記録34. ソウルシルバー〈前〉
あの日から、俺は嘘をついてきた。生きているという嘘を。
名前も嘘。手に入れた力も嘘。みんな嘘ばっかりだ。嘘というペルソナを被り続けて、でも嘘って絶望で諦めることもできなくて……。
でも、それは悪い事だったのだろうか。
大切な仲間のために、守りたいもののために仮面を被る事は不必要だと言い切れるだろうか。
もはや世界は、ペルソナ無しでは歩めなくなっていた。
幼かった頃の俺は、そんな世界が哀しくみえた。
善意と悪意。戦争とテロリズム。繰り返される憎しみの連鎖。
世界の歴史で、それが途絶えたことは一度もない。
たしかに、それを終わらせる方法はある。だが────
間違った方法で得た結果は意味を成さない。
誰かが勝つ。弱者を強いる。それは果たして優しい世界か。
だから俺たちはアポロを否定する。
だから俺たちは欲する、
勝つための────力を。
記録34. ソウルシルバー〈前〉洞窟が鳴いている。水は滴り、大地は震える。
聖なる空間────ルギアの間。
流れ落ちる滝の先に、奴がいる。
カミソリのように肌を
削る冷気。膝下までにじりよる氷の気配。頬は強張り、吐く息は白い霧となって消えていく。気温は摂氏零度────。その寒気は空間全体に染み渡り、あらゆる“
存在”も引き付けない。
そして悟った────
────この空間は神そのものだと。
少年の歩みは彼の意思によるもの。覚悟がなければ、足は進まない。
少年の眉が少し歪んだ。
まるで何かを感じとったかのように。
そして少年の歩みは止まった。
「……ユメカ。始めてくれ 」
滝の音が、激しい
雑音のように聞こえてくる。
「────分かったわ 」
衣が動く。取り出された笛。少女の唇が、その笛にふっと息の音を吹き込む。
“……………………? ”
その時、笛の音に反応した影が見えた。
少年が抱いたのは、小さな警戒と、脈絡のない恐れだ。
“……………………この音色 ”
滝の向こうの主は気づいた。自分は今、身の毛のよだつ奇跡を前にしているのだと。
静かな洞窟に、海のような笛の
波が響く。空間に張り巡っていた冷気が、その音色に吹き消されていく。
“……待っていた。白銀の騎士よ ”
せんすいポケモン・ルギア。奴はその白銀の光を露わにした。
「────俺もだぜ。ルギア 」
緊張が身体を駆ける。滲み出る汗と空気が同化し、時さえ止まって感じた。
「ドサイドン……頼む 」
モンスターボールから飛び出したのは、
ドリルポケモン・ドサイドンだ。その姿はまさに岩石の巨獣。奴はルギアを警戒しつつ、ノイズの傍に構えた。
“早速か。いいだろう。君の力────見せてみよ ”
蒼銀の戦闘唄が幕を開ける。
“ ──────────────っ!! ”
水しぶきをあげ、岩石の巨獣に踊りかかる海の神。
「ドサイドン 」
『ドゥオォザァ! 』
飛び出した巨獣は手鞠のように。
重たい筈の巨体を踊らせながら空間を駆ける。
「《メガホーン》ッ!! 」
“──────────── ”
その鋭い一角を前にしても、ルギアに迷いはない。
ふたつの距離が5メートル程に迫る。
“────《ハイドロポンプ》!! ”
「っしまった────ドサイドン!! 」
時はすでに遅い。
ふたつの距離は零。
神の放った水の化身がドサイドンに襲いかかる。
『ドォオザァッ!? 』
殴るような攻撃。
ドサイドンは突き飛ばされた。
「持ち直せ───《ロックブラスト》! 」
宙で舞う岩石の巨獣。
放たれた弾丸の一発が海の神を殴った。
“────なかなかの攻撃だ ”
「神に褒められるとは光栄だな 」
“では、我が問いに答えよ────白銀 轟 ”
「────なんだ? 」
“君は闘いの果てに何を求める? ”
「俺は……大切なモノの笑顔を護りたい。そのためなら命だって──── 」
“ふっ、…………似ている ”
「えっ────? 」
“英雄ハジメには親友がいた。その名は
アイン ”
「アイン…… 」
“その者と君の眼は似ている。いや────同じだ ”
「ヒビキにハジメが宿っているのと同じように……俺にも!? 」
“宿っているだろう。銀色の英雄が ”
自分の魂の鼓動に問う。
少年の人生はすべて定められた運命だった。
金色の英雄の宿った少年、ヒビキと出会い、コトネと出会い、ユメカと出会い、カトレアと出会い、謎の魔女に選ばれて────
自分は作り物だったのか?
俺のすべてはこの瞬間を埋めるための「断片」でしかなかったのか?
“違う……間違っている ”
「────ルギア 」
“君が選んだのだ。この世界の盾となることを ”
「俺が………… 」
確かにそうかもしれない。
俺は望んでいた。
誰もが笑顔でいられる世界、嘘のない世界を。
けれども世界は、こんなにも思い通りにならない。
そのための力が必要だった。
そのために嘘をついてきた。
俺はこの運命を望んでいた。
「でも今、俺の前にはその望んでいた力がある。だから──── 」
“ああ、命をかけてかかってこい!! ”
「ドサイドン《ロックブラスト》!! 」
その四、五発の弾丸は音速で放たれた。
あまりの速さに音が消える。
ルギアに届くまでに、0.1秒もなかったかもしれない。
“緩いな ”
「くっ──── 」
さすが【海の神】と呼ばれるポケモン。無駄な動きが1ミリもない。
“《ハイドロポンプ》!! ”
そして、ほんの少しの動揺にルギアは付け入る。
「かわせ!! 」
しかし避けきれない。
水の化身がドサイドンの右腕をを穿つ。
『ドオッ! 』
「ドサイドン!! 」
“ほう、まだ立っていられるか? ”
いや、立っていられるだけだ。
ドサイドンの体力は零に等しい。
次で確実に終わる────終わってしまう。
「ドサイドン、最後の攻撃だ。《アームハンマー》 」
再び地を蹴り、水しぶきを宙に舞い出る。踊り駆ける岩石。
硬い右腕が光を放つ。
“────っ!! ”
ルギアは《ハイドロポンプ》を弾丸状に連射し、駆ける巨獣の行く手を阻む。が、岩石の巨獣はそれらを拳で弾きながら徐々にルギアとの距離を縮める。
「(ドサイドン……大した体力と精神力だ。きっとお前のその力も、サカキへの忠誠なんだろうな )」
拳と弾丸の衝突。衝撃波は後ろにいるユメカやランスをも襲う。
“面白い戦い方だ。だが──── ”
『ドゥガ!? 』
突如ドサイドンがバランスを崩した。
「────まさか!? 」
それはルギアの意図的なものであった。ルギアはあえて弾丸をリズムよく放っていた。ドサイドンがそのリズムに自然と馴染んできたところでそのリズムを崩す。ドサイドンはその弾丸に確実に対応できないだろう。たとえ耐えられたとしても、完全にペースはルギアのものだ。ルギアはドサイドンの素質を見極めていた。奴の方が一枚、いや何枚も上手だったということだ。
“《ハイドロポンプ》 ”
ドサイドンの────完敗だ。
────ズドーーーーーーン!!────『ド………ザァ……──── 』
ドサイドンはその重たい膝を地についた。瀕死だ。
「……ありがとうドサイドン。よく頑張った 」
少年はドサイドンをモンスターボールに戻した。そしてそれとは別に、新たなモンスターボールへと持ち替える。
「ルギア──── 」
“…………………… ”
鼓動が高鳴る。緊張で内臓が飛び出そうだ。はっきり言って突破口は見つからない。だが、弱さは────過去は捨てた。
*
「……捨てたんだよ。過去は、弱さは 」
「……──過去って、弱さなのかな 」ヒビキはノイズに言った。
「? 」
「過去から学ぶ事もある。弱い過去は進化の証だ。でも、進化しても、変わらないものはある 」ヒビキは続ける。
「ポケモンがその一つだと思う。進化して、弱い過去を捨てて強くなって、でもトレーナーとの愛の形は変わらないよ 」
「進化の証……か 」
「そう。過去は弱くない、過去があるから今強いんだ。ゆえに過去は強いんだ 」
*
ふとその会話を思い出す。
そうだった。過去は────強いんだったな!
「────絶対に勝ってやる! 」
“来い。若き勇者よ ”
「いけっゾロア! 」
『キャウンッ! 』
継いでノイズが繰り出したのは
わるぎつねポケモン・ゾロア。怪盗Xからコトネを経由してノイズの手に渡ったタマゴが孵化して生まれたポケモンだ。
“そんな小柄で闘うのか? ”
「それは愚問だよルギア。体格がすべてでないことくらいお前もわかっているだろう? 」
“ふっ、君のそれも愚問だな ”
「そうだな。なら始めよう。愚問を繰り返している暇はないからな 」
“……………────ッ!! ”
「ゾロア《幻影〜水槍〜》! 」
グッと足を踏ん張り、頭上に水の集合を創り出す。
水は音を立てながらその形を変えていく。
そうして出来た槍はルギアの方へと駆けた。
その過程は刹那。時を止めたような速さだった。
“くっ────なんだ今の技は!? ”
ルギアは間一髪で攻撃をかわした。が、その驚きは隠せない。
「幻影────自分の意思を創造し、具現化する、ゾロア及びゾロアークの特殊能力だ。できるのは技を創り出すことと、見たことのあるものに化けることだ。……ルギア 」
そうノイズが言い放った途端、ゾロアはルギアへと姿を変えた。
「だがあくまで幻影。スペックのコピーまではかなわない 」
ゾロアは姿を元に戻す。
“教えていいのか? 今、君と私は敵だぞ ”
「バレてるかバレてないかを疑いながらやるより、確実にバレていると確信して行動する方がやりやすいと思ってな 」
ノイズは攻撃を再開する。
「いくぞ神────《幻影〜水弾〜》! 」
“《ハイドロポンプ》 ”
無数の弾丸の撃ち合い。互いに一弾たりとも譲らない。
“《ドラゴンダイブ》!! ”
ルギアは物理の接近技に切り替えた。水の弾丸は弾かれて効かない。
「《幻影〜水ノ盾〜》!! 」
水で創り出された巨大な盾が矛から黒狐を守る。だが────
“効かぬ ”
ルギアは盾を破った。
「っ!? ゾロア────右にかわして、後ルギアに化けて羽ばたけ! 」
ノイズの指示に従い、ゾロアは右に転がりながら《ドラゴンダイブ》をかわす。その後ルギアに化け、宙へ駆けた。
“くっ──── ”
ルギアは体勢を立て直し、ゾロアの後を追う。
そして《ハイドロポンプ》の弾丸を宙に数発構えた。
「後ろから来るぞ《幻影〜水ノ盾〜》! 」
ゾロアは盾で身を守る。水の弾丸はすべて弾かれた。
“ならば《ドラゴンダイブ》! ”
再び龍となり舞い襲うルギア。
ゾロアは攻撃を受けてしまった。
「しまった!! 」
変身が解かれながら黒狐は宙を堕ちる。
“決める────《エアロブラスト》!! ”
ルギアは大気を吸い込み、竜巻のように放った。
「ゾロア!! 」
突風は黒狐を切り裂いた。
『キャウゥ…………──── 』
ゾロアは倒れた。
“小柄であれば、ダメージも大きくなるだろう。その上でのあのバトル────良き素質を持っている ”
「ふっ、さあどんどんいくぜ! 俺の────三体目! 」
『カァァアアアア!!! 』
漆黒の翼。
おおボスポケモン・ドンカラス。
その羽音が、奴の強さを物語る。
「闘いはこれからだ! 《あくのはどう》 」
“《エアロブラスト》 ”
漆黒の闇と透徹の突風がぶつかる。
衝撃波で空間の大気が歪む。
「ドンカラス《ブレイブバード》!! 」
黒鳥は天に
翔く。
蒼穹の閃光を纏って華麗に舞う。
まるで銃のリア・サイトを通すように、鋭く、鋭く睨みつける。
そしてルギアに狙いを定めた。
「────っ!! 」
心の中でトリガーを引く。
蒼穹の黒鳥は撃ち出された弾丸のように、“刹那と呼ばれる時”を駆ける。
宙に刻まれ、いまだ残って見える
穹の閃光。
しかしそこに黒鳥はいない。
“……────っ!? ”
神を貫く諸刃の弾丸。その身を裂いて、敵を裂いた。
『カァァ 』
“君のポケモン。個々が尋常でない精神力だ ”
「ああ。特にこのドンカラスは、一番長く俺と地獄を歩んできた仲間だからな 」
“仲間────それが君の力の正体か ”
「? 」
“次代の操り人よ。君には
ソウルシルバーの悟りを開く権利がある ”
〜HALF OF THE STORY〜