脱走
十万ボルトをうけたハブネークが青白くチカチカと点滅し、やがてはらりと散った。部屋の中に立っているポケモンは、私一匹だけ。疲れてその場にへたりこんだ時、またあの機械的な女の人の声が響いた。
「テスト終了。結果、三分五十八秒。」
監視台の研究員達がそれを聞いて言った事は、私にとっては衝撃だった。
「まだまだですね、もう少し訓練しないと。」
「まぁ、もっと強くないと高く売れないからな。」
「前回は惜しかったですね。あと少しのところだったのに。」
「今回失敗したら大変なことになるぞ。」
「これだけてまひまかけて育て上げたのに失敗だったら、大損ですよね。」
「だからこそ成功させないとマズイぞ。もう後がない。」
え……?
最初は、訳がわからなかった。
でも、わかってしまった。
私は、ただ実験台として利用されていただけなんだ。
レイさんの
「大好きだよ。」
という言葉も、今まで優しくしてくれたのも、全部嘘だったんだ。
目の前が真っ暗になった。
「うわあああああああ!!!!」
情けない悲鳴が部屋にこだまして、気付けば監視台に向かって「十万ボルト」を発射していた。ぼ、と音がして監視台が燃え始める。けたたましいサイレンが響く。スプリンクラーが作動する。
―――――――出て行ってやる、こんなとこ。
「アイアンテール」でシャッターを吹き飛ばし、私はその向こうの闇に向かって走りだした。
走って走って、入った部屋を次々に破壊していく。私を逃がすまいとしてかかってくるポケモン達をなぎ倒す。逃げまどう人間達に怒りのままに電撃を飛ばし、黒焦げにする。憎しみのままにアイアンテールを振るい、手が骨を折る。頭の中に血の色の靄がかかっているようで、電撃を放つ度、アイアンテールを使う度に、それはだんだん濃くなっていった。
そうして数分。私は燃え盛る研究所から転がり出た。外はうっそうとした森。そういえば、温室から見える外の景色も森だった。日光を直接浴びるのはこれがはじめてだ。
「――――あ。」
温室。私は慌てて研究所へ引き返した。
「はぁ、はぁ……よかったぁ…。」
温室にはまだ火が届いていなかった。温室の外で息を切らしている「見たことのないポケモン」に、ラキ、アイ、マリはきょとんとしていた。私はアイアンテールを使って温室のガラスの壁が破り、三匹を外に連れ出した。
「しっぽ、怪我してるよ?」
「触らないで!」
アイが、私のしっぽに伸ばしていた前肢をびくっと引っ込めた。
ごめんね。これは、私の血じゃないの。
研究員達の血なの。
アイが、そんなもので手を汚す必要はない。
私は手を上げ、まっすぐ北の方を指した。
「あっちの方……遠くに逃げて!!!」
三匹は、私の迫力に押されたように駆け出した。
「ごめんね……。」
私は手で顔をおおった。目の前が黒いのは、手が黒いからでも、手が目をおおっているからでもなさそうだった。
「私も逃げないと。」
私は顔を上げ、アイ、ラキ、マリが走っていった方向とは逆の方―――南に向かって駆け出した。
しっぽから研究員の血が滴る。
もう、戻らない。