ポケットモンスターANOTHER








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― 金色の悪魔
記録49. 新たなる誓い
トクン、と。
「お待たせしました。それではいよいよジョウトポケモンリーグ一回戦第一試合を開始させていただきます 」
トクン、と。
脈打つ鼓動は明確な緊張を表す。
ポケモンリーグ本戦。
僕が今まで描いてきたもの、その果てがこの場にあると思うと緊張せずにはいられなくなった。
無論、これよりも壮大な駆け引き(バトル)はしてきた。
世界の為に自分の命すら売ろうとした。
が、それに対していた勇気などこの場では無力。
そう、今までは世界の為に闘ってきた。
ただ世界の為に。でも今回は違う。
僕は、僕自身の為に戦わなければならない。
自分の戦いが、勝利が、相手に与えた敗北と屈辱が全て────全てこの為にあったとすれば。
僕は僕だけじゃない。
僕の為に支えてくれた全ての人の為に闘わなくてはならない。
それを明確な使命とも言い切れないまま、はたまた無関係だと切り捨てることもできず。
僕は一体、何を持って“僕”とするのだろう。
そんな自問自答しか頭に回らなかった。
それでも歩まなくてはならない。
どうしても勝たなくてはならない理由がある。
約束がある。
僕はその約束の為に闘う。
否、担えるのなら前述した全ての為に闘うだけだ。
「まず初めに入場したのはヒビキ選手だ! 」
ドッと電流が流れるように、途絶えていた何かが僕を襲う。
沸き立つ興奮と力。
これから行うのは正真正銘の“ポケモンバトル”なんだ。

「ヒビキ…… 」
コトネ(わたし)は観客席で祈るばかり。
今まで一番近くで彼の戦いを見て、一番彼に寄り添ってきた。
“で、なんでついてくるの? ”
ふと、そんな言葉が頭を過ぎる。
でも今なら答えられる気がした。
彼女が彼と一緒に旅をし始めた理由があるならば、それはきっと今この時だろう。
彼には元々ただならぬオーラを持っていた。
私だけじゃない。誰もがわかるほどの凄まじいオーラを。
それが善なるものか悪なるものか、その時の私にはわからなかった。
だが彼はその両方だったのだ。
善も悪も彼にとっては他者を救うための道具でしかない。
無論、そんな者に“自我”なんて芽生えない。
でも私は彼に見て欲しい。
彼自身の姿を。その直球一本槍な生き方を。
善と悪と同じように私もきっと彼の人生に歪みをいれる道具だ。
それでも彼を支えたいと思った。
隣にいたいと思った。
だから私は────────。
「……頑張って 」

「続いて入場するのは──── 」
僕の視界に入ってくるのは見覚えのある影。
迫り来る彼女もおそらく僕を覚えているだろう。
やがて彼女の顔が見えた頃、“だろう”は確信へと変化していた。
女は明らかにそのような眼差しで僕を睨んでいる。
あの時よりも威勢良く、健気かつ優雅に。
「────サリナ選手! 」
司会が女の名を呼び終えると、女は威嚇に等しい笑みで口を開いた。
「久しぶりね。ヒビキ君 」
嗚呼、不器用なのが身に伝わってくる。
あれじゃ敵意丸出しじゃないか。
いや、宣戦布告ということか。
「お久しぶりです、サリナさん。まさかポケモンリーグに出場していたとは 」
敵意。殺意。
そんなモノ全て隠した笑みで話すとサリナはクス、と笑う。
歪な笑みはやがて暗い悲しみの表情へと変わった。
「……昨夜、コトネさんと話をしていたの。ラプラスについてね 」
やはり。
その話を持ちかけてくると思っていた。
さっきから何処か会話がぎこちない。
「その……居なくなってたって」
「ロケット団のボスにも掛け合ってみたけど、そこまで把握はしてないし、捜してみても居なかったそうだ 」
実際のところ、ロケット団の行動そのものがアポロの意思に背いていた場合も多い。
団員の勝手なアポロやサカキの意思の解釈による悲劇はラプラスの件に終わらない。
「あの頃、私が臆病でなかったら。ロケット団に立ち向かうくらいの勇気があれば、ラプラスを護れたかもしれない 」
震える声。揺れる心。
過去の自分に対する怒りが目に見える。
だが過去から学ぶ事もある。
弱い過去は進化の証。
そう、だからこそ彼女はあんなにも凛々しく立っているのだろう。
「私は強くなった。護るための力も得た。それを今日は貴方にぶつけるわ 」
見惚れるほど自然な笑顔。
先程の不器用さは晴れ渡り、温かい敵意のみ僕に向ける。
「それと、もうひとつコトネさんに聞いてみたんだけどね 」
「────────っ 」
「“もし闘うことになったら金色 響を倒していいか ”って聞いたら、“倒す覚悟で闘ってくれないと困ります ”って返されたわ 」
「………… 」
「当然よ。貴方を倒してこのリーグを勝ち上がって頂点に上り詰めてみせる! 」
その言葉に眼の色が変わる。
ひとりのトレーナーとして闘志を燃やすのは当たり前だ。
彼女の目指す場所、辿り着く場所は僕とは違う。
だが、その通過点が重なってしまった以上、僕は自身の全力を尽くさなくてはならない。
「────臨むところです! 」
強くそう応えた。
きっとそれが、過去に後悔を抱く彼女への唯一の救いだと信じて。
「両者、先発のポケモンを出してください 」
審判が煽る。
雑談もこれまでか。
なら。
「ゆけっ! マンムー! 」
「お願い! ニョロトノ! 」
ふたつのボールから光を浴びて現れる獣。
対峙するは2ほんキバポケモン・マンムーかえるポケモン・ニョロトノ
ふたつの距離は沈黙に満たされる。
そして。

ヒビキ<トレーナー>VSサリナ<エリートトレーナー>

「ニョロトノ〈めざめるパワー〉!! 」
「疾れ、マンムー! 」
ニョロトノの周囲から射出される火の玉。
巨獣は手毬の如く踊りそれらを躱していく。
華麗に魅せるショーのよう。
応援席からは驚きを含んだ歓声が沸き立つ。
それもその筈だ。
見た目に似合わぬ巨獣の動きぶり。
目を疑わない方が可笑しい。
ウリムーの時もイノムーの時も変わらない奇想天外な戦い方。
それが奴の真骨頂だ。
「〈こおりのつぶて〉!! 」
踏み込んだ脚に是非はない。
高く飛び跳ねたマンムーは弾丸を乱れ撃つ。
「〈みずのはどう〉よ! 」
蛙が打ち出す水の弾は悉くその全てを相殺した。
地響きを起こしながら地に降り立つ巨獣。
対峙する二体の距離は20メートル弱。
「〈ハイパーボイス〉!! 」
肺一杯の息を溜め込む。
それが極致にっした時、奴の攻撃は遂行されるだろう。
その前に。
「〈げんしのちから〉だ!! 」
大地を削ぎ取る。
不可思議に動き出したソレはマンムーを包み込み……。
「────防音の壁っ!? 」
「ヒビキ選手とマンムー、巧みな戦術で防御していく! 」
俺はずっと考えてきた。
起動力に欠け、耐久力が唯一の取り柄だったウリムーを勝てるようにする方法を。
それが奇想天外。
真っ当な戦いでは勝ち目などない。
“強いポケモン、弱いポケモン。そんなの人の勝手。本当に強いトレーナーなら好きなポケモンで勝てるように頑張るべき。あなたはそれを理解しているわ&#160;”
王道を行く邪道な戦い方。
それはマンムーだけじゃない、俺の仲間皆がそうだ。
だから俺は────悪魔、なのかもな。
「マンムー〈じしん〉!! 」
大地は大きく揺らぎ始める。
体勢を崩すニョロトノ。
そこに奇襲をかけるかの如く巨獣は走り出す。
「………… 」
何か可笑しい。
安定した足場をなくし体勢も崩れ、それでもなお焦る様子がない。
否、冷静なのならまだしも異様な程に焦っている。
それは焦ることを拒絶しているのと同じではないか?
何か────ある。
何かが。
「っ────マンムー退け!! 」
ついにはこちらが焦り攻撃の中断を指示する。
が、大地の揺らぐ中そんな声は届きはしない。
二体の距離は二、三メートル。
それでもなおニョロトノは招き入れるかの如くマンムーの攻撃を待っている。
いや招き、かつ待っているんだ。
飛んで火に入る獲物を────!
「ニョロトノ〈ハイドロポンプ〉!! 」
二体の距離は零。
噴き出す水はマンムーを突き飛ばし、フィールド壁へと叩きつける。
「な、なんてパワーだ 」
いくらマンムーが巨大であるとはいえ、どれだけの力を用いればあんな勢いで叩きつけることが出来る?
「マンムー戦闘不能 」
「決まったーっ! サリナ選手、零距離からの容赦ない反撃でマンムーを撃墜しました! 」
マンムーをボールに戻しスゥーと一呼吸。
負けられない戦い。
勝たなければならない戦い。
でもそれだけじゃない。
俺とポケモンとが本当に楽しんでなければ意味がない!
「いけっ! エレザード! 」
ポールから解き放たれ迅雷は君臨する。
龍の尾をしならせ、大きな襟で目の前の敵を威嚇する。
「ヒビキ選手、二体目ははつでんポケモン・エレザードだ! 」
対峙。沈黙。
先ほどとはまた異なる殺意がフィールドを満たしていく。
迸る緊張感は既に好奇心と化していた。
「────────っ! 」
剥き出しにした闘志とともに踏み出した足は何処か力強い。
疾る。
疾る。
駆ける迅雷は閃光の如く。
快感を覚えるほどの疾走で間合いに入っていく。
だが、蛙はそうはさせない。
「〈みずのはどう〉! 」
「〈10まんボルト〉だ!! 」
二つの間中で衝突する。
そこに散るのは音と光。
綺麗な情景と音色を奏でながら雷は水を圧倒する。
「ニョロトノっ!! 」
「ニョロトノ戦闘不能 」
「ここでニョロトノも戦闘不能! 両者凄まじい鬩ぎ合いです! 」
これで一応、同点。
次は何を出してくるんだ?
「頼んだわよ! トリトドン! 」
繰り出されたのはウミウシポケモン・トリトドン
奴のタイプはみず・じめん。
でんき・ノーマルタイプのエレザードには相性が悪い。
まだエレザードの体力も充分に残っていることだし、このまま闘うのは良策では無いだろう。
「戻れ、エレザード 」
3体目を晒してしまう事になるが、それぐらいのリスクは痛くない。
「いけ! ヘラクロス!! 」
地上に君臨したのは機械仕掛けの昆虫兵器。
1ぽんヅノポケモン・ヘラクロスだ。
「ヘラクロス、か 」
「そこらのヘラクロスと一緒にしてもらっては困りますよ 」
俺とヘラクロス、二人だけの唯一の闘い方を見せてやる。
「面白そうね。なら見せてくれるかしら? その違いを! トリトドン〈どろばくだん〉!! 」
トリトドンの喉奥から吐き出された爆弾はまるでそれぞれが意思を持つかのように不規則な軌道を描き宙を駆ける。
「ヘラクロス〈インファイト〉!! 」
構える。
直立ではなく腕を脚と成して。
殴るように大地を抉り蹴り飛ばしながら走り出す。
迫り来る爆弾の大半は蜚&#34826;の如く駆け、飛蝗の如く跳ねて躱す。
時に拳で弾き飛ばしながら泥のひとつひとつを捌いていく。
「なんだあのヘラクロスは!? とてもヘラクロスとは思えない動きをしている!! 」
「なっ、なるほどね……確かにこんなヘラクロスは初めて見たわ 」
より鋭く。より強く。より速く。
踏み込む脚は前へ。
大地を駆けるその体勢、その他の動作に是非はない。
着々と敵の攻撃を躱し弾きながら距離を詰める。
トリトドンへはまだ遠い。
が、ヘラクロスならその間合いなど二秒で詰められる筈だ。
「でもねヒビキ君。私も、それぐらいのイレギュラーで倒されるほどポケモンリーグを甘く見てないから 」
最後の二弾。
両脚で振り払うように弾き返す。
が、その先には何もなくフィールド上に取り残されたのはヘラクロスだけだった。
『ヘラ…………!? 』
「────っ上だ! ヘラクロス! 」
「〈のしかかり〉!! 」
叫声を上げた頃には既に遅かった。
遥か空高く飛び跳ねたトリトドンは自らの重さで急降下し、そのエネルギーをまるごとヘラクロスへ与えていた。
全く気づかなかった。
あれだけの巨体が跳ねたなら普通なら気づく筈だ。
だが、それを補うだけのトリトドンの素早さと〈どろばくだん〉のカモフラージュ。
「してやられた……! 」
「トリトドン〈はかいこうせん〉!! 」
『オオオォァァアアア────!!!! 』
奇妙な高音の遠吠え。
吠える獣の躰はコロイドで成り立っている。
地面と自分の間にヘラクロスの躰を挟み隙間を埋めて固定する事ができる。
脱出は不可能。故に必中。
トリトドンの持つ全てのエネルギーがヘラクロスを襲うことになる。
「ヘラクロスっ!! 」
純白の光が二体を包み込む。
刹那、視界が奪われたと思うと勝負はついていた。
「ヘラクロス戦闘不能 」
「ヘラクロスが……こんなにも容易く 」
嗚呼────甘く見ていたのは俺の方か。
ヘラクロスなら大丈夫だという安心感を抱いていたのは俺の方だったんだ。
無意識に抱いていたんだ。
ポケモンリーグはそんなに甘いものじゃない。
全力をぶつけてきたトレーナー達が集い、それでも負けてしまった者達の集う中、安心感なんて無礼ではないか。
俺は全力を尽くさなくてはならない。
そうでなければ勝利を得る権利なんてないじゃないか。
「戻れ、ヘラクロス! 」
────だから。
「行くぞ! ノイズ! 」
────俺は己の勝利を勝ち取る為に全力を尽くして闘う!
「ゆけっ! ゲンガー!! 」
『ゲンガァ! 』
「我が心に響け、キーストーン! 進化を超えろ、メガシンカ!! 」
眩しい光に包まれていくシャドーポケモン・ゲンガー
進化の繭は心臓の如く脈打ちながら膨張を始める。
地響き。
限界を迎えた繭はパキパキと剥がれ落ちていく。
そこから溢れるのは闇。
暗黒の空気が滝のようにフィールドへと流れ込む。
そして繭に秘められた核たる闇が今、解き放たれる。
『ゲンッガアァァァアアア!!!! 』
「くっ、メガシンカ! 」
「ヒビキ選手! 3体目にしてメガシンカをしてきた! 」
佇む重たい空気は我が物。
トリトドンの影は捉えた。もう逃がさない!
「ゴーストタイプ……か 」
「奔れ、ゲンガー! 」
黒い霧の中を悠々と駆けていく。
半分ほどの距離を詰めてもトリトドンは動じない。
「そのゲンガーは観察済みだ。自身の特性で動きを遮られるゲンガーなど恐る事はない! 〈どろばくだん〉!! 」
「ふっ、それはどうかな? 」
悪魔の如く嘲笑した。
彼女の観察に狂いがあるからだ。
今のゲンガーはもはや昨日の奴を遥かに超えている。
一夜で鍛えた技術とはいえ、原石は磨けば光るモノだな。

◇前日

「いけ、ドータクン 」
どうたくポケモン・ドータクン
見るからに硬そうな装甲。
イツキは僕の方へ向き直し、ふっと笑ってから言った。
「気がすむまで特訓するといいさ。ゲッコウガみたいなトリッキーなポケモン限定だけどね 」
その時に浮かんだのは、彼とともになら超えられると思える過去の自分だった。
走馬灯のように駆け巡るそれは一周したのち答えを出す。
僕の脳裏に最も鮮明に浮かんだのはノイズとの戦いだったのだ。
「イツキさん、実はゲッコウガよりも先に鍛えてほしいポケモンがいるんです 」
────数分後。
「くっ、手強い 」
「平面的に動くだけでは相手の思う壺だ。他のメガゲンガーと変わらない。立体的に動けないのなら、立体的に動ける空間を作り出せばいい! 」
「立体的に動ける空間……か 」
『ゲンッ…… 』



「ゲンガー、今だ! 」
『ゲンガァア! 』
幽霊は消え去る。
跡形も無くなった“立体的な空間”には虚無だけが残る。
「消えた? 」
無論、通常のゲンガーなら姿を消すだけで攻撃は受けてしまうが、このゲンガーは攻撃を受けない。
否、そこに存在していないのだから。
「〈シャドーパンチ〉!! 」
『ゲンッ!! 』
トリトドンの懐から現れた影は見事なアッパースイングを決める。
『オァァア────────ッ!! 』
重たい躰が宙を舞う。
これが俺のゲンガーの闘い方だ。
「〈かげふみ〉は相手の影を自分と結び逃がさない特性だがそれを応用した技術を俺たちは編み出した。影に化けその中を移動する能力 」
「影……まさか 」
「本来なら影はトリトドンとゲンガーの間にしかできないから、その影目掛けて攻撃すればいいが、俺のゲンガーがメガシンカ時に発生する黒い霧はフィールド全体に影を作り出す。故にゲンガーはフィールドそのものを征するってことだ 」
平面的な軌道を平面そのものにする。
いや平面にゲンガーだけの世界を創り出す。
その平面こそが俺たちの立体的な軌道だ。
「ならトリトドン〈だくりゅう〉よ!! 」
なるほど。
確かに濁流で黒い霧を流せば影は消える。
ゲンガーの世界は狭まるだろう。
だが己の世界だけにしか趣向を向けられない様では勝ち上がれないだろう?
「〈あくのはどう〉!! 」
必要なのは壊す覚悟だ。
自分の戦場でしか勝てないようでは対応しきれない。
波動は濁流を真っ二つに引き裂いていく。
標準はトリトドン。
奴はもう躱すには手遅れだ。
『オァ────ァア 』
暗闇がトリトドンを襲う。
満身創痍に成り果てた巨体は大きな音を立てながら倒れる。
「トリトドン戦闘不能 」
緋色の光に吸い込まれていく巨体。
主はちと、ため息を吐く。
「凄い。予選とは段違いね 」
「師匠に鍛えてもらいましたから 」
腰に触れてモンスターボールを探る。
その仕草から分かるのは、彼女にとってこのゲンガーがかなりの脅威であるということ。
「はぁ 」
再びため息。
「出し惜しみしても仕方ないわよね 」
ボールを振り翳す構えに迷いはなく。
その目付きは今から出すソイツがゲンガーと対等の闘いができることを物語っていた。
「いけっ、サメハダー! 」
『メダァア! 』
「深海に眠る絆に応えよ、キーストーン! 進化を超えよ、 メガシンカ! 」
きょうぼうポケモン・サメハダー
奴を包む繭は水の球体。
脈打ちながらサメハダーを圧迫するように収縮する。
やがて溢れ出る光。
感じる。
とてつもない憎悪を。その根源を。
『メィダァァアァアアア!!!! 』
メガサメハダー。
対峙した二体。
フィールドはますます不穏感に包み込まれていく。
「エリナ選手もここでメガシンカポケモンを選出してきたー! 準々決勝まで勝ち進んだ者同士のメガポケモンバトル! 必見ですよ! 」
そんな不穏感を更に覆うような歓声。
ただそれは覆うだけでトレーナーに届きはしない。
この空間は戦場だ。
ちょいと気を抜くだけで後悔する場だ。
歓声など応えている暇はない。
否、その者は戦いの意味を間違えている
戦いが魅せるショーなのならば、歓声に応えるものもまた魅せる戦いではないだろうか。
故に僕は舞う。
この戦場(ステージ)の上で華麗なショーを繰り広げてみせる。
「ゲンガー〈あくのはどう〉!! 」
「サメハダー〈れいとうビーム〉!! 」
悪感を切り裂くふたつの閃光。
それはもう、この世の物とは思えないほど輝かしく。
──────異常なまでの狂気を帯びていた。
『ゲルゥゥウ…… 』
太い声で嘶く霊は狼のよう。
赤い瞳は敵に恐怖と絶望を与える彼の飾り。
『メダァアアアア!! 』
一方、鮫は出刃庖丁の如き牙を見せつける。
今にもこちらの魂ごと噛み砕きそうなほどの威圧。
互いが互いを威嚇し、威圧するこの状況。
二体にとってはショーの開演の合図にすぎない。
「サメハダー〈かみくだく〉!! 」
『メッ────ダァァア!!! 』
荒れ狂うように飛び出したのは間違いなく鮫だ。
まるで極限まで餌を与え続けなかった獣のように。
地上を大海原と成して泳ぐ。
奴の闘志を埋め尽くすのはゲンガーを噛み砕くという機械的行為への意志のみ。
否、それだけでよかった。
獲物に喰らいつく獣に他の何が要ろうものか。
「〈シャドーパンチ〉だ!! 」
喰らい付く光速に神速をぶつける。
目前には奴の口。
腹の奥まで見えそうなくらいに開いている。
ゲンガーが振り翳す拳。
そんなもの容易く&#21534;み込めそうなくらい大きく開いていた。
「それがどうしたぁっ!! 」
踏み込む一足は力強い。
狙いは奴の喉の奥。
神速という前述に偽りはない。
喰らい付かれる前に奴を凌駕する。
「喰えるものなら────喰ってみやがれっ!!!! 」
振り下ろす拳に是非はない。
叩き伏せる打撃。
奴の脅威、威圧、意志、欲を全て否定する────!
『ッ────────! 』
ガチン、と。
ゲンガーの手足が凍りつく。
両断した筈の奴の躰がこちらの躰を呑み込む。
肩、いや背中までホッチキスのように喰いつかれた。
ゲンガーの全身から自由が消えていく。
殴りかかった右腕から来る締め付けられるような感覚。
否、感覚ではなく事実。
ガチガチと牙が正しく擦れていく音とともに腕が細くなるんじゃないかというくらい挟まれていく。
『────ゲ、ン────! 』
「捕まえた……それじゃあサメハダー
────噛み砕いてっ!! 」
「あ────あ、 」
なんだこれは。
なんなんだこの怪異は。
その時俺は漸く理解した。
サメハダーに躰などない。
あるのはホッチキスの役割を果たす機械的構造だけだと。
故に口。
あるべきは口のみ。
その他は奴に必要ない。
威圧を与える目も口に比べれば飾りにすぎない。
『メ、メ────メダァ 』
嗚呼。
全身が凍りついていく。
怪異を見た。
見たことのない怪異を。
あり得る筈のない怪異を。
だが、俺にはこの戦い方に見覚えがあった。
何しろ自身がその類だからだ。
「捕まえた、か。本当にそうなのかな 」
「なに!? 」
次の瞬間、サメハダーの視界からゲンガーは離脱していた。
いや、サメハダーの視界がゲンガーを捉えていなかったのだ。
ガチガチン。
鉄鋼同士がぶつかるような音。
鮫の出刃庖丁は横一列、綺麗に並ぶ。
サメハダーの躰は宙を舞っている。
そう、鮫は殴り飛ばされていたのだ。
「サメハダーっ! 」
「言った筈だ。ゲンガーは影を移動できる。それは全身に限ったことではない。身体の一部、例えば左腕だけでも 」
「────────っまさか! 」
「そう。サメハダーが右腕に噛み付いている間、左腕はサメハダーからもサリナさんからも死角になる。その間に密かに影の中を移動させたのさ 」
そして後方からサメハダーを殴り飛ばした。
これまでが一連の流れ。
ゲンガーは怪異を怪異によって回避したのだ。
「ゲンガー〈10まんボルト〉だぁっ!! 」
「サメハダー〈れいとうビーム〉っ!! 」

◇観客席

スッ、と。
指が剣刃をなぞる。
「っ、いつもより斬れ味が良さそうだなぁ 」
フィールドを見た途端飛び込んでくるのは壮絶な戦い。
掌を舞うように剣を回し苦無のように構える。
「やっぱり、この剣も彼と戦いたがってるってことかな 」
光を反射する剣尖。
剣身に映る瞳は青色。
「必ず勝ってよ。ヒビキ君 」
僕は必ずや決勝に残ってみせるからさ。

月光雅 ( 2015/08/24(月) 13:58 )