ポケットモンスターANOTHER








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― 金色の悪魔
記録47. 悪の極限
初戦、俺はノイズとのバトルに敗れた。
“決着は本戦で、な? ”
第二戦、三戦、四戦では四天王の三人と戦い、悪戦苦闘の末に勝利を収めた。
“君は進め。そして四天王の本当の怖さを確かめるがいい! ”
“貴様とポケモンの絆、確と見せてもらった。自信を持って、次のバトルへ挑むがいい ”
“少年よ……倒れたものの分まで存分に闘え! ”
6Btとともに得たものは、俺が忘れていたバトルの真髄。
リーグ本戦の出場条件、8Btの壁には、あと僅か2Btが足りない。
そして、それを埋め合わせるのが次の闘いだ。
「ん……? 」
不意にポケギアが鳴った。
少々慌てながら、その相手を確認したが────。



「ブラッキー、お願い 」
「いくよ、イノムー 」
四天王最後の一人、カリン。
この闘いこそ──リーグ出場条件、そしてノイズとの約束を賭けたバトルとなる。
「あなたがヒビキ。ふうん、なかなか面白そうね。見ての通り、(あたくし)が 愛しているのはあくタイプの ポケモン! 」
『ブラィィァ! 』
透き通る美声を聴き、ポケモンは威勢良く前へ出で来る。
その美しき瞳でこちらを見つめる者こそ、彼女の相棒、げっこうポケモン・ブラッキー
否、見つめるというより、睨むという方が正しいかもしれない。
無論、奴からは殺意どころか敵意さえ感じ取ることはできない。それを隠している素振りすらない。
だがその瞳の奥底に眠るもうひとつの刃が、イノムーの首を今にも刎ねんと構えていた。
「────────っ 」
咄嗟に引き攣った笑みで顔を覆った。
相手がそれに気付かない訳がない。
ただ、そうでもしなければならないという脅迫観念が、いつの間にかヒビキの心には湧いていた。
カリンが怖いわけではない。
はたまた、ブラッキーが怖いわけでもない。
ただただ、負ける事への恐怖を抱いていた。
「もしかして、緊張してる? あなたで相手にになるかしら? 頑張って私を楽しませてほしいものね。じゃ、はじめましょ! 」

ヒビキ<トレーナー>VSカリン<四天王>

「イノムー〈こおりの──── 」
先手必勝。
バトルが始まった直後に、攻撃を仕掛ける。
その時には既に、負ける事への恐怖は捨てていた。
相手は負ける事を考えながら勝てる程甘くはない。
そう、甘くはない。
「〈ふいうち〉! 」
「つぶ────────て………!? 」
こちらが攻撃を指示するのに、2秒なんてかからないだろう。
だが、ブラッキーはカリンが指示を出し、こちらが指示を出し終える一瞬に、イノムーの背後に回っていた。
「躱せっ!! 」
『ムッ……………ィ! 』
回避の指示を出すも、僅かに遅い。
蹴り飛ばされた躰は土の上を滑っていく。
巨体であるからこそ、飛距離は短いものの、受けたダメージは大きい。
「こんな風に形振り構わぬ闘い方を得意にしているの。どう? 素敵でしょ? 」
「ああ。とっても痛い。こちらの動きが遅かったとはいえ、全く隙を作らない華麗な一撃でしたよ 」
「あら、まるで別人ね。バトルが始まる前とは大違いよ? 」
「これなら楽しめそうですか? 」
「そうね……少なくともさっきよりは 」
本当に、不思議なものだ。
彼女との闘いに恐怖を抱きながらも、俺はこのバトルを楽しもうとしている。
勝利とか、敗北とか、約束とかじゃない。
ただ楽しむため。それだけで闘おうとしている。
シバ、これも貴方が伝えたかった事なのか。
俺らしい闘いとは、自分らしい闘いとは、勝利にこだわるだけでは見出す事はできない。
だから────────ただ。
「イノムー〈げんしのちから〉! 」
原始。
それは、そのポケモンが本来持つべき力。
時の流れに封印されたその因果を自分に憑依させることで、その加護を得る。
金色響という人間に金色創の人格が入り込んだ様に。
イノムーの祖先の力を集中させ、今、ひとつの弾丸と為す。
「ブラッキー〈シャドーボール〉! 」
対するは、黒い影の球体。
原理も、法則も、何一つとない技。
ただ“敵を穿つためだけ”に存在する。
俺はその存在意義に魅了されていた。
その在り方が美しいと感じたのだ。
『ノッムゥゥゥウウ!! 』
『ブリィアアアア!! 』
放たれた二つの弾丸は、対峙する二体の空間を駆けていく。
その間、コンマ0.01秒。
視認できた頃には、二つは衝突していた。
爆風は中心から同心円状に広がっていく。
イノムーが後退してしまう程なのだから、その強さは尋常ではない。
「ブラッキー〈バークアウト〉! 」
黒い影は、その鋭く尖る牙を見せつけながら、周囲の大気を吸い込む。
次の瞬間には、きっとその全てを放出しているだろう。
“バークアウト”。
相手の体力を減らすうえに、特攻を下げてしまう特殊な技だ。
その起源が音なだけあって、ただの攻撃では防げない。
しかし────詳しい原理は、金色 響にはいらなかった。
音には音で対抗する。
それが理由ではいけないのだろうか。
否、理由など、原理などつけている暇はない。
『ギィイ”────────!!!! 』
ブラッキーが聴覚を削ぐ、それとほぼ同時。
「イノムー〈じしん〉だ!! 」
そう唱えた途端。
大地は唸り声とともに踊り始めた。
表面から、徐々に剥がれてゆく地面は、重力なぞとっくに忘れているだろう。
『────ッラ 』
奇声は止まる。
安定しない足場では、叫び声なんてあげにくいし、どちらにせよ唸り声が掻き消す筈だ。
それでも、黒影はなお、その身の美しさを忘れぬまま、飛び廻る岩石を舞うように渡っていく。
「〈シャドーボール〉! 」
正面に瞬く。
宙に留まった閃光はまさに月の如く────。
「っ────────受け止めろ! 」
月から光の豪雨が降り注ぐ。
無数に放たれるそれを、イノムーは受け止めていく。
次々と放たれる弾丸にも巨体はビクともしない。
「何の真似? 」
「そうですね……そろそろいい頃合いだ 」
今の攻撃で、イノムーは一気に危機に追いやられた。
が、危機を好機に変える技。それが。
「イノムー〈がむしゃら〉! 」
飛び出した巨獣は手鞠のように。
重たい筈の躰を踊らせながら空間を駆ける。
突撃。そして一閃。
突き出した矛は、巨体そのもの。
イノムーは身を挺してブラッキーを殴り飛ばす。
『ブラィッ──── 』
「詰めろ! 〈こおりのつぶて〉! 」
無防備になったその隙を逃さない。
巨獣はさらに前進しながら、氷の刃を無数に構える。
が…………、

「ブラッキー〈くろまなざし〉! 」
────その瞬間、“全て”が凍りついた。
開かれたブラッキーの真眼。
その黒い瞳には光は宿らない。
それでもなお、その眼は美しかった。
「楽しかったわ。でも、終わりにしましょう 」
カリンは冷酷な笑みでそう言った。
イノムーの躰は、視界を阻む為の目蓋さえも動かない。
氷雪の巨獣は、文字通り“凍りついていた”のだ。
「こんな……技が 」
絶望しつつも、まだ諦めるわけにはいかなかった。
思い出してしまったのだ。約束を、誓いを。
バトルを楽しむことは構わない。
だが、勝てない事に妥協して、それが楽しいバトルとも思えない。
全てにおいて、攻略法はある筈だ。
それを探さずして、負けて、どうノイズに顔向けできると言うのだろうか。
「くっ………………! 」
見つからない。
眼は閉じれず。躰は動かないまま。
どうすればいい。
『ムッ────────ゥ 』
おそらくだが〈こおりのつぶて〉〈げんしのちから〉は、なんとか使える。
が、それだけで、奴の邪眼を閉ざすことは出来まい。
どうすればいい。どうすれば。



「ん……? 」
不意にポケギアが鳴った。
少々慌てながら、その相手を確認したが────非通知と表示されている。
しかし、出ない理由もなく、ヒビキは電話に応答した。
“────ヒビキ君。どうやら、シバも倒したようだね ”
「イツキさん!?なんで僕の電話番号を…… 」
“まあ、細かいことは気にしないでくれ ”
そう。
電話の相手は、四天王の一人、イツキだったのだ。
“これから最後の一人と戦うのだろう? ”
「ええ。そうですが 」
“気を引き締めておけ。彼女は四天王の中でおそらく最強だ ”
“最強”。
イツキは、そのような言葉を他人に冗談で使うような人ではない。
彼がそう言うのだから、きっとそうなのだろう。
“彼女を例えるなら、メドゥサが相応しい。あらゆるものを魅了し、凍りつかせてしまう ”
「メドゥサ…… 」
“だが、君は楽しめばいいだろう。君ならきっと、勝てる筈だ ”



メドゥサ。
それが彼女を飾る言葉だとイツキは言った。
「そうか…… 」
正直なところ、閃いたその案に確信はない。
だがやるだけの価値はある。
「イノムー〈こおりのつぶて〉! 」
「一点から放たれるだけの弾丸で、私は止められないわ! 」
「いいや、止まりますよ。“凍りついたように”ね 」
構えた氷は、徐々にその体積を大きくし、やがてブラッキーとイノムーを隔てる壁となった。
「なるほどねぇ。確かにそれなら邪眼は見えない。でもそれでどうするの? ブラッキーが動けば結局同じ────っ!? 」
カリンは、初めて驚いた表情を見せた。
ブラッキーが静止していたのだ。
「だから言ったじゃないですか。凍りついたように止まる、と 」
カリンの表情は険しくなってゆく。
どうやら、ブラッキーが凝固した理由に気づいたらしい。
そう。
〈くろいまなざし〉は光信号。
故に、反射も可能だ。
反射された光を見てしまったブラッキーは、動くことができない。
“自分の目が閉じるまで、永遠に”。
「ふっ、面白い。でもブラッキーが〈シャドーボール〉で壊してしまえば──── 」
邪弾が構えられる。
そう。
この壁が壊れれば、ブラッキーは動けるようになる。
こちらが安全なのも、ほんの一瞬だけ。
でも、それで充分だった。
「イノムー!! 」
『イームゥ! 』
壁が壊れる。
しかし、イノムーは凍りつかない。
「っ! 眼を閉じている!? 」
「そう。脅威である〈くろいまなざし〉も、光信号として認識しなければその効果を喰らわない 」
「くっ、だけど眼を閉じていれば戦闘なんてできない。〈シャドーボール〉! 」
ああ。
眼を閉じている以上、相手の攻撃もフィールドの形すら見えない。
だから、俺がいるんだ。
「イノムー、10時の方向に〈こおりのつぶて〉! 」
弾丸は相殺する。
見えない=わからない、というのは偏見だ。
トレーナーがポケモンを導けば、答えは見えてくる。
「走れイノムー!! 」
真っ直ぐに走り出す。
そこに迷いはなく、イノムーはただ、ヒビキを信じている。
「ブラッキー〈シャドーボール〉!! 」
「正面から来るぞ。右に躱せ! 」
全てヒビキの指示通り。
盲目となったイノムーは彼の言葉を辿っていく。
「跳べ、イノムー!! 」
『ムゥァァアアア!!!! 』
イノムーは地を蹴り、宙に舞い出る。
踊り駆ける氷雪の巨獣。

そして、その躰は光を放つ────!

「あれはっ!? 」
「進化の光! 」
光に包まれ、イノムーはその身を変えていく。
やがて。
『ムゥアアアゥヴ!! 』
2ほんキバポケモン・マンムー
「マンムー……! 」
ふっ、逞しくなったな。ウリムー。
巨獣は急降下を始める。
きっと、これがラストチャンスだろう。
ヒビキは声を荒げながら指示した。
「マンムー〈ばかぢから〉だぁあ!! 」

砂塵が舞起こる。
二つの影は見えない。
が、徐々に巨大な影が見え始めた。
「マンムー……! 」
そして煙が晴れた後、マンムーの横に倒れるブラッキーの姿があった。
戦闘不能である。
「ふっ、私の負け……ね 」
モンスターボールにブラッキーを直すと、カリンはこちらに歩み寄り言った。
「強いポケモン、弱いポケモン。そんなの人の勝手。本当に強いトレーナーなら好きなポケモンで勝てるように頑張るべき。あなたはそれを理解しているわ 」
「──────── 」
「楽しいバトルだったわ。ありがとう 」
手を振り、カリンは去っていく。
その背中にもまた、美しさを忘れずに。

────金色 響選手。本戦への出場が承認されました。会場へお戻り下さい ────

バトルライトはそう言い残し、光を失った。



「案外遅かったな 」
「ごめん。ちょっと手間取って 」
ポケモンリーグ会場へ戻ると、ロビーでノイズが待っていた。
ポケモンを回復させている間、ヒビキとノイズは、互いに予選でのバトルについて話し合っていた。
「ところで、ノイズが予選一番乗りだったのか? 」
「いや、俺は二番で、お前が三番だ 」
「そうか…… 」
取り留めもなく交わした話だったが、ヒビキはこの時点で察していた。
誰が一番早くに予選を突破したのかを。

“君と決勝リーグで戦えることを……楽しみにしているよ ”

水無月 剣(ミナヅキ ツルギ)………… 」

記録47. 悪の極者

次回. 神の世界


月光雅 ( 2016/06/11(土) 20:11 )