ポケットモンスターANOTHER








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― 金色の悪魔
記録45. 毒の極者
今日は晴天らしい。
が、そう言ったものの、ここから見える空はゴツゴツした岩の塊だ。
その向こう側に、本物の空が広がっている筈なのだが。
「っ────────! 」
突如。
肌を刺す違和感。
無論、そこに刃物が刺さっているわけではない。
このあからさまな殺気は、明らかにこちらを挑発している。
が、いくら見渡しても、そのような者の姿は見当たらない。
「殺気を辿ってこい、ってこと 」
距離を置きながらも、特定の者に強い殺気を放てる様な人物。
きっと、四天王なのだろう。
歩くほどに、肌を刺すモノは一段と強くなっている。
この近くに“敵”がいるのだろう。
いや────
「エレザード〈ドラゴンテール〉 」
ボールから飛び出したエレザードは迅雷の様に跳びかかり、迫り来る一撃を弾き返す。
「────────っ 」
視点を頭上へと移す。
高層ビルの如く高いチャンピオンロードの壁。
そして、そこに蜘蛛の様に張り付く“敵”の姿があった。
「……ファ ファ ファ! 拙者は第二四天王のキョウ! 今に生きる忍びよ! 」
『モゥルルァ 』
どくがポケモン・モルフォン。あの羽の色の濃さからして、猛毒を振り撒くタイプだろう。

────戦闘態勢(バトルモード)起動(オン)────

「準備はいいな。挑戦者よ 」
「──────── 」
声に出さないまま、無言で頷く。

ヒビキ<トレーナー>VSキョウ<四天王>

「エレザード〈ドラゴンテール〉! 」
大地を駆ける。
飛蝗の如く踏ん張った後脚に是非はなく、途端、迅雷は宙へと踊り出た。
しかし。
「緩いな。それが貴様の全力かっ! 」
振り下ろした尾は空を斬る。
モルフォンはエレザードの間合いから離脱していた。
「〈ぎんいろのかぜ〉! 」
毒蛾が舞う。
躰を引き裂く疾風と光る粉が、エレザードを吹き飛ばしていく。
『────エ、リ──── 』
流れる。
迅雷は抗うこともせず。
否、抗うこともできないまま、流されていく。
疾風に突き飛ばすように放り投げられ、岩と激突した。
岩は粉々に大破、その中にエレザードは呑まれる。
「エレザードっ!! 」
叫ぶ声に呼応する。
岩の破片など豆腐のように吹き飛ばし────
『ザァアアアアア"ア"! 』
再び戦場に舞い戻る。
「────────!? 」
刹那。
悪感が脳裏を駆け巡った。
なん、だ……。
対峙する二体。その事実に異様さはない。
異様なのは。
『ザァ────リ………………! 』
毒だ。
それもただの毒では無く、猛毒。
モルフォンが〈ぎんいろのかぜ〉に乗せて振り撒いたものなのだろう。
いや、そのような事を考える必要はない。
今、エレザードが猛毒状態に陥ったことに変わりはないのだから。
「モルフォン〈サイコキネシス〉! 」
足の指先が地から離れてゆく。
締めつけるように操られ、エレザードの躰は宙に達する。
「エレザード〈10まんボルト〉! 」
『エレザァアア!! 』
全身の力をフル活動させる。
それでやっと、だ。
上体を無理矢理反らし、襟巻を展開、槍の如き電撃を放つ。
といっても、足場がそこに無い上、躰の動きも制限されている中、標準を合わせる事は不可能に近い。
故に────乱射する。
闇雲とはいえ、たった一度、当たらなくてもいい、モルフォンがいる一点を電槍が穿てばいい。
「っ、躱せ! 」
モルフォンは躰をひねり、攻撃を躱した。
同時に、縛られていたエレザードの躰は解放される。
着地。後退。停止。
三つを一瞬にして終えた後、エレザードは再び敵と対峙する。
『ァ────、────ザ 』
パキッ、と。
硝子のようにもろく、エレザードの心は壊れる。
嗚呼……、
体力が保つか否かの問題ではない。
エレザードが負った猛毒は、その躰より、心を駆逐していく。
もはや躰が保ったところで、心は壊れている。
数分後には、気を緩めるだけで、立ち上がれなくなっていてもおかしくない。
その数分後が来る前に、勝負を決さなければ。
「エレザード〈あなをほる〉! 」
地に堕ちた果実が土へ還るかの如く、迅雷は地へと消えた。
刹那の静寂。
それを斬るはエレザードの一撃。
「躱せ────! 」
「────────逃がすかぁ!! 」
競り合いに勝てぬと悟り、モルフォンは離脱する。
だが、こちらが速い。
……今度、こそ!
「うぁぁあああ"────!! 」
『リァァアアア────!! 』
声が重なる。
俺とエレザードは完全に同期した。
逃がすわけにはいかない。
これを外せば、もう勝利は掴めない。
猛毒を罵倒で噛み殺し、右に振り上げた拳爪を叩き伏せる……!
『モルフッ、! 』
攻撃は命中した。
体力をもぎ取ったとは言えないが、この一打が、この勝負において重大な致命傷であることに違いはない。
「モルフォン〈かげぶんしん〉! 」
殺気は数を増していく。
殺気は、どれだけ正確に再現しようとも、微妙なズレが生じる。
エレザードは殺気の有無には敏感だが、ズレを感じ取る能力が非常に鈍い。
しかし、ズレを感じ取る必要は皆無。
「エレザード〈パラボラチャージ〉! 」
蝶のように舞い踊り、電撃を放つ。
あ。
再び壊れる。
猛毒が精神を侵していく。
でも関係ない。
それより先に、エレザードがモルフォンを倒すまで。
分身の全てを打倒し、残る影は本体ひとつ。
「続けて〈ドラゴンテール〉! 」
地に着き、敵と対峙する余裕はない。
襟巻を閉じ終えたエレザードは、颯爽とモルフォンに躍りかかる。
ドタバタ、と。
聞こえない筈の足音が、エレザードの苦痛を駆り立てる。
それは殺気でもなく敵意でもなく、エレザード自身の嘆き。
『リァァアアア"ア" 』
……斬撃が奔る。
旋風を伴って振り下ろされる。
『──────── 』
モルフォンは躰を捻る。
気付かれるのは早かった。
でも躱せない。
前に与えた“致命傷”が、動きを鈍らせる。
『モ────ルッ! 』
全力回避、それでも薄皮一枚とはいかない。
追い打ちをかけるかの如く、剣戟の軌道を追って駆ける疾風がモルフォンを吹き飛ばす。
「さらに追い込め〈ドラゴンテール〉! 」
「────そこまでだ! 」
飛ばされる罵声。
凍りつく時間。
途端、エレザードは空中で停止していた。
「〈サイコキネシス〉か 」
「さて、どうする。抵抗する程の理性と体力は残っていないようだが…… 」
嗚呼、キョウの言っている事は正しい。
たった二撃。
それを畳み掛けただけで、エレザードの心体は満身創痍だ。
勝てない。
勝てない。
勝ちたい。
勝つ────────。
「俺たちは……俺たちの心は無意識の中にある。例え有意識が無くなったとしても、俺たちは闘う! 」

***

暗闇が僕を包み込む。
痛み。
心に刺さる違和感。
無論、そこに刃物が刺さっているわけではない。
躰が呑み込まれていく。
ただ。
その中で、光を見た。
見たことのある光景。僕の記憶。
それは走馬灯の如く、僕の周りを駆けていく。

“お前みたいな弱いポケモンはいらない! ”
その時。孤独を覚えた。
人間に対する……憎しみを覚えた。

“怪我してる……痛いの? ”
その時。優しさを貰った。
抱いた憎しみの糸は、解かれていく。

“いっけええええええ!!!! ”
その時。信じられた。僕は弱い。
それでも彼は手離そうとしなかった。

“俺たちは……俺たちの心は無意識の中にある。例え有意識が無くなったとしても、俺たちは闘う! ”
今まで、たくさん迷惑をかけた。心配させた。
それでもなお信じて、僕を闘わせてくれた。

僕は闘う。
もう、心配なんてかけさせない。
僕は僕自身を乗り越えて、強くなる!

***

『────────────ッ!!!! 』
躰中を電撃が奔る。
奔る電撃は壊れた硝子を繋げていく。
『モルゥッ! 』
次に奔るは疾風。
モルフォンは勢いよく吹き飛ばされていく。
「なんだこの光は!? 」
それは進化の光なんかじゃない。
絆が生み出した奇跡だった。
『ァ…………──────── 』
疾風はより強く、閃光はより眩しく大地を駆ける。
その中心で、エレザードは立ち上がった。
「気合で猛毒を治した、だと!? 」
「これが俺たちの絆です。
エレザード〈ドラゴンテール〉! 」
一踏み。
相手に威圧を与えながら。
二踏み。
相手に恐怖を与えながら。
踏み出す足はより前へ。
────────────その先へ。
「モルフォン〈ぎんいろのかぜ〉!! 」
向かい風が吹く。
無論、そんなものでエレザードは止まらない。
だが。
加速度が低下してしまえば、詰めの技でも決めきれない。
だから。
「跳べっ!! 」
舞う。
舞う。
羽化したばかりの蝶の如く、ただ天へと翔び出す。
標的はモルフォンではなく、天の日を遮る傘。
「何をする気だ!? 」
────竜尾を振るう。
激突した天井はことごとく崩れ落ちる。
躱す。
モルフォンはそれを紙一重で躱していく。
華麗な踊り、あれが真の蝶なのだと、魅せつけられる。
だが。
『──────── 』
崩れ落ちた音を断つように、エレザードは地面に着いた。
煙が晴れるとともに沈黙が訪れる。
それをつまらなそうな口でキョウは破った。
「それで終わりか。失望したぞ、金色 響! 」
「………………………………ぁ────────────! 」
眼を閉じる。
向かい風は追い風へと変わり始めた。
条件は揃っている。
後は実行するのみ。
脳裏に駆けた道筋を、辿るのみ。
それはどれほどの難関だろうと、知った事ではない。
相手が気づく前に。
その刹那に。
「エレザード──────── 」
指示をしても、既にその姿はない。
エレザードとの思考はほぼ一致している。
指示より先に行動が起こるのは必然だ。
そして奴は間合いを通り越して懐までに達している。
残るは俺の叫声。
「〈はかいこうせん〉っ────!! 」
光が躰を殴る。
『モルフッ────────!? 』
一撃。二撃。
三撃。四撃。五撃。
六撃。
七撃。八撃。九撃。十撃……!!
殴り殴って、さらに殴り、殴って殴り、そして殴る。
己に残された力の根源を全て吐き出すかの如く、強く殴りつける。
そして敵は、光に溶けていく。
が。
「チ、それだけか…… 」
「なっ 」
モルフォンはまだ倒れてはいなかった。
「忍びとは、己の忍耐を極限にまで鍛え上げたものぞ名乗れる称号だ。先ほどの〈はかいこうせん〉……いい攻撃だったが、どうやら詰めには及ばなかったようだな 」
……あ。
闘いは終わらなかった。
こちらの全力をもあっさりと受け流し、奴はそこにいる。
相手は四天王。
そうだ、そう簡単に倒させてくれる訳がない。
『リ、ィ──────── 』
緩めた筈の力を全身に戻す。
互いに体力は僅か、これが最後の討ち合いだ。
「互いに僅か、か 」
都合のいい言い方なのかもしれない。
実際、エレザードの特性〈サンパワー〉は、自身の自滅を促している。
「でも 」
でも、それがどうした……!
互いの体力差は歴然。
到底、勝てる状況ではない。
負ける。
負ける。負ける。
負ける。負ける。負ける。
負けない。
「だって 」
だって、それが絆だから。
不可能な事も、可能にしてしまう力。
俺たちに残された最後の希望。
絆を、希望を、奇跡を。
「エレザード〈10まんボルト〉! 」
「モルフォン〈かげぶんしん〉だ 」
現れる数十体の分身。
電撃はしなる鞭の如くそれを薙ぎ払う。
はらり、と舞い散る羽。
「────〈ぎんいろのかぜ〉 」
『レッ────! 』
エレザードが跳ねる。
その後を追うようにして突風が空間に叩きつけられた。
地面は、削がれていく。
躱していなければ、瀕死は確定していただろう。
……頭上を見る。
空いた穴から射す日に照らされ、モルフォンはそこに君臨していた。
「モルフォン〈サイコキネシス〉で投げ飛ばせ! 」
体は、ふわりと空中を飛ぶ。
いとも容易く持ち上げられた固体は、文字通り投げ飛ばされた。
ズガッ。
「〈ドラゴンテール〉で衝撃を和らげろ! 」
岩壁にぶつかる瞬間。
刹那に、竜尾は飛蝗の如く壁を蹴り返す。
「〈はかいこうせん〉だ! 」
エレザードが風のように駆ける。
突風や疾風を追い越し、その速度は神風。
次こそ。次こそ殺らなければ……!
「躱────────っ 」
「────っ遅い! 」
躱される。
だが、ただ躱すだけでは遅いのだ。
光線の周りに生じる旋風は、モルフォンを突き飛ばす。
『モリァ………ッ! 』
足りない。
壁に叩きつけられても、なお耐えている。
エレザードは反動で動けない。
モルフォンも衝撃で動けない。
先に立ち上がった者が、勝敗を決するのだ。
「エレザード! 」
「モルフォン! 」
互いに極度の満身創痍。
立ち上がる方が異様かもしれない。
だが、その異様が、奇跡が、それを担う絆が。
『エ、リ──────── 』
「貴様……まだっ!? 」
ゆっくりと、エレザードは立ち上がった。
そしてゆっくりと、モルフォンに歩み寄る。
『モ、────────!? 』
モルフォンも立ち上がろうとするが、どうやら右翼が動かない様だ。
そこに、エレザードはさらに歩み寄る。
「近づけるな〈サイコキネシス〉! 」
動くだけの力を攻撃に費やす。
エレザードが動けなくなれば、モルフォンは勝てるのだ。
……足が止まる。
ゆっくりと進んでいた足がピクリ、とも動かなくなる。
『エぅ────リリアァアアアア!! 』
沈黙の空洞に響き渡る怒号。
悪魔の足は、念力を振り払い徐々に動き始めた。
「なっ 」
ゆっくりと。
『──────── 』
ゆっくりと。
『──────── 』
ゆっくりと。
『────────ッ 』
辿り着く。
……敵はこちらを見上げている、悪魔でも見るかのように。
エレザードに残された電力は、相手に触れなければ伝わらないほど僅か。
でもこれで。
「エレザード……〈10まんボルト〉 」
「────モルフォンっ………………。フッ 」
モルフォンに触れる。
そして最後の電撃を流す。
パチッ。
『ン────────………… 』
静電気のように小さな音で勝負は幕を閉じた。
納得いかないような笑みで、キョウはモルフォンを戻す。
「全く、冴えない末を…… 」
同様にエレザードを戻し、彼へと歩み寄る。
「キョウさん…… 」
「ああ。気に食わぬ最期だったが、貴様の勝利に変わりはない 」
そう言って、キョウはその場を立ち去ろうとする。
が。
「貴様とポケモンの絆、確と見せてもらった。自信を持って、次のバトルへ挑むがいい 」
「ぁ…………はい! 」
ヒビキがそう応えた途端、笑い声と共にキョウは消えた。
本戦まであと4勝。
残る四天王はあと2人。
“決着は本戦で、な? ”
俺は負けない。必ずや本戦まで辿り着いてみせる!


記録45. 毒の極者

次回. 拳の極者


■筆者メッセージ
3連戦はキツいよぅ。え、あと2戦!? ……………ガクッ
月光雅 ( 2016/04/24(日) 15:59 )