ポケットモンスターANOTHER








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― 金色の悪魔
記録31. 白銀の忠誠

世界は呑まれゆく、アポロの見せた絶望によって。
世界は壊れゆく、自らの恐怖と悲しみによって。
世界は今、新たなあり方へと生まれ変わろうとしている。
数多の欲と大切なものの喪失と共に俺たちは進まねばならない。
時を刻む針はもう、止まってなどくれないのだから。


記録31. 白銀の忠誠

*フスベシティ

「ここからは僕が指揮を取らせてもらう。まず、ノイズ君とユメカちゃんは渦巻島へ、ヒビキ君と怪盗Xは鈴の塔へ行きルギアとホウオウを呼んで欲しい。カトレアさんとコトネちゃんはここに残ってくれ 」
ホウエン地方のチャンピオン、ダイゴの指示に従い、みんなはそれぞれ移動し始めた。
「良かったのか? ワタル 」
フスベジムのリーダーイブキはその様子を見て、兄ワタルに問いかけた。
「ああ。ダイゴ君の方が指揮には向いている。俺は俺のできることを精一杯できればそれでいい 」

*渦巻島

「気をつけろよユメカ。落ちたら終わりだぜ? 」
ふたりは歩いていた。ルギアの眠る空間を目指して。
「そういえば、お前……海の民だったんだな? 」
「ええ。海の神、ルギアを護ることとルギアから力を授かる勇者を手助けすること、それが私たちの使命 」
「ふっ、その力を授かる勇者に俺が選ばれたのか? 」
「……たぶん。あなたが選んだのよ 」
「えっ? 」
「あなたがヒビキと共に闘うことを決めたから選ばれたのよきっと 」
「……俺はさユメカ。自分の命なんて……価値はないと思っていたんだ 」
「……価値 」
「何も起こらない人生なんて。満足できない命なんて。死んでいるのと同じだろ? 」
「でもあなたは、ヒビキと出会った 」
「ああ。俺の歯車にあいつが別の歯車をぶつけてくれた。俺の人生は価値を持ち始めた 」
「うん…… 」
「そして今、俺が世界に必要とされている 」
「………… 」
「俺はヒビキのように世界のために死にたい 」
「──駄目!! 」
「……? 」
「あなたが死んで世界が幸せになっても、私は幸せじゃないから…… 」
「ユメカ…… 」
「みんなで生きていこうよ。ね? 」
「……ありがとう 」
「────っ!! 」



その時、ユメカは足を滑らせてしまった。ユメカの体は奈落の底に続く空間へと投げ出される。

「ユメカ──!! 」

その手を掴んだ。しかししっかりとは掴めない。

「……ノイズ 」

「助けてやる!! 護ってみせる!! 俺には、それくらいの力が── 」


*フスベシティ

「────── 」
そいつはこちらへと近づいてくる。足音を微かに響かせながら。
「誰ですか? あなたは 」
「あなたは!? 」
コトネには見覚えがある。ヤドンの井戸でヒビキと闘った……名は確か、ランス。
「カトレアさん離れて! 」
気づいたコトネは慌ててカトレアに叫ぶ。
「ノイズはどこにいる 」
「……その問いに答えるつもりはありません 」
カトレアはランスの前に立ちはだかった。
「退きたまえ。できれば女性とは闘いたくない 」
「……………… 」
「言っても無駄の様だな。サイドン 」
ランスはサイドンを繰り出した。
「ゴルダック 」
対してカトレアはゴルダックを繰り出す。
「……援護します。ラプラス 」
コトネはラプラスを繰り出した。
「ゴルダック〈ハイドロポンプ〉! 」
「ラプラス〈れいとうビーム〉! 」
「──────っ 」
ふたつの攻撃に対してランスは全く指示を出さなかった。
やがて攻撃はサイドンに命中し、爆発が起こる。
煙は晴れるが、サイドンはビクともしていなかった。
「そんな!? 」
「いい攻撃だ。だが、我がサイドンには効かないな。この強化プロテクターを着けている限りは 」
「この人、まさかリヒト並みに──! 」
ヒビキたちはリヒトに少しも敵わなかった。彼もそれに及ぶ実力を持っている。
「サイドン〈ストーンエッジ〉!! 」
尖った岩がゴルダックとラプラスを貫く。
「ゴルダック!! 」
「ラプラス!! 」
二体は倒れてしまった。
「さあ言え……ノイズの居場所を 」
ランスはまたゆっくりとこちらへ近づいてくる。
「ラプラス今よ〈れいとうビーム〉! 」
ラプラスの氷の槍はランスとサイドンを凍らせた。
「ナイスですコトネさん! 」
「はい──って!? 」
しかし、氷はピキピキと割れ始め、やがてランスとサイドンは何もなかったかの様に出てきたのだ。
「生憎私は人間ではなくてね 」
「人間じゃ……ない!? 」
「ああ。自分の忠義を果たすために──私は今ここにいる 」
「忠義とは? 」
「ふっ、そうだな。話をした方が早そうだな 」


*渦巻島

「何があっても離さねぇ!! 」
「ノイズ……私もう── 」
ユメカは気絶した。
かなり危険な状態だ。ノイズはユメカの手首ではなく、手のひらを掴んでいる。かなり力が入りにくい。
「まだ闘いも始まってないのに……こんなところで失って── 」
しかし力は抜けてしまった。
ユメカの指先が、自分の指先から遠ざかるが、その感覚ももはやない。
全てを失った気がした。
全てを──

「────っ!! 」
その時、俺の思いは力に変わった。
バッグで何かが光を放つ。
そう、怪盗Xから俺に渡ったタマゴが──!!
「ユメカを──ユメカを助けてくれ!! 」

タマゴから生まれたゾロアは、そのノイズの望みを受け入れた。
ゾロアは幻影を使い、ユメカの周りに水の結界を作り出した。

結界はユメカをノイズの元へと持ち上げてくれた。
「ありがとう。ゾロア……── 」
その時気づいたのだ。ゾロアは怪盗Xから貰ったタマゴから孵ったポケモン。つまり怪盗Xはこの時ゾロアを持っていなかった。そう、怪盗Xは、ユメカという大きな存在を、その時既に失っていたのだ。
「あの背中、何か悲しみに満ちていると思っていた……あいつは──向こうの俺はずっと孤独だったんだな 」
ユメカを抱き、安全な空洞へと移動した。

だが安心はすぐに去った。
前方に怪しい人気を感じたからだ。

「貴様が……ノイズ 」
こちらへ来る黒い影。
「お前は…… 」
胸元に印されたRの文字。ランス・ジュラメント。ロケット団の資料を調べた時に名前の出てきた幹部。しかし奴には、他の幹部とは違う点があった。アポロやラムダ、アテネは全員俺の知っている奴らだった。だが、こいつだけは全く知らない。何者なんだろうか。こいつは──

「問いに答えよ……ノイズ 」
気絶しているユメカもいるんだ。真っ当な闘いをしている場合ではない。
「お前に構っている暇はない。ゾロア〈幻影“水鎖”〉! 」
幻影の水が彼の体に地面へと引き込む水圧を加えた。彼に今、通常の10倍ほどの重力がかかっていると考えれば話は早いだろう。
「こ、これは── 」
「どうだ? 動けないだろう。お前はそこで──っ?! 」
ランスは無理やりこちらに足を進める。
「馬鹿な。動けるはずが……なんて執念なんだ 」
「これは執念ではない──忠誠だ! 」
ランスは力強くこちらへ足を進める。
「忠誠? 気に食わないな。あんな組織のどこにそこまでの忠誠を誓う価値がある!? 」
「問いに答えろ──貴様が、そこまでしてロケット団を恨む理由を答えよ!! 」
「……ん、ノイズ? 」
ちょうどユメカが目を覚ました。
「いいだろう。そこまでして言うなら答えてやる。
それは俺が──白銀(シロガネ) (トドロキ)だからだ!!
「────っ!? 」その言葉にランスは反応した。
「俺はあいつの──サカキの望みを叶えてやりたかった。奴は罪を犯していた。だが、奴はそこからやり直そうとした。そんな奴の──父の背中に憧れたから……サカキがまだ復活を望んでいるという哀れな希望を抱く今のロケット団が大っ嫌いなんだよ!! サカキの心を踏みにじってるんだよ……あんたらは!! 」
その眼からは涙が流れていた。
「わかっています。彼があなたの言う良き人だと言うことは 」
「えっ…… 」
「私も、ロケット団解散後にサカキ様に拾われ、命を救われた。そしてあの背中に憧れたのです。だから、彼の望みを叶えたい……その答えはロケット団にあると思っていた。だが、アポロは私を利用した。記憶まで書き換えて 」
「記憶を?! 」
「ええ、しかしその書き換えられた記憶に不審な部分を見つけました。だからこっそりと彼の資料を調べたのです。すると私の記憶が偽物だと言うことが出てきました 」
「偽りの──記憶だと 」
「私は自らを改造し、人間という理と引き換えに記憶を取り戻しました。そしてあなたを……見つけたのです。轟様……あなたがそこまでしてロケット団と闘う理由は……やはりサカキ様のためだったのですね…… 」
ランスの声はどんどんと弱みを増す。自分にかかった力に反発して、体力を使い過ぎたのだろう。
彼は膝と手を地面についた。
「では……お前の忠誠は…………現ロケット団のボスアポロではなく── 」
「──我が忠誠は…………永遠に……サカキ様…… 」
ノイズは慌ててゾロアの幻影を解いた。ランスは倒れこんだ。
「…………っ……──はっ!! 」
「お前のサカキへの忠誠はまだ続いているはずだ……俺と共に歩んでくれるか? 」
ノイズは彼に手を差し伸べた。
「もちろんですとも……轟様 」
差し伸べられた手をランスは交えた。
「ふっ、それと轟は止めてくれ…… 」
「? 」
「俺がこんな気持ちになれたのも……ヒビキに出会ったからであって……それは白銀 轟の記憶ではなく……ノイズとしての記憶だから。俺はもう、ノイズとして生きると決めたんだ 」
「……わかりました。それと、これをお受け取りください 」
「これは──!? 」
「私がサカキ様からサイホーンの時に受け取ったサイドンです。これをあなたに 」
「サカキの……──っ!! 」
サイドンはモンスターボールを出て光を放った。
サイドンがドサイドンに進化したのだ。
「これが、俺とお前と── 」
「そしてサカキ様の力です 」

ノイズは力をふたつ得た。
ひとつは未来からの力。
怪盗Xから渡ってきたゾロア。
ひとつは過去からの力。
実の父、サカキから渡ってきたドサイドン。
そして彼は三つ目を得ようとしていた。

“命をかけてかかってこい!! ”
再び試される時だ。今度は海の神に──


月光雅 ( 2015/08/14(金) 21:52 )