記録38. 黒影 月下に散る
「────それが俺の運命ならば!! 」
「────ヒビキッ危ない!! 」
「えっ──── 」
────グサァッ────地獄────俺は少々あまく見ていたのかもしれない。
その時、地獄を見た。
「ぁ─────くはぁっ─── 」
怪盗Xの口から吐き出される真っ赤な血。
しばらく俺は、現状を理解できなかった。
「エッ……クス? 」
「危なかったぜぇ……もう少…しでお前が──── 」
奴は血塗れの手で俺の頬を撫でた。
奴の腹を貫いている一筋の光。
「久しぶりだなぁ……金色 響 」
その声にも聞き覚えがある。
「アポロ…… 」
「流石の私もお別れまでは邪魔しない。その裏切り者を見送ってからで構いません 」
「お別れ────? 」
言葉の意味が分かっていても分からない。
ただ、俺の前には血染めのエックスがいる。
血染めの……エックス!?
「っ────エックス!! 」
必死にエックスの身体を抱える。
「ふっ……結局……こうなるのかよ 」
エックスは全てを投げ出したかのように言う。
「止めろ……死ぬな────生きろ!! エックス!! 」
「そりゃ……無理難題、だ 」
エックスは眼を閉じた。
「馬鹿言うな!! 最後は笑って死ぬんじゃないのか!? お前は──── 」
「──────── 」
エックスからの返事はない。
「なんか言え────っ!!!??? 」
しかし、ヒビキは途中で気付いてしまった。
「──────── 」
返事などあるはずがない。エックスはもう既に────
「おい……エックス? エックス!? 」
「──────── 」
死んでいるのだから。
「………………うあああぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!!!!! 」「……ヒビキ 」
“……………… ”
ラムダとホウオウには見守ることしかできない。
「……………… 」
ヒビキは真下を向く。
「お別れはすんだか? 」
そこにアポロは問いかける。
「………………ああ 」
ヒビキが放った返事。
それは、押し殺した、苦痛に満ちた悪魔の吠えるような声だった。
「……アポロ 」
「? 」
ヒビキはゆっくりとホウオウに近づき手を添える。
「……決着をつけよう 」
そして、ホウオウに騎乗した。
「俺はお前の正義を、全力で否定する!! 」
記録38. 黒影 月下に散る「……それは、私を殺すということか? 」
「………………… 」
「ふん、いいだろう。決着をつけよう。私たちの正義のすれ違いに 」
アポロはポケモンを二体構えた。
「まずは紹介しよう。ミュウツーとレイだ 」
人の手によって創り出されたポケモンたち。
彼らに感情というものは存在しないだろう。
ただ、アポロに従うだけ。
「ちなみにお前とバトルするのはミュウツーの方だ。レイにはそこの奴らを相手してもらう 」
アポロの指差した方には3つの影があった。
ルギア、ラティオス、ドラミドロに乗ったノイズとユメカ、ランスだ。
「気付いていたのか? 」
「気付いていないと思っていたのか? 」
「くっ 」
レイはノイズたちの前に立ちはだかる。
ノイズたちはその身を構えた。
「……ラティアス 」
ヒビキは冷たい声で双神を呼んだ。
『なんですか? マスター 』
「ラムダと一緒にコトネ達の援護を頼む 」
『かしこまりー! 』
ラティアスは場の雰囲気など御構い無しに明るい声で答えた。
「おい、ヒビキ! なにを──── 」
ラムダはヒビキの指示に反論する。
「すまないラムダ。こいつは俺がぶっ倒す!! 」
その眼はとても鋭かった。とても真っ直ぐだったから、ラムダは指示を呑んだ。
「────わかった。俺を乗せて飛んでくれ、ラティアス 」
『はい! 』
「……それではレイ、そいつらを殺れ 」
「来るぞ!! ユメカ、ランス 」
それぞれがヒビキとランスから遠ざかっていく。
「さて……では始めようか。世界の裁きを 」
「そうは────させないッ!! 」
ホウオウとミュウツーが同時に翔く。
「ホウオウ《だいもんじ》」
「ミュウツー《サイコブレイク》」
火の弾丸と念の弾丸が2つの間で火花を散らす。
巻き上がった煙は視界を狂わせた。
「《はどうだん》」
「速いっ!! 」
煙を裂く一筋の光が、刹那にホウオウを貫いた。
「大丈夫か!ホウオウ 」
“我を誰だと思っている ”
「ミュウツー《サイコカッター》 」
敵の攻撃は止まない。油断する隙はこちらには存在しないのだ。
「来るぞ! 《だいちのちから》 」
“ッ────!!! ”
岩の弾丸がミュウツーを討ち、爆発を起こす。
「金色 響、問おう。お前がそんなにも私を否定するのはなぜだ? 」
ミュウツーの《サイコブレイク》がホウオウを追いかける。
「逆に問う。アポロ、お前はその方法で導き出された未来が正しいと思うのか? 」
念の弾丸を全て避けて、ホウオウは《だいもんじ》を放った。
ミュウツーはそれを両腕で軽々と受け止める。
「なっ!? 」
「現実は様々な者に支配されている。それを覆すために、抗うことは必要だ 」
「っ、確かにそうだ。だがお前のやっている事もまた──── 」
ヒビキの言葉は、放たれた《はどうだん》によって遮られた。
「お前は世界の観察者にでもなったつもりか!? 私が正しくないなど、お前の決めることではない!! 」
「他者を支配して正義を名乗る、それが正しいはずがない 」
ホウオウは《せいなるほのお》に身を包み、ミュウツーに突撃するが、ミュウツーは間一髪でそれをかわした。
「お前の価値観を私に押し付けないでくれ。私は、正しい行為だけが正しさを生むとは思わない。何が正しいか? 何が正義か? など、そんなものは後付けにすぎない。結果を出した者が正義。ただそれだけだ 」
「そんな正義は認めない。それはただの偽善だ。いや、偽善と言わずして何と言う!? 」
「それは勝手な勘違いだ。人とは、一定のシステムに落ち着けば、それが平和だと思い込むんだよ。たとえ自分たちの下でどれだけの人が苦しもうと。だからそのシステムごとぶち壊す。皆が地獄に堕ちれば、皆が等しくなる 」
ミュウツーの《サイコブレイク》!!
「大嘘を吐くんじゃない。その地獄の上で、お前は皆を見下すのだろう? 自分は安全な場所で皆を支配して──── 」
《だいちのちから》が弾丸を撃墜する。
ホウオウはミュウツーの上に回り《だいもんじ》を弾丸状に連射する。
「支配がなければ傲慢な者が現れる。自分だけ唯一になろうとする傲慢な者が 」
ミュウツーは《サイコカッター》で次々と弾丸を弾きかえす。
「それでいいんだ 」
「っ────なに? 」
「平等を追い続けても平等なんて生まれないんだよ。それが人間の本質だ。だから、競い、抗い、失い続ける。でもね、それをみんながわかった時が平和の誕生なんだよ 」
「どういう意味だ!? 」
「より深い幸せを求める。そこにあるのはきっと仲間だ。幸せって言うのは、不幸せを消すところから始まるんだよ。その日を迎えるためにも──── 」
「そんな日は来ない。 それは理想にすぎない 」
「それでも俺は真実にしたい。いや、してみせる!! 」
「ふん、高いところから偉そうに言うな!! 」
ミュウツーの《サイコカッター》がヒビキの右肩を切り裂いた。
「くぁっ!!!! 」
“ヒビキ!!! ”
真っ赤な血を噴き出しながら、ヒビキの右腕は堕ちていく。金色のメガリングと共に。
「これでお前はメガシンカが使えない。もっとも、お前にメガシンカさせられるポケモンなどもう存在しないがな 」
「くっ──────── 」
「ヒビキ。お前は地獄を知らない。本当の地獄は、もっと深いぞ 」
「それでも俺は────明日を掴む。掴みたい。
だから────────