#1 始まりは突然にとか言うけど本当だった
『嘘だろ、待ってくれ!お願いだ!』
『しつこいわね!別れてよ!もう大嫌い!』
『嘘だろ』。こんな言葉、ただ現実が受け止められないやつの言うことだ。現実を分かってて、こんなことを言うのは実に滑稽だ。俺は前、そんな言葉が入ったくさい恋愛だか悲恋ドラマを見ながら、一人考えていた。
だが、実際に、本当に現実が受け止められないことがあるのだと、今実感した。
嘘だろ。俺の両目は、確かにそこにある俺の…黄色い手を映していた。
「なんで!!俺が!!ポケモンになってんだよおおお!!!!」
見知らぬ森の中で、俺はそう叫んだ。その言葉は虚しく山の方にこだまして消えた。
そもそもの始まりはよく覚えてない。だが記憶があるところまで遡ることにしよう。
日本…もっと縮めるとカントー地方のとある某所に俺は居た。
「…銃の手入れしとかねえとな」
そう言って俺、
涙川仁は、銃のケースを開け、丁寧に手入れし始めた。
「先輩のやることはいつもそれっすね、あれっすか?銃が恋人みたいなやつっすかね」
そう言いながら俺の顔を覗き込んだのは、俺の『仕事』の『右腕』であり、信頼を置いている
トリガー・クライトだった。
「まあなあ、確かに俺の仕事の相棒でもあるし、これが無かったら生きていけねえもんだし、あながち間違ってないと思うぞ」
「え〜…そこはもっと「銃が恋人?笑わせんな、俺の相棒はライト一人だけだ」って言って欲しかったっすよ、先輩」
そう言いながらトリガー・クライト…通称
ライトは、若干不満そうな顔を浮かべた。
「いや、俺そっち系の趣味はねえんだが」
「いやそういうんじゃないんですって…」
ライトは納得いかない顔で金髪を揺らしながらそう答えた。
「その金髪なびかせるのやめろ、なんか腹立つ」
「なんすか先輩!嫉妬っすか!?珍しいですね!!」
「うっせえ、お前フランス人のくせして性格日本人なんだよ。俺はパツキン碧眼の日本人なんて認めねえぞ、俺みたいな黒髪で清楚な顔立ちの日本人がモテるんだよふざけんな」
「フランス人か日本人なんかどっちなんすか…これは生まれつきだし仕方ないじゃないっすか!あっ先輩もしかして俺の整った外国人顔がうらやましごぼぉっ!」
ライトに強烈な腹パンを喰らわせた。
「うっせえな!つうかお前なんでそんな日本語ペラペラなんだよ!なんだよ!」
「いや、先輩が俺と会って間もない頃に「外人だろうがなんだろうが他の国の言葉を覚えると話すのにも苦労しねえし、あと女の子にモテるぜ」ってフランス語で言ってたじゃないですか!まあ俺は元からモテてましたけどごはぁっ!」
もう一発さっきより強いのを喰らわせた。全くなんでこいつは口が減らないんだ。
「うっせー!!俺の方が何か国も外国語言えんだよ!!あと女にかまけんな!!」
「ひがみは良くないですよ先輩!ていうか先輩から女の子の話持ちかけてきたくせに!あと実際は何か国も外国語覚えるのって暗殺のためじゃないですかせんぱぐはぁっ!」
3発目を容赦なく喰らわせた。全くなんなんだ。
「…うっせえな、暗殺のためなんて当たり前だろ、そんなのは分かってるっての」
俺はライトから目線を外し、手を止めていた銃の手入れをまたし始めた。
「うはぁ…先輩痛いです…」
「…そういえばそろそろ暗殺の依頼が来るころか」
「…あっ、そうっすね。そろそろ電話くらいかかってくると思います」
『暗殺」。先ほどから述べているが、これが俺とライトの仕事である。その名の通り「人を殺す」仕事だ。特殊な仕事であると考えられるかもしれないが、『裏』の世界の人間からすると、なんらおかしくない仕事である。
「人を殺す」なんて「残虐だ」とか「最低だ」とか言われるかもしれない。でも人間一度は思う事だと思う「死ね」や「殺す」が実行されているだけの話だ。
…別に、好きで始めた仕事じゃあないが、今はライトがいるし、悪くない生活だと思っている。
「…い、…ぱい、先輩!」
そんなことを考えていると、ライトが話しかけてきた。俺ははっと我に返った。
「…ああ、すまん」
「電話ですよ!待たせてるんだから早く出てください!」
ライトはそう言って持っているスマホをすっと渡してきた。
「…はい、涙川です」
『おお涙川君、早速なんだがね、君にやってほしい仕事があるんだよ』
「…暗殺でしょうか、それとも…」
『いや、偵察してきて欲しいところがあるのだよ』
「…はい」
それから数分話した。
『そういうことだから…くれぐれも、隠密に頼むよ。…おっと、涙川君にはいらぬ心配かな?』
「…はい、もちろんです。…では」
そう言うと電話は切れ、画面には通話終了の文字が出た。
「…先輩、今回の依頼は偵察ですか」
話をおおよそ聞いていたライトが話しかけてきた。
「おう、暗殺じゃなくて残念だったな、お前は狙撃射撃得意だもんな」
そう言って俺はライトの肩をぽんっと叩いた。
「そんなこと言ってられませんって、これも仕事ですからね」
そう言うとライトはにこっと笑った。
「…だな、偵察場所はどうやら表向きは高級リゾート地であるがその実態は裏社会の人間が出入りしてるところで法で許されてない実験が行われている島らしい」
「うっわ〜…なんかドロッドロしてるとこっすね」
「さっきそんなこと言ってられないとか言ってただろ、すぐ準備だ」
「もちろんっす!」
そして翌日。約束の偵察時間の夜中に島へ俺が運転する船で向かった。
「よくこんな簡単に行けてますね、先輩」
船から景色を眺めながら、ライトはそう呟いた。
「ったりめえだよ。俺の手にかかれば苦でもねえ」
「ですね。…で、依頼内容確認してもいいっすかね、島の高層ホテルの地下で何やらある組織が密に実験を行っているところを、俺たちが偵察して、依頼人に状況説明…ですよね」
「おう、ばっちりだ。…そんなこと言ってたらもう着くぞ」
俺はハンドルを回しながら、目の前まで迫っている島を見つめ、そう言った。
そして少しして、すぐホテルへ着いた。
「でっけえホテルですね、はあ〜…」
「おい、感心してないで行くぞ」
「正面玄関からってことは、先輩もう予約とってあるんすね、前の偵察では高台のホテルに裏口から入って先輩崖から落ちそうになりましたもんねぐはぁ!」
「うっせええ!!怪しまれないように黙れ!」
そんなやりとりをしながらホテルの中へ入った。間もなくホテルの関係者が、
「松本様ですね、お待ちしておりました。このキーでよろしいですね」
「松本」というのはもちろん偽名だ。怪しまれないようにするにはこういうのが一番早いし、基本である。そして関係者から渡された地下のキーを受け取った。
「おう、ありがとう」
「では、ごゆっくり」
そう言って関係者は消えて行った。
「今回は依頼者がちゃんと下取りっつーか事前準備してくれてるんすね」
「そうだな、まあそっちの方が助かる」
そう話しながら地下へ着いた。
「うっし、ここからが仕事だな」
そう言いながら俺は渡されたキーで施錠されている地下のドアをがちゃりと開けた。
「何か暗い場所っすね…」
「…おいおい、今回の依頼なんか簡単だな、もう着くぞ」
そう言いながら、偵察場所の地下の実験室であろうドアの前に着いた。
「そうっすね…ふつう密に行われている実験なら見張り位付けますよね」
(…なにか怪しいな)
そう俺は思ったが、今は仕事中だ。余計な事を考えるのはやめようと思った瞬間、突然大きな声がドアの向こうから聞こえた。
「おお!!素晴らしい…これは…」
「実験成功ですね!」
「これで……」
何か複数の人物の声が聞こえてきた。
「なっ、何なんだ!?急に大きな声が…」
「なんかおかしくないっすか、先輩…」
「いったい何が……っ!?」
そう言おうとした瞬間、閉まっているドアの間から光が漏れだした。
「なっ!?」
「これはっ…何なんっすか!?」
「「
うわあああああああああっ…」」
俺とライトは、光の中で急に意識が途切れた。
「…こっから一つも覚えてねえな」
俺は記憶があるところまで思い出した。
…嘘ではない。俺は確かにポケモンになっている。気が付いたらここに寝転がってた。そしてここはどこなんだ。どうやら森のようだし、つい最近雨が降ったのか所々に水たまりがあった。
俺はさっき、起き上がりそこで自分の顔をふと覗いた。そしたらそこには…黄色いシルエットの…ピカチュウだっけか?になっていた。(ポケモンはうろ覚えだから名前あんま覚えてねぇが)
「……先輩、先輩ってば…」
「…ん!?ってぬわああぁぉおう!?」
俺はいまだかつて出したことのないような声を出した。いや誰だって出すと思う。
振り向いた先には立ち尽くしてこっちを見るポケモン…ケロマツ(だっけか)の姿があった。
「ちょ、ちょっと先輩!俺です!ライトです!トリガー・クライトです!」
「…は?ライト?…は!?お前もポケモンに…!?」
この紛れもないいつもおちゃらけたような体育会系の喋り方ですぐ分かった。
「…そうみたいっす…」
「っていうか俺ポケモンの姿になってんのによく分かったな」
「だって先輩の目つきすっげえ悪いからすぐ分かごぼぅぁ!」
「…そんなことを言っている暇はねえ!ていうかお前今までどこいたんだよ!」
「いや先輩の後ろでいました!起きたら体は変だしよく見たらポケモンになってるし見渡したら目つきの悪…いやピカチュウがいるからなんだと思ったら「なんで俺がポケモンに(以下省略)」とか叫んでぶつぶつうなりだすし…で、よくよく見たらこのピカチュウもしかして先輩?と思って…」
「もっと話をまとめろ!!…というか俺今まで本当お前後ろにいたこと気づかなかった…」
「ひどいっす…でも先輩本当うわの空でしたよ?」
「…つうかお前その姿ケロマツだっけか?お前の自慢の金髪碧眼が見る影もねえな」
「え…ああああ!!そうだああ!!俺の金髪…碧眼…」
やっぱりこいつといるとどうしても話がくだらない方向に逸れてしまった。
…でも本当に状況が分からない。前に「暗殺者はどんな状況でも焦るな、冷静に」とか言われたけどこれで焦らないやついないよな…
「俺暗殺者になったときに「暗殺者はどんな状況でも焦るな、冷静に」って言われたっすよ…でもこれ焦りますよね」
「…お前もおんなじこと考えてたのかよ」
「え?もっと大きい声で言ってくださいっす!」
「いや…なんでも…」
「…でも俺たちがポケモンになったのは間違いない」
「…あの光受けてから俺意識が飛んでるんすよ」
「…同意見だな…」
これからどうしたものか。若干さっきより落ち着いてきた。ライトも俺と一緒の体験をしているから二人で違う意見など交わせないだろう。そもそも俺たちは…
「きゃあああああああああっっ!!」
俺が考えていたその時、急に女の声らしき悲鳴が飛んできた。
「!?何なんっすか!?」
「…次から次へと…本当に今日は一体何なんだ…!?」
「仕方ない、ここでいても日が暮れる。行くぞ、ライト」
「は、はいっす!」
そう言って俺とライトは悲鳴のした方へ足を急がせた。
どうして俺たちがポケモンになったのか。あの光はなんだったのか。そしてここは一体どこなのか。
俺たちがそれを知るのは、まだまだ先のことだった。
…「始まりは突然に」とか言うのは、どうやら本当らしいと、俺はふと思ったのだった。