、その瞳はここまで来い、と訴えている。
『──────── 』
それは何と例えるべきか。
隕石、否────龍星か。
真っ青な空からそいつは落ちてくる。
真っ直ぐ、僕とバクフーンを目指して。
『〈ふんか〉!! 』
それに向かい討つように飛躍する。
背後には射出したマグマの熱があった。
だがそれ以上に、背中に暖かいものを感じる。
“バグァ……! ”
『ああ……コトネ、か 』
コトネだけじゃない。
僕の勝利を、帰りを待つ人たちが僕の背中を押しているんだ。
それは炎の熱なんかよりも強く、優しい。
これがあればどこまでも飛んでいける気さえする。
はて、どこまで飛んでいこうか。
『…………………… 』
そう思って前を見たら、ある背中が見えた。
それは僕がずっと追いかけてきた背中で。
この世界に溶けて消えていった背中だ。
凛とした姿に後悔はない。
ただそこに背負ったもので僕へと訴えかけてくる。
俺を越えていけ、と。
僕の追い求めてきた答えはもうこの手にある。
だから躊躇いなどなく、その背中を追い越す。
笑顔を残して奴の影は消えた。
その先に、同じ瞳で僕を見つめる友がいた。
『〈おんがえし〉ィイ────!! 』
龍星はさらに勢いを増す。
それを目前にしても、もう迷うことはなかった。
『〈ギガ、インパクト〉ァァアアア!! 』
さらに力を収束させる。
この背に担った熱気さえ、光に変えていく。
僕が紡いできたもの。
彼が紡いできたもの。
それらがどのような結果を生むのかは、僕らにもわからない。
これが最後の闘いになるのかさえも、不確定なままだ。
それでも確実に言えるのは────

────これが僕らの全力ってことだ!!
光に包まれた。
互いに確かに懐を穿たれた。
その大ダメージのせいか、融合は解かれていく。
ゆっくりと、全身から熱が追い出されていく感覚。
焼き付いた痛みも皆無とまでいかないが、緩和される。
「ぬ、はぁ…………く 」
脱力した。
危うく意識まで追い出してしまうところだった。
気を抜くのは早い。
二体のポケモンは依然、戦場に取り残されたままである。
決着はついていない。
「……づ、オーダイル〈れいとうパンチ〉 」
無理矢理に声を出し、指示を出すノイズ。
それだけで疲労困憊なのが十二分にわかった。
尤もそれは僕も同じで、気を抜けばあの日のようにすぐ眠りについてしまうかもしれない。
「く、バクフーン〈きあいパンチ〉 」
それでも。
疲れを振り切って指示を出した。
ポケモン達も満身創痍。
決着はすぐなはずだ。
だからと言って諦めなどしたら、ノイズな怒られるに違いない。
『オ、ダァ…… 』
オーダイルが倒れる。
あのしっかりとした脚でも、重たい図体を支えるに悲鳴をあげるか。
だがチャンスだ。
ゆっくりではあるが、無防備なオーダイルへと歩み寄り一撃を────。
『バ────────、グァ!? 』
何ともないように水獣は振り向いた。
罠だと気付いた頃には遅い。
突き出した拳のさらに外側から、オーダイルの拳がバクフーンを突き飛ばす。
「へ、クロス……カウンター 」
してやられた。
特訓などしてなかったろうに、あのリスクの高い技を目だけで盗みやがった。
『クァ──────── 』
脚が言うことを聞かない。
倒れ込んでしまったバクフーンは立ち上がれなくなっていた。
このままでは駄目だ。
「立てよ、バクフーン……まだ出来るんだろ。オーダイルも待ってるんだ 」
見下すような瞳。
それで以ってノイズは招いた。
「バクフーン…… 」
炎獣は立ち上がった。
意識が戻った途端、手足は言うことを聞いてくれた。
勢いよく起き上がった体はまだ動く。
さっきまであんな状態であったのに、勇み立って立ち上がれるのは不思議だが、今はそんなのどうでもいい。立ち上がれたのなら、あいつに勝たなきゃならない理由がある筈だ。
『ば、クァ……フゥァァアア!! 』
獄炎がバクフーンを包み込む。
奴の特性“もうか”だ。
放出した炎はなお強く、熱く燃え上がっている。
「つくづくしぶといな……この状況でまだ立ち上がるか 」
「ふっ、そろそろ……終わらせようぜ。バクフーン〈ギガインパクト〉っ!! 」
その声に応えるように、炎が揺らいだ。
だがそれはバクフーンのものではない。
今まで僕らが受け取ってきた、色々な人の熱い気持ちが憑依している。
『バグァ! バグァッ! バグァアッ!! 』
バクフーンは駆けていく。
僕はその背中を眺めて、ふと最初の戦いを思い出した。
そういえばあの戦いの幕を切ったのはヒノアラシの〈たいあたり〉だった。
あの小さな背中が、今ではこんな姿で僕の目前にある。
「そうだな……! オーダイル〈ハイドロポンプ〉ッ!! 」
『オゥア、ダァァァアイ!! 』
あの戦いの時は、こっちの攻撃を躱されてワニノコの〈みずてっぽう〉を食らわされたんだっけ。
だが今度は奴は躱さない。
正面から僕らに太刀打ちする。
「終わらせる! この闘いを────僕たちの闘いを 」
最後の攻撃が交わった。
互いに瀕死寸前で、非力な攻撃だ。
だが決して今までに劣ることのない“僕らの全て”だ。
迫合いは激しい。
オーダイルの〈ハイドロポンプ〉も特性“げきりゅう”で強化されている。
「ヒビキイイィィィィィィィ!!!! 」
「ノイズウウァァァァァァァ!!!! 」
裂帛の気合いで、互いの名を叫んだ。
それがポケモンにも届いたか。
鬩ぎ合いはさらに激化していく。
────風が吹いた。
最後の攻防が終わり、沈黙の戦場に残ったのは自然の音だけ。
二体は背中を向けて立ち尽くしていた。
ただ審判を待つ時間はきっと、それほど長いものではなかったのだろう。
が、僕らにとっては何よりも長い時間だった。
「負けた、か 」
少年は言った。
その結果を悟ってしまった。
だが特に後悔もなく、やりきったという満足感だけはあったのだろう。
笑っていた。
ノイズの言葉通り、オーダイルの身体はズシリとフィールドに横たわった。
「お疲れ様だ、オーダイル 」
モンスターボールに戻す前に、ノイズはオーダイルに歩み寄り、その身体を撫でた。
「勝った…… 」
実感がなかったのだ。
終わったと思えば、眠気が襲いかかってくる。
緊張を解くわけにもいかず、固まっていた。
ともあれ、僕はノイズとの闘いに勝ったんだ。
「ったく、今回はお前の勝ちだよ 」
ノイズはゆっくりと歩み寄る。
歩き方からも、かなりの疲労が伝わってくる。
「ノイズ、歩いて大丈夫か? 」
「他人の心配する前に自分の心配しろっつーの 」
確かに僕もかなりヤバイ。
というかノイズとは大差がないだろう。
それでも他人の心配というのは、したくなるものなのだ。
「ともあれ、太陽はお前だ……必ず優勝しろよ 」
そう言って肩を叩くと、ノイズはそそくさと退場していった。
きっと脚が限界だったのだろう。
かく言う僕もかなりまずい。
部屋に戻ってしっかりと休息を取るとするか。
*
「とは言ったものの…… 」
落ち着くわけがない。
先ほどまであの戦場に立ってポケモンとなり戦っていたのだ。
新鮮というか、なんとも奇怪な体験だ。
すぐ飲み込める筈もない。
この調子では明日が心配だ。
「……気晴らしでもするか 」
部屋から出て、さらに建物の外へ出た。
夕日が射すセキエイ高原の自然は心を癒すにはちょうど良かった。
尤もそれも後付けのような気がする。
「ヒビキ…… 」
声がした。
誰よりも優しく僕の名を呼ぶ、彼女の声がしたのだ。
「コトネ………… 」
今度は僕が彼女の名前を呼んだ。
優しく、丁寧に。
「私、ヒビキがバクフーンと合体したのを……まだちょっと信じられてないの 」
ベンチに隣同士に座り、されど互いのことは見ずにただ前を向いて話した。
正直なところ、顔を見るのは気恥ずかしい。
「ううん、きっと信じたくないの。なんだかヒビキがどんどん遠くなってるような気がするから 」
でも声だけでコトネがどんな顔をしているのかわかる気もする。
誰にでもわかる、とても寂しい声だった。
「ポケモンに
嫉妬を感じてしまうのもどうかとは思うけど、この世界は本当に広い。私が知り得ないことだらけ…… 」
それはコトネが旅の初めに気づいたことだ。
ポケットモンスターの世界は広大で。
謎だらけで。
研究の資料なんかでは語りきれないものだと。
「でもそれでもわかったよ。ヒビキに私の気持ちが届いてたのは 」
まだ顔は見れない。
今見れば怒られそうな気さえした。
コトネのこの気持ちがあったから。
それが僕に届いたから、僕はノイズに勝つことができた。
自分の気持ちと向き合って気づけたことだ。
ずっと僕を支えてきてくれた存在。
ずっと僕の帰る場所であり続けてくれた存在。
僕はそんなコトネの事が……。
「コトネ、僕──────── 」
「待って!! 」
だけど、告げたかった言葉は遮られた。
同時に右手が優しい温もりで包まれる。
その時ようやく、コトネの顔を見ることができた。
「待ってるから……勝って帰ってきて 」
それは何よりも優しい笑顔で。
決して手離したくないと思えた。
今思えば、ここで思いを告げようなんてのは気分が高揚しているせいかもしれない。
箍が外れているんだろう。
例えここで告げてしまえば、僕は次の試合に勝つことができない。
これは、一つの確信だった。
「……わかった。必ず優勝して帰ってくるよ 」
包まれた手をひっくり返し、今度は僕が包み込む。
彼女の願いに応えるように。
夕日のせいか、彼女の顔が赤く見えた。
そんな彼女の手はとても温かい。
「約束だよ? 」
手が離れた。
凄く惜しく感じたが、それもひと時。
今度は指が結ばれた。
「指切り拳万、嘘ついたら針千本飲ーます。指切った! 」
御呪いが終わっても、コトネは小指の結びを解こうとはしなかった。
コトネも惜しかったのだろうか。
小さな指同士で、互いの繋がりを感じようとした。
「……ありがとう、コトネ。今ので調子が戻った気がするよ 」
もう顔は見れない。
きっと僕の顔もコトネと同じくらいには赤いはずだ。
「そっか……なら早めに部屋に戻った戻った。決勝は明日なんだから! 」
小指がきつく結ばれる。
嗚呼、きっともう終わりなんだろう。
名残惜しいから、強く結んだんだろう。
最後に…………交わしておきたかったんだろう。
「ああ…………“また明日” 」
「うん……“また明日” 」
それが合図だった。
最後の繋がりさえ解かれて、僕はコトネから離れていく。
振り返ることはできない。
そんなことをしたら、またあの温もりへ帰りたくなってしまう。
でもそれはできない。
約束をしたんだ、守らなくちゃ。
「いいのか? 思いを伝えなくて 」
建物内に戻った途端、横から声をかけられた。
「盗み聞きとはいい趣味だよ……ノイズ 」
それは先程、僕と死闘を繰り広げた親友の声だった。
「たまたまお前達と考えが一緒だっただけだ。さっきまでユメカだっていた 」
「ユメカも? 」
「泣きじゃくってたよ……でも嬉しそうだった。自分がこんなにも他人の事で感情的になれるなんて、って仰せられてたな 」
ユメカも、初めは海の民としての使命でジョウトに来たと言っていた。
カトレアの側近としても頑張ってはいたが、彼女の笑顔が豊かになったのはノイズの側だ。
「そうか…… 」
自然と、二人に自分たちを重ねる。
僕たちが出逢ったのはカロス地方の空港だった。
あの時すでに、運命は感じていた。
でもその感情がなんなのかはわからないままで。
二ヶ月後に、再会した。
研究所に入って真っ先に目に入った。
あの帽子がなくても、わかった。
それから一緒に旅をして……このジョウト地方を回って。
「で、いいのか? 好きなんだろ……コトネの事 」
好き、それがきっと本心だ。
今更否定する理由もない。
「ああ、でも言おうとしたらコトネに止められた 」
「止められた? 」
「見透かされてた。僕はノイズとの闘いで気分が高揚して、箍を外していたんだ。でもこれで、優勝しなきゃならない理由ができた! 」
ノイズの闘いを乗り越えられたのは、コトネの声援もあったし、ツルギさんとの約束もあった。
でもツルギさんとの約束の先には、何もなかった。
勝つ理由も、全部自分の為だ。
それでいいのだろうけど、十分なのだろうけど、足りなかった。
でも理由ができた。
やりたい事ができた。
やらなければならない事ができた。
それはもしかしたら、勝つ事以上に自分勝手な望みかもしれない。
それでも、コトネに約束したから。
「僕は優勝したら、コトネに告白する 」
勝って帰る。
そしてこの気持ちを伝える。
「優勝、できなかったら? 」
ノイズがそう言った。
確かにそうなれば気まずくもなる。
別に勝てなかったからと言って追い返すほどコトネは強情じゃない。
でもそれでは締まりが悪い。
勝てなかったらどうするかと言われれば、どうしようもない。
でも。
「そんなの考えてたらコトネに怒られる。それにお前だって、怒ってくれるんだろ? 」
勝たなきゃならないのなら、勝たなきゃならないのだ。
それが約束というものだ。
「…………そうだな。だが水無月 劔は強敵だ 」
「それでも勝つよ。もう僕一人の勝敗じゃないんだ 」
「…………そうか 」
僕の言葉をノイズはしっかりと受け止めてくれた。
親友として、ライバルとして。
「なら早く部屋に戻って休め。疲れただろう? 」
「ああ、そうさせてもらうよ 」
立ち去る僕の背中をノイズはただ見つめていた。
何も語らぬまま、見ていた。
それに気づいても振り返ることはない。
僕はしっかりとした足運びでその場を後にした。
*
部屋に戻ってベットに飛び込む。
疲れですぐ眠りにつくと思ったが、やっぱり落ち着かない。
「コトネ………… 」
右手を翳す。
まだ彼女の手の温もりが残っていた。
あの優しさに、コトネが僕に与えてくれた優しさに応えたい。
「絶対に帰るから………… 」
きっとコトネも気づいているだろう。
僕が気づいているように、コトネも。
それでも言わなきゃならない言葉がある。
僕の口から伝えなければならない。
その為には勝たないと。
明日の試合に勝たないといけない。
勝って帰らなければならない。
そう、帰るんだ。
僕は絶対に帰って見せるんだ。
僕にとっての
────大切な居場所に。