ポケットモンスターANOTHER








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― 金色の悪魔
記録50. 消えた仮面と剣術士

────目前に嵐が捲き起こる。
旋風に身を隠したのはただならぬ怪異。
「………………!? 」
放った迅雷と冷気の塊は旋風(かぜ)を引き起こす。
「っ──────── 」
視界が白に溶けていく。
白い光として散ったのは氷の結晶。
その一粒一粒が電気を纏い戦場を彩っていた。
「綺麗…………じ、じゃなくてっ! ヒビキ選手とサリナ選手、互いに一歩と譲らない競り合いを魅せています! 」
「魅せる……か 」
脳内を過る閃光がある。
存在する、一面の氷世界に華やかな混沌を君臨させる方法が。
「ゲンガー! フィールドに〈あくのはどう〉を乱れ打て!! 」
「っ────────!? 」
戦場を駆ける禍々しい光。
天使の羽の如く地に堕ちた結晶は再び砂とともに舞い始める。
「くっ、止めろサメハダー! 〈かみくだく〉!! 」
「砂を打ち上げろ!! 」
地を叩く霊の拳。
出で来る砂塵の層はゲンガーを守護する。
「恐れることはない。討ちなさい! サメハダー! 」
「限界突破だ! 〈100まんボルト〉っ!!!! 」
途端。
サメハダーは無数の光に視界を奪われた。
砂塵の中。
氷の結晶と砂中に多く含まれる黒雲母が舞い踊っている。
それらは光を反射しサメハダーを撹乱する。
そして、その隙に。
『ズァッ────メ、ダァ………… 』
その隙に────真の迅雷がサメハダーを射抜く。
「サメハダーっ!? 」
「サメハダー戦闘不能! ゲンガーの勝ち! 」
死力を尽くした。
ゲンガーは言うまでもなく満身創痍だ。
これ以上の闘いはマズい。
が、それでも奴は笑っている。
ゲンガーは笑っている。
仮にここで戦闘を続行させてしまえばサリナは確実にゲンガーを仕留められるポケモンを出してくるだろう。
もっと……ゲンガーに戦わせてやりたい。
なら────。
「戻れ、ゲンガー! 少し休んでくれ 」
「ふっ、これでおおよそ3対3ね 」
エレザードとゲンガーは選出済みで他残りは二体。
確かにこちらはおおよそ三体と言える。
「ここから折り返し……巻き返すわよ! ゆけっ! ブルンゲル!! 」
現れたのは露草色の身体に緋色の瞳を持った怪物。
ふゆうポケモン・ブルンゲル
怪しげな眼差しはこちらを射していた。
「いくぞっ! ノコッチ!! 」
繰り出したのはつちへびポケモン・ノコッチ
「ノコッチ〈ドリルライナー〉!! 」
土蛇は飛翔する。
弓を引き絞るように全身を反らし……
────空間は突然のように固まる。
比喩なんかではなく本当にそうなるのだ。
それはドリルの名を借りた槍。
紡がれた言葉に呼応して叩きつけられる脅威の人槍。
『ノ、コォウウゥゥゥゥウウウ!!! 』
槍が宙を駆ける。
標的はブルンゲルに他ならない。
魔槍。
意思を宿した槍は敵を逃さない。
「受け止めて! 」
「────────遅いっ! 」
蒼い触手がブレる。
それを認識した頃にはブルンゲルは外壁にいた。
反撃はおろか防御する隙すら与えない。
故に、悪魔。
「続けて〈チャージビーム〉! 」
「〈シャドーボール〉!! 」
迸る煌撃。
対峙する二体の真中でふたつは相殺する。
飛び散るは火花。
砂塵と旋風が再び膝下を覆う。
「ブルンゲル〈なみのり〉 」
外壁から飛び出る影。
その速さは神速。
ブルンゲルはもはや蒼い閃光と化している。
『ブルング────────ッ! 』
フィールドを覆う砂風を荒波が洗い流す。
迫り来る潮水の壁。
それとノコッチは正に月とスッポン。
波にとってノコッチは呑み込む対象ですらない。
ただ当たり前のように入り込んでいく空気に等しい。
「ノコッチっ──── 」
呑まれる。
荒波に揉まれ流されていく。
何処へ。
答えを成すならば外壁。
波はやがて螺旋状の渦を描きノコッチをそこへ叩き込む。
その様は怪物の手。
それにノコッチは圧倒されてしまったのだ。
「ノコッチ、大丈夫か!? 」
『ノコッ! 』
それでもまだ朽ちない。
土蛇はしぶとい。
何度でも何度でも戦場へ舞い戻る。
そしてそれを信じてやる事こそがトレーナーである俺の役目だ。
「いくぞ! 〈ドリルライナー〉! 」
再び宙を駆ける。
相手が閃光だというのならこちらも閃光に成り果てよう。
「ブルンゲル〈おにび〉よ! 」
「────躱せ!! 」
迫り来る鬼炎。
それは象を持たない呪いの塊。
ただそれぞれが意思を持つかのように動くクリーチャー。
それだけ。
そんなのに惑わされているわけにはいかない。
的確に攻撃を躱していく。
その間は僅か1秒。
迫り来る鬼は三十近くだろうか。
全てを振るい、ただ奴に与える一打を凌駕する。
「ちぃ────ブルンゲル〈なみのり〉 」
「効かない!! 」
駆け出した槍は一閃。
波という名の怪物の喉を貫く。
呆気なく崩壊する荒波。
そんなものは既にノコッチにとってただの風景。
焦点を合わせる対象はブルンゲルのみ。
「────ぁァァアアアアアア!!!! 」
叫声は雑音(ノイズ)が満たす。
枯れた喉を突き抜けていく声には意味などない。
それでもなお高鳴る鼓動を声として響かせる。
頭蓋を突く刺激。
興奮と解放感。
『ルルングゥッ────────! 』
「ブルンゲルっ!! 」
沈黙。
耳を澄ますのは壁から剥がれ落ちる石ころひとつひとつの音。
…………ゴトン。
大きいものが落ちる。
小さいものもそれに伴って雪崩れる。
満身創痍な敵は壁の中から戦場へ舞い戻ってきた。
だがそれだけでは終わらない。
否、始まりに過ぎなかった。
「…………………………………………!? 」
恐れを羽織る。
同時。
サリナがニタリと笑った。
生きようのない常識の上に立たされた息苦しい感覚。
追い詰めた筈の状況は逆転し追い込まれた。
その正体は依然不明。
荒唐無稽な怪物に首筋を捉えられている。
何────だ。
低徊する思考に答えはでない。
否、それを見い出す余裕がなかった。
「ブルンゲル戦闘不能 」
訳がわからない。
こちらが有利な状況は揺るがない。
ただ、この戦闘が俺に敗北すら与える気がする。
不吉なサリナの笑み。
それが何を意味しているのか。
「お願い、ホエルオー!! 」
うきくじらポケモン・ホエルオー
こいつがサリナの五体目。
基礎体力は他のポケモンを出し抜くといわれる。
こちらの体力はそこまで削られている訳ではない。
ここは仕掛けるべきか。
「ノコッチ〈すてみタックル〉! 」
土蛇は土竜の如く。
宙という大地を掻き分け大地を駆ける。
その様まさに諸刃の。
が。
その脅威を前にホエルオーは微動だにしない。
『──────────── 』
矛盾。
利き矛と堅き盾。
2つが織りなす剣戟と火花。
相手は何も動いていないというのにどうしてこれ程の情景が繰り広げられるのか。
「くっ、〈ドリルライナー〉!! 」

「────その攻撃、裁く! 」

え。
………止まる。
何の前触れもなく全てが停止する。
例えるならば金縛り。
意識も、自我も存在するというのに躰は全く動かない。
どういう……ことだ?
ピクリとも動かない躰、それは了承した。
だが何故この瞬間だったのか。
その時、ホエルオーは一切合切動かなかった。
“コレ”の発動条件は、原因と根源は何処にある。
わからない。
謎だらけのヒエラルキーに突然取り込まれ、ただその一部として成り立っているだけの怪異。
そう、怪異だ。
俺にとってこの現象は奇妙な怪物でしかない。
例え本質が単純であったとしても、それを見出させないベール。
それを剥がなければこの状況は変わりえないだろう。
「ホエルオー〈ヘビーボンバー〉!! 」
探せ。
怪物の正体は何だ。
ホエルオーの仕掛けでないとすれば何なんだ。
「…………………………………………!? 」
恐れを羽織った。
得体の知れぬ恐怖を抱いた。
同時、サリナはニタリと笑っていた。
生きようのない常識の上に立たされた息苦しい感覚。
それは理不尽なヒエラルキー。
追い詰めた筈の状況は逆転し追い込まれている。
その正体は依然不明。
荒唐無稽な怪物に首筋を捉えられている。
何────だ。
低徊する思考に答えはでない。
それを見い出す余裕がなかったのだから。
それは今も同様だ。
だが、考える他に策はあるか?
ある筈がない。
「くっ────────── 」
〈シャドーボール〉。
〈なみのり〉。
〈おにび〉。
ブルンゲルは何か隠し玉を持っていた。
それを瀕死寸前に発動させたのか。
いや、サリナがニタリと笑ったのは呪いの発動を見届けたからだ。
その時、ブルンゲルは瀕死同然。
条件的に発動するものでなければ、ほとんど不可能。
ん?
呪い…………だと?
ああ。
この状況を例えるのならば確かに呪いだ。
だが、何故それにつっかかる。
条件を満たした時に発動する呪い…………。
「な────────────っ!? 」
しまった。
何か仕掛けるならばブルンゲルの隠し持っていた技だとばかり考えていた。
それは違っていたんだ。
「ブルンゲルの特性……〈のろわれボディ〉 」
「気づいた所でもう遅いわよ!! 」
是。
既に巨体はノコッチの一寸手前まで近づいていた。
もう手の打ちようがない。
全身全霊。
それは確かに尽くした。
散り様が無様だったとしても、俺はきっとノコッチらしいバトルをさせる事ができた筈だ。
『──────────── 』
俺の心に応えるようにノコッチが頷いたような気がする。
確かめる方法はないが、それだけで十分だった。
「ノコッチ、戦闘不能! 」
「決まったー! サリナ選手、ヒビキ選手に並びました! 」
沈黙と空虚。
ただそれだけが満たす戦場。
並んだ。
並ばれてしまった。
否、ゲンガーの体力はあと僅か。
同等というのさえ疑わしい。
でも。
「いくっきゃない! メガゲンガーっ!! 」
再び戦場に砂塵が吹き乱れた。
それは戦乱の始まり。
これから繰り広げられる数多の剣戟の前触れ。

の、筈だった。

「ホエルオー〈じわれ〉!! 」
「え…… 」

割れていく。
壊れていく。
大地は真っ二つになり、ゲンガーを一口に吞み込もうとする。
ガッチリと。
ゲンガーは舞い墜ちる。
その姿は翼を奪われた悪魔のよう。
『ゲンッガァア!! 』
悪魔が罵る。
叫声が骨の髄にまで響く。
ゲンガーは依然諦めてなどいない。
そうだ、こんな一瞬にしてケリがついて堪るか。
例え無駄だとしても。
無意味だと分かっていても。
最後の最後まで諦めなんてしない。
絶望なんてしない。
ひとつの奇跡的な希望を勝ち取るために。
────────カッコ悪く足掻いてみせる。
「ゲンガー、フルパワーだ!! 」
精神一到。
己の霊魂の全てを注ぐ拳が唸る。
ボロ雑巾の捻り上げた状態はなお反り返し。
漸次、勇む姿は正に英紙颯爽。
「何をするつもり……だ 」
「〈シャドー……………… 」
呼応する邪光が嘶く。
巻き起こる疾風。
これが奴の、ゲンガーの全力。
地形変動なんて知るか。
そんなものこの手で我が物にしてくれる。

「────────パンチ〉ッ!!!! 」

獅子奮迅。
迫り来る大地の壁を叩き伏せる。
轟然たる地鳴りは怒号の如く。
同時。
闇を引き裂くような爆風が渓谷から湧き出る。
悪魔は満身創痍ながらも戦場に舞い戻った。
「馬鹿な……一撃必殺を気合いで乗り切っただと!? 」
「覚悟はいいな? ……サリナ 」
様子を伺う限り、ゲンガーの右腕は壊れている。
もう使ってはいけない。
なら左腕…………。
『ゲン…… 』
よし、まだ動く。
ホエルオーはほぼ無傷だ。
ゲンガーだけでは倒せないだろう。
それでも。
「ゲンガー〈10まんボルト〉っ!! 」
「貴様……まだっ────!? 」
今のは、効いた。
不意打ちになったのかは知らないが、どうやら懐を突いたようだった。
『ホェエエエぇえええルぅう 』
汽笛のような声が響き渡る。
休む隙なんて与えない。
その間にもゲンガーの体力は限界へ近づいているのだから。
「ゲンガー〈シャドーパンチ〉!! 」
渓谷を渡る。
怯んだ奴の間合いへとつけ込み、懐に一突き。
そう思った瞬間だった。
「ホエルオー〈れいとうビーム〉! 」
「く──────、しまった──────! 」
振り翳した左腕では間に合わない、と。
反射的に出たのは壊れた右腕だった。
『ゲァあっ─────、ァア────! 』
壊れる、では済まない。
粉砕。
痛覚神経のひとつひとつを槍で貫かれたような感覚。
そんなもの、トレーナーである俺が計り得るレベルじゃない。
自我すら失ってしまうほど。
呼吸をすることさえままならないほど。
そんな激しい疼痛を負いながら、ゲンガーは依然立っていた。
『ゲン、グ────────!! 』
それがどうした……!
戦況は覆らない。
そんな都合のいい話などない。
どんなに苦しんだところで、足掻いたところで。
────負ける。
それは判りきった事実。
「ゲンガー……………… 」
ああ、だからどうした……!
戦況は覆らない。
そんな都合のいい話などない。
どんなに苦しんだところで、足掻いたところで。
────負ける。
それは判りきった事実。
それでも、まだ躰は動くから────!
「くっ、、、 」
このままでは終わらない。
このままでは終われない。
このままでは終わらせない……!
『ゲッガァア……ぁあ 』
躰が動くだなんて大嘘だ。
もはや奴は自分への強迫観念でしか動いていない。
「──────、あ 」
目の前の標的に拳を突き上げたまま、間に合わなかった霊の様を見た。
呪縛。
奴は自身のそれから解かれた。
それが良しか悪しかは、きっと奴が決めることだ。
ただひとつ、事実を言い残すとすれば……
「もういいよ。戻れ、ゲンガー 」
『ゲ………………ん 』
奴は自身に負けてしまった、ということだ。
『…………………………ッガァア 』
仁王立ち。
霊魂は自分の様を見下げながら、悔いなしと言わんばかりの笑みを零していた。
「もういいんだ。ゲンガー 」
頑張った。
結果はどうあれ、きっと辿り着いた場所は違った筈だ。
『っ…………………… 』
「──────────── 」
黒い影がそこに横たわる。
安心した様で眠る。
ボロボロになった躰からまるで浄化されるようにメガシンカのエネルギーが散り去っていく。
「ゲンガー、戦闘不能! 」
白旗が挙げられる。
ゲンガーは茜色の光に包まれながらボールへと後退した。
こちらも残るは二体。
総力的に考えればあちらの方が一歩有利となった。
でも。
「ここまで来て迷うわけにはいかないよな!! 」
『エレザァア! 』
「ヒビキ選手! ここで再びエレザードを繰り出しました! 」
威勢良くは言ったものの、タイプ以外で考えれば相性が最悪だ。
〈ヘビーボンバー〉は脅威だ。
一度でも食らったらひとたまりも無い。
そして〈ヘビーボンバー〉対策に〈あなをほる〉で地中に逃げたとしても〈じわれ〉の餌食になるだけ。
この勝負を……どう切り出す!
「っ、エレザード〈10まんボルト〉!! 」
「ホエルオー〈れいとうビーム〉!! 」
線撃が交わる。
強烈な爆音に鼓膜が破裂しそうになる。
互いに全力、だがどちらも押さず引かず。
長期の死闘になれば、体力的にエレザードは負けてしまう。
「やっぱり、迷ってる暇なんてないのか!? 」
「こら休まないっ! 〈ヘビーボンバー〉!! 」
ここで一番嫌なカードを出してきたか。
さあ、どう対処する。
どれだけ頑丈な盾を用意したところで、アレを押し返す反作用でエレザードが潰れてしまう。
まともに正面から受け止められるわけがない。
だからと言って地面に逃げ込めば……
「────────! 待てよ 」
ああ。なんて事だろう。
何故そんなことに早く気付かなかった。
俺はバトルを漫画のコマのように考えていた。
ひとつ手前のコマから連なる決闘。
そんなのただのカードの出し合いだ。
戦場は平面上では作られない……それはゲンガーの時のを逆に考えればわかる。
だから、目の前の事だけに集中してはいけない。
一手先、二手先まで読んで繰り広げる立体挙動。
その理に沿うならば、迷う意味など要らなかったのだ。
「エレザード〈あなをほる〉! 」
「引っ掛かったな! さあ、〈じわれ〉の餌食となるがいい! 」
「変な煽りは止めてくれよ、サリナ。〈ヘビーボンバー〉で溜まったエネルギーを解放しないまま、〈じわれ〉なんてしたら、ホエルオーごと落っこちちゃうぞ! 」
「な────────! 」
図星だ。
俺は〈ヘビーボンバー〉と〈じわれ〉を恐れるあまり、この2つが為す矛盾に気付くことができなかった。
だが、これで。
「今だ! エレザード!! 」
「くっ、そうか。背後に回って──── 」
土中から這い出る稲妻。
あれだけ巨大なホエルオーに振り向く隙など与えない。
「〈ドラゴンテール〉だァッ!! 」
龍尾が唸る。
捻り上げたサーベルは容赦なくホエルオーの背中へと叩き下される。
『エェェェウォオア!! 』
「ホエルオーっ! 」
「エレザード、そのまま背中に乗るんだ! 」
ホエルオーは体が巨大が故に必ず攻撃の盲点を作り出してしまう。
いわば懐が広くなっているわけだ。
そこに潜り込めばこちらのもの!
「〈パラボラチャージ〉!! 」

「ホエルオー〈しおふき〉!! 」
「え 」
〈しおふき〉はバクフーンの〈ふんか〉と同様に体力が少ない程威力が減ってしまう。
そんな技をどうしてこのタイミングで。
『エリ────────ァ 』
くっ、なるほど。
威力は変わってもエレザードを振るい落すには十分ってことか。
「ならそのまま利用させてもらうさ。エレザード、翔べ!! 」
『エリ! 』
翔ぶ。翔んでゆく。
天へ君臨し、空を制する迅雷。
が、それを見てもサリナは従容な様でいる。
まるで、この程度か? と言わんばかりの嘲笑とともに彼女はホエルオーに指示を出す。
「ホエルオー、翔べるな? 」
『エェェェウォオア!! 』
その問いに呼応するかの如く。
ホエルオーは上体を思い切り反らす。
「ホエルオー、フルパワーで〈しおふき〉だ!! 」
「なにっ!? 」
〈しおふき〉の水圧をジェット代わりに……だと!?
圧巻。
その間にホエルオーはみるみるエレザードに接近してくる。
おそらく、これが最後の────────。
「エレザード〈ドラゴンテール〉!! 」
剣と為した尾を弓の如く射る。
目的はただ一つ、向かいくる敵を殲滅すること。
「ホエルオー〈ヘビーボンバー〉!! 」
拳と為した躰を矢の如く放つ。
目的はただ一つ、己を阻むものを殲滅すること。
二体の理念は一致した。
ただ殲滅すること。
それがあの二体の唯一の戦闘意義。
「「いっけぇえええええええ!!!! 」」
二人揃い声を荒げる。
応援した筈の二体は爆発という光の中へと呑み込まれていった。
会場の視線はただ爆発の中心へと集まる。
「あ 」
隕石のように二つの光が大地に流れ落ちるのが見えた。
煙はゆっくりと明けていき。
ゆっくりと明けていき。
「──────────── 」
ここからではまだ目視できないが審判はその目で確と確認している。
結果は……………………。

「両者戦闘不能! 」
歓声が沸き立つ。
ただその予想だにしなかった結果に驚きを隠せていないのだろう。
だが、これで残るは一体ずつとなった。
サリナは一体何を出すのだろうか。
「両者選出ポケモンを構えて下さい 」
エレザードをモンスターボールに戻ししのびポケモン・ゲッコウガを構える。
すると、何やら彼女は不敵に笑い出し。
「そう。貴方がそうだったのね 」
「え 」
「最後はスペシャルゲストよ! 貴方のそのポケモンと闘いたいって子 」
ゲッコウガと闘いたがっている?
なんだ。
全く心当たりがない。
否、対峙すればきっと分かるさ。
「それでは、バトルを再開します! 両者6体目を! 」
「いけっ! ゲッコウガ!! 」
蒼い閃光が戦場に舞い降りた。
さあ、敵は!?

「いけ、オンバーン! 」
サリナが繰り出したのはおんぱポケモン・オンバーン
「オンバーン……! 」
覚えている。
ああ。覚えているとも。
忘れやしない。
あれは、マダツボミの塔だったか。
エックスと俺の初めてのバトルだった。
だが何故、オンバーンが残っている。
エックスもタイムパラドックスで消えた。
ならオンバーンだってここにはいない存在のはず。
いや。
エックスがこの世界線で捕まえたポケモンだったとすれば、あるいは。
「そういえば……リベンジマッチはまだだったからな 」
「そうみたいね。言葉として理解できるわけじゃないけど……何だかこのオンバーンから執念みたいなものを感じるのよ。ゲッコウガを倒したいってね 」
彼女はそう応えた。
少年はそうか、と笑い。
「……やるからには本気だからな! 」
「もちろん……だってそれがコトネさんとの約束だもの! 」
互いに睨み合う。
漂う沈黙と混沌。
それを切り裂くものは唯一。

「バトル、リスタート!! 」
「走れ! ゲッコウガ! 」
旋風のように、ゲッコウガは黒い影(オンバーン)へと疾走した。
蒼い閃光が駆ける。
いつの間に握られていたのか、ゲッコウガの両手には光の刀剣があった。
「〈つばめがえし〉」
「────────っ! 」
反撃など許さない。オンバーンが片翼を奮うより早くゲッコウガは間合いを詰め、
『オ────バァアッ! 』
その双剣で、オンバーンを両断していた。
「………………………… 」
はらり、と宙を散る黒羽。
ヒビキとゲッコウガは依然立ち尽くしたまま。
「……残念。ハズレだったみたいね 」
「づっ…………!! 」
ゲッコウガが跳ねる。
天空から飛来した光弾はゲッコウガを貫こうとし、ゲッコウガは朽ちかけの光剣で弾き落とす。
空を見る。
太陽は無く、昼空には黒々と流れる雲海と月光が見えた。
その真中、まるで空を統べるように、黒い吸血鬼が君臨していた。
〈つきのひかり〉………………か。
「ふっ、流石に手強いな 」
上空の黒い影を見つめながら、ヒビキとゲッコウガは体勢を立て直す。
「完璧な使いこなしだ。まるでオンバーンとシンクロしてるみたい 」
「……実際、そうなのかもね 」
そう言うとサリナは再びニヤリと笑う。
「空は制した。私たちの勝ちよ。オンバーン〈りゅうせいぐん〉!! 」
「────────────っ! 」
その一瞬で全てを悟ってしまった。
1年前とは格が違う。
弾丸の数、打ち出される速度が違いすぎる。
このまま捌くのなんて不可能だ。
「ゲッコウガ〈みずしゅりけん〉!! 」
『コゥガッ! 』
剣を盾と為す。
が、これも何秒持つかはわからない。
読み取れ。
読み切れ。
全ての神経をそこに使うんだ。
あの弾丸は躱せない。
なら迎撃する他はない!
『────────ッ! 』
盾は破壊され、ゲッコウガの体が流れる。
オンバーンの視界から逃れようと疾走する。
「逃がさない……! 」
オンバーンの翼が動く。
その邪眼がゲッコウガに狙いを定めた後。
何か、悪い冗談のような光景が、眼の前で繰り広げられていた。
オンバーンの攻撃は際限のない雨のよう。
降り注ぐ光弾〈りゅうせいぐん〉は爆弾と何が違うのだろうか。
その一撃一撃が必殺の威力を持つ魔弾を、オンバーンは矢継ぎ早に、それこそ雨のように繰り出してくる。
だが、もう突破口(ビジョン)は捉えた。
「ゲッコウガ〈つばめがえし〉だ! 」
光が軌跡を残しながら交わる。
強い。
少し気を抜いただけで押し負けてしまいそうだ。
『コゥ──────ガッ! 』
刃の朽ちた手には直ぐに代わりを構える。
そんなのを気にしている暇などはない。
「〈あくのはどう〉!! 」
邪光は弾丸と相殺し、戦間に爆発と暴風を引き起こした。
「っ、ゲッコウガ!? 」
凍結。
いや、完全に凍りついたわけではなく怯んだようだ。
これは〈エアスラッシュ〉か。
「どう? ……その状態から反撃できる? 」
勝ち誇った彼女の声。
ゲッコウガは動くことは愚か、膝をつき、立ち上がる事さえままならない。
もはや相手は勝利を確信している。
だから。
「俺たちの勝ちだ! 」
「っ!? ────オンバーン!! 」
慌てて見上げるサリナ。
その見上げた左右に。
弧を描きながらオンバーンを狙う双光の剣があった。
「くっ、躱せ!! 」
ズレる。
互いにあの時とは違う。
レベルも戦闘能力も格段に上がっている。
やっぱり応用(アドリブ)が必要か。
「オンバーン〈ばくおんぱ〉!! 」
敵は攻撃の指示を出した。
音波がここに伝わるまでには1秒とかからない。
防御すら不可能とも思える。
だが既に用意された策を使えば。
「〈みずしゅりけん〉! 」
俺とゲッコウガは一心異体。
体という器は違えど思考は一致する。
「ゲッコウガ〈あくのはどう〉だ! 」
だから指示と攻撃の間にインターバルは生じない。
「躱せ! 」
それはきっと相手も同じだろう。
こちらの攻撃を難なく躱してみせる。
さすがはオンバーンだ。
「チぃ────────! 」
「〈りゅうせいぐん〉!! 」
黒影が無数の星屑を構える。
標準はゲッコウガ、狂いは無いだろう。
なら、こちらが狂わせるしか他ない。
「〈かげぶんしん〉だ! 」
『オ────バァアッ! 』
怒濤の豪雨が迫り来る。
嗚呼、あんなのをどうして避けよう。
標準とか、そんなのどうでもよかった。
数撃ちゃ当たる。
あれを躱す方法など、存在しなかったのだ。
故に。
『コァアア────ガ! 』
星屑を手裏剣で弾き返す。
翻った星屑と星屑は互いに相殺する。
だが、全てがそうなる訳では無い。
数多の内の少数はオンバーンに食らいつく!
「………………………やったか!? 」
オンバーンが爆発を纏う。
が、再び現れた姿は依然悠々としていた。
「案ずるな。まだ倒れなどしない。オンバーン〈つきのひかり〉! 」
しまった。
あれでは振り出しに戻ってしまう。
「っ、隙を与えるな! 〈あくのはどう〉! 」
「〈ばくおんぱ〉で護って! 」
咄嗟に放った邪線。
だがそれも音の周波によって遮られてしまう。
月光に照らされ、オンバーンは見る見るうちに回復していく。
後にサリナが見せた笑みは準備万端と言った具合だ。
おそらく────────終わらせに来るだろう。
「オンバーン〈ゴッドバード〉! 」
「〈つばめがえし〉で向かい打て! 」
黒い影と蒼い閃光が奔る。
嘶く。
二体の不死鳥は共鳴するように邪気を孕む。
加速する攻防はやがて“虚無”へと消え去った。
感じ取れるのは剣戟。
二つが互いの死力を尽くしてぶつかり合い奏でる音の響き。
「畳み掛けろ! 〈みずしゅりけん〉!! 」
「撃ち落せ! 〈りゅうせいぐん〉だ 」
ようやく戦場へ降り立った二体は、飛蝗の如く地を蹴り伏せ飛び出す。
だが星屑と手裏剣には明らかな力量の差があった。
『コァアア────────! 』
「ゲッコウガっ!! 」
押され、負ける。
自らの刃を悉く圧し折られ、満身創痍で地に転がる忍びの様。
「どうやら……終わったようね 」
負ける。
負ける負ける負ける負ける負ける負ける負ける負ける負ける負ける負ける負ける負ける。

ゲッコウガは忍びだ。
忍びとは苦難を耐え忍ぶ者たちのことを指す。
故にゲッコウガは────ゲンガー以上に負けず嫌いで……諦めの悪い奴だ。
『──────────────── 』
「…………来たか 」
観客席でイツキは微笑む。
彼との闘いで見せたゲッコウガの本領。
あれに完成形などはない。
変幻し続けること。
それがゲッコウガに与えられた唯一の完成形。
完成形がない……それが奴の完成形なのだ。
「な、なんだ!? 」
戦場に零れ落ちた水分がゲッコウガに収集されていく。
奴の特性〈げきりゅう〉。
それを利用し、あらゆる水を我が物と為す秘技。
「ゲッコウガ、変幻翼だ!! 」
『コゥウウァァアアアガァアアアア!!!! 』
背中から水が生える。
オンバーンの翼など優に上回る巨大な水の翼。
名付けて、変幻翼。
こいつの発動条件は特性〈げきりゅう〉が発動していること。
それと、夜であること。
勿論今は全く夜ではない。
ただ〈つきのひかり〉の月が条件を満たしたようだ。
「体力はあと僅か……ここからラストスパートだ! ゲッコウガ〈あくのはどう〉!! 」
高く跳ぶ。
忍びは不死鳥の如く天から標的を見下げた。
変幻翼とその掌から邪気の塊を生み出す。
その工程に刹那とかからない。
月下。
ゲッコウガは混沌の邪光をオンバーンへと放つ。
「くっ、これまでよりパワーアップしてる事は否めないよね……オンバーン〈ゴッドバード〉でガードして!! 」
黒影が纏う神のオーラ。
邪光はそれを避けるかのように裂かれていく。
だが。
「──────! オンバーンが……押されている!? 」
流されるようにオンバーンは地面に脚を付ける。
それを支えにしても、やはりオンバーンが押されていることに変わりはなかった。
それどころか支えにした地面さえ抉り取られていく。
何かが破裂する音。
それにハッ、とすると爆発が起きていた。
破裂したのは空間そのもの。
ゲッコウガとオンバーンの攻防を前に耐えきれなくなっていたのだ。
そこに追い討ちを掛けるかの如く。
「〈つばめがえし〉!! 」
絶え間などない。
音速でオンバーンを殴り飛ばした。
『オッバァアっ 』
転がりながら体制を整えるオンバーン。
そして。

「次で決める!! 〈ゴッドバード〉ぉオ!!!! 」
「向かい討て〈みずしゅりけん〉!!!! 」


変幻翼がゲッコウガの右拳に収縮する。
途端、収縮した水は急激に膨張を始め、ゲッコウガはそれを手裏剣と為す!
「────────っ 」
見る見るうちに手裏剣の色彩が変化していく。
水色ではなく────金色に!
『コゥゥガァアアアア 』
一挙に駆け出すゲッコウガ。
対してオンバーンは神の翼で向かい討つ!

「「いっけぇえええええええ!!!! 」」

光が渦巻く。
色彩が混沌と化していく。
見たこともない輝きの中に二体は溶けて。

──よくここまで辿り着いたな。ヒビキ ──
「俺だけの力じゃ無理だった。エックスやみんながいたからここまで来れたんだ 」
──そうか…… ──
「誓うよ……お前の望んだもの、信じたもの。全て理想だけで終わらせない。俺が実現してみせる 」

そう言うと奴は安心したように笑い、輝かしい光とともに消えていった。
「オンバーン戦闘不能、ゲッコウガの勝ち! よって勝者、金色 響!! 」
歓声が湧き立つ。
が、それと同時に力が抜けたのかゲッコウガも倒れてしまった。
「お疲れ様……ゆっくり休んで 」
モンスターボールの紅い光の向こうでサリナがオンバーンを慰めていた。
「ごめん、サリナ…………俺とオンバーンの闘いだったのに巻き込んじゃって 」
実際のところ、オンバーンはサリナの手持ちではない。
仮に彼女の手持ちが全て彼女のポケモンであったら、負けていたかもしれない。
「いいのよ……正直なところ、私に頂点は似合わないと思うの 」
「頂点…………? 」
「私よりあなたの方が地方を率いる器じゃないかしら? それに……見届けたくなったのよ。あなたと白銀 轟の闘いを 」
そうか。
このバトルを勝ち上がると言う事は、つまりノイズと闘うということ。
いや必ずしもそうとは限らないが、少なくとも約束を果たすには勝たなければならなかった。
「応援してるわ……悔しいけど、それで満足できるような気しかしないのよ 」
そう言ってサリナはフィールドを去っていく。
背中に悲壮感を担いながら。



「どうだ? ゲンガーの様子は 」
「今は大分楽になってきてると思うけど……かなりの重症で、ドクターストップかけられちゃったよ 」
病室にただ一人、ゲンガーの看護をしているとノイズが入ってきた。
ジョーイさんには色々詳しく説明されたけど、取り敢えず以降の戦闘は許してくれないらしい。
「そうか…… 」
「本当はトゲキッスにリベンジさせてやりたかったんだけどね 」
そう言っていると、ノイズは少し笑みを浮かべながら口を開いた。
「ならそれはお預けにしてやるよ 」
「え 」
「準決勝……俺もトゲキッスを使わないことにするよ 」
そう言いながら、ノイズはトゲキッスのモンスターボールをゲンガーが寝ている隣に置く。
「お互い認め合える敵と戦った方がいいだろ? 」
「ああ……ありがとうな 」
沈黙。
少し間を空けてノイズが思い出したように言った。
「水無月 劔…… 」
「ん? 」
「奴は必ず決勝へ進むだろう 」
ポケットからクシャクシャになった紙を取り出す。
ポケモンリーグ速報の記事だ。
「この見出し……そして試合内容 」
瞬殺の剣術士、現る。
水無月 劔は準々決勝において手持ちの半分だけを使って相手に完勝した。
しかも、半分というのは前二体が戦闘不能になったのではなく手持ちの交代を何度か行った結果、その戦闘で戦ったポケモンが半分ということである。
…………なんだ、これは。
「詳しい事は、俺も試合を見ていないからわからない……が、俺たちの内勝ち上がった方がこいつと闘うのは確実だ 」
「──────── 」
「ま、だからと言ってどうこう言う訳じゃないが……お前はずっと病室にいたからな。きっとこんな情報も得てないだろうと思ってな 」
コトネは……心配しかしなかったからね 。
「とにかく明日、半端な気持ちでバトルするのだけはやめてくれよ! ゲンガーが心配なのはわかるが……約束は果たしてもらう 」
「ふっ、冗談はいらないよ 」
面と向かってノイズと睨み合う。
今、思えばこんな状況になるのも久し振りじゃないだろうか。
「全力でやらなきゃ、全力でやってくれたゲンガーに失礼だ。だから僕は────全力でノイズを倒しにかかるよ 」
「ああ。俺もお前を全力で倒してやるよ 」

最高の親友にして最大のライバル。
二人の闘いは明日。

「僕は────俺は負けない!!



月光雅 ( 2016/10/02(日) 14:23 )