記録41. 新境地
「アポロ、お前は俺が────裁く!! 」
「違うな……間違っているぞヒビキ 」
背後から聴こえる声。それに応えるように振り返る。
「ふっ、そうだったなあ 」

「『俺たちが』……だろ? 」
そこに立つ白銀の騎士。
「馬鹿な……銀色のメガリング!? それになんだ、そのオーダイルの姿は!? 」
「「さあ、裁きを始めよう!! 」」
記録41. 新境地────ズドーーーーーーーーーーン────繰り出される弾丸に弾丸を合わせる。
互いの攻撃は相殺し、周囲に戦火を撒き散らした。
「お兄さん、あんたに世界を手に入れる資格はない。人々の、ポケモンの意思を踏みにじってきたあんたには 」
ミュウツーの後ろに《
念の弾丸》が無数に展開される。
「くっ、ならあのまま怯え続ける生活が良かったのか? 私はお前たち兄弟のためにも 」
それを放つよりも速く、オーダイルの《
龍の尾》が全てを薙ぎはらう。
「いつ俺たちがそんな事を望んだ!? 俺は、みんなで笑えていれば、それでよかったのに 」
「しかし、現実はあらゆる者に支配されている。抗うことは必要だ 」
***
「そのために、ロケット団としてやってきたのよ 」
アテナのアーボックの《かみくだく》攻撃。
「でもそれは犠牲を出してすることなの!? あなた達のせいで、ラプラスがどれだけ苦しんでいたと思ってるの!? 」
コトネの言葉と共に、スイクンは《れいとうビーム》を放つ。
「苦しんだことのない人間が、偉そうに言うなぁ!! 」
アーボックは《はかいこうせん》を放ち、《れいとうビーム》を爆発させた。
「苦しみを分かってあげられない人はどうするの!? あなた達に、どうやって手を差し伸べればいいの!? 」
スイクンは煙を潜り抜け、アーボックへと駆ける。
***
「それが分からないから、誰かの考えに縋って……。サカキ様……私は間違っていたのでしょうか? 」
「ランスさん…… 」
“ランス…… ”
***
「そうだ。俺にだって覚悟はあるのに……俺はあそこにいって闘ってやることもできない 」
“ラムダさん…… ”
「でもそれは無力ではないと俺は思う 」
ダイゴがラムダに言う。
「えっ……… 」
ワタルが続ける。
「僕も同感だ。君の気持ちは、ヒビキ君達にも、届いているはずだから 」
***
「私は見てきたのだ。争うことが人の歴史だと。だが世界は、こんなにも思い通りにならない 」
後退するミュウツー。
しかしバクフーンはその間合いに踏み込み、すぐさま《
究極の秘拳》を一閃する。
「確かにそうだ。でもだからこそ、思い通りにしちゃいけないんだろ。結果的にお前は憎しみを生むことになるんだぞ! それでもお前は──── 」
「くっ──── 」
「うぉりゃぁあああ!!! 」
バクフーンは再び拳をミュウツーへ突いた。
ミュウツーは拳を難なくかわしたが、起こった突風が奴を引き裂いた。
「なっ、完全に避けてこれだと!? 」
ミュウツーは体勢を整える。
再び豪雨のように降り注ぐ念の弾丸。
そこを切り抜ける二匹の
魔獣。
「────それでもお前は、この行動を正義というのか!? 」
「お前も偽りの義者ではないか。私は今まで出してきた犠牲のためにも……立ち止まるわけにはいかないんだ!! 」
《
念の双剣》が二匹を裁く。
「これからさらに多くの人々の尊厳を踏みにじり、犠牲を出してもか!? 」
「そうだ!! 」
ミュウツーは続けて《波動弾》を放つ!!
バクフーンとオーダイルは攻撃を受け止めた。
「たった独りででもか!? 」
「そうだ!! 私は孤独でいい。私だけが背負えばそれだけでいいんだぁぁああ!! 」
ミュウツーは《念の弾丸》を乱射する。
「「っ────────!!! 」」
念の弾丸がヒビキやノイズに降り注ぐ。
見たところその数は三十数。
七色の右腕でも弾ききれる量ではない────

“死ぬ”────死んでしまう。
あれを喰らって耐えられる人間などいない。
ここまで来たというのに終わってしまう。
世界が血に染まる。真っ赤に。
それが安易に予想できてしまう。
諦めるものか……なんなら右腕だけになってでも────
“ふっ…………その必要は無いだろうさ──── ”
えっ…………?
────────ッ────────────
再び現れた水の盾がヒビキ達を護った。
「なにっ!? 」
俺はその出来事に呆然とした。
いや、でもなぜか込み上げてくる嬉しさに浸っていた。
“なにをボサッとしている。反撃だっ!! ”
彼の声がする。
騎士達の背中を押す、かつて騎士だった男の声が────。
「っいけっ!! バクフーン!! 」
「お前も続くんだ!! オーダイル!! 」
『────────ッ!!!』
ミュウツーの《サイコブレイク》!!
『ヴァアアアアアアアアアア!!!! 』
バクフーンの《ギガインパクト》!!
『オオオオオダァァァアアア!!!! 』
オーダイルの《げきりん》!!
何も考えていない。
体も心も立ち止まれば、死ぬ。
だから前に進むだけだ。
奴が想う正義を、己の正義の全てを尽くして打倒する────!
「目を覚ませ!! この馬鹿ヤロォオオオ!!!!」ヒビキは走った。
自分が想う正義を貫くために。
アポロの胸元へ腕が動く。
「させるかっ────────!! 」
「がぁっ!? 」
ノイズは咄嗟に拳銃を取り出し、同様にアポロがヒビキに向けた拳銃を弾丸で弾いた。
ヤツは完全に無防備になった。
思考より体が先に動く。
勝利を確信した手足は、なお鋭くヤツへと踏み込み、
七色の右拳が、アポロを殴り飛ばした。
「ぅがはぁッ────!!! 」
────ズドーーーーーーーーーーン────ミュウツーも空に散る。
殴り飛ばしたアポロに駆け寄り、ヒビキは言った。
「アポロ……俺たちの……勝ちだ 」
「ああ。私の……負けだ 」
アポロは全てを投げ出したかのように言う。
「どうした? 殺さないのか? 私を 」
そのアポロの疑問に、ノイズが答えた。
「確かに俺はお前が憎い。だが、その裏に、同感できる一面があったんだ 」
ヒビキは続ける。
「お前はやり方を誤ってただけなんだ。そりゃ、謝って許されない事したけど…… 」
「だから、お兄さん。もう一度、俺たちと…… 」
ノイズはアポロの正面に立ち、手を差し伸べた。
「許してくれるのか? ……お前たちは……私を 」
「もうこれからリボルバーが引きたくないだけだ 。ヒビキのせいだけど…… 」
微笑しながら、ちらりとヒビキを見るノイズ。
そんな彼の表情を見るのは、アポロにとっては本当に久しぶりのことであった。
「ふっ、アポロ。さあ 」
アポロは彼らの手を取り立ち上がった。
そして彼らに、昇り始めた朝日が差す。
「これから創ろう……平和な未来を 」
「……………私は…… 」
アポロは泣き崩れた。
すると、ノイズはヒビキに言った。
「行ってこいよヒビキ。お前には行かなきゃならない場所があるだろ? 」
確かに、ノイズの言う通り、ヒビキには行かなければならない場所があった。
「ああ 」
*ヨシノシティ
踏みしめた大地は、いつか見た記憶と重なった。
────闘いは終わった。
正義を巡る闘いは終幕が過ぎ、彼の闘いもまた、その幕を閉じようとしていた。
それはどれほど長く、過酷なものだったか。彼自身も判らない。
ただ、永遠と自分を縛り付けていた存在が今は無い。
終わりは彼を待とうとはしない。
この時間軸に現れた彼の体を
透かしていく。
「エックス…………!! 」
呼びかける声に視線を向ける。
走る余裕もないだろう少年は、息を乱しながら駆けてくる。
そんな英雄を、彼はただ見守った。
「はあ、はあ、はあ、ぁ──── 」
彼の元まで走り寄った少年は、乱れた呼吸のまま“騎士”を見上げる。
その穿たれた筈の心臓は、幻影によって動いていた。
そこまでして未来をくれた彼を、少年は誇りに思う。
だが、以前のまま、出会った時と変わらぬ壮大さで佇む“騎士”の体は、その足下から消え始めていた。
「ヒビキ……俺は、あの時のバトルだけは、一度も忘れたことはない 」
「エッ、クス…… 」
英雄は彼を疑った。
そしてその、何の後悔もない、という顔に胸を詰まらせた。
いいのか、と。
このまま消えて本当にいいのか、と。
後悔していないわけがない。
絶望の中に一筋の希望も差し込まなかった彼に、後悔がない筈ない。
そう思った瞬間────
「お前……後悔してないのかよ 」
少し苛立って、その言葉を言った。
「────────くっ 」
騎士の口元に、かすかな笑みが浮かぶ。
「なんだよ? 」
「いやぁ、お互いよくこんなになるまで闘ったものだと思ってなぁ 」
返してきた答えにならぬ応えには、まだ笑みが残っている。
「──────── 」
「………ヒビキ、俺は後悔なんざしていない。確かに前の世界は地獄だった。だが、こうやって希望だらけの未来も見た。それは俺が導いたものだ。これ以上のENDなんてないだろ? 」
答えには迷いがなく、その意思は純白だった。
「ヒビキ、この世界の俺を頼む。ああ見えて不器用な奴だから 」
他人事のように、騎士は言う。
変わった未来への希望の込められた、遠い言葉。
騎士と騎士は、もう別の存在。
今この世界にいる少年と、未来、少年が辿った絶望だった。
そう、もうこの騎士に救いはない。これ以上のENDはない。
それを承知した上で、少年は涙を拭った。
俺を頼む、と。
そう言ってくれた彼の信頼に、精一杯応えるために。
「っ…………ああ!! 」
少年は消えていく騎士に笑ってみせた。
────それがどれほどの救いになったのか。
騎士は、誇らしげに少年の姿を目に焼きつけたあと。
「安心しろって、俺はお前の……
親友だろ 」
少年の答えを待たず、満面の笑みで、綺麗な光の粉となって散っていく。ようやく、その傷ついたその体を休ませたのだ。
彼の消えた大地に残るモンスターボール。
中にはセレビィが入っている。
「じゃあな……エックス 」
モンスターボールを抱くように取り、もういない筈の彼に告げた。
『じゃあな……英雄』
────その言葉がどこか遠くに聞こえた気がして……
***
────白銀 轟………… ────
────目を覚ます。
そこは無限に広がる白の空間の中だった。
「どうした? 不老不死の魔女が……死人に何の用だ? 」
────……ありがとう────
「なんだよ……まさかそれだけを言いに来たのか? 」
────それもアル。だが、もうひとつ────
────
神の世界でイリスに伝えてオクレ。ふたりが辿り着いた、ト ────
「……わかった。それだけだな 」
────ああ……ただ、お前はもう死んだ身だ。できるだけ急げ ────
「ああ……そうだ、俺もあんたに言わなきゃな。
ありがとう、アース 」
そう言ってエックスはこの世を後にした。
────……頼んだぞ、アイン ────
***
『ア リ エ ナ イ 』
「────────!? 」
全てが終わったと思われていた。
だがその瞬間に、ミュウツーは始めて“怒り”を知った。
『私ハ 最強ノ ポケモン。ソノヨウニ 設計サレ タ。私ガ 負ケタ? アリエルハ ズガナイ 』
「アポロお兄さん……これって 」
「まずい……ミュウツーの知能が発達して言語と感情を覚えたようだ。このままだとこいつはもう一度暴れだすぞ! 」
『シェレビィィイイ!! 』
そこへ飛んできたのは
ときわたりポケモン・セレビィだった。
「セレビィ!? 」
「待って!! 」
後から走ってきたヒビキはそれを阻む。
だが全てはもう遅かった。
────────────────────
ザァ、という音。
ミュウツーとセレビィはこの時空から消滅した。
「消えた? 」
「ミュウツーをセレビィが遠い過去か未来に飛ばしたんだと思う 」
そう、この世界からミュウツーは消えた。
その事実に少年たちは後悔した。
なにも言ってやれなかった。
奴は人を憎むだろう。
“生まれてくる筈のなかった存在”と“それを生み出してしまった存在”。
ミュウツーはそれに気づき、“怒り”を覚えてしまった。
もしかしたら、己の“存在”に不満を感じているかもしれない。
なにも言ってやれなかった。
その事実に少年たちは後悔した。
だが、そこに駆け寄ってくる数多の影がある。
「ヒビキ!! 」
「コトネ! カトレアさん! 」
「ノイズ!! 」
「ユメカ! ラムダにランスも 」
仲間たち。そう、ここが俺たちの居場所。
ミュウツーの居場所もきっと何処かにある筈だ。
別れてしまった以上、祈ることしかできない。
「こちらも片をつけてきました。アテナ様が倒れてしまいましたが、もう時期目を覚ますかと…… 」
「…………ん……ん? アポロ? 」
ランスの言った通りに、アテナはすぐ目を覚ました。
「ご苦労だったよアテナ。私達の負けだ 」
「ヒビキさん! どうしたんですか? その右腕は 」
カトレアがその事に気付いた。
ヒビキの右腕の光は既に消えていて、痛みも戻っていた。
「あ……ああ。ちょっとな 」
正直……めっちゃ痛い。
「悪い……私の責任だ 」
「ちょっとやそっとの話じゃありません。貸してください 」
「もしかしてカトレアさん。再生することができるんですか? 」
「私は人を蘇らせたこともあります。条件はありますが、右腕くらい造作もありません 」
彼女は少年の右腕のあたりに優しき光をまとわせた。
すると、その腕はゆっくりと存在を取り戻す。
「本当に……治った!? 」
「これがゼルネアスの力か 」
再生した右腕を見て思う。
全て終わったんだ、と。
だが、そうやって安心した瞬間、疲れという疲れが一気にやってきた。
あ──────やばい。
一歩も歩けそうにない。
でも、闘いは終わったんだ。
なら、休んでもかまわないか。
そうして、ほう、と大きく呼吸をした時。
“ふっ──────── ”
その不敵な笑いに、咄嗟に振り向く。
なにかが少年とすれ違った。
「なっ────────!? 」
一本の鎖がゼルネアスの体に巻き付いた。
『っ!? 』
「ゼルネアスっ!? 」
呼吸が止まる。
絡みついた鎖は、ゼルネアスを容赦なく空へと引きずり寄せる……!
「ゼルネアスはこの、トア・ル・リヒトがいただいた 」
「リヒトっ!? 」
ゼルネアスは全身に力を入れるも、まるで抵抗できないようだ。
そして……ゼルネアスの力と意識は、完全に抜け落ちてしまった。
「ゼルネアスを返しなさい! 」
「残念だが……この生命の楔で結ばれた以上、僕とゼルネアスは契約関係にある 」
「くっ、ゼルネアスで何をするつもりだ!! 」
「教える義理はないよ……じゃあね。僕はアルファルド地方に用があるんだ 」
「待て!! 」
「待てって言われて待つほど僕は善人じゃないんだ。っ!? 」
しかしその時、ダイゴが手に持っていた物がリヒトの視界に入った。
そして壊れたように声を震えさせながら怒鳴る。
「違う!! それはお前たちのものじゃない!! そのこころのしずくを返せぇ!!! 」
リヒトは殴るようにそれを奪い取り、消え去った。
「……トア・ル・リヒト 」
こうしてヒビキたちの闘いは、いくつかの謎を残しながらも終わった。
「っ………? 」
少年はぼやぼやとした視界の中、
空に七色の光を見つけた気がした。
「ふっ………… 」
ヒビキは目の前が真っ暗になった。