ポケットモンスターANOTHER








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― 金色の悪魔
記録43. 初戦

────戦闘態勢(バトルモード)起動(オン)────

胸元に付けた小さな機械が光を放つ。バトルライト。それは戦闘の始まりを告げる銅鑼。
そして、その光に従い戦う相手は────
「まさか、早速お前と当たるとは 」
「僕は嬉しいよ……ノイズと戦える事 」
「俺もさ……お前は俺の親友だからな 」
両者は楽しげに挨拶を交わしながら、じりじりと後退する。その距離を満たすのは、緊張感と殺気だった。互いに自分の勝つ姿を脳裏に浮かべている。だが、同様に相手からも伝わってくるのだ。相手が勝つ姿が。その殺気が。
────それは。先ほどの楽しげな会話なんて比較にもならないほど、圧倒的な負の気配だった。
「わかるぜ、ヒビキ。お前の考えている事が 」
「僕も同じだよ。君の幻界が、僕の闘志を駆り立ててる 」
「……俺は、あの時のバトルだけは、一度も忘れたことはない。あれは、俺を呪いから解き放ってくれた 」
────呪い。彼の父、白銀 榊が彼に託した夢。
「サカキと俺が最後に話したあの日、奴の望んだ“優しい世界”の為に俺は生きなくてはならなくなった。
“優しい世界”。“誰も悲しまない世界”という理想。だが、その実現の為には、俺は誰よりもその理想に反して生きなくてはならなかった。
善意と悪意。危害と貧困。戦争とテロリズム。繰り返される憎しみの連鎖。それらを抑えるには力が必要だ。俺は、そのような力は、ポケモンを戦闘兵器として扱うことでしか手に入らないと思っていた。世界は、綺麗事だけじゃ変えられない………。
だから、自分のポケモンは戦闘兵器なんだと言い聞かせていた。強さを求めていた。悲しませないために傷つけて、俺は、何が正義かも判らなくなっていた。
だが、そこにお前が現れた。お前は違う。ポケモンと心の底から通じ合い、なお力を得ている。あの時、敗北が俺に告げてくれたんだ。お前の理想は正しい、と。ただその真実を信じればいい、と 」
「僕は……強くなんかないよ。ノイズがライバルでいてくれたから、僕はここまで来れたんだ 」
「ああ。確かに、俺はお前に“強さ”を与えたかもしれない。だが、同時に、お前は俺に“優しさ”を与えた。本当に、最高のライバルだよ、俺たちは 」
その言葉を最後に、両者はモンスターボールを構える。刹那、沈黙が大気に溶け込む。
そして────

ヒビキ<トレーナー>VSノイズ<トレーナー>

「いけっ! トゲキッス! 」
ノイズはしゅくふくポケモン・トゲキッスを繰り出す。
「ヒビキ、このバトルは誓いだ。お互いこの予選を勝ち抜いて、本戦で闘おう! 」
「もちろん。なら僕たちも、いや……。俺たちも全力でその誓いに応えるとしようか。ゲンガー!! 」
ヒビキの投げたモンスターボールからはシャドーポケモン・ゲンガーが姿を現す。
対峙する二匹。
闘いは既に幕を開けている。
「ゲンガー〈シャドーパンチ〉!! 」
反撃する、そんな余裕などなかった。
わずか一瞬。
わずかに黒い影がブレた、と思った瞬間、ゲンガーはトゲキッスの目の前にいた。
疾走。停止。一撃。
誰にも隙を与えないまま、ゲンガーは攻撃した。
踏み込む速度、大地に落とした足捌き、迷いなく振るった拳に是非はない。
ゲンガーの視えない拳は、確かにトゲキッスを殴打していた。
いや、殴打していた────筈だった。
「甘いな、ヒビキ 」
「な──────── 」
当惑で息が漏れる。
一体どうなっているのか、と。
拳を振るった姿勢で、ゲンガーは目の前の敵を見る、が、おそらく彼さえもこの状況を理解できていないだろう。
トゲキッスの一寸手前で、黒い拳は凍結していた。
「っ────そういうことか 」
今度は苦笑いが漏れる。ようやく少年は理解した。
「ノイズ、波動を使ったんだな 」
「正解。まあ、正確に言うと波動を使ったのはトゲキッス自身。俺はあくまで、メガエネルギーを波動に変換し、供給したまでだ 」
「っ……でも、ゴーストタイプのゲンガーに、波動は効かない筈だったよな 」
「ああ。確かに波動はゴーストタイプに効かない。『波動は』な 」
「────────っ 」
そうか。ゲンガーの拳を抑えてるのは波動じゃない。波動によって圧縮された空気の層だ 。
「さあ、続きを始めるぞ、トゲキッス〈エアスラッシュ〉!! 」
拳を制されている限り、ゲンガーには攻撃を逃れることができない。
だったら、反撃するまで────!
「ゲンガー〈10まんボルト〉だ!! 」
「無駄だ 」
ばちばち、と音を響かせながら奔る電撃。
しかしそれはトゲキッスには届かない。
『ゲ────ッガ!? 』
波動だ。電撃が空中を駆けることは出来ても、波動がそれ以上の進行を妨げているらしい。
旋風が殴る。
電撃が届かないと悟った直後、ゲンガーは殴り飛ばされていた。
「ゲンガー!! 」
「休憩など許さんぞ、ヒビキ。さあ、全て躱してみせろ! 」
「っ────────! 」
その攻撃は絶え間の無い雨と何が違う。
頭上から見下ろす白天使(トゲキッス)は、ただただ必殺の旋風を矢継ぎ早に乱射する。
「〈シャドーパンチ〉! 」
邪気を纏った拳で、斬撃を的確に捌く。
もし一瞬でも邪気を緩めた時、それがゲンガーの敗北を意味するだろう。
だが、すでにこの豪雨の突破口は掴めている。
ゲンガーが旋風に殴り飛ばされる寸前、その躰が解放されたように見えた。
おそらく、波動の壁は、攻撃を放つ際には張ることができないのだ。
つまり、相手が攻撃を放っている間に逆転の一手を撃つ事こそが、この勝負の鍵を握っている。
「…………………………… 」
ゲンガーとトゲキックの動きを凝視し、“その時”を待つ。
まだ……………………。
まだ…………。
まだ。
「っ───────今だ〈あくのはどう〉! 」
指示と同時に、黒い閃光は放たれる。
片端から全ての旋風を相殺し、トゲキッスを薙ぎはらう。
『チィ────────! 』
咄嗟に後退するトゲキッス。
だかゲンガーは、その間合いへ跳び込んだ。
「トゲキッスっ………… 」
「遅い!! 」
トゲキッスが波動の壁を完成させる、それより速く。なお鋭く。
振り翳した拳で突き飛ばす────!

──────ッッッッッ!!!!! ──────

大気が凍りつく。それが比喩にならぬほどに、時が止まる。
拳がトゲキッスを殴り、凄まじい音と疾風が通り過ぎた途端。
刹那────沈黙が訪れた。
凍りついたその情景は、再び凄まじい音と疾風を呼び起こしながら動き出す。
「トゲキッスっ────〈しんそく〉!! 」
白い影が流れる。勢いは追い風に任せたまま。
その素早さはまさに神速。
放たれた弾丸のように駆ける姿は、眼で追おうとする事こそ愚かだろう。
「くっ………… 」
読めない。こればかりは全く相手の手が解らない。
彼の思考はまだしも、彼と繋がっているトゲキッスの思考までは干渉することができない。
なぜゴーストタイプのゲンガーにノーマルタイプの技を。
「どうした? メガシンカしないのか? 」
「ふっ、どさくさに紛れて変な冗談言うなよ 」
そう。メガシンカをすればゲンガーの能力は格段と上がる。
しかし、そうすると特性が〈ふゆう〉から〈かげふみ〉に変わる。
トゲキッスと闘う状況としては不適切だ。
「こうなったら────ゲンガー〈10まんボルト〉!! 」
四方八方に電撃をとにかく放つ。
闇雲だとはいえ、これくらいしかできない。
白い旋風(トゲキッス)は隙を突かない限り倒せない。
尤も、その隙を創るのは、よっぽど想定外の事項か、奇跡だけだろう。
「──────── 」
攻撃は難なく躱されている。
眼で見ずとも、心で感じずとも、その天使の薙ぎ払った風が聴覚に訴えているのだ。
「殺れ、トゲキッス 」
「っ〈シャドーパンチ〉だ! 」
瞬時に殺気が迫る。
再び姿を見せた天使は、ゲンガーの拳と激突していた。
今度は波動と空気の層を攻撃として使っているのか……!?
「な────────っ!? 」
ヒビキはゲンガーに視線を絞る。
ゲンガーの肘は伸びきっていなかった。
その特攻のあまりの速さに、拳が出遅れたというのだ。
それで同等に鬩ぎ合える筈がない。
そんな道理はかもしれないが、確信できる。
「ゲンガー、退け! 」
「詰めだ〈くさむすび〉 」
後退する黒い影。
トゲキッスはその間合いへと更に踏み込む。
失策。そもそも逃げ場などなかったのだ。
今のゲンガーは上体を反らしていて体勢が悪い。
このまま攻撃を受けるわけには────
「〈ミラータイプ〉だ!! 」
何処からともなく生えた蔓がゲンガーの脚元を弾く。
されど。攻撃を受けたゲンガーは何食わぬ顔で勇み立っていた。
「っ。意表を突いたつもりだったのだが……。まさか、自分のタイプをフェアリー/ひこうにする事で威力を抑えるとはな 」
「たまたまだよ。こっちも意表を突きたかっただけだ 」
「ほう。なら次の攻撃も躱してもらおうか? 」
大きく後退し、トゲキッスは低く構える。
その間合いは数十メートル。
周囲の空気は一変し、ヒビキを緊迫の檻へと閉じ込めた。
「〈しんそく〉────────!! 」
白い天使が奔る。
残像さえ遙か、トゲキッスは神風となってゲンガーへ疾駆する。
「ゲンガー〈シャドーパンチ〉!! 」
ゲンガーは拳を構える。
ノイズは、それだけか、と言わんばかりに苦笑いを見せている。
一瞬にして間合いは縮まった。
────────その時。
「影に潜れ! アッパーで打ち上げろ!! 」
唐突なヒビキの指示にゲンガーは咄嗟に反応する。
影へと逃げ、頭上を通過しようとする神風の腹部を殴り飛ばした。
打ち上げられた天使に、ゲンガーは続けて拳で突き飛ばした。
叩きつけられたトゲキッスには、もちろん隙ができる。
「〈10まんボルト〉! 」
宙に舞う。紡がれる言葉に呼応する。振りかぶった腕には雷。
黒い邪霊は弓を引き絞るように上体を反らし
その電撃を叩き下ろした────
「────────────っ 」
その一撃は、電撃という名を借りた槍のようだった。
躱し続ける度に再度標的を襲う呪いのかかった槍。
奴が担う電力の全てを凝縮したであろうそれは、躱す事も出来ず、防ぐ事も出来ない。
────故に必殺。
あの電撃に狙われた者に、生きる術など……無い。
魔弾が迫る。
…………諦めるわけにはいかない。
例え不可能であっても、防いで見せる。
それが全力を尽くして誓い合う事の本当の意味である筈だから。
「────トゲキッス 」
相手が全力を凝縮したのなら、こちらも全力を凝縮するまで。
衝突する雷。
天空より飛来したそれが、白い影へ直撃する刹那、
「────〈ひかりのかべ〉波動強化! 」
大気。波動。大気。
三重に重なった盾は姿を見せる。
激突する槍と盾。
あらゆる回避、あらゆる防壁をも突破する電撃の槍。
それが、ここに停止していた。
暴風と高熱を残骸として撒き散らしながら、必殺の槍はトゲキッスの“波動”を纏った盾によって食い止められる。
出現した三重の盾はトゲキッスを守護し、主を撃ち抜こうとする魔弾に対抗する────!
だが。それを必殺の槍は苦もなく貫通する。
『────────ッ!!!! 』
二枚目の盾も四散する。残るは一枚。
魔槍は強化された二枚の盾を貫き、なおその勢いを緩めない。
「う────あぁああああああ……………!!! 」
『チ────ヂィイイイイイイ……………..!!! 』
気合。精神。波動。その全てを己が盾に注ぎ込む────!

──────ッッッッッ!!!!! ──────

「──────────── 」
沈黙に風が吹く。
地に降り立ったゲンガーと、そのトレーナーであるヒビキは呆気に取られていた。
砕かれた三枚の盾。電撃はトゲキッスを貫いた筈だった。
「よくやった……トゲキッス。さあ、ヒビキ。覚悟はいいな 」
勇み立った眼で敵を睨む赤髪。
限界など、あの二人はとっくに通り越している。
手足ももう動かない筈なのに。
「トゲキッス──────── 」
感じる、温かみある強さを。心を。根源を。
ヒビキという一人の少年に出会った瞬間から、奴はここまで辿り着いた。
ソウルシルバー。それが彼の極致。
「俺も……半端者で終わりたくはない。ゲンガー 」
対峙する天使と悪魔。
同時、茨のような悪感がフィールドを循環した。
またも訪れた沈黙に、ただ、両者の眼が互いを貫いているだけ────
呼吸が止まる。
肌を剃る冷気とともに、計り知れない殺気が膝下ににじりよる。
この撃ち合いで最後、確実にどちらかが敗北する。
互いに一歩、間合いをじりじりと踏み込む。そして────。
「────〈ゴッドバード〉!!! 」
「────〈シャドーパンチ〉!!! 」
二つの影が消える。
刹那、取り残された空間には無が残る。
近づいてくる殺気。思考。
ただそれだけを頼りに敵を追う。
頭上に響き渡る爆音。ノイズとヒビキは空を見上げた。
『トギィイィイイイ!!! 』
『ゲッガァァアアア!!! 』
白銀と黒金は鬩ぎ合う。
空間の中、色彩の無い光がふたつの獣を溶かす。



「ゲンガーっ!? 」「トゲキッスっ!? 」
光は徐々に解けていく。
麻痺した眼を擦り、ヒビキは目前のポケモンを凝視した。

…………トゲキッスは満身創痍だ。だが。
「ゲンガーっ!! 」
崩れ落ちた体は起きない。瀕死状態だ。
「勝った、のか 」
『スゥゥゥ 』
ノイズは勝利の歓喜とその夢心地に浸っていた。
彼がヒビキに勝つのは、初めてである。

────ゲンガー戦闘不能。勝者 白銀 轟。戦闘態勢(バトルモード)停止(オフ)────

「お疲れ様、ゲンガー 」
ボールにゲンガーを戻し、ノイズを見据える。
誓いの宴はここに完結した。
「……強くなったな、トゲキッス 」
「おいおい。減らず口に聞こえるのは俺だけか? 」
ちょっとした冗談を言うノイズ。
前までは、そんな事を言う余裕なんて無かった筈なのに。
「ふっ。僕も負けてられないね 」
「ああ。決着は本戦で、な? 」
満面の笑みで握り拳を突き出す少年。
ヒビキはそれに応えるよう拳を当てて。

「約束だよ。ノイズ 」


記録43. 初戦

次回. 念の極者



■筆者メッセージ
休載! とか言ったにも関わらず、書いてしまいました。
実は一話から訂正していったりもしています。
振り返ってみて、あの頃は今よりもっと日本語が下手くそだったのだなぁ、と心から思っていました。
月光雅 ( 2015/08/14(金) 01:01 )