ポケットモンスターANOTHER








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― 金色の悪魔
記録46. 拳の極者
「────────っ 」
ズシ、と地面を揺るがす足音。
僕の前に立ったそれは、人というより獣であった。
「俺は……四天王のシバ。貴様、名は? 」
「ヒビキ。金色 響です 」
「……俺は、自分たちが持っている可能性を信じて、いつも限界まで鍛えてきた。そうして強くなった。俺たちに敵うと思うか? 」
獣人が問う。
威圧ある質問に答えるべく前へ踏み出る。
「僕は、僕たちが持っている可能性を信じるだけです! 」
言霊を強く言い放つ。
それを巨大な影はフッ、と笑った。
それは、決して僕を馬鹿にしたものではなく、僕を認めたものであった。
「ほう、恐れはないようだな 」
「当然です! 」
「……いい顔をしている。それでこそ闘うに相応しい 」
両者は後退する。
程よい距離を開けて、二人は対峙した。
「いくぞ! ヒビキとやら。俺たちのハイパーパワー……受けてみるがいい!ウ────ハッ!! 」

ヒビキ<トレーナー>VSシバ<四天王>

「ゆけっ、カイリキー! 」
「────カイリキー、か 」
かいりきポケモン・カイリキー
四本の腕とその馬鹿力は厄介だ。
だが。
「ヘラクロス! 」
こちらが繰り出すのは1ぽんヅノポケモン・ヘラクロス
かつて、カイリキーに敗れ、シジマのもとで鍛えられたポケモンだ。
「ヘラクロス────いくぞ!! 」
右腕を前へ。
ヒビキのキーストーンと、ヘラクロスのヘラクロスナイトが反応し合う。
黄金の輝きを放つ繭が、ヘラクロスを包み、
今────────解き放つ!
『ヘラァァアア!! 』
戦場に、メガヘラクロスは君臨した。
「メガシンカ、か…… 」
「ヘラクロス〈メガホーン〉! 」
鋭き一角を矛として、機械獣は標的へと跳ぶ。
その間合いへ迫るに刹那もいらなかった。
踏ん張る両脚は大地を削ぎ取りながら、満ちる力を矛へと集中させる。
「〈ちきゅうなげ〉! 」
「っ────────!? 」
突きつけた筈の矛は、カイリキーの外を廻る。
流された渾身の一撃は、そのまま地面へと叩きつけられた。
『ヘ────ァッ…… 』
「そんな…… 」
あのガタイの大きさなら、躱すことは不可能だ。
受け止めようとすれば、角に蓄積したエネルギーを放出する。
故に、この一撃は必中だと思っていた。
が、それは難なく流されてしまった。
「くっ、〈ミサイルばり〉! 」
腕のアーマーを展開し、唸る弾丸を射出した。
宙を駆ける弾丸は未知の軌道を描きながら舞う。
「〈クロスチョップ〉! 」
されど、カイリキーはその攻撃をも、いとも容易く捌いていく。
鉄心は弾かれ、それを弾いたカイリキーの手は傷一つない。
「そのヘラクロス……力の制御は見事なまでに完璧だ。が、しかし、その闘いには誇りが欠けている 」
「誇り……? 」
「そう、他者に……シジマさんに教えられた闘い方に囚われすぎて、貴様らしい闘い方ができていない 」
「な────────っ 」
見抜かれていた。
この人はシジマを知っている。
その闘いも、攻略法も、おそらくは。
だって彼は。

◇4ヶ月前────タンバジム

「お前なら……会うことになるかもしれない 」
「? 」
ヘラクロスのモンスターボールを渡した直後、シジマはそう言った。
「わしの弟子だ。
……奴の本質はわしとは根本的に違っていた。わしと共に修行していると、奴はすぐにわしを超えていきおった。今では────いや、それを言っては面白みがないな 」
「シジマさんの弟子…… 」
「あれはもう、弟子というレベルも超えていたがな 」



「他人から借りた闘い方に自信を持っていたとは……笑わせるな! 」
「っ────────! 」
「俺に勝ちたくば、己の闘い方で俺を圧倒してみせろ! 〈いわなだれ〉! 」
己の……闘い方。
その時点で俺は、自分の思考の中に呑み込まれていた。
金色 響にとって、自分らしい闘いは、ポケモンと意志を重ねた全力の闘い。
しかし、メガヘラクロスは全力で闘い続けると、自らの力に溺れて自滅してしまう。
あ────────が。
「ヘラクロスッ! 」
『ヘィラッ! 』
薄皮一枚で崩れ落ちる岩石を躱す。
そのまま後退するヘラクロスに、カイリキーはさらに間合いを詰め。
「〈クロスチョップ〉! 」
振り下ろされる腕。
奴のソレは、もはや鋼。
真面に受けてしまえば、一気に瀕死へ追い込まれてしまうだろう。
「ヘラクロス〈グロウパンチ〉! 」
迫り来る鋼に拳で向かい打つ。
が。それでは届かない。
このままなら、ヘラクロスの右腕は粉々に砕け散る。
「重ねろ────〈インファイト〉! 」
奔る拳撃は無数。
個々の拳に応えるかのよう、拳を交わした。
だが、それを積み重ねる程に、ヘラクロスの拳は進化を遂げている。
それが〈グロウパンチ〉の真骨頂だ。
奔る。
奔る。
その度、交わす拳は、互いに鋼と化していく。
『ヘイラァア!! 』
会心の一撃がカイリキーを突き飛ばす。
が、それも知れている。
突き飛ばす、といっても、少し間合いから外へ出す程度だ。
そのような距離など、あの巨体はコンマ一秒で詰めてくれよう。
なら、次に取るべき行動は、必然的に導き出される。
「ヘラクロス〈ミサイルばり〉だ! 」
後退しても瞬時詰めることができ、物理技は間合いの外、なら、この攻撃をするよりほかはない。
例え、それが読まれていたとしても、この至近距離で全ての弾丸に対処するなど、腕が四本あろうと足りまい。
「受け止めろ! 」
「チィ──────── 」
思わず唇を噛む。
そう、奴の腕は鋼の塊。
頑張って攻撃を躱そうとして懐を突かれるのと、その鋼を盾とするのと、どちらを選択すべきか……。
「ヘラクロス〈メガホーン〉! 」
「〈ちきゅうなげ〉だ! 」
選択した技は、初めと何ら変わりはない。
このままでは、ヘラクロスの攻撃が受け流され、ただ地面に叩きつけられるだけだろう。
だが────そのような失態はしない。
「ヘラクロス〈ミサイルばり〉! 」
「ハ────カイリキーにそれは効かないと理解させたはずだが? 」
「確かに、当てることに意味なんてない。撃つことに意味があるんだ! 」
銃弾を撃つ瞬間、拳銃はどうしても射撃方向の反対へ退いてしまう。
それは、どれだけ上級の射撃者が撃ったとしても言える話だ。
拳銃が退こうとすることに変わりはない。
ヘラクロスはどうだろうか。
今まで、脚を地面に着けて固定することで、自身を動かぬ砲台と化してきた。
だが、今は空中。
支えるもの何1つない拳銃は、銃弾の勢いと同じ勢いで退く。
四天王として、選択すべき闘い方は“負けない”闘い方ではなく“勝つ”闘い方だ。
故に────カイリキーの護身術はあくまで真似事。
攻撃を受け流し、地面に叩きつける間には、少しだけ腕を離す時間がある。
その間、ヘラクロスは銃弾による反作用を受けて後退する。
すなわち、こちらも攻撃を受け流す体勢に持ち込めたというわけだ。
『クロゥ……ッ! 』
それだけでは収まらない。
完全に受け流し、完全に叩きつけたと思い込んでいたカイリキーの隙に、ヘラクロスは奇襲を仕掛ける。
「ヘラクロス〈インファイト〉! 」
「ふっ、カイリキー〈クロスチョップ〉! 」
が、それも見事に躱されてしまった。
体勢こそ有利なものの、それも時間の問題だろう。
これではさっきの二の舞になってしまう。
『ガッ──────── 』
「え 」
条件反射よりも瞬間的に。
カイリキーはヘラクロスの拳を止めた手を引っ込めた。
「厄介な拳だ……弾くだけでこのダメージとは。退け、カイリキー 」
おそらく、攻撃力が限界に達した拳が、カイリキーの防御力を上回ったのだろう。
どうあれ、攻めるなら今しか……!
「詰めろ! さらに〈グロウパンチ〉! 」
後退する間合いに踏み込んだ。
離脱など許さない。
極限までに進化した拳は一閃、カイリキーの腹部を突いた。
『カ…………イッ! 』
効いている。
確かに、効いてはいる。
だけど。
「〈リベンジ〉だ! 」
鋼の如き拳に、真上から叩き伏せられる。
大地と強打した躰は、起き上がる事を忘れていた。
「ヘラクロスっ! 」
死体のように動かない躰は、カイリキーによって宙へとぶら下げられた。
カイリキーは、空いた下右腕を大いに振りかぶり。
「〈クロスチョップ〉!! 」
再び剛拳が迫る。
今、この状況において、この攻撃を防ぐ術はない。
が、利用する術ならある。
しかし、この方法ではヘラクロスは瀕死同然の状態になる。
成功は好めない。
それでも、勝つ方法と負けない方法。そのどちらを取るべきかは、よく理解しているつもりだ。
だから。
「ヘラクロス、クロスカウンターだ! 」
「なっ!? 」
刹那。二つの拳が交差する。
カイリキーの腕に巻きつく蛇のように重ねられたヘラクロスの拳は、標的の頭部を殴打していた。
カイリキーの拳もまた、ヘラクロスの頭部を殴打せんとしていたが、間一髪で軌道はそれている。
カイリキーはよろめきながら退く。
瞬時にして離した距離は二十メートルにも満たない。
「ふ、そうだ。これだ。それが俺がお前に求めたものだ 」
「これが……? 」
「そう。貴様は今、咄嗟に自分の中にある引き出しから“クロスカウンター”という技法を取り出した。それは、己の闘い方を主体とした応用。それ自体が貴様の闘い方というわけではない。努、忘れるな! シジマの教えた闘い方は、自分らしさを引き立てる技法に過ぎないという事を! 」
「────────っ! 」
俺は勘違いしていた。
力の制御を前提とした、自分らしい闘い方。
それがシバの求めていたモノだと思っていた。
でも逆だったんだ。
自分らしい闘い方を基盤とした闘い方。
それをただ制御するだけのこと。
パワフルなだけがヘラクロスの取り柄ではない。
制御すべきは力だが、俺のヘラクロスの得意とする分野は他にある。
他のヘラクロスとは異なる一面。
それを最大限活かせる闘い方。
力に頼らない、ユーモアのあるソレが、シバの求めた闘い方なんだ。
では、それはどのようなものなのか。
自分らしさ……だけでは足りない。
そこにある利点を見出さなければならない。
そして、それこそが。
「地を這え! ヘラクロス! 」
「ぬ………? 」
もとより、昆虫というのは全ての脚を用いて移動するものだ。
ヘラクロスが四足歩行になって何が悪い。
「カイリキー〈クロスチョップ〉! 」
「躱せ────────! 」
姿勢が低い分、四本の腕の餌食にはなりにくい。
さらに、四脚全てを回避に使うことができる。
「くっ、速い 」
「〈グロウパンチ〉だ! 」
飛蝗の如く飛翔する。
振り上げられた鋼は、急降下とともに疾風を纏う。
「受け止めろ! 」
突きつけた剛拳を、四本の腕が食い止める。
どれほど強く突きつけようが、その腕が動くことはなく、剛拳の侵攻は停止していた。
「右腕のアーマーをパージしろ! 」
爆風と共に装甲は散った。
無防備になった右腕を引っ込めて一時後退する。
その間も、刹那。
でなければ、隙を突かれかねない。
「カイリキー〈クロスチョップ〉! 」
案の定、敵は詰めに掛かってきた。
「ヘラクロス〈ミサイルばり〉! 」
「弾け! 」
カイリキーの拳に弾かれてゆく弾丸。
尤も、あの鋼の塊に“正面から”の射撃が効くわけがない。
しかし。
『カ、ガイ……ル 』
カイリキーの背中で爆発が起こる。
外した装甲から飛ばした弾丸がカイリキーに命中したのだ。
突き飛ばされてくる巨体にヘラクロスは、再び標準を合わせた。
「〈グロウパンチ〉だ! 」
ブン、と拳を振るう音が聞こえる。
神風の如く奔った拳は、カイリキーを突き返た。
「カイリキー!? 」
「決めるぞ! ヘラクロス! 」
「ヘラッ! 」
突風となって走り出す。
同時に、ヘラクロスを覆う装甲は七色の光となった。
そして、それを一点に募らせる。
────────ヘラクロスの右腕に。
それは、継承の儀式の時、デンリュウを倒した決定的一打。
「跳べ! ヘラクロス! 」
上体を反らしながら、宙へ舞い出る。
振り上げた右腕に、光の拳が覆い被さる。
「〈グロウ──────── 」
それが振るわれた時の威力は、もはや確かめるまでもない。
「………………っ! 」
拳が唸り声を上げ始める。
揺ぎ出した大地は、固形という概念を忘れるほどに歪み、また、宙へと浮き始めた。
膨大なエネルギー波が、重力の理に抗い、全てを巻き込もうとしているのだ。
それでも、剛拳はさらに光を放つ。
そして、全てが光の白に染まった瞬間。

「──────────パンチ〉っ!!!! 」

怒号の後、沈黙。
静寂とともに麻痺した眼が覚めるには、かなり時間がかかった。
ゆっくりと解けていく視界の中で、浮かび上がってくる影に眼を凝らす。
未だ沈黙。
見えたのは、絵のような光景だった。
ただ立ち尽くすだけのカイリキーに、拳を突き出すヘラクロス。
風景は、トレーナーの視界が狂う直前から、静止したままだった。
『…………ク、ヘラゥ──────── 』
息を荒く吹き返すとともに、ヘラクロスの躰はゆっくりと横へ倒れて見えた。
その時は、何も考えずただそこに駆け寄った。
そして、ヘラクロスの躰を支えた瞬間、負けたのだと感じた。
「ありがとう……ヘラクロス 」
不穏感は、不気味なほどに冷静さを呼び戻した。
モンスターボールにヘラクロスを戻し、金色 響は立ち上がる。
喉に何かを刺したように、言葉は口から出ることを拒んでいた。
「シバさん、ありがとうございました……どうやら、体力がまだまだ足りなかったみたいです 」
「何を言っているのだ? 金色 響 」
「え 」
「勝ったのは貴様だ! 」
その言葉に反して、でも──と言おうとカイリキーを見た。
そう、カイリキーは既に戦闘不能になっていたのだ。
「そんな……て事は 」
「ああ、お前の勝ちだ。それ以上、負けた俺に何も言う資格はない! 次へ進むがいい 」
「──────── 」
そう強く言い切ったシバは、カイリキーをモンスターボールに戻した。
再びこちらを見て、彼はその言葉通りに何も言わず頷いた。
だから────僕は歩き出す。
残る一人の四天王を倒すため、自分の限界を超えるため。

「少年よ……倒れたものの分まで存分に闘え! 」



月光雅 ( 2016/05/28(土) 17:57 )