ポケットモンスターANOTHER








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― 金色の悪魔
記録32. 黒金の契約

世界は呑まれゆく、アポロの見せた絶望によって。
世界は壊れゆく、自らの恐怖と悲しみによって。
世界は今、新たなあり方へと生まれ変わろうとしている。
数多の理想と感情のうねりと共に俺たちは進まねばならない。
裁きを下す神はもう、待ってなどくれないのだから。


記録32. 黒金の契約

*フスベシティ

「ここからは僕が指揮を取らせてもらう。まず、ノイズ君とユメカちゃんは渦巻島へ、ヒビキ君と怪盗Xは鈴の塔へ行きルギアとホウオウを呼んで欲しい。カトレアさんとコトネちゃんはここに残ってくれ 」
ホウエン地方のチャンピオン、ダイゴの指示に従い、みんなはそれぞれ移動し始めた。
「良かったのか? ワタル 」
フスベジムのリーダーイブキはその様子を見て、兄ワタルに問いかけた。
「ああ。ダイゴ君の方が指揮には向いている。俺は俺のできることを精一杯できればそれでいい 」

*鈴の塔

紅葉一色であった。暖かい微風に鳥ポケモンたちの声が乗る。しかし音はただそれだけである。平和な様に聞こえるかもしれないが、これこそが、嵐の前の静けさというものかもしれない。
「なあ怪盗X、お前は、俺に奇跡を求めるか? 神を信じるか? 」
ヒビキは問うた。
「ああ。お前が奇跡を起こせ……それはお前にしかできないことだ 」
怪盗Xは答える。ヒビキは怪盗Xのいた未来で、奇跡を起こしかけた。その時は叶わなかったが、今ならできるかもしれない。いや、ヒビキは起こさなければならない。奇跡を──
「……俺はあの日から──あの魔女と契約した時から──覚悟を決めていた。これから待ち受ける地獄を…… 」
「……後悔か? 」
怪盗Xは問う。
「いや、真逆だ。お前の言う通り、今奇跡を起こせるのは俺だけだ。それが我が運命ならば、引き返す道などいらない 」
まっすぐ前を向いて言う。深刻な顔では無く、どこか希望に満ちている様な顔で。
「……ならお前はもし、正義で倒せない悪が存在したらどうする? 」
その問いの答えは迷う暇なくすぐに出た。
「悪に手を染めてでも悪を裁く……他の誰かがその手を血に染める前に 」
「ふっ、さすがは俺のライバルだな 」
──怪盗X=ノイズ。先程に判明した事実だが、違和感などなかった。彼が怪盗Xだということを納得させる事実が数多く存在したからだ。
「覚悟はしていると言ったはずだ。それはノイズもだ。奴だって死ぬ覚悟はできているはずだ。不安に満ちた命など、死に等しいからな 」
「────っ 」
そのヒビキの言葉に怪盗Xは反応した。
昔自分の言った言葉が頭の中を駆ける。
“何も起こらない人生なんて。満足できない命なんて。死んでいるのと同じだろ?”
「(そう、確かに俺はあの時に喪った。護りたかった大切なものを……そして知った。喪ってから気づくこともあると── )」
「どうかしたか? 」
「っ、いや……気にするな 」
「? 」
怪盗Xの目元には、雫があったように見えた。立ち止まって見た彼の背中からは、彼の背負ってきた悲しみと絶望がにじみ出るのがわかった。
それからしばらくまた沈黙が続いたが、やがてヒビキが口を開いた。
「なあ、X 」
「なんだ? 」
「闘いが終われば……お前は消えるんだよな? 」
「そういうことになるな 」
怪盗Xはその声で顔を上げた。空の月を見て、事実を受け止める。
ヒビキたちが勝ってしまえば、怪盗Xの世界は無かったことになる。よって彼の存在も無になる。
「まあ、どうせここで消えるんだったら、笑って消えたいな 」
その言葉をどこか遠くに感じた。そう。どこか遥か遠くに──。
「それは願いか? 」
「いや──夢だ 」
願いは神頼み。夢は努力。同じ様に聞こえるが、その意味合いは全く違うものだった。
「最後は笑って──か 」
その言葉を噛み締めた。それが、いずれ必ず消えるとわかっている者の夢だと考えると、ポケモンマスターのような夢が、物凄くちっぽけな様にも感じられた。
「おいヒビキ。ポケっ、とするな! いくぞ! 」
「う、うん 」
塔の中はまるで迷路の様だった。自分の記憶の中で地図を完成させながら進んでいかなければ、たどり着くことはできなさそうだ。
「おい怪盗X。俺もつれてってくれ 」
後ろから声がした。振り返る。
「ラムダ!! 」
ラムダ・フィッフ・ヴェル。ロケット団幹部の一人だが、俺とノイズによって改心するに至った。
「久しぶりだな。ヒビキ 」
「おう。で、ラムダもついてくるのか? 」
「ああ。お前たちのくれた時間で俺なりの答えは出した。あとは行動を起こすだけだ 」
「俺は大歓迎だけど、Xは? 」
「忘れたのか? 俺はノイズだぞ。ラムダのことも覚えている 」
「え? 怪盗X=ノイズ? 」
「そっか。ラムダ、まだ知らなかったのか 」
とりあえずラムダに怪盗Xの正体について説明した。この世界にきた理由も。
「ふっ、面白いこともあるんだな 」
「さあ、無駄話をしてる暇はない。いくぞ 」
ヒビキは新たな力を得た。
それは仲間。
ヒビキの優しき心がラムダを導いたのだ。
そして彼は、もうひとつの力を得ようとしていた。

“問おう。貴様が我のマスターにふさわしいかをっ!! ”
再び試される時だ。今度は七色の神に──


月光雅 ( 2015/08/14(金) 21:52 )