ポケットモンスターANOTHER








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― 金色の悪魔
記録51. 奇術師と支配者

少年は言った。
過去こそ強さの糧だ、と。
きっとそうなのだ。
白銀 榊の理想を叶えることだけを考えて、誰もを従える力だけを望んできた。
仮にその末路へ辿り着いたとして、そこは決して理想郷ではなかっただろうに。
今では悔やんでいる。
そんなこと、もっと早くに気づいていれば、もっと沢山ポケモンを愛せていただろう。
でもそんな俺だったからこそお前に出会えた。
お前と闘い、その真髄に見えたものを信じることができた。
あの過去があったからこそ今俺はここにいる。
そう思えば……悪くもない。
お前は俺に“優しさ”を教えてくれたんだ。
「──────────── 」
空を見上げていた視線を下ろす。
すると、地を見下げていた金色の瞳がこちらを睨んだ。
ついにここまで来たんだ。
もう迷わない。
俺は己のバトルを貫いてみせる!


────コガネ刑務所、面会室。

「今回の事態は、私の願望を間違って汲み取ってしまった部下たちによるものだという話に落ち着いた。実際、私が命令していないような事も、ひとつふたつで済ませないほど起きていたらしい。罪は殆どアテナに擦りつけられ、私はボスとしての責任を問われただけ 」
「アテナに罪が擦りつけられた点について、お前は抗議しなかったのか? 」
「したさ。が、証拠がゴマンとあった上に、彼女が全部肯定してしまったらしい。元々私やサカキ様への忠誠だけで動いていたんだ。それに私がもっと早く気づいてやれば…… 」
「──────────── 」
私の口から出るのは自分に対する悔いとそれに対する苦しみだけだった。
アテナは無期懲役。
本当なら今すぐその罪を肩代わりしてやりたい。
「私は太陽になれなかった……リーダーになるべきではなかったのかもしれない 」
「ならお前の罪滅ぼしはどうするんだ? 未来への希望は……太陽は 」
「彼らに委ねるさ。彼らなら必ず世界を導ける。私は稚拙すぎた……若蔵の彼らの方が人の本質を理解している 」
「お前は、彼らの正義について行くと? 」
「ああ。勿論、お前もついてくるんだろう? ランス 」
「無論だ。私はサカキ様の意志を継ぐノイズ様に忠誠を誓ったのだから 」
全幹部と部下には自首させた。
逃げたりした者もいたらしいが、ともあれロケット団は壊滅。
否、元よりそれが望みだ。
ただランスだけは自首しなかった。
いや、させなかった。
したところで、改造人間だった彼の罪がどうなるかはわからないが。
ヒビキの話によればこの後世界に危機が訪れる。
今はその時に備えて、せめてランスだけにでも動いてもらわねばならない。


────ポケモンリーグ会場、観客席出入口。

「まさか君がわざわざ僕を呼び出すなんてね、エリス 」
「悪いけど仕方がないのよ。これから起きる事態は私やアースだけでは解決できない。貴方にも協力してもらうわ……タクト 」
男は不気味に微笑んだ。
「ふっ、それで僕に見てもらいたいのは誰だ? 」
「取り敢えず彼を調べてくれるかしら…… 」
「要件は? 」
「────────よ 」
「…………なるほど。いいだろう 」


────観客席。

「ふぁわ、コトネさん…… 」
「カトレアさん! もう大丈夫なんですか!? 」
「ええ。充分に寝ましたから……眠い
本当に大丈夫なのだろうか。
「一番心待ちにしていた勝負を見逃すわけには……はわわ 」
「……寝過ごさないようにお気をつけて下さいね 」

「良かったのですか? お嬢様の下におられなくて 」
「私の責務は終わった。無論、一緒にいる時間に嫌悪を抱いていたわけではない。ただ、この勝負だけは駄目なんです 」
「それは何故? 」
「コトネは間違いなくヒビキを応援するだろう。その気持ちは私が一番よく知っている。カトレア様は傍観者だから、どちらの応援をするわけでもなく見守っているだけだろう。
それなら問題はない。だが、私は……ノイズを応援したい 」
「──────────── 」
「別に勝敗によってコトネが私たちに嫌悪を抱くことも、私がコトネたちに嫌悪を抱くこともないだろう。ただ、ずっとカトレア様の側で傍観していた私には、彼の勝敗によってどのような顔でコトネと話せばいいのかわからないんです。だから…………その為にも 」
「ひとりの時間が欲しい、と? 」
「──────────── 」
「分かりました。失礼します 」
コクランはその場を去ろうと足を踏み出した所で思い出したように止まった。
「…………私がいない間、カトレアお嬢様の側で責務を果たされた事を心より感謝しています。お勤め御苦労様でした 」
「……これから、カトレア様をよろしくお願いします 」


────バトルフィールド。

「………… 」
荒野を踏みしめて前へ進む。
向かうのはこのバトルの中央だった。
それを見て、奴もこちらへと歩いてくる。
途中に審判の顔をチラ、と窺ってみるが、ありがたいことに黙って俺たちを見守るつもりだそうだ。
やがて────ピタリと足音が止まる。
トレーナー二人は、やがて戦場に成り果てる荒野の真ん中で対峙した。
満面の笑みで俺は握り拳を突き出す。
ヒビキはそれに応えるよう拳を当てて。
「……約束、守ったみたいだね 」
と、言ってのけた。
「ふ、そちらこそ 」
何故だろうか。
言いたい事は山程ある筈なのに、それも今でなくていいと思えた。
拳を当てたらすぐさま互いに背を向け、中央から遠ざかっていく。
「それでは両者、ポケモンを 」
頃合いと見たか、審判は透き通った声で指示を出した。
「オーダイルっ──── 」
俺はおおあごポケモン・オーダイルを繰り出した。
「……オーダイル 」
それを見て何を思ったか。
対してヒビキはかざんポケモン・バクフーンを繰り出した。
「戦闘────────開始!! 」

ノイズ<トレーナー>VSヒビキ<トレーナー>

「いくぞ! オーダイル 」
対峙する炎と水。
2体の獣は既に、互いの隙を計っている。
そう、すでに勝負の幕は開かれている。
二体は個々のトレーナーの指示を待っているのだ。
「バクフーン、お前がこれまで培ってきたモノ……ここで全て曝け出せ 」
『バグァッ 』
少年の声に応えるように炎獣は頷く。
そうして互いに準備を整えるも、依然相手を見据えたまま。
何も語らず、何も動かず。
ただ時計の秒針が時間を刻んでゆくばかり。
「…………こうしてても仕方がない、だろう? 」
「……あぁ、そうだな 」
再び構え直す。
二体が繰り出されてから何分経っただろうか。
ようやく、その沈黙が斬られた。
「────バクフーン〈ギガインパクト〉 」
言葉とともに疾走する炎獣。赤い弾丸が風を斬る。
2体の間合いは2・30メートル、獣が走れば刹那もかからない。
なるほど、そう来たか。
釣りあがった俺の頬に、オーダイルは微笑して。
「躱せ! 」
舞い上がる施風。
────間一髪、水獣は突進してくるソレから飛び退いた。
だが次の瞬間には、水獣が攻撃を仕掛けている。
「〈ハイドロポンプ〉!! 」
『グ────、ア!! 』
放たれた水の弾丸がバクフーンを殴る。
「バクフーンっ 」
コトネはその光景を唖然と見ている。

「このバトルって……… 」
「どうしましたか? コトネさん 」
映像や資料で見るものなどとは違う壮絶な戦い。
それは旅の初め、彼女に“ポケモンバトル”を教えた時の戦いを模していた。
旅の中で私が見てきた世界は、今ここに再現している。

炎獣はすぐさま立ち上がり、体勢を整えようとする。だが、畳み掛けるオーダイルがそれを許さない。
「オーダイル〈れいとうパンチ〉だ! 」
先程の攻防で間合いは離れてる。
こちらが接近戦に持ち込むまでの一瞬に、それを妨げる一手が撃てるだろう。
来るか、アレが。
「バクフーン〈かえんほうしゃ〉 」
烈火怒涛────灼熱の紅蓮が地を這う。
しかし水獣は攻撃を受け流し、炎獣の間合いへと踏み込んだ。
『ダァイッ!! 』
────オーダイルの一撃が炸裂する。
「バクフーンっ!! 」
少年がバクフーンを呼ぶ。
水獣の拳で切り裂かれた体は動こうとしない。
「ふっ、なんだこの程度か? 」
嘲笑。呆れたような口調でそう言う。
俺が求めているのはそんなものじゃない。
あの時のお前を見せてみろよ、響!

俺の言葉に応じるかのように、少年は
覚醒(めざ)めた。
それは────そう、闘志に宿る炎のような……。
想い……絶対に勝ちたいという想いが、勝たなければならないという宿命が、バクフーンと奴に戦う力を与えている。

「まだだ…… 」
「っ──────── 」
少年は立ち上がった。
勢いよく起き上がった体は依然よく動く。
「……ようやく火がついたか。全く長い茶番をやらせやがる 」
「なんだよ……ならバトルはもう終わりってことか? 」
「戯言を…… 」
あいつに負けるわけにはいかない。
俺たちはただ────勝つだけだ!
「ここからが本番だろ
────オーダイル〈ハイドロポンプ〉!! 」
『オォダァアアアイ!!!! 』
「バクフーン〈かえんほうしゃ〉!! 」
『バッグァァアアア!!!! 』
視界が光に染まる。
ぶつかり合う炎と水。
爆発と爆風が二体を襲う。
「バクフーン〈ギガインパクト〉っ!! 」
少年の指示に従い、炎獣は疾風の如く突進する。
舞い踊る風がさらに鋭い音を奏でた。
「っ躱せ────!! 」
水獣は咄嗟に後退する。
だが先程のようにはいかない。攻撃を躱された炎獣はさらに水獣へと間合いを詰める。
己の体を弾丸と成すように、その身すべてをオーダイルにぶつけにかかった。
────水獣は火の弾丸から逃げる。
しかし、水獣が疾風だと言うのなら炎獣は神風。敵に勝る速度でその身を投げつけた────!
『ダッ────ィ!!!! 』
攻撃を受けたオーダイルの飛距離は俺の想像を絶する。
勢いで体が壁に叩きつけられていた。
「くっ、オーダイル〈ハイドロポンプ〉!! 」
即座に再び放たれる弾丸。
炎獣も攻撃を避けきれない。
それでもなお立ち上がる闘気。
獣はまだ立っていた。
「〈かえんほうしゃ〉だ!!!! 」
烈火怒涛。それは炎というより、“熱い”という感覚に近かっただろう。“熱い”────。そう気づいた時には、
既にフィールドは燃え滾る炎に包まれていたのである。
互いに叫ぶ声もあの燃える炎の先には届かない。
聴覚は燃え滾る炎の音。触覚は熱。嗅覚は燃え尽きた灰の匂いに支配された。この場で味覚を除き使えるのは視覚。だがそれも、炎によって緋く染まっている。ただ唯一、その緋をも貫ける色彩。

────それは、少年の瞳が放つ金色の輝きと少年の友が放つ銀色の輝きであった。

「戻れ、バクフーン 」
「戻れ、オーダイル 」
同時。
二体は焼け野原から後退していく。
それは前座の終わり。
舞台の開演を意味していたのか。
互いに二体目を戦場へと繰り出す。
「いけっ、ノコッチ! 」
「頼んだぞ、ゾロアーク! 」
足踏み音とともに僅かな砂塵が舞う。
明らかに場の雰囲気が一転した。
「ゾロアークか。幻影は厄介だな 」
金眼が睨む。
警戒し、こちらの出方を伺ってる様だ。
なら躊躇う余地はない。
「来ないのか? ならこちらからいかせてもらう! ゾロアーク!! 」
化け狐の右腕が動く。
天に掲げられたそれは勢いよく地に叩きつけられ────
「〈ナイトバースト〉!! 」
崩れる。
その閃光に大地は悉く抉り取られていく。
浮き上がる地盤は波と成り果てノコッチに迫り来る。
「駆け廻れ! ノコッチ 」
「逃さない、〈かげぶんしん〉だ! 」
狐の影が標的の退路をひとつ塞ぐ。
なお迫る大地の波。
左右からはもう二体の分身。
「〈ナイトバースト〉だ 」
三体が掌に邪光を宿す。
退路は完全に絶たれたぞ。さぁ、どうする。

「ふっ 」
ニタリ、と。
あいつの頬が釣り上がる。
何か突破口を見つけたのか。
「────ノコッチ〈へびにらみ〉!! 」
ピタリ、と。
空間が停止する。
三体の分身は一時凍結した。
だが、波はまだ残ってる。
「〈すてみタックル〉で逃げ出すんだ 」
疾風の如く。
ノコッチは三体の間合いから離脱する。
なるほど、捨て身ならあそこからも抜け出せるわけか。
だが。
「────────────しまったッ! 」
気付くのが遅いぞ、ヒビキ。
三体から離脱してどうなる。
それはただの分身に過ぎない、ならばこそ本体は。
『ノグァっ 』
「捕らえた。言っただろう? 逃さないと 」
両手で、力強く掴む。
これで終わりだ。
「くっ、ノコッチ〈チャージビーム〉!! 」
「させるものかッ!! 」
左手でノコッチを地面に叩きつけ、右手に〈ナイトバースト〉を構える。
少しの抵抗も許さない!
「くたばれっ!! 」

爆音とともに砂塵が舞う。
煙が晴れると、こちらが視認するより先に審判が結果を告げる。
「ノコッチ、戦闘不能 」
歓声が湧く。
だが、俺達の中ではそんなもの無音に等しかった。
これでようやく一体か。
さぁ、次はどいつで来るんだ!?
「…………お前なら、出来るか? 」
問いかけながら、ヒビキはモンスターボールを突き出す。
大きく振りかぶり、繰り出したのは────
「ゲッコウガ、お前に決めた! 」
『コゥガ 』
蒼い忍びは戦場に降り立つ。
しのびポケモン・ゲッコウガ。
「ほう、ゲッコウガできたか。なら、より良い舞台を創ろう。ゾロアーク〈幻影“ビジョン(風景)”〉! 」
俺の指示でその情景は、唐突に。
気持ち悪くなるくらいに歪んでいく。
視界は紅く。
眼球が血に染まったのかと疑うほど紅く満たされていく。
「く────────なんだ!? 」
重力など変わりやしないのに、体が重たくなったり軽くなったりする。
何とか保てている意識もアベコベ。
何もかもが異様以外の何物でもない。
やがて視界は暗く、真っ暗になる。

「な──────── 」
その怪異から解放されて、ヒビキは驚きを隠せずにいた。
回復していく意識を基に視界を手繰り寄せると、そこは暗い森林だった。
「森…… 」
「そうだ。“惑わす者”と“忍ぶ者”にとって、いい舞台だと思わないか? 」
「確かに…………だが 」
警戒しているな。
奴のゲッコウガは分身を見分けることができる。
それを知ってなおのこのフィールド。
俺が何を企んでるか。
果たして、お前に読み取れるか────
「ゾロアーク〈ナイトバースト〉!! 」
「ッ────後ろだ! 」
悪魔の如く振りかざされた掌から光が射出される。
「速いッ!? 」
邪閃は背中を穿ち、ゲッコウガを突き飛ばした。
空中で体勢を立て直し、忍びは着地する。
「ゲッコウガの反応が……遅れた? 」
「続けて〈だましうち〉! 」
速攻で正面から標的に詰め寄る。
次に奴が取る行動はおそらく……
「〈つばめがえし〉だ! 」
ふたつの攻撃はぶつかる。
意地の張り合い鬩ぎ合い。
そこに優劣はなく、結果は相討ち。
だが、戦闘は終わっていない。
「ゾロアーク〈ローキック〉で蹴り上げろ! 」
「しまった──────── 」
効果抜群の一撃。
『コ……ガァ 』
ゲッコウガは難なく打ち上げられてしまう。
「立て直せ、急降下しながら〈みずしゅりけん〉だ! 」
「構えろゾロアーク〈ナイトバースト〉!! 」

爆音。
視界は濃い砂塵に覆われる。
そして砂塵が晴れても、ゾロアークだけは見えなかった。
「消えた!? 」
沈黙。
ゾロアークは姿を消した。
そして再び奇襲をかける。
『ゾルァア!! 』
「ッ────────また背後だ! 」
「な………… 」
間一髪、躱された?
まさかもう見切られたというのか。
「ふっ、そういう事か。このフィールド全体を殺気の森と化す事で、自らの殺気を無いも同然にしているのか。だからゲッコウガが感知できなかった 」
早速大当たりじゃないか。
どうする、まだ策はあるにはあるが。
「仕掛けるぞ、ゲッコウガ 」
『コゥガ! 』
「く、ゾロアーク!! 」
フィールドが殺気で満たされている故、相手の殺気もこちらにはわからない。
利用されてしまえば……ましてやゲッコウガなんかに。
「疾れ、ゲッコウガ! 」
ここで止める。
奴を仕留めなければ、殺気の扱いはおそらく、ヒビキの手持ちの中ではトップクラスの筈。
奴を抑えられれば────だけど。
「〈みずしゅりけん〉ッ!! 」
「〈ナイトバースト〉ッ!! 」
剣戟。
戦場と化した森林。
その中央で交わる二体。
だが。
「そっちの体力はそろそろ尽きるだろ? 次で決める 」
さらに疾走してくる閃光。
一歩踏み込むごとに、黒影は後退してしまう。
「ゾロアークッ! 」
「逃さない〈つばめがえし〉! 」
斬撃が疾る。
それのなんて速いことか。
嗚呼────先に仕留められたのはこっちであったか。
「ゾロアーク、戦闘不能 」
審判が下る。
「お疲れ様だ、ゾロアーク 」
倒れた黒狐をモンスターボールへと還す。
さてと、まぁ想定内だな。
元より、ゲッコウガには闘わせたい相手がいた。
こいつは……俺のポケモンであり、俺のポケモンではない。
何故、俺の手元に来たかはわからないが……おそらく、運命だったのだろう。
ならばこそ。
「いけっ、ブリガロン!! 」
『ロン、ガァァァアアア!! 』
とげよろいポケモン・ブリガロン。
「そいつ……まさか 」
「あぁ、サリナって奴との試合でもオンバーンと闘っただろ……“俺”のポケモンだ 」
『コウガ…… 』
ゲッコウガ、奴はおそらく、エックスとの闘いでここまで強くなれたのだろう。
越えていけ、師の壁を。
その勇姿を俺が悉く叩き伏せてやる。
「来い、ゲッコウガ! 」
「行くぞ、ゲッコウガ〈つばめがえし〉だ!! 」
閃光が迸る。
ひこうタイプの技はブリガロンにとって脅威だ。
防ぐほかない!
「ブリガロン〈ニードルガード〉!! 」
薔薇の盾が忍びの攻撃を弾き返す。
だが、それだけで済ますほど奴も甘くはないだろう。
「ゲッコウガ──────── 」
分かっているとも、追撃をさせるつもりだろう?
だが、俺がさせると思ったか?
「ブリガロン〈やどりぎのタネ〉 」
「な──────── 」
無数の蔓が奴の手足を拘束する。
これで身動きは封じたぞ!
「〈アームハンマー〉だ! 」
草兵は駆ける。
その一歩一歩はしっかりと。
『ロ、ァァァアアア 』
拳を叩きつける。
容赦なく振ったそれは、この上ないほどの衝撃を通しただろう。
『グ…………ァ、ゴァガ 』
ゲッコウガは意識を保っていられるのがやっとのようだった。
衝撃はそのまま忍びの躰を突き飛ばす。
奴を拘束していた蔓もそれには耐えられない。
草木は情けなく千切れ、奴の体は衝撃波とともに壁へと殴りつけられる。
効果抜群。
言うまでもない確かな手応えだ。
「く……今のは効いたな。ゲッコウガ、大丈夫か? 」
『コガァ! 』
大丈夫、か。
もしかしたら戦闘不能までいったのではと思ったが、程遠いな。
忍びなだけあって、忍耐力はズバ抜けてるようだ。
「反撃開始だ〈かげぶんしん〉!! 」
「な、フィールド中の水を操作して──────── 」
雑兵は増殖していく。
しかも奴らは水。
どれだけ倒そうと崩壊と再生を繰り返すだけだろう。
大元を叩く他ないが……
『コカカ、カカカカ 』
やはり分身は邪魔だな。
一瞬でもこいつらを一掃できればいいのだが。
〈ハードプラント〉では反動で動けない間に分身たちが回復してしまう。
本来、草木を成長させる水が、それらを妨げることになろうとは……
「────────いや、待て 」
そうだ。
本来ならば、そうあるべきなんだ。
永遠に崩壊と再生を繰り返す絶対的に可逆なもの。
そんなの俺の偏見じゃないか。
「ブリガロン〈やどりぎのタネ〉!! 」
「ッ────そうきたか 」
「ああ。喰わしてもらうぞ、お前の雑兵 」
くさタイプのポケモンにとって、水分は体力とほぼ等価だ。
ならばこそ、この技で吸収できる。
「奪わせない。喰われる前に喰ってやれ。ゲッコウガ〈みずしゅりけん〉!! 」
こっちが呑む前に収束していく。
あれだけの集合体になってしまうと、吸収は難しいか……。
大きい。
水が為す手裏剣は留まることなく大きくなっていく。
「構えろ、ブリガロン 」
『ロガァ… 』
「いけっ! ゲッコウガぁあ!! 」

解き放たれる。
圧縮された水が一気に押し寄せてくる。
あんなの……〈ニードルガード〉程度じゃ防ぎきれないぞ。
「く、こうなったら〈ハードプラント〉っ!! 」
渇いた大地から湧く巨大樹の根。
それが蛇のように地を這い、ブリガロンに集まり、奴を護る盾となる。
衝突。
全身全霊の激突。
それでようやく互角。
否、奴が勝るか。
『ロ、ロガァァァアアア!!!! 』
荒げる雄叫び。
樹木はさらに威勢を増す。
それで────────。

消滅。
巨大手裏剣と巨大樹木はともに木っ端微塵となった。
名残に、飛び散った水滴が雨になり、視界を曇らせる。
「ぐ、はぁ……はぁ…… 」
体力の消費がとてつもない。
戦っているのはブリガロンだが、トレーナーである俺までこんなにも疲れるとは。
やはりポケモンバトルは奥深い。
さて、これでブリガロンは動けない。
どうする? ゲッコウガ。
「ゲッコウガ────── 」
指示を出すヒビキの姿は黒い影としか捉えられない。
だがその影が一瞬、ニタリと笑った気がした。
、と。
「…………ッ 」
「────────〈つばめがえし〉 」
速い。
真正面からだというのに視認できない。
『ブガァッ! 』
咄嗟に両腕で守る。
も、ブリガロンの躰は呆気なく突き飛ばされてしまった。
「反撃だ〈アームハン────ッ消えた!? 」
霧を使った巧妙な一撃離脱。
流石は忍びといったところか。
と、そんな事を賞賛してる場合ではない。
「もう一度〈つばめがえし〉!! 」
見えずとも、守るくらいなら。
「〈ニードルガード〉! 」
剣戟。
途端、忍びが後退していくのが分かった。
奴は動きを止めていた。
そしてただその傷だらけの拳を見つめている。
「なるほど、薔薇の躰か。攻撃するだけでこの有り様とはな…… 」
「ん、……だけどいい条件だろう? どちらが先に倒れるか、意地の張り合いと行こうぜ…………ヒビキぃ!! 」
無我夢中で声を荒げた。
それは雄叫びにも似た叫声だったか。
高まる鼓動に呼応して、ブリガロンの中に何かが沸き立つ。
特性……〈しんりょく〉だ。
「よし、ブリガロン〈ハードプラント〉!! 」
巨大樹が翔ける。
それはもはや龍の如く。
ゲッコウガを喰らわん、と。
「来い、ノイズ。ゲッコウガ〈みずしゅりけん〉だ!! 」
その剣撃は呆気なく龍を捌く。
今の威力、ただものではないぞ!?
ということは、向こうも特性〈げきりゅう〉が発動しているって事か。
「ふっ。反動は気にするな! そのまま〈ハードプラント〉だ!! 」
今度は上から。
巨大樹を振り下ろしてゲッコウガに叩きつける。
「躱せっ────────!! 」
『コゥガッ 』
間一髪。
奇妙なほど軽やかな動きで攻撃を躱していく。
「それなら……これでどうだッ!! 」
左右、そして上の三方向から標的を挟み込む。
退路はないぞ!
「ゲッコウガ──────── 」
捕らえた。
巨大樹はそのままゲッコウガを強く握り締める。
もう逃すものか。
「ん……………………? 」
『ブガッ!? 』
樹木に亀裂。
内側から徐々に光が溢れ出す。
「────〈つばめがえし〉だァア!! 」
無理矢理絶たれた巨大樹は枯れていく。
上空に残された忍び。
そこから、急降下。
「ブリガロン、躱──── 」
「────逃すかぁぁあああ!!!! 」



沈黙。
ゲッコウガはブリガロンと背中合わせに立ち、ただ審判を待つ。
『ロ……………ガァ 』
「ブリガロン、戦闘不能!! 」
薔薇の兵が崩れる。
同時に、彼の白旗が上がった。
「……お疲れ様だ、ブリガロン 」
越えたんだな、ゲッコウガ。
お前が目指してきた壁を、エックスの背中を。
そんな感激に耐えながら、ブリガロンをボールへと戻した。
「さて…… 」
ゾロアークも、ブリガロンも。
未来の自分からの御下がりモノは全てゲッコウガに敗れてしまったわけだが。
次の一手はどうしたものか。
「よし────ドンカラス、次はお前だ!! 」
「ドンカラス……か 」
黒羽は戦場に散る。
それは彼の敗北を暗示させるものではなく、降臨。
悪夢の開幕を意味していた。
「早速いかせてもらうぞ! ドンカラス──── 」
「な…………ッ!? 」
指示を出す寸前、既にドンカラスはゲッコウガの間合いに入り込んでいた。
「────〈つじぎり〉ッ!! 」
呼吸を止め、渾身の一撃を叩きつける。
『コガぁ………… 』
それでも。
それでもあの忍びは倒れなかった。
こちらの二体を仆斃させて尚、静かな闘志を潜めたその眼でこちらを見据えているのだ。
ドンカラスの攻撃が効かなかった、なんてことはない。
あれだけでも充分致命傷になり得た筈だ。
だというのに────。
「まだやれるか? ゲッコウガ 」
『コゥガッ!! 』
嗚呼。
奴らに、ヒビキのポケモンには限界などない。
ポケモンが挫けそうな時でも、ヒビキはずっとそこに寄り添ってきた。
そしてそれはポケモンも同じ。
持ちつ持たれつ、共に限界を越えてきた。
「だが──────── 」
だが、それは俺も同じ。
ただそうやって過ごした時間が少し短いだけのこと。
なら、俺たちにだってできる筈だ。
限界突破が。
「驚いたな。指示とほぼ同時に攻撃してくるなんて 」
「いいや、今のもただの真似だ。お前とエレザードがフスベジムで魅せてくれたものを模倣しただけ 」
そう。
フスベジムジムリーダー・イブキやその一族は、心をポケモンとひとつにして戦っていた。
ヒビキはそれを見て、即座にバトルスタイルを変えた。
それは彼がただ“しようとしなかっただけ”で、元からエレザードと心をひとつにしていたからだろう。
「ドンカラスは俺が初めてゲットしたポケモンでなぁ、よく俺の事を理解してくれているんだ 」
「初ゲットのポケモン、か 」
それでも……こいつではなかった。
俺が真の意味で以心伝心できたのはオーダイルだった。
それはヒビキとバクフーンにも同じく言える。
分かり合う事と重なり合うことは同意ではない。
互いに認め合う以前から、オーダイルと俺はその本質が同じだった。
だからオーバーリミットという境地に辿り着けた。
いや……
────きっと“まだ”だ。
それだけの考えでいくなら、何故今までヒビキはオーバーリミットできなかったのかが説明できない。
俺はともかく、奴はその条件を満たしていた筈なのだ。
ずっとずっと前から。
……いや、今考える事ではないな。
例え本質が違えど、俺たちが強い絆で結ばれていることは確かなんだ。
それが武器なんだ。

「ドンカラス──────── 」
『コガ……ッ 』
途端、黒翼は天へ飛躍する。
十分な間合いを離され、ゲッコウガは瞬時に悟った事だろう。
こちらが仕掛ける最大の攻撃。
ならばこそ、奴は同じく最大の攻撃で応える筈だ。
「ゲッコウガ、全身全霊をかけろ! 〈みずしゅりけん〉だぁ!! 」
────五位の光が放たれる。
疾風を巻き上げながら、青鷺の翼はより蒼白く光る。
どこにそんな余力が残っていたのか。
依然、奴はドンカラスをも打ち負かさん、とその剣を展開したのだ。
「行くぞヒビキ、ゲッコウガ。俺たちの全てを受けてみろ……ッ!! 」
呼応するよう大きな翼を展開し、ドンカラスは躰を大きく反らした。
絞り取るように光を纏うのに一秒も掛からない。
真っ黒だったドンカラスの翼はその躰ごと、あっという間に蒼に染まっていった。
「来い……ノイズ、ドンカラスッ!!!! 」
対峙する光は奇しくも蒼と蒼。
互いがその一撃を構えるのにたった二秒。
そして──────
「──────〈ブレイブ 」
視界が蒼白く染まる。
ドンカラスを覆っていた鎧は一層に光を増す。
同時、奴は急降下した。
収束した光は止まることを知らずただ放出され……、
「バード〉ッ────────!!!! 」
低空で方向を変え、流星の如く標的へと駆けた。
その時。
『コ、ガァァアアアアア!!!! 』
渦巻く疾風は暴風へと成り果てる。
あの手裏剣はもはや嵐の目だ。
その全てを、ゲッコウガは流星へと叩きつける。
そして────────

「ぐ、どうなった…… 」
強い光に潰された視界が徐々に回復していく。
二体は互いの攻撃によって弾き飛んでいた。
ドンカラスは一気に満身創痍となった──が、まだ全然闘える。
だがゲッコウガは。
「……ゲッコウガっ!? 」
『……………… 』
あの攻防の衝撃を生身で受けて、壁に叩き伏せられていた。
ボロボロと崩れる瓦礫とともに、その躰もやがて地へと伏した。
「ゲッコウガ、戦闘不能!! 」
ようやく、だ。
やっと奴を止めることができた。
全くしぶとい奴だった。
「ゲッコウガよく頑張ったよ。ゆっくりおやすみ 」
だが予想以上にこちらもダメージを受けた。
ヒビキが次にどのポケモンを繰り出すにしろ、そこに支障が出るのは間違いない。
そう考えていると、ヒビキがふっ、と笑った。
嗚呼、悪魔だ。
次のポケモンは、確実にドンカラスを越えてくる。
そう思わせる不敵な笑み。
それでも。
「次はお前だ! エレザード!! 」
はつでんポケモン・エレザード、か。
相性的には明らかにこちらが不利だな。
「行くぞ。エレザード──── 」
「な……………ッ 」
速い。
瞬時に懐に入り込まれた。
「〈ドラゴンテール〉!! 」
斬撃が奔る。
旋風を伴って振り下ろされる。
……躱せない。
『ド……………カルァ 』
今の攻撃。
そうか、ドンカラスがしたのをやり返してきたのか。
「エレザードも俺が初めてゲットしたポケモンなんだ、よく俺の事を理解してくれている。だから──── 」
次は背後へ回り込んだか。
だがその攻撃は読めたぞ────!
「〈あなをほる〉だ! 」
「なにッ…………く 」
ただの撹乱か。
駄目だ。
このままでは完全にエレザードのペースに持ち込まれてしまう。
「今だ〈10まんボルト〉!! 」
「────右だ! 躱せッ! 」
間一髪だ。
あのレベルになると電撃の間合いは不安定で困る。
それにひこうタイプのドンカラスにとっては一撃一撃が致命傷になりかねない。
だが──ここで低わけにもいかない。
「偶然こそあれ、同じ境遇にある二体……そんなの決着つけなきゃすまないに決まってる 」
タイプ相性だのなんだのを。
昔の俺なら確実に気にしていた筈だ。
なのに今は、今はワクワク感が勝る。
寧ろ、それを理由に交代してしまえば、決定的な何かに敗北してしまうような気さえする。
だから。
「逃げなどしない! 〈つじぎり〉! 」
疾走する。
ただ一直線に標的へ向かうわけではなく、撹乱も兼ねて。
「エレザード〈パラボラチャージ〉!! 」
嗚呼。
それも無駄だと一瞬で悟った。
計画的な漠然さ。
相手が何も企まない以上、こちらがそれを予測するのは不可能だ。
それのなんて滅茶苦茶な事だろう。
それでも。
「そこだ! ドンカラス 」
電撃の豪雨を躱わしながらドンカラスはエレザードへと接近する。
瞬時に停止し、斬撃を繰り出さんと構える。
それは一弾指の事だ。
観客の誰もが、ドンカラスの一撃が決まったのだと思っただろう。
しかしそれは真逆だった。
「大丈夫か!? ドンカラス 」
『ドンカァ! 』
あのノーモーションから、どうやってドンカラスに攻撃を……。
「いや、そういう事か 」
ノーモーションはこちらの思い込みだ。
エレザードの尻尾ならこちらからは死角だ。
つまるところ〈ドラゴンテール〉を食らわされた、ってわけだ。
やってくれたな。
「反撃だドンカラス、〈あくのはどう〉!! 」
「〈あなをほる〉で回避しろ! 」
エレザードは地中に潜り、攻撃の間合いから離脱する。
だが。
「穴に向かって放て! 」
それは一時的な回避に過ぎない。
自ら逃げ場をなくしているようなものだぞ。
しかしその時、ふっ、と。
少年が笑ったように思えた。
「────────ッ!? 」
何だ、今の嫌な感じは。
同時に……既視感が。
「っ、撤退しろドンカラス!! 」
焦って奴を引き止める。
途端に、穴の中から最大出力の〈10まんボルト〉が溢れ出た。
「おっかないな。今の威力の〈10まんボルト〉を放つ為にわざと穴にドンカラスを誘き寄せるつもりだったか 」
危ない。
フエンジムでヒビキの戦いを観てなかったら気付けなかった。
「ま、どのみち次で決めさせてもらう、エレザード──── 」
龍が構える。
姿勢を低くし、全神経を尖らせてるのが分かる。
さっきとは比べ物にならない嫌な感じ、殺気。
それは奴の言葉通りドンカラスに捧ぐ最後の攻撃なのだろう。
もとより、ゲッコウガとの戦いでかなりの体力を持っていかれている。
「瀕死になるのは承知だ……だが 」
ドンカラスが頭髪を抑える。
擬人的に言うなら、帽子を抑える仕草の様なものだ。
どうやら、奴も覚悟は出来たようだな。
来いよ、ヒビキ。
「ただ死にはしない。そちらの体力も全て削り取らせてもらう 」
俺の威勢にエレザードは動じない。
『エリャ… 』
やがて。
奴が蓄えたエネルギーは目に見える形として光を放ち始める。
ああ、なんて美しい光だろうか。
あの光は、まだ俺たちには無い。
ずっと愛し愛されてきたヒビキだからこそ持つ純粋なモノ。
俺たちの罪さえ浄化してくれそうなほど、それは眩いものだ。
でも、今の俺には────ちゃんとある。
その純粋さを与えてくれる人が、大切な人が。
俺にとっての帰る場所が、居場所が。
今まで探し続けてきたものが、そこに。
ちゃんとあるんだよ。
だから。
「────〈10まんボルト〉ッ!!!! 」
「受け止めろ! ドンカラス! 」
龍は瞬時にしてドンカラスの懐へと漬け込む。
途端、視界は純白に奪われた。
奴の電撃、光を、その躰中に受け止めながら。
「何故、攻撃をわざと……!? 」
嗚呼。
ようやくわかったよ、ヒビキ。
何故、お前がオーバーリミットの境地に達せなかったのか。
否、依然俺たちがその境地に達せていない理由がな!
「でも、それはお前が教えてくれたものなんだぜ? ヒビキ。全くふざけた話だ 」
教えた者よりも学んだ者の方がより上を行く事はよくある話だが、これに至っては全く笑い話にもならない。
でもそんなお前だからこそ、俺は教わることができたのかもしれない。
「だから、今からそれを全て返してやるさ。ドンカラス〈オウムがえし〉ッ!! 」
「な──────── 」
そう、攻撃を敢えて受けたのはこの為の布石。
自分が放った光を自分で浴びな、金色響。
『エ、リァアアアアア!? 』
龍は光に裂かれていく。
再び視界は白へと溶けていく。
だがそれで無理だったのだと予感した。
エレザードは瀕死寸前であれどまだ立っているだろう。
それが金色 響だ。
対してドンカラスは。
「ドンカラス、戦闘不能! 」
黒羽は散る。
それを眺めて、やはりエレザードは立ち尽くしていた。
ともあれ、これでこちらは三体が瀕死。
「──────── 」
何だ。
何なんだ。
まだ半分にすぎないというのに、切羽詰まった感覚が全身から離れない。
早すぎる。
あんなにも楽しみにしていた時間が、戦いが。
いざ始まると惜しくなる。
この戦いの為に、俺はここまで勝ち上がってこれた。
あの約束があったからこそ、俺はここまで強くなれたんだ。
全て、ヒビキのおかげだった。
お前と出会ってなければ、きっとこの強さも弱さも手に入れられなかった。
そんなお前と闘う対価として、俺が支払うべきものは、きっと────。
「父さん…… 」
俺はずっと嘘を付いてきた。
名前も経歴も塗り替えて、他人を騙し、自分すら欺いてきた。
それがきっと、善人のあるべき姿なんだと。
でもそれは明らかな間違いで。
否、今の俺の生き方がその解だとも思わない。
だが、今の俺には居場所がある。帰る場所が。
もう嘘ばかりついてるわけにもいれなくなった。
俺を認めてくれる人がいるから、俺はその人の為に俺であり続けなければならない。
でも、父さんに託された夢を棄てたわけじゃないんだ。
きっとその意味ではこっちが正しい。
俺の生き方は所々正しく、所々間違ってる。
例えそんな生き方でも、終わり良ければすべて良しって言葉があるみたいに、最後にそこへ辿り着ければきっと正しいんだ。
それが俺の結論だ。
だがら父さん、力を貸してくれ。
「行くぞ、ドサイドン!! 」
ズシリ、と。
踏み込まれた大地が怒号をあげる。
ドリルポケモン・ドサイドン。
俺がランスから授かったサカキのポケモン。
「ドサイドン〈がんせきほう〉!! 」
岩石を収束する。
引力の衝突が膨大な重力を生じさせ、さらに収束していく。
それは惑星の誕生と同様。
『ザァィ…… 』
腕を機関銃のように構え、岩石の弾丸を手前に装填する。
狙いは当然エレザード。
「放て! 」
『────────────ッ!! 』
弾丸は駆ける。一直線に。
「エレザード、躱っ……!? 」
弾丸の持つ引力は標的をも引き寄せる。
故に、必中。
この攻撃をただで躱すことはできない。
「さて、エレザードに残された手はふたつ…… 」
ひとつは〈ドラゴンテール〉によって岩石砲に正面から太刀打ちする事。
だがエレザードの残りの体力を考えれば、良策とは言えない。
もうひとつは。
「エレザード〈あなをほる〉!! 」
地中に潜ってしまえば引力も関係ない。
大地という壁が奴を守る盾となるだろう。
二手の内こちらの方が良策に違いない。
しかしそれはこの攻防がここで途絶えたらの事。
「────────まさかッ、エレザード! 」
俺の口元が少しでも釣りあがったのを見逃さなかったか、ヒビキは悟る。
その通りだぜ、ヒビキ。
「もう遅い、 〈じしん〉だ!! 」
大地は嘶く。
奴を守る盾は奴を閉じ込める檻と成り果てた。
地形は突発的に変動していく。
その中でエレザードは何もできず揉まれている事だろう。
「エレザードッ!! 」
「警戒が足りなかったな。俺の手持ちの中でドサイドンはお前が唯一知らないポケモンだ。ヒビキ、今お前に俺の思考が読めるか? 」
弾き出された。
シュレッターにかけられた後の紙屑のようにエレザードは呆気なく地面の中から追い出されたのだ。
「エレザード、戦闘不能 」
もとより、相性は最悪だったのだ。
ただ奴の力がその最悪に及ばなかっただけのこと。
「読めない、な。だが心理戦だけが勝負の本質じゃないぜ、ノイズ 」
「ふっ、減らず口を………… 」
真っ直ぐ俺を睨む奴の目。
ワクワクしているのがよく分かった。
ドサイドンという壁をどう越えていくか、考えるだけで心底楽しんでいるのだ。
「よし、決めた! 」
さて、次は何を……いや、それは分かりきった話だ。
問題は“ソイツ”で何を仕掛けてくるか。
「いけ、マンムー!! 」
“2ほんキバポケモン・マンムー”で。
「先手必勝、〈こおりのつぶて〉!! 」
戦闘開始と同時の速攻。
巨獣は瞬時に無数の弾丸を造り出し、射出する。
「〈ロックブラスト〉だ! 」
────造る。
向かいくる氷の弾丸を防ぐ為だけに、岩の“弾丸(タテ)”を放つ。
盾は次々と弾丸を相殺していく。
それはさながら戦場の銃撃戦の如く。
激突する弾ひとつひとつをピックアップしていては追いついていけない。
「マンムー〈ばかぢから〉!! 」
弾丸と並行して獣は駆け出す。
巨体のわりに速い。
「ドサイドン〈アームハンマー〉!! 」
猪突猛進のマンムーに拳を乱打する。
が、巨体はまるで止まることを知らなかった。
『ドザァィッ! 』
押されている。
力量はその技の名にふさわしい。
突進にいくら拳を交えようとも、勢いは一切の衰えを見せなかった。
「うぉぉおおおおおおお────! 」
「ぐ────────なっ、 」
ガシャン、と。
拳が砕ける。
勿論ドサイドンの片腕が粉砕したわけではない。
あくまでも砕けるとは比喩表現だ。
その比喩も過度ではなく適切なものだと確信する。
遂にドサイドンが押し負けてしまったのだ。
『ムゥゥァアア!! 』
後方へと体勢を崩すドサイドンの懐に、マンムーはさらなる一撃を食らわせる。
『ザァ────────ドッ! 』
肢体いたるところが痛む。
今のは効いた。
明らかな致命傷を食らってしまった。
五体満足などとうの昔。
満身創痍ながらも、それを必死に無視して立つ。
「反撃だ、ドサイドン 」
気がつけば銃撃戦も終わっていた。
そんなこと、今更気付いても意味はないが。
「────〈がんせきほう〉!! 」
「向かい討て〈だいちのちから〉!! 」
岩石を収束する。
一方、奴が束ねたのは大地そのものであった。
再び相殺となるか。
否、そんなことはさせない。
それでは埒が明かない。
「ドサイドン、〈じしん〉だ!! 」
地盤が鼓動する。
その振動は徐々に大きくなっていく。
奴が大地の力を操るならその源を絶てばいい。
「マンムー〈じしん〉!! 」
「な──── 」
奴もまた大地を崩して来た。
崩壊する足場。
立ち止まる事など、許してはならない。
「疾れ、ドサイドン 」
束ねた岩石を置き去りにして、ドサイドンは走り出す。
全てを相殺されるこの状況で、お互いにとっての勝機は相手の隙から活路を見いだす事。
だが、それは相手に隙があればの話。
『ムゥア 』
殊、この二体にとっての攻防とは滅茶苦茶なものである。
隙も何もフィールド上の有象無象を武器や盾と為すバトルスタイル。
隙など見つけた頃には、もうない。
「ドサイドン──── 」
だけどならばこそ、突破口も無茶苦茶であっていい筈だ。
否、それ以外に他ならない筈だ。
論理的な思考など意味もなく、全霊をもって奴をひれ伏せる────ただそれだけだ!


────観客席。

試合の様子は僕にとってとても興味深いものだった。
あの二人のうちどちらかが決勝に上がってくるのだ、自然と心も踊る。
が、どちらと戦いたいかと問われれば、やはりそれは約束をしたヒビキ君だ。
「……………………………… 」
トドロキ君も、いやノイズ君だったか。
彼も似たモノは持つがヒビキ君が優っている気がする。
いやはや、これはきっと先入観か。
「君が“瞬殺の剣術士”か。お会いできて光栄だ 」
と、そんな考えを低徊させてるうちにいつの間にか“その人”がいた。
おかしいな、いつも人の気配には警戒しているんだけど。
ジョウト地方、四天王のイツキ。
「そんな大袈裟な。皆さんがそう呼んでいるだけですよ 」
愛想笑いで誤魔化すも、バレバレだろう。
彼は本当にただ四天王なだけなのだろうか。
それにしては他と風格が違う。
実力ではカリンとかいう人に劣るらしいが、そうではなくて……。
「そんな事はない。君の戦術は僕のを遥かに上回る 」
「ありがたいお言葉です。

ところで────今、僕の胸ポケットに入ったこのカード、貴方のですよね? 」
「……ああ。どうやら手が滑ったみたいだね 」
どのような滑り方をすれば胸ポケットに入り込むのやら。
そんなもの物理の原理を超越してしまっているではないか。
いや、まぁ“あの国”の存在を知ってていうのもなんだがな。
「それにしても不思議なカードですね。一体何をしようとしていたんですか? 」
「ふっ、ちょっとした縁結びさ 」
縁結び、か。
良い例えを使ったものだ。
いったらマーキングみたいなもんじゃないか。
やはり彼は事の全てを知っているらしい。
僕も知らないことをも知っているのだろう。
「──────────── 」
ならば、このマーキングは受け取っておいたほうがいい。
彼はきっと最善の策を練ってくれる、僕は彼の思うまま操られる方が向いている。
と、黙ってカードを胸ポケットにしまった。
「水無月 劔、君はどこまで気づいているんだい? 」
全てを見透かされている、わけでもないだろう。
が、彼には嘘も通じそうにない。
尤も嘘をつく理由も存在はしないが。

「そうですね……まあ立場上、世界が“ここ”に留まらない事ぐらいは知ってますよ 」


────バトルフィールド。

硬いな。
マンムーの攻撃も効いているようで、対して致命傷になってないんじゃないのか。
多種多様な攻防を繰り広げても、ドサイドンは一歩も退かなかった。
そりゃパワーの差で押したり押されたりはあったが、それでもやはりドサイドンは絶対に倒れない気がした。
あのポケモンを俺は知らない。
あのドサイドンを俺は知らない。
あいつとノイズとのルーツがどんなものなのか。
俺にはきっと知る余地もない。
ただ奴をこんなにも頑なに動かしている何かは、ソレなのだという確信があった。
「でも、それでも俺は──── 」

──貴様も私も、モンスターボールというシステムの中にポケモンを閉じ込めてきた ──

ずっと考えていたんだ。
ポケモンとは何か、人間とは何か。
ふたつの関係を正しく定義できる言葉は果たして、この世界に存在するのか。
俺とポケモンたちとのルーツが、果たして正義と言い切れるのか。
その答えが、このバトルで分かる気がする。
だから。
「マンムー〈ばかぢから〉だ!!!! 」
「ドサイドン〈アームハンマー〉!!!! 」

これは勝敗を決めるバトルではない。








誰よりもポケモンを信じたトレーナー二人の

──────語り合いだ。



月光雅 ( 2015/08/24(月) 14:00 )